カコ 03




 今日も雑誌に載っていた話題の店で、やはり雑誌で紹介されていたケーキを三つ買う。
 それを助手席に置き、エレカのアクセルを踏んだ。
 あまり乱暴な運転をするとケーキがめちゃくちゃになってしまうのだが、それでもはやる気持ちを抑えられない。
 寮の門限までにまたアカデミーに戻らねばならないのだから。
 いくら同じプラントとはいえ、帰りの時間を逆算すれば、そうゆっくりしてもいられないのだ。
 授業が終わると同時にこうやって手土産を買い、デュランダル邸に足を運ぶのはレイの日課になっていた。
 もちろん、イザーク嬢に会うために。

 レイとのあの会話を境に、イザークの雰囲気はかなり柔らかくなっていた。
 あのとげとげしい態度は自分自身に対する苛立ちでもあったようだ。
 タリアにも、どうして自殺などしてしまったのだろう、という感じのことを漏らしていたらしい。
 再び自らの命を絶つ心配はないようだと、タリアは安心して帰っていった。

 あれから、一週間。


 合鍵で中に入ると、邸には人の気配がなかった。
 ギルバートがここを留守にするのはいつものことだ。
 レイは真っ直ぐ中庭に向かう。
 思った通り、銀髪のイザーク姫は一人で中庭に置かれた椅子に座っていた。
 ひざに本を置いたまま、背もたれに体を預けて目を閉じている。
 読書の途中で眠ってしまったらしい。
 レイはリビングのソファに投げ出されたままのカーディガンを手に取ると、イザークの方へと歩み寄った。
 「イザーク?こんなところで寝たら風邪をひきますよ」
 「ん・・・?」
 細い肩に軽く手を置き声をかければ、熟睡はしていなかったらしいイザークはすぐに目を開く。
 「レイ、か。・・・もうそんな時間か」
 「ええ、まあ・・・って、人を時計替わりにしないでくださいよ」
 「仕方ないだろ。ここではすることがなくて寝ているだけなんだから」
 ずっとこの広い家ですることもなく過ごしているイザークは、時間感覚が曖昧になっているようだ。
 レイがこの家を訪れるのは、彼女にとってはお茶の時間と決まっていた。


 「今日は何を買ってきたんだ?」
 「『ネイオミ』のラズベリーパイです」
 「・・・また洒落た店に行ってきたな。高かっただろう」
 差し出された紅茶の香りを楽しみながら、イザークが薄く笑う。
 ブランドとは呼べないまでも、それなりに格式があり質の良いものを扱う店の名前を彼女はよく知っていた。
 イザークが知らない店で、隠れた一品を見つけてやろうというのが最近のレイの秘かな目標なのだが、
 今日もそれは失敗してしまったようである。
 「アカデミーではどうだ?」
 「何とか上手くやっていますよ。とりあえずは問題ありません」
 「お前のことだ。色々やっかみをかっているんじゃないのか」
 「・・・はあ、あの」
 「この間の演習ではトップだったそうだな。たいしたものだ」
 「・・・」
 イザークはレイがアカデミーでトップクラスだということを知っているようだ。
 しかしレイはそんなことを彼女に話したことがない。
 ケーキフォークを皿の前で止めたまま眉をひそめれば、
 彼女はあっさりと「デュランダル議員に聞いた」とばらした。
 「・・・ギルのやつ」
 別に恥ずかしがるようなことではないが、何でそんなことをべらべらとイザークに話すのだ。
 大体極秘であるはずのアカデミーの成績が彼の知るところになること事態おかしい。
 どんな情報網を持っているのやら・・・。

 ・・・と、レイがギルバートへの悪態を心中で吐いていると、イザークはふっと息を吐く。
 そして真剣な表情でレイを見つめてきた。
 「レイは、軍人になりたいのか?」
 「え?」
 レイは言葉に詰まる。
 自分がアカデミーに通っている時点で、遠からず軍人になることは決定されている。
 今更、何を言っているのだろう。
 「お前はピアニストになるのだと思っていた」
 「・・・イザーク」
 「軍人など辞めてしまえ。政治家にとっては捨て駒だ」
 「イザーク?」
 レイは瞳を瞬く。
 イザークの白皙に、焦燥とも恐怖ともとれるものが浮かんでいた。
 「お前はピアノを弾いていればいいんだ。戦場に出る必要など・・・ッ」
 「イザーク、どうしたんですか?いつものあなたらしくない」
 「・・・」
 レイはあやすような口調でイザークに話しかける。
 この家にやってきて以来、彼女は軍や政治に関わることは一切口にしようとしなかった。
 新聞も読まず、ニュースも見ず、彼女自身を追い詰めたものを一週間ずっと遠ざけていた。
 なのにこんなことを言い出したからには、何かあったのだろう。
 そして原因があるとすれば、一つしかない。
 「ギルに、何か言われたんですか?」
 レイはイザークの前で跪くと、そっと彼女の髪をなでた。
 あのクソ親父、イザークの返答しだいではぶっ飛ばす!・・・とは思っていたが、もちろん顔には出さずに。
 一方のイザークは気まずそうに・・・いや、どこか怯えたように唇をかみ締める。
 何かを思い出しているのか肩は震えていた。
 戦場で怖い思いをしたこと?
 それとも、戦友の死・・・?
 レイはただ黙って見守る。
 しばらくして、彼女は諦めたように口を開いた。
 「頼まれたんだ」
 「頼まれた?何をですか?」
 「お前に・・・MSの操作を教えてやって欲しい、と。アカデミーの講義だけではきっと満足していないからと」
 「・・・」
 「あの子は、きっと優秀なMSパイロットになる・・・プラントの英雄になる・・・。手助けしてやって、欲しい」

 ギルバートがジュール邸を尋ねたのは、クライン派にはじき出されたイザークを手に入れるため。
 ザフトの交戦記録からイザークのMSパイロットの腕前を見込み、自分の陣地に引き込むつもりだった。
 イザークが自殺未遂をしていたことは予想外だったが、それが彼の目的に幸いしたともいえる。
 実際ほぼ彼女を手中に収めたようなものだから。
 
 「私は、怖い」
 「・・・イザーク」
 「怖いんだ」
 見返すアイスブルーの瞳は、涙で濡れていた。


 「お前が、二コルのように私の前で死ぬのも・・・。アスランたちのように、私を裏切るのも」



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ブログ掲載 2006/7/22
2006/12/27