PHASE-25「飛べない金糸雀」(前編)
C.E.79 4月17日 1220時。プラントへ向けて航行中の《ジュピター》。
「ふう」
モートンはこれで今日何度目になるか分からないため息を吐き出した。
腕組みをしたり貧乏揺すりをしていたかと思えば、立ち上がって落ち着きなく歩き回る。
その合間にも、ちらちらとその視線はある場所へと向けられていた。
ある部屋の内部を見下ろすことができるように誂えられている小窓。
その先に、ここ数日モートンをずっと悩ませ続けている男がいた。
「糞餓鬼が」
思わず悪態が漏れてしまう。
部屋の中にいるのは、《エクスティンクション》を伴って投降してきたケインだった。
モートンにとっては『白夜』の本当の黒幕を知っている危険極まりない人物であり、適当に言い含めて機体から引き離し、すぐにでも抹殺してしまいたかった。
しかしそれに相棒たるバルフォアが待ったをかけたのだ。
《エクスティンクション》の強奪にようやく気付き、そしてL4の戦場に突如として現れたことをモートンの部下から聞き及ぶと、「殺すことはいつでもできる、少し待ってくれ」と言われた。
モートンからすれば、ケインはこれまで苦労して積み上げてきたものをぶち壊しかねない危険な爆弾と同じだ。
最初こそとんでもない、すぐに殺すべきだと反論した。
だが、タクト・キサラギが《ディシジョン》と共に脱走したことやディーゼル隊殲滅の失敗、ほのかを上手く使えなかったこと等を引き合いに出されては強いことも言えなくなってしまう。
特にタクトと最新鋭機《ディシジョン》を失ったのは一番痛かった。
ジュール隊とディーゼル隊の脱走を許したことで、これの殲滅は最優先事項である。
だからこそバルフォアも、タクトの替わりにケインを新たな戦力にと考えたのだろう。
ケインはかつての「作品」であるわけだし、どこの馬の骨とも分からないタクトより御しやすいと考えたのかもしれない。
それでもモートンの不安は拭い去りきれなかった。
ジュール隊の脱走から予想外のことばかり続いているのに、ここでケインという不安定要素を取り入れてよいものか。
いや、本当に心配なのはそんなことではないのかもしれない。
モートンは足を止めると、再び窓に視線を向けた。
簡素な椅子に悠然と体を落ち着けるケインが見える。
その顔にはあろうことか、笑みが刻まれていた。
分かっているのだ、奴には。
自分がモートンやバルフォアにとって危険であると同時に重要な駒であることに。
そしてタクトの脱走を知っているがゆえに、モートンたちが自分という駒を受け入れざるを得なくなっていることを確信している。
《エクスティンクション》のパイロットに内定していたキラ・ヤマトは、それが強奪された上に別の人物がデータを勝手に書き換えたことを知り、新機体への興味をなくしてしまっていた。
《フリーダム》への愛着が強く、元から乗り気ではなかったらしい。
「どいつもこいつも…」
好き勝手なことばかりする。
モートンは忌々しげに壁に拳を叩き付けた。
「簡単なことだ。記憶を書き換えればいい」
こともなげに言い切ったバルフォアに対し、傍にいた助手は渋い顔をした。
「しかしホノカ・ウーもケイン・アークライトも、最後に調整を受けてからかなり間が空いています」
「それがどうした」
「ケインはともかく、ホノカは精神的にもかなり不安な部分が…」
「だからこそ、記憶を操作するのだ。ただ脅しているだけではぬるかったのだ」
「あまり強硬なことをすると廃人になってしまいますぞ」
「かまわんと言っている!!」
バルフォアは、ばんっ、と手のひらで机を叩いた。
驚いている助手の男に対し、バルフォアは肩を怒らせた。
「ジュール隊とディーゼル隊を取り逃がし、タクト・キサラギは恩を忘れて《ディシジョン》と逃亡だ。
取り返しがつかないことになる前に、多少強硬な手段をとってでも不安要素を取り除かねばならん!」
完璧だったはずの計画に狂いが生じ始めていることはバルフォアも感じ取っていた。
だからこそ、この狂いを性急に修正しなくてはならない。
そのためには多少の荒療治も必要なのだ。
もしこのまま混乱が続くことがあれば、地球連合や中立を詠うオーブが介入してくる可能性が大きくなる。
それだけは我慢ならなかった。
「とにかく《ジュピター》がプラントに到着し次第、ホノカとケインを見る。準備を…」
準備をしろ、と。
言いかけたバルフォアの言葉が途切れた。
助手たちが怪訝な顔をして目をやると、口だけでなく体までもが歩き出そうとした不自然な格好のまま硬直している。
そしてその両目は瞬きもせず、ある一点を凝視していた。
つられるように、彼らもそちらに目を向ける。
それはプラントに流れているテレビ放送のほとんどを見渡すことができる特別なモニタだった。
よく見れば、その三分の二以上を締める民放が全く同じものを放送している。
その内容に聞き入り・・・。
彼らもまた、上司と同じように驚愕のあまり硬直した。
タクトは辺りを見回した。
ここはどこだろう。
暗い、黒い空…宇宙?
はっと気が付けば、自分は《ディシジョン》のコクピットの中に座っていた。
ああ、そうだ。
自分は戦っていたんだ。
でも誰と戦っていたんだっけ?
敵は誰だった?
