PHASE-22「引き裂かれるもの」(前編)




 ついて来なさい、と有無を言わせぬモートンの口調に、タクトは逆らう術を持たなかった。

 そのまま廊下を大股で歩き出すモートンの後ろに黙って従う。
 ブリッジクルーたちのように銃を突きつけられているわけではない、だがそれでも逃げることは叶わないだろう。
 自分はナチュラル…MSの操縦ではそれなりに認められるようになったものの、生身ではコーディネーターに遠く及ばない。
 《セラフィム》を降りるまでの間、モートンは始終無言だった。
 キラがダコスタとメイリンを射殺する一部始終を、タクトが目撃していたのをモートンは知っている。
 何となくだがタクトはそう確信していた。
 なら彼は自分をどこに連れて行こうとしているのだろう?
 艦を出ると、入り口付近で控えていた赤服の少年少女が示し合わせていたようにタクトの後ろにぴたりと付いた。
 男女だというのに容姿がよく似ている所を見ると兄妹のようだ…タクトとさほど歳が変わらない。
 兄妹は無言だというのに、後ろにいるだけで責め立てられているような気がして歩みが早まってしまう。

 得体の知れない闇に足を踏み入れているような気がして、タクトは震えた。



 エアポートを出て、エレカに乗って移動する。
 着いたのは、今やバルフォア率いる臨時政府が置かれている議事堂だった。
 この建物のことはテレビで何度も映っていたから知ってはいたが、実際足を踏み入れるのはもちろん初めてだ。
 周囲には《セラフィム》でクルーたちを連行していった者たちと同じ防具姿の衛兵が厳重に警備していた。
 最高評議会が設置されるからにはもちろん警備は必要なのだろうが、想像以上に物々しいそれにタクトは眉を寄せる。
 
 ―――ラクス様は無実です!何者かの罠にはめられてっ

 ダコスタが死の直前まで訴えていた言葉が甦る。
 タクトはあまり政治に詳しい方ではない…むしろ疎いと言った方がいいだろう。
 それでもやっぱり何かがおかしい、正常でなくなっている…そう感じた。



 議事堂の門をくぐるとそのまま壁に沿って進み、非常口のような目立たない入り口の中に入る。
 その中は蛍光灯と灰色の壁だけに縁取られた螺旋階段だった。
 モートンを先頭に、階段を下へ下へと降りていく。

 ―――これって。

 タクトはデジャヴを感じていた。
 これはそう、初めて《ガーディアン》に出会った時と同じ。
 アカデミーの地下にあった機密工場で、
 《ガーディアン》は組み込まれた《オプティマスシステム》を動かすことのできる人物…タクトを待っていた。
 では、この先には?
 やがて出口を示す、質の違う明かりが見えた。
 「ああ」
 思わず、ため息が漏れる。

 目の前に。
 二体のMSが立っていた。
 《ガーディアン》や《ストライクフリーダム》と同じツインアイ。
 ガンダムだ。
 一体は白のカラーリングをベースにしている所から《ガーディアン》を連想させるが、大量の火器を背負っていたかの機に比べるとかなりスマートな造りになっている。
 もう一体は、ほとんどが黒一色のカラーリングだった。
 何に使うのか、両腕にシールドとは違う見慣れない装備をつけている。

 「白い方が《ディシジョン 【判決】》だ」
 「黒い方は《コンヴィクション 【断罪】》よ」

 「!」
 兄妹が初めて口を開き語り始めたのに、タクトは思わず目を丸くした。
 「これはラクス・クラインが、《ファクトリー》に秘密裏に作らせていたんだよ」
 「これをテロリストに与え、さらにプラントを混乱させる目的だったのね」
 「でもそれをモートン隊長とバルフォア議長が阻止した」
 「だからここにあるのよ」
 小気味良く台詞を分割する兄妹に薄ら寒いものを感じながらも、タクトは黙って聞き入る。
 「本当は三体あるんだ」
 「最後の一体は完成が遅れてまだ別の工場だったわ」
 「でもすでにここに向かっている。そして」
 「あなたはそのうちの一つに乗るの」
 
