PHASE-08「オーブからの訪問者」
C.E.79 3月10日。
プラント・アプリリウス市周辺宙域、ザフト制宙圏。
戦艦《セラフィム》・・・キラ・ヤマトが率いるヤマト隊の旗艦である。
アークエンジェル級三番艦として位置づけられており、「平和の使者の聖剣」に相応しいようにと純白に塗られている。
仮にプラントが戦争に巻き込まれた場合、最終防衛ラインを守護することを義務付けられていた。
「グリーン32、マーク20、アルファ・・・敵機確認」
レーダーに示されたマークを読み上げ、確認する。
タクトのその口調は、まだどこかたどたどしかった。
敵は一機・・・《ジン》だ。
「この距離なら、ライフルで・・・」
《ガーディアン》がライフルを取り出し、ビームを発射する。
しかし、近づいてくるジンはそれをかわした。
「当たらない・・・ッ、でもまだ」
《ガーディアン》はライフルの連射を続けつつ、腰部のリニア砲《クスフィアス》を展開する。
レーダー画面に標準システムが重なり、オートで《ジン》を固定した。
発射ボタンを押す。
8問の《クスフィアス》から発射された光は、全て正確に《ジン》へと向かい、今度こそ撃破した。
「敵機撃墜を確認・・・」
タクトは安堵の息を吐きかける。
だが。
鳴り響くアラート。
きゅっ、と唇を噛み締めた。
「イ、イエロー50、マーク68、チャーリー・・・ッッ!ブルー・・・えーと・・・デルタッ」
《ジン》が二機いる・・・挟み撃ち!?
一機以上を相手にした経験は、タクトにはまだない。
落ち着けと自分に言い聞かせるが、それを邪魔するかのように左側にいた《ジン》が近づいてきた。
サーベルをこちらに向けている。
「ビ・・・ッ、ビームサーベルは・・・!!」
タクトも接近戦用の武器で《ガーディアン》を戦わせようとするが、後方のもう一機がライフルを撃ってきた。
ビームサーベルを取り出すことを諦め、とにかく砲撃をよける。
近づいてきた《ジン》からのサーベルも何とかかわした。
と、その時、レーダーが再び敵機を示す。
・・・全部で三機だ。
「ちくしょう!」
タクトは《ガーディアン》を急上昇させる。
とにかく距離をとらなければ。
もちろん三機の《ジン》も追いすがろうとするが、最新鋭の《ガーディアン》の方が早い。
いくらか引き離したところで振り向き、
《ガーディアン》の《クスフィアス》と腕の背面にあるプラズマビームキャノン《アーセナル》を展開した。
再び標準システムが現れ、素早く相手をロックしていく。
「くらえ!!」
《クスフィアス》と《アーセナル》が発射され、光の線が幾筋も走る。
三機の《ジン》は逃れられず、光に包まれて爆散した。
タクトは荒い息をする。
「・・・はっ、敵機三・・・げきつい、かく、にん・・・しました」
レバーを握っていた手は、まだ緊張で震えていた。
「演習終了しました。《ガーディアン》、タクト・キサラギ機は帰艦してください」
オペレーターのメイリン・ホークの声を聞きながら、《セラフィム》の艦長であるマーチン・ダコスタは腕時計でタイムを確認した。
「5分21秒・・・か。あれだけのスペックを持っているのにな」
やれやれとため息をつく。
キラの《フリーダム》なら20秒もかからないだろう。
いや、赤服のエースパイロットレベルでも、《ザク》を与えられれば二分以内で片付けられる。
《ガーディアン》は性能的には《ストライクフリーダム》より高いはずであるから、五分以上は長過ぎだ。
「でも、全機撃墜できるようになっただけましですよ」
ダコスタのため息を聞きつけたのか、メイリンがタクトを弁護する。
「ナチュラルの、しかも軍人でもなんでもなかった子なのに、頑張ってるじゃないですか」
「うん。まあ・・・一週間でここまでできれば頑張りは認めるけどな」
ダコスタは苦笑する。
今日で演習は六日目、回数にすれば20回弱だが、タクトの成長は明らかだ。
この演習づくしの一週間、ナチュラルの彼にとっては地獄だったはずだ。
軍事訓練を受けていなければコーディネーターでも根を上げていたと思う。
・・・演習開始当初は酷いものだった。
タクトはようやくMSの起動と歩行を学んだばかりで、記念すべき初回演習は《セラフィム》から発進するだけで終わってしまった。
そして八回目あたりまで、無人の《ジン》に瞬殺(もちろん向こうの砲弾はペイント弾)されていたのだ。
