死闘・エターナル
戦闘が始まった。
ザフトの《ミネルバ》から、四機のMSが発進する。
シン・アスカの《デスティニー・セカンドプレート》。
ルナマリア・ホークの《ブラストインパルス》。
レイ・ザ・バレルの《レジェンド》。
イザーク・ジュールの《アイスファング》。
先陣のミネルバが率いるのはナスカ級戦艦六と、ガモフ級戦艦三、戦闘員350人。
そのうちザク、グフ等MSの各部隊は小隊で15。
それぞれに隊長が任命されており、責任者はミネルバのMS隊隊長でもあるイザークだ。
これはザフト総力の五分の一にも当たる大規模な遠征部隊だった。
それだけプラント本国はクライン派の力を恐れているということになる。
一方のクライン派・・・表面上はオーブ軍率いる地球連合軍。
旗艦はもちろん歌姫の艦《エターナル》と浮沈艦《アークエンジェル》。
数の上ではザフトの二倍。
だがその七割が連合側から刈り出した兵力だった。
「オーブはかなり強引に兵力を宇宙に持ってきたようですね」
盤面を睨みながら副長のアーサーが唸る。
場数を踏んできたおかげで、一年前ほどの青臭さはもう感じさせなくなっていた。
「士気は薄いでしょうね・・・今のところ」
「地球のナチュラルにとって、ラクス・クラインはプラントほど馴染みがないでしょうし」
「歌手だということすら知らない者の方が多いんじゃないかしら」
「そうですね。むしろ・・・」
オーブを陰で操る女帝。
そう認識している者の方が、地球には多いはずだ。
むしろラクスの支持者はプラントの方にこそ多い。
だが・・・皮肉にも彼女はそのプラントを脅かす存在となっているのだ。
「あちらの軍の『色分け』、できる?」
タリアの言葉に、アーサーは頷くと、すぐに手前のウィンドウを分析し始めた。
『色分け』とは、敵勢力の分配を文字通り色で分けて把握することだ。
《地球軍》、《オーブ軍》、《クライン派》。
この戦闘でこそ徒党を組んでいる彼らだが、その特色はあまりに差がある。
特に七割を占める《地球軍》は、今タリアとアーサーが言った通り、ラクスや『白カラス』たちに脅される形で参戦しているのだ。
《オーブ軍》はオーブ軍で、わざわざプラントを攻めることに疑問を抱くものが多いらしい。
そして、問題は・・・。
「艦長!MS接近してきます!!」
オペレーターのアビーの声に、ブリッジの緊張が一気に高まった。
「急接近する機影四。型番照合・・・。
《フリーダム》、《ジャスティス》、《アカツキ》、そして《グフ》です!!」
その情報はイザークたちのもとにも渡っていた。
すぐさま映像が送られ、因縁の機体を目にしたパイロットたちに複雑な表情が浮かぶ。
その中で冷静なイザークが硬い声で指示を与えた。
「シン、お前は先陣を切れ。連中をあまり踏み込ませないだけでいい。無理はするな。
ルナマリア、お前はその間を突いて五個小隊を率いて旗艦を狙え!
レイ、ミネルバは任せたぞ。お前が最終防衛ラインだ」
『『『了解!』』』
「ははは!たくさんいるなぁ!」
ネオは興奮を抑えきれないとでも言うように舌なめずりをする。
彼に与えられた黄金の機体、《アカツキ》はもともとカガリが父ウズミから引き継いだものだ。
だが、オーブの首長たる彼女は宇宙にまで戦闘に出ることは出来ない。
この機体には《ストライクフリーダム》同様オールレンジ攻撃を可能にするスペックが追尾されていたため、
渋るカガリからラクスたちが奪い取る形でエターナルに乗せられ、ネオの手に渡った。
「半人前のおじょうちゃんより・・・」
アカツキの背中から、ドラグーンがいくつも射出される。
「俺の方が、上手く使えるぜ!!」
ドラグーンはネオの意思に従い、ザフトの群れへと向かっていく。
そして。
雨のようなビームが撒き散らされた。
アカツキの攻撃にうろたえたザフトのMSが幾つか爆散する。
ザフトでもドラグーンシステムは知られているが、それに敵対できるパイロットはまだ一握りもいないのだ。
「ほらほら、墜ちちまえよ!」
アークエンジェルとある程度の距離を保っているアカツキは、エネルギーの心配をあまりする必要がない。
思う存分攻撃をしまくった。
だがザフトもただの的でいてくれるわけもない。
ある程度の混乱から立ち直ると、アカツキ単機を攻撃する班とドラグーンビットのみに対処する班に分かれて対応してきた。
もとから上手く訓練されているのだろう。
ネオは舌打ちする。
「生意気なんだよ・・・ッ」
一度ドラグーンをしまいこむ。
そして、バーニアをふかして敵の陣に突っ込んだ。
高性能のアカツキは、スピードもザク並みに速い。
敵はすぐに察して散り散りになったが、さすがに艦までは素早く対処できない。
突出していた艦が主砲を発射するが、ネオはそれを軽々とかわして唇をゆがめた。
「大きいの、もらうぜ!」
大型ライフルを構える。
後ろからザクが何機か攻撃してきたが、黄金の装甲によってビームははじかれた。
ネオを邪魔する物は何もない。
「墜ちろーーーッッ!」
ぱあぁぁ・・・んっ。
光の粒子が弾け飛び、ネオは目を丸くした。
なぜなら、ナスカ級戦艦のブリッジにむけて放ったはずのビームが突然現れた機体のビームシールドによって遮られたからだ。
「こいつ・・・」
それは、見覚えのある機体だった。
そう、この戦場に来るまでの画像でも何度か目にした機体。
白く輝く光の翼。
デスティニーガンダム!!
