PHASE-24「羽状無情散華」(前編)




 C.E.79 4月16日 0135時。 移動要塞《ゴンドワナ》。

 ジェットは苛ついていた。
 何に苛ついているのかというと、目の前に立っている二人の男女のことだ。
 かつてこの要塞で邂逅した時は敵同士だった。
 「何か用か?」
 「…」
 来訪者たちは何か言いたげにしているくせに、もう10分近くこちらの顔をじっと見ているだけだった。
 ジェットはかつて銃を向けたザフトの陣営に投降した自分の立場を良く分かっているつもりだ。
 本来なら牢に繋がれてもおかしくないのに、ちゃんとした一室を与えられている(無論外から鍵をかけられ、監禁状態だが)。
 贅沢を言える境遇でないのは間違いない、間違いないが…。
 「いい加減にしてくれないか?」
 部屋に訪れたっきり息苦しい沈黙を続ける来訪者に、ジェットはほとほと参っていた。
 埒があかないので仕方なく、自分から話を切り出すことにする。
 「俺のことをレイ、とか呼んでたな」
 途端に二人の表情が険しくなる。
 特に男の方…シン・アスカは赤い瞳をこれでもかと大きく見開いていた。
 「あなたはレイ、レイ・ザ・バレルじゃないの?」
 「ふうん。そんな名前の奴もいたのか」
 「違うの?」
 ルナマリアが躊躇いがちな声で聞いてくる。
 それだけでジェットは自分と彼らとの繋がりが分かった。
 躊躇なく顔の半分を覆い隠しているバイザーを外す。
 その下は。
 「レイ!?」
 「違うよ」
 ジェットの顔は、間違いなくシンとルナマリアのかつての同僚のものだった。
 だが即座に否定され、まじまじとさらけ出された顔を見つめる。
 言われてみれば一つだけ違うところがあった。
 瞳の色だ。
 レイの瞳は色味の強い空色だったはずなのに、目の前のそれは不思議なことに硝子玉のように透明だった。
 しかも焦点が全く合っていない。
 良く見なければ分からないが、左右の眼球がおかしな方向を向いていた。
 「その、目…」
 「ああ、ほとんど見えてない。左は完全に失明している…8年も前の話だ」
 ジェットはそう言うと、またすぐにバイザーを付け直した。
 「こいつは顔を隠す為じゃなく、視力を確保するための電子デバイスだ。専門家の見立てだと、視力が真っ先に参ったおかげで他のクローンより老化現象や発作は遅れてるらしいが」
 「じゃあ、やっぱりレイじゃ」
 「しつこいぞ」
 ぴしゃりと言えば、二人はおとなしく引き下がった。 
 レイ、というのはもしかしなくとも自分と同じオリジナルを持つクローンに間違いない。
 すぐに引き下がったシンたちの様子を見る限り、薄々別人だと感じ取っていたのだろう。
 そのレイという人物がクローンであることも前もって知っていたのかもしれない。
 ―――くだらない。
 ジェットは「もう一人の自分」がどんな人物だったのかを聞くつもりはなかった。
 クローンという宿命を背負った己がますます惨めになるだけに決まっているから。

 「気が済んだか?だったら・・・」
 しゅんとしている男女を何とか追い払おうとジェットが言葉を選んでいたその時。
 バタバタッ。
 廊下の方が騒がしくなったと思うと急にドアが開いた。
 「リーダー!副リーダー!」
 声を荒げながら慌しく入ってきたのはジュール隊のユーリ・キンバリーだった。
 「ユーリ、どうしたの?」
 シンほどではないが、ユーリも普段から滅多に感情を表に出さない。
 その彼の慌てように中にいた三人は怪訝な顔をする。
 が、続いた言葉に空気が凍った。
 「L4で戦闘が!」
 「何!?」
 全員が一斉に目を剥く。
 モートンの狙いは分かっていたが、ジュール隊の騒ぎが覚めやらぬうちに行動に及ぶとは。
 「アボット議員はディーゼル隊長ともコンタクトを取ってたって」
 「戦闘はいつから始まった!?」
 「それが…」
 ユーリは何かを言いかけようとして、口元に手をやる。
 ジェットがいる前では下手な情報を口にできないのかと思ったが。
 「と、とにかく隊長たちのところに!そこの人も」
 「俺もか?」
 一緒に来いと言われ、ジェットは驚く。
 ユーリは単に言いよどんでいただけのようだ。
 「ジェット、来て!」
 ルナマリアが立ち上がり、シンもそれに続くとジェットの腕を掴む。
 ジェットは黙ってそれに従った。
 ディーゼル隊の状況がそれだけ切羽詰っているのか、あるいはすでに…。
 
