死闘・メサイア



 ミネルバから発進し、突撃部隊を率いていたシンの《デスティニー・セカンドプレート》とレイの《レジェンド》は、
 本部からの誘導を受けて旗艦《エターナル》と《アークエンジェル》、《クサナギ》を目指す。

 今回の作戦会議では、一気に頭・・・ラクス・クラインのエターナルを叩くことが最優先事項となっていた。
 数が数なだけに、宇宙戦で正面からぶつかると混戦に陥る可能性が高い。
 いくらラクス自身はプラント出身であるとはいえ、その大軍のほとんどは連合だ。
 それに今までの経緯を考え合わせると、彼女が彼らを制御し切れているとは判断し難い。
 第二次ヤキン・ドゥーエ戦の時のように、プラント本国への攻撃は絶対に避けねばならなかった。



 クライン派の軍が射程距離内に入る直前、シンとレイは白と赤の因縁の機体を見つけた。
 《ストライクフリーダム》と《インフィニットジャスティス》・・・。
 やはり切り込み役を任されていたらしい。
 「シン、分かっているな」
 『うん・・・』
 レイがデスティニーへと通信を繋ぐと、シンはやや青ざめた顔ながらもしっかりと頷いた。
 この二機をこれ以上進ませるわけにはいかない。
 レイは後ろに続いていた友軍機へと通信を繋ぐ。

 「これより先は各々三機小隊(スリーマンセル)を組み、孤立しないよう注意しながら目標のポイントまで進め。
 フリーダムとジャスティスはレジェンドとデスティニーで対処する」

 《フリーダム》と《ジャスティス》・・・。
 歌姫ための、最強の鬼神。
 その存在に一瞬ひるむ者もいたが、
 彼らの出現もここで散開して進軍を続行することも、作戦の段階で想定されていたことだ。

 「行くぞ、散開!」

 レイの命令で、レジェンドとデスティニーの後ろにいたザク、グフが四方八方に展開する。
 一見ばらばらのように見えるそれはしかし計算尽くされており、すぐに三機一組を結成して敵軍へと猛進した。
 途端にビームやミサイルが、突撃に気付いた敵艦、敵MSから発射される。



 ビーム粒子と火花で、宇宙(そら)の闇が色とりどりに飾られ、戦闘が開始した。



 大半の友軍機は上手いこと攻撃を掻い潜り、敵陣に進入することに成功したようだ。
 これで先に相手に穴を開けたのはこちらということになる。
 後はこれに針を的確に突き入れることができるかどうかだ。

 『レイ、来る!』
 「ああっ」
 研ぎ澄まされた感覚に、圧迫するような二つの威圧感。
 そのうちの一つ、ストライクフリーダムの背中からドラグーンが射出され、レジェンドとデスティニーを狙う。
 レジェンドはデスティニーをかばうように前に出ると、同じくドラグーンを展開した。
 二種類のビットが目にも留まらぬ速さで舞い、ビームを撒き散らす。
 常人には目で追うことすら困難なその攻防がようやく終わりを見た時、爆煙から躍り出る機体があった。
 
 ギィッ・・・ン!

 『・・・アス、ラン』
 『シン!』
 デスティニーとジャスティスが対艦刀とビームサーベルの柄でつばぜり合いをしていた。
 当然耐久性のあるデスティニーの対艦刀の方が有利だ。
 『・・・、くそっ』
 シンが次の行動に移る前に、ジャスティスは後ろに飛びのいた。
 一方のレイはその隙を突いて攻撃しようとする。
 だが、いつの間にか移動していたフリーダムが上方から見下ろしていることにぎりぎりで気が付いた。
 『アスランはやらせない!!』
 「!」
 フリーダムのフルバーストモードの攻撃。
 他のMSにするような、コクピットを避けたり武器破壊のみをしたりのような、中途半端なものではない。
 レジェンド・・・レイに対して明らかな殺意を持った攻撃だった。
 「ちっ!」
 『レイ!!』
 レイはビームシールドを展開しながらそれをやり過ごした。

 引き離した方がいいか・・・!

 「シン、フリーダムは俺が。お前はジャスティスを!」
 『・・・!』
 「大丈夫だな?」
 『・・・、分かった』

 シンの返事を確認し、レイはビームジャベリンを展開する。
 フリーダムに対して接近戦は無謀のように思われがちだが、この一年でイザークに散々しごかれたのだ。
 ジャスティスと引き離すくらいはできる。
 「行くぞ、化け物め!!」
 バーニアを全開にし、フリーダムに急接近する。
 ジャスティスが行く手を阻もうとするが、
 レジェンドのすぐ後ろに続いていたシンのデスティニーがビーム砲を撃ち、横を通り過ぎることができた。
 相手の意識を混乱させる為、接近しつつビームジャベリンを横になぐ。
 フリーダムのキラはこちらがジャスティスをかいくぐって接近戦を仕掛けてくるとは予想だにしていなかったようだ。
 反応が鈍い。
 腹に装備されている高エネルギー砲の《カリドゥス》が光るが、レイはかまわずレジェンドを突っ込ませた。
 「くらえっ!」
 『!』
 ジャベリンを、先程とは逆方向に振り下ろす。
 フリーダムはカリドゥスの発射を断念し、レジェンドの一撃を後ろにのけぞってよけた。
 「よし・・・っ」
 このままジャスティスと引き離す・・・!
 レイはレジェンドのスピードを緩めず、そのままフリーダムに突進した。
 
 ゴゴォン・・・ッッ!

 「・・・ッ」
 『が!!』
 レジェンドの機体がそのままフリーダムに体当たりする。
 内蔵を揺さぶる衝撃にキラが顔を歪めるのが、レイには分かった。
 



 「キラ!」
 レジェンドともみ合いながら離れていくフリーダムに、アスランはぎょっとして追いかけようとするが、
 その前にデスティニーが立ちふさがった。
 背中から放出されているビーム粒子が左右に広がって翼のように広がり、まさに壁となって行く手を遮る。
 「・・・シンッ」

 すぐに攻撃する気にはどうしてもなれなかった。
 負い目があったからかもしれない。
 無線をオープンにすると、通信画面に赤い瞳の彼が映し出される。
 目元が引き締まり、憂いと落ち着きを感じさせるシンの顔立ち。
 それがアスランに離れていた一年を痛感させた。
 コペルニクスでルナマリアの腕の中で子供のように震えていたあの時が嘘のようだ。
 しかし、アスランを認識したシンの顔色は酷く悪かった。
 そして赤い瞳の中に浮かぶ嫌悪と恐怖の色・・・。
 やはりそうだ・・・シンはアスランを恐れている。

