PHASE-17「露見」
我々『白夜』はここに宣言する。
プラントに生まれ、プラントに生き、プラントのためにある我らコーディネーターが、真実を知る権利があるということを。
現在『自由ある平和』を守るはずのザフトが、国民の目の届かぬところで凶悪な兵器を開発し、有している。
政界の一部の者が兵力の大部分を私物と化し、秘密裏に新兵器を創造してきた結果だ。
その兵器とは最強と謳われたプラントの軍神、《フリーダム》をさらに上回るスペックを持つ機体であり、
これ一つで一個中隊に相応する危険なものだということだけははっきりと明言できる。
この機体が大量生産されればどうなるか…。
先日の我々の《ゴンドワナ》襲撃が、それを破砕するためだったことを理解してほしい。
考えていただきたい。
五年前多大なる犠牲を強いて築いたはずの「平和なプラント」にどうしてそのようなものが必要あるのか。
すなわち、己の権力を確固としたものにするために他ならない。
プラントを力によって支配している評議会に、我々が反旗を翻しているのはご存知のことだと思う。
どうか賢明なプラントの民が事実に目を向け、
コーディネーターのための新世界のために戦う我らの行動を認めてくれることを切に願う。
C.E.79 3月23日。
「白夜-byakuya-」軍事部
C.E.79 3月24日 《ゴンドワナ》、《インディア・8ドッグ》。
「じゃあ、お世話になりました」
タクトがまだぎこちない手つきで敬礼をすれば、アランは僅かに笑みを浮かべた。
ゴンドワナ襲撃事件から丸一日。
おそらく連中の当初の目的だったろうタクト・キサラギと新型機密MS《ガーディアン》を守りきることは出来たものの、周到に退路まで確保していたテロリストの残党の大半はまんまと《ゴンドワナ》から脱走していた。
《エックスレイ・ドッグ》では双方に二十数名の死者が出、司令部はまだ混乱している。
ジュール隊が生きたまま確保した数名のテロリストから情報を引き出せる可能性は残っているものの、今回もまた完全に連中に翻弄されたことになる。
一方タクト・キサラギと《ガーディアン》は、そのまま《セラフィム》に戻ることになった。
当初はモートンが手配した隊がタクトを引き取るはずだったが、
事件直後にヤマト隊の《セラフィム》が《ゴンドワナ》に追いついたからだ。
《ヒュペリオン》と同じ《インディア・ドッグ》に搬入されたセラフィムで、今度こそ《ガーディアン》があるべき場所へと移動される。
修繕設備も《セラフィム》の方が整っている為、これで《ガーディアン》もようやく修理に着手できるだろう。
それを横目に《セラフィム》のブリッジまでタクトを見送ったのは艦長のアラン・メイデスとジュール隊副隊長のルナマリア、そして赤服のリュカとリーゼだった。
本来なら隊長であるイザークもここにいるべきだが、怪我のせいで医師に絶対安静を言い渡されている。
「本当に今回は大変でしたね。我々がもう少し早く到着していれば…」
《セラフィム》の艦長であるダコスタがそう口にすれば、アランは首を横に振った。
「気になさらないで下さい。まさか一介のテロリストがこんな所まで入り込むなんて誰も予測できませんでしたし」
「ジュール隊長のお体の様子は?」
「傷自体は大したことはなかったそうです。お気遣いありがとうございます」
「…いえ」
艦長二人のそんなやりとりをぼんやりと聞きながら、タクトは分かれる直前のイザークの言葉を思い出していた。
―――ほのかのこと、誰にも口外するな。
―――え?
―――念のためだ。ヤマト隊…キラはおそらくシロだろうが、あいつの身辺までは分からん。
―――どういうことです?
―――わからないか?今までの『白夜』の動きや襲撃のタイミングを考えると、どう考えてもザフトの中に内通者がいるとしか思えない。
―――内通?ほのかのこと、疑ってるんですか?彼女はあの男と戦ってたじゃないですか!あなたを守る為にッ。
―――…とにかく、それに関しては俺がほのかに直接問いただす。
―――あの黒い髪の、ケインって奴、ほのかがヒュペリオンにいたことを知らなかったじゃないですか。
―――ああ、つまりほのかと俺の部下たちとお前、それからディーゼルもシロだろう。
―――でも、今は知られてる。逆に隊長が疑われちゃいますよ。
―――だからその前に本国に駆け込んで、あいつを信頼できる人物に預ける。とにかく、お前は黙ってさえいればいい。
―――…。
―――いいな、タクト?
