レモネード・トラップ 04




 まず攻撃されたのは郊外の観光スポットだった。
 テーマパークの建物や展望台など、目に付きやすい、あるいは背が高くて目立つものから狙われた。
 観光シーズンではなかったが、国の祝日を利用した家族連れでにぎわっており、嬌声はあっという間に悲鳴に変わった。

 「敵はどこから侵入したんだ!?国境警備は何をやっていた!!」
 「無線が通じません。妨害されている模様です」
 「本部からの命令はまだか!?」

 オーブの陸軍は混乱しつつも、何とかテロに対処しようとしていた。
 連合、ザフト両軍に襲撃された時は、敵軍から事前に勧告があったにもかかわらず対応のまずさから市民に被害が出ている。
 今回のように勧告なしのテロに対する演習も、アスラン・ザラがアスハ代表の側近となってから積極的に組まれていた。

 「状況は!?」
 被害地に近い基地に一番に駆け付けたのはアスランだった。
 普段は彼を余所者扱いするオーブ兵も、この時ばかりは現場主義の彼を歓迎する。
 「被害地の補足をしています。南南東の海上警備を突破し、BT地区からMAおよびMSによるミサイルの爆撃を開始…」
 「郊外から始まり、爆撃をしながらどんどん中心部へと向かっています。かなりのスピードです」
 「国境警備の担当者と連絡が付きません。妨害されている可能性があります」
 アスランは思わず舌打ちをしそうになる。
 なんてざまだ…。
 あれだけ演習をして、一般兵士に嫌われてまで軍を鍛え上げたというのに、突然の事態にこうも弱いとは。
 しかしそれはオーブ兵に限ったことではないので彼らばかりを責めることもできない。
 そんな余裕もなかった。
 「動かせるMS、MAは何機だ?」
 「調整しているMS七機を除けば、この基地からはMS十五機、MAは三十六機すべて発信できます。
 すでにスタンバイの準備を進めています」
 「クリアは?」
 「五分以内には」
 「…よし」
 爆発の状況をいち早く把握することができたこの基地の司令官は必要最低限の仕事をこなしていた。
 敵機の詳しい位置と数さえ捕捉できれば、アスランがここに詰める必要はないだろう。
 緊張で強張ったままの司令官の眉間を見据えた。
 「俺の《インフィニットジャスティス》もスタンバイさせてくれ」
 「…移動に時間がかかりますので、ゲートからで構いませんか?」
 「問題ない」
 「それでは三番ゲートへ」




 ザフト戦艦《パワーズ》も爆撃の情報を把握し、兵士たちの緊張も高まっていた。
 しかし異変が起こってから一時間近く経つにも関わらず、オーブからの出撃要請は出ていない。

 「どうしてオーブはこちら側に援護を求めない?」
 ざわつくデッキにエイブスがいらついている。
 シホは肩をすくめ、皮肉に笑んだ。
 「オーブ内だけで解決したいんでしょう。ザフトにほいほい援護要請をしたら、国の威信とやらに傷がつくもの」
 「ったく、これだからお偉いさんは。そんなくだらないもんのせいで…」
 エイブスは言葉を切り、《ザクファントム》の前で座り込んでいるシンを見やった。
 彼はどんな思いでこの状況を受け入れているのだろう。
 「コンディションはイエローのままか。…一端コクピットから出るか?」
 「いいえ。オーブからの要請がなくても、この艦自体に危機が迫ったら艦長の独断だけで出撃できるはずよ。
 それに責任者はキラ・ヤマト『様』だもの。私が壁打ち破って単独出撃しても不問になるわ」
 「…ジュール隊長が責任取らされるぞ」
 女らしからぬ物騒な冗談に、エイブスは苦笑を浮かべる。
 アナウンスが流れたのはその時だった。

 「コンディション・レッド発令、コンディション・レッド発令!」

 「きたきた!」
 シホはコクピットの中で指を鳴らす。
 ざわついていた兵士たちもぴたりと口を閉じ、指令を待った。
 「パイロットは出撃準備をして下さい。繰り返します。コンディション・レッド発令、コンディション・レッド発令…」 
 カタパルトデッキが開く。
 シホは《フリーダム》が収容されているハンガーをちらりと見やった。
 キラ・ヤマトの姿はない。
 いまだ姉の元にいるのだろう。
 「名もなきテロリストの掃除は下っ端に任せるってところかしらね」
 出てきたら出てきたで腹が立つわけだが。
 それきり《フリーダム》ことは頭の隅に追いやり、ひたすら己の出撃の時を待った。
 最初にキラが直接受け持つMS部隊、新型の《グフ》《ドム》部隊が出撃する。
 唯一の旧型《ザク》を有するシンは待機するよう命じられていた。
 未だ監視下に置かれている彼は、キラが不在の今はコクピットに乗ることさえ禁じられている。
 シホの出撃は最後だった。
 「ハーネンフース機の出撃は、本人に一任すると…」
 キラ・ヤマト隊長が、と続けようとした艦長の顔をシホは睨みつけた。
 「なら出撃するわ。カタパルトを開けて頂戴」
 「オーブからはあまり派手な行動を起こしてテロリストを刺激しないでほしいと…。艦の護衛はすでに我が舞台が…」
 「カタパルトを、あ・け・て!」
 艦長はそれ以上はなにも言わなかった。
 忠告はしたぞ、ということだろう。
 別に他部隊の艦長に嫌われようと痛くも痒くもない。
 シホも相手のあからさまな嫌悪の表情を見ないふりをした。

