PHASE-24「羽状無情散華」(後編)
ふとタクトがレーダーに目をやると、《マンティス》と戦闘している間に《アトラス》はかなり後退していた。
スピードこそ先程より落ちているが、まだおとりを看破できずにいるヤマト隊、モートン隊をもう少し足止めできれば逃げ切れる。
希望が見えてきた。
ピーピー!!
「?」
自分もまた後退を始めようと思った矢先、アラームが響いてタクトは注意を向ける。
また《マンティス》の二人かと思ったが、その二機はすでに追撃を諦め、距離を置いていた。
「あっちか」
レーダーが反応を示す位置にカメラを向け、すぐに臨戦態勢に入る。
その機体は。
照合され示されたコードネーム。
「《コンヴィクション》!!?」
ほのか。
黒を基調としたカラーリングの機体…《ディシジョン》と同じシリーズの《コンヴィクション》。
「ッッ」
全く予期できなかったわけではない。
わけではないが。
それでも胸に込み上げる苦いものがに、タクトは顔をしかめた。
「あれ、敵…」
ほのかは敵だと示された白い機体《ディシジョン》を無感動に見やった。
同じ艦に似た機体があったような気がするが、思い出せない。
考えるのが酷く億劫だ。
《コンヴィクション》の画面がまた激しく切り替わる。
「てき」
無表情のまま、「敵」に向かって加速した。
「ちくしょうっ!」
タクトは頭部の《イーゲルシュテルン》でとりあえずの威嚇をするも、強化されたMSは足止めにすらならない。
ほのかは《コンヴィクション》の速度を緩めず、真っ直ぐにこちらに近づいてきた。
「こっちの裏切りは、とっくにばれてるってわけか!」
モートンはタクトの裏切りを知ったからこそ、彼女を差し向けたに違いない。
「ほのか…戦いたくないのにっ」
訴えようにも、《ディシジョン》から《コンヴィクション》に回線を繋ぐことは不可能だ。
そういう細工をされてしまったと、前もってヴィーノに教えられていた。
何とか振り切るしかない。
《コンヴィクション》がビームサーベルを取り出し、振り上げる。
《ディシジョン》はそれをビームシールドで受け止めた。
しかし《コンヴィクション》はそのままサーベルを持っているのとは逆の左のアームを突き出す。
「?」
タクトは眉をひそめた。
突き出されたのは、《コンヴィクション》を初めて見たときから気にかかっていたあの妙な装備。
ピピッ。
「ーーーーッッ!」
《オプティマス》と脳波を合わせているタクトの視界。
それがこちらに向けられた発光粒子を見定めた途端。
ガガガ…!!!
《ディシジョン》にもの凄い衝撃が走った。
それでもタクトはとっさに対艦刀《アズラドラゴン》を下から上へと振り上げる。
「あっ」
ほのかは無理をせず、受け止めずに上へと逃れた。
両機の距離が再び離れる。
「はあっ、はあっ・・・」
早まる鼓動を何とか押さえ、タクトは深く息を吸い込む。
「あ、危なかったぁー」
タクトはため息を吐きながら、何とか平常心を取り戻そうとする。
《オプティマス》がなかったらシールドを動かす反応が遅れ、撃墜まで行かなくとも頭部を持っていかれていただろう。
「なんだぁ、あの妙な装備は」
両手に装着された、あのビーム兵器…防御に転じた《ディシジョン》のビームシールドとまともにぶつかった。
ビームには変わりないはずなのに、まるで光の鞭がしなって飛びかかったようだった。
「…て、いちいち装備を分析してる場合じゃないか」
「《スヴァラ》、よけた…この『敵』、つよい」
《スヴァラ》と呼称される《コンヴィクション》固有の特殊ビーム刃出力装置。
出力だけでなく面積や長さという形状まで、操縦者の思いのままにできる。
帯状にしたそれをほぼゼロ距離から《ディシジョン》に向けたにもかかわらず、
相手はシールドで防ぎ切って見せた上に反撃までしてきた。
ほのかも相手の反射神経はかなりのものだということを認識し、無意識に唇を噛んだ。
と、《ディシジョン》が急に機体を反転させるのを見て、ほのかは目を丸くした。
「逃げる?」
《ディシジョン》はさらにバーニアを開き、全速力で離れていく。
離脱を図るのか?
