PHASE-03「呼び風」
C.E.79 3月1日。
始まりは、誰かの断末魔だった。
ちょうどその時、整備士のヴィーノ・デュプレは落としたスパナを探すためにコンテナの後ろ側にいた。
最初にそれを聞いた時、ヴィーノは人間の声だということに気付かなかった。
人が発する声ではないと思えるほど酷いものだったから。
何事だろう、と彼が頭を上げかけた途端・・・。
その上を銃弾がかすめた。
「・・・!!」
ヴィーノはとっさにしゃがみこむ。
そしてコンテナの隙間から向こう側を覗き込んだ。
この工場を警護していた兵が、大きな声で叫んで銃を構えている。
向かい合っているのは、やはりザフトの軍服を着ている兵士だった。
銃を向け合っている・・・派手な喧嘩か?
と、ヴィーノはすぐ手前に誰かが倒れていることに気がついた。
整備士仲間だ。
そんなに仲がいい訳ではないが顔は良く知っていた。
・・・死んでいる。
ぱんっ。
乾いた銃声。
はっと視線の先を戻せば、あの警護兵が後ろ向きに倒れるところだった。
服を血に染め、顔にははっきりと死相が浮かんでいた。
ばたばたと足音が聞こえる。
襲撃者は一人ではないようだ。
ここでようやく、ヴィーノはこの状況を理解し始めた。
そうだ、五年半前にアーモリー・ワンで同じことがあったではないか。
『あの機体』が目的なのだ。
それに思い至ったのとほぼ同時に。
激しい爆発音が響いた。
―――数分前。
深夜。
電気も点けられないある広い一室。
チュイーン、だのバンッバンッ、だのゲーム機がよく発する電子音が響いていた。
それに混じって、少年のものらしき舌打ちや悪態が聞こえる。
やがて、一際派手な爆発音(もちろんゲーム内のもの)と共にゲームの終了を告げるお決まりの音楽が流れた。
「ああー!畜生ッッ、また落とされたぁー。・・・案外難しいな、これ」
タクトは『GAME OVER』が表示されたウィンドウをこつこつを指の先で叩く。
初心者レベルで挑戦しているのに、今日だけでも16連敗だった。
「よーしっ、もう一度!」
スカンジナビア王国出身の家出少年タクト・キサラギは現在、ザフト訓練アカデミーに出入りしていた。
もちろんコネだ。
タクトを保護したヤン・ディーゼルが彼の保護者となり、
「アカデミーの体験入学生」として二ヶ月間滞在を許可してくれたのだった。
即座に故郷の親と連絡を取って状況を伝えること(無論こってり怒られた)、
そして体験入学終了後には30枚のレポートを書くことを約束させられたのだが・・・。
それでもタクトにとっては、手ぶらで強制送還されるよりはましだった。
憧れのキラ・ヤマトに少しでも近づけるチャンスが手に入ったのだから。
一方のディーゼルとしては、無理矢理故郷へ送り返しても、
タクトなら何度でもプラントに進入しようとするだろうと判断したための措置だった。
それにたとえ二ヶ月でもナチュラルの彼がコーディネーターしかいないアカデミーに放り込まれれば、
タクトの方から根を上げると思ったのだ。
実際ナチュラルがザフトのアカデミーに、しかもナチュラルだということを隠さず堂々とやって来るなど前代未聞であり、
タクトは生徒たちから奇異な目で見られている。
そのうちいじめにでも合い、すぐさま地球に返してくれと泣きついてくるだろう、と。
顔は優しいディーゼルにそんな意地の悪い打算があることなど夢にも思わず、
タクトは彼の寛大な措置に感謝していた。
こんな時間にシュミレーションルームを使う許可も、保護者が彼でなければ下りなかったはず。
ディーゼルさんって本当にいい人だなぁ、さあこの機会に腕を磨いて恩に報いるぞと大張り切りだ。
「それにしても、どれくらいまで腕を上げたら、ヤマト隊に入れてもらえるのかなぁ・・・」
ふとそう思ったタクトは、画面を操作してかちかちと切り替えた。
するとウィンドウがこれまでのランキング画面を示す。
その数字と自分の点数を見比べ、タクトはがっくりと肩を落としてしまった。
