ソラ 04
うつむいてその場を去ってしまったイザークの背中を見送りながら。
レイは何も言わなかった。
言えないのだろう、とアスランは思った。
勝ち誇って、けれどそれは顔には出さない。
そのままイザークを追うようにレイの傍らを通り抜けようとした。
「私に御用があったのではないのですか?」
無意識に口の端が歪んだ。
「立ち聞きしていたのか。・・・趣味が悪いな」
「私がここにいるのを知っていてイザークに声をかけたのでしょう?趣味の悪さなら同じくらいだと思いますよ」
「イザークを呼び捨てか。やっぱりできてるのか?・・・と聞きたいところだが」
「・・・」
「お前、童貞だろう」
真っ直ぐ前を見ていたレイの空色の瞳が、ようやくアスランへと向けられた。
長い金髪の合間から除くそれには侮蔑の色が浮かんでいる。
「質問はそれだけですか?」
「どうせあの日のことは応えるつもりなんかないんだろう?」
「・・・失礼します」
レイは綺麗な敬礼をすると、踵を返していった。
その屹然とした後姿に、アスランは再び苛立ちが沸き起こるのを感じる。
イザークとレイの間には、一体何があるのだろう。
愛とか、恋とか・・・そんな単純なものではないのは感じ取れる。
けれど、そこまで分かっているのに完全に見透かすことができなかった。
ただいたずらにイザークを傷つけることしかできない。
先程まで優越感すら感じさせていたレイへの子供っぽい対抗心が、今は酷くくだらないものに思えた。
ザフトの応援部隊からの発砲で、戦端は開かれた。
やはりというべきか、右翼にいたミネルバに攻撃が集中する。
インパルスのシン、セイバーのアスランを控えに、
それぞれブレイズ、ガナー、スラッシュのウィザードを装備したザクが出撃した。
『レイ、あまり艦から離れすぎるなよ』
『分かっています。二人も気をつけてください』
『レイもね!』
オープンにしたままの回線から、レイたちの声が聞こえる。
ブレイズのレイはシンやアスラン同様単機で行動することが多く、逆にガナーのルナマリアとスラッシュのイザークは二人一組で行動する。
シンは特に顕著だったが、レイとルナマリアの腕も確実に上がってきていた。
やはりイザークが直接指導していただけのことはあるとアスランは思う。
コクピットから少し身を乗り出し、ブリッジのカメラと繋がっているウィンドウに目をやれば、ちょうどレイのザクがダガーを撃墜したところだった。
ライフルでコクピットを明確に撃ち抜くそれは、鮮やかにさえ見える。
「さっきはあんな顔してたのに、な」
可愛くないやつだ、と。
心の底から思った。
ルナマリアはいらいらしていた。
第一戦闘配備が敷かれているにも関わらず、若い整備士たちがたむろし話し込んでいる。
主任のマッド・エイブスが気付いていないからといって、気が緩みすぎだ。
電子パネルの端末を指で叩きながら、自分の担当であるはずの整備士をにらむ。
するとこちらの視線をどう受け取ったのか、ヴィーノ・デュプレは笑顔でこちらへと走ってきた。
そしてルナマリアの前に到着するなり口をせわしなく開く。
「ルナマリア、俺すごいこと聞いちゃったよ!」
・・・どこの噂好きの女子学生だ、お前は。
「どうせくだらないことでしょ。早く最終チェックをしてコードを打ち込んでよ」
「ホントに!すごいんだって!!」
「私はこれから出撃するの!オトモダチとだべりながら待ってるあんたと違って・・・」
「ザラ隊長が!」
「・・・は?」
「聞いたんだ。ザラ隊長とジュールさんが、さっき人前でキスしてたんだって」
「・・・」
「あの二人、付き合ってるのかな?ねえねえ、ルナマリア知ってる?」
ルナマリアは唖然とした。
だが次の瞬間には怒りが湧き起こる。
冗談にしては性質が悪すぎるだろう!