 「僕が!?」

 驚いたタクトは、ここでようやく言葉を返した。
 先の戦闘で《ガーディアン》を壊してしまった自分が、またこんな大層な機体に乗せられるというのか?
 大体、首謀者が誰だったにしろ、『白夜』は…テロリストはもういない。
 今度は一体何と戦えと?
 「あれらは《ガーディアン》と同じ《オプティマスシステム》が組まれているんだ」
 「だからあなたがまだ必要なのよ」
 「!!」
 「本当は俺とスズネが一機ずつもらいたかったんだけど」
 「サスケもあたしもSEED因子を持ってなかったから」
 「SEED因子?」
 聞き慣れない単語に眉を寄せる。

 「《オプティマス》を動かすのに必須な要因だ」

 「…」
 「君が持っているものだよ、タクト・キサラギ君」
 確認するようにタクトの名前を口にしたモートンは、しかし、こちらを見てはいない。
 鷲のように鋭い目は、《ディシジョン》と《コンヴィクション》へ向けられたままだった。
 「君には《ディシジョン》のパイロットを務めてもらう。拒否権はないよ」
 「僕の上司は、キラ・ヤマト隊長です」
 「もちろんそうだ。彼にも新型の…ここに輸送途中の《エクスティンクション 【抹消】》のパイロットになってもらう」
 
 三体の新型機のパイロットのうち、二人はタクトとキラ、ということか。
 キラは《オプティマスシステム》を使うことができなかったはずだが…改良でもしたのだろうか。
 いや、今はそんなことは問題ではない。
 確信する。
 この男は、スチュアート・モートンは《ディシジョン》を任せることでタクトを繋ぎとめようとしているのだ。

 「君が望んだ道だ。今更放り出すことはしないだろう?」
 唇を噛む。
 その通りだった。
 何も知らなかったとはいえ、ザフトに入れろ、パイロットにしろとプラントに飛び込んだのはタクト自身の意思だ。
 黙り込むタクトをモートンは一瞥しただけで、またすぐに別の方へと視線を移す。
 つられるようにしてタクトが顔を向けると、こちらに近づいてくる小柄な人影があった。
 「だれ?」
 パイロットスーツをまとっているようだが、機体の影のせいで顔は良く見えない。
 シルエットから、まだ体の出来上がっていない少女だということが分かった。
 「《コンヴィクション》のパイロットだ…君の同僚だよ」
 挨拶でもしたらどうだい?
 そう言うモートンの言葉は、タクトにはもう届いていなかった。
 影から出てきた少女の姿が、長い水色の髪が白い蛍光灯に照らされる。
 思わずその名を口にしていた。

 「ほのか」

 会いたかった。
 会いたかったはずなのに。




 「…ほのか?」

 まだぼやける視界に映った影は、朦朧とした意識が作り出した幻想かと思った。
 それでもいいと半ば自棄(やけ)になったイザークが手を伸ばせば、それは意外にも実態があるのを感じる。
 どうやら自分はまだ、死んではいなかったらしい。
 ぼんやりとそんなことを思っていると、ぐらりと体が傾いだ。
 重力に引かれた頭は重く、首ががくんと落ちて、顔が下向く。
 誰かに肩を担がれて運ばれている?
 「だれ、だ」
 ようやく状況が変化していることに気付き、自分に肩を貸してくれているだろう人物に問う。
 すると相手は静かに、と潜めた声で囁いた。

 「気が付かれてたんですね、ジュール隊長」
 「お前は」
 見覚えのある顔だった。
 「ヴィーノ・デュプレです。元《ミネルバ》クルーで、シンとルナマリアの知り合いです」
 「…そう、だったな」
 亡き妻とささやかな結婚披露宴を催した際、部下のルナマリアに友人だと紹介された青年だった。
 顔立ちはすっかり大人のものになっていたが、前髪に入れた特徴的なメッシュはそのままだ。
 「ここは…俺は、ほのかを」
 「あまりしゃべらないで、傷口開きますから。ざっと見ましたけど、必要最低限の手当てしかされてません。
 ここから《ヒュペリオン》まではかなりかかりますから少しでも体力を温存して…」
 「?」

 朦朧とした頭ではまだ状況が整理できず、イザークは視線だけを傍らのヴィーノへと向ける。
 見れば自分は議員服を着せられていた。
 病院のような所に閉じ込められていたはずなのに、いつの間にか建物の外にいるようだ。
 ヴィーノは《ヒュペリオン》と言った。
 それではこの青年は、監禁されていた自分を助けに来てくれたということか?
 自分とほのかを狙い、閉じ込めていた連中は危険極まりない集団だというのに彼はそれを分かっているのだろうか。
 「どうして、こんな危険な」
 かすれた声で呟いたイザークに、ヴィーノは笑ったようだった。