だが。
「少し・・・違う?」
ヘブンズベース戦、そしてオーブ戦・・・一年前に撮影されたデスティニーとは微妙に異なる気がした。
主にはカラーリングだが、全体的にスリムになった印象だ。
どっちにしろ、自分に立ちふさがる敵に代わりはない。
「邪魔するなよ!」
ネオはドラグーンを射出する。
敵がどちらかといえば接近戦を得意としていることは知っていた。
それなら距離をとって・・・。
だが、デスティニーはその間を縫うようにアカツキに接近した。
ブーメランを取り出し、投げつける。
「!!」
ネオは間一髪でよける。
だがそのために気が散らされ、ドラグーンの操作がおろそかになった。
デスティニーはあっという間にビットのうち三つをサーベルで切り捨てる。
もともとオールレンジ攻撃を封殺するつもりだったのだろう。
ますますネオの苛立ちは募った。
「何なんだよ、おまえは!?」
無線をオープンにして叫ぶ。
どうしてなのかは分からないが、腹が立って仕方なかった。
こいつを・・・この機体を見ていると苛々する。
自分の中にある何かを暴き立てられそうで苦しくなる。
早く目の前から消えてくれ!
「むかつくんだ、早く消えろよ!」
すると・・・。
思わぬことが起こった。
デスティニーの動きが止まったのだ。
無線に響いたネオの声に呼応するように・・・。
そして。
『ネオ?』
「!」
無線を介して聞こえた声に、ネオは心臓を鷲掴みにされた気分になった。
知っている・・・。
俺はこの機体のパイロットを知っている・・・!
『ネオ・ロアノーク?』
少年?・・・いや、声変わりはしているようだから若者と言ったほうが相応か。
彼はネオの名前を知っている。
彼?
男?
声は間違いなく男のものなのに、ネオは何故か不思議に思った。
なぜなら脳裏に浮かび上がったのは、金髪の髪にすみれ色の瞳をした可憐な少女だったから。
誰だ?
あの少女は、誰?
パイロットとどんな関係が?
なに?
何が起きているんだ?
相手も無線をオープンにしたようだった。
通信用の画面が数度砂嵐とカラーログを映し・・・そしてデスティニーのパイロットの顔を描く。
黒いパイロットスーツをまとった精悍な顔つきの若者。
その瞳の色は・・・。
ネオは息を止めた。
美しく純粋で無垢なその瞳に射抜かれた途端。
己の罪の重さゆえに、呼吸が出来なくなっていた。
「お・・・まえ」
画面に映る少年の顔に、ネオは見覚えがあった。
・・・あって当然だ。
これまでに二度、直接会っているのだから。
一度目の時、ネオは地球軍の大佐だった。
捕虜を引き渡しに来た彼から、直接『彼女』を受け取った。
『彼女』・・・?
誰、だったか。
思い出せない。
思い出したくない。
二度目・・・。
今度は捕虜になってそのまま居ついた先のクライン派にいた。
その時の彼は今にも崩れ落ちそうに儚くて、脆かった。
そして訴えた。
―――どうして「 」を殺したの?
誰?
誰のことで、自分は責められたのだろう?
『ネオ・・・』
再び、赤い瞳の少年がネオの名前を呼ぶ。
一年前のような脆さは、そこにはなかった。
確固としたものを感じさせる、凛々しい若者に成長していた。
無機質なようで、それでどこか悲しげな表情が向けられている。
それだけでネオを責め立てる。
「やめろ・・・やめろよ!」
ネオはライフルを構える。
迷うことなくそれをデスティニーへと向けた。
「何なんだ、お前は!?どうして俺を苛立たせるんだ!!?」
『・・・ネオ?』
「どうして俺の名前を知ってるんだよ?その声で呼ぶな!ムカつくんだ!!」
引き金を引く。
しかし手当たり次第に撃たれたそれはデスティニーがシールドをかざすまでもなく脇をすり抜けた。
デスティニーが背中の対艦刀を取り出す。
『忘れたのか?俺のことも・・・』
「やめろ・・・ッ」
ネオは怯えた。
もう長いこと忘れていた感情だった。
残りのドラグーンビットを全て射出する。
けれど、乱れた心にそれは思うように動いてくれない。
デスティニーがその合間を通り抜けていく。
『忘れたんだね?』
「やめてくれ!思い出させないでくれ!!」
本当は覚えている。
忘れた振りをしただけで・・・。
『もう貴方は、ステラのことを忘れてしまったんだね・・・』
気が付いた時、ネオは光の中にいた。
自分の細胞が焼かれてばらばらになっていくのを感じる。
シン・・・。
そう、ステラはシンと呼んでいた。
赤い瞳の、真っ直ぐな心の持ち主。
光の奥で。
見捨てた子供たちの悲しげな顔が見えた気がした。
「アカツキが、シグナルロスト!?」
画面に表示されたテキストに、ディアッカは思わず声を荒げた。
アカツキが墜ちた・・・。
ネオが死んだということか?
