PHASE-19「戦場の愚か者




 C.E.79 4月4日 アプリリウス市停泊中のモートン隊旗艦《ジュピター》


 「貴重な情報をありがとう。とても興味深かったよ」
 「いいえ」
 にこやかに握手を求めるモートンに、リーゼは固い顔で応じた。

 正直、リーゼはモートンが言っている意味が分からなかった。
 休暇を取って《ヒュペリオン》を出たところを、丁度プラントに戻ってきたばかりのモートンに鉢合わせただけだ。
 特に行く当てもないことを告げると、モートンは自分に最高評議会委員のドミトリアス・バルフォアを紹介してくれた。
 その時に他愛のない話もしたが、「貴重で興味深い情報」とはその時のことだろうか。
 ナチュラルの民間人…ほのかが艦に保護されている不満を口にした時はまずいと思ったが、
 真面目を絵に描いたような性格のイザークのことだ、隠さず報告をしているだろう。
 ということは、隊を移動したいという自分の希望か?
 
 リーゼがそんなことを考えているのを知ってか知らずか、モートンは緑の瞳を覗き込む。
 「君ほど優秀な子が私の隊に来てくれれば嬉しいな。いや、君はヤマト隊の方がいいかな?」
 「い、いえっ。その…」
 「君とはまたゆっくり話したい。考えておいてくれたまえ」
 「はい。ありがとうございます」
 遠ざかるモートンの後姿を見送るリーゼの頬は、知らず紅潮していた。
 正面きって「優秀だ」なんて言われたのはアカデミー以来のことで嬉しかったのだ。

 軽い足取りでその場を後にするリーゼの頭には、モートンとバルフォアに話した内容はとっくに消し飛んでいた。
 



 C.E.79 4月6日 フロンティア・シルベスタ


 やかましいアラーム音が後頭部をがんがん刺激する。
 一体何の騒ぎだろう。
 とにかくアラームの原因を聞きださねばとケインはブリッジへと向かう。

 しかめ面で廊下を歩いていると、エレベーターから降りてきたジェットが早足で追いついてきた。
 「ケインッ」
 いつになく焦っているジェットの声に、ケインは視線を同僚へと向ける。
 どうやらこのアラームはジェットにも予想外のことだったようだ。
 「ケイン、ザフトに見つかったらしい」
 「妙だな。ここに俺たちがいることは知られるはずないのに」
 「あ、ああ。偶然ボスの息が掛かっていない者に知られたのかもしれない」
 自分に言い聞かせるように言うジェットだが、やはり動揺を隠しきれていない。
 
 今までの自分たちの行動は、全てが計画されたものだった。
 ザフトを攻撃し、混乱させ、行動を先読みし、あえて間諜の存在を誇示する。
 新型機の《ガーディアン》やそのパイロットを討ち取ろうとしたのはあくまで流れの中でのことであって、最終目的ではなかった。
 そして今のケインたちの役目は、できる限り身を潜めることだ。
 プラントの上層部が議長であるラクス・クラインこそが黒幕だとして失脚させれば成功。
 その時点で「白夜」は主を見限って空中分解したように見せつつ霧のように姿を消す。
 だからこそ、今はザフトとの戦闘は避けなければならない。
 下手をして捕虜にでもなれば、全てを計画した人物…自分たちの雇い主の身こそが危うくなってしまうから。

 だが、近づきつつあるザフトの大軍の正体を知った時。
 ケインたちはそれらが全て無駄だと悟った。



 「間違いないのか!?」
 クルーに掴みかかるようにして確認を取ろうとしているジェットに普段の冷静さはない。
 対してケインは腕組みをしてモニタを睨んだまま、微動だにしなかった。
 別に冷静であろうとしたとかそういう訳ではなく、己の思考範囲を超えた状況に取り乱すことすらできなかっただけなのだが。
 それは駆けつけたアントニアとティモシー、そして他のクルーも同じだったようで、引き攣った顔で眼前に迫る大艦隊を眺めていた。

 ヤマト隊15中隊と旗艦《セラフィム》。
 おそらくはキラ・ヤマトの《ストライクフリーダム》と因縁の《ガーディアン》もいるのだろう。
 これだけで充分不味い状況だが、《バサラ》のクルーを愕然とさせたのはもう一つの艦隊だった。

 モートン隊10中隊と、旗艦《黒のジュピター》。
 ヤマト隊と並べば見劣りしてしまう、それ。

 「やられた!!」
 ティモシーが毒づく。
 さすがにいつもの軽口を叩く余裕もないようで、歪んだ顔で黒いミネルバ級の戦艦をねめつけた。

 「裏切られたッ。ボス…いや、モートンの奴、俺たちを消すつもりだ!」


 