 「だって、あなたはシンとルナマリアの恩人ですから」
 

 

 C.E.79 4月11日 0920時。 ジュール隊旗艦《ヒュペリオン》

 「どうだったよ、親父?」
 シンとルナマリアが使用している私室に最後に現れた艦長のアラン・メイデスに、彼の息子のリュカは挨拶もそこそこに、しかも上司に向かって吐くべきではない言葉遣いで尋ねる。
 しかしアランも咎める気は起きないのか、疲れた顔で部屋に集った顔ぶれを見渡しただけだった。
 部屋にいるのはシン、ルナマリア、アラン、リュカの四名だ。 
 アランは今までブリッジで司令部からの通達を受けていた。
 もちろん臨時議会の管理課にある、新しい司令部だ。
 昨日の夕方、突然この司令部からジュール隊にある命令が下されたのだ。

 ―――4月11日の1500時をもって、地球連合軍との境界宙域警戒任務へ復帰せよ。

 行方不明になってしまったイザークとほのかの捜索に必死になっていた彼らにとって、それはとても受け入れられない任務だった。
 大体ジュール隊は、あと三日は休暇を取っているはずである。
 休暇はまだ消化していないし、隊長のイザークを欠いては任務も何もない。
 せめて元々の休暇期限まで任務の日程を延ばせないかと、先程までアランは司令部と交渉していたわけである。
 しかし。

 「メイデス艦長」
 「…」
 険しい顔で首を振るアランに、シンたちは彼の努力が無為に終わったことを悟った。
 「あー、もう!何がどうなってるんだよ!?」
 リュカがいらいらと髪をかき上げる。
 「隊長はいなくなるわ、ラクス・クラインは失脚するわ、新しいお偉いさんは無茶苦茶な命令下すわ」
 「落ち着かんか、リュケイミル!」
 「隊長とほのか、大丈夫かしら」
 「ルナ…」
 「もう五日になるな」
 「怪我なんかしてないといいけど」
 ルナマリアもさすがに参っているようで、表情が暗い。
 そんな彼女の肩を抱くシンも、いつもはぽやっとさせている顔に苦いものを滲ませていた。
 
 あと五時間半後には、隊長なしで任務に赴かなくてはならない。
 前代未聞の状況に対抗策も思い浮かばず、部屋が重い沈黙に包まれた。
 と、その時。

 「…なあ、これって何の音?」
 「は?」
 リュカの問いに、他三人は首を傾げる。
 「音だよ、音、音楽?聞こえるだろ?」
 「…」
 「…」
 耳を澄ませば確かに何か音律のようなものが聞こえてきた。
 「着メロ?」
 「あ!わ、私だわ」
 ようやくルナマリアが原因に思い当たったのか、ベッドの下をまさぐってハンドバックを取り出した。
 さらにその中をごそごそとさぐり、携帯を掴む。
 「あのねぇ、副リーダー」
 「ごめん」
 「この非常時にまったく、女って奴…は…」
 呆れ顔でルナマリアを非難するリュカだが、シンの並々ならぬ視線に気付いて顔をこわばらせる。
 「あの、リーダー」
 「…」
 シンは無言だ。
 しかし真紅の双眸から発せられているものは間違いなく殺気だった。
 彼の前でルナマリアを傷つけるような言葉を口にすることは死に等しい。
 …怖い。
 「ご、ごめんなさいッッ」

 小心者の息子に、アランはこっそりとため息をつく…まあ素手でも強いシンに喧嘩を売るなんてそれこそ馬鹿の極みだが。
 愚息のことは頭の隅に追いやり、誰からだと特に深く考えることなくルナマリアに尋ねる。
 それに対し、ルナマリアはすぐには応えを返さなかった。
 おそらくアランの問いかけなど耳に届いていなかっただろう。
 

 そのメールの送信者の名は、「V.D.」となっていた。
 そして、その内容は…。




 ガラス張りの壁の向こうで、ほのかが仰向けになって検査台のようなものに寝かされている。
 タクトが《セラフィム》でされていたように、頭にいくつものコードを付け、脳波を調べられているようだ。
 結局再会した彼女とは一言も話すことはできなかった。

