PHASE-09「カウントダウン」
ラクスはサインを求められた書類に視線を滑らせる。
そして、桜色の唇から深いため息を吐き出した。
「少し質問をしてもよろしいですか、モートン隊長?」
「もちろんです。議長閣下」
目の前でラクスのサインを待つスチュアート・モートンは、綺麗な姿勢を保っている。
四将の筆頭とも言える彼は、ザフト四将の中で評議会に最も近い存在だった。
イザークとディーゼルは勤勉ではあっても内政に関わることを嫌う。
キラに一方的に別れを切り出された二年前から、モートンはラクスと軍を繋ぐパイプ役だった。
「今回の遠征、貴方の十個中隊は分かりますが・・・ヤマト隊の一個中隊はどういうことでしょう」
その書類は、テログループの攻撃を受けたジュール隊への増援軍の割り当てだった。
ラクスはてっきりモートンが自分の軍を裂くか、キラに任せるかのどちらかだと思っていたのだが、
意外にも彼は自分とキラの隊を共に派遣することを提案したのだ。
しかも・・・。
「《ガーディアン》と、そのパイロットまで連れて行く理由が分かりませんわ」
現在《ガーディアンガンダム》とタクト・キサラギがヤマト隊に預けられ、必要なデータを取っているということはラクス自身が承知したことだ。
謎の集団に狙われてまだ間もない。
それなのに素人のパイロットに預けて戦場に出すなど、すぐにうんと言えるはずがなかった。
だがモートンは表情を崩さず、淡々と問いに応える。
「今回《ガーディアン》とタクト・キサラギを同行させることを提案したのはヤマト隊長です」
「・・・キラが?」
「はい。テロリストといっても、大した規模があるとは思えません。あのような犯行声明を発表するくらいですし」
「・・・」
犯行声明はもちろんラクスも見た。
テロと聞いて最初こそ驚いたものの、あれは随分と・・・何というか『空虚な』犯行声明だった。
それなりの組織のテログループが発表するには少し貧相な気がする。
「ですから、《ガーディアン》を実戦に出せるのなら良い機会だと・・・。パイロットもまだキサラギ以外の適応者がいませんし」
「しかし・・・」
「もちろん無理はさせません。実際のジュール隊の援護は私の隊でやりますし、ガーディアンは常にヤマト隊長が傍に付くということです」
そういうことではない、とラクスはうつむいた。
「別に《ガーディアン》の制作は、戦争を想定したわけでは」
「承知しております、議長閣下」
「・・・」
「守るためには、相応の『力』が必要です。誰よりも平和と自由を願う議長のお考えは、皆理解しておりますよ」
結局書類に名前を書き込んだラクスは、モートンの後姿を見送りながら冷めたコーヒーを口に含んだ。
狙われた重要機密の《ガーディアン》。
そして得体の知れないテロリスト・・・。
最近まずいことばかりだ。
五年前のあの時は何でも上手くいって、何でも開けて見えていたはずなのに・・・。
何より、キラが傍にいてくれた。
「キラ・・・」
今回の遠征に、キラは進んで名乗りを上げたという。
隊のことはダコスタ任せで遊び歩いているくせに、急にどうしたというのだろう。
気にはなったが、キラと面と向かって確かめようとも思わなかった。
ラクスにとって、キラはもう過去だった。
さすがに彼から突然別れを切り出された時は呆然とし、ひたすら泣いた。
悲しいと同時に、酷い悔しさを覚えた。
パトリック・ザラに反逆者の汚名を着せられた時ですらあれほどプライドを傷つけられたことはなかった。
・・・そう、プライドだった。
キラのことは確かに好きだった・・・愛していた。
けれども、彼自身を愛するには何かが足りなかったのだと思う。
いや、逆だ。
彼も自分もあまりに多くのものを持ちすぎた。
力、見た目、仲間、自信、信念・・・そして言葉では説明の付かない他人を引き寄せる魅力。
いつの間にか、彼と一緒にいる時の心地よさを欲するようになっていたのだろう。
そして時間が経って二人の立場が変わったことで、それは心地よいものではなくなった。
それが終わった理由なのだと・・・ラクスはそう考え、自分を納得させている。
だからキラとは友人として関係を修復したいのだが、あちらはそうではないようだ。
おかげでこの二年もの間、苛立たしい雰囲気が続いている。
