ウラギリ 02




 「そんな顔しちゃ駄目よ、レイ!」
 「そそそそ、そうだぞレイ!絶対何かの間違いだって!!」
 「疑惑は私たちが晴らしてあげるから」
 「俺たちはいつだってレイとイザークさんの味方だぞ!」
 
 身を乗り出して口々に叫ぶシンとルナマリアに、レイの頭痛はさらに酷くなった。
 いい加減にしてくれ、と言いたい所だが、自分を気遣ってくれているのは分かっている。
 そして、気を使わせなければならないほど今の自分の顔は情けないものだということも。 
 「絶対、整備士たちが嘘ついてるのよ、あの二人がキスしたなんてありえないわ!」

 あの日、いつも特務から戻ってきたレイを迎えてくれる愛しい麗人はいなかった。
 あったのは、アスラン・ザラとイザーク・ジュールが注目される中キスを交わしたという噂。
 どうやら現場は他ならぬドック、整備士たちの目の前だったらしい。
 だから彼らは酷く興奮していた。
 調整が必要なレイのザクなど目に入らないほど。

 「嘘じゃなきゃ、やっぱりフェイスの権限使って脅したんだよ。そうに決まってる!」
 シンが拳でテーブルをだんっ、と叩く。
 頬杖を付いていたレイの頭痛はさらに悪化した。
 我慢できなくなり、レイは目の前のランチプレートをそのままに席を立つ。
 「あ、あれ?レイどうしたの?」
 「医務室に行って来る・・・」
 「大丈夫?顔色悪いわよ」
 「少し頭痛がするだけだ」
 そう言うと、ふらふらと食堂を出ようとする。
 一緒に行こうかとルナマリアの声に、手を振ることで応えた。



 医務室に向かう途中も、レイの頭の中にあるのはイザークのことだった。
 初めて会ったときから、彼女に心奪われていた。
 その美しく純粋な魂が、心無い者たちに踏みつけられたことを知り、酷く憤ったのを覚えている。
 もう誰も愛さない・・・。
 そう口にした彼女を、ただひたすら守ると誓った。
 彼女の「特別」にならなくてもいい。
 ただ遠くで、彼女を見守ることができればそれでいいと・・・。
 だが。
 レイは自分の浅ましさを知っている。
 イザークの細い身体を押し倒し、彼女を犯す夢を何度も見た。
 上辺では綺麗事を並べても、心の奥底では汚したいと願っているのだ。
 いつか衝動を抑えきれなくなり、夢の通りになるかもしれない。
 その疑惑は、アスラン・ザラの登場で確信に変わった。
 彼がイザークに近づく度、それは自分のものだと叫びたくなる。
 嫉妬しているのだ。
 イザーク。
 イザーク。
 イザーク・・・。
 愛しています。
 愛して・・・。

 「愛してる、イザーク」

 どきりとして、足を止めた。
 ちょうど廊下の角を曲がるところ。
 死角になっているところから、「あの男」の声がする。
 イザークを傷つけ、見捨て、それでも愛される・・・憎たらしいあの男の声が。
 
 「愛してるんだ、イザーク・・・」
 「やめろ、アスラン」
 弱々しい、イザークの声。
 「俺を許せないのか?」
 「そうじゃない・・・」
 「なら・・・っ」
 「私は誰も愛さない・・・」
 「それは嘘だ」
 「・・・」
 「君は愛されたい。必要としてもらいたいはずだ、この俺に」
 「違う、やめろ!」
 「違うなら、何故あの時逆らわなかった?振り払おうともしなかったじゃないか」
 「私は・・・ッ」
 「俺のことを、好きなんだろう?」
 「・・・ッ」
 「イザーク・・・」
 「私、は」

 駄目だ。
 その先を、言わないで。

 「イザーク!」
 レイは、自分自身の行動に驚いた。
 叫んで、二人のいる場所へと飛び出していたのだ。
 だが・・・次の瞬間にはしなければ良かったと後悔した。
 勝ち誇ったような笑みを浮かべるアスランの腕の中に、イザークがいる。
 驚いたような、愕然としたような、そんな表情でレイを見上げていた。
 レイは動けない。
 駆け寄って、イザークをアスランから奪い取りたいのに。
 自分こそがイザークを抱きとめて、愛をささやきたいのに。

 レイはそれでも口を開く。
 何か言わなければと思った。
 何かを・・・。
 何を?