 ともあれ自分たちに良くない方向に傾いているのは間違いないようだった。





 C.E.79 4月15日 1605時。 L4宙域。


 繋がった画面の向こうに現れた人の良い笑みに、スチュアート・モートンは一瞬言葉を失った。
 さすがにこれは予期していなかったのだ。
 「お前か、ディーゼル」
 『こんにちは、モートン隊長』
 小型シャトルに乗っていたのは、自分たちの目的である「確保」対象のヤン・ディーゼルだったのだ。
 まさか直接乗り込んでくるとは思わなかった。
 軍の奥で震え上がっているところを問答無用で叩き、戦闘中のうやむやで死んだということにするつもりだったのに。
 だが、考えてみればこうなることは予期できていたかもしれない。
 ディーゼルが四将の中でも特に切れ者だということは、モートンが一番知っていたはずだ。
 ラクス・クラインを追い落とし、臨時政権を樹立するまではとんとん拍子だったというのに、先日はジュール隊を予定を前倒しにして追跡、しかも失敗している。
 どうも自分は焦っていたようだと思うが、今更反省したところで仕方がない。
 モートンは素早く視線を滑らせ、この通信が《ジュピター》のブリッジのみに絞られていることを確認する。
 相手がオーブンチャンネルにしていないことで気を緩めた。
 この会話を耳にしているのはモートンとバルフォアの息がかかった者たちだけだ。
 『やっと繋がってよかったですよ。
 本国への呼びかけはまるっきり無視されてたんで、問答無用で打ち落とされるんじゃないかと不安でした』
 「それはおかしいな。呼びかけを拒否していたのはそちらだろう?」
 モートンはいけしゃあしゃあと非を相手に押し付ける。
 しかしディーゼルは笑みを崩さなかった。
 『そうですか、じゃあ電波状況でも悪かったんですかねぇ?』
 「…」
 『それにしても随分物々しいですね。戦闘でも始めるんですか?』
 「とぼけるな。お前がL4を盾にして戦闘の構えをしているんだろう。仕掛けたのはそっちだ」
 『…』
 温和に見えたディーゼルの瞳が、鋭く光った。
 『あなたの目的は?』
 「…」
 『私はこの通り丸腰です。・・・で、あなたの目的は?』
 「…」

 モートンは言葉を詰まらせた。
 再び通信のチャンネルを確認する…オープンにはなっていない。
 「『白夜』を名乗っていたテロリストの首謀者と目されるラクス・クラインと通じていたヤン・ディーゼルの身柄を確保することだ」
 『ではどうぞ』
 画面の向こうのディーゼルは再び笑みを戻し、好きにしろとでも言うように両手を広げている。
 その余裕がモートンの癪に障った。
 『どうぞ、身柄を確保してください。そうすればどちらも血を流さずに丸く収まりますよ』
 「…」
 『丸腰だと言ったでしょう?隊にもアーモリーにも、そちらと戦うつもりはありません』
 戦うつもりはない。
 つまりジュール隊とは違い、こちらに服従するということだ。
 「今言ったことは本当か?」
 『無論』
 「そうか」
 モートンはにやりと笑った。
 ならば簡単なことだ。
 頭を消し去り、このままモートン隊とヤマト隊で素早く残存部隊とL4全域を包囲してしまえばいい。
 得るものは大きく、邪魔者はミサイル一発で消えてくれるのだ。
 戦闘の意欲さえ見せなければ命は助かるとでも思ったのだろう。
 モートンはのこのこ一人で交渉に来たディーゼルの愚鈍さに心から感謝した。

 「お前がそこまでお人よしだったとはな、買いかぶりすぎていたようだ」
 『と、言うと?』
 「ジュールの小僧の方がまだ勘の鋭かったと言っているのだ。貴様を本国に連れてかえるつもりなど毛頭ない」
 『じゃあヤマト隊まで引き連れて何をしに?』
 「言わなければ分からないのか?」
 モートンは鼻で笑った。
 ディーゼルの笑みがいつの間にか消えていた理由は、動揺ゆえだと思って優越感に浸る。
 「貴様を消し去るため、だ」
 自分はこの男に勝ったのだ。

 「貴様とジュールは何と言っても扱いにくい。味方に引き込んでもいつ寝首をかかれるか分からん」
 モートンは自分のことを棚に上げてそう言い放つ。
 「それに政権交代を確実にするにはどうしても悪役が必要だ。ラクス・クライン一人だけではシンパが過激な手段に出てくるとも限らないからな」
 『私とイザークがラクスをそそのかして国財をむさぼらせていた…というところですか』
 「ふん」