 
 「《オプティマス》って何?」

 沈黙に耐えられず、先程から自分を見張るようにして付いて来る兄妹に声をかけてみた。
 兄妹は双子でタクトより歳が一つ下だと言う…兄の方はサスケ・ダンヒル、妹はスズネ・ダンヒルと名乗った。
 
 「《オプティマス》は、《ZONE現象》の中でしかしえないはずの超越した動きを可能にするシステムよ」
 「でもそれを使いこなすには、パイロットは《SEED因子》を持っていることが必須条件になる」

 《ZONE現象》、《SEED因子》。

 後者の言葉はモートンが先程「タクトが持っているものだ」といったやつか。
 でもその説明だけではさっぱり話が分からない。
 タクトが困ったように肩をすくめると、サスケがわざとらしくため息をついた。
 「本当に最初から説明しなくちゃ分からないのか」
 「仕方ないわよ。他に適合者がいないってだけで連れてこられた、しかもナチュラルだもの」
 兄妹の言い方に少しむっとするものの、自分がナチュラルだからといってさほど激しい嫌悪を抱いているわけでもないらしい。
 むしろ初対面にもかかわらず馴れ馴れし過ぎる感すらあった。


 《ZONE現象》とは、ある一定の限界を超えた能力者が陥る「感覚」だという。
 これが発動すると、まず視界が明瞭化する。
 次に、その視界の中では全ての動きがスローモーションのように映る。
 機体と一体化するような感覚に陥り、鋭敏で細かい動きを可能にする。
 キラ・ヤマトが無敵を誇るのは、この能力を自在に駆使する故であるらしい。
 
 そして《ZONE現象》を可能にするのに必須だと認知されているのが《SEED因子》だ。
 ユーレン・ヒビキの《ZONE現象》に関する手記を元に、ギルバート・デュランダルが発見した特殊な「遺伝子情報」だった。
 これを有する者の脳波は、正常なものとはまた別の脳波を出すことが分かっている。
 その持ち主がキラであり、ほのかであり、タクトだという…ナチュラルの方が有している率が多いそうだ。

 ラクス・クラインが《ZONE現象》を利用したプログラムを作り出し、キラのような能力を有したパイロットを増やそうと考えたのも、彼女自身が「平和のため」と唱えた軍縮政策の一環だった。
 つまり兵の数を絞り、質を高めようとしたのだ。
 ザフトに所属している兵の中に《SEED因子》を有するものがどれほどいるのか、大規模な遺伝子調査を行う計画もあったという。
 それが彼女の中のどういった「平和な世界」に繋がるかの議論はともかく、そのプログラムは《オプティマス》と名付けられ、その開発にバルフォアが名乗りを上げたのだった。

 《オプティマス》は、パイロットと脳波を同調させ、《ZONE現象》に引きずり込む。
 《SEED因子》を覚醒させていなくても、覚醒時と同じ能力をパイロットに「与える」ことができるシステムなのだ。
 したがって《オプティマス》を組み込んだ機体には相応の機動力と耐性が求められ、逆に《オプティマス》を起動しないと30パーセントほどの能力しか出すことが出来ない。


 「バルフォア議長が《ガーディアン》と《オプティマスシステム》の起動を連動させたのは」
 「そういったことが原因だったってわけ」
 「今の説明で分かった?」
 「ナチュラルのタクトには難しかったかしら?」
 
 ダンヒル兄妹の皮肉はまあさておき。
 タクトは自分が未だ必要…いや、利用されている理由は把握することが出来た。
 前戦で《ガーディアン》を大破させてしまったというのに、新機体のパイロットなどおかしいと思っていた。
 単に特別な遺伝子を持っていた、というだけのことだったのか。

 迷い込んでしまった箱庭の出口は、まだ遠い。






 C.E.79 4月11日 1240時。アプリリウス港に向かう車の中。


 「クーデターだと?」

 イザークは自分が監禁されてからのプラントの情勢をヴィーノから聞かされ、愕然としていた。
 ラクスが失脚し、「逃亡した」という報道とは逆にどこかに幽閉されているらしいこと。
 他の最高評議会議員もやはり監禁されているらしく行方が知れないこと。
 クーデターの黒幕が親クライン派と見なされていたバルフォアと、モートンであること。
 そしてキラ・ヤマトがラクスを裏切り、モートンたちに付いたということ。

