アイノカタチ 01



 「お前とまた会えるなんて思わなかったな」
 そう呟いたイザークを見下ろす懐かしい顔は、むっとした様子で眉をひそめた。
 言外に「何がおかしいんだ、この馬鹿」と伝えている。
 それにまたイザークは笑った。
 

 「もうお前の無事はミネルバに伝えてある」
 フェイは静かにイザークの銀髪を指で撫でた。
 麻酔が効いている彼女はややとろんとした眼で、それでもしっかりフェイの話を聞いているらしい。

 フェイとイザークの再会は、ほぼ三年ぶりだった。

 デュランダルの命令でとある地球の技術会社との調停を任されたフェイは、突然その足で中東に向かうことを指示された。
 訳も分からないまま部下と指定された場所に向かい、そして見つけたのは青いザクとそのコクピットに血まみれで横たわる女性。
 ・・・イザークだった。
 彼女を見たとき。
 デュランダルが自分の派閥でもないフェイをどうしてここによこしたのかを理解した。

 「今、ミネルバはどこにいるんだ・・・?」
 「ベルリンだ」
 「・・・ドイツ?」
 「そうだ。・・・さすがに地理には詳しいな」
 身体を起こそうとしているイザークを、フェイは手伝ってやる。
 服越しに伝わる背中の感触は、ほとんど筋肉で固かった。
 「いつ合流できる?」
 「少しかかるな・・・。ミネルバは今、特務中だ」
 特務。
 その言葉を耳にした瞬間、リラックスしていたイザークの顔が強張った。
 「とく・・・」
 「勘違いするな。お前がやっていたのとは別物だ」
 「・・・」
 「危険なことに変わりないけどな。連合がまた妙なMSを作って、ベルリンを焼き払っちまったんだ」
 だから鬼退治だよ、と付け足して。
 フェイはカーディガンをイザークの肩にかける。
 そしてぽんぽんと背中を叩いた。
 「大丈夫さ」



 「大丈夫か?」
 ロッカーの扉を閉めて。
 そして後ろからかけられた声にレイは内心で舌打ちした。
 ぼんやりしすぎて、この男が背後に立っていたのに気付かなかったらしい。
 「大丈夫ですよ」
 どうせ気にしているのはレイの体のことでもメンタルのことでもあるまい。
 そのままレイはロッカールームを立ち去りたかったのだが、
 その男・・・アスラン・ザラは素早く扉に回り込み、出口を背中でふさいだ。
 レイもじたばたするのは止め、アスランの顔を見据える。
 こうやって彼と向かい合ったのは、ディオキアに入る直前・・・アスランのイザークへの告白場面に遭遇して以降だ。

 「デュランダルとお前が影で何をやっていたのかは知っている・・・」
 口火を切ったアスランを、レイは静かに受け止めた。
 確かに、こういうことだけには勘の良いアスランは気付いていただろう。
 アーモリー・ワンの三機のガンダムの情報を流したのも、連合にとって都合の悪いテロリストと接触したのも、
 クライン派にとっては重要でデュランダル派には目障りな人物を暗殺し続けたのも。

 全てレイだ。

 そして・・・。
 「どうしてイザークを巻き込んだ?」
 当然の、疑問だった。
 レイは無言のままだ。
 表情も変えなかった。
 「デュランダルにとって、君もイザークも使い捨ての道具に過ぎないということか」
 それは違う。
 ギルバートにはギルバートなりの愛情がある。
 ・・・かなり歪んでいるが。
 「お前なんか」
 「・・・」

 「死ねばいい」

 そうだ。
 今までレイもそう思っていた。
 イザークが行ってしまうまでは・・・。

 「俺には何も出来ないと思っているだろう?」
 アスランが笑っていた。
 歪んだ笑みだ。
 「でも・・・俺にはフェイスの権限がある」
 それで。
 イザークを連れて行こうというのだろうか。
 無理矢理自分のものにしようというのだろうか。
 「イザークはもう傷つけさせない」

 


 「お前を、傷つけてしまった」
 視線を落としてそう呟いたイザークに、フェイはかけるべき言葉に迷った。
 確かに、イザークはフェイを傷つけたかもしれない・・・でもそれはただ一度のことだ。
 しかもフェイはそれまでイザークへの想いを誤魔化していた。
 どちらに非があるといえば、今では自分の方にあったのではないかとフェイは思っている。
 どっちにしろ、彼女を癒すにはフェイの存在は何かが足りなかったのだろう。
 「俺さ、実は結婚したんだ」
 イザークは蒼い瞳を丸くして見返してくる。
 何だかくすぐったくなった。
 「子供はまだだけど・・・それなりに幸せだよ」
 「そう、良かった」
 イザークは本当に嬉しそうに微笑んだ。
 そんな彼女に、フェイは言葉を投げかける。
 
