ウラギリ 01
ミネルバはオーブを出航した。
かの国が連合に加入したことで手土産にされるのではとタリアやアーサーは危惧したようだが、
さすがカガリもそこまで薄情ではなかったようだ。
オーブの国境を出ても、しばらくは穏やかな航海となった。
オーブを出国してから二日後。
イザークはミネルバの格納庫に立っていた。
視線の先にはMSのハンガーがある。
インパルスはもちろんハンガーを必要としないために別の場所に格納してある。
が、今格納庫にあるMSは一機足りなかった。
アスランのセイバー、ルナマリアのザクウォーリア、そしてイザークのザクファントム・・・。
「レイが、心配?」
突然後ろからかけられた声に、イザークは驚かなかった。
振り返らないまま、それでも相手に聞こえるように「心配です」と口にする。
レイの白いザクファントムが『密命』を受けて飛び立ったのは、もう半日前のことだ。
イザークはそれを見送ってから、ずっとこの格納庫に備え付けられたベンチに座っている。
いつになるとも分からないレイの帰艦を自分の目で見届けるつもりであるかのように。
アスランは短くため息をつく。
イザークの隣に腰掛けようとしてやめ、ベンチの背に体を預けて彼女とは反対の方向を向いた。
興味本位でこちらを伺うクルーを睨み、無言をして追い払う。
「レイが・・・うらやましいな」
「・・・」
「君にとても想われている」
「・・・アスラン」
イザークの肩が僅かに揺れている。
自分のことを怖がっているのだと知ると、それだけのことをしてしまったと思いつつも心が痛かった。
「怯えなくても、何もしないよ」
「・・・」
「もう、君を傷つけることはしない」
イザークが、頑なだった視線を僅かにこちらに向ける。
彼女が妥協してくれていると分かっただけで、アスランは充分だった。
まだこちらを伺っているクルーがいるが、格納庫のこの喧騒では自分たちの声は聞き取れまい。
「聞いたよ・・・三年前のこと」
三年前・・・それだけで、イザークはアスランが一転して殊勝になった理由が分かったようだ。
アイスブルーの瞳を一瞬大きく見開き、そしてゆっくりと伏せる。
「誰から?」
「ディアッカだ。・・・カナーバがした小細工が、デュランダル氏の手でいろいろと明らかになったそうだ。
彼が公表すれば、ディアッカは当時のことを証言すると言っている」
「そんなこと、意味がない」
イザークは、笑ったようだった。
何だか吐き捨てるようなその台詞に、アスランは眉をひそめる。
「エザリア様の名誉を回復できる・・・君だって!」
「だから、そんなことに意味がないと言っているんだ」
「・・・イザ」
初めてイザークがアスランへと顔を向けた。
おそらくは再会してから初めて見る、怒りに歪んだ表情・・・それでも彼女は美しかった。
「母は死んだ!!」
「・・・ッ」
「もういない・・・ッ」
名誉も何も、生きていて意味を成すもののはずだ。
死んでから与えられるものなど、当人には何の価値もない。
エザリアを失った、イザークにとっても。
そして。
「私も・・・昔の私じゃない。一度、死んだ」
恋心を抱いていたアスラン、硬い友情で結ばれていると思っていたディアッカ。
裏切られたから死を選んだのではない。
二人の心が、自分から遠く離れていったことに絶望したのだ。
今思えば、あの時のイザークもまた狭く自分勝手な世界に生きていたのだろう。
そこから放り出されることに耐え切れなかったのだ。
アスランたちだけのせいではないことは、イザーク自身がよく知っていた。
だがそんな我侭な自分は、まだ生かされている。
「私の命を拾ったのは、デュランダル氏だ」
「だから彼に忠誠を?」
「・・・そうじゃない」
「なら、何故?」
「デュランダル氏も、レイも・・・私の命が続くことを望んだ。
あの時の私にとってそれは、余計なお世話のはずだったんだ」
「・・・」
「でも・・・」
きっと誰かに言って欲しかった。
生きていてくれて嬉しい、と。
あなたこそが必要なのだ、と。
アスランは、そうは言ってくれなかった。
理不尽でも、身勝手でも、イザークはそう思わずにいられなかった。
三年前に踏みにじられた思いを・・・一生潜めていようと思ったそれを抑えきれずにいられない。
アスランは、イザークの三年分の思いが一気に噴き出していくのが分かった。
「イザーク・・・」
「どうしてあの時信じてくれなかったんだ、アスラン!?」
「・・・ごめッ」
「仲間だと思っていたのに・・・そう思っていたのは私だけだったのか?そうだったんだろう!?
私を好きだといったな?信じてもいない人間を、よくも好きだなんていえるものだ!!」
「イザーク・・・!」
「私は貴様なんか大嫌いだ!さっさとプラントの・・・ラクス・クラインの元に帰ってしまえ!」
「イザーク!!」
ベンチから立ち上がろうとしたイザークの体を、アスランは思わず引き寄せる。
つい胸を掴んでしまい、イザークはいやいやと暴れた。
これではただの変態だと、アスランは慌てて彼女の両肩を掴み直す。
そしてベンチを境に向き合った。
「イザーク・・・聞いて」
「・・・ッ」
「後悔してるんだ・・・許して欲しい」
もはや周りのことなど気にしていなかった。
アスランの視界にはただイザークしか映らない。
「君の言うとおりだ。君を信じられなかった・・・傲慢だった。自分のことしか考えていなかったから。
俺も、もちろんディアッカも、君がいなくなってからずっと心配していた」
「・・・」
「本心だ。・・・君が必要なんだよ、イザーク」
イザークが涙に濡れた瞳を上げる。
「君が、必要なんだ」
「私・・・わたしは・・・」
イザークは、何も考えられなかった。
他ならぬアスランの言葉であるから。
三年前なら、間違いなく・・・何よりも必要とした言葉だ。
それでは、今は?
今言われて自分は嬉しいのだろうか?
とっさに判断できなかった。
―――レイ。
判断できないまま。
アスランの吐息が、顔に掛かる。
「イザーク・・・」
「・・・ッ」
唇が、触れ合っていた。
ブログ掲載 2006/11/26
2006/12/27