50位以内のランクに入るどころか、それに届くかどうかさえ夢のまた夢だ。
「・・・やっぱり、努力したからってコーディネーターにはかなわないのかな?」
ラクス・クラインと、彼女と共に戦った《フリーダム》始め戦士たちは、スカンジナビア王国では英雄扱いだった。
タクトもそれを信じて疑っていない。
ただその「英雄」に近づきたいという理由だけで彼はプラントに飛び込んだ。
故国では、父は普通のサラリーマンで母は専業主婦だったが、
叔父が軍関係の整備士で、タクトはよく彼のところに遊びに行っていた。
MA、MSに関する話を叔父からたくさん聞き、
やがて大戦が起こってブラウン管に戦場を舞うMSを見ると、それに対する漠然とした憧れが広がった。
スカンジナビア王国は、中立を守りきり戦禍を逃れ続けたため、タクトは戦争の本当の恐ろしさや醜さを知らない。
ナチュラルとコーディネーターの種に関するいがみ合いさえ遠いことだった。
通っていた学校にもコーディネーターはいたが、普通の子より多少できる程度だとしか思っていなかった。
それがここで実際に数字に出されると、曖昧に捉えていた種の差がとてつもなく広く思えてくる。
「いやいや、ここで弱気になってたまるか!」
タクトはもやもやとした考えを振り払うと、再びシュミレーション機に向かう。
いま自分はプラントにいる・・・英雄である彼らと同じ地に。
ここで努力しなければいつ努力するのだ。
気合を入れて、負け続けのシュミレーションに今度こそ勝とうと再開しようとした。
その時。
どぉ・・・んっ。
突然の大きな地響きのような音と衝撃に、タクトは飛び上がった。
同時に非常ベルが校舎中に鳴り響き、あたふたとシュミレーション機から離れる。
「な・・・なに、何?」
『・・・避難勧告。避難勧告。ただ今 東棟地下で火災が発生しました。
全員教官の指示に従って南棟講堂へ避難してください』
アナウンスを聞いたタクトは眉を寄せる。
「火災ぃ?」
あの衝動と地鳴りは、火災によるものじゃないだろう・・・ガス爆発辺りが妥当な気がする。
コーディネーターの学校なのに、事故の原因も分からないのかと思ったが、
アナウンスにそんなことを突っ込んでいても仕方がない。
とにかく逃げようと上着を掴んでシュミレーションルームを出た・・・が。
「・・・南棟ってどこだ?」
まだここに来て三日目で、しかもこのシュミレーションルーム以外の部屋に移動する時は他の生徒の後を付いていたので、
タクトは中を全く把握していない。
そもそも今いるここは、アカデミーのどの部分に位置するのだろう。
一瞬冷や汗をかくタクトだったが、適当に歩いていれば他に避難する生徒とすぐにかち合うだろうと思い直した。
廊下を歩き、行きに使ってきたエレベーターを使おうとしてやめる。
この非常事態にエレベーターは危険だと思ったのだ。
・・・だが、この先に起こることを知れば、彼は多少危険でもこれを使った方が良かったのかもしれない。
「え・・・と、階段・・・非常階段はどこだ?」
さらに廊下を真っ直ぐ走ると、突き当たりに階段があることを示すプレートが視界に飛び込んでくる。
タクトは迷わずプレートがついた扉を開け、階段を駆け下りた。
「あれ、もう五階分は降りたよなぁ・・・」
階段を降り続けていたタクトはふと立ち止まる。
シュミレーションルームは五階のはずだったから、もう一階を通り過ぎる頃だ。
「戻った方が、いいかな・・・」
踊り場で立ち止まり、しばし迷う。
何故か三階辺りから非常口が封鎖されていて、出たくとも外に出られなかったのだ。
これじゃあ非常階段の意味がない。
と、舌打ちを仕掛けたタクトの耳に、人の声が届いた。
下からだ。
息を呑み、もう一度耳を済ませる。
間違いなく、人の声や動き回る音がした。
しかも複数。
反射的にタクトは走り出していた。
すると暗かった階段の先に、光が見える・・・人の声も大きくなる。
こうこうとした光が漏れる、出口へと飛び出した。
2010/01/01