「行かせない」
「どうだ!?」
一方のタクトは、ただ闇雲に逃げているわけではなかった。
《ディシジョン》を走らせながらも、相手の動きを後部カメラで注視する。
すると。
「つよい。にがさないっっ」
ほのかの《コンヴィクション》はこちらへ追いすがってきた。
ライフルを構えてはいるが、撃ってくる気配はない。
「やっぱりついてきた」
あのビーム出力装置はかなりエネルギーを食うはず。
その対価として、《コンヴィクション》には遠距離戦に特化した武器は装備していないだろうと思ったのだ。
その予測が合っているのなら、なんとか《ディシジョン》に食いついて自分に有利な距離から攻撃してくるはず。
ならば逃げ切ってやるまでだ!
エネルギーゲージへと視線を滑らせれば、まだ半分以上残っている。
それに追ってきているのは今のところ《コンヴィクション》一機だけ。
何とかなるかもしれない、と思ったその時。
ドゥゴゴォオオオッッ!
「なッ!?」
右脚に衝撃を受け、機体が傾く。
体が軋み、痛みに呻いた。
「くうっ、なに、を」
「にげないで、お願いッッ」
ほのかは《スヴァラ》からビームを玉状にして放出していた。
ある程度の距離までなら、飛び道具としても利用できるのだ。
「あの装置、こんな芸当までッ」
タクトは《スヴァラ》は接近戦使用のみだと思い込んでいたのが隙を生んだ。
背中を見せていたこともあり、直撃してしまったのだ。
あっという間に二機の距離が詰まる。
「ちっ!」
タクトは焦った。
《コンヴィクション》にはほのかが乗っている。
できるだけ傷つけたくない。
殺し合いたくない。
「だけど!」
ここで終わるわけにはいかない!
腰部のプラズマビームキャノン《アーセナル》を展開する。
なるべく《コンヴィクション》の脚部に集中するように狙いを定めた。
「いけっ!」
6問の銃口から発射されたビームが《コンヴィクション》へと向かう。
さすがのほのかも《コンヴィクション》の加速を緩めた。
この距離で全てをかわすのは隙を作るだけ。
だというのに、少女の顔には何故か笑みが浮かんでいた。
「ほんとうに、つよいのね」
ぱちっ。
今までとはまた違った音がして。
再び画面が切り替わる。
《コンヴィクション》の頭部の両脇に小さな翼のようにしてあった装置が、きらりと光った。
ぱぁ…んっっ。
光が弾け、爆発で一瞬タクトの視界から《コンヴィクション》の姿が消える。
「っ、ほのか」
出力はぎりぎり抑えたはず。
宙域からの離脱は続けつつも、タクトは《コンヴィクション》のいた場所をじっと睨んでいた。
本当ならここで無視して全速力で逃げ出すべきなのだが、どうしてもそれができない。
せめて《コンヴィクション》のパイロットの無事を確認して…。
だが。
「!!」
爆煙が消えて現れたそれに、タクトはぎょっとした。
「そんな」
《コンヴィクション》は、無傷だった。
それはまだいい。
タクトが驚いたのは、おそらくは《アーセナル》の攻撃を無効化したであろう《コンヴィクション》のシールドだった。
《ディシジョン》同様実体のないビームシールドだろうということは予想していたが…。
なんとそのシールドは機体全体をすっぽりと覆っていたのだ。
まるで半透明の卵の殻に包まれているそれは、不思議な光景だった。
しかし。
「なんで?」
驚いたのはタクトだけではない。
ほのかも同様だった。
なぜなら、シールドを発生させる意図など彼女には全くなかったから。
機体と連動しているはずの《オプティマス》は自分の支配下にあるはずなのに、
どうしてこんなものが《コンヴィクション》を守ったのか、さっぱり想像がつかなかった。
機体の状態を示すモニタで、機体の頭部ウィングが展開していることをようやく悟る。
まだどこかに生にしがみ付く本能が発動させたのか。
「かいじょ、しなくちゃ。いらない」
ほのかの言葉に呼応するかのように、シールドが掻き消えた。
《コンヴィクション》が再び無防備になる。
だがそうしている間に、白い《ディシジョン》は再び離脱を始めていた。
「だめ、待って!」
ほのかも《コンヴィクション》を加速させる。
スピードは《コンヴィクション》の方が上!
