デスティニー敗北




 視界に広がる空は、腹立たしいまでの晴天だった。

 ―――オーブを討つなら、俺が討つ・・・!

 この愚かな国。
 愚かな思い出。
 この手で消し去らなければ。



 デスティニーで単身出撃したシンの目的は、展開するオーブ軍の頭を叩くこと。
 雑魚に興味はないし、民間人を攻撃するつもりも鼻からない。
 
 「落ちろぉぉぉ!!」

 対艦刀を薙ぎ、接近したムラサメを真っ二つに切り裂く。
 爆発を潜り抜け、さらにもう一体の頭部を掌部で握りつぶし、蹴り落とした。
 紺碧の海に、黒煙を噴きながらMSが四散していく。
 潮の匂いは、むせるオイルのそれに変わった。
 
 「どけっ!どけよ!!」

 何体MSを屠っても。
 何機戦艦を沈めても。
 オーブの兵士は憑かれたようにこちらに飛び掛ってくる。
 
 「お前らに用はないんだ!」

 欲しいのはジブリールの身柄だけ。
 それが何故分からない。
 そんなに殺されたいのか。

 緋色の羽がひと際鮮やかに光り、また一機のMSが落ちた。
 



 戦争はなくさないといけない。
 戦争は駄目。
 人が死ぬから駄目。
 死ぬのは駄目。

 ―――死ぬのは怖い・・・。

 許しては駄目。
 戦争をしろと叫ぶものを、そう仕向けるものを許しては駄目。
 それは滅ぼすもの。
 皆のために、消し去るもの。

 誰がそれをしてくれるの?
 誰が世界を救ってくれるの?




 また飽きずに近づいてくるMS。
 しかしそのうちの一つの異様さに、シンは息を呑んだ。
 「・・・なんだ、これ」
 一瞬見間違いかと思ったが、陽光を受けて輝くそのMSの装甲は・・・。
 「金色のMS・・・?」
 目立つにもほどがある外甲だ。
 ガンダムの流れを組んでいると思われるツインアイに、細身のボディ。
 見たことのない機体だった。
 その異様さに気をとられている間に戦闘機が接近するが、シンは相手の実弾を難なくかわすとライフルで撃ち落した。
 すると、あの黄金のMSがものすごい勢いでこちらへと突進してくる。
 どうやら戦闘機を落としたことが気に障ったようだが・・・。
 「大将機か・・・?」
 オーブのお偉いにも、まだ部下を思いやる気持ちを持つ者がいる。
 そんなことが、シンには酷く意外だった。

 相手はビームサーベルを抜き、斬りかかってきた。
 シンは対艦刀で流すと、ライフルを放つ。
 しかし完璧に狙ったはずのそれは、装甲にはじかれた。
 「・・・!」
 どうやら趣味で装甲を塗りこんだわけではないようだが、それは逆にシンの怒りに火を注ぐことになった。

 力を手に取るな。
 力を求めるな。
 銃を捨てろ。
 
 そう言い続けてきたアスハの答えが、これだ。
 結局あの馬鹿女は自分同様、力に縋ったではないか!!
 
 「うぉおおおぉぉっ!!!」

 シンはライフルを捨て、対艦刀を両手に構える。
 そのまま羽を全開にし、金色に切りかかった。
 ビームをはじくことはできても物質攻撃を無効化することはできないはずだ。
 デスティニーの羽の効果で残像が発生し、金色は一瞬動きを止める。
 それを見逃さず、シンは相手の左腕をシールドごと切り落とした。
 ―――やれる!
 思った通り、このMSに乗っているパイロットの腕は大したことがない。
 次でしとめてやる・・・!
 
 「早く落ちろぉぉーーー!」

 絶叫と共にブーメラン状にしたサーベルを投げつける。
 相手は完全に動きを止め、よけることもできない様子だ。
 落ちろ・・・。
 落ちろ・・・。
 落ちてしまえ!!


