ソラ 03
開戦から一ヶ月。
ミネルバの活躍はさらに有名になっていた。
制圧されたウィチカットを一週間足らずで奪還し、プラントに迫っていた月艦隊をかなり押し戻している。
ルーキー三人はさらに腕を上げ、特にシンのインパルスの功績は目覚しかった。
連合もインパルスをかつての英雄に重ね、「ザフトのストライク」と呼んで恐れている。
「連合も結構粘っていますね」
作戦用の立体ウィンドウを眺めながら、アーサーが何気無しに漏らす。
開戦当初こそプラントの射程距離にあと少しと迫っていた連合軍も、いまや月基地に出たり入ったりを繰り返している。
それでも基地・・・つまり補給路が近くにあることから相手は戦意を失わず反撃を繰り返していた。
そして今回・・・。
「アスラン、この布陣はどう見る?」
タリアの言葉に、アスランはすぐには応えなかった。
今回の地球連合軍の布陣・・・それは地球を背にし、大気圏ぎりぎりに張られていたからだ。
「随分挑発的な布陣だな」
「そうですよね。月をほったらかして・・・いっそのこと、月基地の方を攻撃してしまった方がいいのでは?」
「駄目だ」
アーサーの提案を即座に却下したのはアスランだった。
不満そうな顔をするアーサーだが、イザークとタリアもこの点に関してはアスランと意見が同じらしい。
「いくら本国から応援が来ているからといって、この戦力だけで月基地を制圧するのは無謀だわ」
「そ、そうでしょうか」
「まあ攻略するまでは簡単でしょうね。問題はその後よ」
タリアがここまで説明しても、アーサーはまだ首をかしげている。
プラントから距離があり、逆に地球に近い月基地の制圧維持に割く戦力がこちらにないということに考えが至らないようだ。
それに月だけに集中してしまっては、地球側に布陣している別部隊に後ろを叩かれる恐れがある。
「私たちを、地球に落とそうとしているのかな」
ぽつりと言ったイザークに、アーサーがええっ!?と声を上げた。
いい加減相手をするのが馬鹿馬鹿しくなり、アスラン、イザーク、タリアの三人はアーサー抜きで話し合いを進行する。
「イザークもそう思うか」
「・・・でも妙だ」
「そうよね。いくら有名になったからってザフトの一個隊でしかないミネルバを落とすためにこんな大部隊を・・・」
それだけミネルバの活躍は連合にとって厄介なものになっているのだろうか。
仮に自分たちが宇宙から退場したとして、ザフトの主要戦力はまだ本国で温存されている。
それが分からない連合ではないだろう。
「政治家にとって、兵士の命ほど軽いものはないさ」
皮肉めいたアスランの言葉に、タリアは眉をひそめイザークがびくりと体を揺らした。
「俺たちを地球に落とすためなら、あそこに布陣している自分たちの駒の命なんて安いもんなんだ」
「アスラン」
「死んだらまた新しいのを補充すればいい・・・そういう考えさ」
「アスラン」
タリアのたしなめる声に、アスランは軽く肩をすくめただけだった。
開戦以来、アスランは何かがふっきれたように兵役に没頭していた。
敵艦隊を前にして作戦を組み立てるのは主に彼で、そしてそれは常にミネルバに勝利をもたらした。
シンですら自分が戦果をたてられるのは彼の舞台造りの賜物だということを認識しているらしく、
友好的とは行かないまでも突っかかった態度は随分控えるようになっている。
仕事ぶりもフェイスにふさわしくなく地味なもので、当初は批判的だった兵たちも彼を見直しているようだ。
タリアが心配していたイザークへのアクションも、最近は全くなくなったらしい。
その替わりなのかは分からないが、自嘲を含んだ政治家への皮肉が増えているような気がするが・・・。
「降りましょうか、地球に」
「何ですって?」
無表情のままのアスランの呟きに、タリアは耳を疑った。
「地球に降りましょうか、って言ったんです」
「・・・正気なの?」
「いいじゃないですか。本国にはまだ友軍がいるんです。
それにクライン議長も、そろそろ地球での戦闘に介入せざるを得ないと気付くはずですよ」
「・・・それはそうかもしれないけど」
開戦という事態になったことで、ラクスの力はかなり落ち込んできていた。
アーモリー・ワンでの事件直後こそデュランダルの責任追及に鼻息荒かったものの、
