PHASE-05「彷徨う子供




 C.E.79 2月23日。


 ほのかは目を開けても、しばらく動くことができなかった。
 頭の中が混乱していたからだ。
 最後に覚えているのは、何の咎もない、ただそこにいたからという理由だけで殺してしまった整備士たちの喉をナイフで掻っ切った時のあの感触・・・。

 無機質な白い天井を見た時、一瞬「あの連中」に連れ戻されたのかと思った。
 だが、何だか様子が違う。
 もしそうなら、こんなに柔らかくて心地の良いベッドで、しかも拘束具無しで寝かせてもらえるわけがない。
 つんとした独特の匂いも鼻を掠めたが、むせるほどきつい消毒液の匂いに慣れているほのかにとっては、
 この空間は優しすぎるほどだった。


 柔らかいまどろみに再び落ちようとしていたほのかだったが、それはドアが開く音がしたために阻止された。
 足音が近づいてくる・・・一人、いや、二人か?
 しゃっ。
 カーテンが勢いよく引かれ、ライトの灯りが飛び込んでくる。
 思わずほのかは顔を歪めてうめいてしまった。
 「あ、ごめんなさい。起きてたのね」
 鈴音を転がすような、響きの良い女性の声がした。
 不思議と安心感を与えるそれに、ほのかはおずおずと視線を向ける。
 二人の女性がいた。
 どちらもザフトの軍服を着ている。
 いたわるように自分を見つめているのは、赤い髪をした非常に美しい女性だった。
 その後ろにいるのは黒髪の少女で、興味深そうにこちらを見てきている。
 「何か飲みましょうか。体を起こしてみて」
 女性はほのかの背中とシーツの隙間にそっと手を差し入れ、ゆっくりと起こしてくれる。
 すると黒髪の少女の方が、ドリンクボトルを差し出した。
 「どうぞ」
 「・・・」
 ほのかは口こそ開かなかったが、反射的にドリンクボトルを受け取ってしまう。
 受け取ってからさてどうしたものかと考え込むが、結局ストローに口をつけた。
 口の中に甘い味が広がる。
 そうして初めて自分の喉が渇いていたことに気付き、むさぼるように飲んだ。

 「ほのかちゃん・・・でいいのかな?」
 「・・・」
 女性の言葉に、ほのかは黙って頷いた。
 どうして名前を知られているのかとっさに分からなかったが、隠したところでさして意味はない。
 「私、ルナマリアよ。痛いところとか、苦しいところはない?」
 今度は首を横に振る。
 こんなに優しく扱ってもらったのは初めてだ。
 不自由などない。
 「良かった。何かあったらすぐに言ってね」
 ルナマリアは優しく微笑む。
 そして黒髪の少女の方に何事か言うと、「また後でね」と部屋を後にしてしまった。
 部屋にはほのかと少女の二人が残された。
 と、少女はくるりとほのかに顔を向けると、にっこり笑いかけてくる。
 ルナマリアと比べるとやはり劣ってしまうようだが、こちらもなかなか綺麗な顔立ちの子だ。

 少女は身を乗り出すようにすると、一気にまくし立ててきた。
 「はじめまして。あたし、あたしね、ミンシアって言うの。ミンシア・アボット」
 「・・・」
 「ねえ、どこから来たの?あのポッドの中にどれくらいいたの?」
 「・・・」
 「びっくりしたよぉ。ポッドから出てきたときは。怪我してたし。
 あ、ポッドを拾ってくれたのは副リーダー・・・さっきのルナマリアさんなの」
 「・・・」
 「ここどこだか知ってる?ジュール隊の《ヒュペリオン》だよ。安心だからね」
 「・・・」
 「海賊だろうがテロリストだろうが守ってあげ・・・・・・あー、もしかしてあたし、しゃべり過ぎ?」
 「・・・」
 「ごめんねぇ。相手の話聞かないでしゃべりまくるの、あたしの悪い癖なの」
 ミンシアはベッドの端に許可もなく腰掛け、ほのかと向かい合うように座る。
 ごめんと言っている割には反省した様子が無いが、邪気は感じない。
 ほのかも何となく肩の力を抜いた。

 いざとなれば、この少女を殺すことは簡単にできる。
 でも今そんなことをする気は起きなかったし、する必要もないと分かった。
 ここは「あの連中」とは全く関係のないところだ。
 それなら・・・まだ少し生きていてもいい気がしたから。

