ジュール隊消滅
00xx時。かねてからスパイ行為の疑いがあったアスラン・ザラが、憲兵の尋問を振り切って逃走。
同じ容疑がかかっているメイリン・ホークを伴い、ZGMF-X2000グフを強奪・ジブラルタル基地を脱走した。
しかし追跡した二機がこれを撃墜、シグナルロストを確認。
003x時、アスラン・ザラ、メイリン・ホークはともにMIAに認定。
なおメイリン・ホークの端末からはヘブンズ・ベース攻略に関する軍機密に潜り込もうとした形跡が見られ、
二名はこの情報を不法に手に入れ、連合に所属するオーブに流そうとしていた疑いが強い。
「こんなの嘘に決まってるぜ、・・・なあ?」
「当たり前だ!あの馬鹿にスパイなんて器用な真似ができるか!!」
公式発表だとかいう書類を、イザークは机に叩きつけた。
ばしりっ、という音にディアッカが軽く肩をすくめる。
「・・・ッ、一体何がどうなっているんだ!」
「落ち着けよ、イザーク」
「俺は充分落ち着いている!!」
「はいはい」
休憩中にディアッカに呼び出されたイザークが知らされたのは、
ヘブンズ・ベース攻略を前にアスランが脱走・撃墜されたという衝撃の知らせだった。
アスランに復隊を促したのは他ならぬイザークである。
そうでなくとも、常にライバル視していたアスランのことをイザークは気にしていた。
ディアッカの言うとおり、この発表は馬鹿げている。
しかもアスランが死んだなどと・・・。
「・・・なあ、イザーク」
「何だ」
「俺たち、このままでいいのかな?」
「どういう意味だ?」
「二年前と同じ感じがするんだよねー」
「・・・」
二年前。
ナチュラル殲滅路線をとる当時の議長パトリック・ザラに、息子のアスランは説得を試みた。
しかしその説得は無為に終わったばかりか、彼は父の暗殺を謀った反逆者としてザフトを離反せざるを得なくなった。
ものを言ったのは情報操作で、まさかとは思いながらもイザークだってアスランを裏切り者として認識していたのだ。
今回のことは、確かにあの時の重なる部分がある。
デュランダルはパトリック以上に情報操作が巧みのようだし、何よりプラント・地球双方からの支持を受けているのだ。
今なら彼が白といえば黒も白になってしまう気がする。
「俺はさ、前っからあの議長のこと気に入らなかったんだよね」
「それは初耳だな」
「イザークだって、そう思ってるくせに」
「・・・だったら何だ?二年前のように、ザフトを離反して『あいつら』につくのか?」
「・・・」
ディアッカをきっとにらみつける。
対してディアッカは、真剣な顔で見つめ返してきた。
その表情の奥にあるものにイザークは愕然とする。
「・・・本気か、ディアッカ?」
「イザーク、考えろよ。アスランは間違いなく議長にハメられたんだぞ。
それでもお前はザフトで戦い続けるのか?あのタヌキに言われるまま」
「・・・」
「このままじゃ、きっと駄目なんだよ。きっと『あいつら』だって、それが分かってるから・・・」
「・・・なら聞くが」
「?」
「ラクス・クラインなら、この戦争を止めることができるのか?」
とうとうラクスの名前を出したイザークに、ディアッカは瞳を見開く。
だが、次には当たり前だろ、と噛みついた。
「もう二年前のこと忘れたのかよ。あいつらがいなかったらどうなっていたと思ってるんだ」
「確かにな」
「なら・・・ッ」
「しかし奴らが今も同じ気持ちで行動しているとは、俺はどうしても思えない」
AAをはじめとするクライン一派の行動は、宇宙にも届いている。
その内容は、かつて彼らの意思に賛同したことのあるイザークにとっては眉をひそめたくなるようなものばかりだった。
戦場に突然現れ暴れまわる彼らの存在は、むしろ状況を悪化させている気さえしているのだ。
それとも彼らのあの意味不明な行動事態が、デュランダルが作り出した情報偶像の産物なのだろうか。
考え込むイザークに、ディアッカも何を言ったらよいか分からず口を閉ざした。
いざ戦闘となれば抜群のコンビネーションを見せるこの二人も、
戦争に対する考え方と、軍に所属していることの意義に関しては大きな隔たりがある。
『ジュール隊長!!』
重い沈黙を破った通信音と艦長の泡を喰ったような声に、二人は眉をひそめた。
「どうした?」
『アンノウンと遭遇しました。それで、それが・・・』
「何だ?」
『エターナルです!通達が来ている、偽のラクス・クラインの一派と思われます』
「・・・なんだと?」
がたんっ、と音を立てて椅子から立ち上がったのはディアッカだ。
イザークも息を止めて固まってしまう。
議長のラクス・クラインは、今は地球にいるはずだ。
ということは・・・。
「イザーク・・・」
「艦長、第一戦闘配備だ」
『了解』
「お、おいっ!」
「何だ、貴様も早く配置に着け」
「って、エターナルと戦うつもりかよ!?正気か?
