PHASE-00「箱庭と少年」
「どうしてなんですか、おかしいよ!」
声変わりしたての少年の声が響いた。
ちょうどここは入国管理の窓口が置かれていたところだ。
デスティニープランをめぐる大戦が終わってから二年ほどはナチュラルの差別を逃れる難民が殺到してきたものの、
さすがに五年経った今では賑わいは収まっている。
さらに平日の昼時なだけあって、広いそこはがらんとした印象だ。
そこで机をはさみ、一人の少年と局員が何やら言い合っていた。
「どうして入国を認めてくれないんです?俺、プラントの人間になりたいんです!」
「パスポート一つで簡単に移民処理ができるわけないだろう!大体君は、ナチュラルじゃないか」
「プラントはナチュラルっていう理由だけで入国を拒否するんですか?」
「そうじゃない、ナチュラルだろうがコーディネーターだろうが、
戦争中でもないのに国籍を移動するには簡単にはいかないんだ」
「じゃあどうすればいいんです?」
「ご両親はどうした?君はもしかして、家出でもしてるんじゃないのか?」
「・・・ッ」
図星だったらしく、少年は押し黙った。
年頃は15、6歳だろうか、茶色の髪に青み掛かった緑という不思議な色合いの瞳をしている。
肌の色は黄色系だが、目鼻立ちはくっきりしており、それだけでは人種は判断しにくい。
「何とかしてください、俺、ザフトに入りたいんです」
「君、いい加減にしなさい」
痺れを切らした局員の嘆息が合図だったかのように、近くに控えていた警備員が二人、少年を押さえ込んだ。
「な、何するんだよ!」
「返る金がないなら工面してあげるから。我侭言ってないで自分の国に帰りなさい」
「そんな・・・っ!放せ、放せよ!!」
「こら、暴れるな!」
「おとなしくしろ!」
両脇を抱えられてもなお少年は暴れまくる。
それを警備員は乱暴に押さえ込んだ。
局員たちは気の毒そうに眺めているものの、仕事だと割り切っているのか少年に味方する者はいない。
「お願いだ・・・、俺、ザフトのパイロットになりたいんだよーーー!」
「何をしている!」
鋭い声が響き渡り、その場にいた全員が動きを止めた。
かなり威圧的な、何だか有無を言わせないような威厳のある声に、少年も抵抗を止める。
そして声のした方向を見た。
揃いも揃って白い軍服を着た四人の男たちが入り口に立っていた。
怒鳴ったのは手前にいる、一番背の高い銀髪の男のようだ。
「これは一体何の騒ぎだ、子供相手に何をしている?」
「穏やかじゃありませんねぇ」
銀髪の男の後ろから、深緑の髪をした中年の男も口を挟む。
すると局員たちと警備員は慌てて背筋を伸ばし、敬礼した。
「お騒がせして申し訳ありません、隊長!すぐに終わらせますから」
「・・・俺は、『これは一体何の騒ぎなのか』と質問したぞ」
銀髪が呆れたように言えば、局員たちは視線を泳がせる。
深緑の髪をした中年はくすくす笑い、残りの二人は興味なさげに出て行ってしまった。
「いやいや、良かったですねぇ。穏やかに収まって」
「何も収まっとらんわ」
「まあ細かいことは気にしないで。はい、コーヒーですよ」
中年の男が差し出した紙コップを受け取った少年は、「ありがとうございます」と頭を下げた。
あの後。
この白服の中年の方が局員に一言二言行っただけで少年は解放されてしまった。
ザフトのことを少しでも知っている人間であれば白い軍服を着た人間が軍の隊長クラスだということを知っているものだが、
それでもこの二人は特別らしい。
二人はとりあえず近くの休憩室に少年を連れ込み、一文無しだという彼にコーヒーを奢ってくれた。
「そういえば、お名前は何ていうんですか、坊や?」
「・・・タクトです。タクト・キサラギ。スカンジナビアから来ました」
「そうですか。私はヤン・ディーゼルです、よろしく」
「よ、よろしくっ」
手を差し出され、タクトはどぎまぎしながらもそれを握り返した。
ディーゼルは歳は30代半ば、柔和な顔つきをしている。
何が特徴かといえば、先ほどからにこにことした笑みを全く崩していない。
口調も物腰も丁寧で、とても軍人とは思えなかった。
「それからこの人は・・・」
タクトとディーゼルの視線が揃って若い銀髪の方へ行く。
歳は20代前半から半ば、怜悧な顔立ちにアイスブルーの瞳をした、中性的な美貌の持ち主だった。
男にしては痩せ気味なので、背が高くなければ女性と間違えていたかもしれない。
「・・・イザーク・ジュールだ」
ディーゼルとは正反対で、口調も表情もどこか攻撃的な感じだ。
