PHASE-19「戦場の愚か者」(後編)




 「アントニア!!」

 《クラフト・ガイア》の爆発と、追い討ちをかけるようなレーダーからのシグナルの消失にティモシーは思わず叫んでいた。
 「ッ、この野郎どもーーーッッ」
 もはや残骸となった《クラフト・ガイア》のもとに駆けつけても無駄だということくらい分かっているが、他にすべきことも思いつかない。
 それくらい彼女の死に動揺していた。
 しかし《クラフト・アビス》の前にはヤマト隊の《ベガ》が追いすがる。
 行く先を遮られてティモシーの頭にさらに血が昇り、興奮を抑え切ることができなかった。

 「全部いなくなれぇーーーーっ!!!」

 両肩のビーム砲で取り囲むベガの郡をなぐ。
 シールドのガードが遅れた半数が爆散した。
 アビスはさらにビームランスを構え、残った機に突っ込んでいく。
 一対多数だというのに全く臆する気配のない《アビス》に、ベガたちは気圧されたまま宇宙の塵となっていった。
 「はあっ!何だよ、エリート部隊っていうからどれほどのもんかと思えばっっ」
 随分とあっけない。
 決して無能なパイロットの集まりではなく、単に実戦経験による差なのだろうが、
 今の興奮状態のティモシーにはそこまでの思考は至らない。
 彼は『白夜』のパイロットの中では最も安定を示し、滅多に拒絶反応を見せなかった。
 故に一度たかが外れた途端、精神的にも肉体的にも歯止めが利かなくなってしまったのだ。



 敵機をロックし、腰部のキャノンを放つ。
 その先の爆発で確実にあちらのシグナルがロストしたのを確認し、タクトは手ごたえを感じた。
 「撃墜確認」
 すぐにパワーゲージに視線を滑らせる。
 まだ友軍圏内にいるため、残段数もビーム残量も充分だ。
 「よぉし」
 もう少し敵艦に近づいても大丈夫かもしれない。
 無理をする気はないが、これだけの力をただ温存したままというのはもったいない気がした。
 思ったより戦闘が長引き、味方に予測以上の被害が出ていることもそれを後押しする。
 そうして、また少し前進した時だった。

 ピーッ、ピーッ。
 「!!敵機射程範囲内…でも、これはっ」

 モニタに敵のMSを示す赤い点が映し出される。
 だがそれは接近したかと思えば遠ざかり、さらにまた接近するなど奇妙な動きをしていた。
 タクトの無言の求めに従い、《オプティマス》はすぐにそれを照合する。
 ピピッ。
 示されたそれに、タクトはやはりと息を吐くと同時に気を引き締めた。

 《クラフト・アビス》。

 正直自分には荷が重いかもしれない。
 何せ一ヶ月前の《クラフト・カオス》戦では逃げるだけで精一杯だった。
 だが、躊躇が許されたのは一瞬だった。
 《クラフト・アビス》もこちらを認識し、急激に接近してきたからだ。
 周囲に援護してくれそうな友軍機はいない。
 自分で何とかするしかなかった。


 「何が来たって、同じだ!!」
 《ベガ》とは明らかに違う形状のMS《ガーディアン》を認識したティモシーは、叫びながらトリガーを引いた。
 銃口から吐き出されたビームがガーディアンに向かう。
 パイロットの精神的混乱はあったとしても、その狙いは正確だった。

 「…ッ」
 タクトはシールドを構えてそれを防いだ。
 焦ってはいけない。
 パニックになったら自分の負けだ、チャンスを待つんだ。
 するとアビスは肩の巨砲を発射した。
 「やばっ」
 それがかなりの威力を有していることをタクトは知っていた。
 さすがにこれをシールドで防ぐのは危険だ。
 「よけ…れるっ」
 あちらには自動追跡システムがあるわけではなく、こちらをロックしたわけでもない。
 ビームの嵐を、《ガーディアン》はスラスターを最大にしてかわした。
 それでも《アビス》は諦めない。
 むしろ何とかこちらにビームを当てようと躍起になっているようで、移動しながら次々にビームを連射する。
 「!!」
 タクトはモニタを睨んだ。
 相手の動きを見て、攻撃を僅かに先読みする。
 できるはず…あちらのビームは熱量が大きい分、直線的な動きしかできない。
 「ここッ!」
 素早く機体を動かし、また攻撃をよける。
 アビスは追いすがるようにしてまた攻撃するが、それも上手くよけた。
 「いける」
 アビスは攻撃の直前、独特の動きをする…最大の砲機が両肩にあるためにどうしてもモーションが大きくなるのだ。
 それさえ見切れれば、別に超人的な能力がなくても見切ることは難しくない。
 汗ばんだ手でレバーを握り直し、タクトは勝てるかもしれないという自信を深めた。