ラクスは眉間の皺を深めると、もうキラのことを考えるのはやめにした。
次の仕事に取り掛かろうと隣においてあるモニタに視線を移す。
「あ・・・」
そこでようやくラクスは、モートンがここに訪れる10数分前にイザークから通信を受けていたことを思い出した。
イザークが現在ナチュラルの少女を保護しているということ、そしてなるべく早く彼女をプラントで預かって欲しいことを告げられていた。
モートンにその子のことを頼むつもりだったのに・・・。
一瞬を呼び戻そうかと迷うが、結局やめた。
あちらでイザークがモートンに直接頼むかもしれないし、仮に最後までイザークの元にいたとしても数日の差だ。
たかがナチュラルの少女一人のことに気を揉むことはない。
むしろラクスは、次にイザークがプラントに戻ってきた時にはどこに誘おうか、ということにすでに意識を飛ばしていた。
訓練のためにシュミレーションルームに入ったリュカは、思わず漏れそうになった笑いをかみ殺した。
そこにはすでに、リーゼ・エッシェンバッハとユーリ・キンバリーがいたからだ。
この時間、ルナマリアとエディは巡回任務に就いていて、自分と一緒に入ってきたミンシアは訓練なのだが・・・。
リーゼとユーリは休憩に入っているはずの時間である。
すると気配に気付いたリーゼがこちらに顔を向けた。
思った通り、かなり不機嫌だ。
「何か用?」
「用って・・・俺とミンシアは訓練時間なの。そういうお前たちこそ休憩中だろ?どうかしたの?」
「休憩中に僕が何しようとリュカには関係ないだろ」
「かわいくねぇ」
「負けたのがよっぽど悔しかったのよね、ザフト・レッドのリーゼ君は」
リーゼのあまりの不機嫌オーラにからかうのは早々に諦めたリュカだったが、連れのミンシアがそれを引き継いでしまった。
馬鹿にしたように笑う茶色の瞳に、リーゼの頬がかっと紅潮する。
「何だと、ミンシア」
「『あの紫色は、僕一人で充分だ!!』なんて大口叩いちゃって。それであたしに助けられてりゃ世話ないわよ」
「誰が誰に助けられたって?デタラメ言うな!」
「デタラメじゃないわよ。イノシシみたいに突っ込んでいって弄ばれて。
あたしがいなかったらあんたは墜とされてたわ。礼の一つも言ったらどうなの?」
「お前ーーッッ!」
「お、おい!二人ともやめろ」
リーゼが立ち上がり、ミンシアに掴みかかろうと駆け寄る。
ぎょっとしたリュカがそれを押しとどめるも、二人の口までは押さえられない。
「僕はお前みたいなガサツな女が大ッ嫌いなんだよ!」
「嫌いで結構!運だけで『赤』になった頭デッカチがッッ」
「はっ、そんなこと言って、『赤』がうらやましいんだろ」
「『赤』を自慢したいなら、あたしより撃墜数増やしてみなさいよ」
「言ったな、緑ふぜいが!!」
いくらリュカが大柄だといっても、暴れ盛りの二人を押さえつけるのはしんどい。
「お前らいい加減にしろ!ユーリ、手伝えよ」
しかし頼みのユーリはシュミレーションに夢中なのか、はたまた聞こえないフリをしているのか、動く気配がなかった。
その時。
「どうかしたのか?」
「あ・・・」
耳に届いた声に、全員が動きを止める。
それはリュカにとっては天の助け・・・かもしれなかった。
「リーダー・・・」
「え!?あ、アスカさん!?」
シュミレーションルームに現れたのは、黒い軍服のシン・アスカだった。
不穏な空気を読み取っているのかいないのか・・・いや、多分読んでいないだろう・・・手にボードを持ち、無表情のままこちらを見返している。
それでも興味を示してくれているだけユーリよりマシだ。
「シンー。聞いてくれよ、こいつら・・・いデッ!!」
だが事情を説明しようとしたリュカの足上に、ミンシアの踵が落ちた。
訳が分からず首を傾げているシンに対し、リュカを悶絶させたミンシアは一転して愛想の良い笑みを浮かべる。
「何でもないですよぉー。アスカさんこそどうかしたんですかぁ?」
「・・・艦長に言われて、内部の総点検」
「ですよねーーっ」
先程の噛み付くような勢いはどこへやら、にこにこと愛嬌を振りまくミンシア。
さすがのリーゼも呆れている。
「お手伝いしましょうか?」
「訓練しろ」
「はぁーーい、訓練しまーす」
「・・・」
「・・・」