「タクト」
「あ、はい」
ダコスタに呼びかけられてタクトは我に返る。
かなりぼんやりしていたようだ。
「それでは我々はおいとまします。出航時刻も迫っておりますので」
アランの言葉が合図だったかのように、後ろに控えていた赤服の三人が綺麗な敬礼をする。
そこでようやくタクトはキラの後ろにいるメイリンが何か言いたげな顔をしてルナマリアを見ていることに気付いた。
そういえば、苗字が同じだ。
雰囲気が正反対だが、赤い髪なんて珍しいし親戚か何かかもしれない。
そのルナマリアはメイリンの視線をまるっきり無視すると、タクトへと笑いかけてきた。
「元気でね、タクト」
「はい。その、本当にお世話になりました」
思えば、お世話になったどころか二度も命を助けられた。
彼らには感謝してもしきれない。
「ジュール隊長と、他の皆さんによろしく」
「あーあ。やっと面倒なナチュラルとおさらばだよ」
《セラフィム》を後にした途端、わざとらしい口調でそう言ったリーゼに、アランたちは顔をしかめた。
「どうせなら、あのほのかって子供も引き渡せばよかったのに」
「よさないか、リーゼ」
「そうだぜ、何か気に入らないことでもあるのか?」
「別に」
咎めるアランとリュカの声音に、リーゼは視線を逸らしつつも不機嫌そうな表情は変えようとしない。
そんなことよりもと、リーゼはずっと黙り込んだままのルナマリアへと顔を向けた。
「さっきの人が、キラ・ヤマト様?」
「…そうよ」
この中で、以前にもキラ・ヤマトに直接会ったことがあるのはルナマリアだけだ。
ますます表情を重くしたルナマリアに対し、リーゼはぼんやりと思考を先程のブリッジでの場面へと飛ばす。
「最強の《フリーダム》のパイロットかぁ。その人の隣にあんな奴が『赤』着て突っ立ってるなんて、相応しくない」
「あんな奴って、タクトのことか?」
「そうですけど?」
「あいつ、お前に何かしたのか?随分敵対心燃やしてるじゃないか」
「そんなことないです」
普段朗らかな人柄な分、リュカが責めるような口調に転じると誰でも居心地の悪さを感じる。
リーゼは口を尖らせたものの、さすがにそれ以上は何も言わなかった。
ただそれでも。
やはり胸の中に凝るものがある。
アカデミーを卒業して、前線のジュール隊に配属を希望したのは他ならぬリーゼ自身だ。
しかし実際の仕事は終わりなど見えない海賊とのイタチごっこ。
しかも与えられたのは量産機。
謎のテロリストが現れてやっと活躍の場が出来るかと思ったのに、量産機では出る実力も出せない。
それなのに、いきなり地球からやってきたというナチュラルが最新鋭機に乗っているという事実が理解できなかった。
《フリーダム》以上のハイスペックだと言うのにテロリストに攻撃されて小破させたあげく漂流だ。
自分なら、絶対そんなヘマはしないのに。
リーゼはそんな悶々とした不満を胸に抱きつつ、《セラフィム》より一足先に出航することが決まっている《ヒュペリオン》へと戻った。
「タクトは無事に行ったみたいだな」
モニタで艦長からの報告を確認したイザークは短く息を吐き出す。
医師からは医務室で横になっているように指示されたが、タクトを見送ると彼はすぐさま自室に戻ってきていた。
「さて」
モニタの電源を落とし、ロックをかけたドアにもたれかかると腕組みをした。
視線の先…本来イザークが使用するはずのベッドの上には、ここ数週間それを占領していた少女。
今までと違うのは、彼女の腕に鉄製の手錠がかけてあるということだ。
民間人だと思い込んでいたからこそこれまで特別に近い扱いを受けていたわけだが、今はそうは行かない。
「説明してもらおうか?」
鋭い視線を向けられ、ほのかは僅かに肩を揺らす。
まさか他ならぬイザークに尋問されるとは思いも寄らなかったらしい。
「イザーク、怒ってる?」
「まあな。俺はともかく、ユーリは重症だ。貴様が連中の手引きをしていたとしたら…許さない」
「手引き、なんて…」
金色の瞳が潤んでいく。
おびえるほのかに罪悪感がないわけではない。
だが、彼女が「白夜」を名乗るテロリストと関わりある…少なくともケインという男と知己であることは昨日の状況からも疑いない。
しかもほのかは何らかの軍事訓練を受けている様子だ。
手錠は決してやりすぎではないだろう。
「何故黙っていた?」
「…」
ほのかは無言のまま手錠を見下ろす。
「あの連中との関係は?」
「よく、分からない」
「はあ?」
「気が付いたらいたの。自分が何処から来て、何者なのか分からない。今呼んでもらってる名前も本当のものか自信がない。多分、ケインたちも同じだと思う」
