アイノカタチ 03
ルナマリアが出て行って一人きりになってしまったイザークは、手早く荷物を片付ける。
大した荷物を持ち出したわけではないため、すぐに終わった。
すると見計らったように呼び出しのブザーが鳴り、イザークは思わず苦笑する。
『イザーク。俺だ、話がある』
アスラン・・・。
イザークはさほど抵抗なくドアを開けた。
アスランには話さなければならないことがある。
わざわざ部屋に出向いてくれたのはちょうど良かった。
「イザーク!」
ドアが開くなり、アスランは部屋に飛び込んでイザークを抱きしめた。
ぎゅうぎゅうときつく身体を締め付けられ、息苦しさに顔をしかめる。
アスランにしては随分と積極的だ。
「よかった・・・良かった、イザーク」
「アスラン」
「君の身に何かあったら、レイやデュランダルを許さなかったよ」
「・・・」
そうか、やはりアスランは勘付いていたのか。
イザークは棒立ちになったままぼんやりとそう思う。
「怪我の具合はどうなんだ?酷かったのか?」
「アスラン・・・」
「すごく心配したんだ。・・・もう、こんな思いはさせないでくれ」
「アスッ・・・」
気が付けば、もうアスランの顔が間近に迫っていた。
しかしイザークはとっさに腕を上げてアスランの口を手のひらで塞ぐ。
口付けを阻止され、アスランは目を見張った。
イザークが自分を拒むなんて思いもよらなかったらしい。
「イザーク?どうし・・・」
「アスラン、お前にお別れを」
「!!」
碧の瞳の瞳孔が、一瞬縮こまる。
それが彼のかつてない衝撃を表していた。
「な・・・にを・・・」
アスランが自分を戒める腕が震えている。
だが、イザークは臆することなく真っ直ぐに彼を見据えた。
「お前のことを、愛していた。とても」
「・・・」
「でも、今は愛していない」
「!」
アスランの顔つきが一瞬にして変わり、目尻がつり上がる。
がっと顎を掴まれたかと思うと上向けられた。
「ッ、レイに言わされているのか?そうなんだろう!?あいつら、よくも・・・ッッ」
「アスラン!」
「・・・よくも、俺のイザークにッ」
「アスラン、聞いて!」
「・・・」
「今度こそ、私の本当の言葉を聞いてくれ」
怒りが湧き上がっていたアスランの瞳に、瞬時に絶望が浮かぶ。
イザークが何を言いたいのか、察しがついたのだろう。
聞きたくないとでも言うようにいやいやと首を振る。
「私はレイを愛したかった・・・。お前をかつて愛したように」
「なぜ・・・」
「あの子がくれた想いを、くれた分だけ返したいと思った・・・あの子はそれを望まなかったけれど」
「どうして・・・っ」
「本当は怖かった・・・でも、レイが私の知らないところで傷ついて、いつか死んでしまうかもしれないと思うと耐えられなかった」
「!!」
アスランが黒い軍服の襟をぎゅうと掴む。
ものすごい力だった。
けれども、イザークはひるまずその言葉を口にした。
「私はレイを愛している」
命をかけられる。
デュランダルに与えられた「特務」で、それを証明してきた。
レイのためなら、イザークは命を捨てることが出来る。
そして。
「また裏切られたとしても、今度こそ絶望しない愛し方をする」
もう純粋ではない。
汚れを知っている。
それでも。
まだ、それでも。
そういう愛し方をしたい。
・・・アスランではなく、レイと。
いやだ!!!