同一人物かどうかまでははっきりしなかったものの、ムウ・ラ・フラガと同じ容姿を持っていただけに、
ショックは大きかった。
それにしても、アカツキほどのスペックを持った機体を誰が屠ったのだろう。
いいや、今は自分のことだ。
ネオほどのパイロットが死んでもおかしくないほど自分たちの状況は厳しいのだ。
『ディアッカ、ディアッカ!』
名前を呼ばれ、ディアッカははっと意識を戻す。
アークエンジェルからのミリアリアからの通信だった。
『ザフトのザク部隊に攻撃されているの!アークエンジェルに戻って!』
「分かった!」
ディアッカは素早くアークエンジェルの位置を確認し、バーニアを全開にする。
先陣はおとりで、別部隊が旗艦を攻撃しに来たのだろう。
本当にネオの死を惜しんでいる場合ではなくなった。
アークエンジェルはザク部隊の攻撃を受けていた。
それを見定めたディアッカはその場に急接近する。
アークエンジェルを墜としてなるものか!
あれには『彼女』が乗っている・・・そのためだけに、ディアッカはプラントを捨てた。
二度も親友を裏切ったのだ。
「!・・・あ、あれはっ」
ザクの中で一際目立つシルエットに気付く。
おそらくは部隊を率いている隊長機だ。
白と緑をベースにしたカラーリング・・・ガンダム!
「インパルスだな!」
ライフルの標準をあわせる。
こいつさえ仕留めれば!
だが向こうもこちらに気付いたらしく、巨砲を向けてきた。
「!!」
ぎりぎりでかわす。
火力が違う・・・だがっ。
「接近戦に持ち込めば・・・ッ」
かつて遠距離型のMSに乗っていたディアッカだからこそ、目の前の機体の急所を瞬時に見抜く。
自分が乗っているグフは素早い動きを武器に接近戦を得意とする。
インパルスのパイロットがフリーダムと戦った時とは別人だということはすでに知っていた。
―――勝てる!
バーニアを一気にふかす。
テンペストのビーム刃を展開し、一気に切り込んだ。
「くっ!」
近づいてきたグフの攻撃をルナマリアは何とかかわそうとする。
だが、向こうも素早い!!
ガインッ。
「くあっっ」
攻撃を避けることに集中したのが幸いした。
相手はコクピットを狙ったのだろうが、テンペストは脚部を僅かに掠っただけ。
まだ、動ける。
『インパルス、大丈夫か!?』
気が付いた友軍機が呼びかけてきたが、返している暇がない。
また攻撃が来る!
大きく振られたテンペストを再び避け、砲を放つ。
向こうが火力に驚いた隙を突いて距離を開いた。
「かなりの使い手みたいね・・・」
雑魚ではない・・・だが、いつもシンやレイ、イザークを相手に揉まれてきたルナマリアにとってしてみれば、
絶望的な状況ではなかった。
唯一の難点はこちらがブラストを装備し、そして向こうが接近戦が得意なグフであること。
「・・・でもっ」
ルナマリアは瞬時に見抜く。
あのパイロット、さほど接近戦に慣れていない。
もしあれに乗っているのがイザークだったら、今頃インパルスは血祭りだろう。
その時、再び友軍機から通信が入った。
『アークエンジェル、後退して行きます』
戦意喪失したか・・・。
あるいは他の理由があるのか分からないが、ともあれここから退く気らしい。
「よし、こちらも牽制しながら後退する!」
ルナマリアに与えられた任務は、旗艦を墜とすことではない。
あくまでその機能を失わせることだ。
ザフトにとっては『浮沈艦』というよりは『疫病神』のアークエンジェルだ。
あまりまとわり付いて不幸をもらいたくない。
後退するアークエンジェルを追い立てるようにザクが砲撃を降らせる。
ルナマリアもブラストで応戦しようとするが・・・。
ビービーッ。
「あいつ!!」
あのグフだ。
接近してくる。
「しつこい男は嫌いよ!」
ルナマリアは、アークエンジェルに向けていた砲をグフへと向けた。
その砲撃を、ディアッカはぎりぎりでよけたつもりだった。
「・・・ちぃっ」
コクピットに鳴り響くアラートに苛立ちが募る。
あまりに距離が近すぎたため、直撃はしなかったものの砲の灼熱がフレームを焼いたのだ。
相手の懐に飛び込むために敢えてリスクを選んだが、これが最後だ。
もう一撃でも食らえば自分もネオと同じ末路を辿る。
―――そんなのは、俺のガラじゃないね!!
死んでたまるか!