華奢な体つきのくせに、研ぎ澄まされたナイフのような印象がある。
タクトが見惚れていると、イザークは思い切り瞳を眇めた。
「タクトとかいったな。貴様、さっさと家に戻れ」
「い、いやです!」
「さっきの局員が言ったことは正しいぞ。下手すりゃ貴様は不法滞在で拘束される」
「そうなんですよねぇ・・・」
「そ、そんなぁ」
タクトは情けない声を上げた。
すがるようにイザークとディーゼルを見るが、無視される。
「俺、親には黙ってきたんです。ザフトに入隊するなんていったら絶対反対されるし・・・」
「そういえば、さっきもそんなこと言ってましたね」
「何でナチュラルの、しかも外国の人間がザフトに入りたいんだ?」
「俺、ザフトのパイロットに・・・フリーダムのパイロットみたいになりたいんです」
目をきらきらさせてそう断言したタクトに対し。
「・・・」
「・・・」
イザークとディーゼルは明らかに固まった。
「ずっとあこがれてたんです!キラ・ヤマト様とラクス・クライン様。
俺も正義のために戦いたい!そのためにはザフトに入らなきゃ駄目でしょ?」
「・・・」
「・・・」
しばしの沈黙の後。
「・・・俺はそろそろ行くぞ」
踵を返そうとしたイザークの襟首を、すかさずディーゼルが掴んだ。
ジュール隊は現在、プラント・連合間の宇宙境界の巡回、警護を任されている。
その旗艦は、ミネルバ級三番艦、《蒼のヒュペリオン》。
一番艦《ミネルバ》と機動力も装備もほぼ変わっていないが、
《インパルスガンダム》というその戦局に対応したMSの代わりに、かつての倍以上のMSを有している。
そして五年前、《インパルス》のパイロットであり《ミネルバ》のクルーでもあったルナマリア・ホークは、
今は《ヒュペリオン》のブリッジに立っていた。
「リュカ、私も応援に行った方がいい?」
呼びかければ、戦闘中であるはずの一機からすかさず返信が来る。
『いいや、敵の正体が分からない以上は04(ゼロフォー)から07(ゼロセブン)と一緒に待機。
ヒュペリオンはそこを動くな』
「了解」
C.E.79 2月18日。
隊長であるイザーク・ジュールが本国に招集されて留守にしている時を狙い済したかのように、
ジュール隊を謎の部隊が攻撃していた。
黒いモノアイの機体がミサイルポッドとランチャーを連射する。
無造作に撃ったように見えるそれは、見事な狙いで敵機を一気に五機も撃ち落した。
黒い機体・・・《デプスチャージ》のコクピットで撃墜を確認したシン・アスカはしかし、
喜ぶどころか端正な顔で短く舌打ちをする。
「何なんだ、こいつら」
シンはジュール隊MS隊のリーダーを任されている。
そのリーダーがこんな不安をあおるようなことを言うべきではないのだが、とにかくこの集団は異様だった。
確か・・・今打ち落とした機体は《ジン》が三機に、《ダガー》が一機、《ウィンダム》が一機だったような気がする。
右後方からまた敵機が近づき、シンは《デプスチャージ》を反転させて蹴りを食らわせた。
今度は《バビ》だ。
宇宙空間で《バビ》・・・そんな馬鹿な。
ジュール隊を襲ったのは、連合、ザフト関係なく旧式のMS軍団だった。
『リーダー、きりがなくないスか?』
通信画面に黒髪に群青の瞳をした男の顔が映った。
ジュール隊のOZ01(ゼロワン)のパイロット、リュカ・メイデスだ。
シンより年上の彼は余裕があるように見えるが、それでもどこか気味悪がっている印象がある。
シンはふん、と鼻を鳴らし、背中の対艦刀を抜く。
そしてヒュペリオンに一番近づいていた《ストライクダガー》にものすごい勢いで近づくと、真っ二つに切り裂いた。
『お見事』
褒めるリュカに、シンは阿呆と呟く。
そして、切り裂いたダガーの一部・・・コクピットに近い部分を蹴りよこした。
「無人機だ」
「えーーー、さっきの人が、キラ・ヤマト様だったんですか?」
「ええ、そうですよ」
イザークとディーゼル以外の二人の白服の軍人。
そのうちの一人が憧れのキラ・ヤマトだと教えられ、タクトは必死にその顔を思い起こそうとした。
何しろ現在プラント最高評議会議長を務めるラクス・クラインは当然ながら世界中にその顔と名前を知られているものの、
キラ・ヤマトに関しては謎が多い。
彼にあこがれるタクトは自分のできる範囲で情報収集をしているのだが、
その名前と出身地がオーブらしいということ、そして現在ザフトに所属していること以外はほとんど分からなかった。
『生きた伝説』キラ・ヤマトの顔を知らずに見ていたとは・・・なんてもったいない!