 「っ!こいつ!!」
 ティモシーはぎりぎりと歯噛みする。
 狙いは的確なはずなのに、どうあっても《ガーディアン》に当てることができない。
 まるで自分の攻撃を先読みされているような。
 こんなことは初めてだった。
 苛立ちはさらに募り、目の前が赤く染まるような感覚。
 「ちくしょう、ちくしょう!」
 ティモシーはビームの連射を一度止めると、ビームランスを取り出す。
 どうせビーム残量は残り少ない…一か八か、接近戦で決めてやる!
 「さっさと堕ちろぉぉーーー!」
 出力を最大にし、《ガーディアン》の懐めがけて飛び込んだ。

 「きたっ!」
 《アビス》が接近してきたのに対し、タクトも素早くビームサーベルを構えた。
 向こうが突進してくるのは途中から予測できていたことだった。
 突き出されたビームランスをシールドでガードする。

 ガガガガッッ!。

 《クラフト・カオス》戦の時のような爆発こそ起きなかったものの、激しいビーム粒子が散って視界が奪われかけた。
 「ちっ」
 「くうっ!」
 両機とも僅かに距離をとる。
 再び《アビス》がランスを振り上げた。
 だが《ガーディアン》は今度はそれを敵の左側に回りこむことでかわす。
 「!」
 まずい、とティモシーが思った時には《アビス》の左肩が蹴り付けられていた。
 直後に《ガーディアン》の手首から銃弾が放たれ、とうとう肩部分が周りのフレームごと小爆発を起こす。
 「この、やろっ!」
 さらにランスを振り回すが、《ガーディアン》は軽やかによけた。
 「ちくしょぉぉおおおぉっっ!」
 
 「はあっ、はあ…っ」
 肩で息をする。
 敵の攻撃をかわし、手傷すら負わせたタクトはしかし酷い憔悴を感じていた。
 タクトの目に映る《アビス》の動きは、時間を経るごとにスローモーションのように映り、かわすことは容易い。
 ビームランスをよけながらの攻撃もまるであらかじめ決められていた手順のようで、体は自然に動いた。 
 だが。

 「はあ、はっ…!」

 苦しい、喉が痛い。
 最初のビーム砲での攻撃をよけている時に自分がどれだけの集中力を使っていたのか、そして今もそれを削り消耗し続けているのか。
 タクトは己の限界をようやく自覚した。
 まだ戦闘経験の浅い、しかもナチュラルの自分は、すでに引き返すべき粋に入っている。
 いくら今有利だといって、このまま続ければ逆転されないとも限らなかった。

 ―――もどらなきゃ。

 だが《アビス》はそれを許さなかった。
 距離を置こうとする《ガーディアン》に追いすがり、残った右肩部の砲を開こうとしている。
 「逃がすか!!」
 「うっ!」
 この距離から撃つつもりか!?
 そんなことをしたら、両機ともただではすまない。
 まさかと思ったが、《アビス》のパイロットの鬼気迫る感覚が伝わったような気がしてタクトは震え上がった。
 こいつ、本気だッッ。
 一瞬躊躇した隙を付かれ、シールドをつかまれる。
 「しまっ…」
 シールドと左アームは結属している…簡単には離れない。
 突きつけられた銃口にビーム粒子が光り集まるのが見えた。
 「!!」
 抜け出せない、やられる!
 