 「シホ・ハーネンフース、《グフ》出撃します」



 「なんてことなの…」
 ある程度の情報は届いていたが、それにしても悲惨な光景にシホは言葉を失った。
 街のそこかしこから火と煙が立ち上り、街全体が苦いスモッグに覆われている。
 ここから市民の様子ははっきりと分からないが、突然の爆撃に逃げ惑っていることだろう。
 爆発に巻き込まれたり、瓦礫の下敷きになるなどして訳も分からないまま命を落とした者も多いはずだ。
 いくらアスランとダコスタがオーブ軍の引き締めを図り市民にも迅速に避難指導をしていたとして、これでは被害を免れることはできない。
 今更ながらシンに待機命令が出ていて良かったと思った。
 「敵は!!?」
 とにかく友軍コードを持たない機体はクロだ。
 即刻見つけ出してこんなことをやめさせなければ。
 ピピッ。
 レーダーが敵機の接近を示す。
 シホより先に気付いたヤマト隊のMSもそちらへ意識を向けているようだ。
 アイカメラが対象の機体の姿をより鮮明にしていく。
 白を基調としたカラーリングに頭部のアンテナ、スマートなボディ…。
 「…あれはっ」

 《ガンダム》だ。

 ピー!ピー!
 続いてシグナルが響く。
 敵ガンダムと共に現れたのは《ウィンダム》のようだった。
 黒くカラーリングされているが間違いないだろう。
 《ガンダム》はこちらに姿を現したものの、それ以上の接近をしようとしない
 様子を伺っているのか。
 「来るつもりがないのならこっちから行くわよ!」
 相手の機体が何だろうが関係ない。
 こんなテロ行為はやめさせなければ。
 シホの《グフ》は得意なビーム兵器搭載型だ。
 《フリーダム》のドラグーンのように統制はできないが、かなり正確な射撃ができるし強弱もつけられる。
 巻き添えを出さずに戦える自信があった。
 「てぇいっっ!」
 ピンポイントで黒い《ウィンダム》を狙い撃ちする。
 相手も構えるが、シホの撃ったビームは脚部を貫いた。
 「まだ爆発するなっ」
 シホはそのまま《グフ》を《ウィンダム》に急接近させる。
 ガンッッ!!!
 《グフ》が《ウィンダム》に取りついた。
 「ハーネンフースさん!」
 「生け捕りにしてやるわ。手伝って!」
 もみ合う二機は重力に引かれて地上へ向かう。
 下は最初から当たりを付けていた横幅の広い川のど真ん中だ。
 
 ドドドォォ…ン。

 こもる様な爆発音がした。
 覚悟はしていたが内臓を付き上げる衝撃にシホは息を詰める。
 「か…っ、はっ!」
 やばい、調子に乗りすぎた。
 《ウィンダム》は…どうなった?
 乱れたアイカメラに映る黒い機体はまだ原形を留めていた。
 反撃、あるいは自爆しないよう残る手足のパーツも潰さなければと思うのだが、身体への衝撃が残っていて上手くいかない。
 「ハーネンフースさん、そのまま中に」
 「…キラ・ヤマト」
 真っ先に近づいてきたのは《フリーダム》だった。
 先程呼びかけたのもキラだったようだ。
 キラの《フリーダム》は素早くシホの《グフ》を抱え上げ、引き連れていた《ドム》たちに《ウィンダム》を取り囲ませる。
 「動くな!貴様は完全に包囲されている」
 「そのまま両手をあげてコクピットから出てくるんだ!」
 《ドム》のパイロットたちが《ウィンダム》に投降を呼びかけ始める。
 まだ目を白黒させているシホの目の前の通信カメラにキラが映った。
 「お見事です、ハーネンフースさん。あとは彼らに任せましょう」
 「…ええ」
 「大丈夫ですか?どこか打ったんじゃ…」
 「平気、です。さっきかじってた油煎餅が出てきそうだけど」
 「え、煎餅?」
 地球での任務は慣れていたつもりだったが、やはり久しぶりだと程度を忘れてしまう。
 どうにも重力というやつは厄介だ。
 「あ、観念したみたいね」
 ちらりと視線を戻せば、《ウィンダム》のパイロットが両手を上げて出てくるところだった。
 まだヘルメットは取っていない。
 「さあ、僕たちは戻りましょう。まだ敵は残っています」
 「はあ、…はい」
 キラが穏やかな口調で促す。
 対して表情は険しかったがそれは当然だろう、戦闘中なのだ。
 シホは対して疑問も抱かず、《フリーダム》と共に《グフ》を上空へと向かわせた。

