ゼロ 02
イザークに渡されたディスクには、レイとラウの遺伝子とテロメアを比べたデータが詳細に記載されていた。
レイは遺伝子にもテロメアにも先天的に以上はなく、通常の人間と変わらない寿命を持っているということだ。
つまり。
アル・ダ・フラガとも、ラウ・ル・クルーゼとも、血の繋がりはあっても遺伝子的には全くの別人。
出生も明らかにされている。
レイは間違いなく、アル・ダ・フラガの血をひいていた。
アルが愛人との間に儲けた実子だったのだ。
アルは何らかの理由でその受精卵を取り出し、保存していたらしい。
おそらくレイは、正妻との子であるムウ、自らのクローンであるラウの教育が失敗した時の保険だったのだろう。
それが何かの偶然で研究所から研究所へと移り、地球のとある施設でレイは産声をあげることになったのだ。
誰にも望まれず、たった一人で・・・。
怒りは沸いて来なかった。
裸同然で捨てられたムウやラウと比べれば、レイはまだ恵まれている方だ。
その代わり、疑問があった。
このデータをまとめたのは他ならぬラウだったのだ。
レイのため?
あるいは自分自身のため?
もうそれを確かめるすべはないが、とにかくこれはラウからギルの手に渡った。
そしてイザークが『レイの開放』を理由に手に入れるまで、ギルバートは肌身離さず持っていたのだ・・・。
このギルバートの行動も、やはり疑問だ。
レイを騙して自分の木偶として操り続けたいのなら、そのまま処分してしまえばよかったのに。
「へぇー。これがレイのお母さん?」
いつの間にか後ろに立っていたシンが、ディスプレイを勝手に覗き込む。
咎めようと思ってレイは止めた。
・・・もう、誰にも何も隠し事をする必要がないのだ。
「綺麗な人だなぁ」
データの中には、たった一つだけカメラの静止画像があった。
それがこの水色の髪の女性・・・どうやらレイの生母に間違いないらしい。
ナチュラルで、北欧人だということ以上のことはラウでも調べ切れなかったようだ。
生きているのか死んでいるのか・・・名前すら分からない。
「ちょっとレイに似てるね」
「そうか?」
髪の色も、目の色も違う。
顔つきも怜悧な印象があるレイとは真逆で、柔らかく包み込むようなものを感じさせる女性だった。
「・・・うーん、雰囲気が。レイのお母さんがいたとしたら、こんな感じ」
「そういうものか」
「そういうもんだよ」
俺も両親のどっちにも似なかったし
そう言ってにっこり笑おうとしたシンだが・・・。
「いてっ」
急に頬に手を当てて顔をしかめた。
その様子がおかしくて、レイは思わず吹き出す、が・・・。
「痛ッ・・・」
やはり彼も片頬を抑えてうめいた。
「・・・」
「・・・」
「・・・ぷっ」
「あはははははっ」
「はははははっ!!」
顔を見合わせ、同時に笑い出す。
シンとレイの頬には、恋人からもらった昨夜の代償・・・。
大きなもみじ型のあざが、くっきりと残っていた。
イザークとルナマリアは、自分たちの艦長が女性で本当に良かったと心から思っていた。
「酷い生理痛なので一日休みを下さい」なんてこと、とてもじゃないが男性上司相手には言えない。
ベルリンでの功績やヘブンズベース到着までは表立った戦闘がないこともあり、
タリアは呆れ顔ながらも二人の休暇を許可したのだった。
「でもまあ・・・艦長のことだから、本当の理由にも気付いてるんでしょうね」
「だろうな」
共に並んでだらしなくベッドに寝そべる女性二人。
だがしかし、気だるげなその表情にはどこか艶めいたものが感じられる。
「シンが何だか・・・知らない男の子みたいだった」
「どうして?」
理由が分かっていながら、イザークはあえてルナマリアに尋ねる。
「だって・・・シンって普段子供っぽいじゃないですか。私、弟みたいに思ってたのに」
「お前の想像以上に大人のオトコだった?」
ルナマリアは白くて長い足をもじもじさせる。
太股にうっすらと指の痕がついていたが、イザークはあえて黙っていた。
「シンは格好良かっただろう?」
「え・・・えと・・・」
「お前のこと、ずっと好きだったと思うぞ」
