ハジマリ 03
アスランに与えられたのは、指揮官クラスにあてがわれる広い個室だった。
案内してくれたオペレーターの少女に礼を言い、持ってきたトランクを下ろす。
「ふう・・・」
思わずため息が漏れる。
結局あの後は報告どころではなかった。
何もしないで考え込んでいるうちに、セイバー搬入完了と部屋が決まったことを知らされたのだ。
なんとか気持ちを切りかえなければ。
髪を掻き混ぜながら部屋を見渡す。
閑散とした空気、見慣れた室内の配置、見慣れた壁の色と質調・・・。
ベッドは一つしかなかったが、思い出したのはクルーゼ隊時代に乗っていたヴェサリウスだった。
多少違う部分もあるが、やはり軍人の利用する部屋の造りが劇的な変化をすることはないらしい。
否応なく思い出すのは、今はいない仲間たち。
ミゲル、ラスティ、ニコル・・・そして、イザーク。
クルーゼ隊時代の仲間の中で今尚ザフトに残っているのは、アスラン以外ではディアッカだけだ。
ミゲルも、ラスティも、ニコルも・・・皆あの激しい戦いの中、短い命を散らせていった。
三人とも、死体すら残らない死に方だった。
そして。
クルーゼ隊の紅一点だったイザーク・ジュールは、戦後その行方を忽然と消してしまっていた。
女性でありながらヤキン・ドゥーエ戦をたくましく生き残り、これからという時だった。
ザラ派の残党とそれを押さえ込もうとした穏健派の攻防に巻き込まれたといわれているが、
はっきりしたことは定かではない。
「イザーク・・・」
ああ、また無意識に名前を口にしてしまった。
もう随分思い出すことを忘れていた仲間たちの姿、声、笑顔・・・そして死。
さっき彼女の幻を見たせいだ。
アスランにとってそれらは過去だった。
常に前を、未来を見ることに努めてきたアスランにとって、それらはずっと記憶の隅に追いやられていた。
追いやらなくてはならなかった。
そうしなくてはならない。
自分に言い聞かせ続けて、いた。
「ルナマリア・ホークであります」
挨拶に来た三人のパイロットのうち、最初に名乗ったのは赤い髪をショートにした快活そうな娘だった。
エリートの証たる赤服にピンクのプリーツという組み合わせにはいささかぎょっとしたが、
なるほど、見せようとするだけあって白くて眩しい太ももだ。
化粧気のない整った顔立ちにも健康的な魅力が宿っている。
「・・・シン・アスカです」
ルナマリアとは逆に不貞腐れた声音で名乗ったのは、データの中で唯一名前と顔が判明していた黒髪の少年。
顔立ちは美形・・・の部類に入るのだとは思うのだが、童顔のせいかハンサムというよりは可愛いらしい感じがする。
ただ、赤い瞳からは少年らしからぬ暗い光が見え隠れしていた。
「レイ・ザ・バレルであります」
声変わりを果たした声ではきはきと名乗った青年は、三人の中で一番年長だろう。
背中まで伸ばした金髪に碧眼。
軍服よりはタキシードの方が似合いそうな貴公子風の美形だ。
それにしても、どこかであったような・・・気のせいだろうか。
「アスラン・ザラだ。これからよろしく。・・・他のパイロットたちは?」
「あとはまだ今日一日休暇中か、定期任務です。とりあえず私たちだけでもご挨拶しておこうと思って」
「・・・そうか」
笑顔で答えてくれたルナマリアに愛想笑いを返しながら、アスランは少しほっとしていた。
少なくともこのルナマリアという少女は自分に対して好意的のようだ。
すると彼女は何か言いたそうにブルーパープルの瞳でこちらを覗き込んでくる。
アスランでいいよ、というと、大輪の花が咲いたような綺麗な笑みを浮かべた。
反対にシンが眉間のしわをより深くしたのが気になったが・・・。
「さっきも話してたんですけど、やっぱりアスランさんが私たちの隊長になられるんですか?
