PHASE-12「暗殺指令」




 タクトが再び目を開けた時、そこはもう暗い宇宙を映すコクピットではなかった。

 肌に柔らかい布の感触。
 視界と重力の感覚が曖昧だが、どうやら自分はベッドの上に横たわっているようだ。
 コクピットから出た覚えも、ベッドに入った覚えもない。
 すぐに思い当たったのは《セラフィム》が自分を発見し、運んでくれたのだろうか?…ということだったが、
 視野が明瞭化するにつれ、セラフィムの自室でも医務室でもないことに気が付く。
 天井の造りがどうも違う気がするのだ。
 ここはセラフィムではない。

 では、どこだ?
 
 つらつらとそんなことを考えているうち、また眠気が襲ってきた。
 まぶたが重い。
 それに…身体もだるい気がする。
 ここがどこかなんてどうでもいい気がした。
 眠ってしまおう。
 そうして瞳を閉じようとした、その時。
 
 ぬっ、と。
 視界に人の顔が大写しになり、タクトは閉じかけていた瞳を丸くした。
 反射的に身を引こうとする。
 「な…っ、あッ、痛ぅ…!」
 しかし僅かに身体を動かしただけで激痛が駆け巡り、悶絶してしまった。
 「痛いの…?だいじょうぶ?」
 甘い、少女の声がする。
 自分の顔を覗き込んできた者と同一人物だろう。
 あまりに顔が近すぎて、男か女かも判別できなかったが、どうやら年下と思しき女の子らしい。
 女の子?
 そんなの、戦艦に乗っているのか?
 「だれ?」
 掠れた声が出た。
 痛みに顔をしかめつつ、そろそろと視線を横にずらす。

 そして。
 今度こそばっちりはっきり視界に映し出された人物に、タクトは息を止めた。



 (以下、後にタクトが語った心の叫び・回想)

 美少女でした。
 見惚れました。
 水色の髪に白い肌、大きな金の瞳をぱちくりさせてちょっと首を傾げている仕草なんかたまりません。
 ブルーのリボンがついた白いワンピース姿もグッドです。
 ああ、しかも動き回るもんだから裾が翻って太股の辺りまで覗いています!
 申し訳ないけど視線が釘付けになりました。
 無重力万歳。

 彼女が不思議そうに僕を見つめています。
 僕も彼女を見つめます。
 二人のために世界はあるの。

 決めました。
 彼女をお嫁さんにします。
 絶対します。

 (回想終了)

 

 タクト・キサラギ。
 人生初の、フォール・イン・ラヴの瞬間だった。
 
 




 『それでは、今すぐに私の隊を《ゴンドワナ》に向かわせる』
 やや上気した顔が、彼らしくなく興奮しているのを教えていた。
 それに対し口を開こうとしたイザークだが、またすぐに通信機のスピーカーが唸る。
 『ジュール、分かっているとは思うが…』
 「ああ。パイロットを収容してから《ガーディアン》には誰にも近づけていない。
 心配しなくてもこっちは自分たちの機体も修理できない状態だ」
 重大機密には興味も何もないから安心しろ。
 言外にそう告げれば、画面の向こうのスチュアート・モートンはようやく肩の力を抜いたようだった。

 移動要塞ゴンドワナに向かう途中の《ヒュペリオン》が発見したのは、漂流していた《ガーディアン》だった。
 隊長のイザークはすぐさまその旨を軍本部に連絡したのだが、予想以上にあちらは大騒ぎしていたらしい。
 一時間も経たないうちに責任者と称したモートンが通信を入れ、現在に至る。

 『手続きはこちらでする。詳しいことは向かわせた隊員に…』
 「おい、モートン」
 声を荒げたイザークに、モートンもまくし立てていた口を止める。
 同僚とはいえ自分の歳の半分しか生きていない若造に呼び捨てにされるのはやはり気に入らないらしい。
 顔つきが一転して険悪になった。
 だがイザークも負けてはいない。
 モートンの態度にどうしても納得できないものがあったからだ。
 「貴様、機体のことばかりだな。パイロットの心配はしないのか?」
 『死んだのか?』
 「生きてる!!」
 『なら問題あるまい』
 「負傷していた…。ゴンドワナに着くまでに意識が戻るかどうか分からない」
 少し嘘だ。
 収容されたタクトは重症というわけではなかった。
 『そんなことをお前が心配する必要はない』
 「貴様はしろ!」
 どなりつけるも、モートンはふんと鼻を鳴らしただけだった。
 