もはや声も出ないリュカたちだが、おかげで隊員同士の喧嘩は回避できたようである。
シンが出て行ったのを確認し、リュカはお返しとばかりにミンシアの頭を掴んだ。
「ミンシア・・・お前さぁ、リーダーのことは諦めろよ。見込みないって」
「ああああああ諦めるって・・・ッッ、だれが、だれを・・・!?」
「・・・」
どもりながらも無駄に誤魔化すミンシアに、ため息が漏れる。
「副リーダーとのことは知ってるだろうが」
現在《ヒュペリオン》内で、シン・アスカとルナマリア・ホークの仲は公認である。
初めこそ二人は隠していたが、二年前・・・ちょうどミンシアが《ヒュペリオン》に来た頃にある事件があったのだ。
いや、事件というか・・・もはや『伝説』だ、あれは。
シン・アスカの大告白大会。
シンがあの能面顔で、一日中(もちろん仕事中も)ルナマリアに「好きだ」「愛してる」「お前がいなきゃ駄目だ」等々、
こっぱずかしいラヴ・コールを連発してくれたのだ。
当然ルナマリアは怒りまくるわ、隊員たちは唖然とするわ(その頃はシンに対して皆クールなイメージを持っていた)、
唯一事情を知っていたイザークは無視を決め込むわで任務どころではなかった日があったのである。
その大告白大会を開催するに至った理由がまたくだらないもので、
ストレス解消に煙草を噛むことを覚えたシンが再三止めるよう言われたにもかかわらず吸い続け、
結局バレて絶交を言い渡されたためだったらしい。
・・・まあ、要はシンはルナマリアにぞっこんなのである。
「あいつはルナマリア以外の女はイモかキャベツにしか見えないんだと」
「ええ!?あたし、丸顔ってこと?」
「・・・違」
「馬鹿じゃないの?」
「大変!シュミレーションよりも、ダイエットだわ」
もはやリーゼの悪態も聞こえないのか、ミンシアはシュミレーションルームを飛び出す。
ダイエットというからには、トレーニングルームにでも向かったのだろう。
訓練には変わりないと、リュカは放っておくことにした。
C.E.79 3月12日・・・先の戦闘より10日。
ヒュペリオンはそれなりの平穏を取り戻していた。
C.E.79 3月14日未明。
ザフト制宙圏、航行中の《セラフィム》艦内。
ピッ、ピッ・・・。
無機質な白い空間に、無感動な機械の音が響く。
タクトはそれをどこか遠い意識で聞いていた。
メディカルチェックと証した検査。
あの機密工場での襲撃騒ぎで《ガーディアン》に偶然乗り込んだ日以来、三日に一回は受けさせられていた。
初めこそ何の疑問もなく検査を受けていたタクトだったが、それが自分の健康状態の確認に留まらないことはさすがに気付いている。
今も頭にコードが十本近くも繋がれ、脳波のデータを採取されていた。
まったく、コーディネーターがナチュラルである自分の脳波データをこんなに取って、一体どうしようというのだろう。
タクトしか動かせないという《オプティマスシステム》の起動に何か関係があるのだろうか。
医者に質問をしたことがあるが、「キミはそんなことは知らなくていい」とぴしゃりと返されてしまった。
「もういいよ」
声を掛けられ、タクトは上半身を起こした。
頭につながれたコードをやや乱暴にはずしながら顔を上げれば、見慣れない顔の男がいる。
先程までは、セラフィムのクルーでもある軍医と看護師たちがいたというのに。
誰だ?
鳶色の髪に、褐色の瞳・・・歳はモートンと同じ三十代後半か、もう少し上くらいだろう。
白衣をまとってスマートな眼鏡をかけているところから、医者か研究者だということは明らかだが・・・。
タクトの疑問か顔に出たのだろう。
男は対して表情も変えないまま名前を名乗った。
「ドミトリアス・バルフォアだ。君が《セラフィム》にいる間は私が担当医だ」
「担当医・・・?俺、ビョーキじゃないですよ」
「私から言わせれば、ナチュラルということ事態がすでに病気だと思うがね」
「・・・」
滑らかな口調で言い切られ、タクトは閉口する。
コーディネーターしかいないプラントに飛び込んだのだ。
ナチュラルに対して偏見を持たれていることは聞いていたし、あの不良トリオたちのおかげで身をもって知っている。
それでも、こんな風にあんな言葉を投げつけられるとは思ってもみなかった。
ほら、あれだ。
青天の霹靂という・・・ちょっと違うか?
