ユメノナカ 04




 死因は頭部への二発の銃弾。
 冷たい寝台に横たわるエザリアは、思ったよりも静かな顔をしていた。
 ・・・苦しまずに死んだのだろう。
 しかし手や足には拘束された後があり、彼女が自分の意思で軟禁場所を抜け出したのではないことは明らかだった。
 おそらくは新政権を敵視する勢力に攫われ、協力を拒んだために消されたのだ。
 評議会議員にまで上り詰めた女傑の、悲惨な最期だった。

 エザリアの死に顔を見ながら犯人たちへの怒りに震えていたフェイは、ドアの開く音に振り返る。
 イザークが、母親よりもずっと死人めいた顔で立っていた。
 「イザーク・・・」
 イザークはふらふらと寝台へ向かう。
 その後ろにアイリーンの姿を認め、フェイは彼女に掴みかかった。
 「何でつれてきた!」
 「連れてこないわけには行かないでしょう。エザリアの肉親はイザークだけなのよ」
 「だからって・・・。彼女の今の状態が分からないのかよ!?」
 「いい加減にしなさい。あなたの個人的な肩入れに付き合っていられる状況じゃないのよ」
 「何だと!?」
 「イザークにはそのうちまた任意同行を求めるわ。エザリアがこんなことになったわけだし、今度こそ協力するでしょう」
 「まだ疑ってんのかよ!エザリア様は誘拐されたんだろう?」
 「それを決めるのはあなたではないのよ」
 アイリーンはそう言い放つと、部屋には入らずに踵を返してしまった。
 その後姿を睨みながら、フェイはこぶしを握り締める。
 この調子では自分は議員職を解かれるだろう。
 ・・・そうなったら、あの済ました顔を絶対殴りに行ってやる!!
 ともあれそろそろイザークを連れて行かねばならない。
 一時とはいえ自由の身になったのだから、まずは何か食べさせて・・・。
 「って、あれ?」
 部屋を見回したフェイは、きょとんと瞳を瞬く。
 霊安室には横たわるエザリアの身体とフェイ以外、誰も、いない・・・?
 「イザーク!!?」


 いつの間に部屋から出て行ったのか廊下をふらふら歩いていたイザークを、フェイはようやく見つけて捕まえた。
 後ろから抱き込むと、彼女の身体はあっけなく腕の中に納まる。
 「イザーク、おい・・・大丈夫か?」
 「・・・」
 「え?」
 顔を覗き込めば、イザークは焦点の合わない瞳で虚空を追いかけていた。
 青ざめた唇が、同じ名前を繰り返し呟いている。
 「アスラン・・・アスラン・・・」
 「イザークッ、そいつはここにはいない」
 「アス・・・助けて・・・ディアッカ・・・」
 「イザーク!」
 フェイはイザークに向き直ると、前から彼女を強く抱きしめた。
 彼女の耳元へ口を寄せ、はっきりとした声音で語りかける。
 「俺じゃ駄目なのか?」
 「・・・」
 「駄目なのか、イザーク!?」
 「・・・」
 「イザー・・・」

 「アスラン」

 「!!」
 フェイの腕の力が緩む。
 そしてイザークはうつろな表情をしたまま、それを滑り抜けた。
 彼女の目に自分は映っていない。
 それを思い知らされたフェイは、もう彼女を追いかけることはできなかった。



 数日振りにAA艦内に現れたイザークに、気を止めはしても話しかけようとするクルーは誰もいなかった。
 この時点ではまだエザリアの死は公表されておらず、彼女はテロリストと共に行方をくらませたということになっている。
 娘のイザークの疑いも解けていないから、触らぬ神に祟りなし、というわけだ。
 おかげでイザークは放心状態ではあっても難なく艦の中を歩き回ることができたわけだが・・・。
 もしかしたら、誰かに咎められて放り出された方がずっとましだったかもしれない。
 