 恐れながらも、その前に立ちふさがってくるのはどういうことなのだろうか。
 デュランダルの、レイの命令なのか?
 彼もまた、縛られているのだろうか・・・ラクスとキラに縛られているアスランのように。

 「シン、そこをどくんだ。君を殺すつもりはない」
 『・・・』
 声を発した途端、びくんっ、とシンの肩が揺れる。
 やはり怖がられているのか、と胸の奥にちくりとしたものを感じる。
 けれど。
 だからこそ、この不幸な青年をこれ以上戦場に置いてはおけなかった。
 シンに伝えたいことは山ほどある。
 確かにラクスのしていることは歪み始めているだろう。
 だがやはりデュランダルにされたことを考えると、彼がしようとしていることがより危険であるとアスランは認識している。
 シンにそれを伝え、これ以上デュランダルやレイに操られてほしくなかった。

 「シン、俺の話を聞いてくれ。
 確かにデュランダル議長の言うことは正しく耳障りの良いものに聞こえるかもしれないが・・・」
 『どいたら・・・』
 「え?」
 消え入りそうな声でぽつりと呟いたシンに、アスランは説得の言葉を飲み込んだ。
 

 『どいたら・・・また、俺の大事な人たちを殺すんですか?』


 一瞬。
 何を言われたのか理解できなかった。
 「シン?」
 『殺すんでしょう?』
 シンの声音には、責め立てるようなものは含まれていなかった。
 ただただ、アスランという存在に恐れを感じているようで。
 アスランはたまらなくなり、思わず違う!と大声で叫んでいた。
 「そんなことはしない!俺は本当は誰も傷つけたくないんだ!!」
 『嘘・・・ッ。ミーアを殺して、レイにも大怪我させて・・・俺を・・・』
 そのままシンは口をつぐむ。
 アスランも言い返すことができなかった。

 彼がコペルニクスでのことを言っているのなら、その通りだった。
 ミーアのことこそメイリンの暴走で止めようがなかったとはいえ、あの場でレイは殺すつもりだった。
 オーブでも激情に駆られてしまった結果、シンを一度は本気で攻撃した。
 シンにとって、アスランは言葉と行動を全て裏腹にしている殺人者としか認識できないのだろう。
 今もこうやって、過ちが分かっているにも関わらずプラントに銃を向けている。
 でも・・・。
 でも、仕方なかったではないか。
 そうだろう?
 自分は悪くない。
 シンだって分かってくれるはず。


 「シン、そこをどけ。じゃなきゃお前を殺してでも通る」
 殺してでも。
 その言葉に、赤い瞳が一瞬大きく揺れた。
 けれどシンは首を振る・・・恐れを振り切って。
 『どきません』
 「なぜデュランダルの野望のためにそこまでする?
 彼が俺だけじゃなくお前たちを利用してきたことはもう分かっているだろう!?」
 『議長のためじゃありません。俺自身のためです』
 「・・・」
 『俺の居場所は、今はここ(プラント)だから』
 「違う。議長はいらなくなった者から切り捨てて行く。お前だって、いつかは・・・」
 『そんなこと、どうでもいい。俺の故郷はプラントなんです。ルナと生きたいと願ったこの場所です』

 「ルナ、マリア・・・」

 アスランの脳裏に赤い髪の少女が浮かぶ。
 メイリンの世話をすることに疲れ果て、最近では思い出そうともしなかった。
 そうだ、彼女だって自分を信じていてくれた。
 「君は、彼女と・・・」
 今の自分はどんな顔をしていたのか、シンは少し笑ったようだった。
 まるでアスランがルナマリアのことを完全に失念していたのを見透かしたように。 
 『あなたの目的が何であろうと、どんな志(こころざし)を持っていようと、俺には興味ありません』
 「シン・・・俺は・・・」
 
 アスランの言葉をこれ以上聴きたくないと振り払うように。
 《デスティニー・セカンドプレート》がビームライフルの引き金を引いた。

 「!!」
 次々に繰り出されるエネルギーの塊を《インフィニットジャスティス》はシールドで受け流す。
 相手をかく乱させようとバーニアを全開にして動くが、デスティニーはそれに追いすがってきた。
 スピードはほぼ互角・・・いや、デスティニーの方が僅かに早い?
 「シン!やめろっっ!!」
 アスランは呼びかけるが、相手のスピードはさらに鋭さを増す。
 「ちっ!」
 背部の《ワイバーン》を切り離す。
 だが遠隔操作をする余裕は今のアスランにはない。
 ビームサーベルを抜いた。
 同時にブーメランを投げようとするが、デスティニーの動きの方が早い。
 あっという間に距離を詰め、対艦刀《アロンダイト》を振り上げた。
 「ぐっ・・・!」
 ビームサーベルと比べれば明らかに巨大で扱いにくそうな武器だというのに、デスティニーは易々とそれを扱っている。
 ぎりぎりでジャスティスを横に滑らせたアスランは、レール砲を乱射しながらなんとか距離を取った。
 ジャスティスは多彩な武器を搭載した中・近距離戦を想定したMSだ。
 対するデスティニーは遠・中・近距離の全てに対応させようとしていた旧型とは違い、接近戦能力を向上させている。
 オーブ戦の時・・・アスランに敗北したあの時とは違う。
 
 たった数分しか経っていないのに、アスランの息は上がっていた。
 自分がシンに負けるはずがないのに追い詰められている苛立ち。
 そして自分の言葉をことごとく、しかも冷静に否定するシンへの怒り。
 それらがごちゃ混ぜになって、脳を沸騰させる。

 「シン・・・そうまでして、俺を倒したいか?」

 そんなに、憎かったのか?
 ミネルバで辛く当たっていたこと。
 ザフトを脱走して信頼を裏切ったこと。
 オーブ戦で本気で殺そうとしたこと。
 メイリンを止められず、ミーアを死なせてしまったこと。
 ・・・お前は俺を殺したいほど憎いのか?
 暗にそう尋ねるアスランに、シンは少し悲しそうに首を振った。
 違う、と。

 『俺はルナと生きたい。そしてあなたたちは今、プラントを攻撃しようとしている。
 ・・・だからあなたは俺がここで止めます。ルナを愛している、俺自身のために』




 《アークエンジェル》から発進し、一個小隊を引き連れたディアッカの《グフ》は旗艦の一つ《ミネルバ》へと向かっていた。
 まだ《ゴンドワナ》、さらに背後に《メサイア》という要所があるが、有名なミネルバを落とせば仲間の士気も上がる。
 