それにしても、いい歳した大人の医者がナチュラルであることをビョーキと言い切るとは・・・。
起こる気すら沸かなかった。
でも何だか・・・がっかりだ。
コーディネーターにもいろいろな人がいることは知っている。
ナチュラルを毛嫌いして地球こと滅ぼすべし!と声高に叫ぶ者もいれば、
前議長のように遺伝子によって人の運命を支配しようという傲慢な者もいるし、
正義の使者であるラクスやキラを殺そうとした、デスティニーのパイロットのような鬼みたいな奴もいるのだ。
それでも。
それは、昔のことのはずで。
今のプラントにはラクス・クラインとキラ・ヤマトがいる。
全てにおいて正しく美しい選択をできるあの人たちが・・・。
それなのに、あの不良たちやこのバルフォアのような奴が平然とナチュラルを侮辱しているのは気分が悪かった。
なんでこんな人たちをのさばらせておくんですか、キラ様。
ここはキラ様の艦なのに。
タクトは無言のまま、椅子にかけてあった自分の赤服に袖を通す。
ベルトを締めるのもそこそこに、医務室を出ようとした。
一秒でもこんな所にいたくない。
だが。
自分より早くドアを開いた者がいた。
タクトは驚いて息を呑み。
「・・・!」
そして、相手を認めると今度は呼吸を止めてしまう。
思わぬ人物がそこに立っていた。
「バルフォア博士、もう検査は終わ・・・あれ?」
医務室に入ってきたその人は、そこまで言ってようやくタクトに気が付いたようだった。
鬱陶しそうな茶色の髪の間から覗く黒い瞳にタクトを映す。
「キラ・・・さま」
同時刻。
《ヒュペリオン》イザーク・ジュールの個室。
『ディーゼル!!それは一体どういうことだぁぁぁぁーーー!!』
思った通りのイザーク・ジュールの反応を、ヤン・ディーゼルは通信機の音量をさりげなく下げることでやり過ごした。
その後もイザークは何やら言っているようだが、そのまま聞いているフリだけをする。
そして相手が疲れたのを見計らって、再び音量を元に戻した。
「まあまあイザーク。そんなに興奮したら、血圧が上がりますよ」
『・・・年寄り扱いするな』
イザークは額を押さえる。
どうして自分の血圧如何を、ひと周りも年上の男に注意されなければいけないのだ。
・・・いやいや、ここで問題にすべきことはそんなことではない。
『あのタクトとかいうガキが、《ガーディアン》のパイロットだとぉ?』
「責めないでくださいよ。そりゃ今となっては無理に送り返すべきだったんだとは思いますけどね」
『当たり前だ。アカデミーに預けるなんて、何を考えていたんだ』
「まさか噂の重大機密を動かしてくれるなんて思いもよらなかったんですよ」
普通は想像もしないでしょうと肩をすくめるディーゼルに、イザークはいらいらと髪をかきあげる。
「ある日」を境に切りそろえることをやめてしまった銀色のそれは、ライトに反射してばらばらに光った。
『ガーディアンは、キラ・ヤマトにしか動かせないと聞いたぞ』
「私だってそうですよ。そっちの文句なら製造者に言ってください。
・・・正確には、中のシステムに問題があったようですよ。キラ・ヤマトには反応しなかったらしいです」
『それが、タクトに?』
「らしいですね。脳波がどう・・・とか言ってたみたいですけど」
ディーゼルが視線を泳がせる。
三年近くかけて制作され、ザフト軍の重大機密とされてきた《ガーディアンガンダム》だが、イザークとディーゼルはほぼノータッチだった。
クライン派のファクトリーや評議会にあまり関わりたくなかったからだ。
ZONE現象を元に制作されたオプティマスシステムに関しても、何がどうなってタクトにしか動かせないのか理解できない。
「ともあれ、今回のあなたの宙域への増軍に、彼も参加することになりました」
『お前・・・だからわざわざ人の私室に通信入れてきたのか』
「どうせ見物程度ですよ。ああ、あの子に会ったらよろしく言ってやってください」
『・・・ふざけてやがる』
「イザーク、言葉遣い」
『黙れ、コシヌケ』
「・・・」
生意気な年下にさすがに一瞬閉口したディーゼルだが、画面の隅を掠めた水色にふと眉をひそめた。
何か・・・いや、誰かが動いた?
「そこに誰かいるんですか?」
『え、いや・・・』
気のせい?