 イザークはぎりぎりと歯噛みする。
 パイロット…タクトのことを、何だと思っているのだ、こいつは。
 ナチュラルだということが気に入らないのか?
 それとも、ガーディアンのパイロットそのものを使い捨てと認識しているのか?
 イザークもナチュラルは嫌いだが、タクトはまだ16歳の少年ではないか。
 「…っ」
 それでも、罵って問い詰めたい衝動をぐっと堪える。
 もう無駄だと分かっていることを敢えてするほど子供ではないし、
 突っ走る自分をたしなめ、フォローしてくれるディアッカや「アイツ」はもういない。
 
 黙り込んだイザークに、モートンは冷めた目を向ける。
 『話はそれだけか?』
 「…ああ」
 睨んだまま短く応えれば。
 ぶつりと通信が途絶えた。


 交信終了のメッセージを忌々しく睨みつつ、イザークは頭を乱暴に振る。
 そして開いていた引き出しに向かい、手にしていたディスクをやや乱暴に叩きつけた。
 壊れてもかまわないと思ったが、案外と頑丈なそれは二、三度バウンドしながら奥の影に隠れる。
 イザークは口をへの字に曲げ、音を立てて引き出しを閉めた。

 …そのディスクには、ほのかの情報が記載されている。
 ポッドから発見され、自身の身のことは一切語ろうとしないほのか。
 奇妙な手術跡と薬物反応に連合のエクステンデットの可能性もあったが、
 医師から他にも気になることがあると伝えられたのはつい先日のことだ。
 どの道彼女を早急に本国に連れ帰り、より詳しく調べるためにはモートンの小隊に預けた方が早い。
 そう思っていたのだが…。
 「もう少しの間、艦長の部屋を借りるか」
 ナチュラルのほのかをタクトと一緒に預けてしまうと、モートンがどんな扱いをするか心配だった。
 それに「白夜」の存在事態はプラントそんなに切迫させるものではないとイザークは感じていた。
 自分の小隊が一つくらい舞台から消えてもそれほど影響などないだろう。
 とにかく、慣れない状態に疲れ切っている部下たちを少しでも休ませたい。
 ラクスに直接掛け合えば、それほど苦もなく休暇を手に入れられるはずだと思った。
 



 「運がよかったですねぇ」
 
 タクトが目を覚ましてしばらくすると、ここの責任者と思しき軍医が現れて簡単な診察をしてくれた。
 頭の傷はやはり大したことはなく、
 けれど丸一日飲まず食わずだったためにタクトの身体は軽い脱水症状を起こしていたらしい。
 かなり衰弱もしているということで、絶対安静を言い渡された。
 ちなみにあの少女はタクトが診察を受けている間にどこかに行ってしまった。
 …悲しい。
 看護してくれる可愛い恋人(妄想)もいないし、動くことも禁止されているし…とがっくりしていたところに現れたのが、この青い髪をした緑服の少年だった。
 エディ・クルムアイヒという名前で、この隊に所属するパイロットだという。
 《ガーディアン》のパイロットが自分と歳の違わぬ、しかもナチュラルだと聞き、休憩時間を使って「見学」に来たのだという。
 甚だ嬉しくない動機だったが、今のタクトとしては話し相手がいるのはありがたいことだ。
 そしてそこでようやくこの艦がジュール隊の《ヒュペリオン》であり、彼らが《ガーディアン》と共に漂流していたタクトを回収し、介抱してくれた経緯を知ったのだ。
 
 それを踏まえての先程のエディの台詞だったが、タクトは思わず頷いていた。
 自分の運の良さをひしひしと思い知り、感謝する。
 漂流してからたった一日足らずでデブリの中から発見されるなんて奇跡に近い。
 後で回収してくれたというエディの先輩にお礼を言っておこう。