だが、十回を越した辺りから次第に《ガーディアン》の動きが滑らかになった。
敵機への攻撃も正確になり、今回に至っては予告もなく機体を増やしたのに撃破してみせた。
タクトがパイロット志望だということはダコスタも聞いていたが、口先だけのものではなかったのが分かる。
文句こそ山のように口からついて出てくるものの、決して諦める気がないのは強い瞳からも幾度か感じていた。
ダコスタは少し席を回転させ、メイリンのすぐ傍に立っている人物へと目を向けた。
めったにこのブリッジに立つことがない、自分たちの上司だ。
「隊長は、どう思われます?」
問われたキラは、考え込むように瞳を伏せた。
しかしまたすぐに顔を上げ、口を開く。
「センスは、あるんじゃないかな」
そのまま黙りこくってしまったキラに、ダコスタは何と言ってよいか分からない。
ラクスの命によってキラのもとについてから四年が経つが、いまいち彼とはしっくりこなかった。
どちらかというと真面目で淡々と任務をこなすダコスタにとって、
経験がないから、という理由で軍務を逃げ続けているキラは理解し難い存在だ。
軍事経験がないならこれから積めばいいものを・・・それすら彼は敬遠し、ダコスタが敬愛するラクスとも破局した。
「何?」
「・・・え?あ、いえ」
無意識にじっと睨んでいたのか、キラが不快そうに顔を歪めている。
ダコスタは謝罪の言葉を口にすると、慌てて正面へと姿勢を正した。
「ぷはーーーーーっ」
ヘルメットを脱いだタクトは空いたベンチを見つけ、その上に大の字になった。
五時間後には、キャノン砲の精密度テストがある。
それまでに体を休めなくてはならないのだが・・・まずは機体のチェックをしなくては。
それで一時間が潰れるとすれば、着替えを入れて、睡眠時間は三時間半。
・・・そのうちナポレオンの上をいくかもしれない。
この一週間、タクトは《ガーディアン》のためのテスト責めにあっていた。
《ガーディアン》は完成してからタクトが動かすまで一度も起動されておらず、当然必要なテストもされていない。
データが必要なのだ。
しかしそれにしても、パイロットは別にタクトでなくともいい気がするのだが、どうもそう簡単にはいかないらしいのだ。
そういえば、ついこの間様子を見に来た研究者の誰かが「女王様のこだわりだから」とぼやいていた・・・何のことだろう。
もともと自分はパイロット志望であったし、憧れのヤマト隊にまで入れてもらって満足といえば満足なのだが、
さすがにこんな状況が続けばそのうち倒れてしまう。
そうでなくとも訓練中・・・《ガーディアン》のコクピットに乗っている時は酷く疲労を覚えるのだ。
最初の二、三日は特にしつこい頭痛に悩まされた。
―――そういえば、上手く動かせるようになったのは頭痛がしなくなってからだよなぁ。
タクトは、搭載されている《オプティマスシステム》が脳波を感知するものだということは聞かされていない。
だから、疲労感も頭痛も、ただの緊張と睡眠不足によるものだと思い込んでいた。
―――それにしても、全然キラ様と会えないじゃないかぁーー!
最大の目的だったキラは《セラフィム》にはいないことが多く、演習も艦長のマーチン・ダコスタが仕切っている。
たまにキラがブリッジから演習を見学していることは知っていたが、タクトが声をかけることは許されなかった。
こんなに近くまで来ているのに・・・。
ばしゃっ。
「ぶわっっ」
ベンチの上でうとうとしていたタクトは、頭上から水を掛けられて飛び上がった。
パイロットスーツごとびしょ濡れになったうえ、鼻にまで水が入り込んでしまってむせてしまう。
顔を手で拭きながら睨みつければ、視線の先に緑の軍服を着た三人の男たちがにやついていた。
タクトの片眉が跳ね上がる。
セラフィムに来た当初から嫌がらせをしてくる三人組だった。
明らかに年下のタクトに突っかかってくるくらいだから、当然名乗ってなどこない。
だからタクトは勝手にこの三人を、「不良A」「不良B」「不良C」と呼んでいた。
「何するんだよ?」
「眠そうだったから、起こしてやったんじゃないか」
「まだ仕事残ってるんだろ?」
「・・・」
思わず口を尖らせる。
確かに仕事は残っていたし、このまま寝入ってしまったら周りの者には迷惑だったかもしれないが、
だからといって水をかけることはないだろう・・・!
