カコ 02




 ギルバートは何度目になるか分からない呼び出しブザーを押した後、顔をしかめて腕組みする。
 留守のはずはない。
 先程帰らせたカナーバの私兵が、この門をくぐったのを確かに見たと言っている。
 他の彼女が行きそうな場所に心当たりはないし、あの兵士たちだって嘘をつく必要性もないはずだ。
 おそらく、しつこくブザーを鳴らす自分をマスコミ関係だと思って警戒しているのだろう・・・。
 ギルバートはそう結論付けた。

 エザリアがザラ派の残党と思われる組織に誘拐され、数日後に死体で発見された事件の真相を知る者は少ない。
 マスコミはジュール母娘がザラ派の熱烈なシンパであるとし、
 この事件も彼女たちが新政権を混乱させるために仕組んだものだと書き立てた。
 さらにエザリアの死は仲間割れの結果であり、自業自得で同情の余地は全くない、と。

 あれだけ悪意ある記事を書き立てられ、貶められれば警戒して当然だ。
 アイリーン・カナーバは未だ真実を公表しておらず、大衆がジュール母娘に抱く誤解は解けないままだ。
 
 少し考え、ギルバートは無断で中に入ることにした。
 自分の身分とここに来た目的を明かせば、イザーク嬢は受け入れてくれるはずだ。
 門をくぐり、持っていた合鍵で玄関のドアを開ける。
 ジュール邸の中は綺麗に掃除され、小さっぱりしていた。
 それにギルバートは違和感を感じる。
 数日前にこの家に監査が入った時は、公安部の兵士たちが荒らし回って酷い状態だったというのに。
 ギルバートも同席していたが、眉をひそめるほどのやりようだった。
 それを・・・イザーク嬢がたった一人で片付けたということだろうか。
 前もって聞いていた彼女の性格には一致しないような気がするが・・・。
 「失礼、イザーク嬢!!いらっしゃいますか!?」
 玄関で呼びかけてみるが、応答はない。
 仕方なくギルバートはさらに奥へと歩みを進めた。
 
 確かイザークの部屋は二階だった。
 階段をゆっくりと上りながら神経を集中させたが、人の気配は感じられない。
 いらいらはさらに募った。
 「イザーク嬢!?評議会の者です。どこにいらっしゃるのですか!?」
 やや歩みの速度を速めながら、イザークの部屋へ向かう。
 ドアの鍵はかかっていなかった。
 「イザーク・ジュール?」
 ノックもなしにドアを開く。
 女性に対して失礼な行為だが、今のギルバートには関係なかった。
 イザークの部屋。
 ここも酷くあらされたはずなのに、きちんと整えられていた。
 しかし。
 やはりイザーク・ジュールの姿はない。
 泳いでいたギルバートの視線が、ベッドの上で止まった。
 ベッドの上に、畳んだ軍服と数枚の写真が置いてある。
 中に入り、その写真を手に取った。
 彼女を中心にして、笑顔の少年たちが写っている。
 見知った顔・・・アスラン・ザラと、ディアッカ・エルスマンもいた。
 アカデミーの頃の様子を写したものか。
 普通なら微笑ましいと感じるそれ。
 しかしそれがギルバートの胸にもたらしたのは、口では言い表せない嫌なものだった。

 「・・・イザーク?」
 はっとしたギルバートの耳に届いたのは、微かな水音。
 シャワー?

 バスルームはどこだ!!?

 ギルバートはイザークの部屋を出て、二階の廊下の奥へと駆け込む。
 昼とはいえライトも点けられていないバスルームに辿り着き。
 迷わず、扉を開けた。



 「そこで、自殺を?」
 まあね、とギルバートは相槌を打った。
 顔を少し歪め、口元まで持ってきていたコーヒーカップを離す。
 そのバスルームで見た生々しい光景を思い出したのだろう。
 赤く染まったタイルと、むせるような血の匂い。
 そこに倒れていた、あまりに哀れな少女。
 名誉も、地位も、母の命すら奪われたイザークは、自分の手首を切った。
 傷はかなり深く、手当てがあと少し遅れていたら命を落としていたそうだ。

 「かわいそうに・・・友人だと思っていた人たちにまで裏切られて・・・」
 「裏切られた?」
 「そうだよ。彼女は強い人だ。もし彼らがちゃんと支えていてくれら、彼女は自殺などするはずがないからね」
 「・・・」
 レイは中庭を見る。
 そこにはベンチに腰掛けて虚空を見上げるイザーク。
 傍らにはギルバートの数年来の友人であるタリア・グラディスがいる。
 彼女は何やら話しかけているようだが、イザークは無反応だ。
 「それにしても、イザーク嬢を放ってどこに行っていたんです?」
 「放ってなどおくものか。タリアのところに決まっているだろう。
 服を借りようと思って・・・うら若い女性を裸のままにしておけというのかね?」
 「・・・」
 胸を張って言い切ったギルバートをレイは冷ややかな目で見つめる。
 それならタリアの方をこの家に呼べば早かったではないか。
 自分だって彼女とあんな気まずい出会いをせずに済んだ。
 そうでなくとも自殺を図った人間を、たった一人きりにしておくとはどういうことだ。
 やはりこの人はどこか抜けているところがある。

