PHASE-07「テロリスト《白夜》」
電子メールで送られてきた『犯行声明』を読み終わったケインは、ふんと鼻を鳴らした。
「何だよこれ、ボスは本当にこんなもの発表しろっての?」
「戦闘が終わったら、少し時間を置いて指定された『白夜』のウェブ上に掲載する」
「・・・俺は、こんな陳腐な文章はないんじゃないの?って言ってるの」
目を細めて睨んでくるケインに対し、ジェットは気にした様子もない。
「お前、テロを行う人間が『崇高な理念』を持っているとでも思っているのか?」
「・・・」
言葉の先を促すジェットの目の前で、ジェットの唇の端が僅かに吊り上った。
「テログループ『白夜』の行動理念は陳腐であれば陳腐であるほどいいんだ。
・・・後々のためにもな」
C.E.79 3月2日。
プラント・地球間境界線宙域、ジュール隊旗艦《ヒュペリオン》
『コンディションレッド発令。コンディション・レッド発令。パイロットは搭乗機にて待機せよ。
繰り返す、コンディション・レッド発令。パイロットは搭乗機にて待機せよ』
ベッドでひたすら天井を眺めていたほのかは、艦内に流れたコンディション・レッドに金の瞳を瞬いた。
ゆっくりと起き上がり、カーテンを引く。
医務室には誰もいなかった。
幼い自分は無害な民間人と見なされているのか、拘束されるどころか見張りすら置いていない。
点滴の針を腕から抜き、病人着のまま扉へと向かう。
さすがにロックは掛けられていたものの、それほど苦もなく開けることができそうだ。
道具になりそうなものを物色し始めたほのかの耳に、
コンディション・レッドを告げるオペレーターの声がいまだに響いていた。
「状況は?」
隊長のイザークがブリッジにやってくると、クルーたちの何人かがほっとしたような表情を見せる。
アランがそれに眉を寄せつつ、戦闘と思しき熱分布が検知されたことを知らせた。
「巡回には誰が出ている?」
「《ゼロシックス》と《ゼロセブン》です。32秒前に更新途絶。すでに《デプスチャージ》が向かっています」
「シグナルは?」
「確認できません」
「・・・」
イザークは顔をしかめる。
OZシリーズの二機に何かが起こったことは明白だ。
それなりに腕が立つからこそこの隊にいるのだが、戦闘を想定した装備ではなかったはず。
最悪の状況を考えねばならなかった。
一瞬海賊の仕業かと思ったが、連中が自分たちにわざわざ喧嘩を売ってくることはまれだ。
どうも奇妙な印象が拭えない。
「隊長、《デプスチャージ》シン・アスカ機から報告。敵機を確認・・・四機です」
イザークとアランが同時に目を剥いた。
「たった四機か!?」
「映せ!」
ブリッジの一部スクリーンに、シンの機体である《デプスチャージ》からの映像が映し出される。
スキャナからも確認された、認識コード不明のMS。
それらが見覚えのあるものだということに気付き、イザークは愕然とした。
「《カオス》、《ガイア》、《アビス》・・・それに、《セイバー》だと?」
『ケイン、連中もこちらに気付いたぞ』
「へえ、早かったじゃん」
ケインはカメラをズームアップし、射程距離のぎりぎりにいる黒い機体を検分した。
少し前に「06」と「07」とナンバリングされていた二機の量産機を四機で寄ってたかって撃墜したのだが、
向こうが察知して自分たちを見つけるまでの時間は思ったよりかからなかった。
あれの後ろには、お目当ての蒼い戦艦がいる。
黒色は仲間が来るのを待っているのだろう。
ケインは自分の機体、緑色の《クラフト・セイバー》の中でほくそ笑んだ。
『なあ、ケイン』
マゼンダ色の《クラフト・アビス》から通信が入り、ケインは意識を振り向けた。
パイロットのティモシー・オルコットが、いつもの軽薄な笑みを浮かべている。
「何だ、ティモシー」
『自分、あの黒くてカッコいいの欲しい。かまわん?』
「・・・あれは俺が狙ってたんだけどな」
ぼやくケインだが、レーダーが察知したMSの反応に気付いて数を確認した。
目の前の黒色を入れれば・・・六機だ。
これに母艦を入れれば、一機くらいティモシーにやってもいいかという気になってきた。
「まあ、いいよ。やる」
『ありがと!』
言葉と同時に、マゼンダの《クラフト・アビス》が両肩シールドに内蔵されているビーム砲を連射する。
どうやら自分が承諾しようがしまいが関係なかったようだ。
黒色が艦の位置を気にしたのか、左後方へ回避する。
