チキュウ 02
オーブへの入港許可はあっさりと下りた。
クルーの上陸も限られた時間ながら許可される。
それに対するクルーたちの反応は様々だった。
射撃場で一人訓練をしていたシンは、背後の気配に振り返る。
いたのはルナマリアだ・・・いつも彼女といると安心できるのだが、今はそれさえ鬱陶しかった。
シンは口を尖らせて再び的へと向き直る。
「シーンッ」
ルナマリアが歩み寄ってきた。
シンは返事こそしなかったものの、むすっとしたまま銃を下ろす。
「上陸許可出たのよ?行きなさい」
「・・・行くって、どこにだよ?」
「オーブがあなたに酷いことした国だってことは知ってるよ。・・・でも、ご家族が眠ってるんでしょ?お墓参りくらい行きなさいよ」
シンは一瞬ルナマリアを赤い瞳で睨む。
だがすぐに顔をうつむけ、消え入りそうな声で呟いた。
「・・・そんなの、ない」
「え?お墓がないってこと?」
「・・・」
三年前、オーブを離れる直前。
シンは家族の墓を建てることを申請したが、それは遺体が見つからないという理由で認められなかった。
彼の前で肉塊になった家族は、今でも「行方不明」扱いで、墓に名前を刻むことすら許されていない。
そのうちオーブに、存在すら消されてしまうのだろう。
シンの故郷はそういう国なのだ。
「でも、お墓なくても・・・眠っているんでしょ」
「・・・」
「行こうよ」
「・・・」
「お花買って・・・ね?」
黙りこくるシンに対し、ルナマリアは柔らかい言葉で畳み掛ける。
今を逃したら、二度とオーブに降り立つ機会はないかもしれない。
シンだって、本当は家族のことをうやむやにしたくないはずだ。
少し背中を押してあげればいい。
しばしの沈黙の後、シンはようやく顔を上げた。
「ルナ、一緒に来てくれる?」
オーブの上陸許可が下りてクルーたちが街へと繰り出す中、イザークは黙々と己の仕事をこなしていた。
艦に常駐しなければならないタリアとアーサーへの配慮もあったが、オーブにはあまりいい思い出がない。
・・・いや、それをいうなら地球全てか。
とにかくイザークは街に繰り出す気分にもならず、補給が済むまでおとなしくしているつもりだった。
そんな彼女を引っ張り出したのがレイだ。
彼はさりげなくイザークの仕事を手伝いながら、二時間近くかけて上陸しようと誘ってきたのだ。
イザークは適当にはぐらかすつもりだったものの、最後は相手のしつこさに根負けしてしまった。
結局艦から徒歩20分内の港内ならという条件で、レイと共に艦を降りることになったのである。
軍服を脱いでレイと語らうのは久しぶりだった。
「昔の夢?」
首を傾げて聞き返すレイは、ザフトに入隊してから滅多に見なくなった私服姿だ。
似合わないサングラスの合間から覗き込んでくる空色の瞳に、イザークは「うん」と頷いた。
「熱に浮かされていた時、久々にみたんだ。・・・フェイは元気かな」
彼とは三年前のあの日以来連絡を取っていない。
いくら母の死に打ちのめされ、極限状態だったとはいえ、気遣い、想いをぶつけてくれた彼には酷い仕打ちをしてしまったと思う。
風の噂で、やはりあの後に評議会議員を辞退し一文官に下ったことを知った。
自分のことなど忘れて彼自身のための道を歩んでくれれば良い・・・今はせめてそう願うことしかできない。
と、イザークはレイが眉根を寄せてこちらを見てくるのに気付く。
せっかく二人でいるのに他の男の話をしたから、へそを曲げてしまったのだろうか。
そんな彼を可愛いと思いつつも、イザークは取り澄ました顔で買ってもらったジェラードアイスのカップの汗をふき取る。
中のアイスクリームが、太陽に照らされてきらきらと細かい氷の粒を光らせていた。
アスランはその言葉を聴かされても、すぐに頭で処理することができなかった。
「今・・・なんて言った?」
碧の瞳に真っ直ぐに見返され、一瞬オーブ首長のカガリ・ユラ・アスハは肩を揺らす。
しかし、次にはそれに挑むかのように身を乗り出し口を開いた。
「オーブは、地球連合に加盟すると言ったんだ」
アスランの頬がかっと紅潮する。
ばんっ、と要人との会合用デスクを両手で叩くと、その部屋にいたカガリ以外の全員が息を呑んだ。
「寝言は寝てから言え!」
「誰がこんな寝言を言うものか!」
アスランとカガリが激しく言い合う。
特にアスランは掴みかからんばかりの剣幕だった。
「どうしてそんな馬鹿なことを・・・ッ。今回の開戦は、明らかに連合の方が悪いだろう!」