 『やめろおぉぉぉーーー!』


 「!」
 ブーメランが金色を直撃する寸前、ものすごいスピードで接近してきたMSがそれを弾き飛ばした。
 赤いMS。
 それが金色をかばうように立ちはだかる。
 「な・・・に?」

 この声・・・?
 「あ・・・す・・・?」
 いいや。
 そんなはずはない。
 彼はシンが殺した・・・死んだ。
 それでは。


 こいつは、何だ?
 
 



 や め ろ 。
 そう叫んだ声は。

 あの時の。
 あの場所の。
 あの人の、声に。

 あまりにも似ていた。


 『シン、大丈夫か?』
 回線を通して聞こえてきたレイの声に、シンはようやく意識を引き戻す。
 呆けていたのは一瞬だっただろうが、赤いMSは攻撃してこなかった。
 ただあの金色だけがまんまと逃げおうせてしまっており、思わず舌打ちする。
 代わりにデスティニーの傍らにはレジェンドと、ルナマリアのインパルスがやってきていた。
 デスティニーのみでかたがつけられると思われた状況が変化したのだ。

 『シン、気をつけろ。フリーダムに、アークエンジェルまで出てきたぞ』
 「・・・え?」
 慌ててモニターを確認する。
 そこには落としたはずの、あの呪わしい機体があった。
 「・・・フリーダム」
 落ちていなかったのか。
 いや、少し形状が違う気もする。
 けれど、海から這い上がったアークエンジェルは間違いなくあの時の艦だった。
 『亡霊め・・・ッ』
 レイが吐き捨てる。
 カメラを隔てたルナマリアも、気味悪そうな顔をしていた。

 しかし。
 次には三人の顔がそろって恐怖にゆがんだ。

 『シン!シン・アスカ!』

 その、声は。
 「・・・なっ」
 『そんな、嘘・・・ッ』
 『生きていた、のか・・・死に損ないがッ』

 「・・・」
 ルナマリアの呟きも、レイの悪態もシンには届かなかった。
 ただ、頭には否定と肯定の言葉がぐるぐる回る。

 彼じゃない。
 彼じゃない。
 彼じゃない・・・!

 でも、あまりにも似ている。
 『シン!自分が今、何を討とうとしているのか、お前本当に分かってるのか!』
 間違っているんだ、と。
 その声はいつだってそう断罪する。
 シン自身を否定し続ける。
 『オーブを討ってはいけない。お前があの国を・・・』
 高みから自分を見下ろして。

 「アスラン・ザラ!」

 回線コードが繋がり、カメラに赤いMSのコクピットが映る。
 そこにいたのは殺したはずの、海に沈めたはずの亡霊だった。

 『シン、その怒りの本当の訳も知らないまま、ただ戦っては駄目だ!』
 「だまれぇぇぇーーー!」
 一気に怒りが噴出した。
 背中にマウントされていた高エネルギービーム砲を構え、迷わず発射する。
 それに対し赤色はビームサーベルを構えた。
 接近戦に持ち込む気だ。
 近づいてくる!
 構えたシールドに、相手からの衝撃が叩き込まれた。
 「・・・!」
 『シン、どうして分からない!!?』
 「分かってたまるか!」
 そんな上辺だけの言葉など!!

 
 シンとアスランが激突している間、こちらに近づき攻撃してきたフリーダムにレジェンドが応戦した。
 『レイ!』
 『ルナマリア、お前はアークエンジェルだ。それからシンにエクスカリバーを!』
 デスティニーは対艦刀を失っている。
 接近戦を迫るあの赤い機体との戦いは不利だ。
 ルナマリアは言われるままに、ミネルバにソードシルエットの射出を要請した。


 『シン、落ち着け!』
 「うるさい、うるさい、うるさい!!」
 ビーム砲を放ちながら、接近しようとする赤色をかわす。
 サーベルのない自分が取り付かれたらおしまいだ。
 
