PHASE-06「あなたの思し召しのまま」
C.E.79 3月2日。プラント・アプリリウス市
広い執務室。
奥のデスクに一人の女性が座っている。
桃色の長い髪を結い上げ、上等と分かる長いコートを着ていた。
ミルク色の肌をした横顔は美しかったが、それはどこか暗い影をまとい、
彼女の美貌を損なわせている。
プラント最高評議会の現議長、22歳のラクス・クラインだった。
「《オプティマスシステム》はやはり失敗した、ということなのでしょうか」
「失敗?成功じゃないの?だって、《ガーディアン》は動いてくれたじゃない」
神妙な顔をするラクスに対し、やけにおどけた口調で言ったのは、客人用のソファに座っているキラ・ヤマトだった。
何故か、二人とも目を合わせようとしない。
「解除したのが僕じゃなくて、失望した?」
「・・・誰もそんなことは言っていません」
「ふうん」
キラはテーブルに置かれているノートを手に取り、それを弄んだ。
テーブルはガラス張りで非常に豪奢だったため、そのノートがなおキラの心を惨めにしたからだ。
ノートには、「Ulen Hibiki」と持ち主の名前が小さく書かれている。
コロニー・メンデルで見つかったそのノートには、SEED遺伝子とZONE現象に関する記述がこと細かく記してあった。
ZONEとはSEEDの発動によって視界がより明瞭化し、全ての動きがスローモーションに見える現象のことだと思われ、
これに興味を持ったラクスがMSに組み込むシステムにできないかと考えたのだ。
あくまで、SEEDを持つ者のためだけのシステム・・・彼女の騎士をより最上に近づけることを目的に。
「・・・で、どうするの?あのナチュラルの子」
キラはちらりとラクスの方に視線を向けかける。
しかし相手がこちらの背中をじっと見ていることに気付き、やはり視線を元に戻した。
「ディーゼル隊長が預かりたいと申し出てきています。・・・できれば避けたいのですが」
「お金をつぎ込んだMSを遠くにやりたくない?傍に置いて飾っておきたいのかな」
「・・・」
「それとも、ディーゼルさんがそれ使って反乱でも起こすと思ってる?・・・疑り深いね」
「キラ・・・ッ」
たまらず声を荒げたラクスに、キラはさすがに顔をしかめた。
それでも謝罪の言葉は口にしない。
「わたくしは・・・、《ガーディアン》がまた狙われるのが心配で・・・。
強奪されそうになったばかりで、しかもそれを動かせるのが素人なんて。だから・・・」
「ならすっぱり解体しなよ。余計な心配しなくていい」
「・・・」
キラは《ガーディアン》と《オプティマス》にどれだけの資金が投入されたかは知らない。
知ろうと思えばキラの身分なら容易いことだったが、そうはしなかった。
だがこのラクスの反応を見る限り、よほどの金と人材が動いたのだろう。
たった一機のMSに随分ご大層なことだ・・・しかも、別れた恋人をパイロットとして飾ろうとしていたのだから。
本当に、くだらない。
結局はただの機械・・・鉄の塊だというのに。
「分かった・・・。分かったよ」
「・・・キラ」
「僕があのタクトって子を預かればいいんでしょ。赤服着せて、適当に僕の勲章もつけさせて、ブリッジに飾っておくよ」
「・・・」
「『ラクス様の思し召すままに』・・・てね」
キラはノートを元のテーブルに叩きつけると、立ち上がって扉へと向かう。
かつて同じ世界を夢見、共に手を取り合い、深く愛し合ったはずの二人は。
結局一度も視線を交し合わすことはなかった。
「早速やってくれましたね・・・」
苦々しく言えば、通信画面の向こうにいるタクトは「はあ」と気の抜けた声を出した。
『すみませんでした』
ディーゼルはため息を飲み込む。
どうも自分がしでかしたことの重大さが分かっていないらしい。
こっちはモートンにタクトとの関係をしつこく聞かれ、誤魔化すのに大変だったというのに。
文句の一つも言ってやりたい。
「喜んだらどうです?ヤマト隊への仮・入隊が決まりましたよ」
『え、マジ?』
わざわざ『仮』を付け足してやったというのに、タクトの瞳が輝き始めた。
・・・呑気な餓鬼め。
「マジですよ・・・」
『じゃあ俺、キラ様に会って話ができるチャンスがあるってことですよね?やったーーー!!』
「そうとは・・・」
限らない、と付け足そうとして、ディーゼルはやめた。
ヤマト隊は四将が受け持つ隊の中では二番目に規模が大きく、プラントの最終防衛線を守護する隊であるが、
キラ・ヤマトが自分の隊にめったに顔を出さないことは一部では有名な話だ。
おそらく中隊と小隊の構成数すら把握していないだろう。
彼はパイロットとしては並ぶ者のない腕前だが、軍人としてのきちんとした訓練は受けていないらしい。
隊長に選ばれた当初からお飾りの意味合いが強かった。
隊のことは副官に任せ切りにしているのが、タクトにもすぐに分かるはずだ。
「とにかく、こうなった以上は泣き言言っても助けてあげられませんよ」
『そんなの言いませんよぉ』
「・・・すぐに現実の厳しさが分かります。誰か、信頼できる人を捜しなさい」
『あ、それなら・・・』
「キラ・ヤマト以外で・・・!!」
『・・・』
「それと、もう一つ」
『あ、はい』
「命を大切にしなさい」
2010/01/01