ハジマリ 02
「本当に、お前一人でいいのか?俺の部下を貸してもいいんだぞ?」
心配そうに顔を覗き込むディアッカに、アスランは首を振る。
「彼女」に対してそうだったように、同士であるディアッカは何かと自分を気遣ってくれる。
いい加減なようで、大事なところは抑えるやつだから。
「大丈夫だよ。相手は軍から正式に認定された艦だろう。大人数で行ったら心象を悪くする」
「・・・変なところで気を使うよな、お前」
非難しながらもディアッカは肩をすくめて諦めた、と意思表示する。
そして奥のデスクにいる、この部屋の主へと顔を向けた。
「アスラン・・・ザラ特務隊員どのはこう言っていますけど。どうされます、議長?」
議長、と呼ばれ。
彼女は顔を上げた。
桃色の髪を結い上げ、上等のコートに身を包んだ女性。
・・・いいや、よく見ればその顔には少女と呼べる幼いものがまだ残されている。
若干17歳でプラント最高評議会議長に就任、三年経った今でもその座にあり続けるラクス・クラインだ。
彼女は美しい顔に不似合いな重い表情で、やはり重苦しい声音を吐いた。
「アスランが、そうおっしゃるのならそれが一番いいのでしょう。お任せしますわ」
「ありがとうございます」
固い口調で礼を述べるアスランに、ディアッカはこっそりとため息をつく。
かつては婚約者同士だった二人。
しかしそれは親同士が決めたものであり、戦後彼らはそれぞれ違う相手を選んだ。
けれど・・・。
お互いがお互いとも、選んだその恋に失敗してしまった。
だから思ってしまうのだ。
どうせなら、くっついてしまえ、と。
そこまで考えて、ディアッカはそれ以上はやめることにする。
自分がとやかく言うことではない。
第一ラクスは「議長」で、アスランは「軍人」。
私的な繋がりなどない方がいいのかもしれない。
「アスラン」
名前を呼ぶと同時に、ディアッカはアスランにディスクを手渡した。
受け取ったアスランが自分の小型端末にそれを差し込む。
起動したウィンドウが、立体映像を映し出した。
光の線によって表され回転するのは、鈍重なものを感じさせる戦艦のフォルム。
「女神」の名を持つ戦艦「ミネルバ」だ。
そしてこれからアスランが「特令」によって乗り込む場所でもある。
「艦長の名前はタリア・グラディス」
「女性か・・・」
「ああ。あのデュランダル議員とデキてるってウ・ワ・サ」
「・・・よせよ」
こんなところでする話じゃない。
眼光でそうたしなめれば、ディアッカはつまらない奴だと言いたげに肩をすくめたものの、すぐに説明を再開する。
「それから例の新型MS・・・名前は、ええと」
「インパルス」
「そう、それ!パイロットはシン・アスカ。一応『赤』だけど、アカデミーを出てからまだ一年足らずだな」
アスランがパイロットの欄を表示させると、データとともに黒髪の少年の顔写真が出てきた。
確かに幼い顔つきをしており、大きめの赤い瞳がそれを強調している。
年齢を見れば17歳となっていた。
「他のパイロットのデータは・・・ないな」
「ああ・・・」
アスランの言葉に、ディアッカは苦い表情を作る。
シン・アスカ少年のデータこそ詳細なものが記載されているが、
他のパイロット欄はUNNOWNという文字のみで写真欄も黒く塗りつぶされている。
「さすがに『あの人』も大取りの機体に乗せるエースの名前を伏せたままってのはまずいと思ったんじゃない?
その他にもセカンドシリーズとグフを数機積むんだろうけど、これが完璧機密扱いでさー」
「まだ決まっていないだけなのか、それとも・・・」
考え込むように視線を落としたアスランだったが。
「・・・アスラン」
「あ、・・・はい、議長」
名前を呼ぶ他ならぬラクスの声にその意識を振り向けた。
議長に就任した当初こそ華やかな美しさに輝かんばかりだった彼女の顔も、
うまくいかない政治の舵取りに苦悩という影をにじませることが常になっている。
彼女は眉間に刻まれたしわを隠すようにうつむいて話す。
「戦艦ミネルバのオブザーバーとなっているギルバート・デュランダル議員は油断ならない方です。
今回の軍増強の計画も・・・彼が無理やり推し進めたようなものですから」
「・・・はい。伺っております」
口ではそう応えたものの、
ギルバート・デュランダルへの嫌悪感を隠そうともしないラクスにアスランは違和感に似たものを覚えていた。
三年前の大戦の被害を最小限に食い止めたとして、プラントに英雄として向かい入れられたラクス・クライン。
彼女は停戦協定が結ばれても冷めやらないザフト・連合間の小競り合いに対し、「最低限の戦力」を提唱した。
それがクライン派の旗艦エターナルと、選りすぐりのパイロットによって結成された組織ガーディアン・フォースだ。
主に両軍の仲裁と、テロへの対抗のための力だった。
当然アスランとディアッカ、そして最強のパイロット、キラ・ヤマトもそれに加わっていた。
その当時は平和をもたらす力だと周囲に英雄扱いされたガーディアン・フォースだったが、
それもたった一年で崩壊することになる。
他ならぬ協力国だったオーブがその存在に異議を唱えだしたのだ。
さらにガーディアン・フォース内部でも対立が起こり始め、あとはあっという間だった。
やはりメンバーの一人だったイザーク・ジュールが姿を消したのもこの頃だったとアスランは記憶している。
ともあれガーディアン・フォースは解散し、キラ・ヤマトもラクスではなく姉を選び、プラントを去って行った。
ラクスがデュランダルと親交を持つようになったのはその混乱の中だった。
L4宙域に建設された新設プラント、アーモリー・ワンは、もともとラクスがその戦力を増強するために計画したもの。
しかし当時任命されていた計画の推進者が例の混乱の中で辞退し、代わりに選ばれたのがデュランダルだった。
彼はラクスの思惑通りに事を運んだ。
最新のシステムをそろえ、優秀な人材・・・オーブからの移民も含まれていた・・・を使って、最新鋭MSの開発に着手。
連合へのポーズのために生産数を減す一方で能力の向上に努め、それを一年足らずの短い期間で成功させた。
傍目には、ラクスとデュランダルが二人三脚を歩んでいるように見えたのだ。
・・・それが、ほんの半年前までのこと。
「デュランダル議員はあのプラントを私物化しています」
ラクスの水色の瞳がデスクの端をにらみつける。
アーモリー・ワンにおいて、いつの間にか最高評議会議長である彼女の意見は無視されるようになり、
政治の場面においてもラクス・クラインの立場は危うくなり始めていた。
・・・ラクスは焦っているのだ。
「ミネルバの推進式も本当は・・・これ以上連合やオーブを刺激することは避けたいのですが・・・」
「分かっています。議会で決定した以上、進水式は行わなくては」
数日前にラクスが指導しているはずの議会で、ミネルバの正式な稼動が決められてしまっていた。
ラクスが言うには、やはりデュランダルがうまく立ち回り、そうなってしまったとのこと。
こちら側が得たものといえば、インパルスと同時期に開発されていたセイバーのパイロット任命権だけだ。
訴えかけるように、ある意味追い詰められた表情のラクスに、アスランは気遣うように微笑む。
「任せてください、ラクス。もしもの時は・・・俺があの艦のストッパーになりますから」
ブログ掲載 2006/5/4
2006/12/27