アイノカタチ 02
インパルスとミネルバがベルリンで巨大殺戮MS<デストロイ>を撃破した・・・。
その報を聞いてすぐ、イザークはフェイに別れを告げてミネルバに舞い戻った。
デストロイを退け更なる華麗な戦績を上げたことで、ミネルバのクルーは皆笑顔だった。
イザークのことなど眼中に無いといった感じだ。
これ幸いとイザークはクルーたちの間を擦り抜け、己の特務が終了した旨を艦長に伝える。
艦長室のタリアとアーサーもやはり機嫌が良かった。
それだけデストロイは手ごわく、危険な任務だったのだろう、安堵が見て取れる。
イザークは長期不在を謝罪したが、デュランダルから下された特務であれば叱責を受けるはずも無く、
仕事への労いとすぐに通常任務に戻ることを言い渡されただけだった。
艦長室を出たイザークは、ルナマリアの待つ二人部屋に向かう。
勘のいいタリアに突っ込まれたり、アスランやレイが乱入してこなかったことに多少緊張を緩めていた。
やがて部屋の前の廊下にたどり着いたイザークだが、目的のドアの前に誰かが立っていることに気付く。
ワインレッドの軍服に一瞬どきりとするが、それは危惧した人物ではなかった。
「シン・・・?」
シン・アスカだった。
ドアの前でブザーに手を伸ばしたかと思えばすぐに下ろし、足踏みしたりと奇妙な行動を繰り返している。
思わず見入ってしまったイザークだが、シンの方もすぐこちらに気が付いた。
「イザークさん!」
やや土気色だった顔色がぱっと明るくなり、イザークへと駆け寄ってくる。
いつものシンだ。
「良かった・・・!戻って来れたんですね。怪我したって聞いて・・・皆心配してたんです」
「ああ。すまないな。大した怪我じゃなかったんだが」
「そうなんですか?」
眉を寄せるシンに、笑顔で頷く。
「戻ろうとしたのとミネルバのデストロイ撃破の特務と重なってしまったんだ。戻るに戻れなくてやきもきしていた」
そう言いながら、シンの黒髪をなでる。
ほんの一週間ほどしか離れていないのに、随分背が伸びたような気がした。
もうほとんど同じくらいだ。
「お前の方こそ怪我が無くて良かった」
「はい。ルナもレイも・・・ついでにアスランも元気です」
「今、艦長室に挨拶に寄ったんだ。グラディス艦長がお前の活躍を褒め称えていたぞ。良かったな」
「え、は・・・はい」
タリアはだらしないところがあるシンにはあまり容赦しない。
それが戦果を褒めていたと教えてやれば嬉しがるかと思ったのに、真紅の瞳は大きく翳った。
イザークは不審に思いつつも言葉を並べる。
「すごかったそうじゃないか。レイたちも出たのに、デストロイを撃破したのはほとんどインパルス単機だったと・・・」
間違いなく勲章ものだ。
だが、シンの表情は晴れるどころかさらに曇ってしまう。
イザークも口を止めた。
「シン、どうしてそんな顔をしている?」
「・・・」
「ルナマリアに用なのか?」
「・・・俺」
「シン」
「・・・オレ」
シンの唇が僅かに震えている。
適する言葉を必死に探しているのだろう。
イザークはシンがそれを見つけ出すまで静かに待った。
幸いにして廊下を使い物は誰もいない。
イザークとシンだけだ。
「オレ、弱いんです・・・。だからここに来た」
長い沈黙の後、シンはぽつりとそうつぶやいた。
「俺は、弱い」
「なぜそう思う?」
「ルナにすがりに来たんです・・・きっと。慰めてもらいたいんだ。一人じゃ耐えられないから」
「何に耐えているんだ?」
「デストロイ・・・」
「例のMS?」
意外な返答に思わず聞き返せば、シンはこくんと頷いた。
彼の戦歴を彩ったMSと、戦闘後に何かあったらしい。
「パイロットの顔を見ちゃったんです。・・・引きずり出されてて」
ああ、なるほど。