 かつてパトリック・ザラがとったメディア戦略と同じだ。
 ラクスは道を誤ったものの被害者でもあり、さらなる黒幕が他にいる…そうすればラクスに心酔している国民も、彼女を追放した新政権ではなく『黒幕』なる人物の方に憎しみを向ける。
 モートンの目論見では、ディーゼルを完全な悪役に仕立てるためにも多少の抵抗はしてもらうつもりだった。
 L4彼は己の艦隊の他に《アプリリウス・ワン》、《アプリリウス・ツー》といういわば巨大な武器倉庫を後ろ盾にしている。
 知将で知られるディーゼルならこれを使って何かしらの抵抗を見せると思っていたのだが、当ては外れた。
 まあ、いい。
 それならそれで、適当に兵を叩いて戦闘があったように見せかければ済むことだ。
 「最後に聞きたい、ディーゼル」
 『何ですか?』
 「この通信は、どこと繋げている?」
 『《ジュピター》とだけですよ。さっきからご自分で確認してるじゃないですか』
 その通りだ。
 この通信の一部始終を耳にしたのは、このブリッジにいる自分たちだけ。

 「分かった。もう貴様に用はない」

 ブリッジの空気が一気に張り詰める。
 しかし誰もモートンに反論するものはいない…皆自分の側近や子飼いの部下ばかりだ。
 「あのシャトルを撃ち落とせ」
 「了解」
 艦長が頷き、砲撃手に指示を与える。
 その間の時間はほんの10秒足らずだったが、モートンにはとても長く感じられた。
 なぜなら、死を宣告されたはずのディーゼルが酷く落ち着き払っていたからだ。
 『あなたをのさばらせてしまった責任は、年長者として取らせていただきますよ。でも、服従はしません』
 「?」
 『プラントの、未来は…』 

 気が付いた時には、《ジュピター》の《イゾルデ》が火を噴いて。
 ヤン・ディーゼルは爆発の中に消えた。




 「シャトルは完全に撃破しました」
 「ああ」
 艦長の冷静な報告に、モートンは唇を歪めた。
 報告されるまでもなく、画面に映し出されたシャトルは跡形もない。
 
 ディーゼルが死んだ。
 
 最初から気に入らない奴だった。
 へらへらしているくせにどこか油断ならない雰囲気をいつも漂わせていて。
 同じ排除対象でも、イザークの方がまだ感情が読みやすくて可愛いく思っていたくらいだ。
 死の宣告をして、取り乱すあいつを見下してやりたかったのに。
 最後まで自分を見下したまま逝った。
 それが何とも薄気味悪く、敗北感すら感じる。
 気に入らなかった。

 「モートン隊長、《セラフィム》のキラ・ヤマト隊長から通信が入っていますが」
 「ああ」
 返事をしつつも内心で舌打ちする。
 キラ・ヤマトにも困ったものだ。
 黙ってこちらに従い、必要な時にその力を振るっていればいいのに。
 それとも戦うしか能がないくせに、自分やバルフォアと対等な位置にいるとまだ思っているのだろうか。
 まあいい。
 今はL4を包囲することが先決だ。
 キラはまだ、ディーゼルが死んだことを知らない…任務はまだ続行中なのである。
 シャトルのことは適当にはぐらかしてL4宙域を包囲する旨を伝えようと、《セラフィム》からの通信に出ようとした。
 だが。
 「隊長!!」
 クルーの一人が声を上げる。
 モートンは動きを止めて、そのクルーに視線を向けた。
 何か異変を見つけたらしい。
 「どうした?」
 「ディーゼルの艦隊が、移動を始めています」
 「移動だと!?」
 「戦闘を始めようというのか?」
 ブリッジの緊張が一気に高まる。
 こちら側はともかく、ディーゼルがシャトルに乗って単独で交渉に行ったことを隊員たちは知っていただろう。
 シャトルを撃破されたことで、臨戦態勢に入ったのか。
 「落ち着け、こちらに刃向かうというのなら潰せばいいだけの話だ」
 これはこれで予測しえたことだ。
 末端の兵士はともかく、ディーゼルの息がかかった部下たちはもとより生かしておくつもりはない。
 先刻のディーゼルの死と共にうやむやにすることができるから、多少の小競り合いは大歓迎だ。
 ヤマト隊に移したダンヒル兄妹は喜んで飛び出していくだろうし。

 しかし、クルーは思わぬ事実を告げる。
 「こ、これは…隊長!」
 「?」
 「ディーゼル隊の一部が宙域を離脱しようとしているようです」
 「何?」
 「間違いありません。後陣の艦隊がかなりのスピードで後退しています!」
 「後陣だけ、か?」
 モートンの脳裏に、ディーゼルの最期の表情がちらついていた。




