ハジマリ 01
軍服の襟を正し、あまり心地よいとは言えない空気を吸い込む。
オイルの匂いに顔をしかめながら、アスランは髪をかき上げた。
こつり。
硬質な音をたてたブーツの先。
灰色の艦が、ドッグの中で出航を静かに待っていた。
「特務隊、アスラン・ザラであります」
名乗った途端、周囲からため息。
かつては英雄だ、平和の使途だ、ともてはやされる度に謙遜の言葉を口にしていたアスランだが、
慣れてしまった今では静かにそれを受け止める。
そしてただ目の前の相手にのみ意識を集中した。
大抵の場合、前対戦で有名になってしまった自分の名を出すか、特務隊の証であるフェイスバッチを示せば相手は俄然協力的になる。
しかし。
今アスランが対峙している女性・・・新型艦ミネルバの艦長タリア・グラディスは、敬礼こそ返したものの不信げに片眉を上げただけだった。
「艦長のタリア・グラディスですわ。ヤキン・ドゥーエの英雄が一体何のご用かしら?
見てのとおり、進水式の直前でごたごたしておりますのよ」
「か、艦長・・・!」
あんたなんかにかまっている暇はない。
直接的ではないものの、明らかに棘を含んだ言い方だ。
副官らしき男が焦った声を上げ、アスランもいきなりのこの反応に驚いた。
だが相手に呑まれるわけにはいかない。
「私のこの艦への乗艦を認めていただきます」
「・・・」
タリア以外の、ブリッジにいた全員が息を呑む。
無言で言葉の先を促す女傑に、アスランは舌打ちしたいのを堪えた。
「この艦について、ラクス・クライン議長は大変心を痛めておいでです。
確かにミネルバは軍司令部によって正式に認定された戦艦ですが、必要以上の力は持たないというクライン議長のご意向には反します。
従って、私は議長からの特令により・・・」
「つまり私たちを監視しにいらしたということね」
「・・・」
今度は話を途中で遮られ、さすがのアスランもむっと唇の端を歪める。
「ずいぶんと馬鹿にされたものだわ。おもちゃを手に入れた私たちが嬉々としてテロでも起こすというのかしら」
「・・・ッ、この件に関しては、デュランダル議員も同意されています」
「ええ、そうらしいわね」
「もう連絡が・・・?」
「数分前にね。あなたの機体の・・・『セイバー』だったかしら。
すでに運ばせていますわ。よろしいんでしょ?」
「・・・はい、どうも」
アスランは顔の筋肉が引きつっているのを感じる。
一方のタリアはそれに気づいているのかいないのか、最初の調子を崩していなかった。
「部屋も用意させましょう。ひとまずは格納庫の方へ」
「ありがとうございます」
アスランは礼を述べ、踵を返す。
扱いにくい女傑だと、心の中でため息をつきながら。
格納庫に入ると、連絡を受けていたらしい整備主任がすぐに話しかけてきた。
こういった気配りは女性艦長ならではだろう。
「セイバーは今受け入れをさせているところです。
『ガイア』、『カオス』、『アビス』の点検が長引いているようだから丁度良かった。30分程度で終わりますよ」
「仕事が早いんだな。助かるよ」
主任のマッド・エイブスにねぎらいの言葉をかけながら、アスランは広い格納庫を見渡した。
さすが新型艦だけのことはある。
設置されている器材や備品も最新鋭だ。
ハンガーに目をやれば、すでに三機のザクがかかっていた。
どれもパーソナルカラーに塗られている。
真紅のザク・ウォーリア、白いザク・ファントム、そしてスカイブルーのザク・ファントム・・・どれも個性が強そうだ。
これに加え、ザフトの最新鋭機である『インパルス』、同じセカンドシリーズのセイバー、
そしてガイア、カオス、アビス・・・随分と豪勢になる。
それだけの管理が可能な艦であり、クルーたちであるという証明でもあるが。
「あのザクのパイロットたちは?」
ザクを指差しエイブスに尋ねれば、意外そうな顔をされる。
同じパイロットのアスランにはすでに紹介済みだと思っていたらしい。
「さっきまでここにいたんですが・・・艦長に呼ばれたみたいだから、行き違いになったんですかね」
「そうか、ありがとう」
短く礼を言い、ひとまず格納庫をあとにする。
どうせすぐ顔を合わせることになるのだから、焦る必要もない。
願わくば、タリアのような反応をされなければいいのだが・・・。
セイバーの搬入を整備士たちに任せたアスランは、人気のない場所を探した。
これまでの経緯をラクスの側近を務めるディアッカに報告しなければならない。
胸ポケットの小型端末を無意識にいじりながら、甲板への通路を足早に進んだ。
「・・・?」
ふっ、と。
視界の端に映った影に、眉をひそめる。
T字になっている通路の突き当たり、そこに黒い軍服をまとった人物が通ったような・・・。
―――トライン副長?
いいや。
見たのは瞬きするほどの間だったが、あの人影は体付きからして女性だ。
それに・・・あの髪の色は!!
気付くとアスランは走り出していた。
一気にT字の場所に駆け込み、女性が進んだ方向に目をやる。
だが・・・。
「いな、い・・・」
女性の姿はおろか、人の気配すらなかった。
呆然としたまま歩みを進め、ようやくそこが居住区であることに気付く。
黒い軍服の女性は並んでいるドアのひとつに入ったのかもしれない。
しかし、まさかプライベートである部屋をひとつひとつノックして回るわけにもいかない。
特務隊だから何でも許される・・・というわけにはいかないだろう。
アスランはもう一度、人影が消えた廊下を見た。
しん、としていて、先程の格納庫での喧騒が嘘のようだ。
嘘・・・?
ああ、そうだ。
きっと自分は幻を見たのだ。
懐かしい、幻を。
「イザーク・・・」
ブログ掲載 2006/4/28
2006/12/27