クラフト・アビスもそれを追いかけて行った。
「じゃあ、俺たちは・・・って、アントニア!?」
敵機に接近しようとしたケインは、自分よりずっと前方へと突進している紫色の機体に気付いてぎょっとした。
紫の《クラフト・ガイア》とそのパイロット・・・アントニア・キャステンは、ケインの呼びかけに応えるつもりなどないらしい。
そのまま敵機のうちの二機と打ち合いに突入してしまった。
リーダーであるはずの自分を無視するアントニアに、ケインは気の強い女だと肩をすくめる。
すると、仮面の男・・・ジェットから通信が入った。
『ケイン、六機中四機はさっきと同じ、量産機だ』
「見えてるよ。アントニアが二機連れて行って、残りは量産機二機とそれ以外一機、か。ジェット、好きな方選んでいいぞ」
『・・・真面目にやれ』
ライトブルーの《クラフト・カオス》に乗っているジェットの声が、不機嫌みを帯びた。
それに生返事をしつつ、ケインはとりあえずまだ遠い敵の母艦へと向かう。
今回の目的はこの四機・・・《クラフト・セイバー》、《クラフト・カオス》、《クラフト・ガイア》、《クラフト・アビス》をザフトに確認させることだ。
だから今日だけは向こうを全滅させるのはよくない。
一応すでに向こうの巡回MSを撃墜、パイロットたちを死亡させているし、母艦はこちらの姿を確認しているはずだ。
だから仕上げの『犯行声明』さえ発表すれば、これで任務が終わる。
撤退しても良いのだ。
だが・・・。
ティモシーとアントニアはやる気満々だ。
それに。
「それに、俺も暴れ足りないしな」
《クラフト・カオス》のジェットがため息をついたのが分かったが、ケインは聞こえないフリをした。
シンはイザーク同様、部下を撃墜したMSの姿に驚いていた。
間違いなく、先の大戦では最新鋭とされていたセカンドシリーズの四機だ。
カラーリングこそ四機とも違うが、形状は間違いなく《セイバー》、《カオス》、《ガイア》、《アビス》のものだった。
仲間の機影がこちらに向かっているのを確認した直後、マゼンダ色の《アビス》が両肩シールド内のビーム砲で攻撃してきた。
「!」
シンが回避すると、《アビスもどき》はそのままこちらへと向かってくる。
それに対して他の三機は動く気配がない・・・狩りでもしている気分なのだろうか。
冗談ではないと思ったが、相手の力量が分からない以上、一機でもこちらに引きつけて艦から離さなければ。
いざという時にはイザークもいるし、大丈夫だ。
シンは艦の方向から少しそれた域に、《デプスチャージ》を動かした。
その間も《アビスもどき》は追撃してくる。
相手の攻撃に、シンは真紅の瞳を眇めた。
「装備も、前のと一緒?・・・いいや、そんなはずない」
かつて戦った《アビス》の動きは今でもよく覚えている。
この短い時間では、あの《アビスもどき》にどこまでの改良がされているのかは判断できないものの、
装備に大きな変化はないように見受けられる。
・・・が、安心はできない。
この《デプスチャージ》のスピードに追いついていることから、間違いなくブースターに関しては改良されているだろう。
以前《アビス》を撃墜したことがある、という経験が役に立つとは限らなかった。
《デプスチャージ》が若干スピードを落とすと、反対にマゼンダの《アビスもどき》はさらにスピードを上げた。
そして両肩のビーム砲を展開させる。
これは広い面の攻撃のため、近距離だと回避するのが難しい。
「・・・!」
シンはよけることを諦め、シールドをかざした。
シールドはビームコーティングされているとはいえ、衝撃は伝わってくる。
ようやくそれをやり過ごしたかと思えば、《アビスもどき》はさらにこちらに接近していた。
火力が売りの機体なのに、接近戦で型をつけるつもりなのかビームランスを携えている。
しかし、これくらいはシンには予測済みだった。
長いランスからの突きを、体制を崩さずシールドでなぎ払う。
《アビスもどき》は上半身を前にせり出したまま勢いを殺せない。
ガンッッ。
《デプスチャージ》の拳が、《アビスもどき》の頭部を殴りつけた。
すかさず《アビスもどき》は体制を立て直そうと、胸部の《カリドゥス》を《デプスチャージ》に向ける。
これだけの至近距離から受ければ一発で《デプスチャージ》はばらばらにされてしまうだろうが、
もちろんシンに、相手が発射するまで待ってやる親切心はない。
武器を破壊する・・・!