 コンディションがイエローからレッドになる。
 MSの出撃を促すアナウンスに、タクトは気を引き締めた。
 鼓動が早鐘を打っているが、いつかのように体は震えていない。
 不思議な気分だった。
 グローブ越しに、握手をした。
 真っ直ぐこちらを見つめるヴィーノに対し、タクトはやや緊張した面持ちで頷く。
 「頑張れよ」
 「ヴィーノも、気をつけて」
 これまでに散々語らってきたから、別れの言葉は短く済ます。
 ヴィーノが《ディシジョン》から降り、離れたのを確認して発進準備に取り掛かった。
 ―――ディーゼル隊長。
 心の中で噛み締めるように呟く。
 タクトはディーゼルがすでに死んでることを知らない。
 彼の艦隊の後退、離脱はディーゼル自身が指示しているものだと信じている。
 新しい乗機と共にすることは決めていた。
 しなければならないことではない。
 したいこと、だ。

 「タクト・キサラギ、《ディシジョン》行きます!!」

 


 
 「全軍、通達していたポイントへ移動!…振り切れよ!」

 シャトルの反応が消えたのを確認した《アトラス》のアーサー・トラインは、すぐに宙域離脱を宣言する。
 上司の死を無駄にするわけにはいかない。
 実はすでに《アトラス》以外の主力艦は隊員の半数を乗せ、《ゴンドワナ》へと向かわせていた。
 配置しているMSもアプリリウスの工場の出来損ないがほとんどだ。
 隊を全て出しているように見えて、実はその3分の1ほどの戦力しか残っていない。
 無論、全てディーゼルの指示である。
 他に彼はある「細工」をしていた。
 ここさえ凌げば、モートンとバルフォアはおいそれと自分たちに手を出せなくなる。
 「隊長の死を無駄にするな!一人でも多く《ゴンドワナ》にたどり着け!!」
 相手に正確な戦力を悟られないようにしつつ、少しでも犠牲を減らさなくてはならない。
 準備を整えたのはディーゼルだが、それを遂行するのは残されたアーサーの仕事だった。



 「よく分かんないけど・・・」
 「出撃みたいね」
 ヤマト隊旗艦《セラフィム》。
 待機室のスクリーンで一部始終を見ていたサスケとスズネは、後退を始めたディーゼル隊ににんまりした。
 案の定、アナウンスがMS隊の出撃を放送する。
 「今度の敵に、強い奴はいたっけ?」
 「どうだっけ?前みたいに楽しめればいいね」
 「落とした数で勝負しようぜ」
 「うん!やろうやろう!」
 無邪気な笑顔で物騒な会話をしつつ、兄妹はうきうきと廊下を駆け抜けていった。

 パッ、パッ…。
 大きな金の瞳がコクピットの前面に設置されたモニタを映している。
 ほのかは《コンヴィクション》のコクピットに押し込められてから、ずっとこのモニタを睨んでいた。
 パッ、パッ、パッ…。
 数字が踊ったかと思えば、機体のコンセプトを示すデータに転じ、ふとアイカメラが映した映像に切り替わる。
 《オプティマスシステム》が、脳波を合わせているほのかの要望に従って映像を切り替えているのだ。
 非戦闘中にかかわらずその切り替えが激しいのは、操っている彼女の気持ちが乱れている証拠だった。
 ピピピッ。
 「!」
 突然通信機が着信を告げ、反射的に顔を上げる。
 《コンヴィクション》の通信は特別回線になっており、特定の人物しか繋げることは出来ない。
 同じ艦に乗っている同僚とも会話を許されない彼女の愛機の通信機が発するのは、一方的な命令のみ。
 『出撃だ、ホノカ・ウー。敵艦隊を殲滅しろ』 
 返事をすることもなく。
 無表情を保ったままの少女は愛機の発進準備に取り掛かった。


 「ディーゼル隊の一部が離脱?」
 「はい。モートン隊長からは、MS隊の出撃命令が出ています」
 「ディーゼル隊長の居場所は?」
 「おそらくは、離脱する部隊の中に」
 セラフィムの新しい艦長にそう告げられたキラは、眉を寄せ、思案するふりをした。
 先程《ジュピター》が打ち落としたシャトルが気になったが、頭の隅に追いやる。
 「分かった。MS隊を出撃させて」
 「了解しました」
 艦長はそう返事をしたが、すでにMS隊への出撃命令は下している。
 モートン隊から派遣されてた新艦長はキラの顔色をいちいち伺わなければ動けないほど無能ではなかった。 
 キラは己の隊長としての存在がないに等しくされていることに気付いているのだろうか。
 気付いていないのかもしれない。
 あるいは気付きながら、気付かないふりをしているのかもしれない。 
 だた、彼は無言のままブリッジを後にした。
 艦長は行き先を尋ねることなくその後姿を見送る。
 キラがこのまま自室にこもろうが、《フリーダム》に乗って戦場を駆けようが、どちらを選んでも状況は変わらないように思われた。