タクトは《ディシジョン》のビームシールド《ツェーンゲボート》を構えつつ、対艦刀から実弾攻撃に切り替えた。
「もうッ、あきらめてくれよ!」
右手首のミサイル《ガルーダ》を連射する。
すると《コンヴィクション》はよけようともせず、突っ込んできた。
「またあれか?!」
あのビーム兵器はやばい!
タクトはとっさに身構える。
が、ほのかは《スヴァラ》を発動させなかった。
「?」
「お願い!」
もしタクトがほのかの言葉を聴くことができたとしても、その意味をすぐには図りかねただろう。
「お願い、おねがい…っ」
ほのかは《コンヴィクション》の両手にビームサーベルを装備し、それのみで攻撃する。
そんな《コンヴィクション》に対し、《ディシジョン》のタクトはさすがに動揺を隠せないでいた。
「何?何を考えてるんだよ?ほのか」
《ディシジョン》がビームサーベルの攻撃をよけることは容易い。
シールドを使うまでもなく、その攻撃をいなした。
「このっ!」
蹴りを入れれば、あっさりと《コンヴィクション》のサーベルがはじけ飛ぶ。
先程まで《ディシジョン》を圧倒していたのが嘘のようだ。
「ほのか?」
殺意どころか敵意すら感じない。
どうなっている。
戦う気が、ない?
まさかと思いつつ後退を試みるも、《コンヴィクション》は距離を保つことだけは止めなかった。
もう片方のサーベルもこちらに向けることすらない。
無防備にこちらに追いすがってくるだけ。
まるで。
「あなたは強いから。だから」
まるで。
「だから、きっと『あいつら』も納得する」
―――死にたがっている?
「だから逃げないで…ほのかを殺して!!」
届くはずのない声が、届いた気がして。
「馬鹿、な」
きりっ、と。
胸の奥が痛んだ。
「来るな!戻れよ!!」
タクトは追いすがろうとする《コンヴィクション》を振り払うのに躍起だった。
あれにほのかが乗っているということを知らなければ良かった。
知らなかったらこんな思いをする必要はなかったのに。
「諦めてくれよ!僕は…君を殺したくないのに!!」
その思いは戦場には最も相応しくないものだと、ただの自己満足だと。
そんな認識すらする余裕がなかった。
一方、《アトラス》以外の残存部隊は宙域の離脱をほぼ完了していた。
《アトラス》も《ディシジョン》のおかげで目標のポイントに予測より早く到達できている。
これで《ディシジョン》を伴って離脱をすることができれば言うことがないのだが。
「《ディシジョン》は?」
アーサーの問いかけに、通信士が難しい顔をした。
「新たなカスタム機と戦闘中の模様です」
「何機だ?」
「一機のみのようですが両機ともかなりのスピードで移動しています。このままでは、当艦のルートからかなり外れてしまうことに」
「くッッ」
今回の計画に辺り、《アトラス》のMSは最初から《ゴンドワナ》への離脱先遣部隊に入れている。
《アトラス》も先の《マンティスα》の戦闘で主砲が破壊されてしまい、援護に向かったところで足手まといになるだけだ。
《ディシジョン》を援護する戦力は、自分たちにはない。
「タクト・キサラギに、何とか敵機を振り切って《アトラス》に追いつくよう呼びかけをしろ。
《アトラス》はこのまま全速力で宙域を離脱すると」
「了解」
こちらは窮地を救ってもらったというのに心苦しいが、共倒れするわけにはいかないのだ。