お高くとまっているアスランはともかく・・・イザークを侮辱するとは。
ルナマリアはレイやシンほどではないが、彼女を多少は理解しているつもりだ。
少なくとも、くだらないゴシップににやついているこの餓鬼よりかはイザークの価値を知っている。
目尻を吊り上げ、ヴィーノの耳を引っつかんだ。
腹筋に力を入れ、その耳の穴に叫んでやる。
「馬鹿言ってんじゃないわよ!!!」
イザークのザクに飛び掛ろうとしていた三機のダガーに向けて、ルナマリアはオルトロスを放つ。
無論威嚇のためで、当てようとする意思はない。
思惑通りダガーのパイロットは注意力散漫になり、
そのうちの一機が隙を突いたスラッシュのビームアックスの餌食になった。
さらにイザークがもう一機を相手にしている間、ルナマリアは残りの一機を撃ち落とす。
『ルナマリア、良くやった』
青いザクがすぐにこちらへ戻ってくる。
まだ気は抜けないが、イザークの明るい声にルナマリアもひとまず安堵した。
「ありがとうございます」
『あと何発分残っている?』
「まだ半分以上・・・行けます!」
援軍のおかげでザフト有利に展開しているものの、ここは地球連合軍の縄張りだ。
艦隊戦よりも、こうやって小回りのきくMSである程度様子を見た方がいいというのがアスランの判断だった。
「連中、やっぱり私たちを地球に落とすつもりなんでしょうか」
『・・・多分な。降下することになるかもしれない』
少なくとも、アスランはそのつもりだ・・・。
聞こえるか聞こえないかの声音で呟いたイザークに、
ルナマリアは敵艦隊のバックグラウンドに映える青い惑星を不気味に思った。
「隊長とイザークさんが?」
「そうらしいぜ。あの二人、付き合ってたんだな」
「・・・」
アスランとイザークがキスをしていたという噂をいかにも楽しそうに話しすヨウラン・ケントに、シンは赤い瞳でにらみをきかせた。
「ザラ隊長の方が迫ったんだろ。イザークさんは、あの人のこと嫌ってたし」
「そうなの?でも嫌いならキスなんてさせないだろ」
「フェイスの権限を盾にして無理矢理言うこと聞かせたんだよ、きっと」
「ふーん・・・。ま、それはそれで面白いかもな」
くっくっ、と喉の奥で笑うヨウランに、とうとうシンの堪忍袋の緒が切れる。
エリート気取りのあの薄ら馬鹿のことはどうでもいいが、尊敬するイザークが尻軽女のような言い方をするのを放置できるわけがない。
「面白いもんか!!」
持っていた自分のヘルメットを、ヨウランの頭めがけて投げつけた。
ウィンドウに見入っていたシンは、ブリッジからのタリアの通信にはっとした。
『アスラン、シン!ボギー・ワンを確認したわ』
「ボギー・ワン!?」
アーモリー・ワンを襲ったテロリストの艦だ。
あの後も再三こちらにしつこい攻撃を仕掛けてきてくれたのだが、艦の名前と所属がさっぱり分からない。
だからこそ「ボギー・ワン」だったのだが、ここに現れたということは。
「やっぱりバックに連合がいたんですね!?」
『・・・早合点しないで』
「だって、そういうことじゃないですか!!」
『今はそんなこと言ってても仕方がないの!ボギー・ワンから三つの機影が確認されてるのよ。・・・分かるわね、シン?』
三つの機影。
カオス、ガイア、アビスに間違いない。
アーモリーワンからの因縁だ。
「・・・ッ出撃します」
強奪された三機を探す必要などなかった。
コアスプレンダーで発進してすぐ、ガイアとカオスがシンに攻撃を仕掛けてきたからだ。
最初からミネルバを狙っていたのだろう。
「・・・合体させないつもりかよ!!」
シンは肝を冷やした。
コアスプレンダーはともかく、オートで動いているパーツを攻撃されたらまずい。
そうこうしているうちにチェストフライヤーが射出され、すぐさま反応したカオスがビームサーベルを構えた。
それを見たシンは思わず舌打ちするも、ガイアがしつこくコアスプレンダーを追いかけてくる。
「畜生!」
しかし。
カオスがチェストフライヤーを攻撃する直前、高エネルギー体が横切った。
オルトロス・・・ルナマリアだ。
思わず動きを止めたカオスを、いつものようにパートナーのイザークが攻撃する。
『シン、こちらは任せろ!』
「すみません・・・!」
まだガイアがまとわりついているが、一か八か合体することにした。
チェストフライヤーと合体し、レッグフライヤー、フォースシルエットが続く。
しかしレッグフライヤーと合体した直後にガイアがライフルを連射してきた。
「・・・このヤロッッ!」
泥棒猫に、むざむざやられてたまるか!