 コ ロ サ レ ル

 「俺のこと、憎んでるくせに・・・ッ」
 命令されるままに、殺した。
 仲間だったのに。
 ・・・いいや、違う。
 「あんたは、俺たちのことなんて見てなかった!」
 シンの激情に隠れた苦しみも。
 レイの冷静さで覆われた一途さも。
 ルナマリアが常に示していた信頼と優しさも。
 「知ろうともしなかったくせに・・・ッ、どうして分かった振りなんてするんだぁーー!?」
 『シ、シン・・・!』
 「あんたはそっちの方がいいんだ!俺たちなんかどうでもいいんだ!!」
 『違う、シン!』
 「いつも俺を否定する!俺がやることは全部間違ってるって・・・。
 俺の気持ちなんて知らないくせに、俺が何を見てきたのか知らないくせに、知った振りをする!!」
 『・・・!』
 
 こいつは敵だ。
 頭に警報が鳴り響く。
 こいつは今まで自分たちを騙していた。
 自分たちを傷つけた。
 そうして今。
 『シン!!』
 赤色がビームサーベルを手に、ものすごい勢いで近づく。
 斬られる・・・。
 殺される!!


 『この野郎ッーーー!』

 アスランの赤色があと少しでデスティニーを斬り付けようとした時、その頭上からビームが降り注いだ。
 『・・・ッ、ルナマリアか!!』
 「ルナ!!」
 インパルスだ。
 フォースを装備しているが、その手にはソードシルエットのエクスカリバーが握られている。
 『シン!』
 インパルスはライフルで赤色を牽制しつつ、エクスカリバーを二本ともデスティニーへと投げ渡した。
 デスティニーは受け取るなり、そのうちの一本を赤色に投げつける。
 相手はよけきれずにシールドでまともにくらい、吹っ飛んだ。
 『シン!』
 「大丈夫だ、ルナ。ミネルバと一緒にアークエンジェルを頼む」
 『分かった。無理しないでね』
 「・・・ルナも」
 『・・・』
 インパルスが遠ざかる。
 それを見送りながら、シンはルナマリアのいたわりの言葉に軽く驚いていた。
 戦術的に自分の手助けをするだけならともかく、妹を殺した自分を気遣うなんて。
 いいや、きっとそんなことを意識したのではないのだろう。
 それが彼女の自然だから。
 そう・・・ルナは優しい。
 彼女の言葉には嘘がない。

 ―――あなたを責めない。

 上っ面だけ飾っているアスランなどとは違うのだ。
 インパルスがアークエンジェルに向かって降下すると同時に、また奴の赤色が戻ってきた。
 「負けてたまるか!!」

 守るのだ。
 ルナマリアも、レイも、ミネルバも・・・。
 今度こそ、大切なものを。


 そのために自分は、力を手にしたのだから。
 
 




 「畜生・・・ッ、早く墜ちろよ!!」
 デスティニーがビーム砲を乱射する。
 しかしアスランの乗る赤色・・・ジャスティスは、憎たらしいことに全てすれすれのところでかわした。
 
 「何で・・・!」
 何でだ。
 何でこいつは墜ちないんだ!?
 
 アスランの声、ジャスティスの動き・・・自分の目で認識しているその存在。
 全てがシンの神経を逆なでする。
 レイとルナマリアが助太刀に来てくれたことで取り戻したかに思えた冷静さは、いとも簡単に吹き飛んでいた。
 シン自身、自分が情けないほど動揺しているのが分かる。
 どうして勝てない?
 今の自分は二年前の無力な子供ではない。
 力を手にし、それを扱う能力がある。
 まだ足りないのか?

 あとどれだけ力を手に入れれば、このわずらわしいものを消し去ることができる・・・!?