 「モートンの野郎っ」

 今から思えば、思い当たることが幾つかあった。
 二度目の「白夜」の襲撃を受けたジュール隊にすぐには撤収命令が下されなかったことや、フロンティア・ノエルの戦いでヤマト隊がタイミングよく奇襲を受けたのがそうだ。
 内通者の可能性は示唆されていたが、それがモートンであるなら納得がいく。
 フロンティア・ノエル戦直後にテロリストの残党を調べたのも奴の隊だったはずだ。
 全くといっていいほど正確な敵の情報が掴めなかったのも、本国に伝える前にモートンないしバルフォアが握りつぶしていたのだろう。
 

 モートンたちへの怒りに身体を震わせるイザークに対し、ヴィーノはこれからの話に切り替える。
 「《ヒュペリオン》は、あなたの隊はあと二時間後には出航します。ルナマリアにメールで伝えておいたから、とにかくそれに滑り込んでここから離れてください」

 イザークがはあ?と声を上げた。
 そりゃそうだろう。
 隊長である自分がここにいるのに旗艦が出航するなんてどういう状況なのだ。

 「メールって、《ヒュペリオン》が出航?何で…いや、それよりも」
 「あなたはここ(プラント)に居ちゃいけません。どの道殺されます」
 「そりゃそうだろうが…そうじゃなくてっ!ほのかと、タクトもモートンのところにいるのか?あの二人も一緒に、お前も!」
 「俺は大丈夫です。タクトとほのかって子も必ず助けます」
 「…」
 力強く言ってのけたヴィーノの横顔を、イザークは無言で見返す。
 初めて会った時の印象は「何だか頼りない」だったが、シンたちと共に《ミネルバ》で苦境を潜り抜けてきただけのことはあるようだ。
 監視の目をどうやって誤魔化したかは分からないが、危険を冒してまでイザークを救い出したことからも肝は据わっているのだろう。
 「タクトとほのかは今、どこに?」
 「モートンのところです。新しい機体に乗せられるみたいで」
 「…」
 「今はあの二人に近づくことさえできません。あなたの監視は緩かったから何とか助けられたんです」
 「お前の顔は割れてないのか?」
 「上手くやれたと思います。でもさすがにあなたがいなくなったことはばれてる頃でしょうね」

 イザークもそう思う。
 話しているうちに頭がはっきりしてきて、ようやくヴィーノの焦りが理解できてきた。
 自分が監禁場所から逃げ出したとなれば、逃亡先として真っ先に疑われるのは自宅か隊の待機場所だろう。
 自宅には母エザリアがいるが。
 するとイザークの不安を感じ取ったのか、ヴィーノが「大丈夫ですよ」と言った。
 「伝え忘れててすみません。あなたのお母様は…えーと、エラ、エロスマン?とか言う人が」
 「…エルスマンだ。ディアッカが母を匿っているのか?」
 「というか、『旅行』っていう名目ですでに地球に。一昨日からシャトル便が回復したので」
 「そうか」

 ヴィーノがイザークの監禁場所を割り出せたのも、ディアッカや彼の父のタッドの協力があったからだという。
 旧友の顔を思い浮かべ、イザークは僅かながらも落ち着きを取り戻した。
 そういうことなら母の身に危険はまずないだろう。

 ふと見渡せば、周りの景色が見覚えのあるものになっていた…港が近い。
 ヴィーノに「そろそろ頭を下げてください」と言われ、その通りにする。
 座席に影が落ち、隣に大型車の頭が見えた…軍の大型トラックだ。
 何だか犯罪者になった気分だが、ここまできて見つかるわけには行かない。
 そんなことを思っていたイザークの上から、ヴィーノの僅かに興奮を孕んだ声が告げた。
 「《ヒュペリオン》が見えましたよ」


 

 「あ!あれじゃないですか?」
 目的の車を目ざとく見つけたのはミンシアだった。
 リュカがナンバーを照合し、ルナマリアとシンも運転しているのが旧友であることを確認する。
 ヴィーノは議員服を着せたと言っているが、それだけでは変装にならない。
 他の積荷車と同じように、車ごと格納庫から入ってもらう手はずになっていた。
 すぐさまシンが前に出て、ヴィーノの車を止める。
 一言、二言言葉を交わした後、車は格納庫へと向かった。

