ゼロ 01




 「何故引き受けたんですか?」 
 予測していたレイの問いに、イザークは淡く微笑んだ。


 アスランが部屋を去ってから一時間近くが経っている。
 ルナマリアは今夜は戻ってこないだろう。
 ベルリンでの戦闘を終えたミネルバはジブラルタルへと向かっている。
 差し込む夕日は鮮やかな橙だった。

 
 「何故・・・」
 「レイ」
 同じ問いを口にしようとしたレイを、イザークはやんわりと制した。
 そしてその首に白い腕を回し、額に唇を押し付ける。
 涙の味がした。
 「お前と同じだよ・・・」
 「同じじゃない」
 「同じだ。お前が私の心とこれから歩く未来を守ろうとしたように、私もまたお前の命とその先を守りたかった」
 「それが違うといっているんです」
 「・・・」
 レイはイザークの腕を振り払う。

 そして。
 突然乱暴に彼女の細い肩を掴んでベッドのシーツに押し付けた。
 乱れた軍服から所々覗く身体を、食い入るように見つめる。

 ・・・だが。
 レイのその瞳には、キラ・ヤマトやアスラン・ザラのような肉欲を感じさせるものがない。
 まるで。
 至高の宝石を眺めるかのような。
 静かで畏怖を抱くような。
 空にかかる虹を眺める無垢な子供のような・・・そんな眼差しだった。

 事実、イザークは美しい。
 この美しい宝石を穢す術など知らない。
 ただ眺め、ため息をつく。
 触れることすらためらってしまう。
 それは別にレイに性欲がないというわけではないのだ。
 彼にもその手の知識は人並みにあるし、経験も片手の指に余るくらいはしている。
 それでも。
 イザークは特別なのだ。
 
 「いいや、特別なのは私じゃない」

 イザークは手を伸ばし、覆いかぶさりそうに長いレイの金髪を指に絡める。
 空の色を映し取ったようなセロリアンブルーの瞳。
 ミルク色の肌。
 その・・・顔立ち。

 「お前が特別だと思っているのは、おまえ自身だ」

 「・・・」
 「ラウ・ル・クルーゼ・・・」
 「・・・っ」
 その名前にレイは一瞬息を呑むも、すぐに平静な顔を取り繕う。
 別に驚くことではない。
 イザークはラウの直属の部下だったし、レイと彼がただの親戚ではないということに感づいていただろう。
 そうでなくとも・・・彼女は、全てを知るギルバートと体を重ねたのだから。
 「ギルに聞いたんですね・・・俺が、ラウの・・・いいや、アル・ダ・フラガという男のクローン体だということを」
 「・・・」
 「そうですよ。俺は俺じゃない。レイ・ザ・バレルという人間は、もとから存在しない、紛い物なんです」
 レイは自嘲しながら、自分の手のひらを見つめる。

 銃を扱う武人らしく、無骨になってきている手・・・かつては白くて繊細で、音楽を奏でていた手・・・。
 レイは知っている。
 まだ若者らしい瑞々しさが感じられるこの手も、皺がより、染みが浮き、醜い血管が盛り上がる。
 それも何十年先というわけではない。
 クローンに生まれた、短命の定めだ。
 ラウを見てきたレイは、彼が苦しむさまを間近で見てきた。

 「俺も・・・死ぬ。ラウのように」
 苦しんで。
 苦しんで。
 苦しみぬいて、急速に醜く老いて死ぬのだ。
 だから!!

 「だから・・・、俺は密命をこなしてきた!」
 「私の未来のために?」
 「危険であればあるほど、俺は喜んでそれを引き受けた!」
 「私の知らないところで死ぬために?」
 「そう、そうです・・・っ」
 ぽたぽた、と。
 レイの瞳から涙が落ちる。
 散々泣いたと思っていたのに、まだそれは枯れてはいなかった。

 「イザーク・・・俺が誰よりも愛するあなたには未来がある。そして、俺にはない・・・。
 だから、あなたに触れられなかった。
 生まれたことさえ罪なのに、あなたの中に罪を残したまま逝くなんて・・・」
 子供を為すとか、そういう物理的な問題ではない。
 イザークのその白く清い心に入り込めば、それが一生彼女の中に刻み込まれることをレイは知っていた。
 それなら、どうせ死ぬならいっそ・・・。

 綺麗なままで刻んで欲しい。
 ラウの邸でピアノを通して出会ったあの時。
 ホリゾンブルーのワンピースを着た彼女と人目を忍んで散歩したあの時。
 あの時だけを!
 

 それが自分の運命を知ったレイの、唯一の望みだった。


 「馬鹿なレイ」
 「・・・」
 イザークはレイの話を全て聞き終えると、さびしそうに、けれど満足そうに笑った。
 そして彼の頭を抱き寄せ、頬にキスをする。
 今度は涙の味はしなかった。

 「そんな心配は、もうしなくていいから」
 「イザーク?」
 「お前にはちゃんと未来がある。私はそれを確かめてきた」
 レイは訳が分からず目を見張る。
 するとイザークは体を起こし、ベッドの下に投げ捨てられていた自分のポーチを拾う。
 そして内ポケットを探り、何かのディスクを取り出した。
 「何ですか?」

 「お前が、クローンではないという証拠」

 「え、・・・な!?」
 レイはディスクを凝視する。
 クローンではない?
 自分が?
 「これ・・・」
 自分の今までの苦悩を覆すものが入っているというのか、これに?
 「どういう・・・」
 「私はデュランダル氏と取引し、代償として体を差し出した」
 こんながりがりの体のどこが良かったんだろうな、とイザークは薄く笑う。
 「取引の内容は、『レイを開放すること』・・・お前の苦しめるもの、全てからだ」
 「!!」
 レイはようやく気付いた。
 レイを苦しめるもの・・・それはクローン体だという『ギルバートが造りだした運命』。
 理由は分からないが、イザークはレイがアル・ダ・フラガのクローンではないということを前もって知っていた。
 危険な『特務』の解放だけでなはく、おぞましい悪夢からも救い出そうとしてくれたのだ。
 「お・・・れは・・・」
 「確証がなかったんだ・・・いや、なにより私に勇気が足りなかった。すまない」
 「・・・」
 自分は死なない?
 そんな馬鹿な?
 今までギルに騙されていた?
 「そんな・・・おれは・・・」
 「お前には」
 「おれには」

 「未来がある」


 

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2006/12/31