 戦闘直前。
 《ジュピター》の隊長室では、ある人物がスチュアート・モートンを訪問していた。 
 「本当に連中を消すつもりなのか?」
 「ああ。『テロリスト白夜』はもう用済みだ」
 最高評議会議員であり、クライン派の技術者であるはずのドミトリアス・バルフォアは、
 温度のない声で言い切ったモートンに肩をすくめた。

 「せめてレベル3以上のパイロットだけでも残して欲しかった。
 あの餓鬼どもをここまで育てるのにどれだけの年月と労力、金をかけたか」
 「駄目だ」
 ぴしゃりと言い放つモートンの声音は感情を感じさせない。
 「ここまで事を運ぶためだけに資金を注ぎ込んだ。『白夜』は我々のプロジェクトのネックだ」
 「…なら」
 「だからこそ、だ。計画の最終段階を成功させるためにも、連中は今ここで綺麗に掃除しなくてはいけない」
 「…」
 「あいつらを『造った』時点で最終的に消去しなければならないことは伝えていただろう?
 お前はそれを知った上で奴らを、ケインたちを『教育』していたはずだ」

 そう。
 ここまで来るのに12年もの月日を要した。
 ラクスの、デュランダルの、ザラの前の時代…シーゲル・クラインが議長を務めていた時代からこの計画は始まっていたのだ。
 そもそもの原因は、シーゲルが内々に秘めていた理想をモートンとバルフォアが知ったことにある。
 当時のプラント最高評議会議長シーゲル・クラインが抱いていたコーディネーターの未来のあるべき姿。

 コーディネーターとナチュラルの融和。
 
 聞こえはいい。
 だが、コーディネーターであることを誇りに思っている二人の男にとっては、その内容はぞっとするものだった。
 シーゲルはコーディネーターはナチュラルと交雑を続け、長い年月の後に緩慢な消滅を迎えるべき、と考えていたのだ。
 つまり、コーディネーターは滅びるべきだということだ。
 確かに出生率の問題は取りざたされており、彼の持論も全て否定されるべきではない。
 それでもモートンたちが動いたのは、シーゲルが議長である立場を利用して、
 しかも秘密裏にその持論達成の準備をしていたことを知ったからである。
 彼は地球のオーブという小国の中のさらに小さな島に、とある施設を作った。
 ナチュラル、コーディネーター両種の孤児たちを共に育て、その中で種の違う相手を選んで子供を生ませ、それを繰り返させる。
 シーゲルの死と同時に施設は解散したようだが、その小さな箱庭の中でそんな恐ろしいことが計画され、育まれようとしていた。
 趣旨は違うがデュランダルが唱えたデスティニープランとあまり大差ない。
 
 バルフォアはすぐに悟った。
 クライン派はコーディネーターにとって危険だ。
 バルフォアから事態を知らされたモートンも同じ結論に至った。
 たまたま同じ市の出身というだけで職業も立場も違った二人だったが、その日を境に同士となった。

 神出鬼没のテロリスト集団を作り、それを陰で操って最終的にはクラインにその濡れ衣を着せることを思いついたのはモートンだった。
 すでに彼は軍において着実に高い位置を築きつつあったし、バルフォアのパイプがあれば政権の情報に通じることができる、そう踏んだのだ。



 まず手始めに、当時連合を抜けたがっていた地球の某国の高官を買収した。
 何故ならそこにはエクステンデット養成のための施設があったからだ。
 エクステンデット養成のプロセスが手に入ると同時に、ナチュラル、コーディネーター関係なしに楽に孤児を集めることができた。
 それらを最大限利用し、施設が使いづらくなれば研究ごと宇宙に密かに移動させた。
 そうやって。
 クラインに不信を抱く仲間を集めつつ時間をかけて作り出したのが『白夜』だった。
 ケイン、アントニア、ティモシーを始め、パイロットを中心としたほとんどのクルーは薬物と義体で作り上げた人間兵器だ。
 本人たちにとって都合の良い記憶操作をしているが、皆地球で集め、同じ施設で育てた孤児である。
 


 一方。
 二人が『白夜』を作っている間、プラントは何度も節目を迎えた。
 当初の攻撃対象だったシーゲルは失脚し、タカ派のパトリック・ザラが政権を握った。
 その時はモートンも計画の変更、あるいは中止解散を考えたが、ザラもまた部下の裏切りで失脚。
 政権は再びクライン派の手に渡った。
 さらにギルバート・デュランダルからラクス・クラインへと議長職が移り、モートンたちの目的はまた同じ場所に戻った。
 ラクスは父親の意思を引き継ぎ、コーディネーターはナチュラルに還るべきだと常々主張している。
 さらにオーブ首長国こそを理想とし、プラントにその政策を導入しようとしていた。