 次の瞬間。


 タクトの耳から全ての雑音が消えた。
 すうっ、と胸のどこかが冷え、別の空間に移動した感覚。
 狭かった視界が一気に広がり明瞭になったようなが気がした。
 ふと。
 時間が止まったようなそこに見えたのは《アビス》のコクピット。
 何故だろう?
 あそこだけ妙に色が映えて…はっきり見える。
 
 ―――はっきり?

 そうだ、簡単なことではないか。
 相手がこんなに無防備に急所をさらしている。
 しかもあちらからゼロ距離の状況を作ってくれて…まさかこっちの動きを封じたつもりなのか?
 確かに左は抑えられているが、右手は…ビームサーベルを持っている方は自由に動かせる。
 簡単なこと。
 タクトは躊躇なくレバーを引く。

 《ガーディアン》の右手に握られたサーベルが。
 吸い込まれるようにして《アビス》のコクピットへと突き刺さった。


 ず、ん。


 「え?」
 手に残る妙な感覚。
 あるはずのない、けれどグローブを通して確実に感じたそれにしばし呆然とする。
 見れば《ガーディアン》のビームサーベルが、《アビス》の腹部に深々と刺さっていた。
 「あ?」
 何時の間に、と感じると同時に、間違いなくそれをしたのは自分だ、とという相反する記憶。
 思わずタクトはサーベルのビームを切った。
 「!!!」
 再びモニタにさらけ出されたものに息を呑む。
 アビスのコクピット部分が熱によって丸く溶けていた。

 誰も、居ない。

 ビームサーベルは貫通したのだろう。
 そして。
 人が居たはずのスペースは丸ごと消失していた。
 「あ、あ…」
 手のひらに焼きつく感覚。
 肉を刺したような。

 「ーーーーーーっっ!!!」

 声を上げようとして、できなかった。
 うずく喉の痛みと早鐘を打つ鼓動にタクトは眩暈を覚える。
 するはずのない人肉を突いた感触に、吐き気がこみ上げた。
 
 ―――どうして?
 ―――今まで平気だったのに。

 軍人になったことは成り行きに近いとはいえ、望んでMSに乗ったはずだ。
 止めたほうがいいというイザークやディーゼルの助言を振り切ってまで。
 人の命を奪うことを割り切っていると思っていた。
 実際ついさっきまで敵機を撃墜していたではないか。
 それなのに、何故今になってこんな気持ちになる?
 腹に穴を開けた無残なアビスを見たから?
 明らかに自分がパイロットを殺したのだと示されたから?

 相手を機体ごと屠るという行為事態に何の変わりもないのに。
 
 「気持ち、悪い」





 ―――ケイン、どうしてお前はここ《白夜》にいる? 
 依頼を受けたから。

 ―――誰からの依頼だ?
 ザフトのモートン。報酬をくれるといった。

 ―――いつから《白夜》の仲間と行動を共にしている?
 三ヶ月くらい前だろ。

 ―――本当にそうなのか?己の記憶に確証があるのか?
 どういうことだよ。記憶が何だって?

 ―――義体になったのはいつからだ?戦士としてパイロットとしての訓練を何処で受けた?
 それは、でも…。

 ―――分からないのか、ケイン。お前はずっと騙されていたんだ。記憶もいいように改ざんされて。
 ―――子供の頃、実の母親に売られたんだよ。
 ―――報酬も何もない。お前は最初からモートンの犬だった。
 ―――そうして今、用が済んだから消されようとしているんだ。
 ―――ほのかも可哀想に。
 ほのか。

 ―――お前に自分を見捨てた母親を重ねられ、随分酷いことを。
 ほのか!?

 ケインは頭の中で自分を責める声を振り払った。

 ほのか…彼女はどこだ?
 どこに連れて行かれた?
 まだモートンのところにいるのか?