 「ぎりぎり間に合ったみたいだな」
 その様子を見ていたリュカが、大きなため息をつく。
 ルナマリアの旧友からのメールから、
 『これからイザークを送り届けに行く』という内容を耳にした時ははっきり言って疑わしいと思った。
 しかしシンとルナマリアはそのヴィーノ・デュプレという人物を信じきっているらしく、とんとん拍子で彼らを受け入れる手はずが決まってしまった。
 「ミンシア、俺たちも隊長を迎えに行こうぜ」
 共に甲板にいたミンシアに声をかけると、彼女はこちらに走り寄ってきた。
 その表情が少し翳っていることに気付き、肩を叩く。
 「どうしたんだよ、不機嫌な面して?」
 「リュカはリーゼ見なかった?あいつ、こんな大事な時に何処行っちゃったのよ?」
 「そういやぁ」
 行方不明だったイザークが実はモートンに監禁されていた、
 けれどシンの旧友が彼を助け出して、艦の出航までに送り届けに来る…。
 それを受け入れる手はずを相談していた時、リーゼは確かにその場にいたことをリュカも記憶している。
 そして自分たちと共にヴィーノの車を見つける係になって甲板に出ていたはずだが。
 「確かにいねぇな」
 「全く、隊の非常時の時にぃ!!」
 「車が見つかったし、リーゼが何処行こうがいいじゃねえか。そのうち出てくるよ」
 「リュカはリーゼに甘いのよ」
 頬を膨らませるミンシアに苦笑しながら、彼女を艦内へと促す。

 この時。
 リュカはイザークが無事に戻ってきたことに安心しきっていた。
 そして我侭な同僚の行方に気を回す余裕など、微塵もなかった。




 手渡された食事を、しかしラクスは一行に口を付けようとはしなかった。
 別に毒が入っていることを疑っていたわけではない。
 単に食欲がなかっただけだ。
 ラクスはこうなってしまった経緯を…自分がこの薄暗く密閉された部屋で、惨めな想いをしなければならない理由を考え続けていた。

 4月7日、もう少しで日付が変わるかという頃。
 仕事を終えて自宅へ向かっていたラクスの車は、突如武装した集団に取り囲まれた。
 「何事だ!!?」
 ラクスに付き添っていたアイリーン・カナーバが、銃を突きつけながらも目尻を吊り上げる。
 運転手とボディーガード、そしてアイリーンとラクスの四人は車の外に引きずり出された。
 前方と後方に一台ずついるはずの護衛を乗せた車の存在を思い出すも、こちらにやってくる気配がない。
 孤立させられた?

 「貴様ら一体何のつもりだ!?」
 銃を向ける男たちの武装は、ザフトのものだった。
 一瞬例のテロリストの存在を思い浮かべるも、護衛の車を引き離した手際を考えると、やはりプラント(ザフト)内部に精通している者の手回しと考えるのが妥当だ。
 ラクスの政治に不満を持つ輩が、実力行使に出たと言うことか。
 「ラクス・クライン、我々と同行していただきます。抵抗はしないでいただきたい」
 「何をッ」
 「カナーバ議員、落ち着いてください」
 アイリーンが取り乱してくれたおかげで、ラクスは何とか冷静な態度を取り繕うことができた。
 それに「同行しろ」ということは、今ここで殺される可能性は低いということだ。
 「あなた方は一体何者ですか?どなたからの命令で」 
 「どの質問にも答える気はありません」
 ラクスの言葉を遮るように、武装集団のリーダーらしき男が言い放つ。
 しかしそれがアイリーンの癪に障ったらしい。
 「貴様!ラクス様に向かって失礼であろう!?」
 「カナーバ議員」
 「ラクス様をどうするつもりだ!?反クライン派どもの差し金だな?貴様らがしていることなどいずれ…」

 ガゥ…ンッ。

 静かな夜の闇に、銃声が響いた。
 同時にラクスの頬に生暖かいものが降りかかり、反射的に後ずさる。
 あれほどうるさくまくし立てていたアイリーンの声はもう聞こえなかった。
 武装した男の一人がライトを彷徨わせ、やがて道路にあお向ける人影を映し出す。
 「ッッ」
 そこには、事切れたアイリーンの死体があった。
 かっ、と両目を見開き、打ち抜かれた喉からは噴水のように血が噴き出している。

