PHASE-02「戦艦《バサラ》




 「整備士を三人も殺して、ポッドで宇宙遊泳か。・・・たぁのしそぉー」
 
 がんっ。
 言葉尻は鉄格子を蹴り上げる音に紛れた。
 死体の後処理をしていた男の何人かはその音に飛び上がり、そそくさと背中を向ける。
 それを鼻を鳴らして見送るのは、黒い髪に黒い瞳の若い男だった。
 引き締まった体つきに日に焼けた肌をしている。
 顔立ちもハンサムの部類に入るが、それは今、険悪に歪められていた。
 「ケイン、少し落ち着け」
 「うるせーよ、仮面野郎」
 ケインと呼ばれた青年が、たしなめた「仮面野郎」をぎろりと睨んだ。
 仮面・・・というよりは、バイザーのようなもの・・・それで目の部分を覆っている。
 肩に届くか届かないかくらいの金髪の男だ。
 落ち着いた声からして、ケインより少し年上だろう。
 「ほのかのことは諦めろ。補給物資なしで飛び出したんだ。・・・俺は自殺だと思うぞ」
 「そんなにここが・・・俺の傍が嫌なのかよ!?」
 死体すらこの場所に残したくなかったということか。
 ケインは再び鉄格子を蹴る。
 音は空虚に響いた。

 「ほのかがいなくても、計画に変更はない。・・・もともとパイロットは四人の予定だったからな」
 「よく落ち着いていられるな、ジェット。あんなに可愛いほのかがいなくなったのに・・・」
 「俺は彼女と会ってから、まだ一週間しか経っていない」
 「薄情もん」
 「お前、やる気があるのか、無いのか?」
 「・・・」
 「もう計画の第一段階は実行してしまったんだぞ」
 「・・・スクラップ作戦ね」

 先日ジュール隊を襲ったMSを操っていたのは、ここにいる彼らだった。



 五年前、デスティニープランを巡る大戦が終結。
 最終的にプラントのザフト軍とオーブ・クライン派連合軍の闘いとなり、ザフトの敗北に終わった。
 悪しき世界の計画とされたデスティニープランを阻止し暴走するデュランダルと戦い勝利した立役者として、
 ラクス・クラインはプラントへと丁重に向かい入れられた。
 ザフトとして戦い、故国のために命を落とした者の中には当然反発心もあった。
 それだけプラント内ではデュランダルが支持されていたのだ。
 だがかつて平和を歌い、
 第二次ヤキン・ドゥーエ戦でもプラントを核の砲火から救った彼女に期待する声があるのもまた事実だった。
 
 オーブとの正式な停戦協定が臨時政権の下で終了した後、ラクス・クラインは最高評議会議員に推薦され、
 シーゲル・クラインの後継者として最年少の最高評議会議長となった。
 以後四年と半年の間、彼女の政権が続いている。

 地球連合との関係は、多少ながら改善した。
 とはいっても、連合自体がその体系を維持するのが困難で、プラントと協力関係を結ぶしか道が無かったといえる。
 戦争で消耗したのは連合もプラントも同じだったが、連合はその組織形態にまず心を砕く必要があり、
 プラントと争っている余裕は無かったのだ。
 コーディネーターの存在価値を否定するブルーコスモスの影もとりあえず息を潜め、
 クライン政権もまた混乱するプラントへの内政に力を入れることができた。

 評議会内では、特別扱いのラクスを除いては従来通りの議員推薦が行われたため、
 表向きは彼女を指示しながらもその能力を見極めようとする議員が多かった。
 続投のルイーズ・ライトナー、そして新任のコウイチ・アボット、ラフィーク・アル・サールなどがそうである。
 彼らは時折ラクスに手痛い発言をすることもあり、プラントはクライン派の完全な独裁というわけには行かなかった。
 ゆえにラクスは焦ったのかもしれない。
 彼女は政治基盤をまず安定させようとデュランダル寄りだった文官や軍人を次々に廃し、
 クライン派の人間に挿げ替えていった。
 二百人以上が職を追われることになったのだ。
 一方で民衆レベルでは徴兵制で逆に人手不足となっており、しかもそれがすぐには改善しなかった。
 職の切り替えができた者はほんの僅かだったためだ。
 クライン派に目をつけられたというだけで、彼らを雇うことは雇い側にとっても危険だった。
 余談になるが、ミネルバのクルーだったシン・アスカとルナマリア・ホークも一時軍を除名、
 デュランダル派の人間として拘束されており、
 イザークの目に留まらなければ放り出されて職も得られず路頭に迷っていたかもしれない。
 最近になって議会を切り盛りしだしたアル・サール議員が、失業者に対する給付や保険、
 さらに当時クライン派に危険人物だとみなされた人物の再就職を支援する法案を少々強引に可決させたばかりだった。