いや、でも確かに・・・。
『イザーク、コシヌケって何?』
『ば、馬鹿!声を出すなと言っただろう』
突然割り込んできた少女の声に、ディーゼルは驚いた。
向こうはイザークの私室のはずだ。
『ねえ、コシヌケって?』
「イザーク、そこのレディはどなたです?」
ディーゼルは、自分がかなり素っ頓狂な声を出していることを自覚する。
画面の向こうに、イザークにじゃれ付く水色の髪の少女がいたのだ。
ザフトにはもちろん女性兵はいるが、その子はどう見ても12歳くらい・・・兵士には見えない。
目を丸くしているディーゼルに、イザークは諦めたように息を吐いた。
『・・・ほのかだ。理由あってここで保護している』
「へぇ、ほのかちゃんですか」
名前を呼ばれたほのかは、こちらに大きな金の瞳を向けてくる。
余裕を取り戻したディーゼルが「こんにちはー」と笑顔で手を振れば、笑みを返してきた。
結構な美少女だ。
「可愛い恋人を連れ込んでますね」
『俺はロリコンじゃない』
・・・ロリコンなんて言葉を知っていたのか、あのイザークが。
「いいじゃないですか、隠さないでも」
『よく分からんが、懐かれた。あの戦闘で二人減って手が空いている奴がいないし、かといって拘留もできないんだ・・・。
した方がいいかもしれないとは思うんだが』
「?する必要があるようには見えませんけど」
地球軍の捕虜だというのならともかく。
ディーゼルは言外にそう含めるが、イザークは眉間にしわを寄せたまま黙り込んだ。
どうやら何か事情があるようだ。
今度、ほのかがいない時を見計らって聞き出した方がいいだろう。
そんなことより・・・。
「いつもより元気だと思ったら、お相手がいたからですか」
『違うといっているだろうが』
「でも同じ部屋を使っているということは一緒のベッドで寝てるってことに・・・」
『事が解決するまで艦長のベッドを借りている!ここに来る羽目になったのは貴様が俺の部屋にチャンネルを合わせるからだ!』
「またまたぁ。最初に出た通信士の方はいつも通りでしたよ」
『・・・まだ艦長と軍医とルナマリアしか知らん』
ここでシンが出てこないのは、こういった件に関しては全く頼りにならないからだ。
「私としても、嬉しいですよ。イザークにお相手が出来るなんて」
『はあ?』
「まあ歳が二倍くらい離れてそうですが・・・でもあと二、三年経てば問題ないですよね」
『おい貴様、人の話を・・・』
またどなりかけた画面の向こうのイザークに対し、ディーゼルは僅かに手を上げて制した。
向こうもこちらの訴えたいことに気付いたのか、言葉が途切れる。
「もういいんじゃないですか?」
『・・・』
あれほどこちらを強く睨みつけていたアイスブルーが逸らされる。
・・・一瞬、泣かれてしまうかと思った。
「奥様が亡くなってから、もう二年です」
イザークの、最愛の女性の死が過ぎる。
しばし、気まずい沈黙が降りた。
『まだ、二年だ』
ディーゼルは言葉を探ろうとするが、それは打ち切られてしまった。
画面の端に見え隠れする相手の手つきが、通信を打ち切ろうとしていることを告げる。
『タクト・キサラギのことは了解した。貴様の方も気をつけろよ・・・じゃあな』
ぶつんっ。
一方的に切られ暗くなった画面を前に。
ディーゼルは苦い顔でこめかみを押さえていた。
タクトは浮かれていた。
そりゃもう、浮かれっぱなしだった。
理由は憧れのキラ・ヤマトが傍にいるから。
ただそれだけ。
「俺、ずっとキラ様に憧れてたんです」
邪気のない笑顔でそう言ったタクトに、キラも悪い気はしなかった。
今まで話す機会がなかったからねと作り笑いを浮かべる。
《ガーディアン》のプログラミングに関してアドバイスをしてやり、食事も一緒にとった。
シュミレーションもした・・・もちろん、当然の如く瞬殺してやったが。
気を悪くするのかと思いきや、タクトは目をきらきらさせて自分の腕を褒め称えた。
褒められるのは嫌いじゃない・・・。
この艦では実質的に指揮を執っているのは艦長のダコスタで、自分は特にやることもないのだ。
自分に憧れているというタクトをかまってやるのはいい暇つぶしだと思った。
「へえ・・・君、スカンジナビア王国から来たの」
タクトの故郷のが、彼女の父の故国だということを知り、キラは僅かに顔が引きつるのを感じた。
「そうなんです。故郷(くに)ではキラ様とラクス様は英雄ですよ」
英雄?
英雄なんかになりたくなかった。
祭り上げたのはお前たちだ。
「一度くらいスカンジナビアにいらしてくださいよ。ラクス様と一緒に」
ラクスと?
どうしてラクスと?
「恋人同士だって聞きました。信頼し合ってるって」
恋人?信頼?