 「ねえ、ほのかって呼んでいい?」
 「・・・」
 「いいでしょ?」 
 「・・・ぃぃょ」

 ようやく。
 乾いた唇から、掠れた言葉が出てきた。





 C.E.79 3月1日。


 タクトとヴィーノは、用意された椅子に並んで座っていた。
 それぞれ視線を泳がせるが、とりあえず休憩を、と言われて(ほぼ強制的に)連れてこられた部屋。
 あまりに殺風景で。
 目に留まるものが・・・悲しいほど、無かった。

 
 警備が厳重なはずのアカデミーで起こったはずの、襲撃事件。
 あの騒ぎの中、ザフトのトップシークレットであった《ガーディアン》が突如起動した。
 地下のドッグを襲った襲撃犯たちは、予想外の事態に結局そのまま逃亡した。
 散り散りに逃げ、警報を聞きつけた保安兵が駆けつけた時は夜の闇にまぎれていた。
 前もって準備していたのであろう・・・アカデミーの警護網を潜り抜けたとなると見つけ出すのはかなり困難だ。
 ともあれ、肝心の《ガーディアン》が無事だったことに上層部は胸をなでおろした。
 多数の死者を出したこの襲撃の目的は、間違いなく《ガーディアン》の強奪、あるいは破壊だったことは間違いない。
 だが、すぐに彼らはある問題に頭を抱えることになる。

 キラ・ヤマトのために造られ彼しか動かせないはずの《ガーディアン》を、
 アカデミー学生の・・・しかもナチュラルの少年が動かしてしまったという大問題だった。


 机を挟んで二人と向かい合っているのは、以前タクトが見かけた白服の中年軍人だった。
 鋭い目つきをしているのでもっと怖い人なのかと思ったが、口調は案外穏やかそうな印象だ。
 「本当に間違いないんだね?この子がオプティマスシステムを起動させたというのは」
 「間違いありません」
 中年軍人・・・スチュアート・モートンの問いに、ヴィーノが静かに応える。
 銃弾を受けた傷も治療され、痛み止めも処方された彼は随分落ち着いていた。
 逆にタクトはきょろきょろと落ち着かない・・・無理も無いが。
 するとそんな二人の様子を見ていたモートンが、ふーっと長いため息を吐いた。
 沈黙が降り、タクトはますます不安になる。
 「結果的に《ガーディアン》の強奪を阻止したとはいえ・・・君がしたことは色々問題だな」
 「え、その・・・。ごめんなさい」
 何が問題なのかタクトにはいまいち分からなかったが、とりあえず謝罪の言葉を口にした。
 モートンが本当に参っている感じだったからだ。
 「やっぱり、地下に降りてったのってまずかった・・・んですよね?俺、まだ建物のことよく分からなかったから・・・」
 「いや、それに関しては一概に君のせいとは言えないよ。調べてみたが、どうもこちらの不手際だったようだ」

 東棟の非常階段は二箇所ある。
 そしてそのうちの一つ・・・例の地下ドッグに通じる階段は、ドッグが機能して以降扉に鍵をかけて封鎖していたそうだ。
 だが、昨日に限って管理していた人間が五階のあの扉を使い、しかも鍵をかけ忘れてしまったらしい。
 タクトは「たまたま」五階にいて、「たまたま」地下ドッグに通じる階段に近い所にいて、
 「たまたま」エレベーターでなくその階段を使ってしまったために迷い込んでしまったことになる。

 「学生である君に危険な思いをさせたことは謝罪するが・・・」
 「はあ・・・あ、いえ」
 「事情はどうあれ、君は我が軍の重大機密を見て、しかも動かしてしまったわけだ。
 書類によると『体験入学』は二ヶ月間だけだが・・・もしかしたら国に返してやれるのはもっと先になるかもしれないな」
 「・・・はい」
 「君の素性ははっきりしている。ご両親がディーゼル隊長のご友人だとか?」
 「え!?その・・・そう、です」
 「隊長からも連絡して確認したよ。今日はもう寮に戻っていいよ。ただし、護衛は付けさせてもらう。外出も控えてくれ」




 「何ということだ。まさかあのシステムを使える脳波を持つ者が入り込んでしまうなんて・・・」
 「まあ、焦るな。しかし・・・計画は大幅に変更せざるを得ないな」
 「動かしたのはナチュラルだそうですね。・・・それは不幸中の幸いでしたか」
 「ああ。しかも軍事訓練などろくに受けていない素人だ。あの機体を使いこなせることなどできないだろう」
 「今のところ、キラ・ヤマトのようなバケモノが使ってくれなければそれでいい」
 「その通りだ。・・・ひとまず、『守護騎士』は女王様とその飼い犬に預けておくとしよう」
 


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2010/01/01