「何だよ、その目は?」
「礼の一つも言えないのかよ」
「無理無理。ナチュラルのサル並みの頭じゃ」
「ホント、どうしてこんなヤツが最新鋭機に乗って特別扱いされてるんだか・・・」
碧の瞳で不良A、B、Cを睨みつけながら、どっちが特別扱いだと内心でののしった。
タクトからすれば、決められた軍務以外は訓練もせずだべってばかりいる彼らの方がずっと優遇されているように感じる。
今タクトが一番欲しい睡眠時間だって、こっちの倍以上取っているのだろう。
むしろ軍人をやる気が本当にあるのかと疑うところだった。
「何?何か文句でもあるのか?」
「うわーっ、ナマイキッッ」
「ナチュラルがコーディネータに喧嘩売ろうっての?」
不良たちはなおも笑いながらタクトをからかう。
とうとうタクトは我慢できなくなった。
「あのね、いい加減・・・ッ!」
「ちょっと、お前ら」
「・・・へ?」
タクトが腹に溜めていた言葉を吐き出そうとした矢先、別の方向から割って入った声があった。
タクトも不良たちも、同時に声の方向へ顔を向ける。
作業着を着た小柄な青年が腕組みをして立っていた。
そしてタクトは、彼の顔に見覚えがあることに気付く。
「ヴィーノ・デュプレ?」
突然声をかけてきたヴィーノに、不良たちはすっと目を細めた。
彼がタクトを助けに来たのだと判断したらしい。
「誰だよ、お前?」
「このナチュラルの仲間?」
明らかにすごむような口調だったが、ヴィーノは特に顔色を変えるわけでもない。
「その子、艦長室に連れてくるように言われたんだけど・・・」
艦長の名前が出た途端、不良たちが戸惑った表情を浮かべる。
その反応に呆れたタクトが冷ややかに見ていると、ヴィーノがさらに言葉を重ねた。
「それと、今日ホークさんが『ぬきうち』やるって聞いたよ」
「ゲッ!」
「マジかよ!?」
「やっべぇーーッッ!」
今度こそ不良たちは顔色を変え、ばたばたとその場を立ち去ってしまった。
訳が分からずタクトがきょとんとしていると、ヴィーノがベンチの隣に座る。
そして手にしていたドリンクボトルを渡してくれた。
「飲みなよ」
「あ、ありがと!・・・でも俺、艦長室に・・・」
呼ばれているはずだ。
が、そう口にしたはずの当人が、首にかけていたタオルでタクトの濡れた髪を拭きながらいたずらっぽく笑う。
「ああ。あれ、ウ・ソ」
ボトルのスポーツジュースを遠慮なくいただくタクトの隣で、ヴィーノは携帯用の小型テレビを開いていた。
画面から目を離さないままタクトに語りかける。
「これ終わったら、機体のチェック手伝ってやるよ」
「え、いいの?」
「ああ」
ヴィーノはペンでパネルをタッチしながら、画面を真剣に睨んでいる。
それをちらちら見ながら、会話をつなごうとタクトは言葉を選んだ。
「ヴィーノ・・・さん」
「呼び捨てでいいよ」
「・・・ヴィーノは、いつからこの艦にいたの?」
「お前が来たのと同じ日」
「はあ?」
「ずっとここにいたぜ。お前が気がつかなかっただけ。
・・・まあ、あの演習地獄じゃ周りに目が行かなくなるのも無理ないけどな」
そうかもしれない。
「ねえ。怪我・・・もう大丈夫?」
「治った」
短く応えると、ヴィーノは先日撃たれたはずの腕をひらひらさせる。
包帯はまだ巻かれているようだが、言葉通り問題はないようだ。
「それから、さっきの『ぬきうち』って何?」
「この艦の抜き打ちお掃除チェックのこと。
オペレーターの・・・メイリン・ホークっていう人がやるんだ。ちなみにあれも嘘」
「へ、へえ」
メイリン・ホーク・・・。
確か、初日に艦長に引き合わされた時、隣にそんな名前の女性がいたかもしれない。
鮮やかな赤い髪で、ばっちりメイクをきかせていた・・・が、美人かどうかまでは印象に残っていない。
かなり離れていたのに香水の匂いが酷くきつかったことだけは覚えているのだが・・・。