「生きてたのか?」
「いいえ。死んでました・・・俺が、殺したんだ」
「そう、か」
「俺とそんなに歳の違わない男の子でした。
分かってたはずなのに・・・当たり前のことなのに・・・。
俺、おれ・・・何だかすごく堪らなくなって、居ても立ってもいられなくて・・・」
シンが握り締めた拳をぶるぶると震わせている。
それを見ながらイザークは静かに目を伏せた。
戦場に身を置く者であればいずれは通る道だ。
でも一人で思い悩み責めて心を壊してしまうよりは、誰かにすがった方がいいと思う。
割り切って戦士であり続けるか、戦場を去るか・・・どの道その二択しかないのだから。
だが、シンはイザークに吐露したことで大分気持ちが落ち着いたらしい。
「やっぱり、帰ります」
「大丈夫なのか?」
「・・・」
シンの口から短い息が漏れる。
大丈夫です、と返そうとして直前で止めたのだろう。
「俺・・・弱いままなのは嫌なんです。敵を倒す力を手に入れるだけじゃなくて心も強くなりたい。
だから一人で耐えます・・・強くなって、今度こそ守りたいんです、好きな人を・・・ルナを」
「ルナマリアを、守りたい?」
「はい。好きだから・・・。ルナのこと、好きなんです・・・まだ本人に言ったことないけど」
と、青白かったシンの顔に徐々に赤みが差していく。
言葉に乗せてから恥ずかしくなってきたのだろう。
シンは失礼します、と早口で言って敬礼すると、くるりと回れ右をする。
「シン」
その背中に声をかければ、ぴたりと彼の足が止まった。
「お前は充分強いよ。大丈夫、お前ならルナマリアを守れる」
イザークの言葉にシンは無言で頷く。
そして去っていった。
強くありたいと願う少年の背中を見送ったイザークは、息をついてドアを開けようとする。
だが、カードキーを差し入れる前にドアが横にスライドしてぎょっとしてしまった。
目の前に、深刻な顔をした赤い髪の美少女が立っている。
いつも華やかな笑顔を振りまいている印象が強いだけに、一瞬別人かと思ってしまった。
「ルナマリア・・・全部聞いていたのか」
ルナマリアはイザークの言葉に頷き、唇をかみ締める。
シンの言葉を反芻しているのだろう。
彼が目の当たりにした現実は、ルナマリアにとってもまた同じで優しくない。
「ルナマリア?」
「あ・・・ッ、えっと・・・ご、ごめんなさい!お帰りなさい、イザークさん」
ルナマリアはようやく自分が入り口を塞いでいたことに気付き、立ちっぱなしだったイザークに謝罪する。
そのまま上司のために道を開ける彼女だが、イザークはすぐには入り口をくぐらなかった。
「行かないのか?」
「・・・」
優しく問いかければ、ルナマリアの視線が地面に落ちる。
「シンを・・・追いかけていいんでしょうか?」
「お前のしたいようにすればいい」
「私、シンの邪魔になりませんか?」
「邪魔?何故?」
「シンみたいに真剣に考えてたわけじゃないんです・・・人の命とか倫理・・・みたいなの。
戦争だから仕方ないって、私はそんな答え方しかできません」
それでもいいんですか?
私は彼に相応しいんですか?
青紫の瞳が問いかける。
イザークははっとした。
「ルナマリア」
この少女に、かつての自分が見える。
何が正しくて。
何が相応しくて。
何が必要なのか。
正解は一つだと信じていたあの時の自分。
ああ、そうか。
・・・そうだったのか。
イザークはルナマリアの肩に手を置くと、シンが去った方へと誘う。
そして囁くように言った。
「答えなんか、要らないんだ」
必要なのは、互いの存在だけ。
自分は随分遠回りしてしまった。
ルナマリアがシンを求めて遠ざかる。
どうかあの子達は、すぐに気付いて確かめ合うことができますように。
2006/12/29