 ルナマリアは、アスランのことはなるべく考えないようにした。
 憎しみで頭がどうにかなってしまいそうだったからだ。
 かつての仲間が生きていたことを知ったとき感じたのは、
 純粋な驚きと、同じくらい純粋な憎悪だった。
 罪の重さに押しつぶされそうになっているシンに抱いたものとは全く別の、負の感情。
 やはりアスランは自分たちを裏切ったのだ。
 仲間であるはずの自分たちに白々しかったのも、シンに冷たく当たっていたのも、
 元からザフトを裏切るつもりだったからだ。
 メイリンまで、巻き込んで・・・。 
 噴き出しそうになった憎悪を唇を噛むことで辛うじて押さえ込んだ時、
 ようやくルナマリアは妹の生存の可能性に思い至った。
 おそらく無意識に考えないようにしていたのだろう。

 だって、もしメイリンが生きているとしたら・・・。
 
 
 『ルナマリア、上方から攻撃援護を!MSは任せるわ』

 「分かりました!」
 ルナマリアの目の前で、にらみ合っていたミネルバ、アークエンジェル両艦が砲撃を開始した。
 性能的には互角だろうが、アークエンジェルは潜水できるという強みがある。
 それをさせないため、ミネルバは上昇したアークエンジェルの下に潜り込むように移動した。
 ルナマリアも思考を止め、このゴキブリ並みにしつこい艦を落とすことに専念することにする。
 ミネルバと上下挟み込むように相手の上方に移動した。
 そのままライフルを構えブリッジを狙おうとするが、それに気付いたオーブの二機のMSが急接近してきた。
 舌打ちし、ライフルを構えなおす。
 「邪魔するな!!」
 ブースターを使って素早く相手の攻撃をかわし、ビームで反撃する。
 相手は大した腕ではなかったのか、シールドをかざすこともなくあっけなく爆散した。
 射程距離内にもうMSがないことを確認し、再びアークエンジェルにカメラを向ける。
 「・・・な、なに!?」
 目にしたものが信じられず、声が上ずった。
 アークエンジェルが飛行しながら螺旋を描くように回転している。
 「何考えてるのよ、ここは有重力よ!」
 相手の神経を疑いながらも砲弾をかいくぐってブリッジに近づく。
 90度の回転を赦した時点で有利だったはずのミネルバが窮地に立たされる。
 アークエンジェルの下方、海上すれすれを航行しており、逃げ場がないからだ。
 ミネルバを・・・自分たちの艦をやらせてたまるか・・・!!
 この時、インパルスが雨のような砲弾をすり抜けてアークエンジェルのブリッジ正面に辿り着いたのは、
 彼女の気迫の賜物といってよかっただろう。
 神業に近い操作だった。
 完全にブリッジを捕らえ、ビームライフルを構える。
 「さっさと墜ちなさいよ!!」
 この亡霊が!

 『お姉ちゃんやめて!!』

 「・・・え?」
 手が止まる。
 引き金を押せばそれで終わるのに・・・けれど指一本動かせなかった。
 「メイ・・・リン?」
 『お姉ちゃんやめて!どうして戦うの?』
 「・・・」
 メイリン・・・。
 メイリン!
 生きていた・・・。
 あの艦に、死んだと思っていた妹が生きて乗っている。
 『お姉ちゃん聞いて!ここに本物のラクス様がいるの。議長の隣にいる人は偽者だったのよ』
 「・・・なに?」
 『アスランさんは正しかったのよ』
 「・・・なに、分からない」
 『だからやめて!オーブを攻撃するなんて間違ってるの!議長は間違ってるの!!』
 「分からないわ、メイリン・・・」
 この子は、何を言っているの?


 ルナマリアとメイリンのやり取りはミネルバにも届いていた。
 予想外の事態にブリッジの空気が凍り付いている。
 アスランと共にザフトを脱走して死んだはずのメイリンが生きている。
 しかも、あの艦に乗って・・・。
 タリアですら状況を整理できず、呆然としていた。
 だがその中で、メイリンのことを知らない新クルーのアビー・ウィンザーだけが異変に気付く。
 「艦長!未確認のMSが三機接近中です!」
 「!」
 「か、艦長!」
 「機関最大!!相手に砲撃される前に振り切りなさい!」
 タリアの一喝に他のクルーたちも我を取り戻す。
 アークエンジェルは180度回転してからの攻撃を目論んでいたのか、
 インパルスの乱入のおかげもあいまってミネルバは逃げおおせた。
 「艦長、インパルスが・・・!!」
 「ルナマリア!!」


