タタカイ 04
その知らせは、イザークを驚愕させた。
「エザリア・ジュールが、軟禁場所から脱走した」
そんなことがあるはずなかった。
パトリック・ザラの片腕的存在だった母は、自分の立場を理解していた。
もしまた自分が政界に戻れば、ラクス・クラインを筆頭にまとまりかけていた議会が二つに割れる恐れがある。
そうでなくてもザラ派の残党が彼女という存在を放っておくはずがない。
だからこそ、彼女は軟禁を受け入れていたのだ。
エザリアは娘であるイザークに、はっきりとそう告げた。
未来はあなたたちのものなのよ、と。
しかし、彼女は消えた。
軟禁場所である屋敷の見張りは全員殺されており、彼女一人での行動とは到底思えない。
目撃情報から、ザラ派の残党が彼女を「救出」した、と考えられた。
そして。
エザリアが脱出する手引きをしたとして、イザークは保安部に拘束されてしまったのだ。
当時エザリアの軟禁場所を知っていたのは、イザークを含めごく僅かだった。
ジュール母娘の仲の良さはよく知られていた。
だから上層部は、母親同様パトリック・ザラを崇拝しているイザークが、
ザラ派の残党に母を奪還させ、政権転覆を狙っている・・・そう考えたのだ。
いいや、イザークには何の関係もないことを知っていたのかもしれない。
ただ・・・そういうシナリオを作っただけで。
当然イザークは否認した。
疑いはすぐに晴れるだろうと思っていた。
そして母もすぐに元気に帰ってくるだろうと・・・。
その自信が揺らいだのは、アスランとディアッカが面会に来た時だった。
―――イザーク、本当のことを言ってくれ。
違う、違う・・・!
私は何もしていない。
―――仲間の居場所を教えれば君の罪は軽く・・・
アスラン、ディアッカ・・・どうして私をそんな目で見る?
私を信じてくれないのか。
―――エザリア様をテロリストにする気か?
どうして?
私たちは仲間じゃなかったのか。
・・・どうして。
「・・・、・・・ジュール隊長」
「あ・・・?」
柔らかな声に誘われるように、瞳を開いた。
見知った赤い髪の少女が心配そうに自分を覗き込んでいる。
「ル、ルナマリア・・・?」
なぞるように名前を呼べば、彼女は律儀にはい、と応えてくれた。
イザークの肌に現実感という空気が触れる。
「隊長、あの・・・大丈夫ですか?うなされてたみたいですけど、気分は?」
「だい・・・じょ、ぶ・・・」
無理に声を出そうとして、イザークは激しくむせこんだ。
口の中が酷く乾いていて、うまく声が出ない。
するとルナマリアが冷蔵庫からペットボトルを取り出し、唇まで持ってきてくれた。
ありがたくそれを飲みながら、これまでの記憶を懸命に呼び起こす。
そうだ・・・自分は強奪された三機を追っていたのだ。
アスランとともに出撃した。
・・・アスラン。
ぞくり、と背中に嫌なものが這う。
あの時の夢を見たのは、アスランと再会したからだろうか。
「あの・・・三機は?」
「結局見失いました。母艦もデブリに入り込んで・・・」
「そう、か」
イザークとアスランが出撃しても、三機を奪還することはかなわなかった。
有線式のガンバレルを操るMAも数の不利を悟ってあっという間に逃げ出した。
母艦を何とか捕捉することはできたものの、それ以上は不可能で、結局シンとレイを伴って帰艦したのだ。
そうして今、ミネルバはL4より少し離れた宙域にある。
「もう交代か?」
「あ、いいえ。実はその・・・大変なことに」
「何だ?これ以上何が起こったって驚かんぞ」
「はあ・・・その」
「ん?」
「この艦に、オーブの代表が乗ってるんです」
「・・・は?」
「しかも、伝説のフリーダムのパイロットと一緒に」
「・・・」
嵐はまだ、終わりそうもなかった。
アスランは頭を抱えたくなった。
賓客室のソファにデュランダルと向かい合うようにして座っている少女