敵。
タクトの呟きに呼応するかのように、一機のMSが現れた。
背中に翼のような装備《アーセナル》を背負った鈍い赤…《エクスティンクション》だ。
見れば《エクスティンクション》はビームライフルを掲げ、やはり見慣れた蒼いMSを追いかけていた。
「駄目だ!」
タクトは思わず叫んだ。
あの蒼い機体はジュール隊の《オズ》だ。
助けなければ!
すると瞬間移動でもしたかのように、《ディシジョン》は《エクスティンクション》のすぐ前に肉薄していた。
「お前なんかッッ」
自分を苦しめる奴。
いなくなってしまえ!
時が止まって見えた。
《ディシジョン》の長刀の切っ先が、ゆっくりと敵機のコクピットへと向かう。
相手は抵抗せず、その刃を受け入れ…胴体が、真っ二つになった。
「え?」
タクトは目を見張る。
いつの間にか、目の前の「敵」は《エクスティンクション》ではなくなっていた。
鈍い赤だったはずの装甲は漆黒。
そしてむき出しになったコクピットの中で、血まみれになっているのは…。
「ほのか!!」
がばっ、と、ものすごい勢いで上半身を起こした。
…が。
ごちんっっ。
「おぶっ!」
「はう!」
完全に体を起こす直前で頭に何かがぶつかり、同じ勢いでシーツの中に逆戻りする。
何が何だか分からず、タクトは視界内の天井がぐるぐる回るのをしばし堪能した。
「と、トライン艦長!タクト君、大丈夫?」
「へあ?」
聞きなれた女性の声だなと思っていると、赤い髪の美女の顔が飛び込んでくる。
ああ、ジュール隊の…。
「ルナマリア、さん」
「そうよ。頭、平気?」
「…」
言われて無意識に額に手をやる。
あまり感覚がないが、ここに何かがぶつかったということはすぐに察しがついた。
何にぶつかったんだ?
自分以外のうめき声が聞こえたような気がするが。
ふとベッドの脇に目をやる。
見慣れない黒服の優男が、顎を押さえて悶絶していた。
C.E.79 4月20日 0910時 移動要塞《ゴンドワナ》
あの激しい戦闘の後、無事《アトラス》に収容されたタクトは昏々と眠り続けた。
《アトラス》が《ゴンドワナ》に到着し、病室に移された後も死んだように眠ったままだったという。
《ゴンドワナ》で彼らを向かい入れたジュール隊の面々はタクトの状態に愕然とした。
交代で懸命に看病したものの数日間も状態は変わらない。
もしかしたらこのまま目覚めないのではないか。
そんな諦めが漂っていた時、タクトは唐突に意識を回復したのだった。
ちなみに跳ね起きたタクトと顔面衝突したアーサーは、
タクトがうなされているのに気付き、心配して駆け寄ったところの不意打ちだったという。
恩を仇で返すことになったタクトが後で平謝りしたのは言うまでもない。
「五日?あれから五日も経ってるんですか!?」
寝過ぎでやや枯れているタクトの声に、ルナマリアはそうよ、と律儀に応えて流動食を差し出した。
タクトは一瞬躊躇するが、お腹が減っているのは本当だし、ルナマリアが自分に嘘を言うはずもない。
大人しく器を手にとって五日ぶり(らしい)の食事を口に運んだ。
ルナマリアの後ろでは、タクトの石頭をまともに食らったアーサーが氷嚢で顎を冷やしている。
彼らと共に最初からこの部屋にいたシンは、アーサーの為の新しい氷嚢を黙々と造っていた。
何となく奇妙な沈黙が降りそうになったところで、ルナマリアが口を開く。
「ヴィーノから後からメールが着てね、驚いたわよ。あなたが新機体と一緒に離脱したって」
「あ」
「先にL4での戦闘の中継見てたから…あなたが敵になるかもって、不安だったの」
「敵…」
つい先日まで自分が属していた場所を、ルナマリアが「敵」と言い切ったことには少なからず衝撃を受けた。
その一方で無理もないとも思う。
ジュール隊が彼らに受けた仕打ちはヴィーノを介して聞き及んでいた。
ちらりと氷嚢作りに専念しているシンを見やれば、いつもぼんやりしていた表情に思いつめたようなものが浮かんでいる。
この部屋にいる全員の顔に、疲れに混じって憤りと落胆とが滲み出ているように見えた。
そんな時、エアの音がして新たな人物がタクトの部屋に足を踏み入れた。
「あ、隊長」
「タクトが起きたって?」
「!」
イザークだった。
相変わらず白い軍服をきっちり着こなし、つんと澄ました顔をしている。
しかしタクトは彼の顔を見た時、奇妙な違和感を感じた。
「シン、悪いが格納庫に行ってくれ。タクトの機体をうちの艦に移動させる。いいな、タクト?」
「へ?…あ」
突然の問いかけに、タクトは意味を成さない声を上げたまま怪訝な顔を返した。
そんなタクトにお構い無しに、シンは新しい氷嚢をアーサーに手渡して部屋を出て行く。
首をかしげたままその背中を見送っていると、やはり気の利くルナマリアが説明してくれた。
「あなたの機体…えーと、《ディシジョン》だっけ?修理が終わったから移動させるのよ。
《ゴンドワナ》も《アトラス》も、今は他のMSや艦でいっぱいだから、とりあず《ヒュペリオン》に」
「あ、はい」
まだ本調子でない頭で、懸命に言われたことを処理しながら返事をする。
そういえば自分はこれまでヤマト隊に属していたのだ。
イザークたちとしても飛び入りとなったタクトの扱いに困っているのかもしれない。
タクトがそんなことを考えていると、ルナマリアは近づいてくるイザークを振り返る。
「隊長、やっぱり駄目だったんですか?」
「ああ。さっぱりだ…どんな仕組みになっているんだか」
「何が、ですか?」
タクトがようやく意味を成す言葉で問いかけると、イザークは肩をすくめた。
「お前が乗ってきた機体、他の人間だと動かせない」
「あ」
「最初はねぇ、私が動かそうとしたんだけど全然駄目だったのよ。他の人にも全く反応無し。
仕方ないから最初は他のMS二機がかりで運んでたの。だけど…」
試しに全員を乗せてみたところ、どういうわけか《オプティマス》はシンに反応したらしい。
関係者一同は揃って首を傾げたというが、タクトはすぐ理由に思い当たった。
―――サスケもあたしもSEED因子を持ってなかったから。
―――SEED因子?