 妹が生存していたという驚愕と、的外れともいえる説得に動けなかったルナマリアだったが、
 回線に大音量で割って入ったタリアの声にはっとした。
 『ルナマリア!!』
 「!!」
 レーダーに示された機影を認識すると同時に、それからの攻撃がインパルスを襲った。
 見たこともない鈍重なMSが三機、ギガランチャーを撃ちまくって接近してくる。
 辛うじてシールドで受けるも、大型バズーカのすさまじい威力に吹っ飛ばされた。
 「きゃあああぁあっ!」
 インパルスが受けた衝撃が伝わり、ルナマリアの意識が一瞬飛びかける。
 しかし彼女の強固な精神力が、それを踏みこたえた。
 砲撃をかわしながら離脱する。
 ミネルバの援護もあり、三機は深追いしてこなかった。

 相手の射程距離外に出たことを確認した時、ルナマリアを襲ったのは悔しさだった。
 「・・・ッ」
 瞳からぼろぼろと涙がこぼれる。
 ザフトの陣内に入ったのをいいことに、ルナマリアは回線を切って泣いた。
 悔しい。
 悔しい。
 悔しい・・・!!
 やはりメイリンは裏切っていた。
 あの様子では、無理矢理言わされていたとかそういうことではない。
 彼女の意思だ。
 その上。
 死の危機に陥った自分をただ傍観するだけだった。
 それがなによりルナマリアを傷つけた。 
 どうして戦うの、だと!?
 ふざけるな、他に言うことがあるだろう!

 メイリンの声には少しも悪びれた様子はなかった。
 むしろ自分こそが正しいと主張し、こちらを見下している。
 メイリンがアスランと共に脱走したことで、ルナマリアは聴取を受けたというのに。
 本国の両親も厳しい取調べを受けたと聞く。
 それなのに、自分に何の落ち度もないと?
 家族に散々迷惑をかけたあの子を、死んだと思って泣いていた・・・。

 ルナマリアはシンと共に涙を流した自分が酷く馬鹿らしく思えた。

 「・・・シン?」

 シンはどこ?
 アスランに向かっていった彼の声が耳に蘇る。
 酷く怒っていて・・・それでいて泣きそうな声だった。

 まだあなたは泣いているの?
 



 デスティニーとジャスティスは上空で激突していた。
 互いの友軍が割り込むことができないほどの激しさだ。

 『シン、どうしてオーブを撃とうとする!?お前の故郷だろう!!?』
 「こんなところ、俺の故郷じゃない!」
 『馬鹿を言うな!』
 「それはこっちの台詞だ!家族を殺して、俺を殺そうとした国が故郷であってたまるか!」
 そうだ。
 この国は間違っている。
 自分の理念を信じた国民を犠牲にし、その死を省みようとすらしない。
 そして今はブルーコスモスのジブリール・・・ロゴスをかくまっている。
 正しいはずがない!!
 オーブこそが、世界を破滅させる。
 「オーブは撃たれなきゃいけないんだ!!」


 アスランの言葉はシンには届かない。
 そして同様に。
 シンの言葉も、やはりアスランには・・・届かないのだ。


 アスランはデュランダルに裏切られた。
 デュランダルを信じ、彼のために戦場に帰還したというのに切り捨てられた。
 ・・・彼にとって、デュランダルは明確な「悪」になったのだ。
 すなわちそれはオーブが「正義」で、自分は正しいということ。
 姉を高みから見下ろしたメイリン同様、彼も狭い世界しか見ていない。
 デュランダルがアスランを裏切ったのと同様に、自分がシンを裏切ったという自覚がない。

 そして自分が認めた「正義をなす国」オーブをシンに否定された時。
 アスランの心は決まった。
 シン・アスカ・・・彼もやはり「悪」だ。
 自分の正義を否定するものなのだ。

 だから・・・。


 『このバカヤロウ!!』

 
 「・・・!」
 アスランの気迫に、シンは呑まれた。
 気迫?
 ・・・いいや、これは殺気だ。
 この人は、本気でシンを憎んでいる。
 殺そうとしている。
 ジャスティスのサーベルが、ひるんだデスティニーの腕を切り落とした。
 そのまま左足も潰す。
 ほんの数秒の間に起こった、情け容赦のない攻撃だった。
 「・・・くッッ!」
 激しい衝撃。
 シンは息をすることもできない。
 気がついたとき、ジャスティスのサーベルはコクピットに迫っていた。
 
 殺される?
 アスランに・・・?