分かってんだろ、あっちのラクス・クラインの方が本物・・・」
「戦うかどうかは、あいつら次第だ」
「・・・」
「俺はブリッジに上がる。お前はシホと一緒にMS隊の指揮を執れ」
『お久しぶりですわ。イザーク様』
回線を開くなりしゃあしゃあとそう挨拶したピンクの姫に、イザークの不快感は強まった。
お久しぶりと言われるほど彼女と仲良くした覚えはない。
二年前の終戦のごたごたの最中に顔を合わせた程度だ。
ブリッジでは部下たちがどう反応したらよいか分からず戸惑いの表情を浮かべている。
まあラクスの偽者(と言われている)・・・つまり敵と自分たちの上司が知り合いともなれば戸惑って当たり前だ。
イザークは相手の挨拶を綺麗に無視し、警告した。
「ここからはプラントの領内だ。プラントのコードを持たない者を通すわけには行かない」
イザークの言葉に、ウィンドウの向こうにいるラクスはいかにも傷ついたという顔をした。
『私、以前はプラントの市民でしたのよ』
「そんなのは俺の知ったことじゃない。黙って下がるのなら見逃すが・・・」
『イザーク様』
「知らない人間に上の名前を呼ばれる筋合いはないな」
努めて冷徹に言い放つ。
ラクスの言葉は特別だ。
あまり長引くと流されてしまう。
「五分待つ。ここから立ち去るか、それとも我々と戦ってここを突破するか、選んでもらおう」
そして最後に、本国に伝達はすでにしてある、という言葉を付け加えてイザークは通信を切った。
部下たちだって、いくら偽者と教え込まれてもラクス・クラインの顔を持つ敵と戦うことに戸惑いを覚えているはずだ。
エターナルとしても、たった一艦でジュール隊の二艦と他二隊の大部隊を相手にはすまい。
見逃したとなれば何らかのペナルティがあるだろうが、これが一番の道だと思っていた。
『私はラクス・クラインです』
「・・・は?」
回線をオープンにして飛び込んできた言葉に、イザークはぎょっとした。
『私は議長の傍らにいる同じ名前・同じ姿の方とは別人です。
私は二年前の終戦以降もプラントに戻らず、私の言葉に賛同してくださった方々と共にいます』
「・・・」
いきなり演説を始めてしまったラクスにブリッジは騒然とし、MS隊も戸惑う。
イザークも唖然としていた。
その間にも、ラクスは自分がロゴスを討つというデュランダルのやり方に賛同できないこと、
敵はこれだと示す彼のやり方は間違っていると非難した。
どう対処したら良いものかと思案するイザークだが、
相手は不思議な演説を繰り広げるだけで攻撃態勢に入っているわけではない。
だが・・・。
「隊長!ロックウェル隊の一部が・・・ッ」
「何だ!?攻撃は命じていないぞ!通信をつなげ!!」
「そ、それが・・・」
通信士は神経質そうに回線ボタンを叩いている。
「駄目です、通じません!・・・り、離脱しているのではと」
「何だと!?」
画面を切り替え覗けば、確かにMS十数機がエターナルへと移動していた。
攻撃する様子もない。
まさかあんな演説に心動かされたとでもいうのだろうか。
すると他のMSたちも次々自分の部隊を離れ、エターナルへと向かう。
一機、また一機・・・。
奇妙な光景だった。
まるで砂糖菓子を見つけた蟻が群がっていくようで、イザークは吐き気すら覚える。
「止めるんだ!主砲をエターナルに向けろ・・・ッ」
「・・・いい、艦長」
「隊長?」
弱々しい声で呟いたイザークに、艦長が怪訝な顔を向ける。
「しかし・・・、このままでは」
「何をしたところで無意味だ・・・。もう『聞こえない』」
「?」
「攻撃は許さん。通信が通じるパイロットの連中にもそう伝えろ。同士討ちになる」
「そんな・・・それでは我々の身が」
「攻撃はしてこないさ」
最初から自分たちの前に現れた目的は同胞集めだったのだ。
大方MS隊の回線に、あのラクスこそが本物だ、
彼女に賛同しようという声でも仲間の振りをして吹き込んだのだろう。
議長の情報操作と同じ原理だ。
「本物」という言葉には真実味があるし、彼女の声に麻薬めいたものがあるのは間違いない。
一人でも流されれば後は簡単だ。
そういった熱は伝染しやすいのだから。
ラクス側がここを守るのがイザークだということを調べ上げていたことは間違いないだろう。