《デプスチャージ》の肘から手首にかけて収納されている、三日月形のビームナイフが展開する。
同時に《アビスもどき》は《カリドゥス》を放つも、《デプスチャージ》は神業に近い動きでかわした。
そして。
両手首のナイフが弧を描く。
それらは、《アビスもどき》の右肩部分に深々と突き刺さった。
激しい爆発と、体を揺さぶる衝撃。
「おどわぁぁぁーーー!!」
コクピットにアラームが鳴り響き、幾つかのカメラが砂嵐になる。
ばちっ。
「ひっ!」
すぐ目の前で火花が散り、ティモシーは顔を引くつかせた。
「な、なんじゃあこのクロスケ!強すぎでしょーーッッ」
一番最初の二機が歯ごたえがなかっただけに、ティモシーは暴れたりなかった。
この《クラフト・アビス》も、充分なテストをしたわけではない。
それで多少骨のありそうなカスタム機を選んだのに、どうやら自分の手に負える相手ではなかったようだ。
ティモシーはいつも飄々とした笑みを浮かべている顔を引き締める。
残された手段は一つ・・・。
「逃げまーーーーす!」
バーニアを全開にし、母艦《バサラ》のある方へと全力疾走。
・・・格好悪いが、死ぬよりましだ。
むろん黒色も追いかけてくる。
ティモシーは追撃を避けつつ、素早く使える機能で機体のチェックをして状態を把握した。
「・・・なんてことすんのよ、酷ぇ」
右肩にダメージを受けのは分かっていたが、大分深刻だ。
右腕全部が機能停止になったと考えた方がいい。
明らかに武器を狙った・・・ということは、この機体を捕獲つもりだったのだ。
そして、今でも相手がそのつもりであるとしたら。
「それなら・・・ッッ」
逃げられる!
ティモシーはぼろぼろになった《クラフト・アビス》の右肩の一部を、反対の腕でもぎ取る。
そしてその破損部位を後方の黒色に投げつけた。
無論相手は簡単によけるだろうが、ティモシーの狙いはそれではない。
「あらよっと!」
急停止と同時に振り向き、《カリドゥス》で破損部位を打ち抜いた。
ティモシーの目論見通り、シールド内に装備されていた連装砲に火がついて黒色の目の前で爆発した。
黒色が見えなくなると同時に、ティモシーは再び《クラフト・アビス》を急発進させる。
「もうちょっと踏ん張れ、アビス!」
あれは目くらましだ、どうせ相手にダメージを与えることはできはしない。
出てくる言葉こそ軽いものの、ティモシーは結構必死だった。
《デプスチャージ》と《クラフト・アビス》の一対一の一方で、こちらは二対一の対決が繰り広げられていた。
「ミンシア、お前は下がれよ!あの紫色は、僕一人で充分だ!!」
《ゼロスリー》のパイロット、ジュール隊のリーゼ・エッシェンバッハは、そう言いながら両肩のガトリング砲を放つ。
すると《ゼロフォー》のミンシアが、通信を通して怒鳴り返してきた。
『あんた一人じゃ無理に決まってるでしょ!』
リーゼの《ゼロスリー》とミンシアの《ゼロフォー》は、紫色の《ガイアもどき》と対峙していた。
先の大戦を知らない若い二人にとってのこの機体はただ得体が知れないだけだったが、
中近距離の戦闘を想定しているということは華奢な形状から察しがつく。
『きゃあっ』
一瞬の隙を付かれ、《ガイアもどき》のビームライフルが《ゼロフォー》の左足をかすめる。
大したことはなかったようだが、ミンシアは悪態をつきながら少し後退した。
リーゼはそれみたことかと鼻を鳴らし、仲間を心配するわけでもない。
つい二ヶ月前にアカデミーを赤服で卒業したばかりの彼は、ジュール隊では一番の新参者だった。
ザフトレッドであることに誇りを感じているリーゼは、誰にでも気安いミンシアとは特にそりが合わない。
それよりも、目の前の機体を撃墜することの方が今は重要だ。
リーゼは《ゼロスリー》のガトリング砲を撃ちながら、《ガイアもどき》に接近する。
相手は上手くよけているが、それくらいは計算済みだ。
《ゼロスリー》はビームソードを携える。
向こうが体制を崩したところを、たたっ斬ってやる!
だが。
《ガイアもどき》の動きが急に変わった。
「な!」
相手は広範囲に射出されている砲弾を見事な動きでかわし、リーゼをからかうようにその頭上を飛び越える。
《ゼロスリー》はその動きについていけず、あっという間に背後に回りこまれた。
ガキィ・・・ンッ!