 『敵艦隊は、後陣の一部が宙域を離脱しようとしています。
 ヤマト隊は離脱艦の迎撃を最優先にしてください。モートン隊が援護します』

 「リーゼ・エッシェンバッハ、《アルファ》出ます!」
 《マンティスα》が発進する。
 画面に広がった星空とレーダーが示す友軍機の反応に、無意識に顔を歪めた。
 《セラフィム》からは、すでに《ディシジョン》が出撃している。
 ディーゼルと戦う理由がない、どうして戦うのだ、と悟ったようなことを口にしていたタクトが真っ先に出たのだ。
 リーゼは腹を立てていた。
 あんなことを言っておいて、本当は手柄が欲しいに違いない。
 ナチュラルのような下等な人間が考えることなどその程度だ。
 「あんな奴に、いい思いばかりさせるか!」
 今度の敵はディーゼル隊…自分の面識がある人物はいない。
 だから迷うことなく、存分にやれると思った。
 ようやく自分の望む舞台が来たのだ。
 情報通り、敵は二つの集団に分かれていた。
 一つは宙域を離脱せんと高速で離れていき、もう一つは逆に微動だにしない。
 臨戦態勢に入ったように見えなくもないが、艦だけでなくMSまで動きが鈍いのはどういったことだろうか。
 リーゼはすぐに異変に気が付いた。
 同じような状況をどこかで、しかも最近体験している。
 「よけてみろ!」
 ビームライフルを構え、射程内に入ったMS三機とローラシア級の艦に一発ずつ打ち込んだ。
 ロックオンシステムがあったこともあるが、それらが全て命中する。
 リーゼはそのまま迎撃した機と、特に艦を注意深く見つめた。
 「やっぱりか」
 向こうはよける気配を感じさせなかっただけでなく、ローラシア級に関しては《アルファ》とは全く別方向に砲を放っている。
 まさかここまで近づいている《アルファ》を感知できないことなどあるまい。
 ということは、つまり。
 「無人艦と無人機の寄せ集め、か」

 ジュール隊が「白夜」と初めて接触した時も、大量の無人機が相手だった。
 あの時は数の差もあった上、相手の正体すら分からなかったため気付くのに時間がかかってしまった。
 だが、今回は違う。
 リーゼは真っ先に無人の艦隊の存在理由を理解した。
 友軍機の《ベガ》がご丁寧に前方の敵を撃ち落としにかかっているのを尻目に、
 《アルファ》は敵陣の真っ只中を大胆にも突き進んだ。
 どこかに奇襲兵が潜んでいる可能性も考えて最低限の注意こそ怠らないものの、前の部隊を無視して奥へ奥へと突き進む。
 これらは全て「おとり」だ。
 モートンが欲しい獲物は、間違いなく離脱していく部隊の中にいる。
 「それさえ仕留めれば!」
 あのナチュラルの鼻を明かしてやれる、キラやモートンの覚えも良くなるだろう。
 そう思うと、おのずと笑みが浮かんでいた。


 
 「艦長、おとりの間を縫って、急接近してくるMSがあります」
 「…ッ、もうばれたのか!」
 オペレーターの報告に、アーサーは苦い顔をした。
 いつまでも隠し通せると思っていたわけではないが、動き始めてからまだ10分も経っていない。
 「数は?」
 「一…いえ、二です。カスタム機と思われます」
 「モートンの虎の子か」
 L4を頼りにしうるディーゼル隊を相手に、しかも勝算があって進軍してくる以上、こちらの戦力を凌駕する隠し玉があるとディーゼルは踏んでいた。
 おそらくは《ファクトリー》を吸収した際に得た、クライン派の新型機。
 「あれがそうだというのか」
 画面に映し出された紫色の機体。
 ものすごいスピードでこちらに近づきつつあるそれはたった一機ではあるが、侮ることはできない。
 このままでは確実に追いつかれる。
 アーサーは意を決した。
 「艦を反転させろ!《アトラス》は殿(しんがり)を務める」 
 これもまた、計画の段階で決められていたことだった。
 おとりを看破され追撃された時は、最も戦闘能力が高い《アトラス》が向かい撃ち、他の友軍機を逃がすと。
 《アトラス》に残っているクルーは、全員そのつもりで搭乗している。
 艦は一気に臨戦態勢に入った。
 「《タンホイザー》発射準備。《ナイトハルト》一番から四番、《トリスタン》、《イゾルデ》起動…!標準、接近する敵MS!」
 「《ナイトハルト》、撃ーーーッッ!!!」

