戦いの終わり
・・・。
・・・ン。
シン!
誰?
俺を呼ぶのは誰?
ステラ?
シン、シン!
いや、違う。
こういう風に、必死になって俺の名前を呼ぶのは・・・いつも心配で見ていられないと訴えるのは。
「シン!」
「・・・ル、ナ」
乾いた唇で、彼女の名前を呼び返した。
体が麻痺していて、何がどうなったのか全く分からない。
目の前も暗くて、さっきのように瞼を閉じたままなのかあるいは本当に目が見えなくなってしまったのか検討がつかなかった。
それでも分かることがある。
「シン・・・ああっ!良かった!」
生きている。
生きるという選択をしたから。
ルナも生きて、傍にいてくれる。
分かっているのはそれだけだけれど。
でも・・・それだけで充分だった。
「フリーダムの撃墜・・・確認しました」
アビーの正式な確認回答に、ミネルバのブリッジからはため息が漏れた。
今度こそ・・・本当にあの化け物が倒れたのだ。
もう海に逃げることもできない。
宇宙では生身で耐えることもできない。
すでに《インフィニット・ジャスティス》は投降し、パイロットのアスラン・ザラは身柄を拘束されている。
歌姫の鬼神は、二つとも落ちた。
「シンはどうなの?」
フリーダムを撃墜したのはシンのデスティニーだ。
危うく核爆発に巻き込まれるところを、間一髪イザークの《アイスファング》が救っている。
それでもインパルスを守るために体当たりした時の衝撃で、シンはそのまま医務室送りになっていた。
「まだ詳細な連絡はありませんが、命に別状はないそうです・・・もうデスティニーは使い物にならないようですが」
「そう・・・分かったわ」
タリアはデスティニーに対しては大した感慨を覚えなかった。
あのフリーダムを仕留めたのだ。
パイロットの命が助かっただけでも誉められるべきところだ。
機体の替えはきくが、命の替わりはない。
タリアは息を吐き、そしてすぐに顔を引き締める。
あとは《エターナル》と《アークエンジェル》のみだ。
すでに《ゴンドワナ》からの増援部隊が前面に出ていた。
フリーダムとジャスティスという脅威がなくなった以上、少数精鋭のミネルバは後ろに下がっても問題ないだろう。
このさい戦績争いなどどうでもいい。
ゴンドワナ部隊が活躍してそれで戦闘が終わるのなら、それでもいいと思った。
「全軍に通達。《ミネルバ》はじめ、それに属する隊はBR42度線を維持。
以後《ゴンドワナ》部隊の支援に当たること。繰り返す。《ミネルバ》はじめ、それに属する隊は・・・」
タリアの命令に従い、ザフトの統制された軍がゆっくりと己の持ち場を移行する。
クライン派はすでに後退をしており、先遣隊と主力部隊の配置の入れ替えは滞りなく進んだ。
その様子をレーダーで確認しながら見守っていたタリアの元に、格納庫から通信が入る。
イザークからだった。
『艦長、レイ・ザ・バレル・・・《レジェンド》の確認はどうなっていますか?』
それはタリアも気になっていたことだ。
けれどもつい15分前まではシグナルが確認できていたし、捜索するのは隊の移行が終了してからでも遅くないと思っていた。
「大丈夫だとは思うけれど・・・アビー?」
「はい。最後に確認したのはポイント・ベータ56、16分51秒前です」
「今どこにいるか分かる?」
「・・・いいえ。ミネルバの半径10キロの宙域ではシグナル確認できません」
「・・・」
レイのことだから大丈夫だとは思うが。
しかし、改めて状況を述べられるとタリアも不安に駆られてしまう。
すると報告を黙って聞いていたイザークが、何か決心したように口を開いた。
『艦長、独断になりますが、艦を離れさせてください』
「・・・一人で?」
『そうです』
もしイザークがフェイスだったのなら話は早かっただろう。
タリアが口に出す問題ではない。
けれどイザークは《ミネルバ》の一員であり、MS隊では隊長であってもタリアの部下という位置づけになっている。
「どこに向かうか聞いていいかしら?」
『・・・《メサイア》へ』
メサイア・・・。
敵陣ではなく、友軍の最後の砦へ?
ブリッジにいる全員が困惑の表情を浮かべる。
任務を放棄してまで、そんなところに何をしにいくのだ?