タクトの器量と運にかけるしかない。
だがその決断をした直後、通信士が高い声を上げた。
「艦長!」
「どうした?」
「《ディシジョン》と例の敵機にものすごい勢いで近づいてくるMSの反応があります!」
「敵部隊の増援か?」
「い、いいえ。全く別方向からの接近です。やはりカスタム機のようです」
「…」
アーサーを始めとする《アトラス》のクルーたちは、宙域を離脱しつつも孤高奮闘する少年の運命を注視し続けていた。
「お願い!早く!!」
ほのかはもはや《ディシジョン》に刃を向けることすらなく、ただ縋り付こうとしていた。
ここで死ぬしかない。
《マンティス》三機を退け、自分の《コンヴィクション》ともここまで渡り合っている《ディシジョン》のパイロットは相当の腕前だ。
無論本気を出せば、調整を受けているほのかが勝つ可能性が高い。
だが返り討ちにされる可能性も全くゼロではないのだ。
「殺して、殺してよ!どうして逃げるの?あなたしかいないのにっ」
ほのかはすでにジュール隊の面々がプラントから逃れていることを知らない。
自分さえいなくなれば、彼らが拘束される理由はないと単純に思い込んでいた。
けれど自分で死ぬことは選べない。
だからこの《ディシジョン》に自分を殺してもらおうと思ったのだ。
他者から見れば支離滅裂な論理だが、これがほのかの精一杯だった。
それなのに《ディシジョン》は何度もそのチャンスがありながら、《コンヴィクション》を攻撃しようとはしない。
《ディシジョン》には自分に想いを寄せているタクトが乗っている…その事実すら彼女は知らなかった。
「はあっ、はっ!」
《オプティマス》の画面がせわしなく動いている。
隙だらけの《コンヴィクション》を攻撃することを促すようなそれを、タクトは必死に押さえていた。
ほのかを殺すなんてこと、できるはずがない。
「畜生ッッ」
眩暈を自覚すると同時に、圧し掛かるような頭痛が襲ってきた。
己の体力は嫌というほど自覚している…このままの状態が続けばいつぞやのように失神してしまうかもしれない。
何度振り払おうとしても、《コンヴィクション》は諦めてくれなかった。
両手を広げ、シールドも展開せずに攻撃してくれと言わんばかり。
それでも逃げるこちらとの距離を保つことだけは止めようとはしないため、埒があかない。
「どうすれば」
攻撃するか?
どこに?どうやって?
混乱した頭ではその答えをとっさに導き出すことができなかった。
もう少し冷静であれば、体当たりをするなりブースターを狙い打つなりの打開策を講じられただろう。
今のタクトはそれだけの器量を持っている。
しかし。
長時間の戦闘…緊張の連続と、体への負担、そして何よりもほのかの自殺的行為がタクトの冷静さを失わせていた。
「!」
ずきっ、と。
こめかみに一際きつい鈍痛が走り、タクトは顔を歪ませた。
アラームがうるさく響き、それを助長する。
気が付けば、《ディシジョン》がそのライフルの銃口を《コンヴィクション》へと向けていた。
レバーに手がかかっている。
「…」
撃つ?
ほのかを?
撃てるのか、とぼんやり思った。
たとえ想いを寄せた相手でも、自分の身を守るためなら殺せるのだ。
背けていた己の中の汚い部分を見せ付けられたような気がして。
視界の端に、閃光が映った。
「何!!?」
バチチチチッ!!