 ―――ミネルバ、か。

 かつてアスランがフェイスとして乗っていた艦。
 死線を潜り抜け、敵地に危険を冒して飛び込み、故国を何度も救ったザフトが誇る浮沈艦。
 アークエンジェルも『浮沈艦』と呼ばれているが、違いがあるとすれば故国を持っているかそうでないかだろう。
 ミネルバはただひたすら己の母国のために命をかけてきた。
 裏でデュランダルがどんな思惑で動かしていたのであろうと、彼らの思いは間違いなく純粋な愛国心で戦いに臨んでいたのだ。
 それを思うと、ディアッカの胸には言い得ぬものが去来する。
 自分も純粋に故国だけを思って戦っていたのなら、こうも迷うことはなかったのではないか。
 権力者の思惑に操られる木偶人形で充分だったのかもしれない・・・故国を愛するという気持ちさえ嘘ではなかったのなら。
 それなのに・・・。
 そこまで考えてディアッカはやめた。
 もう自分には運命を選び取る力も気力もない。
 アスラン同様、ラクスとキラの言うがままに敵を討つ兵器だ。
 ザフトにいた時と何も変わらない・・・親友が傍にいないという点以外は。

 
 レーダーが熱源反応を捉え、赤く点滅する。
 あらかじめインプットしていた情報を照合し、それは『ミネルバ』という女神の名を打ち出す。
 ・・・ターゲットだ。
 すぐに軍人の顔に戻ったディアッカは、友軍機へと通信を繋ぐ。

 「確認できる周辺のMSは?」
 『数15です』
 「一番近くの戦艦は?」
 『ナスカ級が二隻・・・距離は共に射程距離内です』
 「四機でナスカ級を牽制しろ。その間にミネルバに出来る限り損傷を加える。
 女神にまとわり突けばナスカ級も簡単にこちらを攻撃できないはずだ。ただし、敵のMSには充分気をつけろ」
 『はっ!』
 「よし・・・散開!」

 ディアッカの命令と同時に、友軍機は敵艦へと突き進んだ。
 位置的にはすでに先遣隊同士で始まっている戦闘から少しザフト寄りに突出している。
 すでにミネルバもこちらを認識しているはずだ。
 散開した友軍機が射程距離に入ったと同時に、敵の主砲《タンホイザー》が火を噴いた。

 「・・・ひょうっ」

 一年ぶりに見るそれにディアッカは嘆息する。
 理論的にはアークエンジェルの《ローエングリン》より威力が高いはずだ。
 もちろん連射は出来ないはずだが、くらったらMSも戦艦もひとたまりもない。
 「やっぱり取り付くのが一番か・・・っ」
 バーニアを全開にし、グフを艦に近づける。
 するとそれを阻むかのように数体のザクとグフが前を遮った。
 「・・・どけっ」
 ディアッカは迷いを振り払うようにスレイヤーウィップを振り上げる。
 一番近くにいたザクがまともにくらってアームを吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。
 ディアッカはなるべるそれを視界に入れないようにぎりっ、と奥歯を噛み締めた。

 仕方ない。
 仕方ない・・・。
 俺は悪くない。
 こいつらが自分の前に立つのが悪いのだ。
 もう自分はザフトではない。
 ザフトは敵なのだから・・・討つしかない!

 「うぉぉぉおおおっ!!」
 
 両腕の小型ビーム兵器《ドラウプニル》を連射した。
 ディアッカのグフの猛攻に、
 敵機はさすがに対処しきれないと判断したのか、それとも他の思惑があったのか進路を明け渡す。

 眼前に、目的の女神ミネルバが映った。
 
 


 キラは苛立っていた。

 頭ががんがんする。
 無線を使っているわけでもないのに、相手の声が聞こえてしまう。
 思考が流れ込んでくる。
 「・・・何でッッ」
 キラには分かっていた。
 おそらくは、相手も同じだ。
 キラが見ているもの、感じていること、考えていること・・・。
 その全てを相手は受領している。
 機体を透かして見える相手の姿は決して幻覚ではなかった。

 「何でだあぁっっ!?」

 ドラグーンを全て射出し、《レジェンド》を取り囲む。
 しかし相手は怯む様子もなく、ビームジャベリンを構えて接近してきた。
 キラの意思に従い、ドラグーンは接近するレジェンドへとビームを発射する。
 三次元の全ての方向からの攻撃。
 しかしレジェンドは滑らかな動きでそれをかわした・・・ドラグーンの攻撃が手に取るように分かっているかのように。
 いや、実際分かっているのだ。
 ビームジャベリンが迫る。
 《フリーダム》もビームサーベルを抜き、攻撃をシールドで防いだ。
 すぐにサーベルを振り下ろすが、レジェンドはジャベリンを手放してそのままサーベルを持っていたフリーダムの手首の部分を掴んだ。
 「!!!」
 
 がごぉっっ!!

 拳で殴られ、コクピットに衝撃が走った。
 悶絶し、意識を手放しかけたキラだが、こめかみにぴりっとしたものを感じる。
 「!」
 シールドを構えた途端、ビームライフルに持ち替えていたレジェンドの攻撃が襲った。
 散漫しかけていた集中力を振り絞り、ドラグーンでビームの盾を造る。
 そこでようやくレジェンドは距離を置いた。

 「はあっ・・・はあっ・・・はっ・・・っっ!」

 キラは荒い息を吐く。
 目の前には澄み渡った宇宙が広がっていた。
 ある一定の領域まで精神を高めると到達する感覚だ。
 その時キラの眼に映るものはスローモーションのように動き、何故かその次の動きの先読みまでできるようになる。
 いつの間にか身についていたこの能力で、キラは今まで最強を誇っていた。
 だが。
 今はその能力が仇になっている。
 それが今目の前にいる敵のせいだ。
 彼の能力は、キラのそれとはまったく別のものだ。
 おそらくは相手の感覚に入り込み、自分のそれと共感させてしまう。
 キラが知っている限り、それができる人物はただ一人だけだった。

 「ラウ・ル・クルーゼ・・・!」

 呪詛のようなその名前を吐き捨てる。
 機体を透かして見えるその金髪、瞳の色、なによりその顔立ち・・・。
 瞬時にして相手の正体を知った。
 
 「どうしてあなたが・・・君は!!?」
 ―――そうだ、俺もクルーゼと同じアル・ダ・フラガのクローン体だ。
 「どうしてこんなことを・・・またラクスの邪魔をするのか?クルーゼと同じように!!」
 ―――違う。
 「どうして僕たちの前に立ちふさがる?世界を壊したいんだろう!」
 ―――違う。
 