タリアは水色の瞳で真っ直ぐにイザークを射抜く。
かつてのような・・・アスランを《アークエンジェル》と接触させてしまった時のような過ちを犯してはいけない。
イザークを信用したい。
けれど思い込みに囚われず、しっかりと真実を見極めなくては。
「もう一つ聞くわ」
『はい』
「レイもそこにいるのね?」
『そう思っています』
晴れ渡った空のような水色の瞳と。
澄んだ海を思わせる蒼色の瞳が。
静かに視線を混じらせた。
しばらくの沈黙の後。
瞳を伏せたのはタリアの方だった。
ため息混じりに許可します、と口にする。
そして敬礼をして去ろうとするイザークに、最後にこう告げた。
「待っているから・・・レイを連れ戻して」
イザークとレイは、自分たちの知らない闇に巻き込まれている。
イザークはきっと自力で抜け出せるだろう・・・そういう強さと、決心がなければ彼はあえて闇に挑もうとはしない。
けれど、レイは・・・。
タリアに分かっているのは一つだけ。
きっと・・・イザークにしかレイを救うことができない。
《メサイア》への着陸許可は、あっさりと下りた。
おそらくはデュランダル以外の人間の小細工だろう。
レイは苦笑いしながら《レジェンド》を飛び込んだドッグに下ろす。
もうこれに乗ることもない・・・ロックもかけずにコクピットから飛び降りた。
そのまま廊下へと続く扉を抜け、指令本部へと向かう。
人気はほとんどなかった。
これが本当にザフト軍の最後の砦だと思えると何だか滑稽だった。
―――デュランダル議長は《ジェネシス》を地球に向けて発射しようとしている。
シグ・バートリーは同じ事をイザークに伝えたという。
デュランダルは地球のオーブを悪として断罪することで、デスティニープランへの近道を得ようとしているのだ。
シグがそれをイザークとレイに伝えたのは、二人のうちどちらかならば、デュランダルを説得できると考えたから。
・・・いや。
レイは手にしている銃を握り締める。
シグは望んでいるのかもしれない・・・デュランダルの死を。
どちらにしろ、レイはこの役だけはイザークにやらせる気はなかった。
だからあの《フリーダム》戦が最大の難関だったのだ。
奴が逃げてしまった時、まずいとは思ったが、追いかけることは断念した。
キラ・ヤマトはさらなる被害を出すかもしれないが、それでもジェネシスの発射阻止の方が優先だ。
そんなことをすれば、クライン派が欲しくて仕方がない大義名分が出来上がってしまう。
―――ギルを、止める・・・!
イザークもすでにこの《メサイア》に向かっているかもしれない。
シグの手回しによって、《メサイア》の中枢にいる、議長の側近中の側近しか中に残らない手はずになっている。
躊躇すればイザークが追いつくだろう・・・デュランダルが発射ボタンを押すのが先かもしれない。
レイは目的の中枢部へと急いだ。
「どういうことだ、なぜAからG地区の連絡が取れない?」
《フリーダム》撃墜と《ジャスティス》投降の報に狂喜したのもつかの間、
デュランダルは自分を取り巻く状況に思いがけぬ事態が起こっていることにようやく気付いていた。
戦闘中の《ゴンドワナ》と《ミネルバ》からは当初の規定どおり、定期的な報告が続いているのだが、
今自分がいる《メサイア》・・・つまり己の足元のあちこちの交信が断絶しているのだ。
本国のシグ・バートリーとも連絡が取れない。
《メサイア》が要塞として機能していないのか?
「そんな馬鹿な・・・っ」
ここまで上手く事が運んでいたというのに、一体何が起こっている?
ぎりっ、と奥歯を噛み締め、懸命に冷静さを保とうとする。
その時。
どうっ!
ごぉおおっん!!
「・・・!?」
爆発?