―――《オプティマス》を動かすのに必須な要因だ。
シンも連中が言っていた「SEED因子」の持ち主なのだろう。
種明かしをすべきかどうか迷ったが、イザークたちは不思議がってはいるもののさほど気にかけてはいないようだ。
そのうち話す機会もあるだろうと思い、タクトはずっと気にかかっていたことを口にした。
「ところで、ディーゼル隊長はどこですか?ここに来てるんでしょ?」
部屋に沈黙が下りる。
ルナマリアはブルーバイオレットの瞳を見開き、アーサーは何か言おうと口をぱくぱくさせて…結局一言も発さなかった。
イザークは二人のそんな様子を眉根を寄せて一瞥すると、黙したままベッドのすぐ右隣にある棚へと向かう。
「あの、ジュール隊長?」
何かおかしなことを聞いただろうか。
タクトが戸惑っている間に、イザークは棚の上のノートパソコンを手際よく操作した。
それはテレビ放送に繋がり、ニュースキャスター独特のはきはきした口調が聞こえてくる。
見ろ、と言われているのを悟り、タクトは素直に目と耳をそちらに向けた。
『…当初、スチュアート・モートン隊長は今回のL4における戦いについて、ディーゼル隊の激しい抵抗に合ったため、やむなく武力での解決を図ったと説明していました』
女性アナウンサーの解説と共に、モートンが会見をしている映像、続いてL4宙域の写真が映し出される。
タクト自身も参加していたあの戦闘。
こうして第三者からの視点から見ると、どこか遠い夢物語だったような気がしてくるのが不思議だった。
『しかし今回問題となっている映像が公開され、モートン隊長は取材を拒否。今朝になって、ようやく書面にて映像はテロリスト側の創作であり、自身は潔白であると表明してします。しかしマスコミだけでなく評議会の中からも、モートン隊長の態度について非難する声が上がっており…』
まだ起きたばかりの脳は痺れていたが、タクトは何となく異常を感じ取っていた。
どうやらモートンは苦境に立たされているようだ。
ラクスの失脚以来、バルフォアの側近としてモートンは常に上手く立ち回ってきた。
評議会議員と懇意にしているだけでなく、ラクス政権に批判的だった民衆からの支持も高かったはず。
その裏で汚い功作をしていたのは間違いないが…。
どこかでそのボロが出たのか?
タクトがそんなことを考えていると、再び映像が変わった。
どこか、狭いシャトルの中。
画像は輪郭がややぼやけていて鮮明とは言い難かったが、色彩は損なわれていなかった。
確認できるのは一人の軍人の背中と、やや大きめの通信画面。
その後姿は、見覚えのある人のもの…ヤン・ディーゼルだった。
タクトは瞬きも忘れてそれに見入る。
映像と音声だけでなく、テレビ会社によって字幕まで付けられていた。
『こんにちは、モートン隊長』
間違いない、ディーゼルだ。
そして通信画面に映っているのはモートンだった。
二人が会話をしている。
いつ?どこで?
『それにしても随分物々しいですね。戦闘でも始めるんですか?』
『とぼけるな。お前がL4を盾にして戦闘の構えをしているんだろう。仕掛けたのはそっちだ』
会話の内容から、L4のあの戦闘が始まる前だったということに気付く。
いつ交渉などしたのだろう。
タクトは最前線にいたが、そんな気配は全く感じなかった。
『私はこの通り丸腰です。…で、あなたの目的は?』
『…』
『《白夜》を名乗っていたテロリストの首謀者と目されるラクス・クラインと通じていたヤン・ディーゼルの身柄を確保することだ」
『ではどうぞ』
『…』
『どうぞ、身柄を確保してください。そうすればどちらも血を流さずに丸く収まりますよ』
『…』
『丸腰だと言ったでしょう?隊にもアーモリーにも、そちらと戦うつもりはありません』
ディーゼルが好きにしろとでも言うように、両手を広げている。
タクトは混乱した。
ディーゼルは降参しようとしていたのか?
ではどうして戦闘になどなったのだ?
混乱している間にも、二人の会話は続いている。
モートンの顔にはいつの間にか歪んだ笑みが浮かんでいた。
『貴様を本国に連れてかえるつもりなど毛頭ない』
『じゃあヤマト隊まで引き連れて何をしに?』
『言わなければ分からないのか?…貴様を消し去るため、だ』
ぞっ、と。
背中に走るものがあった。
そういえば戦闘が始まる直前、シャトルが撃ち落とされたと誰かが言っていなかったか。
まさか。
まさか…!
