氷の牙 -アイスファング-




 ダイダロス周辺は、文字通りの大混乱だった。
 連合はレクイエムの二射目を妨害されるであることは予測していたものの、
 攻撃部隊にミネルバの姿を認めた途端に慌てだした。
 そんな中、デスティニー、レジェンドが発進する。
 敵機を一機でも多く引き付けるためだ。

 「シン、無理はするな」
 『大丈夫』
 レイの通信にシンは短く応えると、デスティニーを加速させて一気に敵陣に飛び込んでいく。

 オーブ戦での敗北で中破したデスティニーだが、整備士たちが全力を注いだだけあってぎりぎり修理は間に合っていた。
 レイの唯一の懸念はパイロットのやる気だったのだが、それも今のところ問題は見られない。
 シンがフェイスバッチを返したと知った時、
 アスランに完膚なきまでに叩きのめされたことで戦意を喪失してしまったのだと思った。
 あるいはメイリンと無線を通して会話したというルナマリアが何事か吹き込んだのかもしれない、と。
 だがシンは戦い続ける、と宣言した。
 デュランダルが望む通りに。
 レイが望む通りに。

 レーダーが、友軍機を示すコードを捉えた。
 インパルス・・・ルナマリアだ。
 彼女は自分たちとは別行動をとり、レクイエム発射を阻止するために発射口に進入する。
 今回の作戦は彼女の働きに掛かっていると言ってもよかった。
 そして、おそらくはシンのこれからの運命も。


 シンは良く戦っていた。
 以前ほどの勢いはないが、逆にそれが周りを見渡す余裕を持たせているようだ。 
 そんな時、カメラが捕らえた大きな影に気付く。
 『レイ!』
 「分かっている」
 デストロイだった。
 しかもヘブンズ・ベースの時よりも数が多い。
 「シン、ルナマリアはもう中に入ったのか?」
 『ああ。さっき確認した!』
 シンはそれだけ言うと、対艦刀を構えて一番手前のデストロイへ向かっていく。
 レイもそれを追った。
 二射目のチャージまでにはまだ時間があるはずだ。
 後は進入したルナマリアが勤めを果たせるかどうかに掛かっていた。
 
 デストロイに近づこうとしたところで、前方を数機のウィンダムがふさいだ。
 「・・・ちっ」
 舌打ちし、ドラグーンを発動させる。
 後方から射撃させれば、よけ損ねた二機が呆気なく爆散した。
 別働隊でも現れたと思ったのかあらぬ方向にカメラを走らせる敵機を鼻で笑い、ビームジャベリンで両断する。
 残りは不利と見たか逃げていった。
 後を追うことはせず、再びデストロイへと向き直る。

 デストロイのエネルギー砲をかわしながらこちらもビームライフルを撃つ。
 地球でも感じていたことだが、デストロイのパイロットはあまりよい動きをしていない。
 一番使いこなしていたのは最初のベルリンのパイロットのようだった気がする
 ・・・おそらくは、適正など関係なく手当たり次第に量産して備えの充分でないパイロットを乗せているのだろう。
 ザクよりずっと高機能の機体に乗っている今では、あれはそれほどの脅威ではない。
 むしろ・・・。
 「まだか、ルナマリア・・・ッ」
 レクイエムはまだ100%の稼動は無理だろうが、発射することは可能だろう。
 もし発射ボタンを押す人間がプラントではなく自分たちを薙ぎ払うことを選んだら、今すぐにでも発射するかもしれない。
 苛立ちが募るも、この役をルナマリアに宛がったのは他ならぬレイだ。
 彼女を信じるしかない。
 シンが三機目のデストロイのコクピットを貫いたところで、ミネルバがこちらに追いついた。
 それを確認し、レイはシンに通信を繋ぐ。
 「シン!俺たちは基地の支援をするぞ!!」
 『わ、わかった』


 基地の前方もやはり混戦していたが、さすがと言うべきか連合が僅かに押していた。
 デスティニーとレジェンドがその中に突っ込む。
 敵味方両陣営の中で自分たちの機体は有名らしく、それだけで場の流れが変わった。
 それでも一機のザムザ・ザーが立ちふさがる。
 『おちろぉ!!』
 だがそれを、デスティニーは対艦刀の一太刀でビームシールドごとなぎ払った。
 鬼神のごとき猛攻に、他の敵機はたじろいでいる。
 ・・・どうやら連合兵は、オーブの狂信者たちと違って「恐怖」という人間らしい感情は残っているらしい。