悲鳴だった。
アスランが唸りながら、イザークを床に押し倒す。
「・・・ッ!」
頭を打ち付け、イザークの目の前に星が散った。
アスランの手が掴んでいた軍服の襟首を左右に力任せに引き千切り、ホックの金具が弾け飛んだ。
アンダーもたくし上げられ、白くなまめかしい肌が露になる。
アスランは欲望のままにイザークの身体にむしゃぶりついた。
がちゃり。
「・・・」
覚えのありすぎる金属音。
沸点に達していたアスランの頭が急激に冷えた。
乳房に埋めていた顔を上げれば、額に硬い銃口が押し付けられる。
イザークが銃を構え、乱れた髪の間から蒼い怒りの眼光をぎらつかせていた。
「イザー・・・」
「これ以上やるつもりなら、撃つ。本気だ」
「・・・」
「私を手に入れたいのなら命をかけてみろ、アスラン」
「・・・」
アスランの手が、完全に止まる。
「私が、レイのために命をかけたのと同じように」
「・・・」
どんなに訓練を受けた軍人だといっても、イザークは女・・・それにアスランの方が常に成績が上だ。
この状態なら、銃を払いのけた上で彼女を無理矢理蹂躙することは不可能ではない。
不可能ではないけれど。
「お前にとって、私の身体は命をかける価値があるものか?」
「いざー、く・・・」
「お前は、命がけで私を愛することができるのか!!?」
鋭い刃物で。
胸を突き刺された気がした。
固まっていたアスランの意識を引き戻したのは、背後からのもう一つの気配だった。
乱れた服装で、それでも鬼気迫る形相で銃を構えていたイザークも気付いて目を丸くしている。
眉間に向けられていた彼女の銃口が、ゆっくりと下ろされた。
ごつり。
しかし、ほぼ同時に後頭部に当たるものがある。
硬く冷たい感触・・・。
やはり、銃口だった。
「レイ・・・」
イザークの青ざめた唇が、その主の名前を呼んだ。
「レイ・・・」
「アスラン、出て行ってください」
「・・・」
「見なかったことにしてあげます。行きなさい」
上司に対する命令形。
普通ならありえないことだと叱責するところだろうが、今のアスランには逆らう術が見当たらない。
レイに銃を向けられた憤りよりも、当然のように吐かれた失礼な言葉よりも。
イザークにはっきりと拒絶された衝撃の方が大きかった。
しかも。
一番指摘されたくないことを指摘されたのだ。
―――お前は、命がけで私を愛することができるのか!!?
イザークは知っている。
レイも知っている。
アスランが誰のためにも命をかけようとしたことがないことを。
命を捨てようとしたことはある・・・。
父が暴走させたジェネシスを機体ごと自爆させようとした時だ。
それすら、ただの逃避だった。
アスランは、全身全霊をかけて相手を愛する術を知らないのだ。
それでいて、誰かに己の気持ちを預けて無理に受け入れさせようとする。
自分は何一つその人の気持ちを理解しようとしないのに。
お前は誰も愛せないのだ、と。
上辺だけで心の底からの想いは決してないのだ、と。
・・・はっきりとそう言われた。
アスランが無言のまま去ると、レイはドアを閉めてロックをかけた。
乱れた服装を正し、立ち上がるイザークをじっと見つめている。
しばし重い沈黙が続いた。
だが、やがて。
耐え切れなくなったイザークが視線を上げる。
視線が合った。
瞬間。
レイが手を上げ、それが鋭くイザークの頬を弾いた。
ぱぁんっ・・・。
乾いた音がして、細い体が再び床に倒れこむ。
あっという間で、イザークは悲鳴を上げる暇もなかった。
「れ・・・い・・・」
感覚が麻痺した頬を押さえ、呆然とした表情でレイを見上げる。
怒っているとは思っていた。
でもまさか、いきなり殴られるなんて・・・。
いや、逆の立場ならイザークもそうしていたかもしれない。
「レイ・・・」
ぽたりと。
綺麗な雫が落ちた。
それに気付いてイザークはまた驚く。
怒っているかとばかり思っていたレイが、涙を流していた。
「レ・・・」
また名前を呼ぼうとして。
けれど、レイがイザークに抱きつく方が早かった。
「ーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」
そのまま。
彼は声を上げて嬰児のように泣き出す。
何かが噴き出したかのように、ただひたすらイザークの体を掻き抱き泣いていた。
イザークの瞳からも涙が溢れる。
一通り泣いて。
イザークはレイの耳元に呟いた。
「レイの腕は、暖かいな・・・」
雪が晴れたドイツの空の色は、ホリゾンブルーだった。
2006/12/30