ステラの叫び(前編)




 廊下を歩いていたイザークは、反対側から来た少女に気がついて声をかけた。
 「ルナマリア、だったな」
 「ジュール隊長・・・」
 「もう隊長じゃないぞ」
 「別に嫌味じゃありませんよ。ただ、呼び捨てにするのはちょっと・・・」
 言葉を濁したルナマリアに、イザークは「まあいいか」と肩をすくめる。
 「ところで、ガキどもはどうした?」
 「ガキ・・・って、シンとレイのことですか?」
 「他にいないだろうが」
 堂々と言ってのけるイザークに、ルナマリアは「はあ」と適当に相槌を打つ。
 やはりアスランとも、ハイネともタイプが違う人のようだ。
 「私も今捜してるところなんですよ。でも、多分・・・」


 ルナマリアが思った通りの場所に二人はいた。
 部屋はもぬけの殻だったし、シュミレーションルームでも格納庫でもなければここだろうと思ったのだ。
 射撃場で揃って訓練をしていたシンとレイは、こちらの気配に気付いて顔を向ける。
 レイは興味がなさそうに再び訓練に戻るが、シンはバイザーをはずして歩み寄ってきた。
 「ルナ、どうしたの?」
 俺は無視かよ・・・とイザークはむっとするが、
 シンのあまりに邪気のない様子に突っ込むのも馬鹿馬鹿しくなって黙っていた。
 対してルナマリアは落ち着かない様子で視線を揺らしている。
 「・・・何で」
 「え?」
 「やっと休息になったのに何でいきなり射撃訓練なの?」
 シンはきょとんとし、首を傾げる。
 「だって、俺もう寝たし。レイがやるって言うから」
 このバカ・・・。
 イザークは心の中で毒づいた。
 案の定ルナマリアは「・・・そう」と相槌をうつと、そのまま廊下へ飛び出してしまう。
 シンは慌てて追うと、彼女の腕を掴んだ。
 「ルナ、何怒ってるの!?」
 「怒ってないわ」
 「怒ってるじゃんか」
 イザークは二人の青臭いやり取りを見物しながら、追いかけて食い下がっているシンにとりあえず合格点を出した。
 アスランのような甲斐性なしだったらこうはいかないだろう。
 「俺、頭悪いんだから・・・ちゃんと言えよ!」
 これには思わず吹き出しかける・・・まあ当人は大真面目だろうが。
 と、イザークは、レイまでもが廊下へ出て二人の様子を伺っていることに気付いた。
 それだけなら自分と同じだが、どうも野次馬とは感じの違う目つきが気になる。
 「・・・話、したいと思ったから」
 「え?」
 「アスランとか、メイリンのこと・・・色々」
 「・・・」
 「でも、もういい」
 ルナマリアが顔を上げ、シンを見る。
 「あの時も言ったけど、シンを責めたりなんてしないから」
 「ルナ・・・」
 「あなたたちの邪魔になるといけないから・・・シュミレーションでもしてくる。
 またいつ戦闘になるか分かんないし、ね」
 「・・・」
 ルナマリアの腕を掴んでいたシンの手が、だらりと落ちた。
 そのまま行ってしまおうとするルナマリア背中に、シンが再び声をかけようとした時。
 思わぬ人物がそれを遮った。

