PHASE-11「傷痕」
C.E.79 3月17日。
ジュール隊《ヒュペリオン》。
ブリッジは戦闘の時とは微妙に異なる緊張に包まれていた。
そんな空気の中、艦長のアラン・メイデスがおずおずと口を開く。
「ジュール隊長・・・」
「なんだ、メイデス艦長?」
「いえその・・・」
「・・・」
「リーゼの処置は、本当に『あれ』で良かったので?」
「『あれ』が一番利くだろ」
「・・・くっ、ぷははっ」
イザークとアランの会話に、とうとう耐え切れなくなったクルーの一人が噴き出した。
それを皮切りにあちこちからくすくすと笑い声が漏れる。
肩を震わせているクルーたちに対し、アランだけは『あれ』に視線を向けると苦い息を吐いた。
彼ら視線の先は、ヒュペリオンブリッジの窓・・・の外側。
パイロットスーツをまとい、不機嫌を一面に表しつつ黙々と窓を磨いている人物がいる。
赤服のエースパイロット、リーゼ・エッシェンバッハだ。
先の戦闘で命令違反を犯した彼は、本来なら厳しい懲罰にかけられてもおかしくないのだが、イザークの一存で窓掃除だけで済んだのだ。
それを最初に聞いたアランは、もちろん軽すぎると抗議した・・・が。
今では謹慎や懲罰房よりこっちの方がプライドの高いリーゼにはダメージだろうと思ってしまっていた。
窓の外のリーゼと目が合う度に笑いを漏らすクルーたちを見ていると、むしろ気の毒にすらなってくる。
これで彼が無茶な行動を減らしてくれればそれで良しとなるのだろうが・・・。
「リーゼが窓を全て磨き終わり次第、航行再開」
「は・・・」
先の戦闘終了より28時間が経過しようとしていた。
担当の宙域の警護をモートン隊に譲ったジュール隊は、現在補給のため移動要塞《ゴンドワナ》に向かっている。
艦やMSの修理はそこで行われるが、もしかしたらそのまま本国に帰還出来る可能性があった。
あのテロリスト・・・《白夜》がまだ野放し状態だが、ジュール隊はもともと偏狭宙域を警護するために編成された小規模の隊だ。
申請が通れば部下たちにも二、三日くらい休暇をやれるかもしれなかった。
「テロリストのこと、何か分かりますかね?」
なるべくリーゼのいない方へと視線を飛ばしていたアランが、ふと気が付いたように言う。
一瞬眉を寄せるイザークだが、先のモートンとのやり取りを思い出して、ああと声を漏らした。
テロリストそのものは見逃してしまったが、敵のMSや戦艦の映像は取ってあるし、今頃残っているモートン隊が戦場を調べているはずだ。
撃墜されたMSや遺体を調べれば、少しは進展があるだろう。
「モートンに任せておけば大丈夫だろう」
心にもないことを口にして、肩をすくめる。
そんなことより、イザークは気にかかることがあった。
モートンからではなく本国のラクス・クラインから知らされたことだが、自分たちが戦闘しているのとほぼ同時刻に増援組みに含まれていたヤマト隊が攻撃を受けたらしい。
どういう経緯でヤマト隊が孤立してしまったのかまでは聞き出せなかったが、ラクスは切羽詰った形相で《ファクトリー》の重大機密がパイロットとともに行方不明になってしまったことを告げた。
《ガーディアン》。
―――ともあれ、今回のあなたの宙域への増軍に、彼も参加することになりました。
―――どうせ見物程度ですよ。ああ、あの子に会ったらよろしく言ってやってください。
イザークの記憶が確かなら、一ヶ月前に会ったばかりのあのナチュラルの少年が乗っているはずだった。
目を開けた途端白い光が瞳を射抜き、ケインはうめき声を漏らした。
うっすらと見える天井がぐるぐる回る。
ケインは頭を強く振ろうとしたが、できたのは首を左右に数センチずらす程度。
「!」
ようやく、彼は自分が拘束されていることに気付いた。
腕、脚に至ってはベルトできつく固定され、全く動かせない。
意識を取り戻すまでにも暴れていたのか、焼けるような痛みが皮膚に傷を作っていることを知らせた。
抜け出さなくては・・・!