「…」
思わぬ応えにイザークは息を呑む。
だが彼女が嘘を言っているとは思えないし、大体つくならもっとましな嘘をつくだろう。
是非の判断は後回しにし、とりあえず聞き出せるだけは全て聞くことにした。
「『白夜』についてはどれだけ知っている?」
「ケインがリーダーで、後はジェットとアントニア、ティモシー。一番最初の時の、四機のパイロット」
「一番最初って、あれか」
ほのかを保護したばかりの時に現れた、《カオス》、《ガイア》、《アビス》、《セイバー》に良く似た機体。
頭数は合う。
「あとは《バサラ》にいるのが40人くらいだったと思う。名前知らない」
「例の《アークエンジェル級》だな。他に何か知ってることは?」
「ケインとジェットがよく『ボスの命令だ』って」
「…」
やはり別に命令を下している人物がいるということか。
おそらくその人物自身がザフト、あるいはプラントの政局に関わりある人間だという可能性が高い。
そうでなければ《ガーディアン》のことや、パイロットであるタクトの身元を連中が把握できたはずがないのだから。
「それで」
イザークは言いかけて、ほのかを改めて見た。
華奢な体つきの、本当に頼りなさそうな小娘だ。
それがどうして軍事訓練を受けてテロリストと一時なりとも行動を共にしていたのだろう。
「お前の役目は何だ?」
「やくめ?」
「艦のクルーか何かか?」
そういえば医務室のロックを勝手に外したことがあったな、とイザークは思い出す。
ここに来たばかりの頃だ。
詳しいとは言わないまでも、多少の機器の知識がないとそんなことは出来ないはずだ。
あの時はばたばたしていたし、何かの偶然でロックが外れてしまったのかと思っていた。
しかしほのかは違うと首を振った。
「ほのかは、パイロット」
「は?」
「《ガーディアン》。タクトが今乗ってるMSは、本当はほのかが乗るはずだったの」
ヴィーノは不思議だった。
タクトが入っただけで、《ガーディアン》のコクピット内の雰囲気が微妙に異なるように思えたからだ。
明るくなったと言うか・・・何だか元気になった感じだ。
先程まで冷たいものとしか感じなかったモニタの電子光すら生き生きとして見える。
主の帰還を喜んでいるかのように・・・。
「どう?感触は」
「うーん・・・。うん!何だか今までで一番しっくりしてる感じ」
「しっくり・・・ねぇ。そんなこと言うパイロットなんてタクトくらいだよ」
「どうしてかな?《ヒュペリオン》にいる間はガーディアンを遠くで見てるだけでずっと離れてたのに・・・」
そう言いながら、タクトは『G.A.N.D.U.M.』と表示されているモニタを指でそっとなぞる。
ピピピッ、と高い音がしたかと思うと、それはガーディアンの現在の状態を表す画面に切り替わった。
「あ、もうほとんど回復してるんだね」
「ああ。後は取り付けたアームの細かい点検だけ。一人でできるか?」
「大丈夫だよ」
元気に返事をすると、タクトはキーボードを引っ張り出してすぐに操作を始める。
その様子を見ながら、いつの間にかガーディアンの細部を把握しているタクトにヴィーノは驚いていた。
たった一度の戦闘を経ただけで、こうも機体を知り尽くせるものだろうか・・・まるで、自分の身体の一部のように。
あるいは《ヒュペリオン》のパイロットたちから何かコツのようなものを学んだのだのかもしれない。
と、そこまで思い当たってヴィーノはジュール隊の様子を聞くタイミングを逃してしまったことに気付いた。
シンとルナマリアの現状を尋ねるつもりだったのに・・・。
一瞬タクトに声をかけるべきかどうか迷うが、結局やめた。
彼の真剣な顔つきから、自分の仕事に夢中になっていることが知れたからだ。
文字と記号がめまぐるしく踊るオプティマスシステムの画面。
それを瞬きもせずに見入っているタクトの瞳。
・・・まるでその二つは、一体化しているかのようだった。
「どうしてお前はポッドの中にいたんだ?トラブルか?」
イザークの質問に、ほのかは首を横に振った。
その表情は、今まで見たどれよりも青ざめている。
この艦に乗ることになったのは偶然なのか、あるいは他意あってのことなのか知りたかったが、さすがに幼い少女の酷い顔色を目にするとこれ以上続けるのは気が引けてきた。
「言いたくなければ…」
「自分で入ったの」
「は?」
「近くにいた人たちを殺して、ポッドを奪って、乗って…宇宙に出た」
「…」
「やっと死ねると思った。ケインから逃げられるって」
「…」
自殺、か?