ザフトは規則が随分緩いんだな、と感じただけだ。
会話が途切れ、タクトの視線は自然にヴィーノの小型テレビへと向かった。
事務的なキャスターの口調が途切れ途切れに聞こえる。
「ニュース?」
「このチャンネルじゃ表面的なことしか分からないけど、ないよりマシだから・・・ジュール隊のこと」
「ジュールって・・・」
タクトの脳裏に、あの銀髪の青年の顔が浮かぶ。
プラントに飛び込んだあの日に、ディーゼルと一緒に世話を焼いてくれた人だ。
ジュール隊ということは、彼が隊長を勤める隊のことか。
「何かあったの?」
「知らないのか・・・?『白夜』とかいうテロリストがジュール隊を攻撃したんだ」
「テロリスト、白夜・・・」
全然知らなかった。
この一週間、テレビなどつける暇もなかったから。
「撃退したって話だけど・・・心配でさ。友達があの隊にいるんだ」
「へぇー。パイロット?強いの?」
興味を示し首をかしげたタクトに、ヴィーノは今度こそ顔を向けた。
そして「強いさ」と笑みを浮かべて言い切る。
「ザフト・レッドで、最新鋭機に乗って、フェイスになったことあるんだ。
《フリーダム》を倒したことだってあるんだぜ」
「・・・え?」
「すごいだろ?そんなことができたのあいつだけだったんだ」
「・・・たおした?」
「シン・アスカっていうんだけど・・・」
「《フリーダム》を、倒した?」
「ん?」
声色を変えたタクトに、ヴィーノも気がついて眉を寄せる。
「キラ様と、戦ったってこと?」
「・・・キラ、さま?」
「じゃあデュランダルっていう前の議長の部下だったってことだよね。それじゃあ悪者じゃん」
「・・・」
「デスティニープランで世界を支配しようとした人の仲間なんでしょ」
「・・・」
「キラ様とラクス様は自由と正義のために・・・オーブと・・・」
そこまで口にして、タクトはようやくヴィーノの顔色に気付いた。
真っ青だ。
不気味なものを見るような視線をタクトに向けている。
「あ、あの・・・違ったっけ?」
おずおずと問う。
しばしの沈黙の後、ヴィーノはタクトから視線をはずしてベンチから立ち上がった。
「ヴィーノ?」
「・・・違わないよ」
「は?」
「だから、俺たちは悪者なんだって言ってるんだよ・・・お前ら観客にとってはな!!」
ヴィーノは吐き捨てるように言う。
「ヴィー・・・」
「それ返せよ!」
ヴィーノは目を丸くしているタクトから、自分のタオルをもぎ取った。
そのまま荷物を手にし、大股で遠ざかっていく。
「ちょっ・・・、待ってよ!機体のチェック手伝ってくれるって・・・」
「一人でやりやがれ!!」
「シン、もう眠っちゃったの?」
シャワーブースから部屋に戻ったルナマリアは、上半身裸で横になっている恋人を見つける。
自分より先にブースから出たシンは、ろくに髪も拭かずにベッドに入り込んだようだ。
「シーンッ、ほら、シーツが湿っちゃうわ」
いくら疲れているからといっても、これでは風邪をひいてしまう。
ルナマリアは自分のタオルを持ち、髪の水気を拭いてやろうと近づいた。
「きゃっ」
すると突然伸びたシンの手が、ルナマリアの腰を掴んで引き寄せる。
ベッドに強制的に座ることになったルナマリアに抱きつき、その膝にシンは頭を乗せた。
白い太股に頬を摺り寄せてくる。
「こら、ふざけないの」
「ふざけてないよ。ここは気持ちいいから」
「・・・馬鹿ね」
隊の中では「冷血漢」だの「鉄仮面」だの、かつての彼からは想像もつかないような呼び名をつけられているシンだが、
私室で恋人と二人きりになった途端、子供のように甘えだす。
ルナマリアは毎度それに呆れつつ、彼に感情というものが残っていることに安心させられていた。
現在、シンとルナマリアはヒュペリオン内で同じ部屋を使っている。
軍内で男女が同室というのはありえないことだが、明確な規定があるわけではない。
