PHASE-14「暗殺、始動」
C.E.79 3月22日 1300時。プラント・クライン邸。
そのドアの先は、別世界だった。
目の前に広がる美しい庭園。
ディアッカとミリアリアはため息をつく。
白い薔薇の花が咲いて、周囲には背の高い木立が連なっていた。
人口の日差しが形成する木漏れ日が、緑の芝生をきらきらと輝かせている。
さっと吹き抜けた風は、とても心地よかった。
「いらっしゃいませ。ディアッカさん、ミリアリアさん」
まろい声がする。
木立で作られた道の先に、テーブルも椅子もティーカップも全て透明なガラスで出来ているテーブルユニットがあった。
緑の空間に溶け込むように見せる配慮だろう。
そこに一人、桃色の髪をした女性が座って微笑んでいる。
「ラクスさん!」
美しい庭園に気後れしていたミリアリアは、懐かしいラクスの顔にようやく緊張を緩めた。
早足で駆け寄り、椅子から立ち上がったラクスと抱き合う。
「お久しぶりですわ」
「本当に。忙しいのに時間を取らせてごめんなさい」
「まあ、お気になさることではありません」
ミリアリアは素直にラクスとの再会を喜んでいる。
アスランの行方不明騒動以来だから、ほぼ四年ぶりだった。
エルスマン夫婦はプラントに到着して以来、何とかラクスかキラと連絡を取ろうと苦心していた。
ラクスは最高評議会議長、キラもザフトにとっての重鎮であり、そうそう上手くいくはずがないということは承知していた。
せめて電話のやり取りだけでも、と思っていたのだが。
昨日突然ラクスの方から連絡があり、この豪邸の庭園に呼び出されたのだった。
「ディアッカさんも、お元気そうでなによりです」
「あ…はあ」
綺麗に微笑むラクスに、ディアッカは何とか愛想笑いを返す。
実を言うと、ディアッカはラクスのことが苦手だった。
理由は何となく分かっている。
自分は、心許した相手には良い面も悪い面も全てさらけ出してくれる素直な人が好きなのだ。
それこそ、親友だったイザークや妻であるミリアリアのような。
逆にラクスは何もかも綺麗なもの、美しいもので塗り固めている…そう、この庭園のように「完璧」に。
だから自分はどうしても彼女に好意を抱くことができていないのだと、そう思う。
「ニュースで見てます。テロリストが暴れてるって」
「ええ。犠牲者も出ています…悲しいことですわ」
「どうしてテロなんてするのかしら。おかしいですよね」
「兵士の皆さんには負担をかけてしまっています。早く解決したいのですけれど、評議会はなかなか一つにまとまりませんの」
「兵士…キラも、戦場なんですよね?いつ帰ってくるんですか!?」
…キラ。
ミリアリアがその名前を口にした途端。
ラクスの唇の端に刻まれた深い皺を、ディアッカは見逃さなかった。
C.E.79 3月22日 0420時。移動要塞《ゴンドワナ》。
「誘導ビーコン捕捉。《インディア-8ドック》の着艦指示確認しました」
「進入ベクトル合わせ。進路修正。回頭180度。減速開始」
ジュール隊の旗艦《ヒュペリオン》が《ゴンドワナ》に着艦した。
ようやくまともな補給と休暇が得られると、クルーに安堵が広がる。
難しい顔のままだったイザークでさえ、肩の力を少し抜いていた。
「タクト・キサラギと《ガーディアン》の引渡しは、別々に行うのですか?」
艦長のアランの問いに、イザークは無言で頷く。
アランの言いたいことは分かっていた。
パイロットも機体もまとめて渡してしまえば効率的だということだろう。
だがしかし、モートンが指示してきたパイロットと機体の引渡し先は同じゴンドワナでもドッグが異なっていた。
妙だとは思うが、詮索する立場にはない。
「タクトは身体検査がすぐに必要なんだとさ」
「実験動物扱いですね」
さすがのアランも眉をひそめる。
ナチュラル友好派というわけではない彼も、タクトの立ち位置には少々不快を感じているようだ。
イザークはそれ以上会話を続けようとはせず、てきぱきと指示を口にする。
「ヒュペリオンの補給と損傷機体の修理を急げ。
ここまで来て気が緩んでいるだろうが、休暇はそれらが全て終わってからだと全クルーに伝えろ。
ガーディアンの引渡しはシンに一任する。ルナマリアとリーゼを付けてやれ」
「タクト・キサラギの引渡しは隊長自ら?」
「ああ。そうじゃなきゃモートンが後でうるさそうだ。