「ぐは・・・!」
ガイアの足が、《ゼロスリー》の背中を蹴り付ける。
コクピットに近いところだったため、リーゼの意識は一瞬飛びかけた。
動きが鈍くなった《ゼロスリー》に、《ガイアもどき》はすかさずビームサーベルを構える。
当然リーゼは反応できない。
《ガイアもどき》のサーベルが、《ゼロスリー》を捉える・・・!
しかし、あと少しで《ゼロスリー》が切り裂かれようとした時。
『このヤローーー!!』
ガンッ。
ミンシアの《ゼロフォー》が急接近し、《ガイアもどき》に体当たりした。
射撃にあまり自信のないミンシアとしては、
ライフルで攻撃して仮にもリーゼ機に当たってはいけないと思ったからこその体当たりだったのだが、
この攻撃は予想外だったのか《ガイアもどき》はもろに受けて吹っ飛ばされる。
《ゼロフォー》はそのまま《ガイアもどき》に組み付いた。
「これでも食らえ!」
《ゼロフォー》の両足から、三日月形のビームナイフが展開される。
《デプスチャージ》の両腕に装備されているのと同じものが、ミンシア機には両腕、両足に装備されていた。
しかしその刃が届く前に《ガイアもどき》は足を折り曲げ、機体と機体を無理矢理引き剥がしにかかる。
腕の関節部分がきしむ音に、ミンシアは慌てて相手の体を離した。
「・・・ッ、畜生!」
「なかなかの腕じゃない」
《クラフト・ガイア》のパイロット、アントニア・キャステンはさすがに肝を冷やして敵機と距離を置いた。
《ゼロスリー》とナンバリングされた機体のパイロットは、イノシシみたいであまり大したことがない。
しかし《ゼロフォー》の方は、自分の機体を上手く使いこなしている印象だ。
すると《ゼロスリー》と《ゼロフォー》が、一斉射撃をしてきた。
「・・・ふん」
ビームはともかく、実弾は当たれば厄介だ。
アントニアは、戦闘開始時から目をつけていたいくつかのデブリへと向かった。
向こうの相手をしながら、少しずつこちらの都合の良い場所にひきつけていたのだ。
二機は砲撃を続けながら追いかけてくる。
アントニアは、《クラフト・ガイア》をデブリの後ろ側へ滑り込ませた。
そのまま四足獣形態に変形し、デブリに食いつく。
やはり宇宙空間でこの《クラフト・ガイア》の性能を生かすには足場があった方がいい。
スキャナで敵機の位置を確認し、攻撃の構えを取っていたアントニアだが・・・。
『アントニアーッ、助けてくれぇーーー!』
突然入ってきたクラフト・アビスからの通信に、アントニアは眉をひそめた。
あくまで目の前の敵機を警戒しつつ、呼びかけには応えてやる。
「何やってるの、ティモシー」
『あのクロスケ、馬鹿みたいに強いんだよ!もう俺ぼろぼろ・・・』
「・・・すごく元気に見えるわ」
ぼろぼろなのは、《クラフト・アビス》の方だろう。
『と、とにかく追いかけられてんのっ。助けて、アントニアちゃん!!』
「・・・分かったわ」
仮にもティモシーはコーディネーターだ。
その彼がナチュラルの自分に助けを求めているのだから、よほど酷い目に合わされたのだろう。
その時、敵機が急にスピードを上げた。
だがそれに動じるアントニアではない。
タイミングを計り、デブリを蹴った。
こちらの動きに驚いた相手が動きを止める・・・《ゼロスリー》の方だった。
隙を見逃さず獣形態で組み付き、デブリに押し倒した。
もう一機の《ゼロフォー》の方が接近しながら応戦してくるが、これにも正面から飛び掛る。
相手はまともにくらい、別のデブリに衝突した。
それを横目で見ながら、アントニアは《クラフト・ガイア》をMS形態に戻す。
「・・・この次はあたしが黒い方をもらわなきゃね」
自分には少々役不足だった二機を尻目に、仲間の救助へと向かった。
《ゼロツー》のユーリ・キンバリーと、《ゼロファイブ》のエディ・クルムアイヒは、
ライトブルーのMS、《クラフト・カオス》と交戦していた。
接近戦を得意とするユーリを、遠距離支援型のエディが援護する。
相手がどんな性能を持っているのか分からない以上、これが一番理にかなった戦い方だった。
『エディ、右!』
「は、はいっ」
ユーリの端的な命令に、エディは素早く反応する。
右に機体をずらした《クラフト・カオス》に、《オルトロス》の標準を合わせて発射した。
だがぎりぎりでかわされてしまい、舌打ちをうつ。
相手はかなりのスピードだ。
「ユーリ、下がった方が・・・」
『大丈夫だ、援護を続けろ!』
言葉を途中で遮られ、エディは押し黙るしかなった。
《ゼロツー》が、近距離でライフルと腰部のリニアガンを連射する。
エディは再び《オルトロス》を構えた。
ビーム攻撃をライトブルーの《クラフト・カオス》はシールドで防いでいる。
シールドがはずれるのをエディはひたすら待った。
相手の装備は高い火力を有している。
必ず反撃に転じてくるはずだ・・・と。
だがカメラを覗き込んでいたエディは、あることに気付いた。
「背中のポッドが、ない・・・?」
カオスの背中に装備されていたはずの二つのポッド・・・それがいつの間にかなくなっている。
まさかと思って目を凝らすが、やはり背中にはなかった。
それでは、どこに・・・?