二人の関係を知るイザークも当初は難色を示していたが、「ある出来事」を境にあまり口うるさく言わなくなった。
寝転がったまま抱きついている少々だらしない格好のシンの髪を拭いてやりながら、
ルナマリアの視線はふとオンになったままの画面に行った。
−−−−自由と正義を求める全てのプラント人民に告ぐ。
−−−−本日、兵力によって我らの国を支配しているラクス・クラインの圧制に対し、我々は警告を行った。
−−−−1800時、地球・プラント間境界線にて、正義のための攻撃を実施したのは我々「白夜」の戦士である。
−−−−皆さんもご存知の通り、プラント最高評議会議長のラクス・クラインは自らの財力によって得た兵力を利用し・・・。
「白夜」と名乗る集団との戦闘が終わってから一週間。
ジュール隊は補給こそ受けたものの、本国に戻ることは許されなかった。
クライン議長はすぐに他の隊と交代させることを提案したのだが、どうも軍の中で待ったがかかったらしい。
ここですぐジュール隊を引かせることになれば市民に不安を与えるし、テロリストを調子付かせることになるというのだ。
ともあれあの戦闘以来「白夜」からのアクションはない。
《ヒュペリオン》内のぴりぴりした空気は否めないながらも、軍務はいつも通り続けられていた。
ホームページで表明されたという犯行声明について、番組に出演している専門家は淡々と意見を述べている。
だがあまり緊張感の感じられないそれに、思わずため息が漏れてしまった。
部下が二人犠牲になり、自分たちも命を脅かされたあの戦闘を、本国は事故程度にしか扱っていない。
おそらくは上層の報道規制だろうが、実際に相手と戦ったルナマリアとしては、どうしても不安が拭いきれなかった。
彼らは再び、攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
「・・・また、戦争になるのかしら」
不安が。
ぽつりと口をついて出る。
だが・・・それを聞いていたシンの表情は動かなかった。
「どうでもいいよ」
「・・・シン」
「どうでもいい。戦争が起こったって関係ない」
「・・・シン」
「俺はルナだけいればいい」
かつてシンは。
家族を不条理に殺され、力を手に入れることによってその不条理に抗おうとした。
でも不条理は増える一方で、ステラすら奪われ・・・それでも彼は守るものを求めようとした。
自分のためではなく、世界のためにその調停を願った。
けれど。
結局彼の願いは何一つかなえられず、さらに圧倒的な力に屈服させられた。
戦争が終わっても不当に拘束され、自分たちが求めて戦ってきたことの無意味さを痛みと共に刻み付けられた。
ゆえに、シンは求めることを・・・手を伸ばすことをやめた。
ルナマリア、という唯一腕の中に残った人以外を見ることをやめた。
「ルナしかいらない。ルナのいる世界しか・・・」
シンはルナマリアしか見ない。
彼女さえいれば、世界中の誰を敵に回してもかまわない。
ジュール隊の仲間や恩人であるイザークを裏切ることすらできるだろう。
それを知っているルナマリアは、沈んだ顔で、それでもあやすように黒い髪を撫でる。
「シン、それじゃ駄目なのよ」
彼からの愛を、重いと思ったことはない。
寄りかかりから始まった関係だが、今は間違いなく彼を愛している。
だからこそ。
ある可能性を考えると、ルナマリアは恐ろしくて仕方ない。
五年前のあの時。
自分はいつ死んでもおかしくなかった。
地球軍と、ロゴスと、そしてオーブやクライン派の私兵たちと戦い・・・何度も命を落としそうになる度にシンに助けられた。
ルナマリアは、五年前ほど自分の実力を過大評価していない。
もし・・・もし、命を落とすようなことになったら?
そうなってしまったら、シンはどうする?