ディアッカはスレイヤーウィップを振り上げる。
目の前にはブラストインパルス。
「くらえ!」
バシィィンッ。
インパルスが素早くブラストに装備されていたビームジャベリンを取り出す。
それはグフのスレイヤーウィップに弾かれたものの、おかげで本体への衝撃が軽減した。
ディアッカは舌打ちし、さらにウィップを振り上げようとするが・・・。
「・・・!?げぇッッ」
次にインパルスが起こした行動に度肝を抜かれた。
なんとインパルスは装備していたブラスト砲を外したかと思うと、こちらに蹴り付けてきたのだ。
「苦し紛れ・・・かっ」
もちろん対してスピードのないそれをよけるのはなんでもないし、当たったとしても大した脅威には・・・。
だが。
インパルスの行動はそれで終わらなかった。
腰からコンバットナイフを取り出し、投げつける。
ディアッカのグフではなく、外したブラスト砲に・・・。
「!!」
全てを理解した時、ディアッカはとっさにバーニアをふかして後退していた。
そしてそれは正解だった。
ナイフが突き刺さったブラスト砲は、残った火力とエネルギーを巻き込んで大爆発を起こす。
「ーーーーッッ!!」
爆圧に機体が吹き飛ばされた。
下手に受け止めようとしていれば、ただでさえ熱でがたがただったフレームは炎上していただろう。
「ちくしょう!」
悪態をつきながらもディアッカは後退する。
インパルスは追跡してこなかった。
『おい、アカツキが落とされたみたいだぜ』
「本当かい?」
ヘルベルトの言葉に、ドム・トルーパーのパイロットであるヒルダは眉を寄せた。
『情けねぇなぁ』
マーズが下卑た笑みを浮かべながら言う。
ヒルダも同感だった。
誇り高きクライン派の一員で、あれほどのスペックを持つ機体に乗りながら、むざむざ落とされるとは・・・。
だがこれはチャンスだ。
ヒルダたちドム・トルーパー三機は、ラクスから特別任務を与えられていた。
戦場を大きく迂回して、敵の旗艦ミネルバを撃沈すること。
彼らのドムはザフト制であり、そのシグナルも有している。
それでどこまで誤魔化せるかは運次第だが、少しでも近づくことが出来るのは確かだ。
「よし、これでミネルバを落とせば、ラクス様に認めてもらえるよ!」
『ああ、そうだな』
『ラクス様のために!』
彼らに仲間を殺された悲しみなど微塵もなかった。
ミネルバからの通信に、レジェンドのレイは瞳を眇めた。
やはり来たか・・・。
大きく迂回して旗艦を攻撃する別部隊の可能性は、作戦の段階でイザークとタリアがすでに懸念していたことだ。
そのためにこそ自分がミネルバのカタパルトに待機していたのだ。
「位置は?」
『インディゴ50、マークブラボーです』
「了解。そちらへ向かいます」
『お願いね、レイ。こちらはこちらで持ちこたえるわ』
タリアの言葉に大きくうなずく。
索敵をうまく誤魔化す為に、向こうも少数で来るはずだ。
レイ一人で対処できる。
「機影確認・・・三機、か」
たったこれだけか?
一瞬不審に思ったが、機体を照合して合点する。
オーブ戦でザフトのMSの大半を蹴散らし、ルナマリアのインパルスとも交戦した《ドム・トルーパー》だ。
あちらもレジェンドを発見し、鈍重そうなバズーカをこちらに向けた。
ミサイルが発射され、レジェンドへ向かう。
だがあまりにも単調なそれをよけるのは難ないことだった。
すると今度は三機前後に並んで加速する。
「きたか・・・」
連中が良く使う連帯攻撃だ。
一機の影に後ろの二機が姿を重ね、相手からは180度どの方向から攻撃してくるか分からない。
だが・・・。
彼らはまだ、オールレンジ攻撃を有する機体と戦ったことは無いだろう。
一年前、オーブ戦で撮影されたそのままの動きをする進歩の無いドムのパイロットに、レイは憐れみの目を向けた。
「邪魔が入ったね」
デブリにまぎれて旗艦の射程距離内に入る一歩手前で立ちはだかった機体に、ヒルダは眉を寄せる。
全く気付かれずにいられるとも思わなかったが、やはり大きな餌を目の前にしているだけにいい気はしない。
『おい、ヒルダ。あの機体・・・』
『ああ、アレじゃないか?』
マーズとヘルベルトの言葉に、ヒルダも機体を注視する。
目の前に現れた黒灰色・・・あれは!
『レジェンドだ。間違いないぜ』
『ああ、ミネルバより上等な獲物じゃないか!』
「まったくだよ、あんたら、用意はいいね!!」
ヒルダも降下しかけていた気分が一気に跳ね上がり、顔に歪んだ笑みを浮かべる。
《レジェンド》・・・ラクスとキラがデスティニーとともに最も注目していた機体だ。
これを墜とすことができれば!
「ラクス様のために!」
バズーカの標準をあわせて連射する。
当たればかなりのダメージを与えることができるが、その分スピードでは劣る。
相手もそれは分かっているのだろう。
無駄な動きをすることなくミサイルをかわした。
『どうやら俺たちをここで足止めする気らしいぜ』
「生意気だね、思い知らせてやろうじゃないか」
ヒルダの掛け声とともに、マーズとヘルベルトが縦一列に並ぶ。
「「「ジェット・ストリーム・アタック!」」」
並んだまま加速し、動かないレジェンドへと向かう。
このままあの機体がどの方向に動いても、三位一体の攻撃からは逃れられない。
三人のドム・トルーパーのパイロットたちは勝利を確信した。
「その首、もらったよ!」
だが。
突然襲った衝撃に、ヒルダは悶絶した。
「な、なに!?」
後部のカメラが赤く染まっている。
爆発・・・!?