 「クラインはコーディネーターでありながら、コーディネーターを思っていない」
 
 可能性を模索しようともせず、コーディネーターに未来はないと決め付けている。
 そんな考え方の人間が、プラントの頂点に立っていて良いのか?
 モートンはコーディネーターという種がじわじわと殺されていくのを見ていくのが堪えられなかった。
 例えその最後が何十年何百年先のことだとしても、知った以上は食い止めようと思わずにいられない。

 

 「さてバルフォア、ここで問題だ」
 《バサラ》を完全に取り囲み、逃げ場がないことを確認したモートンがおもむろに口を開く。
 「私たちはこの十余年の間に組み立てた計画を、ほぼ完璧にこなしてきた」
 「…」
 「いくつか計算外はあったが、その最もたるのは脱走したホノカ・ウーと、突如として現れたタクト・キサラギだ」
 クライン派の新型機密MS《ガーディアン》の存在を知った時。
 モートンはそれを奪取し、脳波を調整したホノカをパイロットにしようとした。
 しかし彼女は《バサラ》を飛び出し、入れ替わるようにして現れてガーディアンを操ったのがタクトだ。

 どちらが必要か?
 どちらも必要か?
 あるいは、どちらも不必要なのか。

 「今後この二人を、どのように活用、あるいは切り捨てるべきだと思う?」





 『システム、オールグリーン』

 アナウンスを聞きながら、タクトは動悸が僅かに早くなっているのを感じる。
 でも以前ほど緊張しているわけでも、興奮しているわけでもない。
 モニタを覗けば、すでに起動させたオプティマスが《ガーディアン》の細かい様子を文字で羅列している。
 『進路クリアー』
 一瞬瞳を閉じた。
 機体と一体になっているような感覚。
 再び目を開けると映るものはとても明瞭で、視界が広かった。
 何だか、何でもできる気がする。
 今度こそプラントの、ザフトのために役に立てるような気がする。

 『ガーディアン発進、どうぞ』

 この先には敵がいる。
 暴力で平和を乱そうとする奴ら…あの、《白夜》が。
 今日で終わりにしてやる。
 

 「タクト・キサラギ、ガーディアン、出ます!!」




 
 地球のとある国の、とある街の、とある家族。
 養子として引き取られたその少年は金髪碧眼の美しい子供だった。
 血が繋がっていないその子を夫婦はそれなりに可愛がり、それなりに厳しく躾け、それなりの教育を受けさせた。
 平凡、だった。
 今だったらそれがそれほど貴重なものなのか理解できる。
 「幸せ」という言葉の意味も知っていた。

 少年に変化が起こったのは6歳を過ぎた時のことだった。
 急な息切れを感じたと思ったら目の前がぱたりと暗くなり、気が付けば病院のベッドに寝かされていた。
 養父母は一度だけ見舞いに来た。
 養母はひたすら泣いていて、養父は自分を奇異なものでも見るような、それでも何かを自分に求めるような表情をしていた。
 それっきり、彼らと会うことはなかった。
 全てを聞かされ理解したのは、送られた施設で5年以上を過ごした後のこと。
 少年は、ある富豪が己の欲望のために生み出したクローンの一人だったのだ。
 病院で養父母も知らなかったその事実が判明し、少年は研究体として金と引き換えにされたのだった。
 クローンである自分が他者より老化が早く、寿命が短いことを知った時は絶望した。
 養父母が最後まで自分を引き渡すことを渋ったということだけが唯一の救いだったが、生きる希望には繋がらなかった。

 さらに8年後…少年は生きていた。
 希望がなくとも人間は生きられるものだ。
 少年はただ生きていた。
 死んでいるのと同じだと分かっていても、ただ生きた。
 気付いたことはあった。
 自分は寿命と引き換えに、特別な能力がある。
 施設ではナイフ、銃、体術による暗殺訓練を受けたが、少年はパイロットとしての素質においては他の子供たちと比べて群を抜いていた。