『もう貴様に用はない』
「…」
爆音のようなものがして、しばらくは無音だった。
やがて再び忙しないキャスターのアナウンスが始まるも、もはやタクトの耳にそれらは聞こえてこない。
「何、これ?」
「タクト、あのね」
「何?何だよ、これ!!?」
宥めようとしたルナマリアに、タクトは逆に噛み付いた。
アーサーは非難めいた視線をイザークに向けていたが、いつか誰かが教えなければならないことを、
あの時アーサーは先送りし、たった今イザークが為した…それだけのことであって、事実は曲げられない。
それにタクトが憤っているのはそんなことではなかった。
ディーゼルが死んでいた?
自分が《ディシジョン》で《アトラス》の元に駆けつけた時…いいや、戦闘が始まる前からすでにいなかったというのか。
何も知らずに、何も理解せずに自分はここまで…。
これではヤマト隊にいた頃と何も変わらない。
「何で?どうしてこんなッ、僕、知らなかっ…ぁ」
タクトはそこで黙り込み、耳をふさいだ。
自分でも何を言っているのか、何を訴えたいのか分からない。
ぐちゃぐちゃだった。
例の会話の中で、ディーゼルは、モートンに一つだけ嘘をついていた。
確かに電波による通信そのものは《ジュピター》にしか届いていない。
だが。
ディーゼルはモートンとのやり取りを録画録音していた。
モートンを油断させ、出来る限り引き伸ばした本音を保存させたのだ。
そして砲撃される直前に、データ化したそれを無線を通じ、あらかじめ用意させておいたネットのホストに潜り込ませた。
幾つかの距離を持って配置されていたLANを通じ、そのデータファイルは幾つかのしかるべき場所へと転送されている。
転送先の一つはもちろん、ディーゼル隊の旗艦《アトラス》である。
《ゴンドワナ》にも、そして本国の協力者の下にも会話の内容を録音したデータは送られていた。
しばらく、タクトはディーゼルの死をしばらく遠い場所の物語であるかのように感じていた。
落ち着いてから、例の映像を繰り返し見た。
シャトルが撃ち落されたことは情報の一つとして聞いたはずだ。
その時自分は何をして、何を考えていただろうと思い返した。
ディーゼルの死を知っていたら…。
モートンたちの手から逃れるのを諦めたかというと、答えは否だ。
ただ、動揺して冷静になれなかったかもしれない。
そういった意味では、《アトラス》に通信を繋いだ時のアーサーの嘘は感謝すべきなのだろう。
ずっと知らない方が良かったか?
それは違う…第一不可能だ。
この映像はいまやプラント中に流されているらしい。
次に、ディーゼルはどうしてこんな行動に出たのだろうと考える。
彼が死ぬ必要があったのだろうか。
おそらく、ディーゼルはモートンの本音を引き出したかったのだろう。
モートンは頭の切れる男だ。
いくら増長していたとはいえ、相手に後がないと確信しなければあそこまでぺらぺらとしゃべるまい。
そしてその相手は、組み伏せたいと常々感じていたディーゼルでなければいけなかった。
「ディーゼル隊長」
頭を冷やして考えれば考えるほど、すべてがしっくりいく。
それが悔しかった。
「たいちょう…」
自分はたくさん殺した。
殺して殺して…殺し続けることを覚悟した。
でも、親しい人を「殺される」ことに対して考えたことはなかったことに気付く。
実際殺された経験も。
タクトはその日、久しぶりに泣いた。
優しい人の死をようやく実感し、一人でひたすら泣き続けた。
一方。
プラントのマスメディアは混乱に陥っていた。
例のモートンとディーゼルの対峙が記録された映像は、ディーゼルがあらかじめ手配していた協力者が流したものだ。
しかも最初に映像が漏れたのは、規制しにくいネット上だった。
それはあっという間に広がり、マスメディアで取り上げられる頃にはすでに一般市民に知れ渡っていた。
バルフォアが手配した憲兵が民放を抑え、ネットでの映像をやっきになって消しにかかったところですでに手遅れとなっていた。
ラクス・クラインの失脚に関しては冷淡だったプラント市民は、彼女が陥れられたと分かるや矛先をバルフォア派に向けた。
クライン政権が瓦解し始めていたのは事実だったが、人気を保っていたジュール隊とディーゼル隊が続いて脱走し、しかも事が終わってから嫌疑がかけられるという状況に疑問を感じる者も多かったのだ。
映像の内容は、ディーゼルが命を投げ打っただけの価値があるものとなった。
双方の会話のやり取り、その場の雰囲気は非常にリアルで、モートンが偽者だ作り物だと弁明しても効果は無いに等しい。
過激なクライン派はラクス失脚を前後して駆逐されていたが、これを機に一気に盛り返した。
それにイザークやディーゼルへの同情も加わり、反対の声が膨れ上がる。
L4の戦いから一週間。
プラントの色は反バルフォア派に塗り替えられ、現政権を批判するデモや抗議が殺到していた。
C.E.79 4月21日 1120時 プラント・アプリリウス市 ヤマト隊旗艦《セラフィム》
「僕に何をしろって言うの?」
にべなく言い切ったキラに、サスケ、スズネと名乗った双子の兄妹は曖昧な笑みを浮かべた。
「キラ様がバルフォア議長を援護して下さったら」
「他の兵士の動揺も収まるんじゃないかと思って」
「ほっとけばそのうち収まるでしょ」
キラは双子に視線を向けようともせず、《ストライクフリーダム》のデータをいじっている。