 ―――………。

 ケインの頭の中にはまだ声が木霊している。
 だが、彼はそれを無視した。
 心の奥底の本能的な部分が、その声が語る真実を受け入れることを拒否していた。

 そして、これからも。

 ケインの中に、「母親に捨てられた」という忌まわしい記憶は存在してはいけない。
 声が遠のいていく。
 そうだ、消えてしまえ。
 自分には必要ないものだ。
 必要なのは。


 《クラフト・セイバー》のコクピットの中で、ケインは一機のガンダムを見定めた。
 《ガーディアン》。
 あれを倒せば、モートンはほのかを返してくれるかもしれない。
 いいや、きっとそうだ。
 濁った黒い瞳が、かの機体を捕らえた。



 くらくらする。
 タクトは必死に吐き気を堪えていた。
 指が震えてレバーが上手く握れない。
 ついさっきまで、自分の手足のように動かせていたのに。
 開けていたはずの視界もすでに元に…いいや、むしろ狭く暗く重苦しくなっていた。
 頭ががんがんして、それが無線からの雑音によるものなのか、それとも単なる耳鳴りなのか判断できない。
 だから。
 タクトは己に近づく新たな脅威に気付くのが遅れてしまった。

 ビーーッ、ビーーッ!

 「!」
 ずっと前から警告を鳴らしていただろうアラームが、より音量を上げて鼓膜を突き刺した。
 ようやく我に返ったタクトは、こちらに迫るMSにあっ、と声を上げる。
 緑色の《クラフト・セイバー》だった。

 
 「ほらほらぁ!」
 クラフト・セイバーのケインは銃を乱射しつつ、《ガーディアン》目掛けて一気に近づく。
 相手が《クラフト・アビス》…ティモシーを屠ったのを確認したのはその直後だった。
 「野郎!!」
 敵討ちというつもりは毛頭ないが、短い期間とはいえ共に行動した仲だ。
 瞬時にして相手に殺意が湧き上がる。
 それにあれに乗っているのはおそらくは《ゴンドワナ》で邂逅した少年タクト・キサラギだろう。
 ほのかを後一歩で取り戻すのを邪魔した奴だ。
 「潰してやる!」

 ビーム砲は届くがサーベル等の直接攻撃は意味を成さず、実弾も当たりにくい距離。
 ケインはそれを見極め、一旦《セイバー》の加速を止めた。
 そしてその距離を保ったまま《ガーディアン》を翻弄するように旋回する。
 そのままミサイルを発射し、また移動してはライフルの引き金を引いた。

 「くっ、ちょこまかと」
 タクトは動き回るセイバーの攻撃を何とかよけようとする。
 しかし。

 ごぉんっ!

 「ぐぁっっ」
 左側のどこかに被弾した。
 それを確認する間もなく、ビームライフルの嵐が降り注ぐ。
 シールドで防ごうとするが間に合わない…アームを損傷したのか?
 
 ががががっっ!

 再び被弾し、コクピットが激しく揺れる。
 タクトは意識を失わないようにするだけで精一杯だった。
 「う…っ」
 一瞬、こめかみに刺すような痛みが走った。
 今の衝撃によるものではない、タクトの体が限界を訴えているのだ。
 「く、そっ」
 上手く反応できない。
 《セイバー》の攻撃は見えているし、《アビス》と戦った時のように先読みもできる。
 けれど、それに体がついていかないのだ。
 このままでは。

 「熱源反応!?」
 《セイバー》の腰部のビーム砲がこちらに向けられている。
 よけられる距離ではない。
 タクトはライフルを投げ捨てると、代わりに動かない左のアームを引き寄せる。

 「!」

 次の瞬間。
 ひときわ激しい衝撃が《ガーディアン》のコクピットを襲った。



 「ちぃ」
 確実に仕留めたと思った《ガーディアン》がまだ原型をとどめていることに、ケインは舌打ちをした。
 《アビス》を討ち果たしたとは思えないほどこちらの攻撃に対して反応が鈍くなっていたが、それでも今の攻撃はとっさの判断で防ぎ切ったようだ。
 煙幕から最初に覗いたのはぼろぼろのシールド。
 動かなくなった左アームごとシールドを引き寄せてビーム砲を凌いだのだろう。
 それでも相手はすでに満身創痍だった。
 動く気配がないところを見ると、パイロットは中で気絶でもしているのだろうか。
 「どちらにしろ、もう終わりだ」
 ケインは再びライフルを構え、《ガーディアン》に標準を合わす。
 これまでの攻撃をまともに受け続けた為か、どこもかしこもがたがただ。
 どこに当てても推進剤を巻き込んで爆散してしまうだろう。