 「シン、弾はまだ残っているだろう。早く戻れ!」
 「・・・ッ」
 
 シンは言葉を詰まらせ、ルナマリアはびくりと肩を揺らす。
 イザークも、可愛い顔に似合わない高圧的な態度に軽く驚いていた。
 なんとなく、この幼いパイロットたちの関係が見えてくる。
 シンはおろおろと立ち往生し、ルナマリアは振り向くことなく立ち去ろうとする。
 イザークはやれやれと嘆息すると、大股でルナマリアの背中を追いかけた。
 「ルナマリア」
 「?」
 名前を呼べば、ルナマリアが足を止めてこちらを振り返る。
 すかさず彼女に追いつくと、傍らに立ってその肩を抱いた。
 「仕方ないよな。シンはフェイス殿との射撃訓練の方が大事なようだし・・・」
 「は、はあ・・・」
 「本っ当に残念だが、シュミレーションは俺とやるしかないな。・・・二人っきりで」
 そう言いながら、ルナマリアをぐいっと抱き寄せる。
 シンの顔に険悪なものが浮かんだ。
 「ちょ・・・ッ!!や、やっぱり俺も行く!」
 シンが慌てて駆け寄る。
 そしてイザークの体からルナマリアをぐいっと引き剥がした。
 そのまま牽制するように彼女の前に立つ。
 「どうした、フェイス殿と射撃をするんだろう?一般兵の俺たちの誘いなんか受けられないよなぁ」
 イザークがからかえば、シンはさらに顔を赤くした。
 「誰もそんなこと言ってません!行くぞ、ルナッ!」
 「え・・・で、でも・・・」
 シンはルナマリアをイザークからかばうようにしてじりじりと通り過ぎる。
 バイキン扱いかよ、とイザークが失笑したところで、シンはびしっと人差し指をつき立ててきた。
 「そ、それから・・・ッ、無闇にこいつに触らないでくださいよ!セッ、セッ・・・セクハラです!!」
 「・・・」
 イザークは無言で両手を挙げ、降参を示す。
 ルナマリアをつれて遠ざかっていく背中を見ながら、薬が効きすぎただろうかと少し後悔した。
 ・・・まあ、いいか。
 「お前はどうする?一緒に来るか?」
 イザークは、廊下で立ち尽くしているもう一人のガキへと声をかけた。
 彼はシンが自分の意向を無視して立ち去ったことが信じられないのか、
 空色の瞳を見開いて二人の後姿を睨んでいる。
 しかし、やがて彼はその鋭い眼光をイザークへと向けた。
 「どういうつもりですか?」
 「・・・さあ?」
 イザークは薄く笑う。
 レイを見ながら思い出したのは、何故かアスランだった。
 彼も災難だった。 
 もともとリーダー向きではないというのに、こんな曲者がいる職場に派遣されるとは。
 特にこのレイという少年は、アスランでは御し切れまい。
 この艦以外の場所に派遣すればまだアスランは役立ったろうに・・・。
 
 デュランダル議長もとんだミスをしたものだ、と。





 レクイエム撃破から三日後。
 表面上は穏やかな状況が続いていた。
 連合はプラントに正式な停戦協議を申し出ており、
 ブレイク・ザ・ワールドを機に勃発した今回の戦争は誰もが終わったと感じていた。
 その中で沈黙を守っているのがオーブだ。
 首長のカガリ・ユラ・アスハはプラントからの会議の申し出を無視し、ひたすら独自のルートで大使を送り込んでいた。
 いまや世界のリーダーと目されているデュランダル。
 彼を危険視する国家と秘かに協定を結ぼうとしているのだ。
 しかし戦争に疲弊した国が多く、今更プラントを敵に回そうとする国は少なかった。
 ラクスたちの予測を裏切ってデスティニー・プランが宣言されず、説得要素が少なかったこともある。
 オーブは確実に孤立していた。




 
 タリアからその命令を聞かされたパイロット四人は、揃って宙を仰いだ。
 困惑していたのは命令を伝えたタリアも同じだったらしく、長いため息を吐く。
 「・・・まあ、そういうことよ。息抜き程度に考えればいいんじゃないかしら」
 「息抜き、ですか」
 「ラクス・クラインの護衛がですか?」
 イザークとルナマリアの応えにタリアが低くうなる。
 そう。
 ダイダロス基地に一時的に入港し修理を受けているミネルバ。
 そしてそのパイロットたちに下った命令は、コペルニクスで身を隠しているラクス・クラインの護衛だった。
 もしかしたら偽者かもしれないと思われている「議長のラクス」だが、
 それでもザフト兵たちを癒した歌姫であることには変わりない。
 ラクスの知名度をいまいち理解していないシンだけが首をかしげている。
 「コペルニクスは中立だし、今は停戦中よ。ラクス・クラインの警護にことさら神経を逆立てる必要もないわ」
 「それはまあ・・・」
 「レイ、あなたは必ず行くようにとのお達しよ」
 「分かりました。では、シンを・・・」
 「え?俺・・・?」
 指名されたシンは不安げに肩を揺らす。
 「ルナマリア、それからイザークはもしもの時のために艦に残って」
 「・・・はい」
 「了解しました」
 「そういうことだ。準備するぞ、シン」
 「え・・・と、俺よりジュール隊長の方が強いんじゃないの?ね、ねえ?」
 「甘えるな。これも訓練だ」