 ラクスがかぶった生暖かいものは、彼女の血だったのだ。


 かちゃん。
 音を立てて、ラクスの指からフォークが滑り落ちた。
 やはり食事を食べる気にはなれない。
 ダイエットには丁度いいと思い直すことにし、ラクスは食事のプレートを隅へと追いやった。 
 アイリーンが殺された後、運転手とボディーガードも同じように撃ち殺され、ラクスだけはこの部屋へと押し込まれた。
 目隠しをされていたのでどこかは分からないが、シャトルで移動していたのでアプリリウス・ワンではないだろう。
 囚われの身となってしまったのだ。

 こうなってから、ラクスはずっと考え続けてきた。
 自分をこんな目に合わせたのは誰だ?
 やはり反クライン派のルイーズ・ライトナーやコウイチ・アボットだろうか。
 だが自分を拘束してここまで連行してきたのはザフト…軍に関係のある人物が協力していることになる。
 あの二人に縁のある軍人と言うとイザークの顔が思い浮かんだ。
 ルイーズとイザークの母は長年の知己であるし、コウイチの一人娘はイザークの部下だという。
 それに先日イザークとは顔を合わせる約束をしていたのに、急に反古にされてしまったことも気にかかる。
 「イザークが?…そんな」
 あの実直そうな青年が、自分を陥れるという愚かな行為に加担するだろうか。

 そうだ。
 いまや最高評議会議長であるラクス・クラインを陥れるなど、なんと愚かな行為であることか。

 ラクスは姿も分からぬ敵の詮索をやめると、いつも己を信じてくれる「仲間」へと思いをはせる。
 信じている。
 彼らはきっとここから自分を助け出してくれる。
 ダコスタ、モートン、バルフォア、そしてキラ。
 彼らだけは自分の理想を信じ、守ってくれる存在であるはずだ。
 「キラ」
 キラとはもう恋人ではなくなったが、彼は正義の人。
 自分の危機を知ればきっとその力を振るって助けてくれるだろう…五年前の、あの時と同じように。
 そして自分は、ラクス・クラインは再びプラントの民の喝采を受けて頂点に立つのだ。
 そうだ、そうに決まっている。

 それこそが揺るぎない未来の形であると。
 ラクスは夢想していた。
 


 

 C.E.79 4月11日 1445時。 ジュール隊旗艦《ヒュペリオン》


 「そうか、分かった。また何かあったら知らせてくれ」

 医務室からの通信を終え受話器を置いたアランに、傍にいたユーリとエディが視線を向ける。
 「艦長、ジュール隊長は?」
 「傷、酷いんですか?」
 エディはともかく、普段はクールなユーリも顔色が悪い。
 それはそうだろう。
 隊長であるイザークがずっと行方不明だったということを知っていたのはアランを含めシン、ルナマリア、息子のリュカだけだった。
 心配と言うよりは、驚いているのだ。
 「命に別状はないそうだ。今は輸血を受けておられる」
 傷が銃によるものだということは伏せておいた。
 かなり傷が深いうえ、失血が酷かったというのに輸血をされた形跡がない。
 それにはっきりしたことは不明だが、麻薬らしき薬物も打たれていて意識も曖昧だという。

 「これからどうしますか?」
 「一刻も早くプラントを離れるのが妥当だな」
 イザークがここにいることがばれないうちに本国を離れなければならない。
 クーデターの真相がヴィーノという青年の言う通りなら、イザークの所在がどうであろうとジュール隊そのものを潰す計画も整っていると考えられる。
 とにかく連中の手の届かない所に逃げ延びなければ。 
 「艦長、出発時刻10分前です」
 「よし、《ヒュペリオン》を発進させる!!」
 
 