 「シン、ここは任せる。一人で大丈夫だな?」
 『あ、ああ・・・』
 思ったよりも落ち着いているシンの声に安心し、デスティニーから少し距離を置く。
 レーダーを展開し、基地を広く見渡した。
 その時、カメラの端に映った影にはっとする。
 レーダーもすかさずそれを捉え、分析した。
 「ボギー・ワンか!」
 独特の形状をした、あの黒い艦。
 アーモリー・ワンで、デブリ地帯で、そしてブレイク・ザ・ワールドの時にミネルバの前に現れ、邪魔をした。
 こんなところに・・・!
 レイはすかさずドラグーンを飛ばし、相手がミラージュコロイドを展開するのを阻止する。
 そのまま全力で移動し、相手を射程距離内に治めた。
 「墜ちろ!!」
 ライフルを構え、ブリッジを撃ちぬく。
 その銃口の先に、この戦闘の引き金を引いたロード・ジブリールがいるとは夢にも思わない。
 ボギー・ワンは反撃することもなく、レイの目の前で炎に包まれて消えて行った。

 ほぼ同時に、レクイエムの制御室がインパルスの攻撃によって大爆発を起こしていた。


 「ルナマリア・・・やったのか」
 安堵の息を吐きながら周りを見渡せば、敵からの降伏を告げる回線が流れる。
 終わった・・・。
 自分たちは勝ったのだ。
 オーブとの敗戦の直後だっただけに、この勝利は大きい。
 するとデスティニーも攻撃をやめ、こちらへとやってきた。
 『レイ・・・』
 「ああ、戻ろう」
 『でも、その・・・ルナが・・・』
 もごもごと言うシンにレイは眉をひそめるも、戦闘が終わったのだからいいかと寛大になることにする。
 「分かった分かった。迎えに行ってやれ」
 『うん。ありがと!』
 シンは嬉しそうに礼を言い、制御室の方へと飛んでいく。
 魂の抜けた人形のような顔をしているかと思えば、ルナマリアが絡んだ途端にくるくるとした表情が戻る。
 オーブ戦を境にシンは確実に変わった。
 だがレイの当初の懸念を裏切り、精神面では以前よりずっと安定しているようだ。
 その事実がレイの胸を刺していた。
 つまり、それは・・・。
 シンに必要なのは自分ではなくルナマリアだということだから。
 「・・・くだらない」
 一瞬とはいえ、自分の弱気に顔を歪める。
 何のことはない。
 シンがレイを必要としていないからといって何だというのだろう。
 ・・・要は、彼がデュランダルのために戦ってくれればいいのだ。

 シンとルナマリアのことを頭から振り払い、レイはミネルバへと通信を繋ぐ。
 ボギー・ワンの撃墜はすぐ報告する必要があるだろう。
 「ミネルバ。・・・応答しろ、ミネルバ!・・・艦長、アビー?」
 何度も呼びかけるが、ミネルバからの返信はない。
 電波障害は出ていないはずだし、回線が使えない距離ではないはずだ。
 もしかしたら、まだあちらは戦闘が続いているのかもしれない。
 「・・・ッ、シンを行かせたのはまずかったか」
 後悔するが、遅い。
 まだミネルバを失うわけには行かないのだ。

 レイは母艦へと急いだ。






 「な、なんでぇ・・・!?もう基地の方は降伏しているはずなのにッ」
 「口を動かす暇があったら手を動かしなさい、アーサー!」
 「ブルー13、マーク5、アルファから・・・来ます!!」
 「機関最大、・・・回避!!」
 正面からのビームを、ミネルバがその身体を素早く横に滑らせてよける。

 レイの予測どおり、ミネルバと他二艦は降伏宣言の後も戦いを強いられていた。
 しかも相手はデストロイ三機だ。
 ザフト軍が知る由もないが、中に乗っているパイロットたちにはすでに認識能力がなくなっていた。
 これ以上自分たちが戦っても無駄だということなど理解できていない。
 ただ目の前の敵を倒すことに専念しているのだ。