 レイはごねるシンを一喝すると、彼の腕を掴んで艦長室から出て行く。
 それを見送りながら、残された三人は苦い顔をしていた。
 


 新しい護衛だと言われて紹介された二人の少年に、ミーアは瞳を瞬いた。
 以前見知っていたからだ。
 「特務隊、レイ・ザ・バレルであります」
 「・・・ミネルバのシン・アスカであります」
 「知ってますわ。前に地球でお会いしましたものね」
 「覚えてくださっていて光栄です」
 「あ・・・、自分も、です」
 ミーアはお決まりの挨拶をする二人を冷ややかに見比べる。
 レイに対しては、アスランを陥れた策略の件を知っていたため気が許せないと思った。
 きびきびとした口調も怜悧な顔立ちもぞっとするものさえ感じる。
 一方、ややぼんやりした印象のシンには純粋に興味を抱いた。
 アスランの部下その一程度しにか思っていなかったが、見ればとても可愛らしい顔をしている。
 こちらを見て首を傾げる様子は子犬のように思え、何だか母性のようなものが芽生えた。
 「ねえ、護衛っていうからには買い物にも付き合ってくれるのよね」
 「・・・ご命令とあらば」
 「あなたじゃないわよ」
 ミーアは抑揚なく応えたレイを冷たく一喝する。
 そしてシンの隣に立つと、彼の腕に自分の腕を絡めた。
 訳が変わらずぽかんとしているシンへとにっこり微笑みかける。
 「ね・・・?買い物付き合ってよ、シン。私、あなたとデートしたいな」
 「・・・デート?」
 

 シンを半ば強引にコペルニクスのショッピングストリートに連れ出したミーアは、
 かつてアスランにしたように腕を絡ませて寄り添って歩く。
 買い物はほとんどせず、歩きながらシンにミネルバのことについて質問ばかりした。
 最初は年上の、しかも体はしっかり成熟しているミーアに抱きつかれてとまどっていたシンも、
 ミネルバのことについて眼を輝かせて質問してくる彼女にぎこちないながらも答えを返す。
 そしてその少し後ろを、レイが周囲に気を配りながら歩いていた。

 「なあんだ、カノジョいるんだ。年下の恋人もいいかなーって思ったのに」
 「いや、そのっ。ルナはカノジョって訳じゃ・・・。俺が勝手に・・・」
 「あら。・・・ってことは、片想い?」
 「・・・う」
 「赤くなってる。かぁわいいー!!」

 一人で盛り上がり、いい子いい子と頭を撫でてくるミーアにシンはすっかり弱てしまう。
 なるほど、あの優柔不断なアスランならこのペースに逆らえまい。
 シンは助けを求めるように後ろのレイを振り返る。
 だが彼は携帯で誰かと話しているようで、シンの視線には気付いていなかった。
 「でもぉ、まだ片想いならためしに私と付き合ってみない?」
 「え!?それはちょっと・・・。それにラクス様は俺なんかより、レイとかの方が・・・」
 ビジュアル的にも中身にしても、女の子にとっての理想は自分よりレイだろう。
 シンは言外にそう含めたが、返ってきたのはミーアの思い切り不機嫌な顔だった。
 「嫌よ、あんな人」
 「え?・・・レイが、嫌?」
 シンはきょとんとする。
 容姿端麗で、頭も良くて、エリート街道まっしぐらのレイが、女の子にそんな風に言われるなんて思いもよらなかった。
 首を傾げるシンをよそに、ミーアは「そんなことよりっ」と語気を強めて顔を寄せた。
 「私、ラクス様じゃないわ」
 「は?」
 「気付いてるんでしょ、私が偽者だって・・・」
 「・・・」
 「そうよ。偽者なの・・・。オーブのラクス様が本物」
 「・・・」
 シンはどう言葉を返したらよいのか分からない。
 シンにとって、ラクス・クラインが本物かどうかということにさほど価値があるとは思えなかった。
 いま自分の目の前にいる少女は顔も可愛いし、スタイルも抜群だ。
 性格だって相手を卑下しないし、それでいて感情を真っ直ぐに表す素直な人だと思う。
 普通、女の子はそれだけで充分だ。
 だが、シンはそれを口に出すことはしなかった。
 この少女にとって、「本物」と「偽者」は非常に重大な問題だというのを察したからだ。
 しばらくの間沈んだ顔をしていたミーアだが、やがて顔を上げてシンをしっかり見た。

 「私、ミーアよ。ミーア・キャンベル」
 「・・・」
 シンは瞳を瞬く。
 すると、ミーアはずいっとさらにシンへと顔を寄せた。
 「ね、名前で呼んでよ」
 「・・・あの」
 「呼んで!!」
 「み、ミーア・・・」
 「うんっ!」
 満足したように微笑んで、さらに体を密着させるミーア。
 もう何も言う気になれず、シンは遠い眼をした。
 だがその時。
 それまで適度な距離を保って後ろを歩いていたレイが、急にこちらに追いついてきた。
 気配を感じたシンが振り向く前に、彼は肩を掴む。
 しかし歩くスピードは止めなかったので、三人横に並んで進むおかしな格好になる。