・・・そうだね、僕もそうだと信じてた。
でも違ったんだ。
「ああ、でもお仕事がお忙しいんですよね。二人きりで会う時間もやっぱり少なくなっちゃうんですか?」
それどころか全くないよ。
だってまっぴらなんだ。
ラクスの顔を見るのは・・・もう。
「キラ様?」
こちらを覗きこんでくる青緑の瞳にはっと意識を戻す。
どうやらぼんやりしていたらしい。
口元だけで笑みを作ると、もう一度シュミレーションをやらないかい?と聞いてみた。
するとタクトは大きな声で「はい、ありがとうございます!」と言うと、シュミレーションルームへと歩き出した。
別に礼を言われる筋合いはない。
修学旅行同然だとしても、一度は君をガーディアンに乗せて宇宙に出なきゃいけないのだから。
あんまり情けない動きはしてもらいたくないだけだ。
キラはタクトに続いて休憩室を出ようとして。
ふと、視線があるものを捕らえる。
休憩室の、大型スクリーン・・・ノンストップで流れるビデオ。
その中に『彼女』がいた。
「・・・」
視線を逸らそうとして、できない。
ああ、どうしてこんなところにいるんだ。
政治家なんかになっておきながら、なんで今でもアイドルみたいに歌を歌っているんだよ。
苛立たしい。
だから君は嫌いなんだ。
スクリーンに映し出された、桃色の髪の歌姫は美しかった。
憎らしいほど美しい。
・・・そして、愛しい。
廊下の奥から、タクトの僕を呼ぶ声がする。
張り付いたように動かなかった足が、ようやく前に出た。
スクリーンから目を逸らし、二度と視界に入れないようにする。
ラクス。
君の顔を見るのはもうまっぴらだよ。
僕を『兵器(どうぐ)』扱いする君なんか。
・・・僕が今でも君を愛しているから、なおさら。
C.E.79 3月15日。
セラフィム艦内。
食堂でホットコーヒーを調達してきたタクトは、先程まで休憩室にいたはずのキラを捜していた。
「おかしーな、ここで待ってるって言ってたのに」
コーヒー冷めちゃうよとぼやきながら廊下を少し歩く。
すると先の方で人の話し声がした。
「いたいた」
カップの中身をこぼさないようそろそろと、けれど早足で歩く。
視界の向こうに、やはり目的の人物の後姿が映った。
「キラさ・・・」
呼びかけようとして。
だが、後ろから誰かに軍服を掴まれた。
「・・・!?」
口も押さえられて声も出すこともできない。
そのまま柱の影に引っ張り込まれた。
「・・・っむう」
「しっ!静かにしろよ」
自分を戒めている人物にそう言われる。
気が動転していたタクトだが、そこでようやく相手が誰かに気付いた。
「ヴィ・・・ッッ」
「だから、しずかに・・・っ」
タクトの口を手で押さえ、そしてもう片方の手で人差し指を立てているのはヴィーノだった。
彼は「声を出すなよ」とジェスチャーで念を押すと、タクトの口から手を離した。
「ヴィーノ、何するんだよ?」
手にしていたホットコーヒーは、フタをしていたため派手なことにはならなかったものの、
傾けた時にカップとフタの接合部から少しこぼれてしまっていた。
キラのために持ってきたのに、とタクトは頬を膨らませる。
するとヴィーノは、タクトが向かおうとしてた廊下の先を見るように無言で促した。
「なんだよ・・・」
口を尖らせながらも言う通りにする。
正直、ヴィーノがまた話しかけてくれたのは嬉しかったのだ。
タクトは柱から顔だけひょいっと出し、例の場所を覗いた。
やはり、こちらに背を向けているのは白い軍服のキラだ。
そしてもう一人・・・。
「・・・!!?」
ばっと顔を元の位置に戻す。
目にしてしまったものに混乱しながら、すがるような目つきでヴィーノに視線を戻せば、
彼は腕組みをして壁に寄りかかっていた。
「な・・・な・・・あれ・・・・・・」
「そう。今はお楽しみ中ってこと」
「・・・」
タクトが見たのは、オペレーターの女性と抱き合っているキラの姿だった。
しかも、お互いの顔の位置がかなり近かった気がする。
「なんで・・・?」
乾いた声で問うたタクトに、ヴィーノは無言で背を向けた。
「あの人、確か・・・」
「メイリン・ホーク」
お局様だよ、と付け足して、ヴィーノはキラが飲むはずだったコーヒーをすすった。
休憩室のソファに沈むタクトは、よほどの衝撃だったのか顔色がやや青い。
「どうして?」
「どうしてって・・・」
「だって、キラ様の恋人はラクス様でしょ?」