鼓膜が拾いきれない爆音が近くでしたかと思うと、一気に視界が不明瞭になった。
訳も分からないまま体が床に叩きつけられ、痛みに呻く。
意識が遠のきかけた。
「ううう・・・」
軋む体に鞭打ち、デュランダルは時間をかけて体を起こす。
顔を上げると、司令部の状況は一変していた。
おそらくはあらかじめ天井に爆薬が仕掛けられていたのだろう。
照明は全て破壊され、降り注いだ硝子が床に散らばっている。
被害者が出ないように計算されていたのか、死者はいないようだ。
しかし兵士や側近たちはこれに恐れをなしたのか、ばらばらと逃げ出した。
「待て!この場を放棄する気か!!?」
デュランダルは静止しようとするものの、自分以外の部下は脇目も振らずに非常口へと駆け出す。
まるで・・・。
まるで示し合わせていたかのように。
「まさか・・・」
「そのまさかですよ、ギル」
気配もなく降り注いだ怜悧な声に振り返る。
そこには。
戦場にいるはずのレイがいた。
いつもデュランダルを慕っていた空色の瞳には、氷のような冷たい光を携えている。
そして右手に握られた銃口は自分に向けられている。
それだけで充分だった。
デュランダルは何が起こっているのか。
レイが何をしにこの場にやってきたのかを即座に悟った。
「このパーティーの主催者は誰だ?シグだろう?」
「・・・」
「彼はどうしてもデスティニープランを実行させたくないようだ・・・まさか君まで懐柔するとは」
「・・・」
「レイ、君は争いのない世界を・・・自分のような子供が二度と生まれないような世界を作ろうとしていたのではないのか?」
そのために何でもしてきたはずだろう、と。
しかしレイは、ほんの少しだけ瞳を伏せただけだった。
「ギル、《ジェネシス》の発射装置はどれです?」
「レイ・・・私を裏切るのか?」
「《ジェネシス》の発射装置の場所を教えてください」
「知ってどうする?」
「壊します」
にべもなく言い切ったレイに、デュランダルはわざとらしくため息をついた。
《ジェネシス》の起動に必要な装置は、シグでも見つけられなかった。
デュランダルは自分にしか分からない場所に設置したのだろう。
もしそれを事前に把握することができたのなら、シグはイザークやレイを《メサイア》に仕向けることはしなかったかもしれない。
自分たちを結果的に利用することにはなったが、シグなりの苦しい選択だったとレイは理解している。
それだけ《ジェネシス》の発射如何は重要なのだ・・・プラントとそこに住む民たちにとっては。
「オーブを永遠に黙らせるにはこれしか方法がないのだよ、レイ」
「発射装置は?」
「レイ、聞きなさい」
「応えて下さい。そうしてくれないのならあなたをここで殺して、この要塞を自爆させるまでです」
デュランダルの顔に僅かに動揺が走った。
レイが自分を撃つことなどありえないと高をくくっていたのだろうか。
「何故あなたほどの人が分からないのです?《ジェネシス》は撃ってはならない」
「分かっていないのはお前だ!オーブはあれによって撃たれるべきなのだ!」
「オーブなどどうでもいい!《ジェネシス》を撃てば、それこそプラントが窮地に立たされるのですよ!?」
「オーブさえ討てばもうプラントを脅かすものはない!連合もデスティニープランを阻んだりはしない!」
「だから・・・!オーブもデスティニープランもどうでもいいって言っているでしょう!?
重要なのは、プラントに住むコーディネーター一人一人の未来です!!」
「その未来をオーブが・・・ラクス・クラインが壊そうとしているのだ!あと・・・あと一歩だというのに」
「もうオーブは瓦解したも同然です・・・。撃ったとしても、犠牲になるのはオーブの民だけで、ラクス・クラインではない」
デュランダルがしようとしていることは、三年前にアスハがシンの家族にしたことと同じだ。
そんなことを、プラントがしてはならない。
「発射装置をよこしてください!!」
ぱぁんっ。
乾いた音がして、銃口が火を噴く。
弾はデュランダルの足元の床にめり込んだ。
「・・・っ」
レイは唇を噛む。
ここまで来て、デュランダルを撃つ決意ができないとは。
いや、彼が折れてくれればそれでいいのだ。
デュランダルは罪を犯したわけではない・・・むしろプラントに対する功績は健全たるものだ。
だからこそ、ここで・・・。
だが。
デュランダルは急に踵を返すと指令席へと走り出した。
「ギル!止まって!!」
レイは再び銃を構えるが、やはり撃てない。
舌打ちをすると、せめてデュランダルを締め上げてしまおうとその背中を追いかけた。
「止まりなさい、レイ!」
「!」
あと数歩でデュランダルに手が届かんとしたその時。
振り返った彼に静止され、反射的に足が止まる。
デュランダルの手には小型の銃が握られていた。
「ギル・・・」
「君がそこまで愚かだったとは・・・やはり《ミネルバ》にやったのは失敗だったか」
「・・・」
デュランダルはレイに銃を向けながらも、指令席の肘掛の部分を器用に開く。
そこから現れたボタンに、レイは愕然とした。
《ジェネシス》の発射装置・・・。
「君に私を撃つことはできない」
「・・・」
「だが、私にはできるよ」
ぱぁ・・・んっ!
