ウラギリ 03




 ギルバート・デュランダルにとって、女性とは永遠の謎である。

 自分の細胞を受け継いだ子供が欲しいからという理由だけで、将来を誓い合った相手を捨てたタリア・グラディス。
 遥かな理想のために、愛しているはずの男を甘い言葉で利用し、戦地に送り込むラクス・クライン。
 愚者として散った父を神と祭り上げ、その影に今なお縛られ続けるカガリ・ユラ・アスハ。
 ギルバートにしてみれば、それらは全て奇行としか映らない。
 全く持って、女とは不思議な生物だ。


 ディオキアに到着したミネルバを待っていたのは、地球に降りていたギルバート・デュランダルだった。
 こうやって地上部隊を回って武器や新型MSを登用させ、さらには政治的な自分の支持も取り付ける。
 彼の勢力は、これまでプラントの軍事部門を独占していたクライン派のファクトリーを脅かすほどになっていた。
 その彼が、ミネルバ部隊の来航に合わせてディオキアを訪れていたのだ。
 ギルバートは負傷して休養中のレイを除くパイロットたちと艦長のタリアをランチへと誘った。
 食事中は終始和やかだった。
 クライン派のアスランはそれほどギルバートに噛み付くことはしなかったし、
 インパルスの功績を褒めたたえられたシンは特にご機嫌だった。
 だが、その中で。
 一人、ギルバートに冷たく挑むような視線を注ぎ続けた人物がいた。
 

 その彼女が今、目の前に立っている。


 「とりあえず、そこに座ったらどうだい?ミス・ジュール」
 ドアの前で立ち尽くしている彼女に柔らかい笑みを浮かべると、ギルバートはテーブルに置かれたティーポッドを手に取った。
 ギルバートのために用意されたホテルの一室を訪れたイザーク・ジュールは、無言のままその勧めに従う。
 黒い軍服はいつものようにきっちり着こなしているものの、長い銀の髪は束ねずにおろしていた。
 「夜分に突然お尋ねして申し訳ありません」
 差し出されたティーのカップを一瞥すると、イザークはようやく口を開いた。
 怜悧な美貌が僅かに強張っている。
 何となく、ギルバートは彼女が何のためにここに来たのかを理解した。
 レイの不調と関係があるのだろう。
 しかし心のうちを押し隠し、あくまでいつも通りに接する。
 「それで、何か用かい?ランチの時・・・他の皆の前では言い難いことだったのかな?」
 「その通りです」
 「・・・ほう」
 ギルバートは瞳を細めると、琥珀色のそれにイザークを映す。
 対するイザークの美しい蒼珠は、鋭い刃のようにギルバートを射抜いた。

 「レイを、解放してください」

 ギルバートは、その言葉に別段驚かなかった。
 レイの解放・・・つまり、レイが現在背負っている全てのものからの解放。
 いくらレイが隠そうとしても、鋭いイザークが気付かないわけはない。
 それにしても・・・。
 ふーっ、と。
 ギルバートは長いため息を吐いた。

 「それにしても、分からないな。イザーク」
 「・・・」
 「君はまた、傷つこうというのかい?」
 イザークは、レイが秘かにしてきたことにずっと前から気付いていただろう。
 けれど、知ったところで行動は起こさないはずだった・・・『あの時の』イザークのままなら。
 「君はかつて、信頼し愛した者たちに裏切られ、傷を負った」

 絶望して一度は命を絶とうとした。
 それを救い、彼女を必要とする者しかいないゆりかごへと連れて行ったのが他ならぬギルバートだ。
 「君は何も信じないと誓ったはず。何者も愛さないと誓ったはずだ」
 純粋に慕ってくるレイにさえ、その心を全て開こうとはしなかった。
 そのレイを・・・。
 「また守ろうとするのか、また信じようとするのか?レイを愛せるのかい、心の底から?」
 かつてイザークが守りたかったのはプラント、家族、共に戦う仲間たち。
 しかしその思いは砕け散り、踏みつけられ、イザークはその思いを持っていたことすら忘れようとしていた。

 「レイもまた、君を裏切るかもしれないよ」
 アスランのように、ディアッカのように・・・プラントのように。

 「レイを守りたいと思うのは、あの子が君を愛したからなのか?」
 「・・・そうかも、しれません」
 イザークは、ギルバートに向けていた視線をゆっくりと下に落とした。
 ゆらゆらと揺れるティーの白い湯気を目で追う。
 合間に、ベッドで自分の名前を呼ぶレイが見え隠れした。