 「名前はあるかね?」

 そう質問されて、正直に首を横に振った。
 施設に送られる前の、あの優しい養父母に呼んでもらった名前はもう思い出せない。
 施設で付けられた番号ならあるが、目の前のその男はそんなものは望んでいないだろう。
 大体、それを己の名前だと認識しているのは、自分は従順な犬ですと応えているようなものだ。
 「なら私がコードネームを付けよう。『ジェット』というのはどうだね?」
 かまいません。
 抑揚のない声で返答すれば、男は満足したようだった。
 まず、今までいた施設にはもう何の関係もないことを前置きされた。
 どんな取引があったか、どうして施設の中から自分が選抜されたかは分からない。
 だが、今の自分は男曰く「自由の身」という奴らしい。
 ピンとこなかったし、だからどうしようとも思わなかったが。

 
 「ある集団に属してもらう。名前は『白夜(Byakuya)』」
 一枚のディスクを手渡される。
 中には「白夜」のメンバーの写真、有する戦艦とMSのデータが整理されていた。
 100余人のクルー、高速戦艦、60機の最新MS…軍としては小さすぎるが、民間にはあり余る戦力だ。

 「もう分かるな?表向き、この集団はテロリストとして認識されることになる」
 クルーはナチュラル、コーディネーター入り混じっているものの、ほぼ全員が同じ研究施設出身の研究体だという。
 「あれらには記憶処理を施している。精神が比較的安定しているものを選抜したが、それでも絶対ということはない」
 だから似たような境遇でありながら、同時に部外者である自分が選ばれたのだという。
 黙って聞き入っていると、男はデータの中からさらに四人の男女の顔写真をピックアップした。

 「ケイン・アークライト、アントニア・キャステン、ティモシー・オルコット、ホノカ・ウーだ。パイロットとしてはずば抜けている。お前に上手くコントロールしてほしい」
 言葉を返せば、精神的にはいくらか問題があるのだろう。
 しかもホノカという少女はどう見ても12歳前後にしか見えなかった。
 それでもリーダーはケインという少年だという。
 「戦闘する場所、時刻、対象は全てこちらで指示する。
 それから、ミッションが終了するまではなるべく私の名前を出さないでくれ。仲間内の中でもだ」
 分かりました、と応えた。

 男…ザフトの高官でモートンという男らしい…の後姿を見ながらぼんやりと思う。
 自分はただ生きている。
 死んでいるのと同じだけれども、心臓は動いているし、息もしている。
 ただ生きている。

 死にたくないから。
 ただ、生きる。

 



 「ケイン、落ち着け!ここで戦闘をしてどうなる?」
 「じゃあ、なにか?投降すればモートンが情けをかけてくれると思ってるのか?」
 「…ッ」
 ケインの剣幕に、ジェットは息を呑む。
 だがここで飛び出しては相手の思う壺だ。
 「そうじゃない。出撃しても戦うなと言っているんだ。逃げることを第一に考えろ」
 「逃げ場なんかねぇよ!戦うしかっ」
 「あの大艦隊相手にこの少人数でどうすると言うんだ!?向こうは《フリーダム》だっているんだぞ!」
 
 モートンが自らの部隊を率いてここにやってきた以上、全力で自分たちを潰そうとするだろう。
 それくらいジェットにも分かる。
 黒幕はモートンだと叫んだところで戯言だと捨て置かれるのが関の山だ。
 投降して捕虜になっても、プラントに到着する前には死体にされる。
 モートンとバルフォアは自分たちを利用するだけ利用し、消そうというのだ。
 戦うなんて無謀だった。
 何せ数が違いすぎる。
 だったら何とか隙を作って逃げるしかない。

 「敵の陣営の薄いところをついて突破すれば…」
 「追いつかれるに決まってる!」
 「そうするしかないんだ!!お前はリーダーだろう!?」
 「だから敵を蹴散らしてやるんだよ。てめぇは勝手に逃げやがれ」
 そう吐き捨てると、ケインはブリッジを飛び出した。
 その後姿にアントニアとティモシー、そして《リゲル》のパイロットたちが続く。
 「お、おいっ!お前ら!!」
 「今回ばかりはケインに賛成よ。あのモートンが、あたしたちを見逃すようなへまをするとは思えないわ」
 「僕たちは戦うことしかできないしね」
 アントニアとティモシーの言葉に、他のパイロットたちも同調する。
 「そうだ、戦うしかない」
 「どうせなら死ぬまで戦ってやるっ」
 「一人でも多く道連れにしろ!!」
 ばたばたと足音が遠ざかり、ジェットは一人取り残された。
 正気な者がいない。
 いや、ジェットの方こそが異常なのかもしれない…だが。
 今背中に張っている、ぞっとする寒気はなんだろう?
 口の中はからから乾いて、握り締めた手のひらには汗がたまっていた。

 どうせ死ぬなら、だと?
 道連れだって?