 「レイ?」
 何かあったようだ。
 シンが横目で伺うと、レイが潜めた声で言う。
 「シン、戻るぞ」
 「・・・何かあったの?」
 「な、なによう!まだ何も買ってないわ」
 会話を聞いたミーアが抗議するが、レイはそれを冷たい一瞥で黙らせた。
 「ラクス様、ここは危険になりました。すぐに戻ってください」
 「・・・」
 「いいですね?」
 「分かったわよ」
 ミーアも今の自分が自由の利く身ではないことを重々承知している。
 口を尖らせていかにも不服そうだったものの、それを口には出さなかった。
 シンと腕を組んだまま、元来た方向へとUターンする。
 立ち止まっていたレイとすれ違った時、彼はシンだけに聞こえるよう耳打ちした。

 「アークエンジェルが、三時間前にコペルニクスに入港している」




 

 コペルニクスがいくら中立都市だといっても、あのアークエンジェルの連中のことだ。
 ミーア・・・「偽者のラクス」がここにいると知れば、彼女に何をするか分からない。
 早々にホテルに戻ったほうがいい。
 しかもこの場でのミーアの護衛はシンとレイしかいないのだ。
 三人は慌てて車へと戻った。


 地下の駐車場には何故か人気が無かった。
 不自然とは思うも、今はそんなことにはかまっていられない、と先頭のレイが車に乗り込もうとした時。

 ぱぁ・・・ん!

 乾いた音が駐車場に響いた。
 「レイ!」
 「きゃああっ!!」
 レイが足を押さえて倒れている。
 シンはパニックになっているミーアの手を強引に引くと、彼の元に駆け寄って銃を抜いた。
 「動くなっ」
 「!」
 怒号と足音。
 シンとミーアはびくりと体を揺らす。
 自分たちが来た方向とは反対側の入り口から、いくつかの人影が見えた。
 そのうちの幾人かは銃を手にしている。
 と、先頭に立ってこちらに銃口を向けている人物・・・おそらくはレイの足を撃ち抜いたであろう男の姿を認め、
 シンとミーアは顔を引き攣らせた。
 黒髪に、緑色の瞳の若者・・・アスラン・ザラ。

 「ア、アスラン!?あなた、生きてたの!?」
 「動くなミーア。・・・シンもだ」
 アスランが生きていたことを知らなかったミーアは、まさに幽霊を見たかのように青ざめている。
 それに対しアスランは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 彼の後ろには、同じく銃を構えた茶髪の青年と、長髪の体格のいい中年男・・・。
 そして、赤い髪の少女がいた。

 ―――メイリン・・・。

 シンは唇を噛み締める。
 彼女が生きていることは分かっていた。
 ルナマリアは何も言わなかったが、オーブ戦の際に姉へとコンタクトを取ってきたらしい。
 メイリンはもう、あちら側の人間だった。
 そして間違いなくシンを憎んでいて、必要とあらば撃とうとするだろう・・・あの時のシンと同じように。
 ―――どうすればいい?
 状況は絶望的だ。
 レイはふくらはぎのあたりを撃ち抜かれていて、今も苦痛に顔を歪めている。
 立つのはおそらく無理だろうし、この状態で銃を扱うことも難しい・・・第一、アスランたちがそれを許そうとはしないだろう。
 シンにしても、アスラン相手に銃一丁で勝てるとは思えなかった。
 その上相手には仲間がいるし、自分はミーアと負傷したレイを守らなくてはならない。
 せめてミーアだけでも逃がすことはできないだろうか・・・?

 そんなことを考えていた時、アスランたちの後ろからもう一人の人物が歩み出た。
 ―――まだ仲間がいたのか・・・。
 シンは敵の人数が増えたことにもはや諦めを感じる。
 だが。
 「・・・え?ミーア?」
 前に進み出た最後の人物。
 それは、今日知り合ったばかりの桃色の髪の少女・・・いいや、違う。
 そんなはずはない。
 その子は今、シンの後ろにいる。
 怯えて震えている。
 なら、ここにいる・・・この状況で笑みすらたたえている女は誰だ?
 「ラクス様・・・」

 ミーアがシンの肩をぎゅっと掴む。
 ―――私、ラクス様じゃないわ。
 ―――そうよ。偽者なの・・・。オーブのラクス様が本物。
 これが、本物?
 