 ―――イザーク・・・行かないで。
 ―――愛してるんです・・・。アスランのものになんか、ならないで・・・ッ。
 ―――アスランよりもずっと、俺の、方が・・・。
 ―――俺のものになって・・・。好きだと言って・・・。

 自分を慕うレイの思いは知っていた。
 彼は普段冷静なようで、そういった感情は顔に出る子だった。
 でもイザークは傷つくのを恐れて見ない振りをした。
 レイもまたそれを感じ取り、無理にイザークを求めようとはしなかった。
 初めてだったのだ。
 熱に浮かされていたとはいえ、レイがあんなに赤裸々に、そして必死にイザークを求めたのは。
 激しい彼のキスは、今でもまだはっきり覚えている。

 イザーク。
 イザーク。
 イザーク・・・!

 あの日、レイはイザークを呼び続けた。
 かつてイザークがアスランを呼び続けたのと同じように。
 切なくて、悲しい。
 アスランはイザークの呼びかけに応えようとはしてくれなかった。
 それでは、自分は?
 苦しみながらイザークの名前を呼び続けるレイに、どうやって応えればいい?
 この子の幸せは、どうやって守ったらいい?

 
 「レイを、解放してください」


 イザークは同じ言葉を繰り返した。
 「私が、あの子の代わりになります」
 レイの代わりに、ギルバートが命じる『特務』を受ける。
 そのために、ここに来た。
 「傷を受けるかもしれないよ」
 「知っています」
 「死ぬかもしれない」
 「・・・はい」
 「人を騙し、利用し、最後には殺す・・・汚い仕事だ」
 「・・・」
 ギルバートは淡々としていた。
 政治家の彼にとって、こういった裏工作は当然のこと。
 そしてそれは、ギルバートに絶対の服従を誓う者でなければならない。
 レイは最適だった。
 ギルバートを父親同然にしたっていたことはもちろん、愛するイザークとクルーゼを貶め、踏みつけたラクス政権を憎んでいた。
 そしてギルバートが政権を担った時こそ世界の未来は明るくなると、心から信じているのだ。
 では。
 イザークは?
 
 ギルバートは立ち上がると、イザークが座っているソファへと腰を下ろした。
 そして右手をすっと上げ、彼女の白い顎を掴む。
 「逃げるのなら、今のうちだよイザーク」
 指で唇をなぞった。
 すると、その唇の端がきつく引き結ばれる。
 蒼眸は、さらに鋭さを増していた。
 「逃げません」
 レイと同等の信頼を得るためには、何を代償とするのかを承知していたということか。
 まったく。
 本当に女という生き物は・・・。
 
 「・・・では、覚悟の程を見せてもらおうか」




 イザークは、白み始めた窓の外をぼんやりと眺めていた。
 シーツを羽織っただけの体には鈍い痛みが残り、ひんやりとした空気がむしろ心地よい。
 白い肌に散った痕が否応無しに身に起こったことを物語り、じくじくした嫌なものが胸に凝った。
 泣けばいいのかもしれない。
 己の不幸を嘆いて赤ん坊のようにみっともなく叫び続ければ、このわだかまりも涙と一緒に流れ落ちるのかもしれない。
 けれど。
 目からは一滴の涙も出なかったし、唇からも乾いた吐息しか漏れなかった。
 
 自分から望んだことだ。
 ギルバートはイザークの体を乱暴に扱ったわけではない。
 ・・・かといって、優しくされたわけでもなかったが。

 ふと。
 イザークは気配を感じて振り向く。
 バスローブ姿のギルバートが立っていた。
 「起きていたのか・・・気分はどうだい?」
 「・・・」
 無言で返したイザークに対し、ギルバートは気を悪くした様子もない。
 そして棚へと近づくと、その引き出しの奥からなにやら書類のようなものを取り出した。
 「レイに頼むはずだったものだ」
 「・・・ッ」
 ぱさぱさに乾いたイザークの唇が、僅かに震えた。
 差し出された書類を凝視する。

 その中にある、一つのディスク。
 さりげなく混ぜられたようで、しかしイザークにはすぐ分かった。
 これこそが、レイの『運命』を変えることが出来るもの。
 ギルバートはイザークの無言の訴えを・・・本当の望みを見抜き、それに応えた。

 「レイを解放したいという君の覚悟は見せてもらった」
 「・・・」

 「君を信頼しよう。行ってくるといい」
 


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ブログ掲載 2006/12/24
2006/12/27