 そう思って引き金を引こうとした時。
 
 「!!」
 アラーム音は間に合わなかった。
 それでも反応できたのはケイン個人の能力とこれまで積み上げた鍛錬、そして幸運を考慮しても、ほぼ神業に近いと認識されるものだった。

 モニターに幾線ものビームが走る。
 スラスターを最大にして《ガーディアン》からできる限り距離をとった。
 回避行動をしながらビームの発射位置を確認する。
 それはドラグーンからの攻撃だった。
 つまり。
 「《フリーダム》か!!」

 最初の攻撃をよけることができたのは、それが《ガーディアン》と《セイバー》にビームによる壁を作るように発射されたためだった。
 運良く《ストライク・フリーダム》の反対側に移動した《セイバー》は、そのままMA型に変形する。
 「逃がした!?」
 《ストライク・フリーダム》のモニタでそれを確認したキラは思わず舌打ちをした。
 「運のいい」
 《クラフト・セイバー》のパイロットは不利を悟ったのだろう。
 そのまま加速し、その姿があっという間に遠ざかる。
 MA型となったセイバーを追いかけるのは、さすがの《フリーダム》でも不可能だった。

 《クラフト・ガイア》戦で多少良くなっていたキラの気分がまた降下する。
 それでも《ガーディアン》とそのパイロットの少年を見捨てるわけにはいかなかった。
 「世話がかかるなぁ」
 完全に沈黙しているので、中で気絶でもしているのだろう。
 キラはため息をつくと、動く気配のない《ガーディアン》の機体に負担をかけないよう抱え込む。

 仲間内で無線が錯綜しているようだが、戦場はあらかた収束していた。




 C.E.79 4月6日 1930時 モートン隊の旗艦《黒のジュピター》。


 「敵の《アークエンジェル級》の撃墜はまだ確認できないのか?」
 オペレーターにそう問うモートンはなるべく声を抑えていたが、内心では次第に焦りを募らせていた。
 相手の10倍近い数の軍、さらには念を入れて《フリーダム》と《ガーディアン》まで用意させた。
 これだけ周到に準備をして、しかも不意をついて攻撃を仕掛けたはずなのに、
 戦闘が開始してからすでに一時間が経とうとしている。
 予想をはるかに超えたタイムオーバーだった。

 「《フリーダム》と《ガーディアン》は?」
 「分かりません。敵艦及び何らかの装置からの電波により、無線が混乱しています。これでは…」
 「くっ、敵艦位置は確認できるか?」
 「デブリが多くて。?!…いえッ、ま、待ってください!」
 何かに気付いたらしいオペレーターの一人が、モニタにかじりつく。
 信じられないという表情をしていた。
 その様子にただならぬものを感じ、モートンは眉を寄せる。
 「どうした?通信が繋がったのか?」
 「ち、違います。これは…っ!敵艦アークエンジェル級、グリーン・チャーリー…いえ、ベータから接近してきます!!」
 「何だと!!?」
 モートンを始め、ブリッジにいた全員が言われた方向の画面に視線を注ぐ。
 デブリや戦闘による煙幕で見え辛いが、確かに何かがこちらに近づいてくる。
 
 黒いアークエンジェル級《バサラ》だった。

 「げ、迎撃!《トリスタン》一番から四番。発射と同時に…」
 我に返った艦長が攻撃を命じる。
 だが。
 「熱源感知!敵艦より攻撃!!」
 「?!」
 
 「ーーーーーーーッッ!!!」
 
 白い光が《ジュピター》の右下を通り過ぎた。
 ぎりぎり当たらなかったはずが、エネルギー砲の熱破壊力に耐え切れなかった部分が次々と火を吐く。
 バサラの主砲、《ローエングリン》に間違いない。
 「敵艦なおも接近中…ま、また熱源接近!!」
 「回避!」
 「間に合いませんッッ」
 
 ゴガガガガッッ!!!