白い火花と電子音の振動。
我に返った時、タクトの状況は一変していた。
《ディシジョン》は発射寸前だったライフルを収めてビームシールドを展開し、相手の攻撃を受け止めていたのだ。
それを為したタクト自身も驚くほどの神業だった。
だがそれ以上にタクトを驚かせたのは…その「相手」。
ほのかの《コンヴィクション》ではない。
《ディシジョン》がライフルの引き金を引く直前、《コンヴィクション》をかばうようにして立ちはだかった赤い機体。
「なんだ、こいつ!?」
見たことのない機体だった。
カラーリングは鈍い赤と紫で、それだけでどことなく毒々しい印象を漂わせる。
《ディシジョン》がシールドで受け止めた武器は先端に斧のようなものが付いた武器で、これもやはり見たことがない。
攻撃をとっさに受け止めることが出来たのは《オプティマス》のお陰だと勝手に結論付けたタクトは、突如として現れて攻撃を仕掛けてきた赤い機体の正体を見極めることに意識を向けていた。
そして。
ガシャン。
機体の背中に収納されていた翼のようなものが、左右に大きく広がった。
それを目にしたタクトは愕然とする。
「《アーセナル》!?」
今やこの《ディシジョン》にしか装備されていないはずのプラズマビームキャノン。
それをこの赤い機体が装備しているということは。
「《エクスティンクション》…キラ様?」
《ディシジョン》、《コンヴィクション》と同じシリーズの最後の一機。
キラ・ヤマトに与えられると決定されているはずのもの。
まだ輸送中だと聞いていたが、それが間に合ったというのか?
ピピッ!
「くう!?」
《アーセナル》の銃口が《ディシジョン》に向けられる。
その威力を熟知しているタクトは、ライフルを構えながら飛びのいた。
引き金を引くと同時にビームシールドを展開する。
相手も《アーセナル》を発射し、ライフルから放たれたビームとぶつかって激しい爆発が起きた。
ドドドドゥ…!!
爆発の衝撃を利用しつつ、タクトは《ディシジョン》を上手く後退させる。
「キラ様、やっぱりあなたまで!?」
同志だったはずのダコスタとメイリンを手にかけたキラ。
ラクスを裏切ったキラ。
かつての自分や今のほのかと同じように、やはりモートンの意のままに戦うというのか。
が、タクトの推測は半分外れていた。
確かに目の前の機体…《ディシジョン》から《コンヴィクション》を守るように現れたのは、シリーズ最後の一機《エクスティンクション》だった。
しかし、それに搭乗していたのは。
『あの時殺したと思ってたのに生きてたのか、《ガーディアン》の坊や』
「え?」
通信機から聞こえてきた声に。
タクトは瞬時に肌が泡立った。
―――キラ様じゃ、ない?
いや、そんなことは問題ではない。
『いい度胸じゃないか。俺のほのかを殺そうとするなんて!』
脳裏に過ぎったのは、殺意をぎらつかせた黒い瞳。
《ゴンドワナ》で、自分を殺そうとした、あの男。
「お、まえ…は」
「ケイン!!」
ほのかはすぐに理解した。
通信が繋がっているわけではない。
《ディシジョン》と《エクスティンクション》の間でなされている会話がほのかに伝わることは決してない。
それでもそのおぞましい気配だけで分かってしまうのだ。
「ケイン、ケイン…どうして?」
怖い。
怖い、怖い、怖い!!
ようやく解放されたと思ったのに。
二度と会うことなどないと思っていたのに。
《ゴンドワナ》の時もそうだった。
この男は安心した頃に自分の前に現れるのだ…絶望の泥沼に引きずり込む為に。
あの時助けてくれたイザークとタクトはもういない。
誰もいない!