 「ねえ、さっきのワンピースの女の子は誰?」
 「え、ほのかのこと?」
 ほのか…ほのかというのか。
 可愛い名前だ。
 「僕はあんまり知らないんですよ」
 エディが持っていたドリンクボトルのストローに口を付け、ずるずると啜る。
 「でも、クルーなんでしょ?」
 「そんなわけないでしょう。民間人の女の子ですよ?」
 「ならなんで戦艦に乗ってるの?」
 もっともな疑問を口にすれば、エディは肩をすくめて見せた。
 「君と同じです」
 「おなじ?」
 「あの子、ナチュラルだって聞きました。ポッドに乗っていたのをルナマリアさんが見つけたんです」
 「ナチュラル…」
 遭難してたとこまで君と同じですね、エディは付け足す。
 あまりない偶然だと思っているのだろう。
 「でも、その他のことは何も知りませんよ。ずっと隊長の部屋に閉じこもってるし。
 今日ここにいるのを見て僕も驚きましたよ。検査か何かかな?」
 「ずっと…隊長室?」
 怪訝な声で聞き返せば、エディははっとした顔をする。
 タクトが何を想像したのか察したらしい。
 「あ、ちがうっ、違いますよ!?隊長は今は艦長やリュカの部屋を借りてるんですから!ジュ、ジュール隊長に限って…世話だってルナマリアさんがやってるって聞きました!!」
 「な、なんだぁ。そっか」
 必死に上司を弁護するエディに気圧されつつ、それでもタクトは安堵する。
 イザーク・ジュールのことは一度会っただけだが気性が真っ直ぐなことは感じ取っていたし、
 エディのような正直そうな部下にこれだけ慕われているのなら大丈夫のような気がした。
 
 「ずいぶん話が弾んでるわね」

 ふと女性の声がして、二人は振り向く。
 いつの間にか、赤服を着た20歳前後の女性が立っていた。
 「ル、ルナマリアさんっ」
 「悪いけど、もう少し静かにしてね?」
 緩んでいたエディの顔が一瞬にして赤く染まり、口の中ですみません、ともごもご呟いた。
 ははあ…惚れているな、とタクトはすぐに気付く。
 確かにすごい美人だ。
 美形度ならほのかと拮抗するが、タクトの好みは『年下でなおかつ守ってあげたいタイプ』。
 残念ながら、このルナマリアという美女は当てはまらない。
 「そんなにうるさかったですか?ごめんなさい」
 「普段ならいいのよ。でも、今はちょっとした検査中なの」
 ルナマリアはそう言いながら、青紫の瞳を隣のドアへと向ける。
 タクトはほのかが看護師と共にそのドアの向こうに消えたことを覚えていた。
 「検査?あの女の子が?」
 「大したことじゃないのよ。もう終わると思うわ」
 ルナマリアがエディの傍に椅子を並べて座る。
 そしてタクトに目線を合わせた上で、右手を差し出した。

 「ジュール隊のルナマリア・ホークです。よろしくね?」
 
 大輪の花が開いたような綺麗な笑みを向けられ、さすがのタクトもどぎまぎしてしまった。
 下手な女優よりも美人でスタイルの良いこの女性が、ザフトレッドをまとっていることが不思議でならない。
 「タ、タクト・キサラギです…。こちらこそよろしく」
 「ジュール隊長から少しあなたのこと聞いてるの。元気そうで良かったわ」
 「え、あの…」
 「隊長、そのうちあなたの顔を見に来るって」
 「そうですか」
 どうやらイザーク・ジュールは一ヶ月前に一度会っただけの自分を覚えていてくれたらしい。
 そのことに戸惑いと嬉しさを感じた。

 あの時は、プラントに乗り込んでザフトに入れてくれと騒ぎ立てたのだったっけ。
 何だか遠い昔のように感じてしまった。
 イザークは苦い顔をして聞いていたが、自分が本当にザフトに、しかもパイロットとしていることを知った時は驚いただろう。
 いや、呆れているかもしれない。
 と、一ヶ月に起こったことに一瞬意識を飛ばしていたタクトはそこでようやくあることを思い出した。
 さっと血の気が引く。

 「《ガーディアン》、今どうなってますか?」

 身を乗り出して、ルナマリアに問う。
 タクトは《ファクトリー》からあの機体を任されているのだ。
 一番に心配しなければならないことだったのに。
 必死の形相のタクトに対し、ルナマリアは何を焦っているのかと目を丸くしている。