「そういう問題じゃない。オーブは二度と国を焼くわけにはいかないんだ」
「・・・連合に脅されているのか?」
「・・・」
「そうなんだな。脅しに屈するのか?」
「民のための決断だ」
「ウズミ様の理念を無駄にするのか?あの方は命を懸けたのにッ」
アスランは何とかカガリを説得しなければならないと思った。
オーブまでも地球連合に加わってしまっては、プラントはさらに孤立することになる。
だがウズミの名を出した途端。
カガリの瞳に涙が滲み、明らかな怒りが宿った。
「そうだ、父は死んだ!もういない・・・ッ」
「・・・ッ、カガリ」
「それにオーブは理念なら当の昔に破っている・・・!三年前、ガーディアン・フォースに手を貸した時に」
「・・・なんだと?」
「あれは間違いだった!理念を追い求めるあまり間違えたんだ・・・。だからこれ以上間違えるわけにはいかない!」
「違う・・・。ガーディアン・フォースの目的自体は・・・」
食い下がろうとするアスランだが、カガリは手を横に払い、顔を逸らす。
これ以上聞きたくない、ということか。
アスランも唇を噛み、しばし部屋には沈黙が訪れた。
同席を許されているオーブの重鎮たちが固唾を呑んで二人の様子を見守っている。
「・・・悪いとは思っている」
感情を押し殺したようなカガリの声に、アスランは目を上げる。
かつて、抱き寄せてキスをしてやっただけで頬を赤らめてはにかんでいた少女。
いまやその横顔は、アスランにとって酷く遠くに感じる冷めた女性のものだった。
「オーブは地球上の一国家だということは変えることはできない。
宇宙遥か遠いプラントを盟友(とも)と呼ぶことは、この状況では難しいんだ」
「・・・盟友でないなら敵同士になるのか、俺たちが」
今度は静かに問うたアスランに、カガリは応えなかった。
連合に加盟したら最後、軍を派遣し「敵」といわれたものを撃たねばならない。
そして今の連合の敵はプラントだ。
ザフトも、ミネルバも。
アスランも・・・。
着信を告げるピピピピ・・・という電子音。
レイの携帯からだ。
何とも思えないそれに、他ならぬレイが明らかに顔をこわばらせる。
「どうした?」
「いえ・・・」
自分と二人きりの時に携帯が鳴ったので気まずくなったのかもしれないと思ったが、
レイは明らかに動揺している。
イザークは瞳を眇めた。
・・・何か隠している?
「誰からだ?」
「・・・その、少しだけ失礼します」
「レイ・・・!」
あれほどイザークの傍から離れまいとしていたレイが、あっさりと席を立ってしまう。
イザークは何だか不安になり、高い声でレイを呼び止めた。
レイは立ち止まるが、こちらを振り向こうとしない。
「・・・レイ」
「・・・」
「お前、何かまずいことに巻き込まれていないか?」
「・・・いいえ」
レイは視線を合わせぬまま、イザークの懸念を否定する。
力のない声だった。
「何でもありません・・・。すぐに戻ってきますから」
遠ざかるレイの後姿を見ながらイザークは息を吐く。
彼が誰と連絡を取り合い、何をしているのか。
後者はともかく、前者についてはほぼ確信していた。
しかし、それを確かめる術はないし、何よりそこまでする気概が今の自分にはなかった。
三年前。
全てに絶望し、命を捨てたあの日・・・。
あれからイザークの中では何かが失われてしまった。
輝ける未来を夢見、果てない希望と野心を抱いていたあの頃とは違う。
ただこの場所に・・・自分を受け止めてくれている者たちがいるこのゆりかごにすがり、
そこから四肢を伸ばすことを・・・外に出ることを恐れているだけ。
居心地の良さにしがみ付いているだけだ。
レイが関わっていることを興味本位に暴き立てれば、今の場所を追われてしまう気がした。
現実を見るのが怖い。
アスランたちの本音を聞いてしまった、あの時のように。
だから、レイにも必要以上の追求ができなかった。
時折、彼は本当は自分に気付いてもらいたいのではないか、と思う時もあるのだけれど。
「ここ、いい眺めでしょ?」
突然、背後からの声。
気配が全く無かったというのに耳元でささやかれ、呆けていたイザークの心臓が跳ね上がる。
同時に手の中にあったジェラードカップが転げ落ちた。
「おっと、危ない」
そのカップを、背後の人物は空中で見事にキャッチする。
固まったまま動けないイザークの視界に、身を乗り出した彼の茶色の髪が揺れた。
「また会えましたね、イザークさん」
キラ・ヤマト・・・。
ブログ掲載 2006/11/11
2006/12/27