「ユーリ!!」
『・・・!』
思わぬ方向からの攻撃に、エディもユーリも悶絶した。
カオスは前の攻撃の時、すでにポッドを射出していたのだろう。
ドラグーンシステムを搭載していることは何となく察しが付いていた。
だがこれだけの時間を置いて、しかもほぼ正確に攻撃しているあたり、パイロットはかなりの腕らしい。
エディはポッドが斜め左上方にあったことに寸前で気付き回避したが、ビームが《オルトロス》にかすってしまう。
ユーリは後方からまともに攻撃を受け、脚部が吹っ飛ばされていた。
《クラフト・カオス》は戻ってきたポッドを装着すると、動けないユーリの《ゼロツー》に狙いを定める。
「ちっ」
エディは傷つきいつ爆発するかも分からない《オルトロス》をパージする。
そして《クラフト・カオス》に急接近し、ミサイルポッドを連射した。
《ゼロファイブ》とナンバリングされた機体からのミサイルを回避しながら、ジェットは敵機の反応の良さに軽く驚いていた。
量産機ではあるが、名高きジュール隊だけある。
ちゃんとした装備さえあればただではやられてくれないらしい。
《ゼロツー》に止めを刺すことはいったん諦め、追いすがろうとする《ゼロファイブ》との距離を開こうとする。
そうすれば、長距離砲を捨てた相手に対して圧倒的に有利だ。
しかし、ジェットの目論見は相手に読まれていたらしい。
《ゼロファイブ》の肩のシールドから、何かが出て来る。
《ゼロファイブ》はそれを手に取ると、こちらに投げつけた。
「・・・!ブーメランかっ」
一瞬肝を冷やすジェットだが、よけるまでもなくブーメランは《クラフト・カオス》の左側を大きくそれて通り抜けた。
・・・が、次には弧を描いて真正面に飛んでくる。
「・・・ッ」
ジェットはとっさにシールドではじく。
しかし勢いを殺しきれず、情けなくも縦に一回転してしまった。
「そろそろ潮時か」
体制を素早く立て直し、追いすがろうとする《ゼロファイブ》と《ゼロツー》にビームライフルを連射する。
そして相手がひるんだ一瞬を見て、バーニアを全開にして離脱した。
向こうももちろん追いかけてくるが、全力疾走の《クラフト・カオス》に脚が及ばないらしく距離はどんどん開いていく。
《クラフト・アビス》のティモシーと違い、ジェットは楽に戦場を離脱した。
ヒュペリオンの眼前で激しくぶつかっているのは、
ルナマリアの《ルージュウルフ》とケインの《クラフト・セイバー》だった。
高い機動性を持つ緑色の《クラフト・セイバー》に対し、ルナマリアは必死に攻撃をよける。
《ルージュウルフ》はどちらかといえば遠距離の支援を想定した機体のため、こちらが圧倒的に不利だ。
数だけならこちらが有利なはずなのに、間をかいくぐって艦にここまで接近するとは思わなかった。
「それなら・・・っ」
ルナマリアは、思い切って《ルージュウルフ》の遠距離砲《オルトロス》をパージする。
この緑の《セイバー》が五年前とコンセプトが同じものであるならば、長距離砲は足枷になるだけだ。
身軽になると、《ルージュウルフ》は一気に《クラフト・セイバー》に突っ込んだ。
接近戦用の武器は何も持っていないはずなのに、一見無謀な行為に見える。
・・・が、左腕に装着されているシールドの中からビームサーベルが現れ、《クラフト・セイバー》を襲った。
「うわっ、あぶねぇ!!」
ケインはぎりぎりで気付き、サーベルをよける。
投げやりな攻撃ではなかったのかと感心していると、今度は逆の手首から何かが飛び出した。
「うわっぁああ!」
これも何とかよけた。
ワイヤー付きのクローだったようだ。
「・・・万国ビックリショーかよ」
随分多彩な装備をしている機体のようだ。
「今度はこっちから・・・ッ」
ビームサーベルを取り出し、斬りかかる。
《ルージュウルフ》はシールドで受け止めた。
二機の間でビームの粒子が散る。
「反応はいい・・・だけどっ!!」
ケインはこの体系のまま、《クラフト・セイバー》のバーニアを開いた。
「おらぁ!!」
そのまま、力任せに《ルージュウルフ》を戦艦の方へとふっ飛ばした。
「・・・ぐっ」
押し飛ばされた《ルージュウルフ》の中で、ルナマリアはうめく。
このままでは《ヒュペリオン》にぶつかってしまう・・・!