 「デスティニー、レジェンド、インパルスはまだ戻らないの!?」
 「さっきから呼びかけて・・・あっ、レ、レジェンド・・・バレル機です!」
 アビーの声に、ブリッジに一瞬安堵感が広がる。
 一機とはいえ冷静沈着なレイの加勢は心強い。
 レジェンドはビームジャベリンを構え、デストロイのうち一機へと切りかかる。
 コクピットを狙ったつもりだったがアームに邪魔され、苛立ちまぎれにそのアームを肩から切り落とした。
 『艦長、・・・何故!?戦闘は終わったはずです』
 「それはあのパイロットたちに言って頂戴。シンはどうしたの?」
 『インパルスを迎えに・・・すぐ戻るはずです』
 「・・・分かったわ。戦闘が終わったことに間違いはないのね?」
 タリアはレイに再度確認を取ると、他の戦艦に戦闘終了を告げさせる。
 暴れているのはここにいる一部のパイロットだけ。
 ただ前線から下がればいいだけの話だ。

 通達を終わらせると、タリアは再びレジェンドへと通信をつなぐ。
 「レイ、援護してちょうだい。ここから離脱・・・」
 『ミネルバ!!』

 かっ、とブリッジが白い光に覆われた。

 一瞬音が全て消え、クルーたちは呆然とする。
 そしてそれが止んだ時。
 「きゃあああっ」
 「うわぁぁあああ」
 「・・・ッッ!」
 激しい衝撃が艦全体を襲った。

 「くっ、何!!?」
 椅子から投げ出されてしまったタリアだが、何とか自力で立ち上がる。
 見れば自分だけでなく、アーサーやアビーなど、クルーの何人かが倒れていた。
 「アーサー!」
 「へ・・・平気、です」
 アビーは完全に気絶しているようだが、アーサーは他の機材を伝いながら己の持ち場へ戻ろうとしている。
 だがどこかを打ち付けたのか、苦しそうな顔をしていた。
 『ミネルバ、大丈夫か?』
 「レイ・・・ッ」
 ブリッジの前方に、ビームシールドをかざしているレジェンドの後姿がある。
 どこからかは分からないが、敵に派手にやられてしまったようだ。
 その猛攻もまだ続いている。
 「被害を、報告して!」
 「左のエンジン部分をやられたようです・・・あとは、スキャナがいかれて・・・ッ」
 「ちっ、動けるかどうかも分からないの?マリク!?」
 「やってみます・・・!」
 操舵手は無事だったらしく、懸命にハンドルを操作している。
 デストロイ三機はこちらに的を絞ってしまったのか、執拗に攻撃していた。
 レジェンド一機ではとても対応しきれない。
 しかもミネルバをかばっている今の状態では・・・。
 「レイ、いいわ!行って!」
 『!』
 タリアの言葉に、レイだけでなくブリッジの全員が驚いた。
 ここでレジェンドの援護がなければ、この艦はただの的だ。
 しかし、タリアはこのままでは間違いなくレジェンドまで危険だと判断した。
 「アーサー、タンホイザーは使えるの?」
 「あ、・・・は、はいっ。それと・・・イゾルデも使用可能です」
 「充分だわ。レイ、あなたは一番手前をお願い。マリク、後退を続けて。
 レジェンドが離れたら、全弾左側にいる機体にぶつけるわよ!」
 タリアの的確な指示にブリッジも平静を僅かながら取り返す。
 そしてレジェンドが相手の砲撃が止んだ隙を見て、前方に加速した。

 「タンホイザー、標準・・・撃ーーーッ!!」

 すぐさま左前方のデストロイへと主砲が発射される。
 だがそれは相手の片足を掠めただけだった。
 コントロールはもちろん、出力も充分でないらしい。
 アーサーはイゾルデの発射を指示しようとしたところで、
 急激にブリッジからの視界が回転していることに気付いて操舵に怒鳴る。
 「マリク、早く後退・・・って、落ちてる落ちてる!!」
 「だ、駄目です!ハンドルがッ」
 ミネルバはどんどん月のクレーターの重力に引き付けられる。
 止めることはもはや不可能で、しかも脱出するには時間がなさ過ぎた。
 「全員、衝撃に備えて!」
 タリアの言葉と同時に。
 ミネルバは再度激しい衝撃に襲われた。