「俺の知ったことじゃないよ。とっくに別れてるのか、二股のどっちかだろ」
「ふ、フタマタ・・・」
「三年くらい前からじゃないかな。キラサマは暇を持て余してるからね」
嫌味を含んだヴィーノの声音に、タクトはのろのろと顔を上げる。
キラの理想像が崩れる・・・とまではいかないまでも、多少ひび割れ欠けているのは間違いないだろう。
「気付いてるんだろ?この隊はダコスタ艦長が取り仕切ってるんだ。キラサマは普段から軍務を放り出してるからね。
いざこういう事態になっても、艦の中ではふんぞり返るか、ああいうことするしかやることがないんだ」
「そ、そんなこと・・・すごく優しい人だよ」
ふんぞり返るなんて、とタクトは反論する。
話をしたのは僅かな間だが、キラは相手を威圧するようなそぶりはなかった。
とても親しげに話しかけてくれたし、穏やかな人柄だと思う。
だがヴィーノは肩をすくめただけだった。
「別に悪人だって言ってるわけじゃないよ」
「じゃあ・・・」
「とにかく、あの人とメイリンとのことはこの艦では暗黙の了承なの」
「・・・」
「『理想の勇者様』に嫌われたくないだろ。・・・学べよ」
C.E.79 3月15日。
《ヒュペリオン》イザーク・ジュールの個室(俺は別の部屋で寝てるからな! イザーク談)。
それはブルーのリボンで縁取りされている、シンプルだけども女の子らしいワンピースだった。
ちくちくと器用に針と糸を動かす彼女の指を、ほのかは興味深げに見守る。
数分前・・・。
自分の部屋からそのワンピースを持って来たルナマリア・ホークは、
ほのかに着せると問答無用でそのすそ上げを始めたのだ。
無論ほのかのサイズに合わせるためなのだが、その手つきが慣れているというか・・・見事と言うしかない。
「よし、できた!」
ミシンも使っていないというのに、ルナマリアはものの10分でワンピースのすそ上げを完了してしまった。
針やはさみなどを裁縫セットの小箱にしまいこむと、満足げに腰に手を当てる。
見事な出来だ。
「その服、あげるわ」
「でも・・・」
「あなたが着てた服、ぼろぼろだし、汚れも落ちなさそうだから捨てちゃうわね」
ルナマリアが床に落ちた布地の切れ端を拾うと、ほのかも一緒にしゃがみこむ。
「ホントにこれ、もらっていいの?」
「うん。どうせ艦にいる間は着ないもの。それにもう、サイズをあなたに合わせちゃったし」
「・・・ありがと」
視線を逸らして短く礼を述べると、ほのかはそのままぱたぱたと洗面所に向かった。
自分のワンピース姿を鏡に映すためだろう。
自然と笑みが漏れる。
可愛い子だ。
自分が拾ってきたポッドから出てきた時はどうしたものかと思ったが・・・。
行動範囲はこの部屋に限られているといっても、特に不満を述べるでもなく大人しくしている。
ここは戦艦だということは分かっているはずなのに、むしろ楽しそうだ。
イザークにもとても懐いているし(そのイザークは非常に戸惑っていたが)。
鏡を覗きながら自分の姿を確認するほのかを見るうち、ルナマリアはふとしばらく会っていない妹のことを思い出した。
・・・あの子も容姿を気にしてよく鏡を覗いていた。
メイリン・ホーク。
現在、彼女はヤマト隊の旗艦である《セラフィム》でオペレーターをしている。
一体何がどうなって妹がその役職に就いてしまったのかルナマリアは知る由もないし、もう関わりたいとも思わない。
確か、五年前の大戦終了直後はアスラン・ザラと一緒にいたはずなのに・・・。
シンと共に軍に残ったルナマリアに対し、メイリンはオーブで暮らすと聞いて別れた。
勝利者の尻馬に乗る妹の行為に腹を立てていたこともあり、ルナマリアは一年半ほど彼女と連絡を絶っていたのだ。
それが。
四年前に、ザフトの軍施設で彼女とばったり再会してしまった。
メイリンはオーブのではなく再びザフトの軍服をまとい、女のルナマリアから見ても濃すぎる化粧と香水をしていた。
おかげで最初は誰だか分からなかったくらいだ。
一体彼女に何があったのか・・・てっきりオーブで恋人のアスランと仲良くやっていると思っていたというのに。
何でもアスランは、誰にも何も告げずに突然オーブから姿を消したという。
・・・まあつまり、メイリンは恋人とは見られていなかったらしい。
無論その話にも驚いたが、ザフトに復帰した妹がキラ・ヤマトと付き合っている、とイザークから聞いた時は危うく卒倒しそうになってしまった。
