ラベンダー(中編)
「ルナマリア、城壁にいる兵士たちになるべく表に姿を見せないように伝えておいて。
それから砂漠を探らせて。目立たないようにベドウィンの格好をさせるのよ」
「分りました」
離宮に到着してすぐに場内を見回ったシホはルナマリアに手際よく指示を出す。
副隊長はディアッカだが、プラントに来てから彼女と一緒に行動することが多かった。
明るく冗談好きでしかも気立てがよいルナマリアが傍にいてくれると安心できたし、イザークも女性の彼女には嫉妬しようもない。
ルナマリアは英語も日本語も堪能だったが、なるべくアラビア語を使うようにしていた。
随分上達し、いまでは片言でもある程度の会話になっている。
さらにいくつもの不安箇所を詳細にチェックし、兵の位置を移動させたり、戦闘になった場合邪魔になりそうなものを片づけたりした。
そうやって日中動き回っていたから日が暮れる頃には汗びっしょりになっていた。
汗と砂埃を洗い流すために一度部屋に戻りシャワーを浴びることにする。
暗くなる前にイザーク、ディアッカ、ルナマリアと一緒に最終の打ち合わせをすることになっていた。
テロリストがどうやってこの砂漠の離宮を攻撃してくるか、シャワーを浴びながら何度もシュミレーションを繰り返す。
それにすっかり心を奪われていて、擦りガラスの向こうからやってくる人影に気づくのが僅かに遅れた。
ドアが開くと同時に銃口を向ければ、その先でイザークが綺麗な微笑を浮かべる。
「浴室にまで銃を持って来てたのか」
「当然の準備よ」
テロリストをおびき寄せるためにここに来た。
いつ戦闘になっても対応できる状態にしておくことが隊長のシホの務めだ。
出来るだけ素っ気なく応えたのに、イザークに強引に腕を引かれて抱き込まれた。
何をするんだと抗議の眼で睨む。
「濡れるわよ」
「それはいい」
うなじに舌を這わされる。
赤くなりながら嫌だと振り払えば無防備な唇を吸われた。
「い、イザーク…だめっ、だめ」
「どうして駄目だ?」
「まだ、明るい…」
「今更だろう」
気にするなと囁かれ、膝を割って奥を開かせようとする。
今回ばかりはシホも本気で抵抗した。
「正気なの!?」
「連中が動くのは夜だ」
「それまでに迎え撃つ準備をしなきゃいけないのよ」
こんなことをしている時間なんかない。
必死に身を捩って男の腕から逃れようとしたが、相手はびくともしなかった。
そうこうしているうちに指が敏感な部分に入り込んでくる。
「あ…、あ…、やだっ!いや、ぁ…」
「今日はやけに嫌がるな」
「当り前よ!…あ、あなたの命がかかってるのよ!!」
切羽詰まったシホの声に、イザークは打って変って真剣な面持ちする。
でも淫らな指の動きは止まらなかった。
「やるべきことはやった。なるようにしかならないさ」
「神頼みになんか、できない…」
「シホ」
「もう失いたくないの…お願い、いなくならないで」
幼い頃に痛みには慣れたはずだった。
でも戦友と呼んだ者たちの死を目の当たりにした時、シホは立ち直ることができなかった。
それがイザークだったらどうなるだろう。
考えるだけでも恐ろしい。
「俺はいなくなったりしない。約束だ…ずっと傍にいる」
「…ッ、痛!…あんの野郎!!」
「はあ?」
体の軋みに舌打ちし米語で罵れば、ルナマリアが驚いた様子で振り返った。
赤くなる顔を見られないようにして何でもないと返すが、勘のいい彼女に隠し通せる自信はなかった。
シャワー室で散々体をいじくり回され、半ば湯あたりしたままベッドの中に連れ込まれた。
はっきり言ってシホはそっちの方は素人だ。
だからイザークは手加減するべきだと本気で思っている。
なのにあの男は早く慣れろと言わんばかりに濃厚な交わりを強要し、何度もやめてくれと懇願するはめになった。
最後は泣き出してしまったのだから情けない。
先刻までの激しすぎる行為を思い出しては、皇子だろうと何だろうと二、三発殴っておくべきだったと目尻を釣り上げた。
「殿下はハーネンフースさんをとても信頼しておられます」
「…そうみたいね」
親衛隊の護衛にしろ今回の作戦にしろ、イザークはシホに全権を委ねている。
新参者に地位を奪われて面白くない部下たちも多いだろう。
そんなことを考えるシホを見つめる少女のブルーバイオレットの瞳は、月明かりに照らされてとても神秘的だった。
「あなたを迎えに行くと殿下が言われた時、正気を疑いました。
特殊部隊のことはディアッカ様から聞いていましたが、女性で、しかもこの国とは全く無縁と聞いて」
「…ええ」
この国に連れてこられるまでイザークとシホの接点はなかった。
あるとすればディアッカだが彼からイザークの話を聞いたことはなかったし、そもそもプラントのことすら詳しくない。
「あなたを米国に迎えに行く前に、殿下にどうしてあなたを欲するのか尋ねました」
「なんて答えたの?」
純粋に興味が湧いて身を乗り出した。
するとルナマリアはシホの黒い双眸を真っ直ぐ見返しながら、淡く微笑む。
「俺の守護石の黒曜石を手に入れるんだ、と」
「守護石?」
「ハーネンフース様の綺麗な黒い瞳を見て納得しました」
「ルナマリア…」
「とても強い意思を秘めてると思いました。この人に託すなら、全て上手くいくかもしれないと」
イザーク以外の人間にそんなことを言われるとは思ってもみなくて、シホは鼓動が高鳴るのを感じた。
あの地獄のような体験の後、自分は米国で腐っているばかりだった。
それなのに頼りにし、信用してくれる人がこの国にはいる。
今まではどこか朧げだったプラントとの繋がりは、もしかしたら「宿命」と呼べるものなのではないか。
と、遠くでエンジン音のようなものが聞こえてシホは我に返った。
ルナマリアも同じく険しい顔をしながら暗闇に耳を澄ませている。
音は次第に近づいていた…テロリストに間違いない。
「来るわよ!」
ルナマリアに合図をさせ、砂漠に潜んだ親衛隊を散開させた。
ここは砂漠のど真ん中だ。
少々騒いだところで気にする者もいない…必ず総力戦で来るはず。
それを叩くのがイザークの狙いだった。
見つけてくれと言わんばかりの爆音を立ててジープが数台近づいてくる。
おそらくこれは陽動で、中にいるイザークを狙うため本隊が音もなく近付いているはずだ。
派手な陽動部隊は砂漠に潜ませた連中にまかせ、シホをはじめとした部隊は敵の本隊を叩くことになっていた。
猫のように注意深く周囲を見渡し、身落としのないよう気を張り詰める。
今度こそ守り抜く…!!
テロリストとの戦闘が幕を開けた。