そう口にしようとして、だが寸でで押しとどめた。
「でもヒュペリオンに来て、イザークに会って、ルナたちに優しくしてもらって、もう少しだけ生きてみたいって思った」
「…」
「でも、やっぱりだめッ!ケインが、追いかけてくる…私をッッ」
「ほのか」
「きっとまた来る!それでほのかは捕まって、また酷いことされるっ!!」
「…」
震えている…おびえている。
演技ではなった。
「……て」
「ほのか」
「早く殺して!!」
がしゃんと音を立て、手錠をかけたままのほのかの両腕が服の端を掴む。
噴出した少女の激情に思わず息を呑んだ。
同時に彼女の体を調べた時の報告を思い浮かべ、イザークの頭からすうっと血の気が引いていく。
ほのかが言う『酷いこと』が何なのか、具体的に察しがついてしまったからだ。
そしてそれはあのケインという男への怒りへと転化した。
殺しておけばよかった。
こんな憎しみに駆られたのは、軍に入りたての頃、当時は敵だったキラの《ストライク》に苦渋を舐めさせられて以来だった。
「ころして。あいつがまた来る前に」
今度はすがりついて泣き出す。
自殺の手段に救命ポッドを選ぶなんて…幼すぎて、死に方が分からなかったのか。
いや、本心では死にたくないと思っていたに違いない。
決心がつかず、つける方法も分からず、こうして他人にすがりつく。
生きるのが嫌だけれども死にたくなくて、彼女なりに必死にもがいていたのだ。
「イザーク」
「大丈夫だ。もうすぐ本国に着く。あいつはプラントまで追ってこないから」
「…」
「追ってきたとしても、守ってやる。あんな奴のために、お前が苦しむ必要はない」
「…」
「死ななくていいから」
イザークはこの時、まだ気付いてはいなかった。
今回の《ゴンドワナ》襲撃が、本国の世論と政局を揺るがすものに発展するということを。
そして、彼がほのかのために頼ろうとしていた人物の立場までもを突き崩すということを。
プラントは混乱していた。
《ゴンドワナ》襲撃の、『白夜』の犯行声明のせいではない。
あらゆる情報機関を通じて《ファクトリー》の機密兵器、《ガーディアン》の情報が流れ出たからだった。
テレビ、ラジオ、ネット…あらゆる場所から機密工場の様子やガーディアンの映像、詳しい資料が人々の目にさらされる。
そしてそれがすでに戦場に投下されている事実は、プラントの世論に大きな波紋を投げかけた。
《ファクトリー》ももう言い訳ができず、ガーディアンの存在を認めざるを得なかった。
人々は驚き、ガーディアンを製造したのが他ならぬクライン派であることに疑問を抱く。
そしてある一人がこう言い出した。
「全てを仕組んだのはラクス・クラインなのではないか?」
かつてデスティニープランに強硬に反対し、オーブの戦力を利用してまでそれを叩き潰した彼女。
しかし彼女が議長に就任して以来、プラントの政治は上手く機能しているとは言い難かった。
支持率を上げるために婚姻制を廃止したことで、第三世代の出生率はさらに落ち込んでいるのを始め、経済も不調、さらに就任当初は地球の内戦にかなり強引に介入していたため、借金も増え続けている。
これを挽回するにはどうすればよいだろう?