 立ち尽くすレイの頭上で、艦のスピーカーがアラームを鳴らしていた。




 敵はいつもより数は少なかった。
 偵察機を発見した時点でコンディション・レッドが発令されたため、パイロットたちは迅速に行動した。
 いつもの通り、インパルスとセイバーは空中、ザクシリーズはミネルバの艦上で。

 『シン、あまり艦から離れすぎるな!』
 『分かってますよ、あんたこそ回りすぎじゃないんですか?よく酔いませんね』
 『シン、冗談言ってる場合じゃないでしょう!』
 『そうだ、真面目にやれ!』
 『俺はいつだって真面目です!敵を倒せばいいんでしょう!!』
 シンのふてくされたような声。
 それを諌めるルナマリア。
 いつもと変わらぬアスラン・・・。

 無線からの三人のやり取りを、レイはぼんやりと聞いていた。
 聞きながら、ライフルの標準を合わせて、撃つ。
 ・・・ああ、外れてしまった。
 今日は調子が悪い。
 『レイ、右をお願い!』
 「・・・」
 『レイ、聞いてる?』
 「了解」
 ルナマリアの声にワンテンポ遅れて反応した後再びライフルを構える。
 『ちょっとレイ!右って言ってるでしょ!?大丈夫?』
 「・・・」
 右・・・?
 そうだ、ルナマリアは右と言ったのだ。
 レイはライフルの標準を右へとずらす。
 まだ何かルナマリアが言っているようだが、耳には入らなかった。
 何だか、身体が熱い。
 どうしたのだろう・・・イザークとアスランのやり取りを見てしまって、動揺しているのだろうか。
 ・・・なんて情けない。
 ギルに知られたら呆れられてしまう。
 
 『レイ、どうした?』

 イザーク?
 ああ、イザークの声が聞こえる。
 『レイ』
 無線を通してのものだろうか。
 それとも直接?
 もう自分では判断できなかった。
 一体自分はどうしてしまったのだろう・・・。


 レ イ !



 まぶたを押し開けた。
 視界に光が差し込み、思わずうめく。
 白すぎて何も見えなかった。
 「・・・レイ」
 ひやり。
 額に冷えた指の感触。
 ・・・これを知っている。
 だって、レイはいつだってこれを手にとって、親愛の口付けをしていたのだから。
 「レイ」
 「・・・イザーク、ですか?」
 霞んだ視界に、愛しい人の姿が霞んで見えた。
 額にあった彼女の手が、ゆっくりと滑って頬へと移る。
 心地いい・・・。
 「イザーク」
 「レイ」
 イザークの後ろに、無機質な天井が見える。
 ・・・天井?
 レイはそこでようやく、自分がベッドに横たわっていることに気付いた。
 どうしてだろう。
 確か自分はザクに乗って戦闘をしていたはずなのに。
 その疑問を口にしようとしたレイだが、吐いた自分の息が酷く熱を帯びていることに驚いた。
 「お・・・れは・・・」
 「倒れたんだ。ザクのコクピットの中で」
 「・・・」
 瞳を瞬いているレイに、イザークは戦闘はとっくに終わっているから心配するなと笑った。
 「すみま、せん」
 「お前、酷い熱だぞ。体調管理もパイロットの仕事だといつも言っているのに」
 「はい」
 どうやらここは医務室のようだ。
 
 正直、レイがはっきりと覚えているのは食堂でシンやルナマリアと話している時まで。
 それ以降のことは、どこからが夢でどこからが現実なのか区別が付かなかった。
 ザクで出撃したことすら定かではない。
 いいや、これも夢かもしれない。
 イザークは、遠いところに行ってしまった・・・アスランのところへ。
 だから、自分は都合のいい夢を見ているのかもしれない。

 「レイ?」
 呼びかけたイザークの手を、レイは必死に掴んだ。
 せめて夢の中でだけは、彼女を失いたくない。
 ここでなら、彼女を求めてもいいはずだ。
 「イザーク・・・行かないで」
 「レイ」
 「イザーク・・・イザーク・・・愛してるんです・・・。アスランのものになんか、ならないで・・・ッ」
 自分が何を言っているのか、よく分からない。
 ただ口が動くままに言葉を紡いだ。
 「愛してる・・・アスランよりもずっと、俺の、方が・・・」
 「レイ・・・」
 「俺のものになって・・・。好きだと言って・・・」
 「レイ、どうしたんだ?」
 「イザーク・・・」
 ぼやけたレイの視界に、影が落ちる。
 頬に柔らかくて、暖かいものが落ちた。
 「イザーク?」
 今度は、額に。
 そして・・・。

 唇に触れたものに、レイはむさぼるように食いついた。
 相手は一瞬驚いたようだが、離れずにレイの求めに応じる。
 
 やはり夢だった・・・。
 もはやアスランのものになってしまったイザークが、レイに口付けをしてくれるはずがない。
 レイは絶望すると同時に、それでもその幻想を離すまいとする。
 イザーク。
 イザーク。
 イザーク・・・!

 浮かされるように、愛しい人の名前を呼んだ。



 
 レイは夢を見た。
 最近はイザークのことしか頭になかったのに、意外な人が出てきた。
 レイを暗闇から連れ出してくれた人だ。
 ああ、ギルもいる。
 彼はレイをギルに預け、行ってしまった。
 そして、二度と戻ってこなかった。
 己を呪い、人間を呪い、世界を呪っていた。
 レイにはとても優しかったのに・・・全てを滅ぼそうとした、悲しい人だった。
 漠然と思う。
 自分も、彼と同じ運命を辿るのだろうか。
 いつか訪れる残酷な運命に絶望し、全てを滅ぼそうとするのだろうか。
 だって、レイは彼自身なのだから。



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ブログ掲載 2006/12/9・15
2006/12/27