上手くいけば隊ごと手に入れられると踏んだか。
「雌ダヌキ、か」
確かに彼女やAA、オーブが叫ぶ理想を成すには、何より賛同者が必要だ。
・・・それを彼女が武力と同一視していなければいいのだが。
『ジュール隊長!』
回線の一つに、MS隊の指揮をしていたシホの声が飛び込んできた。
ウィンドウに彼女の泣きそうな顔が映り、イザークは思わず苦笑してしまった。
・・・ああ、またこんな顔をして。
『攻撃の許可を・・・このままではッ!』
「同胞を撃てという許可は出せない」
『で、でもッ、ディアッカまで!許せない、あいつッッ』
何だと!?と声を荒げたのは艦長で。
イザークは覚悟していたのか目を伏せただけだった。
ディアッカの黒いザクがエターナルへと向かっていく。
一瞬こちらに向けられたザクの頭部が、
自分を軽蔑しているようにも、逆に名残惜しそうにしているようにも見えた。
さて、世渡り下手なのはどちらなのだろうか。
ゴンドワナからの援軍が来たという報告に、イザークはようやく残存部隊の後退を命じた。
羽をモチーフにしたそのバッチを見て思い出したのは、やはり「彼」のことだった。
渡されたフェイスバッチを軍服に付けるまでに、シンは散々ためらった。
ヘブンズ・ベース攻略に大きく貢献したとして二個目のネビュラ勲章を授与した自分は、
間違いなくそれだけの資格があるのだ・・・デュランダル議長とレイには散々言われた。
だが、どうしても自分はこれを付けるべきだという気がしない。
休憩室の隅で椅子に一人座り込むと、バッチをポケットにしまったまま缶コーヒーを口につけた。
「シン、まだバッチをつけていないのか」
「・・・」
「議長のご好意を無視するつもりか」
レイの言葉に、シンは顔を上げようともしなかった。
アスランと対立していた時はレイが自分側に付いてくれることが嬉しかったのに、
今では監視されているような気がして居たたまれない。
少しの間でいいから、放っておいてほしいのに。
険悪な雰囲気に、周りにいる者たちが不安げに、しかし興味深げに見守っている。
「もたもたしている暇はないぞ。次はオーブだ」
「分かってるよ」
ジブリールが仲間を見捨てて逃げ出し、しかもシンの故郷であるオーブに逃げ込んだというのは周知の事実だ。
シンにとっても、家族を殺し、生き残った幼い自分を追い出し、あまつさえ殺そうとした国に未練も何もない。
覚悟を迫るレイの言葉も、何を今更といった感じだ。
そっけない返事をして黙り込むシンに、レイは畳み掛けるように呟いた。
「本国の方でも、ちょっとした事件があったらしい」
「?」
シンが眉を寄せる。
「ラクス様の偽者がシャトルを強奪した事件は知っているだろう」
「・・・あったっけ?」
「あったんだ。そいつはエターナルまで用意して宇宙を飛び回っているらしい」
「それがどうしたの?」
アイドルもどきが何をしようとシンの知ったことではない。
大体ラクス・クラインがどれほど偉いのかすら理解し難いのだ。
「自分こそが本物のラクス様だと豪語して、ザフトからの離反を呼びかけている」
「・・・はあ!?」
「議長は間違っている。オーブの理念こそが正しい。だからザフトを裏切れ、と。そんな感じだ」
「・・・そんな馬鹿な」
にわかには信じられない話だ。
そんなめちゃくちゃな説得に、軍を・・・いいや、故国を裏切る大馬鹿者がいるのだろうか。
いるとしたら、それはもう神に心酔する狂信者に近い気がする。
「大体なんでそこにオーブが出て来るんだよ」
「その偽者を操っているのがオーブだということだろう」
「・・・」
「先日、プラント・地球間の領域を巡回していた大部隊の大半がその馬鹿馬鹿しい説得に応じたらしい」
「大部隊?」
「ヤキンでも活躍した英雄が隊長を勤めていていた隊だ・・・。おかげで本国は大騒ぎだ」
「ヤキンの英雄・・・」
「さすがにその隊長は離反しなかったようだが、部下の離反を止めなかったということで査問にかけられるそうだ。
これもオーブ・・・いや、あの国に巣食うロゴスが巡らせた策略だろうな」
かこん。
乾いた音がして、シンの手の中にある缶がひしゃげた。
「悪いものは、基から絶たなければ・・・な」