 《ナイトハルト》の砲弾が《アルファ》に向かって発射される。
 実弾のためビームシールドで受け止めるわけには行かず、《アルファ》は一度スピードを緩めるとそれらをかわした。
 「ちぃっ」
 リーゼはすぐに《アトラス》が主砲《タンホイザー》をチャージしていることに気付く。
 かつて乗っていた《ヒュペリオン》も同じミネルバ級であるため、その破壊力は熟知していた。
 ビームシールドで受け止めきれる熱量ではない。
 ならば撃たれる前に止めてやる!
 ショットランサー《カトブレパス》を取り出し、《トリスタン》と《イゾルデ》の砲弾に多少の損害を被る覚悟で《アトラス》の斜め上方に近づいた。
 ミネルバ級のことは良く知っている。
 その戦い方も、どの位置でどの砲に晒されやすいかも、そして…主砲のチャージの間隔も。
 「くらえっっ!」
 今まさに熱を放出しようとしている《タンホイザー》の銃口。
 それに向かって引き金を引いた。

 ドゴァガガガガ…!!!

 「!!」
 「きゃああっ!」
 「うわあっ」
 副長が《タンホイザー》発射の掛け声を発したまさにその時、ものすごい衝撃が《アトラス》を襲った。
 どこかで爆発したと思わせる音がして、アラームがけたたましく鳴り響く。
 幾人かが椅子から投げ出されていた。
 「くそっ!」
 クルーが色めき立つ中、アーサーはすぐに状況を理解した。
 発射直前の《タンホイザー》を潰されたのだ。
 「艦の被害を報告、体制を立て直せ!まだ動けるか!?」
 「しゅ、主砲は駄目です」
 「足は?」
 「《可変翼》は、まだ…動きます。主砲以外に目立った被害はありません」
 アーサーはぎりっと奥歯を噛み締める。
 できるだけ長く敵をひきつけなければならないのに、たった一機相手にこうも早く堕とされてなるものか。
 仲間を逃がす為にも、最後まで諦めず粘らなくてはならない。
 「《トリスタン》、《イゾルデ》を全てあの紫色に向けろ、他の機体が追いつくまでにあれだけでも堕とすんだ!」
 
 リーゼは何とか艦に取り付こうとしていた。
 逃がすつもりはない。
 「絶対に一人で堕としてやるっ」
 主砲を失ったことで《アトラス》の動きは鈍くなっているものの、《トリスタン》と《イゾルデ》を連射し、
 アンチビーム爆雷で弾幕を張ろうとしている。
 「させるか!」
 再び《カトブレパス》を構える。
 この距離ならどこに撃ち込んでもかなりの衝撃を与えられる。
 迷うことなく、ブリッジに狙いを定めた。
 「堕ちろぉーーーーーー!」

 どぉ…ん!!

 「!」
 引き金を引く直前、構えていた《カトブレパス》がアームごと吹き飛ぶのが見えた。
 何で?
 そう呟こうとして、二度目の衝撃が《アルファ》と中のリーゼを襲う。
 「…ぅ!」
 《アトラス》のほかにも、敵が潜んでいた?
 しかし確認しようにもアイカメラは完全にブラックアウトしていた…頭部を撃たれたらしい。
 「畜生っ、あとちょっとだったのに!誰だ、誰だよ!?」
 苛立ち紛れに吐き捨てながら、辛うじて生きているカメラに目を凝らす。
 だが、リーゼに襲撃者の正体を知らしめたのは無線から聞こえてきた声だった。 
 『こちら《ディシジョン》、タクト・キサラギです』
 「な…」
 リーゼは瞳を見開く。
 脳裏にあの挑戦的な碧の瞳が過ぎった。
 まさか。


 『《ディシジョン》はこれからディーゼル隊を援護します』





 《ディシジョン》は己が頭と腕を撃ち抜いた《アルファ》に近づくなり、その機体を蹴り飛ばした。
 まさにその《アルファ》に討ち取られそうだった《アトラス》のクルーは爽快感を感じる一方で、起こった状況をすぐには処理しきれない。
 しばしの間、ブリッジは緊張と驚きで静まり返っていた。