身体に染み付いたこれまでの経験がそう訴える。
ケインは力の限り暴れ、抜け出そうとした。
だが、上からいくつもの手が取り囲むように降りてきてそれを阻止する。
「放せ・・・、放せぇぇッ!!」
横たわるケインを上から覗き込み、押さえつけているのは白衣をまとった男女。
能面のような顔が見下ろし、それがまたケインにプレッシャーをかける。
「放しやがれぇッッ!!」
声を枯らすほど叫んでも、押さえつけてくる力は緩まない。
そして。
上腕部にちくり、とした痛みを感じた。
「・・・ッッ!」
おそるおそる視線を滑らせれば、右腕に注射器が刺さっていた。
「・・・な」
注射器のガラス管から見えるのは、無色透明な液体。
「・・・ざ、けんなっ」
どんどんケインの体内に吸い込まれていく。
「・・・!!!!」
全てが身に収まると同時に。
彼は吼えた。
ドアの向こうから聞こえてきた本格的な悲鳴に、ジェットは舌打ちをする。
そのまま壁に背中を預けて深いため息を吐けば、近づいてくる足音があった。
「ハイ、ジェット」
「・・・ああ」
アントニアだった。
雌豹を思わせる細くしなやかな肢体に迷彩柄のつなぎという組み合わせが何故か似合って目を惹く。
彼女はジェットに倣って壁に背を預け、目の前のドアを睨んだ。
「・・・ケインはどうなってんの?」
「聞いての通りだ」
短く応えれば、アントニアはなるほどと頷く素振りをする。
ドアの向こうからは未だにケインの叫び声が響いていた。
今頃医師たちに中和剤だの睡眠薬だの打たれている最中だろう。
そのうち声も聞こえなくなるはずだ。
「ケインがいきなり倒れた時は驚いたわよ。帰艦した直後はおかしな様子はなかったのに」
「あいつ自身、知らず知らずのうちに義体の限界を超えていたらしい。・・・MSの操縦程度ではそんなことはめったに起こらないと医師たちも驚いていた」
別行動を取っていたジェットが《バサラ》に戻ってきた時、ケインはすでに意識が曖昧だった。
かと思えば今度は興奮して暴れだし、ジェットは医務室から追い出されてしまったのだ。
まだ「特別任務」が失敗したことを伝えていないのに。
「ねえ・・・今更だけど、どうしてあいつがリーダーなの?」
「・・・お前がやるか?」
冷めた口調のアントニアに、ジェットもそっけなく返す。
アントニアは一瞬考え込むように下を向き、そして口を開いた。
「ごめんだわ。面倒くさい」
「俺もだ。だから文句を言うな」
口を尖らせつつもアントニアは頷く。
その横顔を見ながら、ジェットは肩の力を抜いた。
「どうせ俺たちの役目はほとんど終わりだ。《ガーディアン》は仕留め損なったが・・・」
「《クラフト・カオス》、ぼろぼろだったわね」
「ああ、焦ってミスをした。結局とどめは刺せなかったしな。・・・仲間を大勢犠牲にしたのに」
「でも爆発でばらばらになったかもしれないんでしょう?」
「俺のカオスが無事だったんだ。向こうも助かっている可能性が高い」
至近距離でビーム砲を放った途端、二機の間で爆発が生じた。
コクピットの中でジェットはしばらく気を失っていたのだが、
運よく後を追っていてくれた仲間の機体に発見され、バサラに帰艦することが出来たのだ。
一人で戻ることは不可能だっただろう。
仲間によると、辺りにガーディアンらしき機体は発見できなかったそうだ。
「・・・上手くデブリの仲間入りをしててくれればいいんだが」
こればかりは運任せだ、とジェットは肩をすくめる。
そして自分のミスを上司にどう報告しようかと、遠い目をするのだった。
C.E.79 3月18日。
プラント・アプリリウス市。最高評議会ビル。
モートン、イザーク、そしてダコスタからそれぞれ送られてきた報告文書に目を通したラクスは、キーボードに滑らせていた白い手を止めるとそれを額に当てた。
紅を差すようになった唇を噛み、こつこつと画面を叩く。
眉間には皺が刻まれていた。
ピーピー。
高い音を出す呼び出し音に、ラクスははっと意識を引き戻す。
そして強張った顔を緩め、ゆっくり息を吐くと通話ボタンをオンにした。
「・・・どなたでしょう?」
『カナーバです。今、よろしいですか?』
「・・・どうぞ」
ラクスは手鏡を素早く取り出して自分の顔をチェックしながら、扉の向こうの人物に入室を許可した。
最高評議会議員の一人であるアイリーン・カナーバが現れる。
七年半前の第二次ヤキン・ドゥーエにおいて連合に停戦を呼びかけ、
臨時の議長ながらも後に協定を結んだ功績を持つ有能な女性議員だ。