 「・・・お前は?」

 「え?」
 「お前は、幸せ?」
 「・・・」
 「分かるんだ、幼馴染だからな。・・・お前は今、誰かのために命をかけてる」
 「・・・」
 「お前、不器用だよな。『愛する』と『命をかける』を一緒にしないと駄目なんだもん」
 「そう、なの?」
 「気付かなかったか?」
 フェイはいかにも呆れたという感じに苦笑を漏らす。
 けれども、そんな彼も気付いたのはつい最近だ。
 フェイはイザークの白い手に自分の手を重ねる。
 そして潤んだアイスブルーを真っ直ぐに覗き込んだ。
 「お前、幸せか?」
 「フェイ・・・」
 「そいつを『愛して』、幸せか?」

 フェイは知っている。
 イザークはかつて、アスラン・ザラを愛した。
 母を愛し、プラントを愛し、そこに住む民を愛した。
 そしてその愛の証立てをするかのように、命をかけて戦った。
 愛して、愛して、愛して・・・真っ直ぐに愛して、しかしながら、幸福にはなれなかった。
 彼女だけが不幸になったのだ。
 あまりに不公平な愛の結果だった。

 愛イコール幸せではない。

 だから、こんどこそ。 
 「私は・・・きっと、幸せだよ」
 ふわりとした言葉を唇に乗せたイザークに、フェイは瞳を瞬く。

 「アスランを愛した時は、ただ自分のことしか考えていなかった」
 その碧の瞳が、自分という存在で満たせればと思った。
 彼を思うだけで心が熱くなり、彼が自分を見てくれるだけで胸が躍った。
 あまりに幼く、純な恋だった。
 だからだろう。
 全てを諦めたはずなのに、今でも彼の言葉にぐらついてしまうのは。
 「きっと、懐かしんでいたんだ。アスランへの気持ちは、ミゲルやニコルとの思い出も一緒だから」
 もう二度と。
 取り戻せないもの。

 「でも、レイのことは違う。あの子は・・・醜い私を知っているから」
 自らの命を絶つ。
 そんな愚かな行為をしたイザークを、レイは受け入れた。
 「あの子をずっと見ていたんだ」
 弟が姉に抱くような感情から、ゆっくりとそれが異性に対するものに変化してきたことをイザークは知っている。
 なのにレイはイザークの一番になろうとはしなかった。
 きっと誰よりも強く望んでいただろう。
 でも無理強いはせず、イザークにとっての最良を望んだ。
 それがレイの愛し方。
 「あの子を、愛している」
 母性に近いものかもしれない。
 傷ついてほしくはない。
 笑っていて。
 幸せでいて。

 
 「そうだな、それは愛だよ」
 イザークの頭を撫でながらフェイが呟く。
 「本当の苦しみを知っている人間にしかできない・・・深い愛し方だ」
 「良かった」
 「何が?」
 「自信がなかったんだ。これが愛じゃないといわれたら、どうしようかと思った」
 「ばぁか」
 俺だって、まだお前を愛しているよ。
 身体を求めるだけが愛じゃない。
 でも。
 「でも、またお前は傷つくんだな」
 レイという少年がどんな立場にあるのか、フェイには分からない。
 だがイザークが今現在こんな危険なことをしている以上、当時のアスラン・ザラよりも複雑な境遇に置かれているのだろう。
 せめてもの救いは、彼がイザークに対して真摯な愛を示しているということだ。
 
 「大丈夫、私はまだ戦える」
 傷ついても平気。
 今度はその先を知っている。
 それに。
 「レイも、私と一緒に戦ってくれる」
 レイは裏切らない。
 ずっと傍にいてくれるだろう。
 ずっと・・・。

 空色の瞳の少年に対する疑いは、今のイザークの中には微塵もない。




 「全て遅いんですよ、アスラン」

 艦内放送が流れている。
 パイロットに集合を告げるアナウンスだ。
 崩壊したベルリンは目の前。
 ロゴスが作り出した悪魔の兵器《デストロイ》を討つため、ミネルバは出撃する。
 「あなたの決意は遅すぎた」
 すたすたと出口に向かうレイに気圧され、アスランは身じろぐ。
 「どういうことだ」
 「言葉のままですよ」
 そっけなく言い返すレイに、アスランはとうとう道を開けてしまった。
 「もっと早くあなたがイザークを連れ去っていたなら、イザークは行かなかったんです。
 俺も彼女を諦めて、孤独に死んだでしょう・・・でも、今は駄目だ」
 いや、そうじゃない。
 レイは首を振る。
 「もっと、もっと早くだ。あなたが三年前に自分の想いとやらに気付いてイザークを守っていたら・・・っ」
 「レイ」
 「イザークは傷ついた。今も傷ついている・・・同時に、俺まで傷つけて!」
 「・・・」
 もはやアスランに言葉はない。
 彼はレイの言うことを理解できなかった。
 理解できないからこそ、二人の間に踏み入ることの出来ないものを感じ取る。
 自分の浅考を思い知らされる。
 「俺は、死なない・・・そういう決意をした」
 最後のアナウンスが流れる。
 レイは扉をくぐった。

 「血にまみれて、イザークと生きるんだ」
 
 そういう愛し方を。
 もう・・・決めてしまった。
 止めることは出来ないのだから。




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2006/12/28