 『こちら《ディシジョン》、タクト・キサラギです』
 
 通信機を通して再び飛び込んできた少年独特の高い声に、ようやく艦長のアーサーが我に返った。
 彼は前々からタクトのことをディーゼルから聞かされていたのだ。
 『《アトラス》…ディーゼル隊長、応答してください。《ディシジョン》はこれからディーゼル隊を援護します』
 「こちら《アトラス》だ!」
 通信を繋げると同時に、モニタに碧の瞳をした少年の顔が映る。
 たった今、自分たちの窮地を救ってくれた《ディシジョン》のパイロットは想像以上に幼い。
 「タクト・キサラギか?」
 『はい…あ、あのっ、ディーゼル隊長は?』
 「…ッ!こ、この艦には、いない。私が艦長だ」
 とっさにそれだけ言った。
 この少年はディーゼルの死を知らないのだ。
 おそらくはタクトも切羽詰っているのだろう、アーサーの言葉を素直に受け取って頷いた。
 『あの』
 「君のことは隊長から聞いて知っている。援護はありがたい」
 『は、はいっ』
 ディーゼルがいないのに素直に信じてもらえるか疑問だったのだろう。
 タクトの声は緊張で上ずっていた。
 アーサーも内心ではかなり動揺していた…知将ディーゼルもタクトの投降までは読みきれなかったということだ。
 ブリッジのクルーはまだ戸惑っているが、アーサーはこの少年にかけるしかないと思った。
 「仲間の離脱が完了するまで我々を援護してくれ」
 『はい』
 「頃合いになったら君も離脱するんだ。無駄死にはするなよ!」



 「ちょっとぉ、なんなのよ、あいつ!」
 「裏切ったんだ」
 サスケとスズネのダンヒル兄妹は他の友軍同様、前方の艦隊が無人だということに気付いていなかった。
 満足に動けないスクラップを、無邪気にも数を数えながら撃ちまくっていたのだ。
 そんな時、リーゼの《アルファ》が《アトラス》と戦闘を始めたのを知り、無人機を押し分けつつその場所に向かった。
 こんな骨のないガラクタどもより、やはり旗艦を堕とした方がやりがいがある。
 リーゼに手柄を少し分けてもらおう、と思いつつたどり着いてみれば。
 まさに目の前で、《アルファ》は戦闘不能にさせられてしまった。
 しかも、同じヤマト隊であるはずの《ディシジョン》…タクト・キサラギに。
 「許せない!何様のつもりなのよ!!」
 「スズネ!」
 端整な顔を怒りに歪め、スズネの《ガンマ》が飛び出す。
 「殺してやる!」
 ライフルを連射しつつ、《ディシジョン》に突進する。
 両脚からは、鎌状のビームブレードが展開されていた。

 サスケの《ベータ》とスズネの《ガンマ》が追いついてきたことにはタクトも気が付いていた。
 よりによって一番厄介な連中が出てきてしまったと舌打ちするも、ディーゼル隊を援護すると決めた時点で予測しえたことだ。 
 あの二人のMSの腕前までは分からないが、やれるだけやるしかない。
 《ディシジョン》も《ガンマ》も接近戦タイプだ。
 突撃してくる《ガンマ》の接近を、《ディシジョン》はあえて受けいれた。
 すでに《ディシジョン》専用の長刀《アズラドラゴン》を構えている。
 「はあ!」
 ライフルを投げ捨てた思えば、《ガンマ》はブレードのついた脚を振り抜く。
 ―――斜め上!
 タクトの意思に従い、《ディシジョン》は機体を斜め上へとずらす。
 上手く攻撃をかわしたかに見えたがしかし、《ガンマ》はすかさず腕を振り上げた。
 「…ッ!腕にも!?」
 《ガンマ》のビームブレードは両腕にも装備されていたのだ。
 よけきれない! 

 ガンッ!

 「なっ!?」
 スズネは振り切ったはずの腕が《ディシジョン》へ届く前に止められたことに瞳を見開いた。
 ぎりぎりまでアームのブレードを隠し、《ディシジョン》の不意をついたと思い込んでいた。
 が、相手はとっさに持っていた長刀の柄で、《ガンマ》の腕と手の付け根あたりを叩いていた。
 それほどの衝撃ではなかったが、《ディシジョン》はその反動を利用して円を描くように《ガンマ》の後ろ側へ回り込む。
 「う、そっ!」
 「…っの野郎!!」

 バキィッ

 がら空きの《ガンマ》の背中を思い切り蹴り付けた。
 コクピットによほどの衝撃を受けたのか、蹴り飛ばされた《ガンマ》はそのまま四肢を投げ出す。
 タクトは間髪いれず、右手首の《ガルーダ》で攻撃しようとした。

 ピーッ、ピーッ!