 かといって、それをご丁寧に指摘してやるのも面倒だ。
 レイは気になっていたことの方へと話を振ることにした。
 「俺、彼女と会ったことがあるような気がするんです」
 「うん?」
 どういうことだと無言で先を促したギルバートに、レイはピアノを褒めてくれた少女のことを話した。
 それがラウのお見合いの日だったと言えば、ギルバートは思い当たったらしく一気に口を開く。
 「ああ。そういえばジュール家との間でそんな話しがあったとラウが言っていたな。
 ・・・随分前の話だろう。よく覚えていたね」
 「それじゃあ、やっぱり俺が会ったのは・・・」
 「彼女だろう。ジュール家の令嬢・・・しかも銀髪ならばエザリア女史のイザーク姫だけだからね」
 「そう、だったんですか」
 と、こんな形とはいえ初恋の少女と再会できたことに一瞬感慨深くなったレイだが・・・。
 「ちょ、ちょっと待ってください、ギル」
 「なんだい?」
 「ジュール家の令嬢はイザーク嬢だけ?きょ、兄弟姉妹とかは?」
 「いないよ。だから、そんな人がいたなら彼女は自殺なんて・・・」
 「あの、それじゃ・・・婚姻統制でラウと婚約したのは」
 「イザークだよ」
 それがどうしたんだい、とギルバートは口にしてから年月を逆算してみる。

 「・・・あの時は8歳か9歳くらい、だったのかな?」



 「ラウの婚約者だったんですか?」
 ベンチの隣に座るなり切り出したレイに、イザークは肩を揺らした。
 タリアが懸命に語りかけるのにも耳を傾けなかったのに、
 ラウの事を持ち出して反応があったからにはとりあえず試みは成功らしい。
 「隊長を・・・知っているのか?」
 「俺の唯一の肉親です」
 「・・・そうか。確かに似てる」
 一瞬イザークのアイスブルーがレイを映し、そして逸らされる。
 今更ながら、彼女は上官だったラウ・ル・クルーゼがこの世にはいないことを思い知ったかのようだった。
 「婚約者じゃ、ない」
 「・・・でも」
 「母が歳が離れすぎているからと・・・。隊長も私には興味がなかったようだったし」
 「そうですか」
 「どうして知っている?隊長に聞いたのか?」
 「・・・いえ、その」
 レイは幼い日の邂逅を話すべきか迷った。
 彼女はもう忘れているかもしれない。
 しかしここで誤魔化してはイザークとの会話が途切れてしまう気がして、結局話すことにした。

 「あなたは覚えていないかもしれないですけど。俺たち、昔会ってるんですよ。ラウの家で」
 「・・・」
 「ピアノのあった部屋で。あなたが俺のピアノを褒めてくれて・・・嬉しかった」
 イザークの瞳が何度が瞬く。
 レイの顔を真剣に見つめていた。
 「でもいつの間にかあなたはいなくなって・・・」

 「お前・・・もしかして、レイ?」

 「え・・・?あ」
 レイはぎょっとする。
 今までの警戒するようなイザークの声音が一変していた。
 今更だが、レイは彼女に自己紹介をしていなかったことを思い出す。
 それでも自分の名前を呼んでくれたということは・・・。
 イザークの表情は劇的に明るくなり、薔薇色の唇からくすくすと笑い声を漏らしていた。
 「あの小さくてかわいかったレイ?
 髪がふわふわで、青くて大きな目をしていて、ビスクドールみたいだったあの子がお前?」
 「え、そ・・・それは・・・」
 「女の子じゃなかったんだ・・・。そうだ、確かにお前だ」
 「あの・・・」
 「よく見れば今も人形みたいに綺麗だな。どうして気付かなかったんだろう」
 「・・・」
 人形みたいに綺麗なのはイザークだ。
 そう言おうとしたレイだったが、
 ここにきて初めてイザークが笑顔を浮かべていることに気付いて言葉を飲み込んだ。

 ―――・・・じょうず?レイのきょく、じょうず?
 ―――うん。

 子供の時のあの笑顔と、どこも変わっていない。
 たまらなく、美しかった。






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ブログ掲載 2006/7/15
2006/12/27