 「死ぬ?」

 自分の寿命は知っている。
 あと何年しか生きられないかも大体分かっている。
 その時。
 ジェットはモートンが自分をここに送り込んだ訳を理解した。
 諦めて、死ねというのか。
 先のないジェットなら、絶望して彼らと運命を共にすると思ったのか。
 何もしないで死ぬのをただ待つと?
 …死ぬ。

 「死にたく、ない」

 掠れた言葉は、アラーム音にかき消された。




 『敵機確認。ジュール隊より報告のあった、三機を照合しました』
 
 「やっぱり、あいつらだ」
 《セラフィム》から送られてきたデータに、タクトは唇を引き結ぶ。
 《クラフト・セイバー》、《クラフト・ガイア》、《クラフト・アビス》。
 フロンティア・ノエル戦で直接戦った《クラフト・カオス》だけが見当たらないのが気になるが、ダークグレーの《リゲル》はかなりの数が出ている。
 これだけのザフト兵に囲まれているのに、戦闘するつもりなのか?
 
 『こちらはザフト軍、キラ・ヤマトです』

 唐突に無線からキラの声が聞こえ、タクトはそれに耳を傾けた。
 どうするのだろう?
 純粋な疑問が沸き、とりあえず耳を傾ける。

 『繰り返します。こちらはザフト軍、《フリーダム》、キラ・ヤマトです。「白夜」の指導者、およびクルーに通告します。我々ザフト軍はあなた達を完全に包囲しています。これから10分以内に武装を完全に解除し、投降してください。そちらが抵抗しない限り、我々から攻撃をすることはありません』

 「説得、か」
 確かに数の差は圧倒的だ。
 素人のタクトにも、『白夜』がこれを切り抜けられるとは思えない。
 意気込んでいた分、拍子抜けしてしまったのは事実だが、これで向こうが降参すれば犠牲なく解決できるのだと思い直す。
 そうだ。
 自分たちは殺し合いをする為に武器を手に取っているわけではない。
 これで全てが終わるのなら、それでいいではないか。
 キラも同じ考えだからこそ、先頭に立って呼びかけているのだろう。

 『繰り返します。我々ザフト軍はあなた達を完全に包囲しています…』

 これで降伏してくれればいい。
 もう誰も理不尽に傷つくことがないように。

 『これから10分以内に武装を完全に解除し…』

 キラの言葉が、一瞬途切れた。
 鼓動が大きく跳ね上がるのを感じる。
 瞬時に危険だと感じた。


 ごおおぉぉぉおおっ!


 スピーカーからものすごい爆発音が聞こえ、コクピットをびりびりと振るわせる。
 「攻撃、された?!」
 爆発したのは友軍機。
 左斜め前方に、爆発の名残の煙が見える。
 「あいつらぁ、ヤマト隊長の勧告中にッ」
 無視して先制攻撃をしたということか。
 なんて奴らだ。
 やはりテロリストなんて野蛮人の集まりだ。

 その爆発が引き金となり、敵側が一斉攻撃をしてくる。
 それに応戦する形でザフトのMS、戦艦も砲撃を開始した。
 タクトも《ガーディアン》にライフルを構えさせ、突進してくる敵の一機にその標準を合わせる。
 「終わらせてやる。二度とテロなんかやらせてたまるか!!」


 C.E.79 4月6日 1840時 フロンティア・シルベスタ。
 ザフト軍ヤマト隊・モートン隊による、テロリスト集団『白夜』殲滅作戦の幕が切って落とされた。

 


 「誰だ、今発砲したのは!!?」
 
 ブリッジにジェットの声が響き渡った。
 普段冷静な彼のヒステリックな様子に、玉砕覚悟の熱に沸いていたクルーたちが縮み上がる。
 あちらの説得中に発砲だと?
 何てバカなことを。
 ジェットとて、投降など鼻から考えていない…モートンが許すはずないからだ。
 しかしもう少し時間稼ぎをすればあちらが焦ってボロを出し、ヤマト隊の不信を煽ることができたかもしれないのに。

 そう思いつつ歯噛みした、次の瞬間。

 「熱源接近!」
 艦が激しく揺れる。
 「くそっ」
 ジェットはレーダーを見ながら悪態をつく。
 ザフト軍はこちらを徹底的に潰すことに決めたようだ。
 例の発砲の原因を追究する暇もなくザフト軍からの集中砲火が始まる。
 「回避!!」
 「こちらも弾幕を張れ!」
 MS隊も戦闘を始めたようだ。
 あちこちで火花が舞い、宇宙(そら)の闇に光の粒子が散った。