 「それじゃあ、まだイザークさんは黙秘を続けてるわけ?」

 覚えのある声に、イザークは反射的に足を止めた。
 自分はどこをどう歩いたのか、食堂の前の廊下に立っている。
 「アスラン、どうなの?」
 「どうなのって・・・」
 苦い声・・・アスランだ。
 食堂でアスランたちが自分のことに付いて話しているらしい。
 一番最初の声はキラ・ヤマト。
 ディアッカやミリアリアという女の声もする。
 「このままじゃ、彼女本当に逮捕されちゃうんでしょ?」
 「・・・ああ。いくらお母上を助けるためとはいえテロリストに情報を売ったんだからな」
 違う・・・。
 何度もそう言ったのに、アスランは結局信じてくれなかった。
 「その人たち、人を殺しちゃったんでしょ。まずいわよねぇ」
 「メールに痕跡が残ってたんだろ。誤魔化しても無駄だってイザークも分かってるだろうに」
 メール?
 ディアッカの言葉に、イザークはゆるく首を振った。
 そんなテロリストとメールで連絡を取った覚えはないし、尋問の時もメールのことは一度も聞かれなかった。
 アイリーン側がアスランたちを丸め込むためにでっち上げたのか?
 「何とかならないかな、イザークはどんどん態度を頑なにしてるし」
 「僕、あの人のことあんまり好きじゃないな」
 「キラ!」
 「私もよ。何か冷たい感じがするのよね」
 「ミリィまで・・・」
 「大体、あの人ってば民間人の乗ったシャトルを撃ったのよ!それなのにお咎め無しなんて・・・不公平だわ」
 「でもあれは・・・だってさ、民間人が乗ってるなんて分かるわけないよ」
 「なによディアッカ、あんな人の肩持つの?」
 「・・・いや、それは」
 「聞いたわよ、あの人とは女王様と下僕だったんでしょ。成績も負けてたそうじゃない」
 「な・・・!?んなわけあるかっ。女相手に本気出さなかっただけだよ!」
 「どうだか」
 「・・・っちぇ。今だったらぜってー負けないっつーの」
 ディアッカの苛立ちを含んだ声。
 イザークは指の先がゆっくりと冷たくなっていくのを感じた。
 これが、ディアッカの本音か・・・?
 「そうだよね。あの人、結構弱いよね」
 キラのいかにも愉快そうな声が聞こえる。
 気分が悪い・・・。
 「ねえアスラン」
 アスラン。
 「あんな人が、どうして『ガーディアン・フォース』にいるだろうね」
 「うん・・・まあ・・・」
 アスラン・・・。
 アスラン、助けて。

 「・・・そうだな、彼女は俺たちには必要ない人なのかもしれないな」
 



 ニコル、ミゲル、ラスティ。
 若くして命を落としたかつての仲間に、イザークは久々に会いに行った。
 ・・・とは言っても彼らの身体がここにあるわけではない。
 ラスティはヘリオポリスで連合兵に撃たれ、
 ニコルとミゲルはあのキラ・ヤマトの手に掛かり、肉体は跡形もない。

 石碑に花を添え、一人一人と会話をした。
 ほとんどが懺悔だ。
 彼らの方がずっと生きる価値があったというのに、役立たずな自分は生き残ってしまった。
 その上、これからすることは・・・彼らの死を無駄にすること。
 「ごめんなさい」
 掠れた声で呟いて、石に刻まれた名前をなぞる。
 それでも絶望の奥底に突き落とされた彼女の決意は固かった。
 
 腰を上げ、今度は少し外れの方にある石碑へと向かう。
 かつての上司、ラウ・ル・クルーゼの墓だ。
 クライン派に反意があると見なされないよう一度も訪れたことがなかった。
 今この時もイザークにはアイリーンの私兵が監視を続けているのだろうが、もう関係ない。
 ・・・これが最初で最後だ。
 迷わずクルーゼの墓へと歩み寄った。
 「?」
 ラウ・ル・クルーゼの名前を確認し、イザークは瞳を瞬いた。
 彼の石碑に、花束が添えられている。
 自分の他にも、彼と懇意にしていた人がいたのだ。
 用意したものとは比べ物にならないほど豪華な花束に苦笑しながら、邪魔にならないよう隣に添える。
 そしてニコルたちの時と同じように刻まれた名前をなぞった。
 結局彼がイザークに心を開いてくれたことは一度もなかった。
 イザーク自身、彼を信じきれていなかった部分があったと思う。
 こんなことになるのだったら、結果裏切られても信じ抜けばよかった。
 ・・・それすらできなかったなんて。

 イザークはゆっくりと立ち上がる。
 最後に石碑に敬礼をして、墓地をあとにした。
 イザークが歩く出すと同時に動き出した気配に冷笑を浮かべる。
 自分がこれからすることを終わらせれば、もう彼らは下手な尾行などする必要もない。
 そう思うとどうしようもなく笑いがこみ上げてきた。
 そうだ、終わる・・・。

 このあまりに無駄で惨めで馬鹿げた人生が。






 「・・・気がついたのか、気分はどうだい?」
 
 滑らかな口調に誘われるように、イザークは視線を動かした。
 見覚えのない天井。
 知らない香水の匂い。
 「こ、こは・・・?」
 自分がどうしてここにいるのか分からない。
 身体が酷くだるかった。
 指一本動かすことすらおっくうだ。
 「寒くはないかい?すまないね、適当な服が見当たらなくて・・・」
 声のする方へと顔を向ける。
 長い黒髪の男がこちらを見下ろしていた。
 見覚えがあるような気がするが・・・誰だろう、思い出せない。
 そうしているうちに再び頭に霞が掛かった。
 イザークは逆らうことなくその白い闇に意識をゆだねる。 
 意識を手放す直前、あの男の声がやんわりと耳に残った。
 
 「安心して眠るといい。私は『君を必要とする者』なのだから」
 


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ブログ掲載 2006/10/7
2006/12/27