 艦が激しく揺れた。
 主要な部分への直撃は避けられたようだが、アラームが鳴り響き、あちこちで爆発が起こっている。
 「…おのれっ」
 モニターの端に赤い爆炎を目にし、モートンは毒づいた。
 こうもしつこく噛み付いてくるとはとんでもない餓鬼どもだ。
 ここまで上手くやってきたというのに、あんな出来損ないの連中のためにこんなところで死んでたまるか!
 「右に180度旋回しつつ、《トリスタン》、《イゾルデ》撃て!相手はイノシシのように突っ込んでいるだけだ!」
 「は、はい!」
 「了解!!」
 艦長と操舵手がモートンの意図を汲み、すぐに言われたことを実践する。
 彼の言葉通り、《バサラ》はただひたすら《ジュピター》の右斜め上方向への突進を目指しているかのように見えた。
 主砲のローエングリンのエネルギーもあれで最後だったのか、もう撃つ気配はない。
 ただ《バリアント》だけを闇雲に乱射しているようだった。

 「突破する気か?」
 無謀ではあるが、アークエンジェル級は高速艦だし、ここまで耐えられたとなると可能性はゼロではない。
 だがジュピターの周囲にいる友軍艦は属隊の二艦のみで、あとは小回りの聞くMS群だ。
 通り過ぎたところを後ろから集中攻撃すればいい。
 命じるまでもなく、MS隊は相手の後方へ移動しようとしていた。
 心配事がこれで解決すると確信し、モートンはようやく胸をなでおろした。




 「あーあ、もうちょっとだったのによー。フリーダムの奴ッ」
 
 今一歩で《ガーディアン》を仕留められたというところを《ストライク・フリーダム》に邪魔され、ケインはコクピットの中で毒づいていた。
 腹いせに敵から奪ったバズーカで、ザフトのMSを次々に狙い撃ちする。
 さすがに戦闘開始から一時間が経過しようとしていることもあり、相手にも疲れが見える。
 数の有利は変わらないというのに、積極的に攻撃してくる敵機はほとんどいなかった。
 こちらが近づいただけで逃げる者もいるくらいだ。
 
 「あれ?何やってんだ?」
 《クラフト・セイバー》のカメラの一つが派手な光を捉える。
 ズームにすれば、赤い艦《バサラ》と黒い艦《ジュピター》が遣り合っていた。
 どうやらバサラはジュピターに特攻を仕掛けたらしい。
 「派手にやってるなぁ。俺も混ざろうかな?」
 興味を惹かれるままそちらに向かおうとしたケインのクラフト・セイバーだったが。

 『ケイン!死にたくなければとっとと逃げろ!!』

 通信機から思わぬ声が飛び込んできて、ケインは目を丸くした。
 「ジェットか?」
 見れば艦とは逆方向に向かってジェットの《クラフト・カオス》が飛んでいた。
 「おい、お前…」
 『艦には誰も乗っていない!全員散り散りになってここから離れている』
 「な、なんだよ、それ?」
 バサラには艦を動かすのに最低限、とはいっても40人近いクルーが乗っている。
 それをどうやって?
 だがジェットはその問いに応える気はないようだった。
 『ここでモートンの思わぬ通りに死ぬも、逃げ延びるのも貴様の自由だ。
 俺はモートンの木偶になるのだけは気に食わない。じゃあなっっ』
 「…」

 カオスの後姿を見送りながら、ジェットは沈黙した。
 ここで死ぬか?
 ザフトが無人艦のバサラに気を取られている間に逃げるか?
 逃げて…どうする?
 行くあてなど。
 



 「まさか、取り逃がすとは!!」
 「してやられたな」
 
 モートン隊の属艦である《サンタンドレ》の一室で、モートンとバルフォアは額を寄せ合っていた。
 損傷の激しい《ジュピター》はすでにヤマト隊と共に本国に帰らせている。
 そう、あの特攻してきた《バサラ》は無人だったのだ。
 今からしてみれば、思い当たる節はいくつもあった。
 主砲の《ローエングリン》こそ遠隔操作だろうが、その後の《バリアント》は狙いがかなり散漫だった。
 特攻する方向もジュピターのぎりぎりを通れば切り抜けられる可能性はあったものの、ある程度の距離があったために結局は集中攻撃を受けてしまったのだ。