こんなところでやられてたまるか・・・っ。
大体、何だって《セイバー》なのだ。
かつて上司だった額の広い彼を思い出し、ルナマリアのこめかみに青筋が浮かんだ。
「ふざけてるんじゃないわよーーー!!」
《ルージュウルフ》はヒュペリオンに衝突する直前、体を反転させる。
背中からではなく、両手両足で獣のように艦の表面に着地した。
その勢いのまま、艦を踏み台にする。
MA体に変形して艦ごとこちらを砲撃しようとしていた《クラフト・セイバー》に、そのまま飛び掛った。
「この口先だけの、デコっぱちがーーッ!!」
・・・ルナマリアはすでに少し錯乱していた。
『隊長、俺にも出撃許可を!』
「まだ駄目だ!時間まで待機していろ」
すでに《ゼロワン》に搭乗し出撃要請をするリュカを、イザークは一喝した。
《ヒュペリオン》の眼前では、ルナマリアの《ルージュウルフ》が緑色の《セイバー》と対峙している。
二機ともあまりに激しいスピードで動くため、《ヒュペリオン》からの援護射撃は難しかしい。
もどかしいが、イザークたちは見ているだけだ。
シンや他のOZシリーズのパイロットたちもそれぞれ戦闘を繰り広げているはず。
すぐに駆けつけて援護してやりたいのはイザークも同じだった。
「俺の機体もスタンバイさせておけ。あと2分30秒後に《ゼロワン》は出撃。俺もすぐ後に出る。
他の機体に一度帰艦命令を出せ!ルナマリア機以外の状況は分かるか?」
「《デプスチャージ》のシグナル確認。すぐ帰艦を開始するそうです」
「よし」
「《ゼロスリー》、《ゼロフォー》も確認。《ゼロツー》は被弾した模様・・・パイロットは無事です」
「《ゼロファイブ》・・・エディは?」
「シグナル確認」
とりあえず、最初の《ゼロシックス》と《ゼロセブン》のパイロット以外に犠牲になった者はいないようだ。
まだ戦闘中ではあるが、ブリッジに一瞬ほっとした空気が流れる。
その時、ブリッジのドアが開いた。
一番近くにいたイザークがぎょっとして振り向く。
そして唖然とした。
「・・・お前」
ドアの前で立っていたのは、ポッドの中で保護された水色の髪の少女・・・ほのかだった。
ややぼんやりとした表情で、イザークを見上げている。
思わぬ人物の登場にイザークがとっさに反応できないのをいいことに、彼女は無断でブリッジに入り込んだ。
「お、おい。お前・・・」
ほのかはゆっくりと辺りを見回す。
イザークの他に気付いた何人かがこちらを覗きこんでいた。
やがてほのかの視線は、広い画面に映る。
そして・・・。
赤い機体と交戦している、緑色の《セイバー》に気付いた瞬間、彼女の顔が強張った。
一気に血の気が引き、ぶるぶると震えだす。
それを戦闘そのものに対して怯えているのだと思ったイザークはほのかに近づいて声をかけた。
「さあ、部屋に戻るんだ。ここは子供の来る場所じゃ・・・」
彼の言葉は。
最後まで続かなかった。
「隊長!《ルージュウルフ》が・・・ーーーーッッッ!!」
「ーーーーーーーッッ!!」
クルーの悲鳴と共に、艦が激しく揺れた。
もみくちゃになり、クルーの半数が投げ出される。
イザークは近くにいたほのかの体をとっさに抱きかかえるが、おかげで受身が取れず、壁に背中を打ちつけた。
緑の《セイバー》に吹っ飛ばされた《ルージュウルフ》が艦に組み付き、そのままジャンプしたための衝撃だった。
無論半端な衝撃ではない。
艦を激しくシェイクされたようだった。
操舵手がとっさに安定操作していなければ、三回くらいバレルロールをしていただろう。
衝撃が去った後も、しばらく全員が悶絶する。
「・・・ひ、被害は?」
何とか艦長席に戻ったアランの言葉と同時に、目を白黒させていたクルーたちもあたふたと持ち場に戻る。