新たな部下となった彼らに全く関心を抱こうとしなかった。
いや、彼らだけではない。
キラは自身以外のほとんんど全てに目を背けていた。
タクトが新機体と共に脱走したことも、ディーゼルがモートンに殺されたことも…不愉快だとは感じたが、それで終わりだった。
軍の外ではデモを起こした市民が憲兵に発砲されたり、民放が議会からのかなり強引な圧力を受けていると聞く。
モートンは弁明しつつも私物化した軍力を反対派の鎮圧に強硬に行使し始め、逆にバルフォアは我関せずを決め込んでいるようだ。
一方で、逃げ延びたジュール隊やディーゼル隊の残党は《ゴンドワナ》に終結しているらしいことが分かった。
元評議会委員の一人が指導者となって《ゴンドワナ》に立てこもっているという。
名前はコウイチ・アボットだったか。
それがバルフォア政権とモートンの暴走を批判する声明を発表すれば、今度は《ゴンドワナ》討伐が囁かれ始めた。
今のところそれも聞き流しているが、どうやら《ゴンドワナ》の連中と事を構えるのは噂に終わらないらしい。
少なくともモートンは本気のようだ。
「…」
唐突にある男のことを思い出したキラは、キーボードを叩いていた指を止める。
そしてそこで初めて双子へと体を向けた。
性別が違うから何もかも同じというわけではないが、どちらも整った顔立ちをしている。
キラと目が合うと、兄妹は期待するような笑み…全く同じものを口元に浮かべた。
ようやく自分たちの話に興味を抱いてくれたのだと思ったらしい。
しかし、キラが口にしたのは。
「ねえ、《エクスティンクション》に乗ってた人のこと、何か知ってる?」
双子は同時に目を丸くした。
「《エクスティンクション》のパイロット?」
「ケイン・アークライトのことですか?」
「へぇ、そんな名前なんだ」
しまった、という表情で双子は眉を寄せる。
ケインの存在は極秘事項ではないが、かと言って安易に漏らしていい素性というわけでもなかった。
しかしキラが知りたいと迫れば、黙秘を押し通すのは難しい。
こういった時だけ自分の立場をちらつかせるキラは、双子を手招きしてロッカールームへと誘う。
そこはパイロットの中でも特にエースクラス専用とされているため、人気はなかった。
キラがロックをかけて入り口にもたれかかり腕を組めば、サスケとスズネに威圧感が圧し掛かる。
普段は無気力な優男だと見られがちなキラだが、いざという時は歴戦を潜り抜けた風格を見せるのだ。
スズネは怯えて首をすくませ、サスケは諦めたように息を吐いた。
「ケインは強化人間らしいですよ、コーディネーターの」
「コーディネーターの強化?」
「聞いた話ですけど」
「あの『白夜』っていうテロリストだったってことは本当?」
「仕方なかったんですよ。キラ様だって分かるでしょう、ラクス・クラインがプラントを私物化してることは」
「『白夜』はラクスを追い落とす為にテロ集団を演じてたってことは聞いてるよ」
そう。
キラは全てを知った上でバルフォアとモートンについた。
そして。
キラは顔を歪め、ちっと舌打ちした。
《セラフィム》で、ダコスタとメイリンを殺してしまった時のことを思い出してしまったのだ。
気分が悪くなる前に、また次の疑問を兄妹に向ける。
「他にも『白夜』だったクルーはいるの?」
「いいえ、半分は逃げて行方不明だそうです。あ、でもあのホノカって子は同じ施設にいたっていうからそうなのかな」
「彼はどうしてここに戻ってきたの?」
「さあ、調整を受けなきゃ命に関わるからじゃないですか?」
サスケは曖昧な答えを返す。
嘘を言っているようには見えない…本当に知らないのだろう。
「バルフォア議員とモートン隊長が身寄りの無い子供を引き取って、MSに乗せる為の強化と訓練をしてたって。ケインやホノカ、『白夜』だった連中は皆そうした研究体です。クライン派からプラントを救う為には、こうした力も必要だから」
道を切り開くためには力が必要な時もある。
それはラクスが重大な決断を迫られた時に口にしていたことだ。
重大な決断とは、婚約者と結婚させられそうになっていたカガリを誘拐する時や、
パトリック・ザラやデュランダルに立ち向かう時。
彼女が言う「力」を行使した結果、彼女の敵となるものは滅ぼされてきた。
そして今回ラクスが失脚したのは、その刃が彼女自身に向かっただけの話だ。
「仕方がない、か」
C.E.79 4月21日 1300時 プラント・フェブラリウス市
ピピッ、という受信音に、端末をいじっていた手を止めた。
メールボックスの名前が「V・D」になっているのを認め、クリックして開く。
と、ちょうどその時、ドアが開いて部屋の主が現れた。
「あーーー!ちょっとアンタ!なに勝手に人のパソコンいじくってんですか!!」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「減りますよ!!!」
部屋の主ヨウラン・ケントは、屁理屈をこねている厄介者の居候を睨みつける。
居候…ディアッカ・エルスマンは、苦笑いをしながら大きく肩をすくめた。
さて、何故ディアッカがヨウランのアパートにいるのだろうか。
別に難しいことではない。
一週間ほど前、この男は急にヨウランのアパートを尋ねてきた。
かと思えば勝手に上がり込んみ、帰ろうとせずに住み着いてしまったというわけだ。
ヨウランとしては溜まったものではない。