 レジェンドもまた己のドラグーンを射出する。
 轟。
 フリーダムのものと合わせたビットが複雑に交錯し、一帯が光の粒子に包まれる。
 攻撃範囲があまりに広すぎた。
 いくらレイとキラが超人的な感覚とパイロットとしての腕を持っているといっても、
 四方八方を囲まれれば無傷では逃げられない。
 どうっどうっ、と幾つかの爆発音。
 レジェンドとフリーダム、両機ともが攻撃を受けフレームを焼いていた。

 「・・・」
 ―――・・・。

 コクピットにアラーム音が響き渡る。
 自分の機体のものだけではなく、相手の機体のものまで脳波を通して神経を刺激する。
 互いの息遣いまで聞こえてくるようだった。
 極限までに感覚を鋭くした結果、敵対しながらも相手と共鳴し合っている。
 キラは改めて金髪碧眼の少年を見た。
 同じだ・・・。
 その髪も、瞳も、顔立ちも・・・そして自分を威圧する忌々しい存在感すらも。

 ―――キラ・ヤマト。お前はあってはならない存在だ。

 ああ、ほら。
 そうやって高慢に自分の存在を否定する。
 
 ―――お前も、ラクス・クラインも・・・コーディネーターでありながらコーディネーターの未来を脅かしている。
 「・・・君は、ナチュラルでしょ?」
 ―――だが俺の大切な人たちはコーディネーターだ。
 ―――そして今お前たちが攻撃しようとしているプラントに住んでいる。
 「たい・・・せつ?」
 
 キラは瞳を見開いた。
 何だ?
 こいつは今、何と言った?
 
 ―――俺には俺の守るべきものがある。そのために・・・お前という存在はあってはならない!
 「やめろ!」

 キラは吠えた。
 我を忘れてビームサーベルを振りかざし、レジェンドに踊りかかる。
 レジェンドがそれをシールドではじき、衝突の衝撃で再び二機は距離を置いた。

 「守るべきもの?嘘をつくな!!」
 何も愛することのできないこの存在が、大切なものを持てるはずがない。
 仮にあったとしても、ろくでもないものに違いない。
 こいつはクルーゼと同じ・・・邪悪だ。
 邪悪だから自分たちの邪魔をする。
 邪悪だからラクスを否定する。
 「どんな理由があろうと、僕たちを否定するならクルーゼと同じだ!」

 カリドゥスを放つ。
 しかし乱れた心で撃ったそれは、いとも容易くレジェンドにかわされた。

 「・・・!」
 精神的に追い詰められたキラに、ふとある考えが浮かんだ。
 そうだ、彼に教えてあげればいい。
 デュランダルが彼を駒の一つだと思っていることを。
 クローンだという宿命を利用されているに過ぎないということを。
 そうして真実を知ったこの少年の心を、キラが救うのだ。
 そうすれば彼は自分を、ラクスを認める存在となる。

 「クローンだろうがなんだろうが、命は一つだ!だからその命は君だ、彼(クルーゼ)じゃない!!」

 救った・・・!
 彼はデュランダルを見限るのだ。
 
 だが。

 ―――ああ、俺のものだ。 
 静かに頷いたレイに、キラは愕然とした。
 相手の心は寸分も乱れていなかった。
 むしろ哀れむような眼差しでキラを見ている。
 ―――俺の命は俺のものだ。ちゃんと分かっている・・・俺はラウとは別の存在だ。
 「・・・なん、で」

 ―――愛してくれた人がいるから。
 ―――支えてくれた仲間がいるから。
 ―――独りじゃなかったから。
 ―――ラウとは違う・・・俺はレイ・ザ・バレルという唯一つの存在だ。


 そして、それを教えてくれた人が今
 同じ宇宙で、同じ目的に向かって戦っている・・・。 




 ミネルバに向かってライフルの引き金を引こうとしたディアッカの視界に、白い閃光が過ぎった。
 「!」
 とっさに攻撃を止めてよけようとするが、相手の動きは遥かに素早く、そして迷いがない。
 ガンッ。
 激しくはないものの、軽くアッパーを食らわされた衝撃。
 カメラの端に、構えていたはずのライフルが弾け飛ぶのが見える。
 「な・・・っ!?」
 何が起こった?
 ディアッカがそれを理解できないまま、眼前に白い機体が映えた。
 「!!」
 早すぎる・・・!
 シグーを連想させる白銀のスマートな機体は、手にしていた薙刀を振り下ろした。
 ディアッカは息を詰める。
 同時に内蔵まで到達する圧力。
 ・・・死んだ、と思った。
 だが。
 バチチチッ。
 電気が放熱するすさまじい音と共に光を失ったのはディアッカの命の灯火ではなく、《グフ》のアイカメラの方だった。
 あの薙刀で頭部を丸ごと持っていかれたのだ。
 残った胸部のカメラの中で、白銀の機体は巨大な薙刀を軽々と振り回している。
 そしてさらにグフの両手、両足をもぎ取り、逃げられないようコクピットの部分を鷲掴みにされる。
 「・・・」
 瞬殺、という言葉が相応だろう。
 キラやアスランにしかできない芸当だと思っていた。
 そしてまさか自分自身がその被害者になるとは思いもよらなかった。
 ディアッカはあまりのことに言葉すら出ない。
 ・・・負けた。
 完全な敗北だった。


 『おい、《グフ》のパイロット、聞こえるな?』
 「!」
 無線で話しかけてきた相手の声に、ディアッカは瞳を見開いた。
 聞き覚えがある・・・いいや、忘れようのない声だったからだ。
 『これから貴様を《ミネルバ》に連行する。虐待の心配はしなくていいから、自爆なんてくだらないことはするなよ?』
 「・・・イザーク」
 久方ぶりに口にした名前は、かすれた喉では音にならなかった。
 通信用のカメラは完全にショートしている。
 イザークの方もまさか捕獲した機体のパイロットが裏切り者の旧友などとは思いも寄らないのだろう。
 おそらくはディアッカのグフがこの小隊の隊長機であることを見抜き、何らかの情報を得るために生け捕りにしたのだ。
 それに隊の気力をそぐこともできる。
 実際引き連れていた部下たちは、隊長のディアッカが敗北すると悟るや否や逃走、あるいは投降している。