 「くっ、ミネルバ!」
 月の表面に墜落したミネルバに、レイの焦りは募った。
 幸いにも爆発炎上という事態には至っていないようだが、このデストロイの射程距離内であることに違いはない。
 向こうにとってはいい的だろう。
 「シンとルナマリアは何をやっている!!」
 どこかでいちゃついてるんじゃないだろうなと吐き捨て、とにかくドラグーンで相手を威嚇した。
 しかしデストロイはひるむ様子もない。
 敵の無線からは戦闘停止が呼びかけられ、他のウィンダムたちも戦闘に参加することもなく見守っているところを見ると、
 本当にあの三機のデストロイだけの暴走のようだ。
 「いいかげんに・・・ッ」
 ドラグーン程度ではデストロイの硬い装甲に対して頼りない。
 レイは一気に間合いをつめると、一番手前にいた一機のコクピットへライフルの標準を合わせた。
 だが引き金を引く直前、アラームがけたたましい音を立てた。
 「!!」
 はっとしてカメラを回すのより早く、別方向からのビーム砲にさらされる。
 他のデストロイにも狙われていたのだ。
 脚部を貫かれ、レジェンドは弾き飛ばされた。
 「ぐああッッ」
 内臓をかき回す衝撃にうめく。
 意識が朦朧とした。
 駄目だ、このまま気を失っては・・・。

 がんっ。

 派手な音・・・というか、振動にレイは唇をかみ締めた。
 そうしなければ吐瀉するところだったからだ。
 飛ばされていたレジェンドがデブリか何かにぶつかったらしい。
 センサーがほとんど死んでいる上、レイの頭にも星が散っているのでその何かを確かめる術はなかったが。
 だが。
 意外にもその障害物の方が、こちらに話しかけてきた。
 『おい貴様、生きてるか?』
 「・・・は?」
 『援護は・・・できなそうだな。まあいい。おとなしくしてろ』
 「・・・」
 友軍機?
 若い、良く通る男の声。
 しかも仮にもフェイスである自分に向かって随分尊大な物言いだ。
 まだはっきりしない頭でそんなことを考えていると、やがて相手の機体が距離を置いていくのを感じる。
 レイは辛うじて生きていたカメラへと視線を動かした。
 

 画面に映ったのは。
 今までに見たことのない、真珠色の機体だった。
 
 



 その機体は美しかった。
 真珠色の装甲だけではない。
 宇宙を泳ぐ姿はそれだけで本当に優雅だ。
 細身のボディとモノアイから、ザクかシグーの流れを汲んでいることが知れる。

 そんな白い機体に目を留めたのは、もちろんレイだけではなかった。
 三機の黒い巨人が、目立つそれへと意識を向けているのが分かる。
 すると、うち一機が胸部のツォーンを放った。
 「・・・!」
 レイははっと息を呑む。
 動けないでいる自分の状況すら頭から消え、白い機体を目で追うことだけに専念していた。


 放たれたツォーンのエネルギー波を、白い機体はひらりとかわした。
 かと思うと次にはものすごいスピードでデストロイへと接近する。
 シンのデスティニーも似たような動きをするが、速度がその比ではなかった。
 傍観に徹しているレイですら目で追うのがやっとだったのだから、
 向かってこられたデストロイのパイロットは何が起こったのか全く分からなかったはずだ。
 白い機体はそのスピードのまま、持っていた巨大な薙刀状の武器で一機目のデストロイのコクピットを貫いていた。
 デストロイは沈黙し、そして推進剤を巻き込んで大爆発を起こす。
 あの華奢な機体がたった一機で、しかも一瞬にしてデストロイを戦闘不能にしてしまった。
 「・・・すごい」
 レイは思わずうめく。
 あんなスピードで飛び込まれ攻撃されたら、自分でも対処できるかどうか分からない。
 装備されているバーニアで人間が耐えうるぎりぎりの速度を可能にしているのだろうが、
 それを緩めないまま攻撃に転じている手腕を見ると、かなり優秀なパイロットが乗っているはずだ。
 一体誰が・・・?
 そんなことを考えている間に二機目が撃墜され、小規模な爆発を繰り返しながら月面に伏せる。
 スピードだけでなくパワーもそれなりにあるようだ。