 まさかあんな大きなものがカモフラージュだったとは…あまりにとっさのことで、モートンも思い至らなかった。
 バサラに積んでいた偵察機やMA、古い型のMSを全て使い、クルーは特攻の前に艦から離れたのだ。
 操縦だけなら全員ができるはずだし、MSは余分に積ませていた。
 撃沈した艦が無人だと知ったのは、包囲網を突破したMSが20機以上確認された後のことだった。
 この時点ですでに30分以上経過しており、追撃部隊を出すには出したが成果はあまり期待できない。
 完全に裏を書かれてしまった。

 「連中にこんなことができるとは」
 点在している補給地点にそれぞれが向かい、また思い思いの場所へと紛れていくのだろう。
 その地点へ兵を向かわせることも出来るが、あまり正確な位置を伝えればぼろが出てしまう可能性がある。
 「あの状況でここまでのことをしたとなると、ジェットかもしれん」
 「『クローンのジェット』か?…ッ、なんてことだ。念には念を入れたつもりが」
 「今更ここでこんなことを言っていても仕方がない。ひとまず連中のことは後回しだ」
 「いいのか?」
 「不安要素を残したままというのは好かんが、今はどうしようもない。計画は続行する」
 「では『あれ』をやはり引き戻すんだな?」
 「ああ、手配はしてある。いよいよだ」
 「…」

 「歌姫も充分夢を見ただろう。そろそろ舞台から降りていただけねば」




 タクトが意識を取り戻したのは、《セラフィム》の医務室のベッドの上だった。

 ここはどこだろう。
 そう認識する前に、喉の奥に焼けるような痛みが走る。
 「げほっ、げほっ、…かはっ!」
 たまらずタクトはむせこんだ。
 するとベッドを取り囲むようにしてあったカーテンの一部がスライドし、蛍光灯の白い光が瞳を射る。
 だがすぐにそれは人影に遮られた。

 「タクト、大丈夫か?」
 「…ヴィーノ?」

 カーテンの奥から現れたのは整備士のヴィーノ・デュプレだった。
 意識を失ったタクトに付いていてくれたらしい。
 いつものオイルまみれの作業服ではなく、他のクルーと同じ緑の軍服を着ている。
 「苦しいのか?」
 ヴィーノはなおもむせこむタクトの顔を心配そうに覗き込む。
 タクトは喉だけでなく、体の至る所…特に頭が割れるように痛いことに気付いた。
 ようやく咳が収まったところでヴィーノからドリンクボトルを手渡され、喉に流し込む。
 甘いスポーツドリンクの味が、喉の奥に沁みた。

 「落ち着いたか?」
 ヴィーノの問いに、タクトは首を縦に振ることで応えた。
 まだ頭ががんがんするが、耐えられないほどでもない。
 「何があったか覚えてる?」
 「《アビス》と戦って、《セイバー》に攻撃されて…後は分からない」
 「ヤマト隊長に助けられたらしいよ」
 「隊長、に?」
 「《ガーディアン》、ぼろぼろだった。それくらいの怪我で済んだのは奇跡に近いよ」
 「《ガーディアン》…」
 「修復・・・できないこともないけど、作り直した方が効率いいかもな。肩から足にかけて左半分がごっそりなくって」
 「…」

 ヴィーノと話しているうちに、どこか薄ぼんやりしていた戦場での出来事が、現実感のある経験としてタクトの中にのしかかってきた。
 《クラフト・アビス》のコクピットを攻撃した時のぞろりとした嫌悪感と、《クラフト・セイバー》に追い詰められた時の体の奥の芯が震えるような恐怖。
 それが言葉では言い表せない『何か』として胸の中でべちゃりと張り付いている、何とも嫌な気分だ。