確か残りの白服のうち、一人は明るい茶色の髪に黒い瞳をしたおとなしそうな若者だった。
中肉中背で、これといってあげる特徴がなかったように思う。
そしてもう一人は、ディーゼルと同じ歳か少し上くらいの中年。
鷲のように鋭い瞳が印象に残っている。
・・・と、いうことは。
「おじさんの方?」
「はずれ」
「え゛!?あっち?」
若い方だと言われ、タクトはもう一度あの顔を思い浮かべた。
・・・まあ、それなりに整っていてハンサムだったかもしれないが、他の三人の方がインパクトが強い。
タクトが思い描いていたイメージと大分かけ離れていた。
それとも自分の記憶力が悪いのだろうか・・・。
タクトの視線は宙を彷徨い、最後は腕組みをして向かいに座るイザークへと行き着いた。
「・・・ホントはあなたがキラ様なんじゃないですか?」
「ふざけんな、どうして俺だ」
酷く心外そうなイザークに、タクトはまだ納得できずに首をかしげた。
「とにかく・・・っ!」
イザークは勢いよく立ち上がる。
179センチとなまじ背が高いため、座ったままのタクトとディーゼルの首は一気に上向いた。
「俺は早く隊に戻らねばいかんのだ!もう行くからな!」
「そんな冷たいこと言わないで・・・」
「やかましいわディーゼル!暇ならその子供をちゃんと家に送り届けろよ、いいな!?」
イザークは一気にまくし立てると、ソファに置いていた軍帽を掴んで言ってしまった。
大股で早足の後姿はあっという間に遠ざかる。
「・・・やたら偉そうな人ですね」
もう見えなくなってしまったのを確認し、タクトは息を吐いた。
「最近は随分静かになったんですけどね・・・。
血のバレンタインの追悼式典を理由に先日評議会に突然召集されて、
しかも五日も足止めされたから苛立ってたんでしょう。
今さっき、やっと終わって解放されたとこだったんですよ。
彼の管轄する地区はまだいざこざが多いですし、長期不在は心配なんだろうな」
「・・・?」
呟くように言ったディーゼルの言葉の意味が理解できず、タクトは眉を寄せる。
するとディーゼルは誤魔化すように、もともと細い目をもっと細めた。
「・・・で、君はどうするんです?」
「え?」
「え?じゃありませんよ。分かってるでしょう。君はザフトには入隊できません」
「う・・・」
「そもそもナチュラルだろうがコーディネーターだろうが、家出少年を無条件でプラント市民にするわけにはいきませんね」
「・・・」
「お帰りなさい」
「いやです!」
言い返したタクトに、ディーゼルは思わず息を呑んだ。
凡庸そうな子供だと思っていたが、随分力強い瞳をしている。
「俺、決めたんです!またいつ戦争が起きるかどうか分からない・・・。
その時にはザフトの戦士として・・・正しいことをする戦士として戦うって、守るって・・・!」
「・・・」
「俺は絶対諦めません」
ブリッジに映し出されたモニターで、ルナマリアはシンが乗る《デプスチャージ》を眺めていた。
中、近距離をこなすように作られたその黒い機体は、フォルムは異なっても動きはあのデスティニーによく似ていた。
パイロットが同じなのだからそれは当然だが、怒りばかりに駆られて猛進していたあの時とは違い、
今はただ正確に敵の急所を狙い、無表情に墜とす。
部下のOZ(オズ)シリーズに的確に命令を下しつつ、《デプスチャージ》は艦に近づく敵機をまた隊艦刀で切り裂いた。
ある程度余裕が出てきたところで、通信がすかさずオープンになる。
『全機、艦に取り付け!ヒュペリオン・・・艦長!』
もともと艦に離れすぎないよう命令されていたOZシリーズは、シンの言葉に素早く艦に取り付く。
そしてヒュペリオンの艦長が、待ってましたとばかりに声を張り上げた。
「トリスタン一番、二番、ランチャー・ワンからテン・・・撃ーーーーっっ!」
号令とともに、《ヒュペリオン》からおびただしい数のミサイルが放たれる。
突如現れた寄せ集めの木偶集団。
誰に操られたのかも分からないまま轟音と爆雷に巻き込まれ、一気に消えていった。
「《ゼロワン》リュケイミル機、確認」
「《ゼロツー》ユリシーズ機、《ゼロスリー》リーゼ機、確認しました」
通信士のモニターに、それぞれのシグナルが表示され読み上げられる。
そして・・・。
「《デプスチャージ》・・・シン・アスカ機。確認しました」
ルナマリアは肩の力を抜く。
そしてカメラに映し出された黒い機体に微笑みかけた。
「ご苦労様、シン」
「ただいま、ルナ」
2010/01/01