「そ、そんなぁ」
ルナマリアの大きな瞳が宙を彷徨う。
面倒見がいいことで評判のこの娘は、どうやら周りの予想を裏切る初心らしい。
逆にシンはある程度は知識を持っていたはずだから、彼女は昨夜翻弄されっ放しだったのだろう。
たった一夜でシンに対する認識を改めざるを得なくなったルナマリアは、そのギャップに少々混乱しているのだ。
それでも幸せそうであることに変わりはない。
この様子では、昨日のシンの不安定の方も大丈夫のはずだ。
「でも良かったぁ・・・えへへ」
「なんだ、ノロケならもういいぞ」
「じゃなくてぇ、イザークさんとレイのことです!ずっと心配してたんですよ」
「ん、そうか?」
「そうかって・・・アスランがちょっかい出してきて、色々あったでしょ」
ああ、それかとイザークは苦笑する。
あの時は余裕などなかったが、シンとルナマリアをかなりやきもきさせてしまっていたようだ。
「あの・・・もう、大丈夫なんでしょ?イザークさんはレイとハッピーエンドなんですよね?」
「ハッピーエンド?」
まさかそんな言葉が出てくるとは思わず、イザークは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「レイのこと、好きなんでしょ?レイはずっとイザークさんのことだけを見てましたよ。それに昨日は・・・」
「うん・・・うん。まあ、そうだけどな」
イザークはまだ鈍痛がする腰を隠すように体を横向けにした。
「ハッピーエンドか・・・」
イザークの視界に、ルナマリアのベッドを挟んだオンライン画面が目に入る。
北極に近いある地域がクローズアップされていた。
これからミネルバが向かう戦場。
・・・戦う。
「この戦争が終わらないことには、ハッピーエンドなんてないさ」
ラクス・クライン、失脚。
ジブラルタルに到着したミネルバを待っていたのは、衝撃のプラント政変の報だった。
事件が起こったのは、ミネルバがベルリンでデストロイ破壊の勅命を受けてそれを成就した直後。
舞台は因縁のアーモリー・ワンだ。
クライン派の一部がデュランダルは戦争を拡大化させている危険人物であるとしてその暗殺、
アーモリー・ワンの制圧を目論んだのだという。
その本来の目的が、プラントの武装面の実力を確実に付けつつあったこのコロニーを手に入れ、
ラクス政権の更なる権力拡大を図ることだというのは明らかだった。
しかしデュランダル派はこの動きを事前に察知。
クライン派で構成されたテロリストは逮捕・拘束され、プラント武装面での実権を握ろうとした彼らの蜂起は失敗した。
この時点では議長であるラクスが関係していたという事実は確認されていなかったが、
蜂起失敗の直後にラクスはプラントを脱走していたことが判明。
かつてはプラントの歌姫として、救国の英雄として頂点に立った女王。
その権威が地に堕ちた瞬間だった。
数日後。
ラクスは逃亡を続けながらラジオ等で自分の正当性を主張し始めたが、
それは逆に民衆からも軍からも、そして評議会からも強烈な反感をかうだけだった。
彼女の理想が高ければ高いほど現実からは程遠く、誰もそれを受け入れられなくなる。
連合の蛮行に積極的に対峙するデュランダルの姿勢が以前から好感を受けていたこともあり、
ラクスの美しいだけで実のない言葉に酔う民衆は三年前ほど多くなかった。
ミネルバがジブラルタル基地に到着した翌日。
ヘブンズベースに逃げ込んだロード・ジブリール初めロゴスとの戦闘を目前にしたその日。
プラント最高評議会はラクス・クライン議長の不信任案を賛成多数で可決。
議長不在のため、彼女は即日議長を辞職。
ギルバート・デュランダルが臨時議長としてプラントを代表することとなった。
ジブラルタルのエアポート。
用意されたヘリコプターの前で、イザークとアスランは向かい合っていた。
「ここまで来て、ヘブンズベース戦には出ないのか」
「出たくとも・・・ね」
アスランは自嘲を浮かべながら数歩離れたところにいる衛兵たちを見やる。
監視役だ。
そしてアスランの胸にはすでに特務隊である証のフェイスバッチがない。