おかげでせっかくできた彼女も部屋に呼べないではないか。
「いい加減に出てってくださいよ。そもそも俺とアンタに接点なんてないじゃないですか」
「そんなことないデショ。お前とシン・アスカは親友。シン・アスカとイザークは部下と上司。
ンでもって俺はイザークの親友。したがって俺とお前はマブダチだ!」
「…………」
「いや、そこまで引かなくても」
傷ついちゃう、と呟くディアッカに視線を向けることすら億劫になり、ヨウランは天井を仰いだ。
まあ、確かにディアッカの言う通り自分たちに全く接点が無いわけではない。
ルナマリアから聞いた話だが、シンがジュール隊に配属されるように上手く手回してくれたのはディアッカらしいのだ。
ヨウランも精神的に不安定だったシンが心配でよく様子を見に行っていたので、イザークと一緒にいた彼の顔は覚えていた。
危うく路頭に迷うところだった親友を救ってくれたことには感謝しているが、正直ヨウランは彼のことをあまり良く思っていない。
何と言っても生粋のラクス派で、かつては彼らと行動を共にしていたという話もあるのだから。
それでも。
ヨウランは文句を言いつつも、彼を無理矢理部屋から追い出したりしない。
理由はやはり旧友の存在だった。
現在、シンとルナマリアは脱走したジュール隊の一員として《ゴンドワナ》にいる。
軟禁されていた隊長のイザークを救い出したのはヴィーノだったが、場所を割り出し脱走の為の工作をしたのはディアッカだという。
彼は自分の両親と妻、そしてイザークの母親を地球へと逃がすと、自分はヨウランの部屋に転がり込んだのだった。
イザークの母エザリアがプラントにいないとなると、バルフォアやモートンはまずエルスマン家を疑うだろう。
ディアッカは《セラフィム》にいるヴィーノと連絡が取れ、かつ自分とは関係の薄いヨウランの家を隠れ家に選んだのだ。
「それよりさ、ヴィーノ・デュプレから連絡きてるぜ」
真剣な顔に戻ったディアッカが、パソコンの画面を指し示す。
どうやら勝手に見ていたのはヴィーノからの定期連絡だったらしい。
今までヴィーノは直接ルナマリアと連絡を取っていたようだが、
《セラフィム》という「敵中」にいる以上は念を入れた方がいいということでヨウランのメールボックスがクッション代わりになっていた。
「見せて下さい」
ヨウランは荷物を置くと、ディアッカが開けた椅子に腰を下ろす。
メールの文章はいつもより長めだった。
新たに《セラフィム》のクルーとなった《エクスティンクション》のパイロットのことが書かれていた。
キラ・ヤマトとダンヒル兄妹の会話を盗み聞きしたという。
これでケイン・アークライトという男の素性やバルフォアたちとの関係がはっきりした。
「やっぱり、テロを影で操ってたのはバルフォアの方だったんですね」
「テロリストなんてよく考えたもんだよ。ラクスは前科があるからなぁ」
「これでヴィーノが証拠をつかめれば、モートンだけじゃなくバルフォアの立場も…」
そうしたら、《ゴンドワナ》にいるシンたちも無事プラントに戻ることができる。
ヨウランはそう期待するが、ディアッカの表情は暗かった。
「あんまりよくないね」
「は、何がですか?」
「ヴィーノ・デュプレだよ。そのケインって奴の話も、立ち聞きしたって書いてあるし。訓練も受けてないのにあんまり立ち入ったことはしない方がいい」
「ヴィーノは上手くやってますよ。アンタだって、ジュール隊長を助ける時にはヴィーノに頼んだじゃないですか」
「あれは事を急いでたから仕方なかったの!とにかく、ヴィーノって奴に釘刺しといてくれよ」
「釘ぃ?」
「《コンヴィクション》のパイロットの女の子を助けるとか、バルフォアと『白夜』が繋がってた証拠を探すとか…危険すぎる」
「…」
ヨウランは口を尖らせたものの、さすがに反論はしなかった。
なにせキラに歯向かったダコスタとメイリンは殺されてしまったのだ。
「嫌な予感がするんだ」
「分かりました」
ヨウランは頷き、返信のメールを打ち込み始める。
ディアッカの「嫌な予感」が移ってしまったのか、何だか気持ちが重かった。
黒い画面の中で、緑に発光する文字が躍っている。
それは目にも留まらぬ速さで数字や文字、記号に変換され、密集し、やがて人型のようなものを形作った。
すうっ、と。
闇が取り払われるように、画面全体の色味が変化する。
いつの間にか星空とデブリが浮かぶデブリの擬似空間が生まれていた。
そして、その中にいるのは二機のMS。
どちらも同じ種類の機体…量産型の《リゲル》だった。
いや、そのうちの一機は蒼い塗装がされているのでジュール隊の《オズ》をイメージしていることが分かる。
対するもう一機は、宇宙の暗闇に映える白。
オプションの装備から察するに、どちらも接近戦を想定している。
「シュミレーションスタンバイ、オーケーです」
データを打ち込み終わったエディの言葉に、腕組みをしていたイザークは大きく頷く。
「最終確認を」
「《ウーノ》ユリシーズ機、カラーリングはブルー。《デュオ》タクト機、カラーリングはホワイトとなります」
「よし、二人とも準備はいいな?」
『いつでも』
『オーケーです!』
「カウントダウン」
ピッ、ピッ、という高い音ともに。
白と青のMSが映し出されている大スクリーンに、カウントの数字が現れては消えていく。
5、4、3。
カウントが進むにつれ、当人たちだけでなく周囲の緊張感も高まる。
2、1!