その後はギルバート・デュランダルに後を譲って一議員に落ち着いていたが、
議長に就任したラクスが直接推薦し、最高評議会議員に返り咲いたという経緯がある。
それだけクライン派からは信頼が厚く、彼女もまたラクスに心酔に近い支持を抱いていた。
「『白夜』を名乗るものに関しては何か分かりましたか?」
静かに問うたラクスに、カナーバは落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。
「申し訳ありません・・・。まだ何も」
「アークエンジェル級や、《リゲル》を多数有しているくらいです。すぐ分かるはずです」
「分かりました。引き続き詳しい調査を・・・」
礼をしてカナーバは立ち去ろうとするが、ラクスはそれを引き止めた。
肝心なことを聞いていない。
「《ガーディアン》はまだ見つかりませんか?」
「・・・」
もともと暗かったカナーバの顔が、さらに曇る。
それだけでラクスには答えが分かってしまった。
謎の部隊の襲撃の混乱で、《ガーディアン》がパイロットを乗せたまま行方不明になってしまった・・・。
それを聞いた時、さすがのラクスも頭が真っ白になった。
危惧していた事態が起こったのだ。
ダコスタの報告を見る限り、敵の狙いが最初から《ガーディアン》だということは明らかだった。
撃墜されてしまったというのならともかく、敵機と交戦状態のままロストしてしまったという。
モートン隊はもちろん、補給のために《ゴンドワナ》に向かっている満身創痍のジュール隊にまで捜索を依頼しているが、
機体の一片も見つからないらしい。
もし、あれがザフト以外の手に渡ってしまったらと思うとぞっとする。
自分の責任問題だ。
「ラクス様・・・」
「何としても、《ガーディアン》を見つけ出してください、と。モートン隊長にはそのように」
「了解しました」
「それと、マスコミには《ガーディアン》のことは伏せて置いてください」
「はい。それと・・・」
「何でしょう?」
「《ガーディアン》のことに対し、ルイーズ・ライトナー議員とコウイチ・アボット議員が説明を求めていますが・・・」
思わずラクスは舌打ちしてしまった。
実は《ガーディアン》の今回の遠征は、一部の評議会議員にしか知らせていなかったのだ。
もともと《ガーディアン》自体が機密扱いだったこともある。
だが、半月前の工場襲撃事件でその存在は一般の議員レベルには知られるようになってしまっていた。
制作を担当していたのはクライン派のファクトリーだが、費用はプラント市民の血税だ。
私物だと主張するのは難しかった。
しばしの沈黙の後。
「それもあなたに一任します」と応えたラクスに、カナーバは固い声で了解を伝えた。
アランとのうちあわせを終えてブリッジから出ようとしていたイザークは、オペレーターに呼び止められた。
「隊長、《ゼロツー》ユリシーズ機より報告」
「何だ?」
「緊急信号をキャッチした模様」
「・・・こんなところで?どこかのポッドか?」
「・・・小破したMSが一機のようです」
イザークは怜悧な顔立ちを無意識に険しくする。
この辺りは一般の船は航行していないはず。
しかも近くであの戦闘があった直後だ・・・テロリストとの関連を疑ってしまう。
アランや他のクルーたちも表情を曇らせた。
・・・ちなみに窓の向こうのリーゼはそんなことを知る由もなく、未だ窓拭きに専念している。
「あ、《ゼロツー》より映像が届きました」
「・・・映せ」
イザークの短い命令に、オペレーターは送られてきた映像のフォルダを大型スクリーンへ放り込む。
全員が固唾を呑む中、スクリーンに緊急信号を発する謎のMSが映し出された。
数人がため息を漏らす。
見たことのない機体だった。
白を基調に赤、青でカラーリングされており、背中にはかなり高性能と思われる銃器が装備されている。
装甲は所々に細かい傷が出来ており、左右のアームの損傷がかなり酷かった。
脚部の傷跡もビームサーベル独特のもので、そのMSが戦闘を経た事実を物語っている。
「ユリシーズ・キンバリーが、どうすべきか指示を求めていますが・・・隊長?」
「隊長、これは・・・」
「・・・」
イザークは例の『重大機密』を目にしたことがない。
機密なだけあって当事者たちは公に語ろうとしなかったし、イザーク自身もあえてその領域に踏み込もうとしなかった。
だが・・・。
すぐに分かった。
先導したのがラクス・クラインなら。
他ならぬ、キラ・ヤマトのために制作されたものであるなら。
「・・・ガンダム」
2010/01/01