フェイスなのに一隊員っていうのはおかしいですよね」
「・・・」
絶句する。
そこまでは考えていなかった。
アスランが所属している特務隊は、いわば議長直属。
一隊長よりも発言力が強く、このミネルバでも艦長のタリアより立場が上ということになる。
義勇軍であるザフトには基本的に階級が存在しないことになっているが、MS隊は連係プレーが必要となる集団だ。
確かに早めに話し合った方がいいのかもしれない。
「・・・レイ、だったか。君が隊長なのか?」
三人の中で一番年配だろうレイに話しかける。
慢性的な人員不足であるザフトにとって、年配者が必然的に隊のリーダーになるのは珍しいことではない。
レイはザフト・レッドだし、何よりしっかりしてそうだったので当たりをつけてみた。
しかしそれははずれたらしく、レイは首を横に振る。
「いいえ。別の方です。現在は部屋の移動を」
「移動・・・?なんでまた」
するとそれまで黙っていたシンが、瞳を吊り上げた。
「だってあんた・・・じゃなかった、ザラ特務隊員殿がいきなりこの艦にいらしたから、
わざわざ隊長室を交代したんでありますよー」
わざとらしい敬語に少しむっとするものの、内容の方が気になった。
「・・・別に俺は、同室でもかまわなかったんだが」
「はあっ!?そんなことできるわけないだろ。このスケベ!!」
「ス・・・っ、スケ・・・」
「シン!失礼でしょ。何てこと言うの!?」
「だってホントのことじゃんか!」
訳が分からず閉口するアスラン。
ぶーたれるシンとそれを叱るルナマリアを横目に、レイにすがるような視線を送る。
が、あっさり無視されてしまった。
するとシンを小突きながらも、ルナマリアが説明してくれる。
「艦長から伺ってなかったんですか?私たちの隊長、女性なんです」
「・・・女性」
「はい。他に空いている部屋がなかったから、私と同室」
「・・・あ、あー。なるほど」
額に手を当て、天井を仰ぐ。
アスランにそのつもりがなくとも、彼らの上司だというその女性の部屋を横取りして追い出したようなものだ。
シンの突っかかるような口のきき方は、もしかしなくてもそれが原因だろう。
それにどうやら・・・レイの方も自分にいい感情を抱いていないらしい。
第一印象を、早速地に落としてしまったアスランだった。
ミネルバの面々の反応を話すと、端末の向こう側のディアッカはそれ見たことかと呆れてくれた。
大げさに肩をすくめる様子が目に浮かぶようだ。
彼曰く、アスランは人当たりが良い反面、思い込みが激しく、相手との溝を気付かないうちに広げるのだという。
一人だけ愛想が良かった女の子も、案外あっという間に不仲になるかもよ、と言われてしまい、
そんなことはないと口を尖らせ反論した。
「じゃあ、一応ラクスにも報告しておいてくれ」
「分かった。・・・ああ、アスラン」
「何だ?」
アスランの通信を切ろうとしていた指が止まる。
「デュランダル議員だけど、ついさっきアーモリー・ワンに到着したって連絡が」
「そうなのか。・・・早いな」
進水式は明後日だ。
オブザーバーであるデュランダルが参加することは不思議ではないが、当日に到着しても充分間に合うというのに。
「まあ、フェイスのお前にちょっかい出したりしないと思うけど。一応気を付けろよ」
「分かってるよ。ありがとう」
「じゃあこれで・・・」
「あ、・・・ディ、ディアッカ!」
「え、何?」
今度はアスランの方が呼び止める形になり、ディアッカの声が怪訝を帯びる。
「いや・・・その・・・」
ふとアスランの脳裏を過ったのは、先ほど見た黒服の女性だった。
あれはイザークだったかもしれない・・・。
二年前に行方を眩ませた彼女を最も心配し、気に病んでいたのはディアッカだ。
彼に話すべきか・・・?
端末を睨みながらしばし考え込んだアスランだったが、結局なんでもない、と言って通信を切ってしまった。
あの女性がイザーク・ジュールだったという確信があるわけではない。
・・・いいや、あれは間違いなく幻影だったのだ。
懸命に自分に言い聞かす。
長いこと仲間だったはずの自分たちに連絡ひとつよこさないイザーク。
仮に生きていたとして、この艦に乗っているわけがないではないか。
そう。
彼女であるはずが・・・。
「ザラ殿」
空気を凛と振るわせた、声。
息が止まった。
大げさなほど、ゆっくりと振り返る。
自分以外、誰もいなかったはずのミネルバの甲板の上。
・・・気配など感じなかった。
疑いようもなく、先ほど自分が見かけた黒い軍服の女性兵。
背が高く、背筋をぴんと伸ばしている。
銀髪は伸ばして後ろで束ねているのだが、それが嫌に不自然に感じた。
だって、「彼女」はいつだって肩口で綺麗に切りそろえていた。
肌・・・記憶にある通りの白さだが、もっと健康的でこんなに青ざめていなかった。
違う。
違う、はず。
でも、口の方が先にその名前を口にしていた。
「イザーク・・・」
ブログ掲載 2006/5/8
2006/12/27