チキュウ 03




 彼は先ほどまでレイが座っていた場所・・・イザークの隣へと腰掛けると、肩を抱き寄せて互いの体を密着させた。
 傍目からは仲良く寄り添うお熱いカップルだろうが、実際はもちろんそうではない。
 イザークは逃げることも叫んで助けを呼ぶこともできず、ひたすら相手の恐ろしさに震えるだけだった。
 こちらが動かないのをいいことに、キラの手は首筋や背中、太股を這い回る。
 ニコルを、ミゲルを殺した手だ・・・。
 吐き気がこみ上げても、イザークは心臓を鷲掴みにされたようで指一本動かせなかった。
 
 「アスランはね」
 「・・・ッ」
 「アスランはね、君のこと好きだったんだよ」
 唐突にアスランのことを話し始めたキラに目を剥く。
 何を言ってるのだ、この男は・・・。
 アスランが、私のことを?
 「君もアスランのことが好きだったでしょ?・・・両想いだったんだよね」
 「・・・」
 「でも、あの時は駄目だったんだ。だって、カガリがアスランのこと好きだったから」
 キラは無邪気とも思える口調で話し続ける。
 「カガリはね、僕のお姉さんなんだ。僕はカガリも、幼馴染のアスランのことも好きだった。
 だから、アスランの恋人になるべきなのはカガリだと思った。そしたら僕たちずっと一緒でしょ?」
 「・・・」
 
 「君は僕たちには必要のない人だ」

 「!!」
 凍りついたように動かなかったイザークの体が。
 その言葉を聴いた途端、面白いように跳ねた。
 キラが喉の奥でくっくっと笑う。
 「覚えてるよね。アスランが言ったんだから・・・」
 「知って・・・?」
 「うん。君、盗み聞きしてたんだよね」
 三年前の、アークエンジェル。
 食堂でたむろし、自分のことを話していた彼ら。
 イザークがその場にいたことを、キラは知っていた・・・?
 知っていて、あんなことを言ったのか?
 アスランやディアッカに、あんなことを言わせて自分に聞かせたのか!?
 「あの後、君がいなくなったって知って、本当に良かったと思ったんだ。これで全て上手くいくって」
 イザークは震える。
 恐怖によるものなのか、怒りによるものなのか自分では判断できなかった。
 母が死んで、疑いまでかけられて・・・自らも死を選んだ。
 それを、この男は「良かった」だと?
 「でも、君がいなくなった途端にアスランは君のことばかり考え出したんだよ・・・カガリもそっちのけで。
 『イザークはどこにいるんだ』『イザークを知らないか』・・・朝から晩までイザーク、イザーク、イザーク・・・てね」
 「・・・」
 「不思議だよね。君がAAで一人ぼっちの時も、お母さんがいなくなった時も、君を見ようとしなかったのに。
 安心してたのかもしれないね。自分が君を裏切って消えることは何度だって起こっても、その逆はありえない・・・」
 「・・・」
 「ちゃんと聞いたんだよ、僕。『あの時、イザークさんは必要のない人だって言ったじゃない』って。
 そしたら何て応えたと思う?『戦いの場には必要がないって意味だったんだ』だって。笑っちゃうよ」
 「・・・」
 「アスランとカガリは結局別れたんだ。僕たちもばらばらになった・・・。君という存在のせいで!」
 突然顎を掴まれた。
 無理矢理顔を引き寄せられ、イザークはうめく。
 キラのよどんだ黒い瞳が、こちらを睨みつけていた。
 「君は『必要のない人間』なんじゃない・・・。『いてはいけない人間』なんだ」
 「・・・ッ」
 「ねえ・・・君は今、誰かに必要とされている?されていないでしょう。今も、昔も!」
 必要と・・・されている、はずだ。
 デュランダルはそう言ってくれた。
 シンも、ルナマリアも、そしてレイだって・・・。
 いや、それは妄想なのか?
 三年前に抱いていたのと同じ、自分に対する過大評価なのだろうか。
 「誰も君のこと必要じゃないんだよ。なのにどうしてここにいるの?この僕の、目の前に・・・ッッ」
 「・・・あッ」
 相手の瞳に宿っているのは、明らかに殺意だった。

 殺される・・・!!

