ソラ 02




 シンにとって、イザークは友人であり姉であり師だった。
 けれども。
 どこか掴みどころのない、遠い存在でもあった。
 
 ギルバート・デュランダルに連れられて彼女に初めて会った時、夢のようだと思った。
 まずはそのすらりとした立ち姿だけでも、充分魅力的だろう。
 その時はまだ彼女が軍の人間だということは知らされていなかったが、
 歩く時などの訓練された無駄のない動きは、いっそ優雅にすら見える。
 肌の色は抜けるように白く滑らかで、淡い光を含んでいるようだ。
 ゆったりとした服から覗く腕や脚はやや骨ばっていたが、それも彼女の色香を損なわせるものではなかった。
 さらさらとした銀の髪が艶めく様は、どこか現実離れしたものを感じさせる。
 そして整った顔立ちは、冷たげにも見える蒼眸と濡れた桜色の唇に彩られていた。

 シンは軍人になりたかった。
 力が欲しかったからだ。
 でもオーブの軍人は駄目だ。
 家族を殺したアスハに膝を折らなければいけないなんて、考えただけでおぞましい。
 連合ももちろん駄目。
 奴らが侵攻してこなければ、馬鹿なアスハに同盟を迫らなければ・・・。
 残るはザフトしかなかった。
 ザフトの軍人になる・・・それしかない。
 だがそれには障害があった。
 シンは家族の無残な死を目の当たりにした日以来、声を失ってしまっていたのだ。
 軍に入るどころか、日常生活すら困難な状況だった。
 それでもシンは力を手に入れることを諦められなかった。
 そんな時、デュランダルにつれられて彼の屋敷にやってきたのだった。

 そこにいた美しいイザーク。
 彼女は、シンが声を取り戻すまで軍人に必要な知識を与えてくれた。
 体術、銃の扱い、MSの知識にいたるまで・・・。
 口の利けないシンに教えるのは大変だっただろうに、彼女は懸命に指導してくれた。
 アカデミーに通っているレイもまた、講義が終わるとそれに付き合ってくれたこともあり、
 後に声を取り戻して編入しても、シンは全く遅れを感じなかったほどだ。
 それくらいイザークは優秀で、そして強かった。
 後から知ったことだが、彼女もシン同様理由有りらしい。
 家族がいる様子もなく、やはり戦争に殺されてしまったのだろうと思った。



 入り口に現れた人影に気付き、シンは意識を振り向けた。
 休憩室に入ってきたのは黒服の女性兵・・・。
 イザークだ。
 シン同様ルナマリアもすぐに彼女に気付き、軽い足取りで駆け寄る。
 にこにこと華やかだった彼女の顔だが、イザークを前にあっという間に曇った。
 「イザークさん・・・?どうしたんですか、それ!?」
 「ん?・・・ああ、分かるか?」
 「そんなに目立ちませんけど・・・近くでよく見なければ」
 どうしたのだろう、とシンは目を凝らす。
 イザークが口元に手を添えているのだが、何だかその仕草が不自然だ。
 するとこちらの視線を感じ取ったのか、イザークのアイスブルーとまともにぶつかった。
 仕方なく手を上げると、彼女はルナマリアと一緒にシンが座っているテーブルへとやってくる。
 その合間にも、ルナマリアが心配そうに問いかけていた。
 「切った・・・んですか?痛そう」
 そこでようやく添えられた手がのけられ、彼女の口元があらわになる。
 いつもは桜の花びらのような、イザークの瑞々しい唇。
 それが赤くぷっくりと腫れていた。
 シンもルナマリア同様眉をひそめる。
 完璧に美しいイザークだからこそ、なんでもないようなそれはとても痛々しかった。
 しかしイザークは肩をすくめ、苦笑する。
 「気付かないうちにどこかにぶつけたみたいで」
 「気付かないうちに?」
 「腫れてますよ」
 「ああ。さっき鏡を見てやっと・・・。鈍いな、私も」
 そう、なのだろうか。
 シンとルナマリアは困惑した様子で顔を見合わせる。
 血がにじんでいる唇は、噛み付かれたようにも見えるのだ。
 けれどもイザークはこれ以上は触れられたくない様子だった。
 仕方なくシンとルナマリアは口を閉ざすが、雰囲気が少し気まずくなっている。
 「・・・」
 「・・・ッ」
 シンはひじでルナマリアを小突いた。
 この空気を何とかしてくれ、の合図だ。
 こういう時は、おしゃべりで明るいルナマリアに頼るのが一番なのだ。
 彼女は「役たたずっ!」と大きな目でシンをにらみつけてきたと思えば、
 イザークの方へと振り返った半瞬後には天使の笑みを浮かべていた。
 ・・・器用だ。

 「そういえばイザークさん。レイが見当たりませんけど」
 「さっき艦内放送で呼び出しがあったみたいだから・・・」
 「あっ、そういえばそうだったかも」
 「レイに用事か?」
 「いいえ、ただ気になっただけで・・・あッ、そうだ!
 実は私、今度またお菓子作りに挑戦してみようと思うんですけど・・・」
 「いいんじゃないか。もう私が教えなくても上手くできるだろう、ルナマリアは」
 「イザークさんの教え方がいいからですよ」
 「そうだよなー。最初は墨になったり、形が崩れたり、やっとまともにできたと思えばゴムみたいな変な触感だったり・・・。
 最近はやっと食べ物になってきたっていうか」
 「何よシン!そこまで酷くなかったわよ!」
 「俺は体を張って証明してきてんだぞ。文句言われたくなきゃ自分で味見しろよな」
 「もういいわよ!あんたには食べさせてやんないから。次からはレイに頼むもん!
 ・・・それでですねイザークさん、また新しいレシピに挑戦したいなーって」
 「ああ、それなら・・・」
 さすがルナマリア、一瞬で空気が華やかになる。
 適当に相槌を打ちながら、シンはイザークに笑顔が戻ったことにほっとしていた。
 
 が、その時。
 不意に視線を感じてシンは目を上げた。
 入り口にもたれかかるように立って、こちらを見つめている青年がいる。
 そこにいるだけで人目を集めるイザークとは違い、彼は部屋の空気に溶け込みそうに思えた。
 ただこちらに向けられている碧の瞳だけがぎらぎらと鋭くて、シンは慌てて目をそらす。
 一体何なのだろう、あいつは。
 自分たちの中に土足で踏み込んで、さもそれが当然だというように踏み荒らして。
 イザークに悲しい顔をさせる。

 怖い・・・と思った。
 


 C.E.75 3月。 
 連合軍がプラントの造船コロニー・ウィチカットを攻撃、これを制圧。
 プラントに対し宣戦布告を通達した。
 


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ブログ掲載 2006/8/12
2006/12/27