 「!」
 熱源接近を知らせるアラーム音に、機体を後ろに滑らせる。
 ドウッッ!
 ほぼ同時にかなりの高出力と思われるビームの筋が走った。
 「もう一人の方か」
 「調子に乗るなよ、ナチュラルが!」
 《マンティス》の最後の一機、サスケの《ベータ》だった。
 両腕に構えた大型ライフルの形状から、それが命中率にも優れたものだということが分かる。
 そう何度も連発は出来ないはずだが。 
 「よくもスズネを!」
 サスケはライフルの銃口を《ディシジョン》に向けて放つ。
 相手がよけるのをさらに見計らい、右肩のレールガン《ロートロートス》で追い討ちをかけた。
 《ディシジョン》はさらに後退し、サスケの目論見通り動かなくなった《ガンマ》から距離を置く。
 サスケは素早く《ディシジョン》と《ガンマ》の間に入り込んだ。
 「スズネ!スズネ、大丈夫か!?」
 《ガンマ》に呼びかければ、スズネの唸るような声が聞こえてきた。
 大事はないようだが、まともに蹴りを食らったために体を打ち付けてしまったようだ。
 サスケは舌打ちしつつ、ライフルとレールガンを交互に放つ。
 しかし距離があるためか、《ディシジョン》は難なくかわしていた。
 「こいつ、ナチュラルのくせにっ」
 もうあの機体を使いこなしているというのか…実践投入は今回が初めてのはずなのに。

 このままではまずい。
 遠距離タイプの《ベータ》が、戦闘不能になってしまった《ガンマ》をかばいながらの《ディシジョン》相手では分が悪すぎる。
 距離を詰められでもすれば一気に形勢が不利になる。
 そうならないようにこうやって弾幕を張っているのだが、それもすぐに限界が来るだろう。
 隙を見て逃げるしかないが、ヤマト隊の他のMSは未だおとりのスクラップと格闘中だ。
 頼りになる奴は他にいないのかと泣きそうになった時。
 ピピッ。
 友軍から通信が繋がった音がした。



 「タクト・キサラギが裏切っただと!?」
 《セラフィム》の艦長からの報告に、モートンは唖然とした。
 予想外の事体がだて続けに起こり、さすがの彼も狼狽をあらわにしている。
 「間違いないのか?」
 モートンの問いに、《セラフィム》の艦長はすぐには返事をしなかった。
 彼もまだ、確信を得ているわけではないのだ。
 『キサラギの裏切りは、《アルファ》のエッシェンバッハからの報告です。《アルファ》は《ディシジョン》の攻撃を受け、中破して戦闘不能。出撃以来、《ディシジョン》は呼びかけに応答しません。しかも現在《ディシジョン》は《ベータ》及び《ガンマ》と交戦中とのこと。これが事実なら…』
 「ああ」
 モートンは最後まで聞かなかった。
 この艦長は元々自分の部下だったから、その優秀さは知っている。
 すでに子飼いの部下に命じて確認を急がせているだろう。
 「《コンヴィクション》を向かわせる」
 『《ディシジョン》に、ですか?』
 「もしキサラギの裏切りが事実だとしたら、連中の手に《ディシジョン》が渡ることになる」
 『分かりました』
 暗に《ディシジョン》を渡すくらいなら破壊する、という言葉を《セラフィム》の艦長は冷静に受け止めた。
 これくらいでないとモートンの部下は務まらない。
 彼の最優先事項は、タクト・キサラギの裏切りが事実であるのか、そうでないのかをはっきりさせることだ。
 『それから、これもエッシェンバッハからですが・・・』
 「何だ?」
 『おそらく前陣の艦隊は無人艦と無人機の寄せ集めではないかと言っています。離脱している部隊の中には《アトラス》が…』
 「なぜそれをもっと早く言わん!?」
 モートンのその怒声は《セラフィム》の艦長ではなく、リーゼに向けられたものだった。
 「これらは全ておとりか!」
 リーゼが気付いた時点で知らせていれば、もっと早く看破し、《アトラス》はじめ離脱部隊に追いつくことができたというのに。
 大方自分たちを出し抜いて、手柄を立てようとでも思ったのだろう。
 「前陣の敵部隊は無人だ!艦を押し出せ!」
 モートンは全軍にそう命じたが、両軍のMSが派手にそのおとりを破壊しているため、それが邪魔になって足取りは鈍かった。
 《アトラス》はおろか、《ディシジョン》と《マンティス》の戦いの確認すら艦のモニタではかなわない。
 ディーゼル本隊が離脱しうるかどうかは、たった数機のMSにかかっていたのだった。




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2010/01/01