予告無しの連合のウィチカット攻撃に、デュランダルの軍強化を支持する声の方が高まったのだ。
一方で地球では、連合軍が加盟を拒否した国や兵役を拒んだ地域の住民に蛮行を振るう事件が頻発していた。
評議会でもこの非人道的な行為を止めさせるべきだという声が高い。
だが無駄に戦地を拡大させたくないという理由で、ラクスは地球に駐屯しているザフトの出兵を許可していなかった。
「ミネルバが地球に降りるというだけで、クライン議長が地球での戦闘を許可すると思っているの?」
「さあ・・・?分かりません」
はぐらかしたアスランだが、ラクスはそうするだろうという確信があった。
彼女は焦っているはずだ。
開戦した以上、綺麗な言葉で非戦を訴えても権力が失墜していく一方だということも認識しているはず。
ミネルバとそのクルーはデュランダルが中心となって組織したものだが、
フェイスの称号を持っている・・・つまり彼女の戦士であるアスランが乗っている。
だからこそ、地球での戦闘に正当な理由をもって介入するのはアスランのいるミネルバであって欲しいのだ。
・・・それまでに彼女がフェイスに命令できる議長の座に居座り続けることが条件となるが。
だからこそ、急ぐ必要がある。
作戦会議で月艦隊との戦闘が決定し、第一戦闘配備が言い渡された。
会議室を出たタリア、アーサーはブリッジへ、アスランとイザークはシンたちの待つパイロット控え室へと向かう。
「地球、か」
ため息混じりにイザークが言葉をこぼす。
「そんな顔するもんじゃない。美人が台無しだ」
「・・・ああ」
エレベーターのドアが開き、イザークはそのまま中に入ろうする。
が、その腕をアスランは素早く掴み、エレベーターではなく廊下の隅に引っ張り込む。
「イザーク」
「な・・・っ、何・・・!?」
「心配しなくても、何もしないよ」
「・・・なら腕を放してくれ」
するとアスランは、あっさり彼女の腕を放す。
二人は向かい合い、しばらく沈黙が降りた。
「・・・教えてほしいことがあるんだ」
「何だ?」
「俺がここに着たばかりの頃だ・・・レイが単独で出撃したことがあったな」
「!」
「なんのためだ?」
「・・・」
イザークは一瞬身を硬くするが、無言で首を振った。
事実レイが何のために出撃したのか知らない・・・大方の見当は付くが。
応えないイザークをアスランは冷ややかな目で見つめる。
「なら質問を変えよう。誰からの命令だったんだ?」
また首を振るイザーク。
これもまた見当は付いているのだが、レイがはっきりとそうだと言ったわけではない。
「艦長には聞いたのか?」
「もちろん。君と同じで知らないってさ」
「・・・」
「レイは君と艦長に随分可愛がられてるみたいだね。まあ見た目は綺麗だし?」
「何が言いたい」
「やっぱり君のお相手はレイ?」
「馬鹿を言うな」
「違うって言うんなら、かばってないで応えろよ」
「知らないものは知らない」
「・・・へえ」
アスランの瞳がぎらりと光った。
途端、イザークは肉食獣ににらまれた捕食動物のようにすくみ上がる。
ここ数日忘れかけていた恐怖が一気に噴き出した。
怖くて仕方ないのに、彼の碧眸から視線を逸らすことができない。
「・・・あっ」
「イザーク・・・」
アスランの手がイザークの唇へと伸びる。
愛おしげに撫でるのは、かつて噛み跡を残した場所。
「この痕を残した時に言ったよね、君があまりにも美しすぎて、だから憎らしい、壊したいと」
「・・・アス、ラ」
「この一ヶ月、俺なりに考えてみたんだ。どうして君を傷つけようとしてしまうのか」
アスランの端正な顔が近づいてくる。
「やっと分かったよ。君が俺のものじゃないからだ」
ちゅっ、と。
音を立てて唇と唇が重なる。
今度は触れるだけのキスだった。
「俺は、君のことがずっと好きだったみたいだ」
アスランはイザークから体を離し、悠然と振り返る。
呆然としていたイザークも、つられるように彼の視線の先を追いかけた。
そこには・・・。
「レイ・・・」
エレベータの前でパイロットスーツを身にまとったレイが、
今までに見たことのない表情でこちらを見つめていた。
ブログ掲載 2006/8/19
2006/12/27