 無線からは未だにイザークの声が聞こえている。
 「イザーク」
 先日の大戦では、アスランからキラとの戦闘で死んだかもしれない、ということを聞かされていた。
 ディアッカがさらにやさぐれてしまった要因の一つだ。
 ・・・でも、生きていてくれた。
 顔は見えないが、相変わらず彼は美しく、誇り高く、前だけを見つめているのだろう。
 無線から、彼が部下に命令をしている様子が聞こえる。
 この機体をミネルバに移送すること、パイロットを捕虜にすること、そして自分は引き続き母艦の護衛に就くということ。
 
 ―――ああ、イザークだ。

 尊大で、自信過剰で・・・不遜なあの声。
 ディアッカは、もう全てがどうでもよくなった。
 アークエンジェルも、ラクスも、キラも、アスランも、ミリアリアも。
 そして二度もザフトを裏切った自分がこれからどうなるのか・・・それすらも。
 ただ無線から漏れる懐かしい声音に耳を傾け、流れに身を任せる。

 今まで感じたことのない、不思議な安堵感に包まれていた。




 「はあああっ!!」
 シンは冷静に相手との距離を詰め、対艦刀《アロンダイト》を振り上げる。
 ジャスティスはそれを受け止めるとレールガンで攻撃。
 しかしシンはそれを見極め、機体を斜めにずらす。
 対峙しているジャスティスのアスランが焦っているのは感じ取れた。
 その証拠に攻撃が単調になってきている。
 『ぐうぅ・・・シンッ!』
 いつの間にか、シンの視界はジャスティスの動きとそこから読み取れる先を映し出していた。
 ある程度の限界を超えると、いつの間にか陥っている現象だ。
 オーブ戦ではこの能力を持ってしてもアスランに及ばなかったが、今では逆だった。
 どうしてだか分からないが、アスランもまたシンと同じ極限を超えた状態にいることが感じ取れる。
 それでもなお、シンの方がアスランを凌駕しているのだ。

 ―――勝てる。

 シンは確信する。
 かつてのような戦歴やデータの数字によるものでもなく、舞い上がっていた頃の根拠のない自信からでもない。
 刃を交えて初めて分かる、本能に従った勘によるものだった。
 勝てる。
 この人をここで食い止めることができる。
 ルナと進む未来を守ることができる・・・!
 
 ジャスティスが苦し紛れのブーメランを放った。
 デスティニーはそれをよけることもせず、ビーム装甲を展開していないシールドで弾き飛ばす。
 そしてその反動を利用して、相手の斜め下に回りこんだ。
 対艦刀を持つ逆のアームには、すでに高エネルギー砲が構えてある。
 「これで・・・ッッ」
 ジャスティスを、討つ・・・! 
 ジャスティスは何とかそれに対応しようとしているが、シンの視界にはその動きはまるでスローモーションだ。
 よけられない。
 引き金を引く指に力が入る。
 
 ・・・その時だった。

 ―――シン。

 可憐な少女の声が聞こえた。
 「え?」
 一瞬空耳かと思う。
 ルナの声?
 
 ―――シン。

 また聞こえた。
 しかもルナマリアのような、あやすような優しくて甘い声ではない。
 逆に甘えを求めるような、すこし怯えた声音。
 シンはすぐにそれが誰のものか分かった。

 「ステラ!!?」

 時が止まっていた。
 銃口を向けた先・・・ジャスティスの前にステラが立っている。
 シンが守れなかったあの少女が。
 「ステラ・・・どうして?」
 ジャスティスを、かばっている?
 どうして?
 こいつは、君を殺した《フリーダム》の仲間なのに・・・!
 シンは泣きそうになる。
 また否定される・・・今度はステラにまで。
 それが何より悲しかった。
 けれど。
 ―――シン。
 ステラは微笑んでいた。
 そこにシンを責め立てるような色はない。
 ただ静かに見守っているような・・・。
 それに気付いたシンは、ようやく何故ステラがここに現れたのかを察した。

 「殺さなくても・・・いい?」

 アスランを信じてもいい?
 もう彼はシンの大事な人を傷つけない?
 探るように問えば、彼女は満面の笑みで頷く。
 「そう・・・」
 シンの体から、すっと力が抜けていった。

 「良かった・・・」


 アスランはもう駄目だと思った。
 反射的に回避行動は取ったものの、間に合わないのは分かっていた。
 とうとう終わりだ・・・。
 自分はここで宇宙の塵となるのだ。
 覚悟を決めて出撃したはずなのに、未だ生にしがみ付く己がいる。
 それが何より惨めで愚かしかった。
 こんなことなら・・・せめて最後くらいは素直になるべきだった。
 自分が間違っていること、そして信じてくれた人たちを酷く傷つけたことはもう分かっていたというのに。
 目の前にいるシンにくらいは、一言詫びておけば良かった。
 やっぱり自分は大馬鹿者だ。
 
 そんなことを考えながら死の瞬間を待っていたアスランだが、いつまで経ってもその時はやってこなかった。
 いつの間にか自分が瞳を硬く閉じていたことに気付き、うっすらと目を開ける。
 すでに死んでしまっているのかもしれないと思ったが、相変わらず自分はジャスティスのコクピットの中に五体満足で座っていた。
 カメラに目をやれば、デスティニーが巨砲を向けたままとはいえ目の前で静止している。
 「シ・・・ン?」
 『アスラン・・・』
 シンの声音は相変わらず静かだった。
 「シン、君は・・・」
 『お願いです。プラントを攻撃しないで下さい』
 「・・・!」
 『あなたはもうオーブの人かもしれないけど、でも心の底からプラントを憎んでいるわけではないんでしょう?』
 「あ・・・」
 当たり前、だ。
 そう口にしようとして、アスランは言葉を詰まらせた。
 プラント・・・。
 とっくに捨てたと思っていたはずの故郷。
 攻撃するも止むなしと思っていた。
 『プラントには必死に生きている人たちがいるんです。俺たちを信じてくれている人がいるんです』
 「シン・・・俺は・・・」
 『俺はもうオーブの人間ではないけれど・・・だからあの時オーブを攻撃してしまったけれど・・・でもっ』
 「・・・」
 そうだ。
 かつての故国だったオーブをシンがザフト兵として攻撃しに来た時、アスランは彼を責めた。
 撃ってはならない、と。
 デジャヴだ。
 『プラントを攻撃しないで!デスティニープランは絶対に・・・プラントの人間である俺たちが止めて見せます』
 「・・・シン」
 『信じてください』