 ―――死ぬのは嫌!
 ―――死ぬの、怖い!!

 そうだな、ステラ。
 俺も怖いよ。

 ―――シン、ステラを・・・守るって・・・。

 守る?
 守る・・・?

 そんなの、無理だ。



 『シン!!』
 
 回線を通した少女の声に、シンは奇跡的に我を取り戻した。
 ジャスティスの攻撃を紙一重でかわすことができたのは、ほとんど反射だった。
 インパルスが画面の端に映る。
 ルナマリア!

 
 ルナは、インパルスは俺が守るから・・・。
 ―――嫌よ。
 ―――私、あなたなんかに守ってもらいたくない。


 ジャスティスが、遠ざかっていった。
 いや、違う。
 デスティニーが海へと墜ちているのだ。
 けれど、シンは自分が命拾いした問いことをぼんやりとだが確信した。

 ―――守るのは私よ!
 
 自分はルナマリアに守られた、のか?
 そう思い至ると同時に。

 シンは、意識を失った。
 



 「シン、シン・・・」
 
 あやすような、甘い声がする。
 聞き覚えのある声だ。
 そう、彼女はいつだってシンを子ども扱いしていた。
 お姉さん風を吹かせて、いつも「仕方ないわね」と呟いて。

 「シン・・・」
 「・・・」
 目を開けた。
 視界に、ルナマリアの泣き出しそうな顔がある。
 でもそれはシンが意識を取り戻したことで、弱々しくはあるが何とか笑顔へと変わった。
 「ああ、もうっ!」
 心配かけて・・・。
 ルナマリアはそうっとシンの頭を抱え込んでくれる。
 どうやらルナマリアに膝枕をしてもらっているらしい。
 「俺・・・?」
 「アスランに、やられたの」
 ルナマリアが空を見上げる。
 シンもつられるように視線を動かした。

 先ほどまでデスティニーで飛び回っていた戦場は、かなり離れたところに見えた。
 今いるところは、ザフト陣営よりさらに後方にある海の上。
 そこにぼろぼろになったデスティニーが仰向けに浮かんでいて、
 寄り添うインパルスの掌の上にシンとルナマリアはいた。
 海に叩き落されたデスティニーを、ルナマリアがインパルスで引き上げてここまで運んでくれたのだろう。
 
 命が助かった・・・。
 死なずにすんだ・・・。
 そういった安堵の次にシンの心を覆っていったのは。
 「・・・負けた」
 あまりに静かな、絶望だった。 
 
 自分に力などなかった。
 守る力などなかった。
 その資格すら・・・。
 どんな力を手に入れても、結局最後はさらに圧倒的な力に屈服させられるのだ。
 誰かを守ろうとしても、フリーダムのパイロットやアスランのような力の象徴に阻まれる。
 無駄だった。
 シンが何をしたところで、努力したところで。
 あの連中の力の前には無力に等しいのだ。

 「シン、泣いてるの?どこか痛いの?」
 「・・・ルナ」

 シンは知らなかったが、この時すでにジブリールを乗せたシャトルが宇宙へと飛び去っていた。
 ザフトの旗艦もアークエンジェルに沈められ、指揮を引き継いだタリアは撤退を勧告している。
 ザフトは「力の国」オーブに屈服した。
 
 「大丈夫よ。ミネルバももう戦列を離れているわ。すぐに助けが来るから・・・」
 「ん・・・」
 体中を打ち付けたせいで、シンの感覚はほどんど麻痺していた。
 それなのに、守るように抱いてくれるルナマリアの体温ははっきりと感じ取れる。
 暖かく、心地よい。
 
 今のシンには、それだけが救いだった。
 


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2007/02/28(ブログより移行)