・・・オーブの代表首長、カガリ・ユラ・アスハ。
そしてその後ろに控える青年
・・・伝説のパイロットであり、現在はカガリの護衛を勤めるキラ・ヤマト。
この二人はかつてアスランやラクスと共に戦場を駆け抜けたことはあっても、
今はザフトに縁もゆかりもない。
それがこの最新鋭艦ミネルバに乗って賓客扱いを受けている。
許容できない状況だった。
アーモリー・ワンの混乱の最中、会談中のデュランダルを追いかけてミネルバに乗ってしまったという。
まさか戦闘に出るとは思わなかったという言い分はまだ分かるとして。
目を合わせようとしないカガリとキラではなく、アスランはデュランダルときっとにらみつけた。
「どういうことか、説明していただきましょうか?」
「うん?」
聞きたいことは分かっているだろうに、デュランダルはアスランの言葉の先を促す。
そんな二人を見るタリアは、こっそりとため息をついた。
「どうして議長であるラクスを飛び抜けて、一議員のあなたがオーブの姫と会談をしていたんです?」
「そんなにマズいことなんですか?」
ドアの前で聞き耳を立てていたシンが、イザークに小声で尋ねる。
広い賓客室は二つに区切られており、隣からは会話が筒抜けだ。
大体の話の内容を掴んだルナマリアも、シン同様首をかしげている。
立場の違いあれ、政治家同士がいつ会談しておかしいことがあるだろうかと思っているのだろう。
しかしイザークは瞳を眇める。
「ものすごくマズい」
「どうして?」
「オーブは中立とはいえ軍備が発達している国家だ。現議長は口先だけでは「軍備は最小限に」だからな。
しかも最近はデュランダル議員との関係も上手くいっていない。これが知れれば、議員を失脚させる口実をいくらでも作れる」
「・・・なるほど」
「でもそれならクライン議長に優位じゃないですか。アスランさんが怒る理由なんて・・・」
「いま自分で言っただろ。あいつが怒ってるのは、タテマエの問題」
壁の向こうでは、憤るアスランをなだめるデュランダルや、逆にアスランを完全に無視してオーブの難民を返せというカガリ。
馬鹿馬鹿しくなり、イザークは踵を返した。
「た、隊長。中に入らないんですか?」
「・・・もう隊長じゃない。艦長が同席されているのだから充分だろう」
「はあ」
「俺たちも行こうよ。くだらない」
オーブによい感情を抱いていないシンも、険しい顔をしてドアに向かう。
ルナマリアも渋々ながらそれに従った。
部屋を出ると、それだけで空気が違うような気がする。
開放されたような気分に少しだけ落ち着きを取り戻した。
そう。
もう政治家のくだらない思惑に振り回されるのはこりごりだ。
イザークはその愚かさも、むなしさも身にしみてよく分かっている。
そして、それは二人のルーキーも同じだったらしい。
ルナマリアは軽く伸びをし、シンもいくらか表情を和らげていた。
「うーん。お腹すいたから食堂にでも行こうかな」
「さっきアイスクリーム食べたばっかりだろ。太るぞ」
「ほっといてよ!」
「・・・なあ、二人とも」
「はい?」
「レイの姿がさっきから見えないん、だが・・・」
「ああ、そういえばそうですね」
イザークとルナマリアの視線が、そろってシンに向かう。
シンとレイは同室だし、仲も良い。
しかし彼は首を横に振った。
「二時間くらい前、かな?誰かに呼び出されたみたいで・・・。
俺てっきり艦長か隊長・・・じゃなかった、イザークさんのどっちかだと思ってたんですけど」
「・・・そうか。二時間前ならもう部屋に戻ってるかもしれないな」
「ドアキー貸しましょうか?」
「いや、いいから。お前らは二人で食事でもしてこい」
ぽんぽんと軽く二人の背中を押してやる。
上手くやれ、とシンにこっそりウィンクをしながら。
ブログ掲載 2006/6/10
2006/12/27