この時、シンの頭に残っていたフォースシルエットのことは頭になかった。
武器になるもの・・・。
ほぼ反射的に、ほとんど使ったことののない対装甲ナイフを取り出した。
同時に振り下ろされたガイアのサーベルを素早くかわす。
そして。
ナイフをガイアのコクピットに突き刺した。
マッド・エイブスは整備士の主任を務めるだけあって、仕事が速いし正確だ。
ミネルバのパイロットとその専用機体には二人一組の担当整備士がついているのだが、
それに加えてエイブスが、こういった戦闘時や調整の時期ごとに一体ずつ交代で回る。
「これで完了です」
コンプリートが表示されたパネルを手渡したエイブスは、気をつけてくださいね、と気遣いの言葉をかけてくれた。
それにイザークもありがとう、と礼を述べ、微笑む。
先刻のアスランとのことが早速広まってしまったらしく、イザークは先程から興味の眼を向けられていた。
だが、エイブスだけはいつも通りに接してくれる。
それが今はとてもありがたい。
無骨な手で敬礼をしてザクから離れていくエイブスの姿を確認し、イザークはハッチを閉じようとした。
連合のあの様子では、もういつ戦闘が始まってもおかしくない。
「おい、もう出撃だろう。何やってる!?」
エイブスの咎めるような声に、イザークは手を止めた。
「レイ!」
「少しだけです。すぐ終わりますから」
引き止めようとするエイブスの手を振り払い、レイがザクのコクピットへとやってくる。
さっき見たレイの表情を思い出し、イザークは逃げたい衝動に駆られた。
けれど、ハッチを閉じたところでレイはこじ開けようとするだろう。
腹をくくることにした。
「シン!?」
閃光と爆発に、イザークは背筋が寒くなる。
まだ合体途中だったインパルスのいた方向だ。
いくらシステムの向上で合体に要する速度が短縮されているとはいえ・・・無防備に変わりない。
一瞬、最悪の事態を覚悟した。
・・・が、次にカメラが映し出したのは、無傷のインパルスだった。
『シン、ガイアを撃墜したのね。すごい!』
戦場だということも忘れてルナマリアが賞賛し、イザークも唸る。
あの状況でガイアの攻撃をかわすどころか反撃するとは大したものだ。
と、突然。
イザーク、ルナマリアを相手にしていたカオスが、一転してインパルスに接近した。
こちらに平然と背中を向けて・・・いいや、そんなことは頭にないらしい。
ガイアに仲間意識があったようだ。
「シン!」
ガトリング砲を撃ってカオスを追いかけながらのイザークの叫びに、ようやくフォースシルエットを装備したインパルスも完全な臨戦態勢に入る。
猛烈なカオスの怒りの攻撃を受け止めた。
どちらも機動性が高い機体だ。
何度も衝突しながら離れていく・・・イザークは追いかけるのを諦めた。
ルナマリアのザクがこちらに近づいてくる。
『イザークさん』
「シンなら大丈夫だ。私たちはミネルバの援護を」
『は、はい』
あれほど沢山いたダガーをはじめとするMSは、いつの間にかいなくなっていた。
上下のハッチの縁に手と足を乗せてこちらを覗くレイに、いつかと逆だとイザークは苦笑した。
あの時はイザークが詰問し、レイは逃げるように行ってしまったのだ。
なるほど、いたたまれないものだな、と思う。
「アスランを、赦したのですか?」
「赦す?・・・ゆるす、か」
裏切られた、と言ったのはイザーク。
けれどアスランはそんなことをしたとは思っていない。
「赦さなくてはいけないものなんて、元からないのかもしれない・・・」
「・・・あなたは」
「・・・」
「あなたは、誰のものにもならないといった」
もう傷つけられたくない。
だから心に誰かが踏み込んでくるのを拒む。
レイさえも・・・。
それなのに。
「アスランはあなたを傷つけている・・・あなたはアスランのものではないのに、何故?」
「レイ」
「イザークは、アスランのことなど嫌いなのでしょう」
嫌いどころか、きっと恐れている。
「嫌いだよ」
「でもキスをしていた」
レイだって、あの一幕がイザークの本意でないことは分かっている。
それでも・・・。
「キスなんて、誰とでもできるさ」
ふわり、と。
レイの唇に柔らかいものが触れた。
ブログ掲載 2006/8/25
2006/12/27