 「始まってしまった」
 ジェットは半ば呆然としながら呟く。
 モートンの筋書き通りになっている。
 自分たちは消されるのだ。
 肉片ひとつ残されることなく砲火で焼き尽くされ、文字通りの宇宙の塵となる。
 死人に口なし。
 モートンは安心してラクス・クラインにテロ首謀者の罪を着せることができる。
 ジュールやディーゼルもそのうち消されてしまうだろう。
 そうして、あいつはバルフォアと共にプラントを支配するつもりなのだ。
 連中が政権を奪取して何をするかまでは分からないが、そこまでの筋書きに間違いはないはず。
 「そんな…」
 そんなことがあってたまるか。
 
 見れば仲間の機体はすでに10機近くがロストしていた。
 まだ戦闘開始から5分も経っていない。
 周囲がビームと銃弾、飛び交うMSで錯綜しているため分かりづらいが、
 五分の一ちかくの戦力を失ったこちらに対し、ザフトは大したダメージを追っていないはず。
 このままでは。
 このままでは確実に、全滅させられる。

 そうはさせるか。
 こうなったら、何が何でも逃げ延び、生き延びてやる!
 
 「貸せ!」 
 「なッ、ジェット!?」
 ジェットは横にいた通信士のインカムを取り上げた。
 「全員聞け!」
 友軍機のチャンネルに接続されていることを確認し、パイロットだけでなくブリッジにいる全員にまで聞こえるよう声を張り上げる。
 ケインあたりは戦闘に夢中になって耳を傾けないかもしれないが、気にしている間はなかった。
 「死にたい奴は聞かなくていい。だが…」


 「生き延びたい気持ちが少しでもある奴は、これから俺が言うことを聞いて実践しろ!」




 艦から誰かの呼びかける声が聞こえる。

 『…これ…らっ、……ガガ…、ピーッッ』
 「ジェット、かしら?」
 一瞬そちらに気が傾いた《クラフト・ガイア》のアントニアだったが、
 ザフト軍の電波も錯綜しているためかほとんど雑音にしか聞こえなかった。
 ジェットの声だったような気がする。
 その時、背後から迫る影に気付いて《ガイア》を急浮上させる。
 ぎりぎりで《ザク・ファントム》のビームライフルが足元を通り過ぎた。
 相手は攻撃を鮮やかによけたこちらの動きに面食らったのか、次の攻撃への移行が緩慢だ。
 「遅いわよ!」
 アントニアはそれを見逃さず、接近してビームサーベルを振り上げた。
 肩からコクピットまで、深々とサーベルをめり込ませる。
 中にいるパイロットの死を確信し、ビームを切って素早く身を翻した。
 
 『…け…たいきゃ……ガ…ッッ』
 「ちっ」
 またしても通信機から雑音が聞こえる。
 アントニアは舌打ちすると、それをオフにしてしまった。
 《ガイア》のパワーゲージを見ると、まだ半分以上残っている。
 まだだ。
 「まだ戦えるわ」

 
 周りにいるのはコーディネーター。
 アントニアの気分は否応無しに高揚していた。
 彼女はナチュラルだが、別にコーディネーターそのものを嫌っているわけではない。
 むしろ憧れを抱いていた。
 ケインやティモシーがうらやましかった。
 ナチュラルの自分にないものを持っている彼ら。
 恵まれた能力を有して生まれてくる彼ら。
 憎む対象があるとすれば、自分をコーディネーターにしてくれなかった顔も知らない両親だけ。

 ナチュラルでありながらコーディネーターに憧れる彼女が己を誇示する方法はただひとつ、
 その憧れの対象を打ち負かすことだけだった。
 アントニアはMSに乗って戦うことしか知らない。
 それ以外のことに興味が持てなかったし、持つ機会も与えられなかった。
 だから『白夜』にいるのだと、アントニアはそう納得している。
 そこに至るまでの記憶を辿るということすら思い至らなかった。
 コーディネーターを、ザフトのMSを倒す。
 倒して倒して…。
 
 倒して、それから?