 『《ヒュペリオン》、発進シークエンススタート。繰り返します。《ヒュペリオン》、発進シークエンススタート』
 ブリッジのオペレーターからの艦内放送の声に、
 数ヶ月ぶりの再会の時を過ごしていたシン、ルナマリア、ヴィーノは揃って瞳を眇める。
 「ヴィーノ、あんた、本当にプラントに残る気?大丈夫なの?」
 「やれるだけやってみるよ。タクトは弟みたいなもんだし。それにジュール隊長と約束したからな」
 「気をつけてね?お願いだから、なるべく危険なことは…」
 「分かってるよ。ありがとう、ルナマリア」
 ヴィーノは身を案じてくれるルナマリアに笑顔を浮かべると、黙ったままのシンへと視線を向ける。
 久々の再会だと言うのに、シンはほとんど口を開かなかった。
 というか、五年前のあの敗戦を境に、シンは性格が一変した。
 ルナマリアはそのことを憂いているが、彼の根本にあるものは変わりないことをヴィーノは知っている。
 「大丈夫だよ、シン。また生きて会おう」
 「…」
 シンは大切な者の死を恐れる。
 だから何事にも興味を抱かぬよう感情にシャッターをかけている。
 それでもヴィーノに何かあるとなれば、シンは取り乱し、悲しむだろう…それがシンなのだから。
 「ヴィーノ」
 「お前たちの方こそ気をつけろよ。モートンはとりあえず今の標的をL4に絞っているけど、その次はジュール隊だ」
 「邪魔者は容赦なし、ね」
 今回の急な任務も、ジュール隊を本国から離した上で後で潰してしまおうという狙いなのだろう。
 イザークがいようといまいと、モートンの息のかかっていないこの隊の末路は決まっている。
 かといって本国で対抗する力があるわけでもない…とにかく今は「任務」を利用して逃れるしかない。
 最悪の場合は海賊の仲間入りだ。

 『本艦はこれより発進します。部外者は退艦願います。各員所定の作業に就いて下さい。繰り返します…』
 「じゃあ、行くよ」
 「ええ」
 「…」
 ヴィーノは乗って入ってきた車ではなく、こちらで用意した軍の荷台トラックへと乗り込む。
 開いた窓から二人と握手を交わした。
 「タクトとほのかがそっちに行ったら面倒見てやってくれよ」
 「もちろんよ。そっちこそ上手くやりなさい」
 「シン、しっかりな」
 「…」
 シンが確かに頷いたのを確認し、ヴィーノはアクセルを踏んだ。





 「《マンティス》?」

 目の前のMSの名前に、リーゼは緑色の瞳を瞬いた。
 イザークたちの専用機である《シルバーボルト》、《デプスチャージ》、《ルージュウルフ》の発展機であるという。
 言われてみれば確かに似ている部分があるなと思っていると、モートンに肩を軽く叩かれた。
 「君のための機体だよ」
 「僕の、ですか?」
 少し声が上ずってしまった。
 頬が上気しているのが自分でも分かる。
 「《OZ(オズ)》では君の能力は充分に発揮されないだろう。これは《リゲル》シリーズよりずっと高性能だ。君に相応しいよ」
 「…」
 リーゼは改めて《マンティス》を見上げる。
 それは三機あった。
 紫をベースにしたカラーリングで、両腕には何らかの特殊な装備が施されている。
 《シグー》の流れを汲む《シルバーボルト》に通じる所は確かにあるが、大きな両腕がやや不釣合いに見えた。
 「残りの二機は?」
 「そこにいる二人のものだよ」
 言われて振り返れば、黒い髪をした少年少女がいつの間にか後ろに控えていた。
 何故か二人ともパイロットスーツをまとっている。
 まるで、これから戦闘に行くような?
 「サスケ、スズネ、用意はいいかね?」
 「はい」
 「いつでも」
 にっこり笑った二人の笑顔は同じだった…兄妹だ。
 それにしても「用意」とは?
 首を傾げるリーゼに、モートンは言葉を畳みかける。
 「君のおかげで、ジュールを潰す口実が出来たよ。本来ならもっと先にする予定だったが」
 「え?」
 「あの部隊と本気で交戦するとなると厄介だが、今なら油断しているだろうし、何しろジュールが出て来れない」
 「あ、あの」
 そう。
 囚われていたイザークが秘かに《ヒュペリオン》に戻ってくる、という情報をモートンに知らせたのはリーゼだった。
 このままジュール隊にいても自分は一パイロットで終わってしまう。
 だからモートンに取り入ってしまおう、というのがリーゼの思惑だった。
 ラクスの失脚で、ジュール隊の足場が危ういのを感じ取ったこともある。
 だが「潰す」とは?
 これから起こることが自分の思惑を遥かに超えていることを感じ取り始めたリーゼに、モートンはよく通る声で問う。
 「君も行くかね?」
 「…」
 「《ヒュペリオン》を墜とす。罪状はあるからね、君には何の落ち度もない」
 「《ヒュペリオン》、を?」
 「この《マンティス》を使うといい。君の実力を見せてくれ…サスケとスズネがサポートしてくれる」

 「過去を断ち切ることができるよ」




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2010/01/01