開始を告げるブザーと共に。
ドウッ、ドウッッ!
ビームが炸裂した。
二機が旋回しながら装備していたライフルを撃ち合っている。
激しく閃光の粒子が入り乱れ、二機は共に細かく移動した。
「うはっ!」
初っ端からの激戦に、エディが思わず感嘆の息を吐く。
すぐ後ろにいたイザークとシンも驚いていた。
ザフトレッドでこそないが、ユーリは接近戦に関してはかなり高い水準にある。
だというのに、パイロット経験が浅いはずのタクトがユーリに必死に食らいついていた。
ミンシアやエディに一勝もできなかったあの頃からまだ一ヶ月しか経っていない。
まだ危なっかしさはあるものの、別人のような動きだ。
ゴォンッ。
『ちぃっ』
「あ、被弾した」
空気が変わる。
被弾を示す白煙を上げ、ゲージもぐんと下がったのはタクトの白い《リゲル》だった。
対するユーリの《オズ》は無傷…とはいっても、《リゲル》の被弾も動きに影響の少なそうな脚部の爪先部分で、まだどちらが有利とは言えない状況だ。
両機はライフルを撃ちながら距離を縮めていたため、お互いの間にさほどの隔たりはない。
『これでッッ』
『くっ!!』
ユーリが再びライフルを構えて撃つが、タクトはシールドで防ぐ。
しかしやはり経験の差が出たのか、ここでタクトの《リゲル》は大きくバランスを崩した。
その隙を見逃さず、ユーリの《オズ》が素早くビームサーベルを抜く。
ああっ、と誰からともなくため息が漏れた。
蒼い《オズ》がサーベルを振り上げながら加速する。
これで勝敗は決したかに思われた。
『まだまだぁ!』
『!』
ギィンッ!
白い《リゲル》を貫くかと思われたビームサーベルが、《オズ》の手から弾け飛んだ。
タクトがやや斜め後ろに傾いた不安定な体制のまま、相手のアームを蹴り付けたのだ。
「うわぁ!すっごい!!」
エディは純粋に驚いているが。
「まぐれだな」
「まぐれですね」
イザークとシンは冷静に分析していた。
本当にサーベルを弾くことを想定して蹴りを入れたのなら神業に近いが、タクトとしては単に相手の特攻を止められればそれで良かったのだろう。
あの体制では脚を振り上げた方が攻撃範囲も広いし、失敗したとしても最小限のダメージで済む。
蹴りの反動でタクトの《リゲル》の体制は《オズ》に対して宙吊りに近い形になった。
無論宇宙空間を想定しているのでパイロットにさほどの影響は無い。
『このぉ!』
向きもやや斜めだったが、タクトはかまうことなくライフルの銃口を相手に突き出す。
『しまった!』
ユーリも慌てて防御に回ろうとするが、不幸にも相手の位置はシールドとは逆方向。
シールドは間に合わない。
とっさに判断し、苦し紛れに突き出したのはシールドのない右のアームだった。
ゴゴゴゴガガァッッ!!!
『!』
激しい衝撃と爆音。
辛うじてコクピットは死守したものの、近距離からの砲撃に《オズ》の右アームが焼き切れる。
「終わった」
「…」
ようやく体性を立て直した《リゲル》がビームサーベルを構える。
《オズ》は戦闘不能になったわけではなかったが、衝撃に加え爆煙のせいでカメラが作動しない。
レーダーだけではあまりに距離の近い敵の攻撃に対応できるはずもなかった。
『おおおおおぉぉぉーーー!!』
煙のせいで未だ輪郭のはっきりしない《オズ》にタクトの《リゲル》が突っ込む。
大きくサーベルを振り上げ。
煙ごと、両断した。
終了を示す画面を眺めながら、イザークは隣のシンを手招きする。
端末を操作し、今のシュミレーションの詳しいデータを抽出した。
「どう思う?」
「タクトですか?まだ動きが荒いです」
「確かに結構無駄が多いな。アイカメラがかなり激しく切り替わってるのが気になるし」
「でも反応は大幅に良くなってますね」
「というか、良くなり過ぎだろ。反応と技術(スキル)が随分と向上しているようだが、この様子だと精神と体のスタミナが追いついてないな。ストレスも大きいだろう」
そう言ったイザークはしばらく何か考え込んでいたが、やがてシンにルナマリアを呼ぶように伝えた。
「はあああぁぁぁぁああーーー」
ヘルメットを脱ぐと同時にため息が漏れ、タクトはそのまま天井を仰いだ。
一気に疲労が体を襲い、ぐったりとシートの中に埋もれてしまう。
やはりエースパイロットが相手となると神経の磨り減り具合が多大だった。
勝つには勝ったが紙一重だったし、攻撃もまぐれで当たったものがほとんどだ。
「やっぱジュール隊は強いなぁ」
「おい、いつまでダレている」
「わっ」
ぼやいていると、視界に銀髪の綺麗な顔が現れた。
「ジュール隊長」
「戦闘時間は3分42秒。一機相手に短いわけじゃないが、そこまで疲労するほど長くもないぞ。一機を相手する度にそんな状態になってどうする」