「マーズ、ヘルベルト!!?」
ヒルダの呼びかけに、仲間の二人は応えなかった。
レーダーに示された「シグナルロスト」の表示に愕然とする。
「どこからの攻撃だ!?」
ヒルダのその問いに答えるかのように、カメラの端から躍り出たものがあった。
彼女はそれに見覚えがあった。
アカツキのものと同じ、ドラグーンシステムによって操作されるビットだ。
「・・・ちっ!」
ヒルダはそれを撃ち落そうとするが、それは素早く緻密な動きでこちらを翻弄する。
以前ネオがビットを操作する様を見たことがあるが、速さがその比ではなかった。
レベルが違いすぎる・・・!
しかし今まで自分より弱いものとしか戦ったことのない彼女が一人で退却を決意するには全てが遅すぎた。
ドラグーンビットにばかり気を取られパニックに陥っていたヒルダは、肝心のレジェンドのことをすっかり失念していた。
そして。
「!!!」
前方のカメラに暗灰色の機体が迫ったかと思った瞬間。
ヒルダは自分の周囲が白い闇に包まれるのを見た。
コクピットにビームサーベルを突きたてられたということを認識することもなく。
彼女の体は一瞬にして蒸発した。
「ミネルバ、こちら《レジェンド》、レイ・ザ・バレルだ。敵機を撃墜した。これより帰艦する」
いとも容易くドム三機を屠ったレイは、大した感慨もなく機体を母艦へと返した。
あっけない連中だった。
一年前のオーブ戦で友軍機が苦戦したのは、その意表をついた攻撃故だろう。
それすら単調で、分析してあらかじめ用意していれば何のことはない。
ドラグーンで後ろから攻撃した途端、あっという間に陣形が崩れたところを見ると、
無重力化での戦闘にはそれほど訓練を積んでいないパイロットだったのだろう。
クライン派も人手不足なのだろうか・・・。
イザークはミネルバから送られてきたデータと目の前の戦場を睨みながら、状況を分析していた。
一見互角に見えるが、寄せ集めのクライン派連合軍は明らかに足並みが乱れていた。
先陣のシンとルナマリアが率いた部隊の攻撃でアークエンジェルが後退したのをきっかけに、
地球軍からの支援部隊がばらばらと後退を始めている。
指揮系統が混乱しているのは明らかで、これは無理に叩く必要はないだろう。
問題は正規のオーブ軍と、クライン派独自の部隊だ。
《アカツキ》が堕ちたという連絡は入ったが、まだ向こうには切り札の《フリーダム》と《ジャスティス》がある。
ラクス・クラインはどうあってもこちらに一矢報いようとするだろう。
そうなれば、あの二機は必ず出てくる・・・!
ピピピッ。
―――来た!
レーダーにあらかじめインプットしていた機影。
全身の毛が逆立つような感覚に、イザークは自分が緊張していることを感じる。
カメラに映し出されのは鈍い赤の機体。
もはや何処にもない「正義」を語る、傲慢な存在。
「ジャスティス・・・アスラン・ザラ!!」
何とかミネルバを止めようと敵陣に突っ込もうとしていたアスランは、立ちはだかった機体に目を剥いた。
白色美麗に輝く、優美なフォルムの機体。
シグーの流れを汲んでいるのだろうか、かつてラウ・ル・クルーゼが乗っていたそれが脳裏をよぎる。
襲ってくれと言わんばかりに目立っているが、何故かそれはいやらしく見えなかった。
薙刀型の長刀を手にし、軍神のごとくそこに「君臨」している。
思わず平伏してしまいたくなるほどに。
「・・・こいつはっ」
突然白い機体が急接近した。
早い!!
よけるのは不可能だと瞬間的に察し、アスランはシールドを突き出す。
薙刀が直撃し衝撃と共に後方へ弾き飛ばされた。
「くそ!」
アスランは背中の《ワイバーン》を取り外す。
そのまま相手にそれを突っ込ませ、自分はライフルで相手を狙い撃ちしようとした。
だが、白い機体はワイバーンには目もくれず、間を縫ってまた接近する。
―――どうあっても接近戦に持ち込む気か!
白い機体は見た目にも非常に軽量で、接近戦を想定していることは明らかだった。
アスランはシールドの隙間からライフルを連射しつつ、取り外したワイバーンからもビーム砲を放って両サイドから攻撃する。
しかしやはり相手は軽やかによけ、腰部のキャノンでジャスティスのシールドを撃った。
「・・・しまった!」
目くらましだ。
だがシールドを解除するわけにも行かず、ジャスティスは後退することで衝撃を和らげようとする。
だが。
「!!」
ごごぉぉおっ!!