ある者はこう思う。
クライン派の一人芝居ではないのか?
凶悪なテロリスト集団が現れ、再びプラントを脅かす。
そしてそれをラクス・クラインが先頭に立ち、撃退。
再び救国の英雄として返り咲く。
そういう舞台造りを、ラクス・クライン自身がしているのではないか、と。
プラントの内情に詳しい者が、『白夜』に情報を流しているということは、当初から囁かれていたことだった。
そしてそれは、今回の《ゴンドワナ》襲撃事件で明らかにタクト・キサラギが狙われたことで決定付けられている。
またある者はこう反論する。
いいや、彼女が犯人なら、《ガーディアン》の情報を流したりするはずがない。
これは彼女を陥れる為の陰謀だ。
五年前に悪しきデスティニープランからプラントを救った彼女をねたむ者が仕組んだのだ、と。
C.E.79 3月28日 プラント最高評議会
「事態は深刻ですよ、クライン議長閣下」
コウイチ・アボットの鋭い視線に挑むように、ラクスは眉間の皺を増やした。
「世論が何と言おうと、私は私の務めを果たすだけですわ」
「それは国民に隠れて軍備を増強することですの?」
「口が過ぎますよ、ライトナー議員」
「そうは思いませんわ、カナーバ議員。《ガーディアン》は恐ろしい兵器です」
「同感だ」
ルイーズ・ライトナーにそう同調したコウイチは、ぱしりと音を立てて何枚かの書類をテーブルに叩きつける。
そこにはファクトリーがようやく公開した新型MSガーディアンの詳しい資料が記載されていた。
パイロットはナチュラルの少年であることと、《オプティマスシステム》についても書かれている。
本来は隠したかった事実だが、何者かの手によって詳細な情報が流出してしまい、
クライン派としても提示するしか道がなかったのである。
《オプティマスシステム》はキラ・ヤマトのために組まれたシステムだと言うことも、ラクスの立場を危うくしていた。
「キラ・ヤマトに《フリーダム》以上のスペックを持つ機体を与え、あなたは一体何をなすおつもりだったのです?」
「何も」
「何も?」
「私が望んだのは、自由ある平和を守る為の力です。侵略する為では決してありません」
「それならば《フリーダム》だけで充分なはず。
モートン、ディーゼル、ジュールの他四将も必要な戦力を有しているではありませんか」
「そうだ!しかも四将を選抜したのは議長、あなたのはずですぞ」
「それでもまだ力が足りぬと?」
「議長閣下は安全をより確かなものにしようとしただけです!」
コウイチとルイーズを始めとする反クライン派の猛攻を、ラクスの事実上の側近であるアイリーンが必死に援護している形だ。
しばしの遣り合いの後、それまでただ一人黙って成り行きを見守っていた人物がおもむろに立ち上がった。
頭にターバンを巻いた、人目でアラブ系と分かる出で立ちの男。
髪が余すところなく白く、議員の中でも最年長だということが分かるが、
意外にも大柄な体は立ち上がっただけで他の者たちを黙らせる存在感が充分にあった。
シーゲル・クラインや、パトリック・ザラと同世代に当たる、ラフィーク・アル・サール議員だ。
「皆さん、ガーディアンの件についてはまた話し合うとして…もっと深刻な問題があるということはお気づきか?」
深みのあるラフィークの声音が指し示すものに、全員が息を呑む。
「我ら評議会議員の、ある一部しか知りえなかったガーディアンの存在、場所、そしてパイロットの素性まで、『白夜』と名乗るテロリストは正確に掴んでいる様子だ」
「内通者、ですわね」
ルイーズの言葉に、円卓を取り囲む幾人かの表情が険しくなる。
「《ゴンドワナ》に認証番号を照合した時の記録が残されていました。
正規の番号として登録されているはずですが詳しい調査の結果、登録者は存在していません」
「そんな細工ができるとなると、やはり連中の仲間はかなり内部にいることになりますね」
「最初はただの欲求不満に駆られたテロリストかと思っていたが」
「黒幕が我が国内…しかもかなり上層の部にいると見て間違いなかろう」
ラフィークがそう述べると、全員の視線がある人物に注がれる。
現在このプラントで、最高権力者と言っても過言ではない、ある少女へと。