 『レイ、無事ね?』
 白い機体に見とれていたレイは、ミネルバからの通信にはっと意識を引き戻した。
 呆けた顔をしていただろうが、幸いにも通信のための画面は死んでいる。
 『レイ、レジェンドは動ける?』
 「戦闘はもう無理ですが、自力で戻れます。ミネルバの被害は・・・?」
 いつもの冷静な口調で切り返せば、タリアの声音にノイズと共にため息が混じった。
 『こっちはもう動けないわ。見事にやられたわよ』
 それはそうだろう。
 あれだけ派手に攻撃をくらえば・・・。
 「とにかくそちらへ戻ります」
 『そうね、そうして』
 やや投げやりなタリアの口調にむっとしながらも、レイはレジェンドをミネルバに向ける。 
 ほぼ同時に。
 三機目のデストロイが撃墜された。
 ゆっくりと、仲間の機体に折り重なるようにして倒れていく。
 それを見下ろす白い機体。
 『こち・・・デスティニー、シン・アスカ・・・レジェンド、ミネ・・・・・・大丈夫、か?』
 と、ノイズに交じってシンの声が飛び込んできた。
 レーダーが駄目になっているので確認できないが、ようやくデスティニーとインパルスが帰って来たのだろう。
 ・・・今更遅いが。

 レイはあの白い機体を一瞥すると、回線ボタンを拳で力任せに叩いた。



 「随分遅かったな」
 ミネルバの格納庫で顔を合わせるなり咎めを口にしたレイに対し、シンはむっとした顔で反論する。
 「別に遊んでたわけじゃない。ミネルバがどこにいるのか分からなかったんだよ。
 ・・・大分移動してただろ?」
 「呼びかければよかっただろう」
 「ちゃんとしてたって!応答なかったけど・・・どうして疑うんだよ」
 二人の言い合いを、ルナマリアが不安げに見守る。
 レクイエム撃破という当初の目的は見事成し遂げたものの、ミネルバが負った大打撃に高揚感は吹き飛んでいた。

 そんな時、周りの整備士たちがざわめき出す。
 シンたちも口を閉ざすとそちらへ意識を向けた。
 格納庫に、一機の白い機体が降りてくる。
 美しい真珠色のボディに、その場の全員が言葉もなく見守った。
 「あ、あの機体・・・」
 「ミネルバを助けてくれた・・・?」
 「ああ、そうだ」
 エースパイロットであるレイでさえ舌を巻く動きをしていた。
 この機体が援護に入らなければ、ミネルバは沈んでいたかもしれない。
 一体どんな人物が操縦していたのか・・・。
 レイは純粋に興味がわいて、白い機体へと足を向ける。
 シンとルナマリアもそれに続いた。

 三人がちょうど機体の前で立ち止まった時、コクピットハッチが音を立てて開いた。
 全員が息を呑んで見守る中、操縦者が姿を現す。
 機体と同じでスーツも白だ・・・パイロットはゆっくりと着地し前に進み出た。
 そして、歩きながらヘルメットを脱ぎ去り、大きく頭を振る。
 艶やかな髪がさらりと大きく広がって、見た者の網膜に鮮やかな銀色の残像を残した。
 若い・・・。
 アスランとそんなに歳が変わらないだろう。
 どこからともなくため息が漏れる。
 レイもまた、ベテランを思わせる腕前のパイロットが、まだ20代に届くかどうかの若者だったことに驚いていた。
 しかもかなりの美形で、男にしては随分と細身だ・・・長身でなかったら、女性と間違えていたかもしれない。
 シンたちパイロットをはじめ整備士たちの興味津々な視線などものともせず、
 青年は真っ直ぐにレイの方へ歩み寄ってきた。
 フェイスバッチに目が留まったのだろう。
 そして立ち止まると、ヘルメットを左脇に抱えて右手で綺麗な敬礼をする。