一瞬相手の気配がこちらに触れたような気がしてほのかは完全にパニックに陥った。
「嫌だ…いや!来ないで!!」
機体の方向を180度返し、アクセルを踏む。
とにかく逃げ出したいという彼女の意思に従った《オプティマス》は、《コンヴィクション》のバーニアを全開にした。
「嫌だ、怖い…怖い…助けて!」
超スピードでその場を後にした《コンヴィクション》のレーダーが示す先の二機との距離が、一瞬で広がる。
それでもほのかの震えは止まらない。
追いかけてくる。
まただ、また…。
きっと自分の気が触れてしまうまで、この悪夢は終わらないのだ。
「怖いよ。助けてイザーク…タクト、どこにいるの?どこ?」
無線から異変を悟ったモートンの声が聞こえてくる。
耐えられない。
ほのかはヘルメットを脱いで、耳をふさいだ。
データは全て《オプティマス》と呼ばれるシステムの中に入っていた。
ケインは即座にそれを開き、《エクスティンクション》の機体性能を把握する。
さらに輸送艦が有していた電子情報で、「白夜」殲滅作戦から始まるラクス・クラインの失脚騒ぎやジュール隊の脱走、L4における今回のディーゼル隊討伐の事実を知った。
用済みの輸送艦を始末し、《エクスティンクション》に乗ったケインがL4に到着した時、すでに戦闘は始まっていた。
その様子を特にモートン隊に認知されないように眺めつつ、ある機体を探していた。
《コンヴィクション》。
そのパイロットがモートンの手元に戻されたほのかであることは、輸送艦に残されたデータで前もって知っていた。
今度こそ取り戻してやる。
そんな短絡的で身勝手な思いから、彼はこの戦場に入り込んでいたのだった。
かくしてその機体は見つかった。
同じシリーズの白い機体《ディシジョン》と戦闘を始めたのだ。
何がどうして友軍同士で戦っているのかは特に気にしなかった…が。
通信機から聞こえてくる《ディシジョン》のパイロットの声を聞いているうち、あることに気付いた。
『ほのか!』
『ほのか、どうして!?』
『諦めてくれよ!僕は…君を殺したくないのに!!』
「この声は」
もの覚えは悪い…というか、記憶を消されたり上書きされてばかりいたのだが、《ゴンドワナ》でほのかを手に入れるのを邪魔してくれたからか、すぐに声の主を思い出すことが出来た。
確か、《ガーディアン》のパイロットに選ばれたナチュラルの子供だったはず。
名前は。
「タクト・キサラギ」
フロンティア・シルベスタの戦いで、《ガーディアン》は他ならぬ自分が戦闘不能にした。
撃墜は確認しなかったものの、あの状態では死んだと思っていたのに。
生きている上に再びあんな高性能の機体に乗っているなんて、とことん悪運が強い子供のようだ。
《エクスティンクション》の接近に、タクトもほのかも気付いていないようだった。
ほのかの《コンヴィクション》は何を思っているのか無防備のまま《ディシジョン》に食らいつき、タクトはそれを何とか振り払おうとしている。
埒があかないと感じたのか、《ディシジョン》はとうとうライフルを構えた。
「させるかよ!」
射程距離には入ったが、あの近さではほのかまで傷つけてしまう。
―――もっと早く!!
次の瞬間。
《エクスティンクション》は両機の間に割って入っていた。
今までとは比べ物にならないほどの超加速に、ケインは瞳を見開く。
―――すげぇ。
驚くと同時に、内心ほくそ笑んだ。
自分とこの機体の相性は思った以上に良い…すぐに使いこなせる!
勢いづいたまま、先端に鎌状の刃が付いた武器《スティンガー》を《ディシジョン》に向けて振り下ろした。
バチチチチチッッ!
白い火花が網膜に残像を残す。
完璧に捉えたと思ったが、《ディシジョン》は見事にこちらの攻撃をシールドで防ぎ切っていた。
神業的なそれに舌打ちするも、すぐにパイロットが動揺していることに気付く。
『なんだ、こいつ!?』
ケインは口の端を上げると、背中のプラズマビームキャノンを見せ付けるように展開した。
『《アーセナル》!?』
ようやくこの機体の正体を悟ったのか、《ディシジョン》が身構える。
《アーセナル》を発射すると同時に、再び視界が白に染まった。
「今度は《エクスティンクション》だと?」
ようやくデブリを潜り抜けた偵察機が届けた映像に、モートンは頭を抱えた。
プラント本国でキラに与えられるはずだったかの機が、どうしてこんなところに?
「一体誰が乗っているというんだ!?」
問いかけたところで、彼の周囲にいる《ジュピター》のクルーが応えられるわけでもない。
《コンヴィクション》も、命令を無視して母艦である《セラフィム》に帰艦しようとしているという。
何度もほのかに通信を繋いだが、すすり泣くような声しか返って来なかった。
相変わらず、状況はさっぱりつかめない。
分かっているのは、どうやら《アトラス》を取り逃がしたらしいということだけ。
「…いったい」
何がどうなっている?