・・・ラクスの失脚がアスランの全てを変えた。
彼は評議会よりフェイスの任を解かれ、本国に召集される。
そしてラクス側の人間として厳しい取調べを受けるのだ。
三年前、イザークが受けた仕打ちを今度はアスランが受けることになる。
ちなみにラクスの側近だったディアッカは、妻共々彼らと脱走生活をしているようだ。
アスランは見捨てられた形になる。
静かなイザークの表情に、アスランは瞳を伏せた。
「俺を憐れんでもくれないんだな」
「ああ」
「やっぱり、俺のことを憎んでる?」
「三年前の私を、お前は憐れんでいたか?」
「・・・」
アスランのその無言は、肯定だった。
やはり・・・。
やはり、この男はイザークを最初から愛してはいなかったのだ。
己だけを愛で、慈しむ。
独りでいたい時は他人の迷惑など意に介さず勝手に殻に閉じこもり、
人恋しくなると自分にとって都合の良い相手を愛する振りをする。
・・・あまりに身勝手な男だ。
イザークは、何も言わずに踵を返した。
後ろでアスランが自分を呼ぶ声が聞こえる。
けれどイザークは耳を貸そうとしなかったし、そうする必要がないことを知っていた。
「元気で」とも「また会おう」とも「さようなら」さえ。
もう二人の間には必要ない。
いいや、独りよがりの世界に生きるアスランにこそ、そんな言葉はいらない。
アスランにとってイザークは最初から他人で。
たった今から、イザークにとってのアスランも他人になった。
ヘブンズベース戦は、今までのザフト対連合ではなく、打倒ロゴスを脈打った戦いだった。
ザフトに敵だったはずの連合軍が味方し、数の上ではほぼ互角。
それでも激しく抵抗したロゴスとの戦闘は熾烈を極めたが、軍配はザフトへと上がった。
ミネルバの活躍は特に素晴らしかった。
新たな機体、デスティニーとレジェンドを与えられたシン・アスカとレイ・ザ・バレル、
そしてインパルスとグフに乗り替えたルナマリア・ホークとイザーク・ジュール。
彼らが戦局をザフト有利に運び、ヘブンズベースは機能を停止した。
逃亡を図ったロード・ジブリールも頼ったオーブに拘束され、ザフトに差し出されることになる。
「髪を切るのは随分久しぶりだな」
「・・・俺はそのままで良かったのに」
床に散らばった、切り落とされた銀髪の束をレイが未練がましく見つめる。
イザークはその言葉を聴かない振りをして、肩口で切りそろえた髪をくしでといた。
『ラクス・クライン率いるテロリストは戦艦エターナル他《ファクトリー》の戦艦、MSを率いて本国から逃走・・・』
『武力はかなりの規模と思われます。臨時評議会議長デュランダル氏は・・・』
『テロリスト・クラインに関する情報です。ラクス・クライン率いるテロリスト・クラインはL3の宙域周辺に・・・』
「でも白い軍服は似合っています。イザークにこそ相応しい」
レイの手がイザークの首へと伸び、ゆっくりと襟のホックを閉める。
その手つきが何だかわざとらしくて、イザークは噴き出した。
『テロリストの首謀者、ラクス・クラインが犯行声明をしました。
それによると、デュランダル議長は私利私欲のために戦争を拡大し、ロゴスに成り代わろうとしている。そして・・・』
『オーブのカガリ・ユラ・アスハ代表は、テロリスト・クラインとの関連を全面否定しました。スポークスマンの話では・・・』
『テロリスト・クライン派のディアッカ・エルスマンはじめ、何人かの主要幹部が本国へ投降したことが判明しました。
デュランダル議長は彼らに対し、協力次第によっては寛大な処置をすると述べています』
兵士たちがその姿に気付き、道を開けて敬礼をした。
白い隊長服と軍帽をまとい、肩口で銀髪を切りそろえた麗人・・・イザーク・ジュールが颯爽と歩く。
その後ろに続くのは、ザフトレッドの三人。
『テロリスト・クラインがプラントに宣戦布告をしました』
『ザフトはテロリスト・クラインの攻撃命令を出し、これを討つことを明言・・・』
『テロリスト追撃には、歴戦の勇者である《ミネルバ隊》も加わるという情報があり・・・』
彼らは再び、戦場に赴く。
2006/12/31