「6番ゲートにイエローアラート・・・で、でも・・・大丈夫のようです」
「火器類に異常ありません」
どうやらルナマリアは、あの状態でもとっさに被害の少なそうなところに着地したらしい。
「ルナマリアのやつ・・・ッッ」
わざとではないだろし、本当に激突されていたらそれこそこっちは大被害だった。
それでも悪態の一つでもつかねば気がすまないと、イザークは痛む背中に顔をしかめる。
そこでようやく細い体が腕の中にあることを思い出し、抱き込んでいた力を緩めた。
ほのかが金色の大きな瞳をぱちくりさせている。
「大丈夫か?」
イザークの問いかけに、ほのかは黙って頷く。
そして何を思ったのか、そのままイザークの軍服の端を自分からしっかり掴んできた。
イザークは一瞬どうしたものかと戸惑うものの、艦長の言葉にすぐ意識を振り向けた。
「敵機が撤退していきます」
どうやら緑の《セイバー》は、《ルージュウルフ》の猛攻に驚いて逃げに転じたようだ。
「追跡しますか?」
「・・・いや」
あの方向は、デブリの多い地帯だったはずだ。
満身創痍のこちらはすぐ巻かれてしまうだろう。
それより部下たちの安全を確認するのが先だった。
この宙域での戦闘より二時間後。
あるホームページ上で、プラントのラクス・クライン議長宛てに犯行声明が発表される。
「白夜-byakuya-」を名乗るグループからのものだった。
自由と正義を求める全てのプラント人民に告ぐ。
本日、兵力によって我らの国を支配しているラクス・クラインの圧制に対し、我々は警告を行った。
1800時、地球・プラント間境界線にて、正義のための攻撃を実施したのは我々「白夜」の戦士である。
皆さんもご存知の通り、プラント最高評議会議長のラクス・クラインは自らの財力によって得た兵力を利用し、
この四年間最高評議会を意のままにしてきた。
前大戦時におけるラクス・クライン率いるエターナル、アークエンジェル、オーブ軍、およびそれに追随した組織の軍事行動は、
独善的で筋の通らない違法な行動であったことに疑いはない。
彼らは自分の武力行使に正当性があると脚色し、
プラントの有能な指導者であったデュランダル前議長と故国を守ろうとする兵士たちを虐殺した。
自分たちがテロ行為をしたという事実を歪めるため、
クライン派で構成された政府が無実の人々を拘束、投獄し、粛清していったのは周知の事実である。
そして皆がクライン派の圧制を恐れ、真実から目を逸らし、口を閉ざしてしまっていることを我々は知っている。
しかし、負けてはならない。
今こそ立ち上がらなくてはならない。
クーデターによって作られた現政権を認めてはならない。
今回の我々の神聖な攻撃に対し、罪あるクライン派は恐怖に慄いているはずである。
我々は現政権に、ラクス・クラインの議長職辞職と最高評議会の解散を要求する。
速やかにこれを行わない限り、彼らは同じ罰を受け続けることになる。
自由と正義、そして真の平和がプラントに戻るまで。
良心的なプラントの同士が同じ気持ちであることを、我々は信じている。
C.E.79 3月2日。
「白夜-byakuya-」軍事部
―――はあっ・・・はあっ・・・。
荒い自分の息遣いの合間に、見たくもない残像がちらつく。
それを振り払おうとして、のけぞった首から冷たい汗が流れ落ちた。
―――はあっ、はあっ・・・。
ほのかは逃げようとした。
だが身体が動かない。
手足が固定され、固いベッドに縛り付けられている。
むせるような消毒液の匂いと、天井からの白い光、自分を取り囲んで覗き込む白衣の男たち。
―――いや、触らないで・・・ッ。
叫びは声にならない。
腕にちくりとした痛みを感じ、何かの薬が体の中に注入されていくのを感じた。
―――いや、いや・・・ッ。そんなの、いらない!!