 最後は懇願だった。
 シンは故国に銃を向けたアスランを責めるわけでもなく、命すら見逃した。
 そして信じてくれと願う。
 アスランは動けなかった。
 かつては高慢で増長するばかりだったかの少年の心が、一体どうしてここまで美しく真っ直ぐ真摯なものへと変貌したのだろう。
 しばしの沈黙の後。
 《デスティニー》はジャスティスに背中を向けて去っていった。
 その無防備な姿に銃を向けることはできる。
 けれどアスランはそうしなかった。
 負けたのだ。
 しかも力で屈服されたのではない。
 その志に膝を折った。

 自分を信じてくれと言ったシン。
 アスランを見逃した以上、自分もまたアスランを信用するということだろう。
 信用・・・。
 何度もシンの心を傷つけ、裏切り続けたアスランを、まだ信用するという。
 
 「シン・・・お前がうらやましいよ」

 その強くて美しい心が眩しい。
 アスランは心からそう思った。




 キラはいつの間にか逃げ出していた。
 《フリーダム》のバーニアを全開にし、《レジェンド》から逃げ出した。

 いいや、逃げたのではない。
 キラは必死に自分を納得させる。
 ラクスの所にいくのだ。
 キラという存在を唯一認め、居場所を与えてくれたラクスの元に。
 
 ―――お前はあってはならない存在だ。

 レイの言葉が頭の中で木霊している。
 悔しかった。
 キラにだって、生きる権利はあるはずだ。
 それなのに、上から見下ろしたようにその存在を否定するなんて・・・。
 やはりあの少年はラウ・ル・クルーゼだ。
 倒すべき邪悪な存在だ。

 「ラクス・・・ラクス・・・」
 助けてラクス。
 あの男が僕を苦しめる。
 あの男の亡霊が僕の存在を否定する。
 僕を否定するということは、ラクスを否定するということでしょう?
 だったら力を貸して。 
 一刻も早く、ラクスに会いたかった。
 画面越しでもいい。
 彼女の声を聞きたかった。
 そうすれば自分はまた戦える。
 邪悪なものを屈服させる力を得ることができる。

 レーダーにはレジェンドの影はない。
 守るべきプラントとは別方向に去っていったフリーダムを追う必要はないと判断したのだろう。
 だがキラはそれを確認することも思いつかず、相手が追ってくるという強迫観念に囚われていた。
 フリーダムの速力を緩めず、当てもなく母艦の《エターナル》を探す。

 「ラクス!!」




 ルナマリアの《フォースインパルス》は小隊を率いて敵の旗艦を目指していた。
 シン、レイとともに出撃した先遣隊が、《エターナル》と《アークエンジェル》の正確な位置とその状況の詳細を把握し、
 《ミネルバ》に連絡してきたからだ。
 同じ内容は《ゴンドワナ》にも伝わっており、すでに三艦とMS五中隊が向かっているという。
 場所を正確に把握したルナマリアの隊はいわば切り込み役だ。
 ゴンドワナからの主力部隊が間違いなくターゲットを攻撃できるようにするのがこの隊の仕事である。
 
 向かってくる敵の機体には、ザフト製の《ザク》や《グフ》も含まれている。
 混乱しない為の対策として、ザフト軍は全て特別なシグナルと周波数を与えられていた。
 相手が古い信号を使って混乱させようとしても、冷静に敵と味方を選り分けで攻撃する。
 そうやって《ミネルバ》を先導する形で前進していたルナマリアの隊だったが・・・。

 『ルナマリアさん!聞こえますか?何かが・・・』
 「な、なに!?」
 泡を食ったような部下の通信に、ルナマリアは意識を向ける。
 『敵機がものすごい勢いで接近・・・うわぁあああ・・・・・・ガガガッ!』
 「!?」
 ルナマリアだけでなく、その場にいた全員が凍りついた。
 閃光のように何かが通り抜け、そして友軍機のうち三体ほどが一気に爆散する。
 部下たちは何が起こったのかわからなかっただろうが、
 イザークに鍛えられていたルナマリアだけは敵の位置と攻撃を正確に把握した。
 そして最悪の状況を理解する。

 「うろたえるな!前進中断!散開して敵艦に取り付け!!」

 ルナマリアの強い口調に、部下たちは戸惑いながらも従う。
 選抜されただけあり、パニックを起こさずにいるのはさすがだ・・・あとは自分たちで何とか生き延びようとするだろう。
 「子守ばかりもしていられないし・・・ね」
 ルナマリアはインパルスのシールドを構え、ライフルをセットする。
 まさかこんな大物と対峙することになるとは・・・。
 背中にぞくぞくと這い回るのは、間違いなく恐怖。
 逃げ出したいのは山々だが、あいにく逃げ場もなければそうさせてくれるほど向こうも甘くないことを知っている。
 覚悟を決めるしかなった。

 「フリーダム・・・ッッ」



 《エターナル》を探して戦場を彷徨う《フリーダム》に近づく輩はいなかった。
 敵も、味方も。
 皆この鬼神を恐れている。
 己の居場所を求めて右往左往するばかりのフリーダムに、誰もが道を素直に開けた。
 「ラクス・・・ラクス・・・」
 キラはうわ言のようにラクスの名前を繰り返す。
 だが。
 彼の脳裏に浮かぶのは桃色の髪の歌姫ではなかった。
 「僕は・・・」
 キラに寄り添うようにして現れたのは、赤い髪の少女。
 とうの昔に死んだはずの・・・。

 「フレイ・・・?」

 フレイ・アルスター。
 彼女は悲しそうな顔をしていた。
 両手を広げ、首を振って。
 もういいのよ、と。
 キラを止めようとしている。
 けれどキラは止まらなかった。
 止められなかった。

 目の前に、あの白い機体を見つけてしまったから。
 《インパルス》・・・。
 一年前、地球でキラに辛酸を舐めさせた機体。
 あれは駄目だ。
 あいつも邪悪だ。
 殺さなければ・・・。
 それでいいんでしょう、フレイ?
 フレイは違うのよ、と首を振る。
 けれども。
 もううキラには彼女のその姿は見えていなかった。

 ―――悪い奴らは全てやっつけて。
 フレイが望んだ。
 ―――デュランダル議長とそれに追従する者を許してはなりません。
 ラクスが望んだ。
 
 だから、いいんだ。



 フリーダムが腹部の《カリドゥス》を放つ。
 ルナマリアは受け止めきれないと一瞬で判断し、それをかわした。
 しかしフリーダムはすでに次の行動に移っている。
 ドラグーンビットを射出し、ビームの嵐をインパルスに浴びせた。
 「こんの・・・っ」
 ルナマリアはシールドを前面にかざすと、背後からの攻撃だけに神経を集中させる。
 ビット一つ一つの攻撃力はインパルスでも充分に耐え切れるのだ。
 パニックにさえならなければ・・・。
 この訓練ならレイと散々やった。
 結局勝つことは一度もなかったが・・・。
 「やってやろうじゃないの!」
 こんなところで死んでたまるか!
 自分には守るべきものがあるのだ。
 守られているだけの存在になりたくない・・・その思いだけでここまで来た。