 「こんにちは、ミーアさん、初めまして」
 「・・・あぁぁ」
 「わたくしと一緒に参りませんか?このままでは、議長に殺されてしまいます」
 「ぁ・・・あたし」
 「ミーア、俺たちと行こう・・・。シンも」
 シンもミーアも動揺する。
 この人たちは、自分たちを殺しに来たのではないのか・・・?
 「議長は用済みになった人間から消していく。君たちもいずれ・・・」
 
 「ふざけるな!!」

 アスランの言葉を遮ったのは、レイの叫びだった。
 シンはレイとミーアをかばうようにして立っているので分からないが、
 彼が身を起こそうともがいているのが気配で分かる。
 「アスラン!貴様が追われたのは俺たちを裏切ったからだ!」
 「嘘よ!嘘の容疑でアスランさんを反逆者にしたくせにっ」
 アスランの代わりに反論したのはメイリンだった。
 「本物のラクス様はこっちよ!私たちが正しいのよ!」
 「黙れ、馬鹿女!」
 「・・・ッ」
 「ラクスはここにいる彼女だ。声も顔も同じだ・・・何の問題がある!?
 大体、彼女が兵士たちを励ましている間、本物だというその女は何をしていた?
 テロ活動をして、ザフト兵をたぶらかして・・・ッ。それが『ラクス・クライン』のすることか!!」
 「いい加減にしろ、レイ!」
 レイをアスランが一喝する。
 対してレイの言葉に黙って耳を傾けていたラクスがゆっくりと口を開いた。
 「ミーアさん」
 「・・・!」
 「名が欲しいのなら差し上げます。・・・姿も。
 でも、それでもあなたとわたくしは違う人間です。それは変わりませんわ」
 「・・・」
 まろい、優しい声だった。
 シンも、ミーアも息を呑む。
 テロリストだと教えられた敵の中に、こんなに優しげで美しい少女がいるなんて・・・。
 「貴方の夢は貴方のものですわ。それを歌ってください。自分のために。
 ・・・夢を人に使われてはいけません」
 最後の言葉は、レイに向けられたものだった。
 レイは何もできない自分に歯がゆさを感じながら、ただ事の成り行きを見守るしかない。
 すると、今度はアスランがシンに向かう。 
 「シン、お前はもう気付いているんじゃないのか?」
 「・・・」
 自分の心を見透かしたような言葉に、シンははっとする。
 確かに、レイに対しては不信とともに恐れすら抱くようになっていた。
 アスランとメイリンの脱走にしても、今にして思えば納得のいかないことが多過ぎる。
 ルナマリアへの態度は仲間に対するそれとは思えないし、シンに対しても高圧的な時が増えた。
 それでも。
 それでも・・・。

 ―――ルナ・・・。


 「もうさあ、どうでもいいじゃん」
 
 新たな、声。
 途端。
 シンの心臓が凍りついた。

 「坊主とピンクの子だけ連れて行きゃいいんだろ?そのために一時間も前から張り込んでたんだから」
 「ムウさん・・・」
 声の主は、背の高い中年の男だった。
 くすんだ金髪を肩まで伸ばしており、顔には大きな傷がある。
 「まったく、コペルニクスに着くなりどこに連れて行くかと思えば・・・。こいつらの保護なら先に言えっての」
 「時間が無かったって言ったでしょ。もたもたしてたら彼らが本隊と合流しちゃうから」
 「ならなおのこと早く終わらせようぜ。そっちの色男は殺してもいいんだろ?」
 中年の男はそう言いながらレイへと銃口を向ける。
 「・・・」
 アスランはその態度に顔をしかめたものの、止めようとはしなかった。
 ラクスも、メイリンも、もう一人の茶髪の少年も黙って見守っている。
 
 だが。
 引き金は引かれなかった。

 かたーん、と音がして。
 全員がその音の方へと視線を向ける。
 「あ・・・あぁあ・・・ッッ」
 「シ、シン?」
 音は、シンが銃を地面へと落としたため。
 突然様子を変えたシンに、ミーアやレイ、アスランたちも目を剥く。
 「な、なんでっ、なんで、アンタ・・・!」
 シンはがたがたと震えていた。
 見開かれた真紅の瞳に映っているのは、レイを撃とうとしてた中年男。
 その視線に気付いた男が、ゆっくりと銃を下ろす。
 彼の顔もまた青ざめていた。

 「ネオ・・・ッッ」





 シンは大きな真紅の瞳を見開き、彼を見つめていた。

 ネオ・・・。
 ステラがずっと呼び続けていた名前。
 信頼を寄せていた相手。
 だからシンも信用した。
 
 ―――約束、するよ。

 戦争のない、死ぬことのない、優しくて暖かい世界に・・・。


 

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2007/02/28(ブログより移行)