カコ 04




 その日、レイは結局寮には戻らずデュランダル邸に泊まった。
 アカデミーの規則を破ったのは初めてだったが、不思議と気にならなかった。
 二人で軽い夕食をとり、話をした。
 彼女はぽつりぽつりと、あのヤキン・ドゥーエの戦いの後の事を話してくれた。


 パトリック・ザラ亡き後、穏健派だったアイリーン・カナーバが臨時議長に就任した。
 母エザリアは拘束され、イザークですら限られた時間でしか会えなかったという。
 そのままの状態で、政権はカナーバからラクス・クラインに移った。
 少しでも母の立場をよくするため、自分たち母娘が新政権に敵意がないことを証明するため、
 イザークは創設されたばかりの「ガーディアン・フォース」へと入隊した。
 ラクスの呼びかけによって対テロ用に組織されたガーディアン・フォースには、
 同じクルーゼ隊だったアスランやディアッカがいた。
 そして敵だったフリーダムのパイロット、キラ・ヤマトも・・・。
 デュエルと共に乗り込んだイザークだったが、その戦績は散々だったらしい。
 周囲からは足手まとい扱いされ、ラクスを強く信望する兵士からは心無い噂を流された。
 そんな時、エザリアが軟禁場所から誘拐されるという例の事件が起こったのだ。
 その後のことはレイも大体知っている。
 結局エザリアはザラ派残党の要求を拒んだために殺され、その死までもがマスコミに貶められた。
 イザークもガーディアン・フォースにいられなくなり、そして戻った自宅でナイフを手に取った。

 
 「あの時は、本当にどうかしていたんだ。
 あの戦争を生き延びて・・・私は何としても生き抜かなければならなかったのに」
 イザークは左手首の包帯をなぞる。
 自殺を図った時の傷はもうふさがっているはずだが、目立たなくなるにはまだ時間がかかるだろう。
 それを見ながらレイは今までの彼女の話に違和感を感じていた。
 「お前が二コルのように死ぬのは怖い」というのは理解できる。
 ニコルという名前の人物がイザークにとってどういう存在かまでは分からないが、
 その死を惜しむほどの間柄だったということだ。
 もしかしたら恋人だったのかもしれない。
 だが。
 「アスランたちに裏切られた」というのはどういうことだろう。
 ギルバートもそんなことを言っていたが、今の話を聞く限りでは「裏切り」に相応する出来事はなかった気がする。
 いいや、間違いなくイザークは故意にそれを割愛したのだ。
 たった一人の肉親であるエザリアを失い、マスコミに中傷されても、
 それだけでイザークが自殺を選ぶほど弱い人とも思えない。
 おそらくは彼女の心を決定的に砕く何かがかつての戦友との間にあったのだのだろう。
 しかしそれを今ここで訊き出そうとすれば、イザークはまた心を閉ざしてしまうかもしれない。
 
 「ギルには俺からよく言っておきます。あなたに戦場は似合わない」
 「・・・しかし」
 イザークの瞳が不安げに揺れる。
 判断しかねているのだろう。
 ギルバートが依頼したことは、結局は軍人気質の抜けない彼女には無意識に魅力を感じてしまうのだ。
 それにギルバートは命の恩人になってしまったうえ、こうして無償で養ってくれている。
 「大丈夫ですよ。ギルがここを出て行けといったら、俺があなたを引き取ります。
 覚えてますか?ラウの家はまだ残ってるんですよ。今は俺のものですし・・・」
 「そんなこと、できるわけがない。お前はまだアカデミーの候補生で・・・」
 「イザーク」
 レイは彼女の正面へと体をずらし、真っ直ぐに相手を見た。
 「あなたはもう戦わなくていいんです・・・。傷つかなくていい」
 「でも、お前は・・・」
 「ええ。俺は軍人になります」
 「・・・ッ」
 「もう決めたんです。ラウが死んだと聞かされたときに。・・・でも俺は死んだりしないし、あなたを裏切ったりもしない」
 「うそ、だ」
 「嘘じゃない」
 「嘘!」
 レイは思わず腕を伸ばす。
 イザークの痩身を抱きしめていた。
 「嘘じゃない・・・」
 「・・・」
 「あなたを裏切らない・・・俺は、あなたのことを・・・」
 レイの唇に、イザークの髪が触れる。
 甘いその香りに一瞬気が遠くなった。

 「いや!」

 強く突き飛ばされ、はっと我に返る。
 イザークは頭を抱え、うずくまってた。
 「イザーク・・・」
 「しゃべるな!もう何も聞きたくない!!」
 「イザ・・・」
 「あっちへ行け!行ってしまえ!!」
 イザークは耳を押さえ、いやいやと首を振る。
 当然ながら、レイはこんな状態の彼女を置いて立ち去ることなどできなかった。
 かといって、手を差し伸べることもできない。

 二人は冷たい床に座り込んだまま、しばらく動くことができなかった。





 こうして気まずい夜を過ごした二人が元凶であるギルバートに会ったのは、食べた気もしない朝食を終えた直後だった。
 玄関のドアが開く音を聞くなりイザークへの依頼を取り消せと叫ぶつもりだったレイだったが・・・。