「!!」
肩に熱いものが走り、体が宙に浮く。
至近距離からの発砲を受けた為、その衝撃で体が後ろ向きに吹っ飛んだのだ。
「・・・ぐっ」
「君の寿命は残り少ない・・・。ひと思いに殺してあげた方が慈悲深いとは思うが・・・」
「ギ・・・ルッ」
レイは懸命に体を起こす。
自分を見下ろすデュランダルの手は、発射装置へと伸ばされていた。
「だめ・・・だ!止めてください・・・ッッ」
「まずは私が正しかったという証明を見るがいい。その後で・・・苦しまずに殺してあげよう」
「ギル!!」
レイの頭に様々なものが思い浮かんでは消えた。
自分の思い。
デュランダルの思い。
ラウの思い。
・・・イザークの思い。
シン、ルナマリア、タリア・・・。
結局、自分は何をしたかったのだろう?
何を作りたかったのだろう?
・・・いや、壊したかったのか?
―――お前の命は、お前のものだ。
だから。
望む未来は、レイ自身の中に。
銃声が、轟いた。
「レイ!!」
イザークが司令室の扉を蹴破った音。
一発の銃の発砲音。
それはほぼ同時だった。
全速力で走ってきたイザークは肩を上下させながらも、司令室にただ二つ残る人影を捉える。
「れ・・・い」
まず始めに見えたのは、僅かな光に照らされたレイの金髪だった。
そして、床にかなりの速さで広がっていく液体・・・血?
「そんな・・・」
イザークは、全てが終わってしまっていたことを悟る。
一番肝心な時に。
一番肝心な場所で。
彼を助けられなかった。
・・・自分は間に合わなかったのだ。
「艦長!」
「分かってるわ・・・そのまま艦内に流してちょうだい」
突然流れ始めた無線からの声に、タリアは内心で大きなため息をついた。
そういうことか・・・。
『オーブ連合軍、ザフト軍両軍に通達します。私はプラント臨時議会代表、シグ・バートリーです』
「臨時議会って・・・」
「クーデターと言うことですね?」
固い顔で呟いたアーサーに、何人かのクルーが驚きの表情を浮かべる。
タリアは無言で頷いた。
《メサイア》に向かわせてくれというイザークと、連絡の取れなくなってしまったレイ。
この二点から、アーサーも本国の、しかも頂点で何かが起ころうとしていることを予感していたようだ。
『繰り返します。私はプラント臨時議会代表、シグ・バートリーです。
プラント臨時議会は、オーブ連合軍に即時停戦を申し入れます。繰り返します・・・』
「デュランダル議長は、どうなったのでしょうか?」
「・・・分からないわ」
「《メサイア》にいらっしゃるはずですよね?」
50分ほど前の提示報告の時にはデュランダル自らが応答し、《ミネルバ》の健闘を褒め称えていた。
クーデターはその直後、デュランダルが留守にしていた本国で行われたと見るべきだ。
デュランダルはどうなる?
今はどうしている?
そこまで考え、タリアはもう一度大きな息をついた。
止めよう。
これで長い戦争が終わるかもしれないのだ。
クーデターだろうと何だろうと、血を流すことなく戦いを止めようとしてくれているのなら今は歓迎すべきだ。
たとえそれが、魅力あるギルバート・デュランダルの意向でなくとも。
「ジュール隊長とレイは、大丈夫でしょうか?」
「・・・」
アーサーの言葉に、タリアは水色の瞳を僅かに見開いた。
見れば、アーサーの灰色の瞳が苦悶の色を浮かべている。
自分もそうなのだろう・・・タリアは何となしにそう確信した。
「二人は大丈夫ですよね、艦長?」
「・・・ええ」
タリアは大きく頷き、そして微笑んだ。
「イザークが、レイを連れてここ(ミネルバ)に『戻って』くるわ」
イザークは、ゆっくりと「その場」へと歩み寄った。
むせるような血の匂いが鼻を付くが、全く気にならない。
やがて立ち止まり、彼の名を呼んだ。
「レイ・・・」
レイは。
ゆらり、と。
こちらに顔を向けた。
顔が紙のように白いのは、目の錯覚ではないだろう。
怪我もしているようだ・・・デュランダルに撃たれたのか?