 「心配しなくても、隊長命令で誰も近づいてないわ」
 「近づいてない?」
 「ええ。だってあれ、重大機密だって聞いたわよ」
 「それは…」
 それはそうだ。
 「修理とかは…」
 「してないわ。大体、機密じゃなくてもあなたの機体の面倒をみてあげられる余裕がないのよ」
 ルナマリアの隣でエディも頷いている。
 「この艦には補給が必要ですし、君の以上にぼろぼろな機体があるから」
 「あ…」
 そうだ。
 ヤマト隊とモートン隊が宇宙に出た理由は何だ?
 ジュール隊…この隊を援護するためだ。
 それがまさか、逆に救われる立場になろうとは。
 たくさんの人に迷惑をかけてしまった。
 甘い出会いに心ときめかせている場合ではなかったのだ。

 タクトは己の不甲斐なさに急にいたたまれなくなり、深いため息を吐き出したのだった。





 ケイン・アークライトの気分は最悪だった。
 
 「ゴンドワナーーーーぁ?」
 いかにも気だるそうに言えば、さすがにむっとしたらしいジェットが唇の端を曲げる。
 だが彼の反応などケインにはどうでもいいことだった。
 こっちは義体の拒絶反応を抑えるために何種類もの薬物を投与され、
 身体はだるいし胃はむかつくし頭は痛いしで他人に気を使ってなどいられないのだ。
 義体仲間のアントニアやティモシーはともかく、生身のジェットに分かるものか。
 大体人と話すときは目を見てするもんだろうが、その仮面だかバイザーだかなんだか分からないものをはずして見せてみろ!
 と、口に出していたら流血沙汰になっていたかもしれない。
 こういう時はやたら勘のいいティモシーが口を挟むことによって未遂に終わったが。

 「《ゴンドワナ》って、あのデッかい移動要塞でしょ?」
 そんなことは分かってる、とケインはぶすくれた。
 「俺がしとめ損ねた《ガーディアン》と、パイロットがそこに向かっている」
 「今度こそぶっ壊せって?」
 ケインの言葉に、ジェットは首を横に振る。

 「いいや…今度の命令はパイロットの殺害だ」

 「はあぁあ?何で?」
 ケインは不調も忘れ、ジェットの方へと身を乗り出す。
 先日の「《ガーディアン》破壊」の特務の話を持ち出された時は、パイロットのことなど一言も持ち出されなかった。
 ナチュラルの子供のことなどどうでもよかったのだ。
 それが、どうして?
 「理由は俺も聞いていない。でもおそらく、あの機体を使いこなし始めたからじゃないか?」
 「それは『オプティマスシステム』のせいだろ」
 「そうかもな…何か別の事情が発生したのかも」
 「暗殺でもすればいいじゃん」
 「ザフトの中に裏切り者がいるという可能性をまだ悟られたくないんだろう。
 凶悪なテロリストが乱入し、そのどさくさで『運悪く』死亡してしまったということにしたいんだ」
 そう説明するジェットもあまり納得がいっていない様子だ。
 すると、ティモシーが視線を宙に泳がせながら口を開く。

 「あの機体、ホントはほのかが乗るはずだったんだよねー?」
 
 ほのかの名前に、ケインが反応する。
 その手が無意識に首にかけられたペンダントをいじった。
 まだ死んだ人間を諦め切れていないのか、と呆れつつ、ジェットはティモシーに頷く。
 「そうだ。ほのかの脳波も『オプティマス』に適合するからな」
 「でもガーディアンの奪取には失敗するし、ほのかは死…行方不明だしぃ」
 「予想外のパイロットの登場というオマケ付き」
 「あっはっはっ、俺たちガーディアンとは相性が悪いんだね。ジェットの《クラフト・セイバー》もぼろぼろにされたしね」
 「笑い事じゃない」
 苦い声で嗜めるジェットだが、ティモシーの言うことが的を射ているのは間違いない。
 ともあれもう失敗は出来なかった。
 報酬がもらえなくなる可能性がある上、下手をすれば「ボス」に切り捨てられかねない。

 ジェットが小型PCにディスクを差し込むと、それは淡く発光して宙に映像を映し出す。
 ケインとティモシーが黙って見守る中、茶色の髪をした快活そうな少年の姿が映し出された。
 「タクト・キサラギ。16歳。地球のスカンジナビア王国出身…正真正銘のナチュラルだ」

 この子供が、<ターゲット>…。



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2010/01/01