 目の前に迫る機体があった。
 これまで倒してきたザフト機とは全く違う形状。
 どちらかといえば今自分が乗っているガイアに近い…ガンダム。
 背中に青いウィングを有し、優雅とも思える動きでこちらへと向かってくる。
 それがジェットがいつも警戒しろと言っている、《ストライク・フリーダム》だと気が付くのに時間が掛かった。

 「戦う。…倒す」
 アントニアはライフルを構えて、撃った。



 キラは苛々していた。
 敵が説得中に攻撃をしてきたからではない。
 それくらいはキラも予想していたことだし、説得に応じないバカな敵を何度も相手にしてきた。
 苛ついている原因は別にある。
 
 戦いが思った以上に長引いているから。

 敵を完全に包囲し、数の上でもこちらは圧倒していた。
 戦闘が始まれば、相手がどんなに粘っても20分ほどで片がつくものと思っていたのはキラだけではあるまい。
 それなのに、実際20分、30分経ってもテロリストたちは攻撃をやめなかった。
 それどころか。

 『オスマン隊、クレナハン隊、交信途絶』
 『サンド隊より被害大のため帰艦するとの報告あり。ゴール隊、応答ありません』

 隊長であるキラの《ストライク・フリーダム》の元に、ヤマト隊が有する小隊の状況がひっきりなしに入ってくる。
 ほとんどがこちらの被害を伝えるものであり、キラは耳をふさぎたい衝動に駆られた。
 敵の数も確実に減ってはいるのだが、友軍の被害の方が甚大だった。
 この様子では、モートン隊の方も…いや、右翼にいるモートン隊の方が徹底攻撃されている感じだ。
 テロリストたちはかなりしつこく反撃している。
 玉砕覚悟なのだろう。
 
 「ああ、もうっ」

 苛々する。
 どうしようもなく腹が立つ。
 キラがそんなことを思っていると、眼前に一機のダークグレーの《リゲル》が迫ってきた。
 構えたライフルを無茶苦茶に連射している。
 「このっ」
 苛々する。
 キラは《フリーダム》のウィングを広げ、ドラグーンを展開させた。

 「当たれぇぇぇーーっっ!!」

 ありとあらゆる方向からビームを射出する。
 前方の、しかもたった一機を相手にするには巨大すぎる熱量だった。
 どおぉ…ん。
 周囲のデブリまで巻き込んで、フリーダムを中心とした球形空間が小爆発を起こす。
 
 『ヤマト隊長?大丈夫ですか?』
 爆発に驚いたのだろう。
 《セラフィム》のメイリンがやや焦りを滲ませた声で呼びかけてくる。
 しかしキラはそれを無視した。
 正直面倒だ。
 どうせこちらが無事なのはシグナルですぐに分かるはず。
 『こちらセラフィム。フリーダム、キラ・ヤマト機…応答願います。キラ?キラ!?』
 「うるさい」

 ああ、苛々する。
 
 おもむろにフリーダムを敵艦側へと向けた。
 キラはヤマト隊の隊長だが、それは形だけのこと。
 いざ戦闘となればほぼ単機で行動し、小隊の統率は全て《セラフィム》にいるダコスタに任せている。
 それでも自分の名前が付いた隊を削られるのは面白くなかった。
 早く終わらせたい。
 早くここから抜け出したい。
 
 その時だった。
 《フリーダム》のアイカメラが紫色の細身の機体を映し出したのは。




 《ガイア》がバーニアを全開にし、急接近してくる。
 思ったよりスピードが速い。
 キラは距離をとろうとするが、相手は何とか接近戦に持ち込もうと追いすがってくる。
 
 「ちぃっ、振り切れない!」

 キラは毒づくと、《クスフィア》スレール砲を放つ。
 《ガイア》はそれを難なくよけた。
 これでは腹部の《カリドゥス》を放ったところで同じだろう。
 この距離でドラグーンを使うのも好ましくない。 
 「それならっ」
 キラは敢えて相手の思惑に乗ることにした。
 ビームサーベルを抜き、ブースターのスロットルを全開にする。

 大火力を有しているフリーダムにドラグーンシステムまで装備されて以来、キラは専ら敵機と距離をとって戦うことが多かった。
 その方がパイロットである自分の負担が少ないし、短時間で戦闘を終わらせることができるためだ。
 だが、キラは決して近距離戦が苦手な訳ではない。
 今でこそザフトにおけるMSの接近戦のエキスパートはイザーク・ジュールだと認知されることが多いが、その彼をかつて《ストライク》で手玉に取ったことがあるのは他ならぬキラである。
 
 クラフト・ガイアもまた素早くライフルからサーベルへと武器を持ち替え、シールドを構える。
 「早く、諦めろ!」
 キラは迷うことなく、その紫色の機体へと突っ込んだ。
 
 
 アントニアは一気に距離を詰めてくるフリーダムに、しかし反応を鈍らせることはしなかった。
 接近戦なら、たとえ相手がフリーダムだとしても負けるわけには行かない。  
 「はあああぁっ!!」
 相手がサーベルを振り下ろすより早く、己の刃を振り下ろす。