 ドラグーンからの攻撃が止む。
 ルナマリアはぼろぼろになったインパルスのシールドを投げ捨て、ビームサーベルを抜いた。
 「てぇぇぇえええいいっっ!!」
 加速し、フリーダムに突っ込む。
 向こうは再びカリドゥスを放とうとしていた。
 「させるか!」
 こっちの方が早い。
 バーニアを最大にし、さらに加速する。
 その勢いのまま、サーベルを相手のコクピットへと突き刺した。

 ド・・・ゥン。

 じりじりっ、という熱が鉄を溶かす音が聞こえた。
 だが。
 次の瞬間には、インパルスの機体はがくんとバランスを崩す。
 コクピットを狙ったはずのサーベルの切っ先は、フリーダムの右のアームを引きちぎっていた。
 キラがぎりぎりでカリドゥスの発射を断念し、機体をずらしたのだ。
 急所を深々と刺したつもりだったインパルスの機体は、あまりにあっけなくちぎれたアームのために前のめりになってしまった。
 「・・・!!」
 ルナマリアは懸命に機体を立て直そうとする。
 だが、フリーダムが残された左のアームでインパルスの脚部を掴んだ。
 そのまま思い切り降り回される。
 「か・・・っ!!」
 めちゃくちゃな重力に内蔵が悲鳴をあげ、ルナマリアは顔を歪めた。
 どうにかしたいが平衡感覚が全くつかめず、肢体をばたつかせることしかできない。
 「う・・・っ、ぐ!!」
 目が回る。
 気が付けば、片足をつかまれたままのインパルスは宙吊りにされていた。
 情けない格好を嘆く間もない。
 頭部背面に設置されたカメラが、再びフリーダムのカリドゥスの砲にエネルギーが集まるのを映していた。
 この近さからあの巨砲を!?
 逃げられない・・・。
 やられる!!

 ―――シン・・・!

 『ルナぁ!!』

 シン・・・?
 シンの声?
 空耳かと思った。
 『ルナマリア!』
 だが次には、イザークの声。
 もう死んでしまって、夢でも見ているのではなかろうか。
 そんなことをぼんやり考えた時、体をものすごい衝撃が襲った。
 コクピットが激しく揺れ、すでに意識を失う寸前だったルナマリアはあっけなく気絶した。


 ルナマリアの危機に真っ先に駆けつけ、行動を起こしたのはシンの《デスティニー》だった。
 まるで彼とデスティニーの意識が連動したかのように、ものすごいスピードでフリーダムに接近する。
 ルナマリアの部下からの通信で彼女の危機を知ったイザークが駆けつけた時。
 背中の翼を展開し、まさしく赤い彗星となったデスティニーが、カリドゥスを放とうとしている《フリーダム》に追突するところだった。

 どがごぉぉおぉっっ!!

 すさまじい音。
 デスティニーがやったのはただの体当たりだ。
 下手に対艦刀やライフルで攻撃しようとしても、インパルスに向けられたカリドゥスを止めることはできなかった。
 シンの判断は極めて妥当だったのだが、その体当たりのすさまじさにイザークは唖然としてしまった。
 「シ、シン!」
 いくらなんでもあれは強烈過ぎる。
 衝突した瞬間に爆発してもおかしくないほどの摩擦だった。
 フリーダムはインパルスに向けて撃つはずだったカリドゥスをあさっての方向に撃ちながら、
 デスティニーともみ合い、あっという間にカメラで捕らえられるぎりぎりの距離まで離れていく。
 「やりすぎだろうが・・・」
 だがその衝撃がインパルスだけには幸いた。
 五体満足でその場に留まっていたかの機体に、イザークは呼びかける。
 「ルナマリア!」
 シンも心配だったが、とりあえずはルナマリアだと《アイスファング》をインパルスに寄せる。
 「ルナマリア、大丈夫か!?おい、しっかりしろ!!」
 大声で呼びかけるも、インパルスからは何の応答もない。
 どうやら中で気絶しているようだ。
 コクピットに損傷がないことを確認し、イザークはようやく息をついた。

 だが安堵したのもつかの間だった。
 レーダーに現れた機体にぎょっとする。
 だが考えてみれば不思議なことではなかった。
 フリーダムのいるところ、いつも金魚の糞のごとくついて回るのは、己の意思など持たないあの男だ。

 『イザーク』
 「アスラン・・・!」
 まずい、と思った。
 インパルスを抱えながらこいつを相手にするのは難しい。
 部下は周りにいるが、こいつらでもジャスティスにかなうだろうか?
 勝てる・・・かもしれない。
 MSパイロットとしての腕は飛びぬけているものの、アスランはキラと違って化け物じみてはいない。
 あくまで人間の範囲内の優良さである。
 追従している部下たちはやはり選抜されただけの能力を有しているし、
 イザーク始めシン、レイ、ルナマリアも一緒になって徹底的にしごいてやった粒ぞろいだ。
 それでも・・・。
 
 『イザーク、無事だったんだな・・・良かった』

 「・・・」
 アスランの思わぬ言葉に、イザークははあ、と間の抜けた声を出した。
 何だこいつは。
 前々から訳の分からない奴だと思っていたが、今はそれに輪をかけている。
 『ルナマリアは?』
 「・・・」
 ルナマリアの安否を尋ねられているのだろうが・・・イザークは応えられなかった。
 多分アスランが本気になれば、今の無防備なイザークを攻撃できるだろう。
 それくらい衝撃を受けていた。
 沈黙しているイザークに、アスランは自分には口も利きたくないのだろうと判断したらしい。
 そして・・・。
 ぷしゅっ、と音がしてジャスティスのコクピットハッチが開いた。
 中からは両手を挙げたパイロットの姿。
 ズームで確認すれば、間違いなくアスラン・ザラだった。

 『投降するよ。俺の処遇は君に任せる・・・イザーク』

 


 ―――・・・。
 ―――・・・。
 キラは気配を感じて意識を浮上させた。
 見慣れたフリーダムのコクピットの中。
 ・・・けれど何かが違う。
 ―――・・・。
 声?
 誰か、いるの?
 するとキラの目の前に、うっすらと少女の裸体が浮かび上がった。
 赤い髪がたなびき、愁いを帯びた灰青色の瞳がキラを映している。
 「フレイ!」
 キラは少女の名を呼び、その姿を掴もうとした。
 しかし伸ばした手は空を切る。
 そうか・・・彼女は自分を置いて死んでしまったのだった。
 ならここにいるのは幻影?
 いいや、違う。
 「君の、心だ」
 