完璧に立てたはずの計画が足元から崩れ去っているような気がする。
かといって打開策を立てることすらできず、モートンはデプリをよけて鈍進する旗艦の中で悶々としているしかなかった。
「あの時殺したと思ってたのに生きてたのか、《ガーディアン》の坊や」
「え?」
いかにも動揺していますと言わんばかりに相手の声が揺れている。
忘れられてはいなかったようだ。
「いい度胸じゃないか。俺のほのかを殺そうとするなんて!」
再び背中の《アーセナル》を展開する。
同時にブラストキャノン《セイレーン》を両肩にマウントし、フルバースト状態になる。
「消えちまえーーーー!!」
一気に全弾を、《ディシジョン》へと撃ち込んだ。
「うそ、だろ!」
かつての乗機だった《ガーディアン》を凌ぎかねない火力にタクトの顔が引きつる。
《セイレーン》もやはり《ガーディアン》に施されていた装備だったから、威力は知っている。
この距離で全部をシールドで受け止めるのは危険が大き過ぎた。
「…ッ」
意識を集中させる。
《オプティマス》の画面を通して、すべての動きを読み取ろうとした。
心なしか全ての動きがスローモーションのように感じられる。
―――できるかもしれない。
未だ動揺は消え去っていなかったが、ほのかの《コンヴィクション》がいつの間にか戦線離脱したことで冷静さが戻りつつあった。
ヴィーノと約束した。
ほのかのことは彼が何とかしてくれる。
自分はこの状況をやり過ごさなくては。
―――やってやる!
まずは頭部を下げ、敵に向けている機体の面積を減らす。
最も威力が高い《セイレーン》は軌道が一直線だ。
二門のそれが交差するのが今いるポイント…躊躇なく機体を後ろに滑らせた。
次に12問の《アーセナル》だ。
タクトは今度こそビームシールドをかざし、そしてこちらも《ディシジョン》の《アーセナル》を展開した。
数秒のタイムロスがあるが、かまっている暇はない。
《エクスティンクション》ではなくこちらに向かっているビーム粒子に向かって、放った。
ドドドドドォッッ!
「うおっ!?」
目の前で起こった爆発に、ケインはとっさに身構えた。
フルバーストで攻撃したが、手ごたえは感じなかった。
先程の超反応から考えても、タクトは上手くやり過ごした可能性が高い。
「ナチュラルだってのに、大した餓鬼だ」
何といってもかつての仲間だったティモシーを屠った奴だ。
《マンティス》のリーゼたちとは違い、ケインは決してタクトを見くびってはいなかった。
レーダーとカメラを見比べながら、相手の出方を伺う。
―――必ず接近戦に持ち込もうとするはずだ。
火力重視の《エクスティンクション》を攻撃するとなればそう考えるのが妥当だ。
その上《ディシジョン》は接近戦に特化している。
ビーム同士の交差にデブリでも巻き込まれたのか、酷く視界が悪い。
熱を感知するレーダーも爆発直後では役立たない。
《ディシジョン》は、かならずこの状況を利用して不意打ちをかけてくる!
―――どこからくる?
上か?下か?左右か?
それとも。
「うおおおおぉぉぉおーーー!!」
爆煙を突っ切って、白い機体が飛び出した。
両手には長刀《アズラドラゴン》。
ケインは目を見張る。
「こいつ、本当に正面からッッ」
《エクスティンクション》のシールドは間に合わない。
が、ケインの顔からは笑みが消えなかった。
《エクスティンクション》は、《ディシジョン》を認識すると同時に相手に向かって加速していたのだ。
《アズラドラゴン》の切っ先が斜めに走る。
ガンッッ!
当たりはするも、《エクスティンクション》の右の《アーセナル》を僅かに削った程度に終わる。
そして。
《エクスティンクション》は相手の懐に潜り込んでいた。
「甘いんだよ!」
「な!?」
相手が右手を突き出したことに本能的に危機感を感じたタクトは、すぐに機体を返そうとする。
しかし、判断は一瞬遅かった。
ギィィィンッ!!