激しい衝撃と共にコクピットが揺れた。
うるさくアラートが鳴り響き、いくつかのカメラがブラックアウトする。
ジャスティスの左アームが、シールドごと切り落とされていた。
アスランは愕然とした。
《インフィニット・ジャスティス》という超ハイスペックの機体に乗りながら、ここまで追い詰められるとは予想だにしていなかった。
オーブではシンのデスティニーすら負かした機体だというのに・・・。
それ以上の乗り手が、まだザフトにいるというのか。
「お前は・・・一体・・・?」
『投降しろ、アスラン』
「!!」
オープンになった無線からの声に、息が止まりそうになった。
そして同時に理解する。
そうだ・・・彼がいたのだ。
ザフトの軍神たる彼が。
「イザーク・・・」
『もう一度言う。投降しろ、アスラン・ザラ』
アスランもジャスティスの無線をオープンにする。
映像が繋がり、目の前にかつての「戦友」が現れた。
以前と全く変わらぬ、真っ直ぐな美しく蒼い瞳。
その双眸があちこち陣地を替え、軍服を替える自分を責め立てるように射抜いてくる。
「イザーク・・・君だったのか」
『アスラン・ザラ、投降するか、それとも俺にここで討たれるか・・・どちらかを選べ』
「その二択しかないのか?」
『貴様は俺には勝てん』
「・・・」
それに関しては、アスランは否定できなかった。
何しろこの様だ。
左アームは切り落とされ、上半身の7割が機能ダウンしている。
これではワイバーンを装着することはもう不可能だろう。
かつて、アスランはイザークに一度たりとも負けたことはなかった。
技術に関しては常にアスランが勝っていたのだ。
先天的な遺伝子が造りだしたその差をイザークは努力で補おうとしたが、
アスランがザフトにいる間はついぞ追い越すことはかなわなかった。
しかし今。
アスランはこうしてイザークに屈している。
そしてそれはいつかは起こりえる必然だった。
常にイザークに勝っていたはずのアスランが、彼に及ばず、そしてこれからも及びようのないことがある。
それは「意志」だ。
突き通す思いだ。
もしかしたら、まだアスランは技術の点ではイザークに勝っているかもしれない。
けれども、それをイザークの「努力」と「意志」が補った結果がこれだった。
では自分はどうするか。
イザークの言うままに投降するか。
あるいは命を差し出すか。
それしかないのか?
いいや。
違う。
「イザーク・・・聞いてくれ」
『・・・』
「俺はザフトを裏切ったわけじゃない。デュランダル議長とレイの罠にはまったんだ」
『・・・』
「議長は世界の実権を握ろうとしている。《デスティニープラン》だ。
まだ発表されていないが、オーブが討たれれば彼はこれを実行に移し、全てを自分の手でコントロールしようとするだろう」
『・・・』
「イザーク、君なら分かるはずだ。議長の言いなりになってはいけないんだ!」
アスランは訴えた。
その言葉には力があると信じて。
かつて心を通わせたイザークには通じるはずだと信じて。
『・・・それが貴様がそこにいる理由か?』
「え?」
思わぬ切り替えしをされ、アスランは瞳を瞬く。
イザークは酷く悲しそうな顔をしていた。
『お前が脱走しなければならなかった理由は知っている。
議長とレイはお前の信頼を裏切った・・・それは責められるべきことだ。
だが、それはプラントに銃を向けていい理由じゃない』
「だ、だから・・・っ、俺たちはプラントではなくデスティニープランを!」
『嘘をつけ!!』
「!!」
『貴様は何も変わらない・・・ただ流されているだけだ!
そのプランとやらが本当だとして、どうしてオーブと連合まで率いてザフト兵の命を奪う?
己の故郷と家族を守ろうとする命を傷つける?
たかが一つのプランをつぶすのに、戦争を利用すること自体が間違っていると言っているのだ!』
「だって、議長は・・・ザフトを掌握して・・・ッッ、だからっ!」
ザフトを倒さない限りはデュランダルにたどり着くことはできない。
だから自分たちは様々なものを犠牲にして戦いに赴いている。
・・・本当にそうだろうか?
―――ラクス!!
彼女ならどう言って反論するのだろう。
彼女の言葉は全て正しい。
この世界の正義たる彼女は、どう言ってイザークを説得するのだ?
教えてくれ!
『最後だ、アスラン・・・』
「・・・」
『投降しろ。さもなくば撃つ』
「イザーク」
『アスラン・・・』
ア ス ラ ン ! !
幾筋の光が、ばらばらの方向に走り抜けた。
ぎりぎりで気付いたイザークは、ジャスティスに向けていたコッカトリスとキャノン砲をあっさりと解くと、
すぐさま向けられた攻撃への防御を取る。
だが、その判断はほんの半瞬ほど遅かった。
ドラグーンシステムによる攻撃・・・!
いくらアイスファングが飛びぬけたスピードを持っていると言っても、
もともとそれは直進へのスピードで相手をかく乱することを重点に置いている。
変則的な攻撃に対応できる機体ではないのだ。
ビットは・・・六つ。
しかもそれが二回、三回と連続攻撃を仕掛けてくる。
五回目の攻撃をよけたところで、目の前に青いビットが現れ、イザークはコッカトリスでそれを弾き落とした。
しかしそれが隙を生む。
どごぉぉっ!!!