 私の心があなたを守るから・・・。

 フレイはそう言ってキラを戦場に送り出した。
 そんな彼女を恨んだこともあった。
 けれど、今は・・・。
 「フレイ、僕は戦ってるよ。君の望む通りに・・・」
 フレイが目の前で死んでからというもの、キラは極力彼女のことを思い出さないようにしていた。 
 だって、愛していたから。
 ラクスを好きな振りをして、恋人の真似事をしていたけれど。
 「やっぱり愛しているのはフレイだけだよ。僕は君さえいればいいんだ」
 君だけだよ、フレイ。
 僕はラクスなんて愛していない。

 そう言ってキラは微笑みかけたのに。
 けれど、フレイは笑わなかった。
 「フレイ?」
 彼女は美しい顔を悲しみに染め、涙を流している。
 きらきら光るその涙は、キラの頬に触れる直前で弾けて消えた。
 「どうしたの、フレイ?どうして泣いているの?」
 彼女は先程と同じように、両手を広げて静止するような仕草をする。
 止めて、と訴える。
 もういいのよ、戦わないで、と。
 彼女の唇は懸命に何かを訴えているのに、それはキラの耳には音として届かない。
 だから・・・。
 「そう・・・まだ足りないんだね?」
 フレイが首を激しく横に振る。
 「まだ殺さなきゃ・・・まだ・・・まだ・・・っ」
 
 や め て !

 フレイが絶望の表情を浮かべる。
 でもキラには、もう彼女の姿は見えなかった。
 「デスティニー・・・あいつも殺すんだね、フレイ?」
 衝突の衝撃で、右肩が完全に損傷しているデスティニー。
 動く気配はない。
 「あれを殺したら、笑ってくれるよね・・・フレイ?」
 そう呟くキラの傍に、すでにかの少女の心はなかった。



 
 ―――シン。
 「ステラ?」
 名前を呼ばれ、シンは思わずステラの名を口にしていた。
 何となく分かるのだ・・・彼女はシンを見守ってくれている。
 ルナマリアがシンを許し受け入れ、心も身体も包み込んで満たしてくれる存在なら、
 ステラはシンの中・・・心の奥底に灯った、立ち上がる勇気を与えてくれる希望の光だった。
 ―――シン。
 「ステラ、どこ?」
 辺りは闇だった。
 シンは必死になってあたりをまさぐる。
 感覚はあったものの、視界は戻らなかった。
 まさか自分は死んだのか?
 ―――ちゃんと見て。目を開けて。
 「・・・」
 そこでようやく、シンは自分が瞼を閉じていることに気が付いた。
 慌ててこじ開けようとするが、何かに縫い付けられたようにそれは言うことを聞かない。
 「・・・っ、何で?」
 ―――だいじょうぶ。シン、だいじょうぶ。
 「・・・ステラ」
 ―――シンはちゃんと強いの。だからだいじょうぶ。
 ゆっくりと。
 だが、確実に瞳が開いた。
 デスティニーのコクピットの中にいる。
 そしてそこは不思議な光に包まれていた。
 「ステラ・・・あっ」
 シンは目の前にいる少女の姿を認識すると同時に、眼前に迫る機体に気付く。
 フリーダムだ。
 ・・・そうだ、ようやく思い出した。
 ルナマリアを助ける為、全速力であの機体に体当たりしたのだ。
 
 フリーダムは満身創痍に見えたが、それでも残された片手にビームサーベルを構え、こちらに向かってくる。
 その動きはまるでスローモーションのようだったが、シンもまたゆっくりとしか体を動かすことができなかった。
 これではよけられない。
 「・・・俺、死ぬのかな?」
 苦笑交じりに、傍らのステラに尋ねてみる。
 すると彼女はすみれ色の瞳を丸くして首を傾げた。
 ―――死ぬはダメでしょ。
 「・・・うん」
 ―――シン、死なないって言ったよ。
 「うん」
 ―――じゃあ、だいじょうぶ。
 ステラはにっこり笑う。
 シンも笑った。
 やっぱりステラには笑顔が似合う。

 ―――シンの大事なひと、死なないよ。
 「・・・ルナ」
 ―――だからシンも死なない。
 「うん」
 シンはようやく、ステラが伝えようとしてくれていることが分かった。
 ルナマリアは・・・自分の大切な彼女は助かった。
 そしてシンもまだ命尽きてはいない。
 さらに生きる余地を残されている・・・シンさえそう望むのであれば。

 ステラが笑顔で手を振っている。
 その姿は遠ざかるが、寂しくはなかった。
 彼女はシンの中にちゃんといるのだから。
 ―――またね、シン。
 「ありがとう、ステラ」

 俺は生きるよ。



 ・・・ドスッッ。


 
 一体何が起こったのか。
 キラには分からなかった。
 一瞬で視界が白く染まり、次いで暗闇になった。
 「フレイ?」
 愛する人の名前を呼ぶ。
 傍にいるはず。
 そして微笑んでくれるのだ。
 「フレイ・・・どこ?僕はちゃんと戦ったよ?」
 

 デスティニーのビームライフルの銃口部分が。
 フリーダムのコクピットにめりこんでいた。
 《レジェンド》、《インパルス》そして《デスティニー》との戦いを繰り広げ、すでに限界を超えていたフリーダムのコクピットハッチ。
 ライフルの引き金を引くまでもなく、その銃身だけであっけなく壁を崩した。
 そしてそれはそのままキラの腹に突き刺さり、貫通していた。
 血と内蔵がコクピットに飛び散り、さながら地獄絵図のような光景。
 「フレイ・・・フレ・・・」
 キラは痛がる様子もなく、焦点の合わない瞳で少女の幻影を笑いながら追いかけている。
 両手を彷徨わせ、あるはずのない影を掴もうとしている。
 死の間際にあって正気でない彼は、おそらく幸せなのだろう。

 「フレイ・・・きみ、さえ・・・いてくれれ、ば・・・僕・・・ぼく、は・・・・・・」
 それが。
 最強の名を欲しいままにしたキラ・ヤマトの、最期の言葉。


 ほぼ同時に、鬼神《ストライク・フリーダム》は核爆発を起こして消滅した。
 


back   next

top

2007/10/07(ブログより移行)