 「ヤマト隊長、先程《ガンダム》らしき機体を見たんですが…」
 「…、本当に?」
 「いえ、似てるだけかも」
 先の二つの大戦で、《ガンダム》と呼ばれるたった数機のMSが戦場を左右した。
 戦後協定の中で、この名前が付く機体を量産してはならないという項目も書き添えられるはずだったという嘘のような話もあるくらいだ。
 本当にシホが見た機体が《ガンダム》ならば、製造元を辿るのは容易いことだろう。
 「ソーンの部隊が東に逃げた機体を追いかけて行きました。何か分かるはずです」
 「…は、」
 はい、と返事をしようとして。

 キィィン。

 鼓膜をつんざくような高音にシホは飛び上がった。
 「なんだ!?」
 キラの《フリーダム》がシホの《グフ》を庇うように前に出る。
 ほぼ同時に視界が白く染まる。
 その正体を知っているシホは、次に来る衝撃に備えて歯を食いしばった。
 
 

 「きゃああああぁぁあっ」
 「敵襲か!!?MSは何をしてるんだっっ」
 「皆、落ち着け!落ち着くんだ!」
 おそらくはさほど離れていない距離で起こっただろう爆発の影響で、《パワーズ》の格納庫はパニックになっていた。
 上下左右に艦が揺さぶられ、機材やフォークリフトがひっくり返る。
 不意打ちとも言える惨事に皆が悲鳴を上げて逃げ惑う中、シン・アスカだけは三角座りをしたまま動かなかった。
 地上での実戦経験がある彼には、この爆発が艦から三キロ以上離れた場所で起こったものだろうということ、
 爆風で現在のパニックに至っているものの艦自体に被害らしい被害がないということも肌で分かっていた。
 シホが出撃した直後に現れたキラ・ヤマトにここで待機しろと言われたからには、それ以上のことをするつもりはない。
 「やれやれ、情けない連中だな」
 エイブスが肩をすくめながら歩いてきた。
 やはり経験なのだろう、シン同様落ち着いている。
 「地上戦どころか戦闘にすら慣れていない奴ばかりだ」
 「…ハーネンフースさんは?」
 「あの子なら心配いらないよ。経験ならば俺たち以上だ」

 やがて隊員たちも落ち着きを取り戻し始め、アナウンスでも艦に大きな被害はないという報告が流れた。
 これでは戦闘艦ではなく旅行機のアナウンスだと、エイブスは冷笑を浮かべる。
 そうこうしているうちに、機体が一機、また一機と格納庫に戻り始めた。
 「どういうことだ?」
 「戦闘は終わったのか?」
 「テロリストはどうなった?」
 シンとエイブスも怪訝な顔をする。
 最初の隊の出撃からまだ一時間も経っていない。
 もしや、先程の爆発で隊の誰かに負傷した者が出たのだろうか。
 「シホの奴、無茶してなきゃいいが…」
 エイブスもさすがに顔を曇らせている。

 しばらくして、残りのMSが格納庫へとようやく戻ってきた。
 その中にシホの乗機を確認し、ようやくエイブスは安堵の表情を浮かべる。
 シホがコクピットから姿を現すと、それまで微動だにしなかったシンが立ち上がり、真っ先に彼女の元へ向かった。
 「ハーネンフースさん」
 「シホ、無事のようだな」
 「とーぜんですっ」
 シホはウィンクをしながら力瘤を作る仕草をしてみせた。
 疲れている様子もない。
 「なにがあった?さっきの爆発は…」
 エイブスの言葉に、シホは共に戻った《ドム》の方を見やる。
 三機のうちの一機に隊員たちが群がっていた。
 どうやらその《ドム》は何かを持っているようだ。
 「敵のMSのうちの一機を生け捕りにしようとしたの。でも…」
 シンがひっ、と小さな悲鳴を漏らす。
 《ドム》が持っていたのはMSの一部…コクピットだった。
 しかも黒こげになっている。
 シホはため息を吐いた。

 「自爆したのよ…」

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2010/09/05