 ザシィンッッ。
 
 鋭い金属音。
 やや鈍い破裂音。
 そして、内蔵を揺さぶる振動。
 アントニアはそれに必死で堪えた。
 素早く視線でモニタを撫でる。
 こちらの損傷は、ない。


 「そんな…馬鹿なッッ」
 キラは信じられなかった。
 フリーダムの左翼の一部と肩の部分が損傷していた…ガイアのサーベルに削がれたのだ。
 対するフリーダムのビームサーベルはガイアのシールドに防がれている。
 
 「あたしの勝ちよ、《フリーダム》!!」

 アントニアは一度サーベルを後ろに引くと、今度はコクピットを狙う。
 この位置なら。

 だが。
 己のミスにキラが打ち負かされていたのは一瞬だった。
 命の危機を本能で感じ取り、彼の頭の中で何かが弾ける。
 平和になってから長いこと忘れていた感覚。
 

 躊躇なくサーベルから手を放し、《フリーダム》は身を翻す。
 滑らかで計算しつくされたような…しかしどこか現実離れしている動きだった。
 《ガイア》のサーベルが宙をなぎ、確実にしとめられると踏んでいたアントニアは唖然とする。
 「ちいっ、まだよ!」
 心の焦燥を抑えながら、さらにビームサーベルを振り上げるも、《フリーダム》はすでにサーベルが届く範囲の外にいた。
 まずい!
 このまま距離が開いてはっ。
 
 しかし、気が付いた次の瞬間には狭いコクピットで警告音が激しく鳴り響いていた。
 《フリーダム》の背中にあるはずの青いウィング…損傷したもの以外…が、全て射出されていた。
 「ドラグーンッッ!?」
 喉の奥が引き攣る。
 刹那。
 ビームの粒子が、ありとあらゆる方向から《クラフト・ガイア》を襲った。
 

 終わった、とキラは思った。
 身体の全ての感覚が研ぎ澄まされたような、あの感覚はすでに消えている。
 あの力…ユーレン・ヒビキは「ZONE現象」と呼んでいるようだが…を使ったのは久しぶりだった。
 《ガイア》の必殺の攻撃を回避しつつ、距離をとってドラグーンを展開する。
 普段のキラでも、とっさでなくともできない離れ業だった。

 フリーダムに傷をつけてしまったのは気に入らなかったが、久々に解放した力に自然と気持ちが高揚している。
 気分も先程よりは悪くなかった。


 
 「…」
 乾いた喉から声は出なかった。
 死の間際に立たされてなお、アントニアの頭にあったのはフリーダムの最後の攻撃。
 ドラグーンからのビームの嵐を8回…いや、9回はよけられただろうか。
 ここまで粘れたのはドラグーン攻撃の対応をジェットに付き合ってもらっていた賜物だろう。
 最初の攻撃を受けて楽に死んだ方が良かった、とは思わない。
 最強と謳われるコーディネーターとここまで戦えたことはアントニアの誇りであり、存在理由だった。

 ドラグーンの攻撃をコクピット以外の部分…主に頭部や手足に受け、満身創痍となっている《クラフト・ガイア》。
 辛うじて無事だったカメラに、先刻まで死闘を繰り広げた《フリーダム》の姿はない。
 すでに自分に興味はなくしたのか、どこぞへと去っていた。
 その代わり、ザフトの《ベガ》が何機か《ガイア》を取り囲んでいた。
 数ははっきり分からない…五機、だろうか。
 コクピットが小爆発を起こした時に破片がアントニアの体に突き刺さったため、出血で頭がぼうっとする。
 どちらにしろ大げさなことだ、こちらはもはや抵抗も出来ないというのに。

 「…」
 やはり声は出ない。
 悪態もつけない。
 どうせなら《フリーダム》に止めをささせろ、とか。
 まだジュール隊の《デプス・チャージ》に借りを返していないんだ、とか。
 やっぱりケインは大嫌いで、ティモシーとジェットはそれなりに好きだった、とか。
 言いたいことは結構あるのだが。

 まあ、いいか。

 何だかよく分からないが、アントニアは安堵していた。
 まだだ、まだだ、と自分に言い聞かせる必要がもうない。
 終わるんだ。
 自分はずっと終わらせたかったのだ。


 取り囲むベガたちが、ライフルの銃口をこちらに向ける。
 引き金が引かれて、ガイアは爆発して、自分の身体は跡形もなく蒸発するのだろう。
 遠のく意識の中で。

 アントニアは、己の最期を笑った。



back  menu  next



2010/01/01