「・・・!!」
後ろからの強い衝撃に、イザークは息を詰まらせた。
アイスファングはスピードを最重視している分、耐久性は弱い。
装甲にビームを弾く効果があるために大事には至らなかったものの、衝撃はダイレクトに内部に伝わってきた。
「かはっ・・・」
内蔵が軋み、喉の奥に熱いものが競り上がる。
『アスラン、大丈夫!?』
『キラ!』
「キラ・・・ヤマトか」
アスランの無線を通しての声と、レーダーに現れた機体の映像。
無敵を誇るクライン派の鬼神、フリーダムだった。
これまでだってハイスペックで手に負えなかったというのに、ドラグーンシステムまで組み込んできたらしい。
レイとのシュミレーションをやり込んでいなかったら、おそらくこの程度ではすまなかっただろう。
『どうしてこんな無益な争いをするんだ!?』
キラはイザークを見咎めるなり、険しい表情で噛み付いてきた。
「・・・」
『アスランとあなたは仲間だったんでしょう?こっちにはディアッカだっているのに・・・ッ』
「攻撃してきたのはそっちだろうが!」
あまりに身勝手なキラの言い分に、これまで冷静だったイザークの頭に血が上ってしまった。
コッカトリスを構え、フリーダムに急接近する。
斜めになぎ払えば向こうは軽やかによけるが、イザークはアイスファングの速度を緩めず、そのまま突っ込んだ。
『くっ・・・!』
『キラ・・・!?』
最初の一撃をよけたフリーダムの動きにあたりをつけ、コッカトリスをそのまま突き出す。
ビームでコーティングされた刃は、フリーダムの右翼の一部を突き刺した。
「プラントはオーブも地球も侵略しない!」
『何・・・ッ』
「議長はそのデスティニープランを他国に強制したりしない!!」
『そんなこと、あなたがどうして分かるんだ!?』
「俺たちがそうさせないからだ!」
フリーダムとの戦いに距離を置くのは不利だ。
イザークはビームサーベルを振り回すフリーダムの攻撃をシールドで受け止めつつ、必死に追いすがる。
『デュランダル議長は危険だ!どうして分からない!?どうしてラクスの言うことを聞こうとしない!?』
「貴様らこそ、どうして必要以上に議長を危険視する?俺たちはただ、プラントを守りたいだけだッッ」
『だって、ラクスが・・・!!』
「プラントに、ラクス・クラインは必要ない!!」
『・・・!!』
「どんな理由があろうと、プラントに銃を向けるラクス・クラインを俺たちは必要としない!そんな指導者はいらない!!」
『だまれぇぇぇええぇぇぇええエーーーーーッッ!!!!』
モニタに映ったキラの顔が、怒りで醜く歪むのをイザークは見た。
折りたたまれていたフリーダムのバラエーナが展開する。
こんな近距離ではフリーダム自身もダメージを追ってしまう。
しかし。
キラの憎しみを感じ取ったイザークは、彼がかまわず強行することを本能的に確信した。
アイスファングの四肢を折り曲げ、とっさにコクピットをかばう。
瞬間。
あれほどうるさかったアラート音やレーダーの音が掻き消えた。
目の前が白くなる。
胸に圧迫感を感じ、自分がきちんと呼吸をできているのか分からなくなった。
―――シホ。
愛する人の幻を見た時。
イザークはようやく自分の意識が闇に落ちていることを悟った。
レイが《アイスファング》の危機を知らされたのは、《ミネルバ》に戻ろうとしていた時だった。
ポイントを確認すると、自分の機体が一番近い。
ルナマリアも気が付いて向かっているようだ。
レイも《フリーダム》と《ジャスティス》のコードに言い知れぬものを感じる。
もしかしたら、今日で決着をつけることができるかもしれない。
そうして《レジェンド》を走らせたレイがたどり着いた時、フリーダムとアイスファングが接近戦で揉み合っている最中だった。
僅かながらアイスファングの方が押している。
レイはライフルを向けたものの、下手に手出しはできなかった。
アイスファングまで撃ち落としてしまう可能性がある。
と、そこまで思い当たって、レイに恐ろしい選択肢が浮かんだ。
このまま・・・。
このまま、フリーダムもろともアイスファングを攻撃してしまおうか。
そうすれば・・・。
―――俺の秘密を知る者はいなくなる。
イザークの顔が浮かぶ。
レイの命はレイのものだ、と。
そう言った彼に、内心反発していた。
クローンの苦しみをしらない貴様に何が分かる、と。
そう。
イザークはレイのことを何も理解していない。
理解した気になっているだけだ。
遠慮することは・・・ない。
レイの味方は最初からギルバートただ一人。
ザフト兵一人の命など・・・。
『議長はそのデスティニープランを他国に強制したりしない!!』
通信回路を通して飛び込んできたイザークの声に、レイははっとした。
『そんなこと、あなたがどうして分かるんだ!?』
すると今度は別の声・・・。
フリーダム・・・キラ・ヤマトのものか。
互いに無線をオープンにし、戦闘を繰り広げながらも自分たちの意思をぶつけ合っている。
『俺たちがそうさせないからだ!』
『デュランダル議長は危険だ!どうして分からない!?どうしてラクスの言うことを聞こうとしない!?』
『貴様らこそ、どうして必要以上に議長を危険視する?俺たちはただ、プラントを守りたいだけだッッ』
プラントを守りたいだけ。
その言葉がレイの胸を刺す。
『だって、ラクスが・・・!!』
『プラントに、ラクス・クラインは必要ない!!』
『・・・!!』
『どんな理由があろうと、プラントに銃を向けるラクス・クラインを俺たちは必要としない!そんな指導者はいらない!!』
「・・・あ」
言い切ったイザークに、レイはつかえていた何かがほどけるのを感じた。
撃ってはいけない。
ザフトは・・・いいや、プラントはこの人を失ってはいけない・・・!