 「イザーク・ジュールだ・・・本日付けでミネルバに転属することになっている」

 「イザーク・ジュール?」
 レイは思わず聞き返す。
 そしてはっとした。
 そうだ、転属の話は聞いていたが、レクイエムのごたごたですっかり失念していた。
 唖然としているレイに、怜悧な美貌が困ったような表情を浮かべる。
 「・・・伝達はきてると思うんだが」
 「あ、ああ。はいっ」
 レイは慌てて敬礼を返す。
 シンとルナマリア、そして他のクルーもそれに習った。
 左遷されたという噂があるものの、イザーク・ジュールといえばヤキン・ドゥーエで活躍した英雄だ。
 移民であるシンですらその名前をアカデミーで聞き知っている。
 同じく英雄といわれていたアスランには第一印象で随分と失望したものだが、
 今目の前にいるイザーク・ジュールは堂々としていて・・・なんだかカリスマに近いものを感じた。
 「艦長に挨拶をしたい。こんなことになって忙しいだろうが・・・」
 「いいえ、ミネルバが墜ちずに済んだのはあなたのおかげです。艦長も喜んで面会されると思います」

 冷静さを取り戻したレイは敬礼を解くと、「案内します」とイザークを促した。







 とりあえずは着替えを、ということで、パイロットたちは揃ってロッカーへ向かった。
 今頃整備主任のマッド・エイブスが、イザークのことをブリッジに知らせてくれているはずだ。
 ルナマリアと別れ、男子ロッカーに入る。
 と、シンが着替え始めたイザークに早速問いかけた。
 「あの・・・」
 「ん?」
 「さっきの白い機体・・・ザクですか?」
 純粋な興味を感じさせるシンの様子に、イザークは苦笑する。
 デスティニーのパイロットは思っていた以上に子供っぽい。
 「流れは汲んでいるが・・・厳密には違う。接近戦重視の試作機だ」
 「何て言うんですか?」
 「アイスファング、だ」
 「アイスファング・・・」
 氷の牙・・・研ぎ澄まされた刃、という意味だ。
 名前を裏切らず、華奢な外見に想像以上の鋭さ、速さで敵機を圧倒していた。
 「ここに転属が決まった途端に今回のレクイエムの騒動があったからな。試乗もなしに渡されて放り出された」
 「え?初めてなのに、デストロイを三機も落としちゃったんですか?」
 「まあ・・・な」
 イザークによると、途中で敵の別働隊に邪魔されたことでアイスファングが援軍の艦とともに戦場に到着したのは、
 月艦隊が降伏する直前だったという。
 あの三機のデストロイの暴走がなければ、アイスファングの初陣は先送りになっていたわけだ。
 
 「お前、名前は?」
 「シンです。シン・アスカ。さっきまで一緒にいたのはルナマリア・ホーク」
 「シンにルナマリアか・・・それから」
 イザークはレイへと向き直る。
 それまで二人の会話を黙って聞いていたレイは、居心地悪そうに咳払いをした。
 「特務隊のレイ・ザ・バレルです」
 「レイ・・・か。ところでフェイス殿」
 「・・・なんですか?」
 「さっきも言ったが、時間がなくてな。これも新しいものを支給される暇がなかったんだが・・・」
 イザークはそう言って、着替え終わった自分の軍服を指差す。
 その色は、指揮官だということを表す白だった。
 「やはりこのままじゃまずいだろうか・・・」
 イザークは、ミネルバに一パイロットとして乗艦したのだ。
 指揮官はタリアだし、パイロット内にしてもフェイスのレイの方が立場が上だ。
 しかし、レイはしばらく考え込んだものの「そのままで問題ありません」と応えた。
 イザークは首を傾げるものの、シンもレイに賛同する。
 このミネルバは、三人ものフェイスを抱えたことがあるのだ。
 軍服の色など、大して問題ではなかった。
 


 レクイエム撃破とロード・ジブリールの死亡の報はオーブにももたらされた。
 ジブリールをかくまっていたオーブへの風当たりは強くなる一方だ。
 そんな中で、アークエンジェルの宇宙への航行が決定されていた。 
 それを最後まで渋ったのがカガリだ。
 