今の彼を見れば、応えは明らかだった。
「それじゃ・・・駄目なの」
それなのに。
今の自分たちは軍でしか居場所を得られないのだ。
「あーあ。派手にやられたな、《アビス》」
右肩部分を大きく損傷している《クラフト・アビス》を見上げながら、ケインが呻く。
肩がごっそりと削り取られ、右腕部分が辛うじて繋がっている状態だった。
「そういうお前だって、逃げ帰ってきたんでしょーにっ」
「げっ、いたのかティモシー」
《クラフト・アビス》のパイロット、ティモシーが、
ドッグの端に取り付けられたシュミレーション機から飛び出し大股でこちらに歩み寄ってくる。
すげぇ地獄耳・・・とぼやきながら、ケインは彼に身体を向けて腕組みをした。
「何だよ、もしかしてコテンパンにされたのが悔しくて、今更シュミレーション?」
「うるっさい!気分転換なの」
ティモシーが口を尖らせる。
出撃した四機の中で、一番被害を受けたのが《クラフト・アビス》だった。
他三機はほとんど無傷だ。
後にケインもバサラからの一部始終の映像を観たが、あの黒色(デプスチャージ)は他機とはレベルが違った。
量産機はもちろん、ケインが相手をした赤色(ルージュウルフ)とも一線を画している・・・。
エースパイロットの中でも特別クラスの奴が乗っていたのだろう。
「次は俺がやりたいな、あの黒いの」
「アントニアも欲しがってる」
「へー、あいつらしいや」
《クラフト・ガイア》で《ゼロスリー》と《ゼロフォー》を軽くいなしたアントニアは、どうも物足りなかったらしい。
ナチュラルの彼女は義体の手術を受けたとはいえ、
ケインやティモシーと違ってコーディネーターではないということ、そして性別が女だということを気にしている。
常に自分たちに追いつき追い越そうと訓練を怠らない・・・四十八苦、今もトレーニングルームか射撃場だろう。
「なあなあ、ケイン。リベンジしようよー!リベンジしかないって!」
「慌てんなよ。とにかく《アビス》の修理が先だ」
「・・・ちぇ」
「今度はプラントの方も増援してきてるらしいからな。
ジュール隊の・・・《ヒュペリオン》だっけか?まだ残しておいてくれたらしいぜ」
「ボスが?」
「ああ。今度こそ、全部消しちゃっていいってよ」
「やぁーりぃーーっ!」
ティモシーはぱちんと指を鳴らすと、もうケインには脇目もふらずにシュミレーション機へ戻っていく。
今さっきからかわれたばかりだというのに・・・。
ケインが肩をすくめて後姿を見送っていると、誰かが歩み寄ってきた。
ジェットだ・・・話が終わるのを待っていたらしい。
「次の攻撃の日にちが決まった」
「至れり尽くせりだねぇ・・・っていうか、拒否権なし?」
「俺たちは雇われた身だ。金をもらえれば文句はないだろう」
「金も欲しいけど、ほのかも欲しい」
「彼女は死んだ。・・・まだ諦めてなかったのか?」
「俺の運命の女だよ」
「そのうち、身代わりでも作ってもらえ」
二人とも、視線を合わせずに言葉を交わす。
特にジェットの場合は目が見えないので、ケインは極力仮面に覆われた彼の顔を見ようとしなかった。
ほのかのことはもう終わりだとでも言うように、ジェットは話題を戻す。
「16日・・・一週間後だ。それまでに他の隊の一部も送り込まれる」
「どこの隊?どれくらい?」
「どこの隊かまでは調整中らしいが、数は十個中隊ほどらしい」
「ということは、ヤマト隊かモートン隊か・・・派手になりそうじゃん」
確かディーゼル隊はジュール隊の次に規模が少なく、五個中隊ほどしかなかったはずだ。
増援が来るとすれば、他の二隊しかない。
「こちらも控えの《リゲル》を全機出す必要があるだろうな・・・《バサラ》もとうとうお目見えだ」
C.E.79 3月12日。
プラント・アプリリウスワン宇宙港。
肩までの髪を外はねにした女性が、買い込んだ新聞と雑誌を立ったまま開いて物色している。
「ミリアリアー、お前こんなところにいたのかよ」
そこにやってきたのは、浅黒い肌に金髪の背の高い男だ。