 逃げることはできなかった。
 息を止め、身をこわばらせる。
 ・・・だが。
 
 身をこわばらせたのは、キラも同じだった。

 「こんなところで・・・発砲できると思ってるの?」
 さっきまでどこか幼く狂気を感じさせていた口調に、明らかに焦りが混じっている。
 すると二人の後ろから、第三者の声が響いた。
 「撃ちますよ。俺のイザークを傷つけるのなら」
 「レ・・・イ・・・」
 レイが、帰っていたのだ。
 発砲だの撃つだの言っているところをみると、キラに銃を突きつけているのか?
 首長の弟にそんなことを・・・と思ったが、レイならやりかねない。
 「警察が飛んでくるよ」
 「でも、あなたを殺すことはできる」
 「・・・」
 キラは動かない。
 周りには人が大勢いる。
 だれかがレイの手の銃を見咎め、騒ぎ立てるのを期待しているのだ。
 「あなたが幸福でないのは、あなた自身のせいだ」
 「僕は何も悪くない・・・ッ」
 「イザークは誰にも必要とされていないとおっしゃっていたようですが・・・彼女を必要とする人は大勢いますよ。
 少なくとも、俺は誰よりも彼女を必要としている」
 「他人を不幸にするだけの人に、一体何の価値があるの?」
 「価値とか、そんなものは分からない。ただ・・・この人こそが、俺がここにいる理由だから」
 「もしかして、愛してるの?・・・バカみたい」
 「この状況でへらず口を叩けるあなたの頭もそうとうおめでたいですね。
 ・・・で、どうするんです?俺は気が短いんですよ」
 「・・・ッ」
 キラは舌打ちすると、イザークから体を離す。
 次の瞬間、レイは素早くイザークを自分の腕に抱きこんだ。
 それをキラがぎろりと睨みつけ、ポケットから携帯を取り出す。
 「僕にこんなことをして・・・ただで済むと・・・ッ」
 「こんなこと?こんなことってどんなことです?」
 「銃を突きつけて、脅した」
 キラは携帯を開いてボタンを押す。
 警察か何かを呼ぶつもりなのだ。
 だが、そんな彼をレイはせせら笑った。
 「銃?銃ねぇ・・・何のことだか」
 「!」
 「え?」
 レイは後ろに隠していた右手を差し出す。
 キラの背中に突きつけていたもの・・・それを彼の足元に向かって投げ落とした。
 それは・・・。
 「い、石ころ?」
 キラの顔が、ばっと朱に染まった。
 いっぱい食わされたことに気付いたのだ。
 「ふん」
 そんなキラを一瞥し、レイはイザークを抱き寄せたまま踵を返す。
 キラは苛立ち紛れに、その背中に向かって叫んだ。
 「イザークさんは、君を愛したりしない」
 レイの足が止まる。
 腕の中のイザークは、青い顔でうつむいたままだった。
 「彼女は君のことなど何とも思っていないのに・・・ただ居心地がいいからという理由だけで一緒にいるだけなのに・・・。
 それなのに君は彼女を愛し続けられるの?」
 「・・・あなたは、見返りがなければ人を愛せないんですか?」
 「・・・」
 静かに問うたレイに、キラは言葉を失った。
 携帯が手の中から滑り、地面に落ちる。
 今度こそレイとイザークの姿が遠ざかり、人ごみに消えていった。

 呆然とした表情でそれを見送っていたキラは、やがて視線を空へと上げる。
 レイの言葉で思い出したのは、かつて愛した少女だった。
 この空の遥かかなたにある国に、その人はいる。
 今は愛していない。
 キラは愛する代わりに彼女に見返りを求め、彼女もまた求めていた。
 だから、自分たちは離れてしまったのだ。

 「・・・ラクス」
 


back  menu  next



ブログ掲載 2006/11/19
2006/12/27