《エクスティンクション》の右手が《ディシジョン》の右脚を掴む。
衝撃に息を詰めるタクトだが、脚を捉まれる直前に見えたものの方が気にかかった。
手のひらに、何か装備がある!
「放せ、放せよ!」
振り払おうともがくが、無駄な努力だった。
「とけろぉ!!」
ドゴォォォッッ!
捕まれた脚部が、不自然に歪む。
フレームが泡立っていることを見て取ったタクトは、熱波を叩き込まれていることを悟った。
「まず…っ」
このまま熱が推進剤に渡ったら、爆発して終わりだ。
いや、その前にコクピットの中で蒸し焼きになるかもしれない。
「どっちもごめんだっ!」
タクトは迷いもせずに《アズラドラゴン》の切っ先を捕まれている脚の付け根へと突き刺した。
「馬鹿な!?」
それに驚いたのはケインだ。
ドウンッ!
小爆発が起こると同時に《ディシジョン》の右脚が跡形もなく消え去るも、寸でで脚を切り離したかの機は戒めから解き放たれる。
今度こそ仕留めたと確信していたケインは、ほんの僅かな間固まってしまった。
それを見逃すタクトではない。
《ディシジョン》は素早く身を翻すと、ビームライフルを構えた。
「くらえ!」
「!!」
ライフルは《エクスティンクション》のコクピットでもアイカメラでもなく、肩にマウントされたままの《セイレーン》を撃ち抜いた。
ケインは慌ててそれをパージしようとするが。
ドゴォォォッ!
「ぐっ」
左肩にマウントしていた《セイレーン》が見事に暴発する。
パージが間に合った為に巻き込まれることこそなかったが、衝撃から逃れることはできなかった。
「…の、野郎っっ!」
ケインは再び攻撃に転じようとするが、相手が大人しくそれを待つはずもない。
《エクスティンクション》を持ち直した時には、すでに《ディシジョン》は肉眼では捉えられない場所へと移動していた。
「ちっ、とんでもない逃げ足の速さだぜ」
万全の状態の《エクスティンクション》でも追いつけるかどうか分からない。
ケインは悪態をつきながらも、それを見送るに留めた。
「…っ!…っっ」
息が上手くできない。
今までで一番長く、集中力を必要とした戦闘だった。
それでも、だからこそ、ここでリタイヤしたら全てが無駄になる。
タクトは歯を食いしばりながら、必死にレーダーに食らいついた。
―――見つけた!
《アトラス》はぎりぎり感知できる距離にいてくれた。
《ディシジョン》の軌道を見つけ出した《アトラス》の艦影に向けて固定する。
だが、その時。
「…っ」
さらに息苦しさが増した。
苦しい。
どうして?
あの男が再び現れたから?
ほのかを助けることができなかったから?
堪らなくなってヘルメットを脱ぎ捨てる。
汗が幾つもの玉になってコクピットに散った。
『ーーーーッッ』
通信機から、誰かの声が聞こえてきたような気がした。
誰の声だろう。
ヘルメットを脱いでいるのに、音ははっきりと届いてこなかった。
ディーゼルかもしれない。
そう思って、シグナルを確認しようとして。
そこで。
意識が途切れた。
C.E.79 4月15日 2240時。
ヤマト隊、モートン隊は《アトラス》を完全に見失い、L4の戦闘は終了した。
総指揮を取ったスチュアート・モートンは、ヤン・ディーゼルの死と最新鋭機《ディシジョン》の離脱をひとまず伏せる。
《アトラス》はジュール隊同様、軍規を犯して脱走したと見なされた。
モートンは彼らを逃したことが後々に大きな影響を及ぼすとは思ってもみなかったため、無理な追撃を避けたのだ。
それよりも、もっと重要だと思わせる存在が現れたこともある。
「《エクスティンクション》のパイロットに通信を繋げ」
硬い声で命じたモートンの顔に、戦闘前の余裕は微塵もなかった。
2010/01/01