ミリアリアと呼ばれた女性の連れらしい。
げんなりした顔で、両手に余るほどの荷物を抱えている。
「ちょっとディアッカ!そのトランクは丁寧に扱ってよね。買ったばかりのカメラが入ってるのよ」
「あのなぁ、それなら自分で持てよ!俺ばっかりなんでこんな・・・」
「・・・なんか文句でもあるの?」
僅かに低くなったミリアリアの声に、ディアッカは「ありません」と姿勢を正した。
尻に敷かれているようだ。
「でも、プラントでこんな事件が起こってたとはな・・・」
ディアッカがミリアリアが手にしている雑誌の記事を覗きながら言う。
夫婦二人で休暇をもらいプラントへのシャトルに乗ったときは、
ジュール隊がテログループに攻撃された情報はまだ入っていなかった。
「あんた心配じゃないの?友達の隊が攻撃されたってニュースで言ってたのに」
「イザークはそんなやわな奴じゃないよ」
「薄情ねぇ」
「・・・で、どうするわけ?こんな状況じゃ、キラもラクスも忙しいだろ」
この旅行の目的は、プラントにあるディアッカの実家に顔を出す他に、
二人の共通した友人であるキラ・ヤマトとラクス・クラインに会うことにあった。
先の大戦直後に結婚した二人は現在オーブに移り住んでいて、
逆にプラントへ渡ったキラたちとはしばらく定期的に連絡を取り合っていた。
しかし三年ほど前からあちらからの連絡が途絶え始め、ここ半年は全く無しだ。
ディアッカは仕事が忙しいからだと思っていたが、ミリアリアは特にキラのことを心配していた。
「とにかく、その新聞やら雑誌やらはシャトルの中でも読めばいいだろ。まずは俺んち行こうぜ」
「あのね、今あたしたちはアプリリウスにいるのよ?それなのにキラたちにも会わずにフェブラリウスに行けっての?」
時間とシャトル代の無駄よ、と抗議する妻に、ディアッカは息を吐く。
「キラたちに会うって・・・あいつらは今、この国のお偉いさんだぜ?
いくら俺たちが知り合いだからって、約束もなしに会えるわけないじゃん」
「それは・・・キラだけでも会ってくれるわ」
「その記事にある事件で、増援だの守備だので軍はてんてこ舞いだろうさ。あいつの仕事を増やしてやるなよ」
「・・・」
ミリアリアは口を尖らせるが、それ以上の抗議はしなかった。
夫は元ザフト軍人だ・・・この国の軍のことなら自分よりずっと詳しいだろう。
ミリアリアとて、キラの邪魔をしたくはない。
結局、ディアッカの実家に落ち着いてから二人に連絡を取ろうということになった。
ディアッカの父で元議員のタッドを通した方が、話がスムーズに行くはずだ。
そうして二人でフェブラリウス行きの港口へ向かおうとしたのだが。
「うわっ!」
「・・・あいたぁ!」
大荷物のせいでよく周りが見えなかったディアッカが、誰かに接触してしまった。
見れば、ザフトの赤い軍服を着た小柄な少年兵が床に伏している。
ディアッカは驚いて荷物を取り落としかけ、何とか留まった。
「わ、悪いッ!大丈夫か、坊主?」
「ディアッカ、何やってんのよ。もう・・・ごめんね、キミ」
ミリアリアが夫を叱りながら、少年の方へと駆け寄ってしゃがみこむ。
なら少しくらい荷物を持てよと心の中で毒付きながら、ディアッカもそれに倣った。
「ホントにごめんなさい。うちのダンナ、とろくって」
「いえ、大丈夫です。俺もここに慣れてなくて・・・周り見てなかったから」
少年は苦笑いをしながら体を起こす。
茶色の髪に、意志の強そうなきっぱりとした顔立ち・・・青みを帯びた碧色の瞳が印象的だ。
「坊主、お前・・・ザフト兵だよな。ここで何してんだ?」
「家からの荷物を受け取りに」
「・・・へえ」
ディアッカは一応頷くものの、首をひねる。
実家からの荷物なら、普通隊に直接送られるはずだ。
軍服、しかも赤を着たまま港をうろうろするなんて・・・。
テロ騒動があったばかりのはずなのに、随分緊張感のない兵士だなと思っていると、
ふと少年が手にしていた荷物のラベルに目が留まる。
『南アフリカ統一機構・ビクトリア』の表記に目を疑った・・・地球からだと!?