『だまれぇぇぇええぇぇぇええエーーーーーッッ!!!!』
悲鳴のようなキラの声に、レイは神経を研ぎ澄ませた。
すぐ目の前にいるアイスファングに対し、フリーダムが腰のバラエーナを展開する。
それが火を噴けば、アイスファングだけでなく、フリーダムまで衝撃を食らうことが間違いない。
どぉおおおっっぉぉんっ!!
白い光がはじけた。
同時に赤、紫、青など様々な色の炎が広がり、大きな爆発を示す。
「隊長・・・!」
レイはレーダーを睨んだ。
機体の反応を拾う。
一つ、点滅した・・・フリーダムだ。
さらにレーダーを睨む。
しかしそれ以上の反応はない。
爆散してしまったのか?
いいや、アイスファングはビーム兵器に対しては特に有効なコーティングを施してある。
望みはある。
レイはもうレーダーには頼らず、機体を立ち込める煙の中に近づけた。
モニタを通して、中へと目を凝らす。
「隊長・・・ッ」
死なないで。
「ジュール隊長」
置いて行かないで。
「イザーク・・・!!」
何かに。
手を引かれた気がした。
つられるように機体を向けて、どきりとする。
熱のために装甲が解け、それでも何とかMSの形を保っている機体が二つ、レジェンドの目の前にあった。
一つはフリーダム。
もう一つは・・・。
「・・・イザーク」
ぼろぼろになった《アイスファング》を抱えて戻ってきた《レジェンド》に、《ミネルバ》はにわかに慌ただしくなった。
『艦長、救護班を待機させてください』
「レイ、イザークは大丈夫なの?」
タリアの問いかけに、レイは苦しそうな表情をする。
『・・・わかりません。呼びかけても応答がなくて・・・』
「そんな・・・」
スクラップ同然のアイスファングに、ミネルバのブリッジは最悪の事態を予想して静まり返ってしまった。
シンの《デスティニー・セカンドプレート》だけはすでに帰艦していた。
すでに報告が届いていたのか、カタパルトにほぼ飛び込む形になったレジェンドを受け止め、
アイスファングを下ろすのを手伝ってくれる。
レジェンドの後方を守ってくれていたルナマリアの《インパルス》も続いて帰艦する。
そこからが大変だった。
「早く開けろ!」
「だめだ、熱で変形しちまってる」
「バーナー持ってこい!」
「そんなんじゃだめだ」
アイスファングのコクピットが開かないのだ。
中にいるはずのイザークからは相変わらず応答がない。
レイは舌打ちすると、インパルスから降りようとしていたルナマリアに叫んだ。
「ルナマリア!コクピットに戻れ!!」
「え?」
「インパルスで直接こじ開けてくれ。それしかない!!」
一瞬戸惑った表情を見せるルナマリアだが、すぐに状況を理解すると、再びコクピットへと姿を消す。
ハンガーから降りたインパルスがゆっくりとアイスファングに近づいた。
無重力のため、シンもデスティニーに戻ってアイスファングを固定する。
「もう少し上の方を持ってくれ」
ヴィーノのインカムを強引に奪い取ったレイが細かい指示をする。
「力を入れすぎるな・・・そのまま・・・そうだ」
インパルスの指が、熱で変形し、そりあがったフレームの端を掴む。
誰もが固唾を呑んでその様子を見守った。
「よし、ルナマリア。ゆっくり上に上げてくれ」
ギギギギギ・・・。
金属が擦れる耳障りな音が響く。
同時にゆっくりと、だが確実にコクピットハッチが開いた。
ざらっ、と。
何かおかしな音がした。
聞いたことのない音だ。
やがてハッチが開き切って。
そこからこぼれ落ちたものに誰かがひっ、と息を呑む。
独特の臭い・・・ばらばらと零れるのは大小の赤い珠。
血液。
ぐうっと喉が鳴るのを堪え、レイはコクピットからイザークの身体を引きずり出した。
すでにヘルメットは衝撃で脱げており、スーツの隙間からぽこぽこと赤い血が新しい珠を作っていく。
見れば左肩から右の腰の広い範囲にかけて、割れた機材の破片が突き刺さっていた。
「隊長!」
レイは呼びかける。
自分が汚れるのもかまわず身体を抱き寄せ、顔にこびり付いていた血濡れの髪を払った。
顔が死人のように青白い。
「隊長!」
耳元で、さらに大きな声を上げる。
こんなところで、死なせてはいけない。
「イザーク!!」