一応見届けてやりたいし…そうだな、ユーリを連れて行く。メイデス艦長、後のことは頼んだぞ」
「了解」
同時刻。《ゴンドワナ》管制室。
友軍のシグナルに、管制オペレーターが回線を開く。
モニタに映し出されたのは一機の《リゲル》と二機の《ザク・ファントム》だった。
そしてザクが救命ポッドと思わしきものを一つずつ抱えている。
「こちらゴンドワナ中央管制室。認識ナンバーは?」
『こちらはデケム隊所属、ティモシー・オルコット。認識番号は24…91だ。二時間前、管轄宙域のポイントP-A002で救難信号を発しているポッドを発見した』
「ポッドはどこのものだ?」
『不明だ。民間人の旅客機が航行不能になったため脱出したと言っている』
「おかしいな。そんな報告は入っていない」
『距離的に旗艦よりこちらの方が近かったので、デケム隊長の指示でポッドごと連行してきた。例のテロリストに関係があるかもしれないと…指示を願う』
「少し待ってくれ」
オペレーターはその通信を保留にすると、慌てて上司に内容を報告する。
さらに管制室の主任がそれを司令官に伝え、そして応えが帰ってくるまでに10分はかからなかった。
「こちらゴンドワナ中央管制室。デケム隊、聞こえるか?」
『聞いている』
「入港の許可が出た。…《エックスレイ-5ドック》へ」
30分後。
入港を許された三機のMSがドッグの中に入る。
すでにそこには、ポッドに危険人物がいたときの用心のために武装した兵士たちがいた。
ポッドを持っていた《ザク》がそれを指示された場所に置く。
にわかに緊張が高まった。
たかがポッドだが、なにせ『白夜』を名乗るテロリスト騒動の直後だ。
そのテロリストに攻撃されてぼろぼろのジュール隊も、このゴンドワナの別ドッグで補給を受けている。
ゴンドワナ総司令官の措置は妥当なものだろう。
そう。
彼らは万全の体制を整えていたはずだった。
ガガガガガガガッ。
「ぎゃあっ」
「うわぁああぁぁっ」
マシンガンがフルオートで発射され、血しぶきが舞う。
瞬く間にザフト兵の幾人かが床に崩れ落ち、事切れた。
まだポッドは開けられていない。
武装していたザフト兵も引き金を引いていない。
では、どこから?
運よくマシンガンの弾を逃れ、振り返った兵士の一人が見たのは、
ポッドを連行してきたはずの友軍兵が手榴弾を投げつける瞬間だった。
どお…ん。
ポッドの壁を伝ってきた爆発の音と振動に、ケイン・アークライトはペンダントをいじっていた手を止めた。
どうやら上手くいったらしい。
思った通り、間をおかずに無線に通信が入った。
『皆、出てきていいよん』
『第一段階、クリアしたわ』
「お見事、ティモシー、アントニア」
ケインはにやりと笑うと、自分のサブマシンガンを持ち上げる。
そして隣にいたジェットに合図した。
頷いたジェットが開閉ボタンを素早く操作する。
イイイイィィ…ン。
低い電子音とともに、ポッドの扉が開いた。
二つのポッドに乗り込んでいた『白夜』のメンバーが外へ躍り出る。
不信なポッドを運んできた、しかも正規の認識コードを持っていた兵士までもがテロリストだとは見抜けず、ゴンドワナは『白夜』二十数名の侵入を許してしまった。
「お、お前たち一体…うわあっぁぁっ!!」
異変に気付いて飛び出してきた兵士に銃を乱射する。
エックスレイドッグはあっという間に地獄絵図と化した。
多くの火器を有し、敵艦と切り結ぶ能力を持っているゴンドワナだが、
中で奉職するクルーは白兵戦を想定して配置されているわけではない。
むしろ近年は補給地としての役割が主だったため、事務系の人間が大半なのだ。
「ティモシー、アントニア、外は頼んだぞ」
「分かったわ」
一方、ティもシーとアントニアを含むMSのパイロット組みは、ゴンドワナを外から攻撃すべく再びその場を後にする。
この巨大な要塞を内外で攻撃し、混乱させるためだ。
目的を果たした後で、ケインたちの脱出を容易にするための布石でもある。
そして。
「散れ!」
ケインの合図と共に『白夜』は散っていった。
一見ばらばらに見えるが、彼らが向かう場所と役割はあらかじめ決定されている。
すでに手に入れているゴンドワナの地図によって、何度もシュミレーションが組まれているのだ。
確実に、目的を果たすために。
「さあ、俺は子猫ちゃんを見つけにいこうかな」
2010/01/01