出血がかなり酷い。
「レイ?」
「イザーク・・・ギルを殺してしまいました」
「・・・ああ」
床に横たわるデュランダルは、瞳を見開いたまま事切れていた。
首の真ん中を撃ち抜かれ、苦しむ間もなかったのだろう。
表情は意外にも穏やかだった。
「ギル・・・ごめんなさい・・・」
レイの瞳から透明な涙が流れ、それが星の光を照らしてきらきらと光る。
けれども彼のその唇は笑みを刻んでいた。
安堵の笑みだ。
「俺は、こうなることをきっと分かっていて・・・でも、殺せないと思って・・・」
「・・・レイ」
「でも結局殺した・・・できないと思ったのに・・・俺は・・・」
シグは《ジェネシス》のことを、イザークにしか話さないと約束したわけではない。
デュランダルを止める役をイザークは引き受けたが、保険としてレイにも打ち明けたのか。
どちらにしろ、レイはデュランダルが《ジェネシス》を撃とうとしていることを知ってしまった。
苦しんだだろう。
悲しんだだろう。
それでも答えは一つ。
選択肢は二つしかなかった。
デュランダルを説得して《ジェネシス》の発射を断念させるか。
あるいは・・・傷つけてでも止めるか。
イザークも、簡単にデュランダルを説得できると思っていたわけではない。
もしものときは、汚れ役を引き受ける覚悟もあった。
けれども。
レイがそれをさせなかった。
デュランダルとの決着をどうしても譲りたくなかったのか。
イザークの手を血に染めることを厭うたのか。
あるいは・・・。
「レ・・・」
どおぉぉ・・・ん。
レイの名を呼ぼうとしたイザークはしかし。
一際激しい崩壊音と、立っていられないほどの揺れに息を呑んだ。
「まずい、かなり速いスピードで崩壊が進んでいる・・・」
このままでは数分ほどしかもたないだろう。
早くMSのところまで戻らなくては。
「レイ、戻るぞ!・・・レイ?」
レイの手の動きが、何だか妙だ・・・と、思った刹那。
「!!!」
イザークは自分でも信じられないほどの超反応で、レイの右手の銃をひねり上げた。
ぱぁんっ。
乾いた音がして、天井へと弾丸が飛んでいく。
それはレイのこめかみにめり込むはずのものだった。
「・・・っ、の馬鹿野郎!!」
「・・・」
自殺を図ろうとしたレイに対し、イザークは陳腐な言葉しかぶつけられなかった。
説教したくとも、頭に血が昇ってそれ以上は何も出てこない。
イザーク自身、よほど動揺していた。
「・・・っ!!」
それでもレイの手から銃を引き剥がし、力任せに放り投げる。
ぱしんっ!
そして、手のひらでレイの頬を思い切り引っ叩いた。
「・・・置いて、いって・・・」
「断る!」
「ギルを殺してしまったんです。だから・・・」
「断る!!」
「どうせ、寿命も残り少な・・・」
「断るって言ってんだろうが!しっかりしろ、このコシヌケ!!」
「・・・っ」
レイはうつむいていた顔を上げる。
そして初めて、イザークが泣いていることに気付いた。
アイスブルーの瞳から、ぽろぽろと涙が溢れては珠となって無重力を泳ぐ。
初めて見た、プライドの高い彼の涙。
レイは瞬きも忘れてそれに見入った。
「イザー・・・ク」
「俺は・・・っ」
「・・・」
「俺は、ここまで来て・・・こんなに時間をかけても、お前に未来への希望を抱かせてやれないのか?」
「・・・!」
「そんなに死にたいのか?シンもルナマリアも、艦長も・・・俺だって、お前のことを・・・!」
「や・・・」
「愛していると・・・だから生き延びて欲しいと!それは傲慢なのか!?」
「やめ、て」
レイは首を振った。
自分は死ぬ・・・ここで死ぬのだ。
ここ(メサイア)に入った時から、どんな結果になろうとも命を絶とうと決めていた。
クローンである重さは、これからの未来を生きるシンたちには必要ない。
そしてここまで支えてきてくれたイザークには、せめてこれ以上の迷惑をかけさせたくない。
感謝しているのだ・・・全てに。
自分はまがい物の生命(クローン)でありながら、何と周囲に恵まれていただろう。
でも返すものはない。
レイが他者に与えられるのは不幸と悲しみ、存在する重さ。
だから最後には跡形もなく消え入って・・・。
「生きることに理由をつけるな!!」
「・・・っ」
肩を掴まれ、激しく揺さぶられる。
「本当はどうなんだ、生きたいんだろう!?」
「ち、ちが・・・」
違う。
そう言いたいのに、真っ直ぐなアイスブルーがそれを許さない。
「お前は生きたいんだ!」
嘘を許さない。
「生きたいと言え!!」
その命は。
「・・・っ、たい」
彼自身のもので。
「いき、たい・・・」
彼だけのもので。
「生きたい・・・!!」
レイはイザークの胸の中に、子供のようにすがりついた。
「生きたい!死にたくないっっ」