キラ・ヤマトがすでにラクス・クラインと別れているということがせめてもの救いだ。
これで浮気、略奪愛とか言われたら、間違いなく姉妹の縁を切っていただろう。
―――メイリン、こっちに来るのよね。
増援部隊の中に、《セラフィム》のコードがあった。
会わなければならない事態になるのだろうか・・・。
正直、気が重い。
鏡の前でくるくると踊っているほのかを見ながら、ルナマリアは秘かにため息を吐き出した。
C.E.79 3月15日深夜。《セラフィム》メイリン・ホークの個室。
「あの子、放っておいて良かったの?」
ベッドの中から言葉を投げかければ、キラはきょとんとした顔をした。
『あの子』が誰なのか分からなかったらしい。
「《ガーディアン》の・・・」
彼個人の名前ではなく、機体名を示す。
どうせタクトの名前など覚えてはいまい。
するとキラはああ、と視線を宙に浮かせた。
「別に。いいんじゃない」
キラは視線を逸らしつつ、軍服の襟をいじっている。
裸のままでベッドに横になっている自分に対し、キラはすでにシャワーを終えて軍服をまとっていた。
「あれ、あの子にわざと見せたでしょ」
「・・・」
「どうして?あなたのこと、随分ソンケーしてたみたいだったのに」
「・・・」
メイリンは別にタクト・キサラギとキラの交流を邪魔するつもりはなかった。
様子を少しだけ見るつもりだったのに。
強いて言えば、先輩風を吹かせるキラの様子を盗み見て、後々の話のねたにでもしてやろうと思っていた。
それが、キラはメイリンの存在に気付いた途端に抱きすくめ、そのままタクトを置き去りにしてきてしまった。
「あの子、僕に幻滅したと思う?」
「さあ?あたし、タクト君じゃないから」
「そう・・・そうだね」
やはりわざとか・・・。
キラは穏やかな容姿のせいか大人びた印象があるが、時折子供っぽい面を垣間見せる。
メイリンはそんな彼に、母性のようなものを感じては秘かに満足していた。
彼と付き合ったきっかけは、お互い前の恋人と別れた直後に再会したことにあるが、
ここまで関係が長く続いているのは必要以上に干渉し合わないせいだと思う。
メイリンはアスランの不可解な行動に参っていたし、キラはキラでラクスに関して吹っ切れたとは言い難いものがあるようだ。
別に、どうでもいいことだけれど。
「向こうの宙域でも《ガーディアン》を動かすんでしょう?艦長が演習カリキュラム組んでたわよ」
「あっそ」
「・・・後で目を通すだけでもしたら?」
「気が向いたら」
「・・・そう」
こちらが振る話に全く興味を示さないキラに、メイリンも呆れてシーツの中に潜る。
やるだけやってもう用がないというのなら、さっさと出て行ってくれ。
だがしばしの沈黙の後、今度はキラの方が口を開いた。
「《ヒュペリオン》・・・お姉さんがいるね」
「・・・」
姉の、ルナマリアの顔がよぎった。
そうだ。
今自分たちは、ジュール隊が管轄する宙域へと向かっている。
姉に会うこともあるかもしれない。
「会いたい?」
「まあ、ね」
嘘ではなかった。
姉には会いたい。
まだ彼女のことを慕う気持ちはある。
けれども、常に姉と行動を共にしているあの男の顔は絶対に視界に入れたくなかった。
自分を殺そうとしたことのあるシン・アスカ。
全てを支配しようとしたデュランダルにいいように操られ、それでもまだ生きている図々しい男。
あんな悪魔みたいな奴と付き合っているなんて、姉はどこかおかしいんじゃないだろうか。
「会いたいわよ・・・」
言葉と共に滑り落ちたため息は、苦かった。
C.E.79 3月16日未明。《バサラ》艦内。
離れていく仲間の機影を見送りながら、ケインは首にかけたペンダントをいじっていた。
すでにパイロットスーツに着替え、いつでも出撃できる体制だ。
乗機である《クラフト・セイバー》の整備も完璧だ。
「ケイン」
名前を呼ばれて振り返れば、同じくパイロットスーツ姿のアントニアとティモシーがいた。
「《アビス》の方も、間に合ったみたいだな」
「まーなー」
「もう壊すなよ」
「うっさい!」
「向こうの位置は分かってるの?」
「とっくに捕捉してるってさ」
二人とも戦闘が待ちきれない様子だ。
ケインはペンダントを服の奥にしまいこむと、ヘルメットを脇に抱える。
「そろそろ、行こう」
視界の先の宇宙(そら)は、いつもより黒くよどんで見えた。
2010/01/01