「す、すいません」
薄々自身で感づいてはいたものの、やはりタクトには体力がないらしい。
今まで重点を置いていたのがMSの操縦だけだったので当たり前といえば当たり前だ。
指摘してくれる者が今までいなかったということもある。
「タクト、お前はしばらく体力作りだ。ルナマリアを付けてやる」
「え?」
ルナマリアと一緒にトレーニングと聞いてちょっと胸躍らせるタクトだが…。
「あいつは俺より強いし…怖いぞ」
「…」
体術でケインと張り合ったイザークにそう言わしめるのなら、本当にルナマリアは鬼強いのだろう。
タクトの表情は、一瞬で引きつってしまった。
「ユーリ」
「は、はい!」
一方思わぬ敗北を喫して肩を落としていたユーリは、名前を呼ばれて慌てて姿勢を正す。
叱責も覚悟していたが、上司の態度は淡々としていた。
目の前にディスクと資料を突き出される。
「お前は友軍艦を守ることを想定した訓練を集中的にやれ。エディも一緒だ」
「え、僕!?」
「そうだ。リュカとリーゼの穴を埋めてもらう」
戦死した先輩と裏切った同僚の名を同時に出され、二人は複雑な顔をした。
そう、今現在《オズ》の中で使い物になるのはユーリの《ゼロツー》とエディの《ゼロファイブ》しかない。
コウイチを始めプラントの協力者たちはバルフォア政権正規軍と《ゴンドワナ》の衝突を何とか避けようとしているが、仮に戦闘になってしまった場合ユーリたちは今までの二倍の働きをしなければならないのだ。
「スケジュールを調整して訓練の時間をなるべく増やしてやる。たまに様子を見に行くからサボるなよ」
「了解しました」
「あの」
「ん?」
ユーリは素直に頷いて敬礼したが、エディは何か言いかけようとして視線を泳がせている。
「何だ、エディ?」
「あの、ミンシアは、どうなるんですか?」
「…」
予期していた質問とはいえ、イザークの顔に苦いものが過ぎった。
あれから二週間。
リュカの戦死とリーゼの反目を目にしたミンシアは、相変わらず自分の殻に閉じこもったままだった。
感受性の強い、とても素直な娘だ。
自分の存在自体が引き金と言えなくもなかったため、イザークも強く非難できない。
だがこの非常時にいちいち精神的なケアをしてやるほどお人好しでもなかった。
タクトとは違い彼女は正規の軍人なのだから。
そもそもミンシア自身がどうにかしようとしなければこちらとて手を貸しようもないのだ。
「あの状態が続くようなら艦から降ろす。足手まといだ」
「は、はい」
ぴしゃりと言い放てば、エディも食い下がるようなことはしない。
彼もまた、ミンシアが戦場に戻ることは不可能だと思っているのかもしれなかった。
「あの、ジュール隊長」
「?」
とりあえずの指示を終えブリッジに戻ろうとしたイザークに、今度はタクトが声をかけた。
「まだ何かあるのか?」
「はい。ちょっと時間を頂いてもよろしいですか?」
「…」
「ほのかのことで」
C.E.79 4月24日 0800時 プラント・ヤマト隊旗艦《セラフィム》
ベッドの上で丸くなりながら、ほのかは小さな瓶を手の中で弄んでいた。
次の脳波測定の時までに飲んでおくようにと言われて渡された薬だ。
時間までもう二時間を切っているが、ほのかはそれを口にする気になれずだらだらと時を過ごしていた。
怖い。
怖、かった。
でも何に恐れていたのか思い出せず、思い出せないまま諦めてしまった。
何もする気になれない。
と、その時。
ピッ、ピッ、とキーを打ち込む音がして、ロックが解除される。
気だるげに上半身を起こせば、赤服をまとった黒髪の少女が入ってきた。
「ハァイ、元気…じゃなさそうねぇ」
「あなた、誰?」
ほのかは眉をしかめて少女の顔を金の瞳に映す。
見覚えは、ある。
こうやって言葉を交わすのは初めてだが、何度も自分の様子を身に来ていたし、《コンヴィクション》に乗るまでの護衛にも加わっていた。
ただ、どの場合も彼女はそっくりな顔立ちをした少年と一緒にいたはずだ。
一人でいるのを見たのは初めてだった。
「あたしはスズネよ。スズネ・ダンヒル。ま、覚えなくていいけどね」
「どこかに、行くの?」
検査の予定時間が早まったのだろうか。
てっきりスズネが自分を迎えに来たのだとほのかは思い込み、ベッドから降りようとする。
しかしスズネは首を横に振って制した。
「検査は延期。しばらくあたしとここにいてもらうわよ」
「なんで?」
「ネズミが入り込んだの」
「ねずみ?」
目を丸くして聞き返したほのかに、スズネは「そうよ」と言ってベッドの脇に腰を下ろした。
「今、サスケたちが退治してくれてるの」
「…」
「だから、あなたはネズミ退治が終わるまでここを出ちゃ駄目よ」
2010/01/01