身体が熱いのか冷たいのか、よく分からない。
視界がぐらぐらと揺れ、暗くなったり明るくなったりする。
霞んだ視界に、自分へと向けられたメスの刃だけがはっきりと焼きついていた。
―――・・・っ、あ、ああっっ。
やはりほのかは逃げようとしていた。
今度は手足が自由だが、電気もつけない暗く狭い部屋の中。
ほのかは部屋を出ようとする。
しかし肩を激しく掴み上げられたかと思うと、痛みにうめく間もなくベッドに放り投げられた。
ワンピースを引きちぎられ、惨めな姿になっていく。
見上げれば、この部屋の主が自分に覆いかぶさるところだった。
―――いやっ、助けて!
許しを請うても、自分を蹂躙していく手は止められない。
黒く澱んだ瞳が狂気に揺れていた。
―――助けて・・・、助けて・・・!!
誰でもいい。
誰でもいいから、私をここから連れ出して。
―――誰か・・・。
「・・・なんだ、これは」
手渡されたそれを見ながら、イザークは柳眉を跳ね上げた。
人間の骨が映し出されたレントゲン写真・・・。
イザークは軍に身を置く以上、必要最低限の医学の知識は持っている。
しかしそれをしても、その写真に映る奇異なものを理解することはできなかった。
人間の骨格のところどころ・・・主に間接部分に、明らかに人工物と分かるものがある。
骨折した部分を補強するためのものだろうかとも思ったが、いくらなんでも数が多すぎだ。
しかも内臓の部分までに至っているように見える。
「こんなものが、あの娘の体の中に?」
イザークの問いに、向かいに座っている軍医は頷く。
「手術の痕が体中にありました。薬物の痕跡も見られます」
「どのような?」
「筋肉増強剤に似た成分ですね。厳密には少し違いますけど。あろうことか、心臓や肺周辺に流し込んだ形跡があります」
「・・・」
言われたことを想像してしまい、さすがのイザークも青くなる。
「あんな華奢な女の子の肺活量でも高めようとしたんでしょうかね・・・。
病気の類が原因の手術じゃないことは確かです。子供もそのせいで」
「こども?」
「妊娠してたんですよ、彼女。胎児はとっくに中で死んでいますね。そのうち簡単な手術で取り出しましょう」
「に、ににににに、にんし・・・っ!?」
「・・・噛むくらいならしゃべらないでいただけますか?」
「ちがっ・・・、待て待て待て!ほのかはまだ12歳くらいだろう?」
「小さく見えるだけで14歳から16歳くらいだと・・・それでも子供を作るには若いですが」
「・・・」
イザークはもはや言葉が見つからない。
どういうところから来たのだ、あの娘は。
「・・・連合のエクステンデットだという可能性は?」
ほのかがナチュラルだということは、ここに運び込まれた時点で判明していた。
それで肉体改造をされているとなると、
やはり連合軍がナチュラルに対抗するために研究していた人間兵器(エクステンデット)が思い浮かぶ。
あまりのことに眩暈すら起こしているイザークに対し、軍医は椅子に座り直すと、「自分は専門ではありませんが」と前置きした。
「確か連合のエクステンデットは一定時間ごとに薬を補充するか何らかの処置をしないと、
生命を維持することすらできなかったはずです」
しばらく観察していたが、ほのかにそんな様子は見られなかった。
ここがザフト軍の艦だと知っても落ち着いたものだ。
「それでは、違う?」
「何とも・・・。連中がやり方を変えたというのなら話は別ですが」
「・・・分かった。とにかく、見つけてここに連れてくる。・・・いや、どこかで監視した方がいいかな」
ここに来る前、ほのかは仮眠室に置いて来てしまった。
もし彼女が連合側の人間だとすれば、監視もつけずに自由にさせておくのはまずい。
あの幼い娘が敵とは考えたくないが、部下を危険に晒すことはできなかった。
立ち上がったイザークが部屋を出ようと開閉ボタンを押そうとする。
しかしその寸前、ドアが外側から解除されて横にスライドした。
「・・・ッ」
同時に小さな身体が飛び込んでくる。
イザークは、反射的に振り払おうとした手を押しとどめた。
すると入ってきた水色の髪の少女、ほのかは・・・あろうことか、イザークに抱きつく。
その行為にイザークは慌てた。
「お、おい。ちょっと待て!何だ!?」
軍医も驚いているが、ほのかは本当に抱きついているだけのようだ。
武器などは見当たらない。
ただ・・・。
イザークは、彼女の白い肩が小刻みに震えていることに気付く。
酷く汗をかいていたのか、湿った肌に髪と服がべっとりと張り付いていた。
「何だ、震えているのか・・・?」
「寒いのかい?」
二人の問いに、ほのかは応えようとはしない。
ただ、決して放すまいと。
イザークの軍服を強く握り締めていた。
2010/01/01