 「おや、レイ?来ていたのか。アカデミーの授業はどうした?」
 ギルバートがもっともな疑問を口にしたが、レイはそれを綺麗に無視する。
 「ギル・・・そいつは何だ?」
 そいつ、とは。
 ギルバートの傍らに立っている、見知らぬ少年のことだ。
 ひょろっとしていて、歳はレイより少し下に見える。
 黒髪に白い肌、赤い瞳という珍しい組み合わせで、なかなか可愛い顔立ちだ。
 レイが眉根を寄せて視線を向ければ、負けじと睨み返してきた。
 顔に似合わず気は強いらしい。
 「ああ、この子はシン・アスカ君だ。少し事情があって、とりあえずここに連れてきたんだ」
 「事情って・・・」
 呆れるレイに対し、ギルバートはにこにこと呑気に笑っている。
 「イザークはどこだい?彼女にぜひ会わせたいんだが」
 これまた呑気に尋ねられ、とうとうレイは頭を抱えた。
 「あのな、ギル。今はそんなことよりも・・・」

 「おかえりなさい。デュランダル議員」

 レイの言葉を遮ったのは、イザークだった。
 「イザーク・・・」
 困惑顔で振り返ったレイに、イザークの首は僅かに横に振られる。
 とりあえず、何も言うなということだろうか。
 「おはよう、イザーク。今日も美しいね」
 「・・・ありがとうございます」
 お決まりの台詞に、イザークは眉一つ動かさない。
 そのままギルバートの後ろにいるシンへと視線を移した。
 そのシン少年はというと、イザークの美しさにぼうっとなっている。
 「イザーク、この子はシン・アスカ君だ。シン、イザーク嬢だよ」
 「よろしく、シン」
 イザークはシンへと歩み寄り、右手を差し出す。
 シンは真っ赤になりながら、その手を握り返した。
 「それから、あの子がレイだ。車の中でも話しただろう」
 シンの大きな赤い瞳がレイに向けられる。
 イザークと彼との握手を少々不快な気分で見守っていたレイも、何とか笑顔を作る。
 「はじめまして。レイ・ザ・バレルだ」
 「・・・」
 シンは困ったように視線を泳がせる。
 落ち着かないその様子に、レイとイザークは首をかしげた。
 レイのことが気に入らないとか、そういう問題ではないらしい。

 結局シンは無言のまま、ぺこりと頭を下げただけだった。



 シン・アスカは口が利けなかった。
 かといって、生まれつき声が出ない障害者だったとかそういうわけではない。
 精神的なストレスによるものだという。
 オーブ生まれのコーディネーターであるシンは、先の大戦で家族を失った。
 どんな風に亡くなったかは、ギルバートとの筆談による面接でも決して明かそうとしなかったらしい。
 ただ声が出なくなるくらいだから、よほど酷い死に方をしたのは確かだろう。
 オーブを出国しこのプラントにやってきた彼は、口が利けないにもかかわらず軍・・・つまりザフトに入ることを強く望んだという。
 いくらザフトが人手不足とはいえ、話すことが不自由な彼を軍が受け入れるわけもない。
 そんな時、ギルバートがシンを見つけてここに連れてくることになったらしい。
 
 と、ここまで話を聞いたレイは違和感を覚えた。
 確かにシン・アスカの身の上はかなり悲惨だと思う。
 だが、はっきり言わせてもらえば、ギルバート・デュランダルという男は同情だけで動いたりしない。
 ・・・そんな善人だったらレイもタリアも苦労するものか。
 理由までは分からないが、彼はシン・アスカに何らかの利用価値を見出したのだろう・・・イザークと同じように。


 「こんな子供まで軍人にするのですか?」
 咎めるようなイザークの言葉に、ギルバートはいつもの曖昧な笑みを浮かべた。
 話題に上っているシンはというと、大して汚れてもいなかったのに半強制的に入浴室だ。
 「それは彼が決めることだが・・・何なら君が説得してみるかい?」
 「は?」
 「私は難民施設で何度も面談して話したが、彼の軍に入るという決意は固い。
 だが・・・君が説得するのなら、あの子は諦めるかもしれないね」
 「・・・」
 何を考えている?・・・イザークは挑むようにギルバートをにらむ。
 しかし相手からは柔和な笑みが返ってくるだけだ。
 しばし沈黙が訪れ。
 やがて、レイの服を借りたシンがひょっこりと顔を出す。

 イザークの目の前に、メモとペンがわざわざ差し出された。
 


 
 目がくらむほどの、星屑の海。

 初めてこれを目にしたとき、レイが感じたのは不思議な高揚感だった。
 地球で生まれ育ったはずなのに、レイにとって宇宙は体の一部のような形容しがたい親近感をもたらす。
 訓練用のジンに乗ってこの空間に放り出されたときも、恐怖心など感じなかった。

 今もそうだ。
 自分は一人だ。
 星が音もなく瞬くだけの、この暗い空間に独りきり。
 でも、怖くない。
 「あなたがいるからだ・・・」
 
 この宇宙のどこかに。



 あの後、結局イザークは戦場に戻ることを選択した。
 シンとの対話で彼女にどんな心境の変化が起こったかまではレイには分からない。
 イザークは過去のことは一切何も話さなくなり、
 ただレイとシン・・・後にルナマリアが加わった・・・が優秀な軍人になれるよう見守り、指導した。
 
 今ここにレイがいるのはイザークの力だ。
 そして自分こそがイザークを守ることができるのだと信じている。
 彼女を悲しませた世界を、レイは決して許さない。
 ・・・そのために、必要な準備を今しているのだから。


 信号を送り続けたまま開き続けていた無線に、雑音が混じった。
 同時にウィンドウに自分以外のMSを示すサインがいくつも現れる。
 銃を向けられ、囲まれていても。
 レイは全く動じなかった。

 ただ。
 予定の時間通りミネルバに戻れるかどうかだけが気がかりだった。
 
 

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ブログ掲載 2006/7/28・30
2006/12/27