 聡明な人物であれば、ラクス・クラインはカリスマ性や指導力はあっても政治能力はない・・・という評価を下しているだろう。
 彼女の魅力と言葉、美しい理想に強く惹きつけられて人は集う。
 五年経った今でも、熱に浮かされてラクスという人物に心酔する者は多い。
 だが、集った者たちにはその理想がやがて理解するには難しいことに気付く。
 理解するのが難しいのに、実行しようというのはより困難なのだ。
 五年という歳月が、それを気付かせるのにまだ短いだけなのだろうか。



 「やるんならさ、ちまちまとした小細工なしで、どかーんっ!とやりたいんだけど」
 こおんな風に、とケインが大きく手を広げる。
 「オート装置つけたスクラップを突っ込ませるなんて、相手に的を贈ってやるようなもんだろうがよ」
 「これであのザフトは、この宙域に不信な連中がいると警戒してくれるだろう」
 「別にそれなら、スクラップ使わなくても良かったじゃないか」
 「そんな文句は、俺じゃなくて台本を書いたボスに言ってくれ」
 「言ったよ。適当に受け流されたけど」
 ケインはぶすっと頬を膨らませ、それを見たジェットはやれやれと肩をすくめた。
 ケイン・アークライトは感情の起伏が激しい。
 事実上自分たちのリーダーを務めていて、それなりの指揮力をジェットも認めている。
 だが・・・。
 「大体よぉ、何で俺たちの存在アピールするのに、あんな小さな部隊相手にしなきゃいないんだよ?
 海賊狩りなんて地味な仕事してる、しかもプラントから遠く離れた辺境に追いやられてる部隊だぜ」 
 相手が役不足だ、と訴えるケインに、ジェットはまた一つため息をついた。

 
 クライン政権は新型MSの開発こそ推進したものの、平和を謳う手前、ザフト軍の規模自体は縮小させていた。
 現在ザフトでは事実上のトップとして、「四将」と呼ばれる者たちが中心となって率いている。
 キラ・ヤマト。
 スチュアート・モートン。
 ヤン・ディーゼル。
 イザーク・ジュール。
 彼ら四人にはデュランダル政権における、「フェイス」とほぼ同等の権限が認められていた。
 そしてその四将の中で、ジュール隊はもっとも規模が小さく行動範囲も限られている部隊なのだ。
 任務地もプラントから一番遠い。
 イザーク・ジュールとラクス・クラインの間で確執があったために追いやられたのだと噂するものもいるが、
 事実はイザーク自身の強い希望だった。
 ケインたちにそんな事情は興味ないが・・・。


 「あの宙域を守護しているジュール隊は二個小隊しかない。位置的にも規模的にも計画には最適なんだ。
 あまり大部隊を相手にして、いざという時逃げられなくなったらまずいだろうが」
 「そんなに柔(ヤワ)じゃない」
 「もしもということがあるだろう。
 俺たちはプラントに反旗を翻すテロリストを演じ切らなきゃいけない。・・・台本どおりにな」
 「アドリブは?」
 からかうように呟いたケインに、ジェットは僅かに口元を歪めた。
 「ありだ。・・・戦闘中はな」
 「そのジュール隊とやらの兵士は、何人殺してもいいって訳か。
 そしたら・・・ほのかがいなくても寂しくないかも、な」
 「・・・」
 
 ケインが立ち上がり、ガラス張りの壁へと歩み寄った。
 そこは吹き抜けになっていて、彼らの艦の格納庫が見下ろせる。
 広い格納庫に収容されているのは、四機のMS。

 「隊長の首を取っちゃっても?」
 「・・・いい」
 「全滅させても?」
 「かまわない」


 地球連合とプラントが定めた宇宙域境界線より地球側にある、デブリ帯の中。
 そこに一隻の戦艦が潜んでいた。
 その独特の形状は、かの《アークエンジェル》に似ている。
 黒と赤にカラーリングされ、やや毒々しい印象だ。
 これこそがケインとジェットが乗っている、戦艦《バサラ》だった。
 クルーはクライン派の政権を嫌い、プラントを離れたザフト兵がほとんどで、
 連合を見限ったナチュラルも幾人かいる。
 ケインはその中のどれでもない、コーディネーターの流れ者だった。
 産みの親のことは知らない。
 育ててくれた親がジャンク屋だったから、金をもらえれば何でもする性分になった。
 そんな時、声をかけられたのだ。
 身の安全は保障するから、「テロリスト」を演じてくれないかと。
 
 準備は全て、整っていた。
 



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2010/01/01