 「僕がここに運ばれてからどれくらい経ってるの?」
 「三時間、かな。戦闘開始からちょうど四時間だから」
 「『白夜』は?」
 その名前を出した途端、ヴィーノの表情が僅かに曇った。
 「敵の旗艦は撃沈が確認された。戦闘は終了したよ。ヤマト隊は、ね」
 「?」
 含みのある言い方に、タクトは首を傾げることで先を問うた。
 「艦こそ堕ちたけど、MSは散り散りになって逃げたらしい。想像以上に戦闘が長引いたから範囲網が穴だらけになって…テロリストはその合間を縫って上手いこと逃げたみたいだ」
 「それじゃあ、《セイバーは》…他の敵のMSは…」
 「数は20にも満たないみたいだけど、逃げたよ。モートン隊が必死に追いかけてったけど、全部捕まえるのは無理だな。敵艦を堕とす時に、《ジュピター》も手酷くやられたみたいだし」
 「…」

 そうか、逃げた連中もいるのか。

 タクトが黙っていると、ヴィーノは落ち込んでいると思ったらしい。
 笑みを浮かべると、ぽんぽんと軽く肩を叩いてきた。
 「まあ、作戦は成功って事になるんじゃないのか?『白夜』とかいう連中も、もうテロなんかできないだろうし。お前も良くやったよ。《セイバー》には負けたけど、《アビス》は単独で堕としたんだろ?」
 「う、うん」
 「これでこの騒ぎも収まればいいんだけどな」
 「そう、だね」
 これで、終わるのだろうか。
 『白夜』は二度と現れることはなく。
 タクトはMSに乗ることもなく。
 全てが終わってしまうのだろうか。

 ふと、ほのかの顔が浮かぶ。
 会いたい、と思った。
 




 C.E.79 4月6日 2245時 L4巡回中のディーゼル隊の旗艦《碧のアトラス》。


 ―――『白夜』殲滅作戦、成功。

 ツナサンドを咀嚼しながら端末をいじるという少々だらしない格好をしていたヤン・ディーゼルは、電子化して送られてきたその内容に眉をひそめた。
 謎の組織『白夜』は、謎のまま葬り去られたということか。
 何か別の意図が絡んでいる気がしてならず、ディーゼルなりに出来る範囲で調べていたのだが無駄骨に終わったようだ。
 これで何事もなく、騒ぎが起こる前の状態に戻ってくれればいいのだが。
 「とりあえず、タクトの安否確認が出来たらイザークに連絡した方がいいな」
 イザークのことだから、タクトのことは気にかかっているだろう。
 それにラクス・クラインと接触するつもりだと言っていたから、別の情報を得られるかもしれない。 
 そんなことを考えながらダイエットコークに口を付けようとした時。

 「たいちょおおぉぉぉーーー!!」

 廊下から間の抜けた声と騒がしい足音が聞こえてきた。
 そういえばドア開けっ放しだったなとディーゼルがストローに口を付けたところで、声の主が断りもなく部屋に飛び込んできた。
 「隊長!た、たた大変ですっっ!!」
 「君の大変は聞き飽きてますよ、トライン艦長」
 「そんなこと言ってる場合じゃありません!」
 「…」
 《アトラス》の艦長のアーサー・トラインは、ディーゼルの皮肉に怯むことなく噛み付いてきた。
 どちらかというと気の弱い普段の彼なら決してないことだ。
 アーサーが慌てているのはいつものことだが、さすがに様子が尋常ではないことにディーゼルもようやく気付く。
 「何ですか?」
 「い、今…ジュール隊のルナマリアから連絡が」
 「ルナマリア・ホーク?」
 アーサーとジュール隊のルナマリアはかつて同じ艦のクルーだった間柄だ。
 その時の仲間はすでに散り散りになってしまい、ルナマリアは恋人のシンとともにジュール隊へ、アーサーはディーゼル隊へとそれぞれ移動したのだが、二人は友人として定期的に連絡を取り合っているらしい。
 「それで、彼女はなんて?」
 「そ、それが…ジュール隊長が…」
 「イザークが?」
 「行方不明になってしまったらしいんです」
 「…なに?」
 
 
 「保護していたナチュラルの少女と、忽然と消えてしまったと」
 



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2010/01/01