ソラ 01




 ミネルバの名前は全宇宙に轟いていた。

 戦線が開かれているわけでもないのに、これは異例のことだ。
 ミネルバの敵は、専らMSを強奪したテロリストの集団だった。
 アーモリー・ワンの事件以来、彼らは執拗にミネルバを襲撃してきた。
 デュランダル議員とオーブのアスハ代表を本来ならすぐにプラント本国に送り届けるはずだったはずが、
 迎えのシャトルを受け入れるまでに二週間もかかってしまったほどだ。
 強奪された例の三機は未だにしとめられないものの、追随部隊を次々に撃墜し、
 それはプラント本国に詳細に伝えられていた。
 この時点ですでに強奪部隊が連合と関わりのある可能性が濃厚だったものの、
 捕虜がすぐに自決してしまうため証言がなく、単に「テロリスト」とされていた。
 おそらくはラクスの意向もあったのだろう。
 ともあれミネルバの活躍がプラントから地球に伝わるようになっても、彼らからの反応は好意的だった。
 


 「インパルスは随分動きがいいな・・・。君がシンの指導をしたんだって?」

 エレベーターを出たところで待ち構えたように声をかけた人物に、イザークは憂鬱になる。
 アスランだった。
 ラクス側から派遣されたフェイスとしてミネルバに乗艦した彼だが、その孤立は顕著になってきていた。
 最近では着々と戦績を上げるシンとぶつかることが多いらしい。
 この間も挑発してきたシンについ手を上げてしまったらしく、取っ組み合いになるところだった。
 シンをたしなめていたルナマリアでさえアスランにも同様に腹を立てていたところをみると、
 彼らしくなく感情をコントロールできていなかったようだ。
 そのアスランは孤立の深まりと反比例するように、イザークに声をかけることが多くなっていた。
 レイやシンがいない時にしか話しかけないというのが何だか腹立たしい。
 なんでもないような話題を振って、イザークの本音を引き出そうとしているかのようだった。

 無視するわけにもいかず、イザークはエレベーターの扉から少しずれた所で体を固定した。
 「指導と呼べるほど大げさなものではありません。あの子の実力です」
 「シンが自慢してたよ。アカデミーの授業とは別に、君のトレーニングを受けてたって。・・・レイと一緒に」
 「アドバイスをしていただけです」
 「わざわざデュランダル議員の屋敷に呼び寄せて?」
 「・・・議員はあの二人には才能があると見抜いておいででしたから。私は手助けをしただけです」
 通路には人気がない。
 落ち着かない気分になり、イザークは形ばかりの敬礼をすると逃げるように去ろうとした。
 が、腕をアスランに強く掴まれ引き寄せられた。
 「・・・!!」
 「イザーク、どうして逃げるんだ?」
 「べ、別に・・・」
 「何かやましいことでもあるのか?デュランダル議員の屋敷で暮らしていたそうだな・・・。
 艦長同様、君もあの人の愛人に成り下がっていたのか?」
 かっと頬が紅潮する。
 自分はともかく、家庭のあるタリアに対してなんてことを言うのだ、この男は!
 「私もグラディス艦長も、議員とはそのような関係ではありません」
 「じゃあ相手は君にお熱のシンか?それともレイかな・・・?
 しばらく見ない間に君は美しくなったよ・・・とってもね。男には不自由しないだろう」
 「言いがかりは・・・ッ」
 「俺の相手はしてくれないのか?」
 「・・・ッ、アスラン!」
 たまらずイザークは声を荒げる。
 いくらフェイスの権限を持っているからとて、こんなことに使われてたまるものか。
 そもそもここまで中傷される覚えはイザークにはない。
 つかまれていた腕を乱暴に振り払おうとしたが、逆に反対側の手首まで掴まれてしまった。
 「・・・ッッ!」
 
 どくり、と。
 心臓が嫌な音を立てた。
 肌があわ立ち、息が詰まる。
 白いタイルを染め上げる、自分の血液。
 雑音に帰す水音。
 かみそり。
 ぐらぐらと視界が揺れた。

 アスランが掴んだのは、左の手首だった。
 腕時計で隠してはいるものの、アスランの広い手の圧力にじわじわと熱が広がる。
 まるで自分の罪を・・・あの愚かな行為を暴かれてしまいそうで。
 怖い。
 怖い・・・!
 助けて!!

 「イザーク・・・どうしたんだ、俺の顔に何かついているか?」
 「・・・」
 「震えてるね、俺が怖い?」
 「・・・」
 相変わらず左の手首を握る力は緩めてもらえず、イザークは硬直したままだ。
 そのまま腰を引き寄せられ、体が密着した。
 「どうして怖いの?俺たちは仲間だっただろう?」
 「な、かま・・・」
 そう。
 仲間だった。
 仲間だと思っていた。
 「どうすれば君はあの時の君に戻ってくれる・・・また俺の傍らで戦ってくれるんだ?
 議員がしたように、君を強引に攫って手に入れればいいのか?」
 「ちが・・・」
 舌が回らなかったため、ぎこちなく首を振る。
 デュランダルの駒となっていのは、イザーク自身の意思だ。
 屋敷に世話になっていた時も、彼はイザークの体に指一本触れなかった。
 「アスラ・・・」
 怖い。
 アスランの瞳には、あのキラ・ヤマトの瞳にあったのと同じ暗い炎が揺れていた。
 どこかを病んでいるような・・・。
 ああ、やはりアスランも幸せではないのだ。
 そしてイザークこそが幸せを得たと思い込み、妬んでいる。

 「君は美しいよ。美しすぎて、憎らしい・・・壊したい」

 俺の苦しみなど、知らないくせに。
 掠れた声でそう付け足して。

 アスランは、イザークの唇に食いついた。



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ブログ掲載 2006/8/5
2006/12/27