ノヴァ 〜レイ〜
―――帰ります。
―――帰ります、イザーク。
「・・・おかえり」
柔らかい風が、くせのない銀糸をなぶった。
乱れた髪を直そうともせず、イザークは足元にある墓石を眺める。
なめらかな石の表面に 「RAY ZA BURREL」 の文字。
シンとルナマリアが選んで丁寧に作ってくれた綺麗なブーケを、跪いて添えた。
そのままレイの名前を指でそっとなぞる。
―――守ります。
ああ、馬鹿なレイ。
イザークが望んでいるのはそんなことじゃなかったのに・・・。
―――守ります、イザーク。
―――あなたを、プラントを。
レイは、最後の最後でデスティニープランを否定したのだ。
誰よりも、世界を変えたいと・・・否定されない未来を望んだ彼が。
いいや、否定したくてしたわけではないのだろう。
そうせざるを得なかった。
イザークのために。
確かに世界はイザークを必要としているかもしれない。
プラントはイザークを愛しているかもしれない。
でも。
それでも。
イザークが望んだのはレイだった。
今からでもレイが取り戻れるのだったら、イザークは何だってするだろう。
あのピンクの歌姫の首をへし折れと言われたらそうするだろうし、
母や・・・親友や部下、大切な人たち全てを敵に回すことができる。
苦しんでも、悩んでも、それでもレイを選ぶはず。
けれど。
きっとレイはイザークのそんな気持ちを知っていて、そうさせてはくれなかった。
馬鹿なレイ・・・。
愛しい、レイ・・・。
「イザーク」
呼ばれて、振り返って。
立っていた人物に、イザークは驚かなかった。
「レイの墓・・・造ったのか」
彼・・・アスランが傍に立てば、イザークは思い出したように乱れていた髪をかき上げた。
夕日が血の気のない頬を赤く照らし出している。
「帰ってきたんだ」
蒼眸を伏せ、アスランではなく自分に言い聞かせるように話す。
「・・・え?」
「ずっと前に、もう帰っていた。俺の望まない場所だったが」
「・・・」
アスランは訳が分からないといった様子で眉をひそめたが、何も言わなかった。
イザークも何も言わない。
しばらく二人の間には芝生のかさかさという乾いた音だけが響いた。
「レイが」
出すべき言葉を探り出すように、アスランが口を開く。
「レイが、デュランダル議長を撃ったんだ」
「・・・そう」
メサイアでのこと、か。
公式ではデュランダル議長は部下の裏切りによって死んだということになっている。
裏切り・・・レイが発砲した。
ということは、最後の最後でフリーダムのパイロットと、
そしてここにいる男は決断できなかったということだ。
誰よりも何よりもデスティニープランを否定し、声高に叫んだのは彼らだというのに・・・。
「驚かないんだな」
「・・・ああ」
当たり前だ。
彼らが引き金を引かなかったというのなら、引くのはレイしかいないだろう。
いいや、その方が良かったのかもしれない。
少なくとも、ギルバートにとっては。
・・・レイはどうだっただろうか。
泣いていた?
その時、抱きしめてくれる腕はあった?
ああ、時間が巻き戻せるのなら、彼の元に駆け寄るのに。
涙を拭いて、抱きしめてやったのに。
イザークはもう一度レイの名前をなぞる。
そしてゆっくりと立ち上がった。
が、立ち去ろうとした彼の前をアスランがふさぐ。
「イザーク・・・」
「・・・」
アスランの声が僅かに怒気を含んでいる。
未だに自分を見ようともしないイザークに苛立っているのか。
「イザーク」
詰め寄るアスランに、イザークは静かに顔を向ける。
以前ニコルたちの墓参りの時に見せた、秘めた激情は感じ取れなかった。
感情をどこかに置き忘れてしまったかのようなイザーク。
そう変えてしまったのはレイではないかという考えを振り払うように、アスランは自らの右手を差し出した。
「行こう、イザーク」
「・・・」
「オーブへ、俺と一緒に行こう」
普段のイザークだったら、いきなり何を言い出すんだ、と怒り出しただろう。
今はそんな気力も沸かなかったけれど。
ただ、今のこのアスランの台詞をカガリ姫が聞いたら卒倒すること間違いない・・・とだけ思った。
「俺と来るんだ。もう、君と離れない」
「・・・」
「愛してるんだ、イザーク!」
「・・・そうか」
ふと思った。
アカデミーで出会うのがアスランでなく、レイだったら・・・。
あるいは、二年前にレイと出会うことなく、ずっとアスランだけを心に住まわせていたら・・・。
そうしたら。
今よりはましな未来を見ることができただろうか、と。
いいや。
やっぱり違う。
レイも、アスランも、イザークも。
きっとこうあるべきだったのだ。
「そうか、アスラン」
アスランが右手を差し伸べる。
それを、イザークが取ると信じて。
「だが、アスラン・・・」
イザークは、アスランを真っ直ぐ見て。
微笑んだ。
「俺は、お前を愛していない」
ゆっくりと。
アスランの横を通り過ぎる。
振り返ることはなかった。
彼は自分を追いかけないだろうという確信があった。
夕日が作る長い二つの影。
次第に遠ざかっていく。
再び彼らの道は分かれたのだ。
「ジュール隊長ーー!」
丘を降りると、車の前でシンとルナマリアが手を振っていた。
帰ってもいいと言ったのに、ずっと待っていてくれたらしい。
寄り添うシンとルナマリア。
その隣にレイはいない。
いつも一緒だったレイはいない。
けれど、二人は笑っていた。
イザーク同様、二人もレイのいる場所を知っている。
皆が大好きだったレイ。
そして自分たちは。
彼が守った世界に、プラントに、今こうして立っている。
彼が呪うほど愛した未来に生きている。
イザークは二人に笑いかけ、手を振り返す。
そして。
足を踏み出した。