 「このタイミングで宇宙に行くなんて・・・プラントにこちらを攻撃させる口実を作るだけだ」
 「いいえ、カガリさん。ロゴスという世界の敵がいなくなった以上、議長は次にオーブを狙います」
 ラクスは強い口調でカガリを説得する。
 コロニー・メンデルでデュランダルの最終的な目的を知った彼女は、そうさせないことを強い使命として感じていた。
 「本当なのか?・・・その、デスティニー・プランというのは」
 「ええ。近いうちに議長はそれを実行に移すはずです。そんなことをさせてはなりません」
 「しかし・・・」
 カガリはなおも食い下がる。
 デスティニー・プランが遺伝子によって人を支配するプログラムだということは聞かされたが、いまいちぴんとこない。
 カガリはむしろ、レクイエムによって大打撃を被ったプラントの市民の方が気にかかっていた。
 彼らのオーブに対する意識は確実に悪くなっているはずだ。
 「議長は間違いなく、デスティニー・プランを提唱します。
 それによってプラント寄りだった国からも議長に不信を感じる声が上がるでしょう。それがチャンスです」
 「チャンス?」
 「我々は戦わねばなりません。人の未来を奪うものと・・・」
 つまりそれは、ザフトとオーブ軍が戦うということだ。
 中立を唱えていたオーブがようやく連合から脱却したと思えば、ザフトに宣戦布告をするというのか。
 「カガリさん、よく考えてください。遺伝子で人を支配する世界がどれほど恐ろしいか・・・」
 「・・・」
 ラクスのもっともらしく、美しい言葉にカガリは黙り込む。
 確かに、遺伝子が全てを決するなんてとんでもないことだと思う。
 問題は、デュランダル議長は本当にそれを提唱するかどうかだ。
 ラクスはどうしてここまで自信を持って彼がそうするといえるのだろう。
 「私とて、争いは望みません。望んでいるのは平和です。
 けれど、それは自由があってのものでしょう?議長は自由ではなく、従属を強制しているのです。
 そんなことは認められません。・・・どうかウズミ様の理念を思い出してください。
 私たちは、未来を勝ち取るために戦っても良いのです。」
 「戦って、いい?」
 見ればいつの間にかキラがラクスの傍らに立っていた。
 ラクスの言葉には力がある。
 誰もがそれに従わざるを得ない。
 キラは最強の力を持っている。
 それで屈服できないものは何もない。

 彼らにさえ任せれば上手くいく・・・全てが解決するのだから・・・。

 


 ちょうど同じ頃。
 デュランダルはある男と面会をしていた。

 「デスティニー・プランの導入宣言を先送りしろ、と?」
 デュランダルは目の前にいる男に鋭い視線を向けた。
 栗色の髪をしたその若い男は、静かな口調で「そうです」と答えた。
 「プランの宣言は、今の時期こそが最適だ。ジブリールは倒れ、全世界はプラントを支持している」
 「全てではありません」
 「・・・オーブか」
 「それと、スカンジナビアです。プランの反対を叫んで攻撃を仕掛けてくるでしょう」
 「好都合じゃないか。オーブとスカンジナビアだけで何ができる」
 「不安なのでしょう?オーブにはラクス・クラインとキラ・ヤマトがいます。
 しかも連中を支持する狂信者たちは我々が想像している以上に多い。
 いざ戦闘になっても、連合は傍観に徹するでしょうし、数の上では互角です」
 「・・・」
 「あれは人間ではありません。不可能を可能にしてしまう・・・バケモノです」
 「ではどうしろと?シグ・バートリー」
 デュランダルはいらいらと爪の先で机を叩いた。
 目の前の男・・・シグは相変わらず冷静な表情を崩していない。
 「時間をかけることです。あれは狂信者を一時的に操っているに過ぎない・・・。
 しばらくすれば熱が冷めるでしょう」
 「その後でプランを提唱して、成功すると思うかね?」
 「提唱せずともすでに実行は可能です。
 実用的なものだという証拠を挙げれば、それに異を唱える者も少ないでしょう」
 「・・・」

 デュランダルは結局この提案を受け入れた。
 デスティニー・プランは宣言されず、アークエンジェルを先行させていたオーブは出鼻をくじかれることになるのである。

 
 

back   next

top

2007/02/28(ブログより移行)