「あ、いけない!もう戻らなきゃ」
少年は荷物を拾い上げると、二人に軽く会釈をして立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待って!」
立ち去ろうとした少年の背中に、ディアッカは慌てて声をかけた。
少年が碧の瞳でこちらを見返している。
「お前・・・名前は?どこの隊?」
「タクトです。タクト・キサラギ・・・ヤマト隊ですよ」
「・・・」
「これから、ジュール隊の応援に行くんです。あと二時間で艦が出航だから・・・じゃあ!」
そう言い残して遠ざかる少年の背中は、人ごみにまぎれてあっという間に消えた。
「やっぱりキラ、忙しいみたいね」
シャトルの席に落ち着くなり、ミリアリアはため息を吐く。
あのタクトという赤服の少年の言葉が嘘でないのなら、ヤマト隊は今日中に出発・・・つまりキラはプラントにはいなくなるらしい。
キラに会うのは当分無理だろう。
「戦争が終わったのに・・・まだ軍服着てて、戦わなくちゃいけないなんて」
「キラ自身が選んだんだ。仕方ないさ」
「仕方なくないわ!キラもラクスさんも、本当は静かに暮らしたいのよ・・・だから」
「分かってる」
ディアッカも苦い顔をする。
C.E.70の血のバレンタインを機に始まった戦争で出会った二人は、紆余曲折を経たが最終的に第三勢力として参戦した。
彼らの行動に賛否両論あるだろうが、最悪の事態を防ぐことが出来たのは確かだ。
その後、プラントに戻る道もあったろうに、キラとラクスはオーブでの隠居を選んだ。
本当に、二人は静かな暮らしを望んでいたのだ。
だが・・・。
再び始まった戦争に、彼らは再び戦場で戦うことを選んでしまった・・・自分たちがやるしかない、と。
デスティニープランに対抗してプラントに攻撃を仕掛けた挙句、しかも前回と違って最終的に『勝利』してしまった。
また雲隠れするわけには行かなくなったのだ。
権力闘争に巻き込まれるのが本当に嫌だったら、命を狙われようともオーブが戦争に巻き込まれようとも、
スカンジナビアにでも匿ってもらって静かにしていれば良かったのだとディアッカは思う。
デュランダルのやり方は間違っていたかもしれないが、かといってパトリック・ザラほど過激なことはしなかっただろうし、
デスティニープランもあまりに性急で、勝手に崩壊してくれたのではと今では思うのだ・・・あくまで想像だが。
どっちにしろ、結婚式場からカガリを攫ってアークエンジェルに乗り込んだ時点で、
彼らは自分たちのしたことに責任を持たなければならなかった。
その時も、そしてその後も。
「キラ・・・大丈夫かな?」
「大丈夫さ。二個小隊のジュール隊に追い払われたくらいだ。無敵のフリーダムが駆けつければ一発だろ」
ディアッカが茶化すように言うが、やはりミリアリアは浮かない顔だ。
「キラといえば・・・アスランだけど。あいつ今頃何やってんだろうな」
「いたって役に立たないわよ。あの口先だけの、デコスケが」
「はは・・・」
ディアッカは、アスランのことを口に出しておきながら弁護は早々に諦める。
大戦後しばらくはオーブの将校として奉職していたアスラン・ザラは、現在かの国にはいない。
本当に、唐突にいなくなってしまったのだ。
上司に退役届けをメール便で届け、マルキオ導師の家に置手紙をして出国した。
どこかの国にボランティアに行くと書いてあったらしいが、その後は丸一年音沙汰がない。
近くにいたのに相談すらしてもらえなかったカガリはまた泣いただろう・・・女のミリアリアが腹を立てるのも無理はない。
「キラにはラクスがいるじゃないか。俺たちが心配するだけ損だぜ?」
「・・・」
「な?」
「そうね」
ミリアリアもようやく笑みを浮かべて顔を上げる。
シャトル発進のアナウンスを尻目に、二人は肩を寄せ合った。
2010/01/01