「馬鹿な事を!」
そう叫んだのはアイリーンだった。
心酔するラクスを疑う輩への怒りのために顔は高潮し、ぶるぶると体を震わせている。
ラクスも黙ってはいたものの、いつもは凛とした顔立ちが苛立ちで歪んでいた。
その後、プラント評議会およびザフト内部でテロリストと通じているものを調べる調査団の結成が提案されるが、それをどの派閥が中心となって組織するかで再び議会は紛糾する。
疑いがあるクライン派の人間は調査団に入れるべきではないという者と、
逆に反クライン派ばかりでは《ファクトリー》が一方的に悪者にされるという者とで意見はばらばらだ。
激しい口論をかわす議員たちをラフィークが諌め、ラクスはクライン派、反クライン派の他に民間からも団員の半分を選出するという苦し紛れの決断を下す。
ラクス・クラインが議長に就任して以来最も混乱したと言われるこの閣議の内容は、結局プラント市民の不安を何一つ解決するには至らなかった。
シュミレーション機が叩き出した数字に、ヴィーノは感嘆の息を吐いた。
「へえ、上手くなったなぁ、タクト」
《ガーディアン》になるべく近いスペックの設定を組み込んだ機体でのシュミレーション。
タクトはもう、《ザク》五機程度なら時間は掛かっても負けることは絶対になくなっていた。
以前では《ジン》相手に四苦八苦していたというのに。
「大したもんだよ」
「えへへへへ・・・」
ヴィーノに誉められ、タクトは照れくさそうに頭をかく。
様子を見ていたキラも驚いていた。
まだまだ荒い操縦だが、行方不明になる前と比べると撃墜数が跳ね上がっている。
タイムもどんどん短縮されていた。
ザフトではやっと一般兵に追いたレベルではあるが、ナチュラルの子供としては驚異的だ。
「《ヒュペリオン》で色々教えてもらったんだ。間合いの取り方とか、トリガーを引くタイミングとか」
「へえ。良かったじゃん」
「うん。いい人たちばっかりだったよ」
タクトはシュミレーション機から降りると、自分の戦績を記録したチップを抜き取った。
担当医であるバルフォアに渡す為のものだ。
するとそれを見ていたキラが口を開いた。
「バルフォアは今はいないよ」
「え、そうなんですか?」
タクトがきょとんとすると、キラは視線でオンになっているモニタを指した。
それには数時間前に本国で行われた評議会の混乱振りが映し出されている。
と、タクトはその中にバルフォアの姿を見つけ、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あーれぇ?あの人、議員さんだったんですか?」
「プラントの最高評議会議員の選抜は、市の代表ってだけじゃなくて、各分野のエキスパートであることが多いんだ」
「へえ。じゃあ博士であると同時に議員なわけか」
タクトはぼやきながら、さらに議会の様子を睨む。
《ガーディアン》の存在が何者かの手によって明らかにされてしまったことは知っていたが、それがどうしてラクスの立場を危うくしているのか良く分からない。
明らかにクライン派を攻撃する発言を繰り返す議員に、ついタクトの眉間にも皺がよってしまう。
「どうしてラクス様を疑うんでしょうね。ラクス様が犯人なら、《ガーディアン》の情報を流すわけないのに」
「テロリストの黒幕と、情報を流した人間が同一人物とは限らないんじゃない?」
「え?」
キラの思わぬ発言に、タクトとヴィーノは目を丸くする。
「ラクスには前科があるからね。疑われるのも無理ないよ」
「キラ様は、ラクス様を信じてあげないんですか?」
「さあ?」
「さあって何ですか!?」
「タクト、よせよ」
ヴィーノがタクトの腕を引いて制するが、タクトは納得いかなかった。
ラクスとキラは、五年前にデュランダルのデスティニープランから世界を守る為に心を通わせた同士であるはずだ。
議会のラクスは半数近くの議員に攻撃され、酷く苦しそうに見える。
たとえもう恋人同士でなくとも、キラが味方をしてあげなくては彼女がかわいそうだ。
だが。
「何も知らないくせにっ」
キラは吐き捨てるようにそう口にした。
そのまま背を向け部屋を去る彼に、今度こそタクトは言葉を失ってしまっていた。
2010/01/01